社畜が行くロボッ娘メイドへの道 作:d1199
校舎にある廊下の壁がドンと音を立てた。生徒たちが見た物は玲璃に壁ドンされた雫であったが、そこにあったのは愛憎的な意味での駆け引きだった。
「本ッ当に何でもないのね?」
「この質問は何度目ですか。本当に何にもしたくありません」
「一応信じるけど、そう思うなら疑われる行動はしないで欲しいわ」
「間が悪いだけです」
玲璃が身を引いたので雫はこう言った。
「生徒会長の何処が気に入ったんですか? 熱っぽく冷めやすい玲璃さんにしては続いているので不思議です」
「言ってくれるわね……良いわ。教えてあげる。ルックスと頼り甲斐のある所よ……何よ、その顔」
「いえ。玲璃さんは自立志向が高そうに見えたので少し意外だと」
「馬鹿ね。全部一人でできるなら、そうするわよ」
「そうですね。それは大事だと思います」
「逆に聞くけれど、生徒会長に惹かれないのはなんでよ」
「心配を掛けたくない人が居る、そう言った筈です」
「ええ、聞いた。けれど変なのよね、雫って。女の子がきゃーきゃー言ってても我関せずだし。気になるぐらいあっても不思議じゃないって思うわ」
「気にはなります。ただそう言う行動には至らないだけです」
「ひょとして弱みでも握られてるとか?」
「それは彼への侮辱と判断しますが?」
ぞわり。玲璃の首筋に、刃物で撫でられた様な感覚が走ったのは、雫が微笑んだからだった。
「じょ、冗談よ。冗談(喧嘩を売る時は命懸けになりそうだわ)」
雫が視線を動かしたので、玲璃は背後の人物に気がついた。振り返った玲璃の前に立っていたのは生徒会長だった。
「あら、生徒会長。ご機嫌いかがかしら」
「ミス=ベアール。壮健で何よりだ」
「相変わらず連れない挨拶ですこと。そろそろ心を開いて頂いても良いのではなくて?」
「ベアール君も存外タフだな」
「か弱い娘がお好みかしら」
僅かな沈黙は、彼の迷いを意味していた。
「君をランチに誘いたい。受けてくれるだろうか」
「ディナーで無いのは不満ですが喜んで」
雫は、生徒会長から逃げる様にすれ違った。
「失礼します。先輩(彼に関わったらいけない)」
(弱み、か。詮索はマナー違反だが……)
明くる日。複数のキッチンが並ぶ家庭科室で、包丁を鳴らす雫に話し掛けたのは、クラスメイトである女生徒の安藤だった。
「しずりん。料理コンクールへの参加者が、緊張で辞退したいって言いだしたん。突然で悪いんやけどその腕を見込んで代役を頼みたい」
エプロンと頭巾を着けていた雫は、タオルで手を拭きながらこう言った。
「確認を取ってからで良いですか」
「水都君か? しっかり者の しずりんは、彼にだけはダメっ娘やな」
「それ、失礼です」
長い髪が二人を挑発する様に掠めた。安藤と雫が髪の持ち主を確認する前にゲンナリとしたのは、仁王立ちの玲璃が立っていたからだった。雫にはその髪が、噴き上がる炎の様に見えた。
「頼む相手を間違えているわ!」
「面倒だと断ったのは誰や」
「気が変わったのよ。でも。五つ星レストランのシェフから手ほどきを受けたこの私が引き受けるんだから、文句はないわよね?」
(玲璃の気紛れは今に始まった事やないが、今回は唐突や……そうかこの何処かのお嬢様は、しずりんを目の敵にしとるんやな)
雫が握ったのはニンジンと包丁である。
「安藤さん。私は構わないのでベアールさんに譲ってあげて下さい」
「そうか。悪いな」
「しっかりと見てなさい、雫。この私、玲璃=ベアールの料理がナンバーワンって知らしめてあげる」
「ナンバーワン、ですか?」
「そうよ。私が一番なのよ!」
玲璃は、オホホと立ち去った。
「しずりん。事ある毎に玲璃に付き合っとったらキリが無いで」
「ええ。よく知ってますから。大丈夫です」
ダンとは、ニンジンが縦に真っ二つになった音である。
調理器具の整った家庭科教室の窓から見えるのは、校舎と校舎の間にある中庭に設置された特設会場だ。セーラー服や詰め襟を着た生徒たちが、観客席となる折り畳み椅子を並べたり、調理ブースにガスコンロを運び込んでいたりしていた。それらを見るのは、学園指定のセーラー服を着る紅葉である。
「教育方針は競い合い己を高める事。何かにつけて勝負事が多いのがこの学校の特徴だけれど、賭事にまでするなんて人間の持つ闇は深いわ」
開いた扉から現れた雫は、新鮮食材を詰めた段ボールを抱えていた。
「ごめん。紅葉。巻き込んで」
「水都家の尊厳がかかっているとなれば、見張りぐらい別にいいわよ。でも雫。玲璃=ベアールは家名をそのまま使う相当な自信家よ? 算段はあるの?」
「審査員の方々はお年を召している、このポイントを突きます。玲璃さんはとても有能ですけれど、独り善がりな所があるから」
「雫って陰険だわ」
「紅葉は失礼です」
複数あるキッチンの一つに並ぶのは、雫が用意した準備である。それを見た紅葉は頷いた。
「使う皿も用意した。下拵えもした。保温器具も確認済み。関係者は全員会場に行っていてフリー。雫は本当に用意が良いわね。でも、僅かなミスがタイムロスに繋がるから気を引き締めなさい」
(玲璃さん。水都家メイドの実力、披露します)
雫は袖を捲った。
安藤の背中に声を掛けたのは、右の目元に泣きぼくろも無くツインテでもない生徒だった。
「貴女。料理コンテストの実行委員よね?」
「そうやが、何か用か」
「観客席の椅子が足りないらしいんだけど。どこから持ってくれば良い?」
「それは変やな。数は確認した筈やが」
「錆び付いてたりシートが破れてたりしてるのがあったのよ」
「成る程な。体育館の倉庫にあるが、持ち場を離れられんから、頼のんでええか?」
「ええ。もちろん」
「すまんな。頼むわ(……はて。あんな生徒おったか?)」
気を取られていた安藤の背後を、サービスワゴンを押す雫がこっそりと通り過ぎた。生徒会長が見ていた。
(綾瀬君?)
会場の賑やかさを好ましそうに見る生徒会長に話し掛けたのは、赤いチェックのエプロンに頭巾をかぶる玲璃であった。
「あら。生徒会長はご見学かしら」
「いや。審査員の先生が腰を痛めたというので急遽代役を務める事になった」
「それは、私にとっては幸運ですわ。生憎と簡略メニューですが貴方の期待を裏切りませんわよ」
コンテストが始まり審査時間となった。各参加者が作り上げた料理を啄むのは、初老の域に入る教師達だった。司会が言った。
『最後はミス=ベアールのフレンチです。前菜とスープ、そしてメインディッシュのステーキ・フリットです。肉はオーシャンビーフ〈肉種〉のカイノミ〈肉の部位〉となっています』
審査員たちは目の色を変えた。
「む。これは。焼き加減と言いソースといい文句の付けようがありませんな」
「ミス=ベアールはあのベアール家のご令嬢らしいですぞ」
「皆が身分を隠す中、堂々とした物ですな」
生徒会長ですら(流石玲璃君。自信と実力が一致している)同意見だった。
それは、審査員の一人の声だった。
「皆さま。まだありますぞ」
「これは……とろろご飯定食ですな」
トリを取られた玲璃は、(誰よ。そんな事をする奴。良い度胸してるじゃない)憤慨するのみである。
「む、これは。とろろのつゆも手作りですな」
「昆布出汁ですな。味噌汁も中々な物ですぞ」
「生徒会長はどう思われますかな」
「この肉じゃがは……」
「確かに、この肉じゃがは絶品ですな」
「はてさて。これは困りましたな。ミス=ベアールのフレンチと甲乙付け難いですが、判定は下さねばなりません」
悩む一同に割り入ったのは司会だった。
「申し訳ありません。とろろ定食は飛び入り参加だったようです」
「登録外でしたら仕方ありませんな。優勝はミス=ベアールのフレンチという事で」
舞台上の司会は、観客席に向かってこう言った。
『それでは皆さま。審査結果をお知らせします。優勝者は ――ミス=ベアール!』
舞台に立つ彼女は、注がれる歓声と共に贈られたトロフィーにご満悦だった。コンテストが終わった。彼女が見たものは、舞台脇を行く審査員の一行である。
「フレンチは素晴しい物でしたが、私は脂っこいモノは苦手で、実はとろろ定食の方が良かったのです」
「同感ですな。シンプルな料理はごまかしが利かず腕の差が如実に表れますからな」
「年を取ると、どうしてもさっぱりしたものがいいですからな」
玲璃は、縛り悔しさを滲ませるのみだ。握り手が震えていた。
(なによこれ。結果は出したのに……イライラする!)
場所は変わり、家庭科室で皿を洗う紅葉は、段ボールに余った野菜を詰める雫にこう言った。
「雫は何時になく意地が悪いわね」
「水都家メイドの前で、ナンバーワンと言われれば黙っている訳にはいきません」
「ふぅん。あの雫が偉くなったもんだわ」
「紅葉の方が意地が悪いです。そこは自覚が出てきたと言ってください」
その夜。寮住まいの生徒会長が電話をしたのは、実家の執事だ。
『という訳で極秘裏に調査をしてくれ』
『かしこまりました。泉さま』
(あの肉じゃがの味が実父方の祖母の物に似ている。何故だ。恩人の姿にている事と言い、これは偶然なのか?)
同時刻。セーフハウスでもある学園近くのマンションに帰った大地は、驚きを隠さずに聞き返した。
「紅葉。もう一度言ってくれ」
「赤坂泉は、雫の忘れ形見です」
◆
校舎のふもとを歩いていた雫は、校舎の角を曲がり中庭を通り抜けた。目的地は、放課後の人気の無い校舎の裏だった。待つ事が苦にならない彼女は、待ち合せ時間には余裕を持って行くタイプだったが、呼び出し場所には意図的に遅れていた。彼女の手にあるのは知らぬ間に届けられた手紙である。
その手紙には、生徒会長の名前である赤坂泉と書かれていた。警戒を浮べる彼女は、こう考えた。
この様な回りくどい事をするならば相応のアクションがある筈だ。動機たり得る何かの情報も持っているかもしれない。大地に断っておきたかったが彼が見つからない。連絡を取った紅葉が居場所を答えられないと言ったので、事情を知っていると見るべきだ。とは言うものの主の意向にメイドが干渉する訳にもいかないので大した意味を持たない。一人で対応するより他は無い。
雫が歩く場所は、目的地が見通せる様になる校舎の角から後わずかという所だった。校舎の角であり影でもある場所から、パチンと何かを引っ叩く音が響いた。
「最ッ低!」
雫の目の前を横切る様に走り去ったのは、長い髪に涙を纏わらせる玲璃だった。
ガサリとは、雫が砂利と雑草を黒い革靴で踏み付けた音である。彼女が見上げる生徒会長は、腫れた左頬を隠そうともしなかった。なのでその声は固かった。
「私を呼び出したのはこのシーンを見せる為ですか?」
「それは違う。待っていたら彼女がやってきただけだ。だが何があったかは言えない」
「言ったら引っ叩く所でした」
桜はとうに散ってしまっていたが、瑞々しい緑の葉が生い茂っていた。曇り空で、空気は溢れないばかりに湿気ていた。梅雨明けの青春的なイベントに向けてオケアノウサス学園でもそう言う事は活発だった。
◆
生徒会長はコミュニケーションの範疇で一歩近づいたが、雫は一歩引いたのでそれ以上近づくのを止めた。雫は、端正な表情に警戒と拒絶を滲ませていた。
「人の好意はありがたいモノですね。でも時と場合に寄ります。長居をするつもりはありません。呼び出した理由を聞かせてください」
「初めて会った時から気になっていた」
「私には、義理を立てる人がいます。その人は生徒会長の敵になるかもしれない。私の立場を理解して頂けませんか?」
「君の五年前以前の経歴は作り物だった」
「困った方です。身元の詮索は禁止されているのに」
「女性の過去を暴くなど私のポリシーに反する。だが、せずにはいられなかった」
「考えてください。五年前と同じ姿の訳がありません」
「綾瀬君はAMEN〈Artifactual Malus pumila on Eden to Narrative〉プロジェクトを知っているか」
「いえ」
「これは。今から四〇年以上前に、一人のアメリカ人科学者が始めた国家規模の人造人間計画だ。若くして有名工科大学の講師となっていた彼は、膨大な資金を求めて軍に話を持ち掛けた。建前上、機械兵団〈Machinery Troops〉の開発を目的としていたが、彼の動機は己のイメージを具体化する事のみだったらしい。ところが。詳細は不明だがある時を境に姿を消している。その才能を怖れた誰かの手により暗殺されたのだと言われているが定かでは無い。それから暫く経ち、アメリカと同様に機械兵部隊の噂が聞こえだしたイギリスである事件が起こった。王位継承権を持つ王女が死亡し、その子息が行方不明となった。同時に姿をくらました当時の王室科学技術顧問は、容疑者として国際手配されている。一〇年程前の事だ」
「宇宙人が地球に来ている位の突飛な話ですね」
「その人物は日本に逃げ落ちたという噂がある」
雫は、知れず己の身体を抱き締めていた。
「仮に、私がその機械兵だったとしてどうします? 人間でないからと告発しますか? それとも疚しい行為に荷担するのかと非難しますか?」
「実を言うと、それは気にしていない」
「ならば、呼び出したのは何故ですか」
「ずっと探していた君が見つかっただけで十分だから」
不意を突かれた彼女は抱き締められた。彼女は、抗いも受け入れもできなかった。ただ静かにこう言った。
「離してください」
「離したくない」
「私は、これ以上先輩を、嫌いたくありません」
「それでも構わない」
「貴方は、幼い時の想い出を美化しているだけです」
「それはいけない事なのか」
「現実は優しくありません。何時だって残酷です」
「そんな事は知っている。だからこそ大事にしたいモノがある。君は、私が無くしてしまった物を持っている。もう二度と手に入れられないと諦めたモノだ」
腕の中でただ立ち尽す雫の声は、霞む程に弱々しかった。
「貴方が見ているのは、私の表面のみです。真実を知る覚悟がありますか?」
「言ってくれ」
それは、高すぎず低すぎない水の様なしっとりした声だったが、抑揚やリズムは別人だった。
「サッカーはもう止めたのか? 泉」
「……っ?!」
彼は、それを知っていた。正確には知っていた事を思い出した。突き放される様に二の腕を掴まれる彼女は、辛そうに笑っていた。
「だから言ったのに」
「そ、そんな……そんな馬鹿な!」
「もう。忘れてください」
彼女は静かに深々と頭を下げると彼の前から立ち去った。彼にできる事は、追い掛ける事でもなく、呼び止める事もでもなく、ただ立ち尽すのみだった。
◆
地面に落ちる校舎の影に戻った雫を待っていたのは、大地だった。校舎の壁にもたれ掛かる様に立つ彼は、つまらなそうに腕を組んでいた。
「人間は自由であるべきだ。戻れ。彼と戻ってやり直せ」
佇まい正した彼女は淑やかに笑って言った。
「私は大地のメイドです。戻るのは、大地が落とすこの影の中のみです」
「俺の歩む道は平穏では無い。雫には向いていない」
「私はあの時に死んで、水都大地に仕える綾瀬雫に生れ変った。私を不要というのであれば、スイッチをお切り下さい」
ため息をついた大地が、取り戻したのは余裕のある笑みである。
「雫も頑固だな。彼と雫は本来共にいるべき関係だろうに」
「いえ。あの子が大人になれば、いずれ別れる関係です。元気だと分かっただけで十分です」
「ならば死ぬまで付いてこい」
「仰せのままに」
歩き出した大地は、付いてくる背後の彼女にこう言った。
「雫。俺は、こんな事が二度と起きない様にしたい」
「はい?」
◆◆
翌日の学園がざわめいたのは、校門から校舎に続く石畳の道を歩く大地が、とても美しい娘を連れていたからだった。黒く長い髪は、歩く度に光の波を流した。リップクリームのみの最低限なメイクだったが、それすらも邪魔になる程に整った顔立ちだった。颯爽・快活とは反対の波一つ無い水面の様な娘だった。ただし、触れれば雫が纏わり付き、拭うのは容易ではない。変装を解いた雫を見た生徒たちは、呆気にとられるのみである。
「綾瀬さん?」
「うっそー」
好奇・嫉妬。様々な視線を浴びる大地は、居心地が悪そうに言った。
「こう言うのは初めてだな」
「そうですね。出かける時はいつも紅葉と三人ででしたから」
「噂になるかもしれない」
「大地のイメージを損ねるのが心配です。わ、私は、構いませんけど」
大地の左腕があるのは、雫の両腕の中であり、二つの胸の間でもあった。高鳴りと身体の火照りを悟られるのではないかと不安になった彼女は、チラと大地を見上げた。彼は正面を向いたまま彼女を見る事が無かったので、彼女は絡める腕に力を籠めた。彼は戸惑う様に言った。
「当ってる」
「当ててるんです。言っておきますけど、私だって恥ずかしいんですから、大地ももう少し恥ずかしそうにしてください。私だけ、馬鹿みたいです」
「どういう顔をしたら良いのか分からないだけだ」
雫が浮べたのは、余裕の笑みである。
「仕方がありません。私がリードしてあげます」
「雫がリードとは、明日は槍でも降りそうだ」
「大地は失礼です。これでも年上なのに。罰として、お夕飯の買い物につき合ってください」
「メニューは?」
「大地の好物である目玉焼ハンバーグです」
『し、ず、く。良いご身分ね』
『紅葉。これは作戦ですから』
『もっちろん、分かってるわよ。ふんっ』
「どうした。雫の顔色が悪い」
「紅葉がカンカンで。困りました」
「後で紅葉に甘えれば機嫌も治るだろ」
「大地が、ではなくてですか?」
「メイド道原則その三、一と二に反しない限り俺の利益に叶う行動をする。つまり。俺の行動を肯定する紅葉が異議を唱えるのは、雫のみだ」
(紅葉と私が反発する事は、大地の利益に反する……ならこれは牽制ではなくてヤキモチですか)
「未だ同室だし、仲が良いのは知ってるが少々妬けるな」
『私も紅葉の事が好きだから』
『雫のアップルパイ』
『お任せです』
二人に立ちはだかる様に立っていたのは、生徒会長である赤坂泉だった。目にあるのは、一晩苦悩した証である隈だった。
「水都大地。彼女を渡せ」
大地は雫を下がらせた。
「真実を知った上での発言か?」
「そうだと言うならば尚更だ。身内を見捨てるなどあってはならない」
「返答をしよう。断る。彼女は我が水都、つまり俺のモノだ」
「古今東西。交渉で得られない場合は、奪い取れと教わった」
「赤坂泉。いや、神埼泉。お前はいずれ倒さねばならない相手だ。その挑戦を受けよう」
「五年前。私がどれほど嘆いたか、お前は知るまい」
雫は困惑するのみだった。
「もう関わらないでと言った筈です」
「貴方は騙されているだけだ。その男から解放するのは私の義務だ」
(……これって、結論ありきの駄目な思考展開です。こんな子だったっけ)
『頑固な所は、雫にそっくりだと思うわよ?』
雫が気がついたのは、仁王立ちの玲璃である。仇でも見るかの様な形相だったので雫は慌てた。底冷えする玲璃の声に、引き攣ったりもした。
「その気がない振りして誘惑するなんて綺麗な顔してやってくれるわ。しかも二股なんて」
「待ってください、玲璃さん。私は断ったんです。でも聞き入れて貰えなくて」
「そう」
「そうなんです」
「それだけ気に入られたって事よね。綾瀬雫。アンタは潰すわ。アンタが消えれば彼は私の所に来るから」
(玲璃さんまで駄目な子になってる)
「夜道を歩くときは気をつける事ね」
玲璃が浮べたのは、怒りを越えた喜びだった。
「うふふふふ……」
『……紅葉。これどうしよう』
『自分で何とかするべきね。水都家のメイドでしょ?』
◆
雫をそっちのけで、泉と大地はバチバチと睨み合っていた。玲璃もウフフと笑っていた。なので雫は大きく息を吸った。
「いい加減にしなさいっ! この子たち!」
お終い。
【Dr.Deathことアレックス=ガーフィールドの歴史】
(十五歳)
飛び級でアメリカの有名工科大学に入学。長年の野望であるアンドロイド開発計画を密かに開始する。
(二〇歳)
教授の権限にモノを言わせて、開発を本格化させる。
(二四歳)
プロトタイプが完成し、こっそりと軍に売込んだ。大学設備の独占利用や予算の不正利用など諸々が発覚し、大学を追い出される。
(二六歳)
軍の研究施設で【Artifactual Malus pumila on Eden to Narrative〈=人造林檎から始まるエデンの神話〉】シリーズである第一世代型アンドロイドを作り上げる。それはメタルフレームとメタルボディを持つ球体関節人形型アンドロイドだった。開発コード:AMEN-01xx。同年、メタルフレーム型アンドロイドは飽きたとナノマシン型アンドロイドの開発に着手する。
(三四歳)
第二世代型アンドロイドを作り上げる。ナノマシン・マテリアルで構成される流体物質型アンドロイドだった。開発コード:AMEN-02xx。同年、機密保持の為に暗殺されるがナノマシンのお陰で助かる。研究施設を破壊し逃亡する。
(三六歳)
イギリスで、後に大地の母となるヘンリエッタ〈十六〉に会い、心を入れ替える。ヒトの役に立つようにと義体〈サイバネティクス〉の研究を始める。
《よしなに》
《ははーっ!》
(三七歳)
米軍のアンドロイド部隊にイギリスが対抗する為に、アンドロイド兵の開発に渋々着手する。
(三九歳)
【Artifactual Body of Organic System〈=義体でも再び身体を〉】シリーズである第四世代型アンドロイドを作り上げる。それは、メタルフレームとシリコン臓器と、外観のみだが初の生体組織を持つモデルとなった。開発コード:ABOS-04xx〈識火・ルーシア・咲夜など〉
(五〇歳)
ヘンリエッタが日本人と結婚した事を契機に、不穏な空気が流れ始める。アンドロイド研究の傍ら、極秘裏に防衛システムの開発を始める。
(五五歳)
第五世代型アンドロイド〈EVE-01〉を作り上げるが、脳を含めた全てが有機組織で作られたバイオノイドでもあったので、倫理問題で開発中止になる。
(五六歳)
お家騒動が発生し、大地と共にイギリスを脱出する。逃亡時に研究設備破壊を破壊した。日本に逃げ落ちる。
(五八歳)
【Artifactual ArchAngel〈=神罰を下す人造の大天使〉】シリーズである第六世代型アンドロイドを作り上げる。第二世代のナノマシンを復活させた、メタルフレーム・ナノマシン・マテリアルを持つハイブリッドモデルとなった。開発コード:AAA-06xx〈紅葉〉
(六〇歳)
第七世代型アンドロイドを作り上げる。樹脂フレーム・生体組織・ナノマシンを持つハイブリッドボディで、初のサイボーグタイプとなった。開発コード:AAA-0704〈雫のみ〉