社畜が行くロボッ娘メイドへの道 作:d1199
五年が過ぎた。
「私は企業運営に興味があります」
そう言ったのは、中世の怪人をイメージさせる白い仮面と黒いローブを身に付ける人物だった。周囲では、複数の厳つい男たちが仮面の人物を睨んでいた。仮面の人物の背後で控えるのは、黒いスーツと黒いサングラスを身につける二〇代半ばの女のみだった。仮面の人物とは大地であった。彼は、黒い噂の絶えない議員の事務所に乗り込んだのだった。ブラウンの高級なソファーに腰かける彼は、背筋を伸ばし堂々と座っていた。仮面越しの声は変声されていたが、相応に若い事は察する事ができた。大地は言った。
「ところが、若輩者故に私はのんびりしていられない。さてどうしようかと考えているところで貴方に辿り着いた」
仮面の奥にある大地の瞳が瞬いた。
「菅俵議員。貴方が所有している建設業・機械設計業・大病院・IT企業そして”人材派遣業”。これらの権利を譲って頂きたい」
社長とヤクザの境の様な容貌を持っているその議員は、仮面の男を一瞥した。そして、まだ残っているタバコを灰皿に押し付け消した。ガハハと腹の肉を揺らす様に笑った。大地がドッシリと座っているのは、焦燥も不安も感じていないからだった。議員は言った。
「仮面を被った馬鹿かが来たと思えば」
議員が大地の背後に控える女をチラと見たのは、戦術的な状況を確認する為である。それは、喉を触られる様な不愉快な声だった。
「ひょろい小僧にしては、胆力は立派なものだ。だが世間知らずにも程がある」
「もちろん、無償でとは言いません」
黒服の女が取り出したのは茶色い封筒だった。それは、それぞれの配下を跨いで議員に渡された。議員から消えたのは、余裕である。
「何処で手に入れた」
「それが、貴方と金にまつわるモノだと、ご理解なさっているなら話は早い」
足を組んだ大地は、肘当てに肘を置き、両手を組んだ。
「全権とを引き換えに、貴方は今の椅子に座り続ける事も、今の生活も続ける事もできる。悪くない取り引きです」
「何処のおぼちゃまかしらんが警察に持ち込んだ所で、」
「貴方のライバルである渡部議員なら嬉々として高く買ってくれるでしょうね」
議員はタバコに火を点けた。吹かした。
「興味が湧いたので聞くが、何をする」
「貴方と同じ野望を持つ者です」
「頭も切れる。度胸もある。情報収集にも長けておる。それ故に哀れだ。お前は、権力を知った様なつもりでいる……やれ」
襲い掛った数名の男たちは、大地の背後で控えていた女に、瞬く間に叩きのめされた。バシュという滑稽な音があった。倒れていた女は血を流していた。残っていた議員の配下達が向けるのは、サプレッサー〈消音器〉付きの拳銃だった。大地は踏ん反り返る様に背もたれにもたれ掛かった。
「残念です。貴方は取り引きに相応しい相手ではなかった」
「この状況が理解できんとは、ただの阿呆だったか。その仮面をはぎ取ってやろう」
「菅俵議員。私は、この展開を予想していたのです……レディース」
『『『ヤー。マイマスター』』』
大地には四人の配下がいた。屋外に居る一人目は、サプレッサー〈消音器〉付きのスナイパーライフルで、事務所の窓越しに見える拳銃を持っていた男たちを狙撃した。窓に弾痕が開いた。SWAT服を着た二人目は、ラペリング状態から硝子窓へ飛び込み、サプレッサー付きのサブマシンガンで、残りの男たちをパララと撃った。三人目。議員の額に拳銃を突きつけていたのは、撃たれた筈の黒服の女だった。彼女は、脇腹から血を流していたが意にも介していなかった。議員は、悪夢でも見たかの様に目を丸くするのみである。
「な、」
「部屋の外で控える貴方の部下は、我々〈四人目〉が抑えさせて頂きました。一瞬で裸にされたKingの気分は如何ですか?」
「三〇人の部下を物音一つ倒すなどありえん!」
「後ほどご自身の目で確認されるがいいでしょう。問題は、我々は後戻りが出来なくなったという事です。改めて返事をお聞きますが ――伸るか反るか」
ギリ。それは、悔しさのあまり鬼すら噛み砕いてしまいそうな形相だった。
「……良いだろう。お前の手の上で踊ってやる」
「改めて連絡いたしますので、怪我人の収容を急がれると良いでしょう」
「だが覚悟しておく事だ。狙いつ狙われるのが権力争いよ。穏やかな夜などもう無いと思い知れ」
「あ、そうそう。私は臆病者でして」
黒服の女が議員の首に突きつけた筒状の何かは、プシュと何かを議員に打ち込んだ。議員の騒ぎ立て様は、纏わり付く蜂を払うかの様だった。
「何をした!」
「眉間のアザが契約の証です。それを除去しようとしたり私の存在を明るみにしようとしたり私に敵対しようとすれば、速やかな死が訪れます」
「そのような虚言は信じんぞ!」
「そのアザは死に近づく度に色が変わります。それでは良い夢を」
黒服の女を引き連れた大地が乗り込んだのは、事務所の前に置かれた白いワンボックスだった。走りだした自動車の中で仮面を取った彼はこう言った。
「紅葉は大丈夫か」
「マテリアルはショックアブソーバーにもなりますし、なにより九パラ〈拳銃弾〉程度ではビクともしません」
黒服の女は、表面を水面の様に揺らがせると紅葉になった。
「識火・ルーシア・咲夜ともに脱出完了。別ルートで撤収します」
「皆に御苦労だと伝えてくれ」
「はい」
紅葉が送ったのは通信である。
『雫? こっちは終わった』
『了解です。御夕飯を用意しておきますね』
帰る場所
光沢を放つ大理石の床・真紅のカーペット・芸術品の様な手摺りを持つ階段・宝石の様に輝くシャンデリア。大正時代の洋風ホテルを想像させる、吹き抜け構造のロビーに佇んでいたのは、数体の第六世代型アンドロイドを率いる雫だった。彼女は、一礼を以て敬意とした。
「お帰りなさいませ。大地様。お食事の用意ができておりますが、ご入浴を先に済まされますか?」
「雫。そこはそれともアタシ? って聞くべきところね」
「紅葉」
「雫って真面目だわ」
大地が失笑したのは、姉妹であり友人の様な関係を持つのはこの二人のみだからである。
「先に食事を頂くよ」
大地のローブを受け取った雫は、紅葉と共に後を続いた。雫は他のアンドロイドを下がらせた。
「今日のメニューはうな丼です。サイドメニューは、あん肝の吸物・竹の子とサヤエンドウの煮物・サラダ・香の物の小鉢です」
「だんだん手が込むな」
「雫って凝り性よね」
二〇人が座れる長いテーブルに向かうのは、一人と二人である。雫が正面の大地に言ったのは、食事もその後片付けも済んだ後の事だった。
「正義とは一人一人にあります。賢い良い子では、早々に限界が来ましょう」
「理屈のみでは動かない。雫がよく言っていた事が今日の一件でよく分かった」
「理屈を用いた説得は、上司から部下或いは歩み寄ろうとしている場合にのみ成立します」
彼女はティーカップを静かに置いた。
「奥様の仇を討ちお家を取り戻すには、己の正義を押し付ける強引さが必要です。武力を用いた方法もその一つですが、それだけでは足りません。カリスマと呼ばれるモノですがそれは私がお伝えする事はできません。大地様のご自身の課題となりましょう」
雫の隣に腰かけるのは紅葉である。
「空気読みなさい、雫。大地様はお仕事を終えたばかりなのよ」
「そうですね。少し頭を冷やしてきます」
「俺は構わないが」
「大地様は、戦略戦術以外にも気を回す必要があります」
雫は退席したので残っているのは紅葉のみだ。
「雫は何を言っている」
「唯一の第七世代とお忘れですか? トイレですよ」
「……そうだったな。博士も、重いロボッ娘は一人で十分だとサイボーグはあれきりだ」
大地は頬を染めるのみだった。
場所が変わり、台所でキュッキュッキュと皿を拭くのは紅葉である。
「率直なところ、どうなのよ」
雫は、グラスの汚れを電灯にかざして確認していた。
「偽りの女の子ですと言ったら、自分をモノ扱いするのは止せ、俺はそんな事を気にしない、自分を大事にしろ。ありがちなんですが、実際に言われるととても照れます」
雫のスカートが捲り上がっていたのは、博士が裾を摘んでいたからだった。
「うむ。やはり白じゃのぅ」
博士と目が合った雫が持っていたのはスタンガンだった。
「す、すまぬ。ロボッ娘違いじゃ」
「断罪です」
「んほぉぉおぉぉぉおぉっ!」
雫は、痙攣する足が飛び出るビニール袋を、ダストシュートに放り込んだ。次のグラスを確認し始めた。
「恋愛感情としては初期段階のモノです。大地様も気付いてないでしょう」
「雫は私たちと違って大地様を叱る事ができるし、生々しいし、五年も経てば前なんてどうでも良くなるか。雫はどうしたいのよ」
「ご実家に帰った大地様の隣に立つのは、相応しい相手であるべきです」
「固いわね。妾でも行けると思うけど」
「後継者争いの火種になるのは御免です」
「そうか。雫はその注意が必要だったんだわ」
「紅葉。もし大地様が凱旋されてご当主となったら、私たちは今のままでは居られない。そうなったらどうしようか」
「私はスイッチを切られればそれまでだけど、雫は難しいわよね」
翌日。紅葉と雫が呼び出されたのは、大地の執務室だった。卓球台より広く冷蔵庫並に重い机に向かう彼は、鋭い面持ちだった。雫は、動くのだと感じ取った。
「学校に入学しようと思っている」
「大地様。それは、素直に受け取って宜しいのでしょうか」
「もちろん否だ」
紅葉と雫は互いに見合った。片手サイズのリモコンを操作する大地が空中に映し出したのは、森の中にある教育施設を俯瞰する写真だった。彼はその写真を値踏みする様に見ていた。
「私立オケアノウサス学園。継承権を持たないが、権力者の一族である者たちが名を隠し集まっている。その目的はただ一つ、権力争いを実地で学ぶ事だ。そこそこに育てば儲け物、何かがあっても構わない。一見普通の学園だが、権力と金に塗れる人間には相応しい禍根の坩堝だな。未確認情報だが、日本の御三家の一つとして数えられる神埼の関係者も居るらしい」
映像を消した大地は二人に向き直った。
「俺らの武器はテクノロジーだがそれのみではいずれ限界が来る。有能な人材が居れば引き入れる事もできる。名家とパイプができれば協力が得られるかもしれない。居るであろう敵を知る事ができる。リスク&リターンは未知数だがお家奪還の為の予行演習ならばこれ以上の物はあるまい。二人には俺のサポートを頼みたい」
「「かしこまりました」」
◆◆
校門には入学式と書かれた看板が立て掛けられていた。校門に立ち校舎に望むのは、黒のセーラー服を着る雫である。彼女は黒縁眼鏡と三つ編みを使い変装していたのだった。十代の少年少女が集うそこは、初々しくもあり騒がしくもあった。桜の花びらが舞い散る中の彼女が最初にしたのは、深呼吸だった。
「すぅーはぁー……(この雰囲気をもう一度味わう事になるなんて人生は分かりません)」
それは、補助脳を介して伝えられる紅葉の声である。
『電波を傍受するシステムがあるから、校内から通信する場合は極短時間にして。普通そうに見えるだけでココは一筋縄ではいかないわよ。雫、聞いてるなら返事をしなさい』
『紅葉。私ってひょっとしてJKになるの?』
『ロボッ娘メイド女子高生って言えば語呂は良いわね』
並び立つ大地と雫が見上げるのは、特設の立て掛け看板だった。大地は詰襟を苦しそうに緩めた。
「所属クラスが紙に張り出されるとは、時代錯誤も甚だしいな」
「私はこう言うの好きですけれど……大地様とは別クラスですね。ハンカチは持ちましたか? ティッシュはありますか?」
「雫は、時々そうやって俺を子供扱いをするな」
「いけませんか? これでも年上です」
「俺に保護者は不要だ」
「それは残念です」
「言っておくが雫が不要という意味では無いから」
「分かっています。ただ大地様はしっかりしているから少しもの足りません」
「雫。ここでは同級生だから主従関係は忘れろ」
「はい。大地」
所属クラスの扉を開けた雫は、先に居た生徒たちから視線を一斉に浴びたが、学生鞄を気にせず席に置いた。彼女の頭上に瞬いた電球は、閃きを意味するイメージである。
(面接や商談では第一印象が大事でしたっけ)
彼女は手当たり次第に挨拶をし始めた。
「おはようございます」
「お、おはよう」
(戸惑っていて、とても権力に関わる子供達に見えません。だから、放り込まれたのでしょうが)
自己紹介を含めたHRが終り休み時間になった。
「綾瀬 雫だっけ?」
「そうです。玲璃〈れいり〉=ベアールさん」
雫に話し掛けたのは隣の席の少女だった。美しくも鋭い表情を持っていたが、長い髪とモデルの体型が相まって、見る者に派手さと煌びやかさをイメージさせた。雫の三つ編みと黒縁眼鏡姿を、品定めするかの様に見た玲璃は、一瞬のみ雫の大きな胸に注目した。
「週末に友達の集まりがあるんだけど、誘ってあげても良いわ」
「私は弄り甲斐がある、ですか?」
「あら失礼ね。そんな意地が悪そうに見える? わきあいあいと、するだけよ」
「お酒とかがある情熱的なパーティですか」
「まさか。そんなワルことはしないって」
「折角のお誘いですが、お気持ちだけ頂いておきます」
机に腰かけている玲璃は、頬杖を突いた。
「無理強いはしないけれど。そんな地味な格好じゃ、いつまで経っても地味なままよ。それでもいい訳?」
「地味に見えますか?」
「それが派手だと思ってるなら、世間知らずね」
「確かにベアールさんよりは温和しいですが、派手にする理由が無いだけです」
「貴女。経験無いでしょ?」
「どうしてそこまで構うんです?」
「お供が欲しいのよ。磨けば光りそうだしこの私が目を付けてあげたって事。悪くはしない。どう?」
「初対面なのに激しいですね」
「気を悪くしたらごめんね。性分だから」
「いえ。ベアールさんの様に意見を明確に言うヒトは好きですよ」
「……そう言う趣味があるんじゃないでしょうね」
「これでもバツイチですのでご心配なく」
「へぇ~。冗談なんて言わないタイプだと思ってた。面白くないけど」
「心配を掛けたくない人が居る、これで納得して頂けますか?」
「なら仕方が無いけど、まさかカレとは言わないわよね?」
「彼?」
玲璃が取り出したタブレットには、ハンサムと称して良い少年の写真が、簡単なプロフィールと共に表示されていた。美形だが屈強で油断の無い眼をしていた。大地が眠る獅子ならば、その少年は飛ぶ事を止めない鷲である。タブレットを手に取る雫は、垂れ下った髪を耳の後ろに流した。
「赤坂 泉さん、二年生なら先輩ですか。随分と格好良い人ですね(何処かで見た様な。気のせい?)」
「外見だけじゃないわ。赤坂は偽名だから何処の家かは分からないけれど、この学校の生徒会を仕切る長であり、文武に秀でるやり手だと言う事は事実。人呼んでミスター=パーフェクト。それで浮いた話が無いのは、とある一人の娘をずっと探してるからとか」
「(成る程。ベアールさんはこの人を狙ってると)ご心配なく。違う人です」
ズイとは興味津々の玲璃が身を乗り出した音である。
「だったら教えなさいよ。何所の誰?」
「(不安要素を取っておくのも一つの手か)一年A組の水都くんです」
「みなと君?」
タブレットを操作した玲璃が浮べたのは、驚きと意外性が混じった顔である。
「整った顔をしてるけど、こういうひ弱そうなのが趣味なんだ ――その鋏はなに」
「私は裁縫をしますから。見てください。モリブデン鋼を芯金に、ダマスカス鋼を幾層にも重ねた一品です。気をつけないと指も落としちゃう切れ味なんです。すごいでしょう?」
「そ、そうね。業物だと思うわ」
「ごめんなさい。それで、もう一度言って頂けます? ひ弱が何ですか?」
「あはは(このコ、ヤバいかも)」
一回ならば大目に見ようと雫は鋏を仕舞った。
「大地はあれでアウトドアも好みます。ひ弱ではありません」
「へぇ。意外。テニスとか?」
「野戦服を着てエアーガンを持って、先週も仲間〈ロボッ娘メイド〉と森の中で撃ち合っていました」
「……へー」
「遊びにしては殺伐としていますが、TVゲーム〈FPS〉ばかりよりは良いですから」
「戦争ごっこだなんて意外と子供っぽいのね」
「男の子の趣味は女に理解しにくいモノです」
「あら。言うじゃない」
教室の窓から強い春風が吹き込んだ。彼女が幻視したのは、生活道路に転がるサッカーボールである。
(パパ。サッカーしよ)
「どうしたのよ。素っ頓狂な顔をして」
(なんで、今になって、思い出すんだろ)
◆
校舎の廊下を歩く雫が見た者は、数秒後にすれ違うであろう生徒会長だった。彼は、細面だが鋭い眼光を持っていた。女生徒たちが熱い視線を投げていたが、男子生徒は疎ましそうに睨んでいた。彼はそれらを気にも止めていなかった。紙束を持つ雫は、足を止めて一礼をした。彼女が感じたのは漠然とした不安だった。
(誰かに似てる。誰だっけ。俳優?)
それは、雫が立ち去ろうとした直前だった。
「君。プリント運びを手伝おう」
「力は強いのでお気持だけ頂きます。何より私の務めですから」
抱えていたプリントの山がグラリと傾いた。
「己の力量は正確に把握するべきだな」
「(貴方のせいで焦っただけです)なら御言葉に甘えます。結構重いですけれど、目的地である最上階の一番奥まで頑張ってくださいね」
「確かに重いが任せたまえ」
ドスンとは、校舎の最上階にある教室にプリントが置かれた音だった。生徒会長は手を解していた。
「君は地元出身か?」
「これは困りました。生徒会長が声を掛けて下さったのは下心があったからなんて」
「釈明しておくと、交際経験は無い」
「でも良くしてくれる女性〈ヒト〉は居ると」
「君は手強いな」
「性分ですから」
「以前にあった事がある様な気がしてならない。だから聞いたのだが、」
「その手は古典過ぎますよ。先輩?」
「すまない。気分を害したならば謝る」
「初対面ですから、心配ご無用です。一年B組。綾瀬雫です。手伝って頂きありがとうございました。これで失礼します」
「待ちたまえ」
「何でしょうか」
「少し遅れたが、入学おめでとう」
「……(ニコポって本当にあったんだ)」
廊下を歩く雫に纏わり付くのは玲璃であった。
「彼と何をしてたか言いなさい」
「荷物運びを手伝って貰っただけですからご心配なく」
「それ、本当なんでしょうね」
「何時になく機嫌が悪いですけれど。袖にされたんですか?」
「駆け引きの最中って言ってくれない?」
足を止めた雫は内心でため息をついた。彼女が語ったのは回想シーンと言う名の過去である。
《君は、私が生徒会長である事を否定するか?》
《少なくとも今はしません》
《私はこの学園の生徒代表として日々の活動を行っている》
《存じています》
《この学園の生徒である君に求められる義務はなんだろうか》
《生徒会長のイメージ向上に役立てと?》
《話が早くて助かる》
「……という訳でして、一生徒としての義務を遂行したまでです」
「なら、良いけれど」
「日頃クールで笑うと人なつっこい。あの属性で籠絡されたんですか?」
「へぇ。滅多に笑わないって有名なのに」
「なら見間違いかも知れませんね(玲璃さんのこれは警戒の眼差し……墓穴を掘ったかも)」
屋上のベンチで昼食を拡げるのは大地と雫であった。彼女が用意したのは、二人分のサンドイッチだった。
「春の日和でとても気持いいですね」
「授業はつまらないがな。復習するにしても幼稚すぎる」
「そんな台詞言ってみたい物です」
「雫。その弁当は俺のと少し違う様だが、一口食べても良いか?」
「カラシを使っていますので、お控えください」
「馬鹿を言うな。食べられる」
「では一口だけ」
「うぷ」
「十五歳では少々厳しいでしょう。はい。紅茶をどうぞ。砂糖は控えめですけれど」
強引に飲み込んだ大地の目尻には涙が浮かんでいた。彼は口元をハンカチで拭かれつつこう言った。
「面識がある様だから頼むんだが、生徒会長に近づいて貰えないか。この学校の生徒会を抑えるなら相当な人物の筈だ。可能な限り知っておきたい」
(この展開は予想外……)
生徒会室を訪れた雫が通されたのは、隣にある会議室だった。スチール製のラックに囲まれる様に、白いパイプ机とパイプ椅子が置かれていた。生徒会長に包みを渡したのは頭を下げた雫である。
「先日は大変失礼な事をしてしまい誠に申し訳ありませんでした。どうぞ平にご容赦下さい」
同席していた女生徒である秘書が想像したのは、サラリーマンである。生徒会長は困った様に言った。
「君の誠意は疑っていないが心変りは少々気になる」
雫はチラと秘書を見た。
「彼女の身元は私が保証する」
「実を言うと生徒会長のおっしゃる“何処かで会ったか”という事が気になっています」
「君にも心当りがあるということか」
「はい」
「……子供の頃に私はとある人に救われた。うろ覚えだが、君は雰囲気がとても似ている」
「それは何時の頃の話でしょうか」
「五年前。当時十一歳だった。彼女は恐らく二〇歳前後になっている筈だ」
ドクンと雫の心臓が強く打った。
(なら、この人物は、そんな――)
雫は、カタカタと震える身体と取り乱す程の驚きを、どうにか押え付けた。出されたコーヒーを一口飲んだ。
「私は十五ですから人違いですね」
「私も誰かに似ているのか」
「ええ。でもずっと前に死別してしまいましたから」
生徒会長は雫の発言が気になったが、デリケートな問題だったので追求するのを止めた。変わりにこう言った。
「このケーキはとても美味しいが、何処の店のモノか教えてくれないだろうか」
「手前味噌ですが私の手作りです」
「取り引きというのも無粋な言い方だが、名前以外の自己紹介を期待しても罰は当らないと思う」
「私は、とある方に仕える者です。申し訳ありませんが、それ以上はご容赦下さい」
「水都君か」
「主を知っておられるのですか?」
「意外と抜けているな。君たちが行動を共にしている事を知るのは少なくない。二・三すれ違っただけだが、中々に油断のならない人物だ」
「敵同士になるかもしれませんね。ここで失礼致します」
大地が見たのは、真っ青な顔をした雫だった。
「どうした。雫。何があった」
「申し訳ありません。大地様。私は、どうしたら良いのか」
彼女は心ここにあらずと言った様相で走り去った。その夜、大地は紅葉にこう言った。
「赤坂泉を調べてくれ。可能な限り大至急だ」
「校則で禁止されていますが、宜しいのですか?」
「だから極秘裏に、だ」