社畜が行くロボッ娘メイドへの道   作:d1199

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傷付いた子供と壊れた大人

 暗い部屋に灯るオレンジ色の灯りは、少女が向かう机に置かれたデスクライトのモノだった。右手にペンを持つ少女が、左手でテキストをペラリと捲った。ノートに走っていた文字が突然乱れたのは、デスクに置かれた卓上カレンダーを彼女が見た時だった。コロコロと机の上を転がったペンは、落ちた。彼女は、額が机に触れんばかりにうずくまっていた。全身を強張らせていた。

 

「う……」

 

 その両手が抑えるのは、ダボダボTシャツの一枚下にある、彼女の最も深い場所だった。疼きが、狂ったようにのたうち回っていたのだった。彼女は、風邪でも引いた様な朦朧とした顔で卓上カレンダーを見た。

 

(あの日が十日前だから……またこの時期が来た……試験は明日なのに間が悪すぎで、笑える……)

 

 どうにか鎮めようと、内股を擦り合わせる様に腰をモジモジと揺すり続けたが、それは逆効果となってしまった。ジンジンとする最奥の疼きが心と体を蝕んでいった。ちゅく。水の跳ねる音が静かな部屋に響いた。はぁと言う吐息を漏らした少女の瞳は、陽炎のように揺らいでいた。濡れた唇は僅かに開いていた。

 捲り上げたTシャツの下にあったのは、綿の薄い紅色のショーツだった。尻の谷を露にするローライズだったが、フリルとリボンが程好くあしらわれる可愛らしい仕立てだった。ただ奥の方は装飾がなく、生地の薄さも相まって、下腹部の柔らかな膨らみを露にしていた。

 ぴっちりと閉じていた太腿を気怠そうに開いた。左足を椅子からずり落とす様に拡げた。右膝は座に立てた。あれから三ヶ月経ったが、彼女は薄い布切れに守られる最奥を未だ見た事がなかった。それどころか。別れた妻は、見せる事を拒んだのでどうなっているのかすらよく知らなかった。心ここにあらずと言った様相で、机の引き出しに入っていた手鏡を手に取った。左指で丘を覆っている布をずらした。露になったそれは、彼女自身が溢れさせた蜜で濡れていた。開いていたそれはもわりとした熱気を放っていた。手鏡に映るそれを見た彼女は、蕩ける様な吐息を溢した。

 

「結構、グロテスク、なんだ」

 

 その瞳が魅入っていたのは、入浴や着替えなどで嫌が応にも意識させた小さい膨らみである。それに触れたらどうなるか、その誘惑は砂漠を彷徨う者が感じる水への渇望に匹敵していた。ドクンドクン。鼓動の強さのあまり気が遠くなりかけた。コロンと手鏡が落ちた。震える細い指は、それに這い寄った。

 

「ぐ……」

 

 歯を食いしばり、その指を離した。極めて慎重に下着の乱れを整えた。彼女は太腿にペンを突き立てた。その痛みは僅かだが和らげた。

 

(駄目だ。これだけは駄目だ……)

 

 心臓が破裂しかねない程に強く打ったのは、その部屋を叩く音があったからである。

 部屋と廊下を仕切る扉の隙間に立っていたのは、陽気に笑う白いネグリジェ姿の紅葉であった。少女の声が低かったのは、堪える不機嫌さが溢れていたからだった。

 

「なにか、御用ですか?」

「ご挨拶ね。試験前だから様子を見に来てあげたのに」

「ごめんなさい。いま神経質になってるんです」

「ひょっとして生理不順?」

「知りません」

 

 

 ボフ。紅葉が大の字で背中からベッドに飛び込んだので、少女は電気式ポットが乗った小型のタンスに向かった。

 

「そのダボダボTシャツまだ来てるのね。支給したネグリジェはどうしたのよ」

「ありますよ。今日は偶々コレだっただけです。何か飲みますか? といってもカフェンレスのカモミールティしかありませんけれど」

「温めでお願いね」

「猫舌って意外です」

「文句は博士に言って」

 

 紅葉はベッドの上であぐらを組んだ。猫背がぶらさげる顔は、小猫のように笑っていた。

 

「転ばない様になったし、流石に慣れたわね」

「いまだ手間取ります」

「例えば?」

「メイクにしろ下着のラインにしろ服を着るにしろ顔を洗うにしろ、気をつけないといけない事が多すぎます」

「その辺の不便さが楽しくなると良いんだけど」

「周期的に気分と体調が変わるのだけは、手間取る以前の問題です」

「あはは。初めての日を迎えた時の死にそうな顔は今でも思い出せるわ」

「無理を言わないでください。初めてだったんですから」

 

 少女を見る紅葉から、呑気さが消えた。

 

「それなのよね」

「なにがです」

「アンタは、なにもかも初めてのレッスンを、朝八時から夜の十時まで続けてきた。それも三ヶ月間休みなく。正直に言うと、幾ら作り物の身体でも驚いてる」

「ロボットみたいでしょう?」

 

 電気式のポットの音が響いたのは、部屋に沈黙が落ちたからだった。

 

「話なさいよ。スッキリするから」

「前の私は技術者だったんです」

「エンジニアって事?」

「ただの火消し役です。入社してしばらくは、クレームを起こした製品の問題と解決を見つける事に忙殺されました。クレームって、故障したぞ。ゴラァ! って言う不始末の事です。入社したばかりで何も分からなくても、時間制限があるので、社内のヒトに舌打ちされながら続けました。そのうちクレーム先にも行くようになるんですが、とても怒っている人に頭を下げながら、火消しをするのに必要なヒトを、クレーム先から見つけなくてはならなかった。もちろんその人にも頭を下げました。末期は殆ど営業だったので移動の時間を如何に有効に使うかがキモでした。だからです」

「成る程。疲弊と闘いながらも、如何に効率よく問題を解決するかと言う事をずっとやってきたんだ」

「社畜スキルがこういう形で活用できるとは私自身驚きです。もっとも。その結末が今の状況なんですけれど」

 

 少女は、机から引き出した椅子を紅葉の前に置いた。紅茶が満ちたティーカップの片方を、紅葉に渡した。少女は腰かけた。一口飲んだ紅葉はこう言った。

 

「それが望んだ生き方だった?」

「まさか。そうせざる得ないようにさせられただけです」

「ここでも同じだって考えてるのね」

「同じではありません。毎日布団で寝られるし食事だっておいしい。規則正しい生活ができるここは前と比べれば天国です。紅葉たちの悪戯だって、何時間も罵倒され続けるよりはずっとマシです」

「でも、アンタの取り組み方は同じでしょ?」

「人間は自由ではありません。多くの束縛の中で折り合いを付けて生きます。今と前では、その種類が異なるだけです」

「前のアンタの事は知ってるわ。その折合いが家族だって事もね。でも今のアンタにそれが無い。今は何の折り合いを付けてるのよ」

「首を吊った同期は、何も考えず車道に出ていた事がありました。当時は強く注意をしましたけれど、今ならよく分かります」

「自殺願望を持ってたって事か」

「いいえ。死を望んだりはしません。ただ、ふらっと、そうするんです。生きる事に価値を見いだせないから、相対的に死の恐怖が薄れるんです」

 

 ティーカップをベッドボードに置いた紅葉は、呆れた様にため息をついた。

 

「ようやく分かった。アンタが頑なにその身体を否定する訳が」

「私を、軽蔑しますか?」

「私には生への執着がないから判断できないわね」

「博士も中途半端です。脳を弄る事ができるなら、やってしまえば良かったのに」

「博士が欲しかったのは、ロボットじゃないからよ」

「でも私が人間かどうかなんて分かりません」

「アンタも頑固ね。今日は早めに寝なさい。御馳走様」

 

 椅子から腰を上げた少女が無防備だったのは、ベッドから降りた紅葉が帰ると思ったからである。

 紅葉は、少女の胸先をピンと指で弾いた。

 

「っ!」

 

 唇から出掛かった声を両手で辛うじて押さえたが、ヘナヘナと崩れ落ちた。カーペットにペタリと腰を下ろすその少女は、胸を庇う様に背を丸めていた。紅葉を睨むつり上がった目尻に浮かぶのは、小さな涙である。

 

「ブラ越しでそれか。破裂寸前まで我慢するなんて感心すらするわ。衣擦れだけで感じてるでしょ?」

「……してません」

「アンタが良く転んだのは、骨格つまり腰の広い女の子の身体で、無理やり男のように歩いていたから。それに気付いたのにアンタは未だその身体を拒絶してる」

「私の話を聞いていましたか?」

「聞いた。その身体を受け入れれば、新たな人生を得る切っ掛けになる。だから拒絶している」

「そうです。私は慣れているだけで受け入れてはいません。でもそれは、作り物の身体に耐えられている事と同じです。トレードオフの関係ならば何ともなりません」

 

 腕を組んで睨んでいた紅葉は、ため息をついた。それは譲歩だった。

 

「仕方が無いわねー。アンタがカワイイからこれは特別よ?」

 

 何を、少女がそう言いきれなかったのは、抱きかかえられた上にベッドに投げられたからだった。ドサリと音がした。ギシリとも音がした。

 

「紅葉! 冗談は止めてください!」

 

 ビリリ。ダボダボTシャツを破られた少女は下着姿を曝していた。紅葉は覆い被さる様に迫った。ツインテールの影が少女の肌に落ちていた。紅葉が眉をひそめたのは、少女の腿に傷があったからである。

 

「いい加減にしてください。幾ら紅葉でもこれ以上の事をするなら本気で怒ります」

「私はアンタのこと好きよ?」

「……いま、何て言いました?」

「アンタの事が好きだって言った」

「……嘘です」

「アンタのそれが看護婦と患者の関係から始まる様なモノだったとしても、私は嬉しかった。けれど私たちは大地様のメイドだからアンタを選ぶ事ができない。だから言うつもりは無かったんだけど、でも好きだから」

 

 キュゥゥゥと少女の採光が絞られた。

 

「ず、ズルイ、そんなの、ズルいです、んむっ!」

 

 少女は、紅葉の背中を叩き続けた。強引な口付けに抗っていた。その身体から力が抜けた。

 

「あ、ふ……?」

 

 瞳から採光が失せてた少女の身体は、ピクリピクリと痙攣していた。紅葉はクスリと笑った

 

「アンタが我慢しすぎるからキスだけでそうなったんだけど……頭がまっしろよね? 覚悟しなさい。女の子のはすっごいんだから」

 

 しゅるりとは、紅葉のネグリジェが足元に落ちた音である。

 

「破いちゃったTシャツの替りにこれから私が毎晩温めてあげる」

 

 紅葉に身を預けた少女の目尻からは、幾筋もの涙がこぼれていた。

 悲鳴のような、嬌声〈こえ〉が響き渡った。

 

 

 その部屋の窓には、森からのスズメの声が届いていた。ベッドのシーツはしわくちゃのままだったが、脱ぎ捨てられた二人分の下着は片付けられていた。紅葉は少女が着るメイド服のファスナーを上げた。メイド服から抜かれた少女の黒く長い髪は、ふわりと舞った。紅葉は黒く長い髪にブラシを掛け始めた。こう言った。

 

「いい? これから大地様にお目通りする訳だけど、くれぐれも粗相の無い様にね」

 

 立ち上がった少女は、姿見の前でクルリと回った。

 

「おかしい所ありますか?」

「バッチリ」

「行ってきます」

 

 その部屋の扉がパタリと閉まった。

 

「私ができるのはココまで。後はアンタしだい。頑張りなさい」

 

 

◆◆◆◆

 

 

 そこは、少女にとって定番となった講義室である。ダイナマイトの爆発音がスピーカーから聞えた事も、教壇の脇からはスモークが吹き出した事も、博士が民衆に応えるかの様に両手を拡げた事も同様に定番だった。

 

「よくぞ生き残ってきた我が精鋭たちよ!」

 

 少女はビシリビシリと指を差した。

 

「えーと! ほら! あれです! あれ!」

「思いだせんならええわい」

 

 教卓に両手を付いた博士は、席に腰かける少女にこう言った。

 

「夕べはお楽しみでしたね」

 

 ビィィィィンとは、黒板に突き刺さった裁縫鋏が振るえる音でああった。博士の白い髪がパラパラと落ちた。

 

「なんで黒板に鋏が突き刺さっとるんじゃろ?」

 

 席に姿勢正しく腰かける少女は静かに微笑んでいたので、博士は真面目に話をする事にした。

 

「これからお坊ちゃまにお目通りする訳じゃが、最低限の事を伝えておこうての」

「はい」

「今から四年前。ワシはお坊ちゃまと共に、少々の資金とアンドロイドを引き連れてご実家からこの日本に逃げ落ちた。何が起こったかは、伝えた通りじゃ。奥様と懇意の関係であった日本の一家の協力の下で、ここに本拠地を築いたという訳なのじゃが――」

「博士」

「何かね?」

「その一家は信用しきって良いんですか?」

「ほっほっほ。もちろんその一家も一枚岩ではないから答は否じゃ。だが金銭的なWin-Winの関係でおるし、アンドロイドを極秘裏に送り込んでもおるし、少なくとも今は考えんでええ。話を戻すぞい。問題は、それ以来お坊ちゃまは部屋に籠もりっぱなしと言う事じゃ」

「(子供が四年間も……)御部屋にトイレも風呂もあるんですね」

「その通りじゃ。出入りを許されておるのは、お世話をするアンドロイドのみじゃ」

「博士は会ってないんですか? 嘘です! 今のは無し! 取り消します! だから首を吊るのはやーめーてー!!!」

 

 思い止まった博士の左手は、白衣のポケットに突っ込まれていた。右手はポリポリと白髪を掻いていた。博士は言った。

 

「つまり、お坊ちゃまは人間不信に陥っておられるのじゃ。それ故にアンドロイドだったのじゃが……どうするつもりじゃい。サイボーグと告白するんか?」

「色々考えたんですが、真っ向勝負でいきます。その為にも言葉使いの抑制を解除して貰えませんか?」

「ま、ええじゃろ。ぽちっとな」

 

 博士がリモコンを仕舞った時、少女は裁縫用の大きな鋏を取り出した。

 

「お主は何をしとるんじゃ」

「首を吊る縄なんて危険ですから切ってしまいます」

「どこから取り出したのかも気になるんじゃが、それにしても良く切れる鋏じゃのう」

「業物ですから」

 

 博士は、黒板に突き刺さったままの鋏を見た。

 

(ワシは、なんで冷や汗を掻いておるんじゃろ)

 

 微笑む少女は、チョッキンと縄を切った。

 

 

 

 

 傷付いた子供と壊れた大人

 

 

 

 

 少女の前で聳えるのは、洋館の裏にある比較的小ぶりな洋館だった。それは離れとも呼んだ。

 

(部屋と言うより、これではもはや屋敷です)

 

 その離れの厨房には、腰まで掛かる長い金髪をうなじで結ったルーシアが立っていた。

 

「ハァイ。ドクターから手伝う様にと言われてきたからなんでも言ってネ」

「(博士って実はツンデレ?)和風なんですが、ルーシアさんには白米御飯と生姜焼きとサラダをお願いしたいです」

「データを持ってこればなんでも作れるけれど、メインディッシュを私が作って良いのかしラ?」

「副菜で勝負します」

 

 少女が鞄から取り出したのは、昆布の入ったタッパーだった。

 

「これは、軟水と利尻〈ねしり〉昆布から作った水出しの出汁です」

「作るのはお蕎麦?」

「いいえ。必殺料理ですよ」

 

 少女は、黒く長い髪をうなじで縛った後に、袖を捲り上げた。沸騰する直前の出汁に入れたのは、鰹節だった。火を止めた。鰹節が沈むまで待った後に、それをキッチンペーパーで漉した。置かれている豆腐と味噌に気がついたルーシアは言った。

 

「一番ダシでそれを作るの? 具も豆腐だけ?」

「ええ。一人暮し時代に作ったらとても美味しかったんですよ。技術で皆さんに叶う訳が無いので、自己流、私の味です」

「ナルホドネー」

 

 

「失礼します」

 

 開いたふすまから現れたのは、跪座〈きざ〉姿の少女だった。跪座とは和風作法の一つで、爪先立ちから足を揃えたまま腰を落とす、正座に近い座り方だ。

 カーテンは閉じられていた。机の上にはパソコンがあった。壁際にはTVとTVゲーム機が置かれていた。散らかっておらず片付いていたその部屋は和室だった。その部屋にその子が座っていた。

 スウェット姿のその子は、華奢で色が白かった。不健康そうに見えないのは、整った顔立ちと歳不相応の理知的な瞳だった。

 

(そういえば、日本人とのハーフだっけ)

 

 その声は十歳の男の子にしては高めだった。

 

「お前は新型なのか?」

「はい。AAA-0704と言います。大地様に食事をお持ちしました。メニューは、豆腐の味噌汁に白米御飯。生姜焼きとサラダです」

 

 畳の上に置かれたそれを一瞥したその子はTVゲーム機をピコピコと鳴らし始めた。

 

「その辺に置いておいて。今忙しいから」

「(食事よりゲーム……って今やメイドだし説教は駄目ですよね)あの大地様。お味噌汁だけでも先に召上って頂けないでしょうか。冷めると美味しくないので……」

 

 チラとは、俺に命令するのかと訝しがる一瞥だった。

 

「う(選択ミス?)」

 

 お盆から箸と椀を取り出したその子は、ずずずと啜りだした。

 

(ワガママかと思いきや、意外と素直です)

「……いつもと味が違う」

「……お口に合いませんでしたか?」

「レシピのデータが違うのか?」

「私のオリジナルです」

「……(アンドロイドがオリジナル?)」

 

 TV画面の前で胡坐をかくその子供は、コントローラーをカチャカチャと正確に動かしていた。隣に腰を下ろした少女は、ただ見るのみである。

 画面には、ハンドガンを持つ右手と投げナイフを持つ左手が映っていた。それは、貧困街を駆けながら敵を倒すゲームだった。ヒトを倒す度にスコアが上がっていった。子供のするモノではないと少女は思ったが、歳を取ったからのか、自分の子供を重ねたからなのかまでは分からなかった。

 

「(昔からFPSタイプはあったけれど……)うっぷ」

「どうした?」

「画面を見ていたら酔いました」

「Dr.Deathも変なアンドロイドを作ったんだな」

「そんな名前だったんですね。私はドクターデス。あははは」

「……(アンドロイドが冗談を言った?)」

 

 

 ターンと言う銃声がTVから聞えたので、少女は言った。

 

「やられちゃいましたね」

「服を脱がないのか?」

「はい?」

「みんな自分から脱ぐんだけど」

「(紅葉とも? 紅葉とも?! 落ち着きなさい私……良いんです知ってました……ぐすっ)少々お待ち下さい」

「ま、いいけどね」

「どうしてですか?」

「脱ぐってのは嘘だから(情報の共有ができてない? 或いは不十分なのか? アンドロイドが?)」

「大地様はまだお若いのにとても聡明で、私は感服するのみです」

「(皮肉かおべっかか判断が難しい表現……)お前、自己紹介をしろ」

「開発コードAAA-0704。身長一五九センチ。体重は四七キロ。樹脂骨格と生体組織を用いたハイブリッドタイプです」

「四七キロ? 随分軽いんだな」

「メタルフレームと油圧アクチュエーターの使用を止め、炭素繊維強化プラスチックを初めとした樹脂系複合素材と人工筋肉を採用しましたので、大幅な軽量化が可能となりました」

「金属を使ってないのか」

「いえ。CPUを納めた脳殻とパワーセルを納めた胸部には、チタンを使用しています。パワーセルは水素式燃料電池ですが、胸部の生体組織内に電磁界共鳴式のアンテナがあり、非接触の再充電が可能です。バッテリー持続時間は通常作動で一週間。安静状態なら一ヶ月です」

「紅葉は一二〇年持つのに、たったの一週間?」

「生体組織を優先していますので容量が少なくなっています」

 

 子供は少女の頬にツンツンと触れた。

 

「暖かいのは、ヒーターか?」

「人工筋肉などで生じた熱を人工血液の循環で全身から放出しています」

 

 その子供の視線が鋭くなったのは、疑問が疑惑になっていたからだった。

 

「やっぱり服を脱げよ」

「え」

「アンドロイドなら脱げるはずだよな?」

 

 シュルリ。少女はエプロンのリボンを解いた。丁寧に畳んだエプロンを、畳みの上に置いた。メイド服の背にあるファスナーを降ろした。それは、胸元を露にした少女がチラとその子の視線を伺った時の事だった。

 

「もういい。身形を正せ」

「あの。私は構いませんが」

「お前はアンドロイドじゃない。CPUではなく頭。チタンではなく丈夫な身体。ドクターの作るアンドロイドは、僕に対して必要が無い限り擬人化して語るんだ。それに、お前は見られながら脱ぐ事に慣れてない。緊張して挙動不審になるなんて人間そのモノだ」

「(十歳とは思えない程鋭い)私は、こういうモデルですから」

「一番の理由は、僕の家に居た嘘を付く奴らと同じ眼をしてる。お前は人間だな!? 出て行け!」

 

 投げ付けようとしていたコントローラをその子が降ろしたのは、笑っている少女に涙が流れていたからだった。

 

「……なんで泣く」

「かつてとある哲学者が我思う故に我在りと言いました。これは脳が生み出す自己存在の証明です。私には生まれ持った肉体が既に無く、唯一の例外が脳組織ですが、補助脳の制御下にあります。私は、今の意識が自分のものなのか分からないんです。生命とは何か。人間とは何か。定義も色々ありますが、これでも私を人間だとおっしゃいますか?」

「お前はサイボーグか」

「はい」

「人間とは利害損得で動く生き物だ。ならお前も人間だ」

「給与は貰っておりません」

「うそだ」

「嘘ではありません」

「うそだ。そこまでされて黙ってる訳ない」

「そこまでされても、黙らされる、黙るのが社畜なんです」

「社畜?」

 

 その子が後退ったのは、少女の中に別の誰かを見たからである。

 

「なぁ。俺は、本当に人間に見えるか?」

「お前、誰だ」

「誰だったかを言う事は出来るけれど、言わない。君は前を向く人間で、俺は過ぎ去った過去だから」

「僕は、そんなんじゃない」

「生れではなくて、子供だって事。君はこれからだろ」

「好きで今の状態に居る訳じゃない。好きで産まれた訳じゃない。外に出たら、またあんな目に遭うなら出たくない」

「人間を相手にするのは辛くて大変だもんな。俺もそうやって磨り減らしたから、その気持ちはよく分かるよ」

 

 少女が握ったのはゲームのコントローラーだった。

 

「これ、どう操作する?」

「え?」

「操作。少しやってみたい」

「……○ボタンで、立つと屈むを切り替える。長押しで伏せる。△で武器の変更をする。他には――」

「スティックと十字キーも使うのか。複雑なんだな」

 

 少女の操る兵士は、タタタと敵を撃ったが即座にやられた。

 

「やられたのに何で笑ってる」

「昔。スーパーマ○オブラザーズってゲームがあったんだけど、ク○ボーって言う最初に出てくるモンスターになんでか知らないけれど良くやられた」

「下手なんだな」

「下手だったけど好きだった。再開は?」

「スタートボタン」

「実を言うと、君を助けたいって思ってた。俺にも君ぐらいの子供が居たから」

 

 少女は、カチャカチャと動かすコントローラーを右や左に揺すっていた。

 

「でも今は、それがとてもおこがましいって思う。何故って俺が言っても説得力がない」

「お前にも似たような事があったのか」

「俺は、ただ帰る家と待ってる人が欲しかった。その為に働いて、働いて、働いて。そしたら、それが仇になって全部無くなった。俺には生きるって意味がまだ思い出せない。ただ。ある娘のお陰で歩き出せたから、俺の残骸が君の切っ掛けになれればと思う」

「残骸?」

「この敵は遠いな。けれど身を隠す場所がないから近づくのが難しい。回り込むしかなさそうだ」

「L1ボタン」

「お、望遠になった」

 

 タタンと撃って倒したが、その直後にやられた。その子は小さく笑っていった。

 

「またやられたぞ」

「ええ。私は、死んじゃいました」

 

 少女は、身形を正して立ち上がった。

 

「そろそろ時間だからこの部屋からでます。ありがとうございました」

「どうして、ありがとうなんて言う」

「ゲームが好きだった頃の自分を思い出しましたから。私に残った最後を、ここに置いていって良いですか?」

「どういう意味だ?」

 

 ランキング画面の一番下に映っていたのは、かつて少女が名乗っていたイニシャルだった。

 

「分かった。保存しておく」

 

 

 しゅるりと音を立てて、メイド服を脱いだのは自室に佇む少女だった。その豊かな肢体は、白の綿の下着で彩られていた。俯き垂れた前髪は顔を隠していた。細い腕は、隠しきれない身体を持て余す様に絡まっていた。少女の頬は染まっていた。キランとは水中眼鏡型デバイスが光った音である。

 

「グゥゥゥゥッド! ベリィィィィィィグゥゥゥゥッドじゃ! ほれ。苦しそうなブラをとっておっぱいをだせい。フロントホックなら、ワシがやっても良いぞい♪」

 

 紅葉が壁の華になっている理由を、少女は知っていたのでこう言った。

 

「博士。一つだけ約束してください」

「なんじゃい。と言うか、お主の眼から採光が抜けとるのがとっても気になる」

「約束ですから、私は博士の人形になります。でも私以外のアンドロイド〈娘〉に手を出したら駄目ですからね」

「駄目ってどういう意味じゃ」

「鋏でチョッキンと言う意味です」

「な、何と言う事じゃ! こ、こやつがヤンデレ属性持ちだったとは!」

 

 紅葉が言った。

 

「あ、なーるほど。社畜って、ある意味一途なんだわ」

 

 目の前でチョッキンと鋏が鳴ったので、博士は飛び退いた。

 

「ポチッとな。ポチッとな。ポチッとな! リモコンが効かぬ! 何故じゃ!」

 

 紅葉が言った。

 

「そのリモコンは、理性を司る大脳新皮質を操作するからではないかと」

「ならばこれは、本能と感情を司る大脳辺縁系の行動と言う事かっ!?」

 

 博士は、下着姿の少女に押し倒されてしまった。リモコンは部屋の隅に転がった。博士は、垂れた長く黒い髪に覆われた。その奥で唇が笑っていた。

 

「駄目ですよ博士。ここまでしておいて拒絶しようなんて」

 

 サァとは博士から血の気が失せる音である。

 

「紅葉! ボサっとしとらんと此奴をとりおさえんかい!」

「ねぇ。博士をコロコロする?」

「紅葉は失礼です。これから絆を結ぶだけですから」

「メイド道大原則。その一、大地様の安全が最優先。その二、一に反しない限りその命に従う。その三、一と二に反しない限り大地様の利益に叶う行動をする。その四、以上に反しない限り自分の身と仲間を守る。今まで博士に従ったのは、その三に基づくんですけど、今回は大地様の利益とは無関係ですので、その四が有効です。仲間に手は出せません」

「迂闊!」

「さ。博士。チョキン。チョッキン」

「ひぃぃぃぃぃぃ!!」

 

 

「偶に母屋に来れば随分と騒がしいな」

 

 博士が見たのは、開いた扉から現れた大地だった。彼はルーシアを従えていた。博士は幻でも見たかの様な声だった。

 

「お、おぼっちゃま?」

 

 紅葉は一礼の後に無言で下がった。少女もまたそれに続いた。

 

「ルーシア」

 

 大地の促しで彼女は少女にシーツを羽織らせた。

 

「Dr.Death。AAA-0704は僕が預かる。異議はあるか?」

 

 跪く博士はメシアに祈る様に、泣いていた。

 

「おぉ……おぼっちゃまが! おぼっちゃまが! 御部屋からお出になられた!!! ワシは奇跡を見たのじゃ!」

 

 紅葉の笑みには、軽蔑と怒りが混じっていた。

 

「有耶無耶にできて良かったですね。博士」

「こうしてはおれん! 宴会の準備じゃーっ!」

 

 大地が少女の前に立ったのは、博士が脱兎の如く逃げ去った後である。

 

「AAA-0704」

「はい。大地様」

「開発コードだと呼びにくいから、雫って名前をやる」

「しずく?」

「僕のメイドに弱い奴は要らない。でも弱い主に強いメイドは不釣合いだ。だから強い人間に生れ変るぞ」

「……はい」

「良かったわね。雫」

 

 小さいピースサインをした雫は、はにかんでいた。リモコンをへし折った紅葉は、笑っていた。

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