──七年前、四月。ダイバーシティ・ユニバーシティの新歓に参加していた輝彦は、つまらなそうな表情で、上級生から渡された酒を飲んでいた。
「こーらサッチ。いくら貰ったからって酒飲もうとしてんじゃねーよ未成年だろお前」
「いやそれ言ったらバクもだし、バクだって飲んでるじゃん」
「俺はいいんだよ、見た目からしてチンピラだから。でもお前はダメだろ、ただでさえガキくせー見た目してんだし」
金髪のチンピラと、青髪の幼女が、酒を巡って何やら言い争っている。あの手合いに関わってはいけない。輝彦は、父の言葉を思い出し、そそくさと歩き去ろうとした。が。
「なー、そこのお前も言ってやってくれよ。こいつが酒飲んでると洒落にならねーってよ」
なぜか、チンピラの方から絡みにきた。輝彦はため息をつき、再び父の言葉を思い出す。
特に大学はスタートダッシュが肝心だ。相手がどんな人間かにもよるが、共に大学生活を送るための友人は早く作るに越したことはない。
大学教授として、父はそう言っていた。彼の言葉が間違っていたことは、輝彦の知る限りではなかったと思う。だからこそ、輝彦は金髪のチンピラの言葉に乗ることにした。
「……まァ、そうだな。俺たちが飲んでいても誰も気にせんだろうが、君はちょっとな……」
「ちょっ……あたしこれでもあんたらと同じ18なんだけど⁉︎ なんでみんなしてあたしのことガキ扱いすんの⁉︎」
「鏡でも見ろよ合法ロリ」
「あん⁉︎ 誰が合法ロリよ‼︎ 殺すわよ‼︎」
二人のやり取りを見ながら、輝彦は小さく笑う。こうして、輝彦はこのクズどもとの関わりを持つようになったのだ。
「吊鐘‼︎ 無事だったか⁉︎」
フェイゼルとの戦いに敗れ、病院に運び込まれた博人。カメラの映像を見ていた輝彦は、仕事をひと段落させるなり、部下にそれを引き継ぎ、早退して彼の病室を訪ねた。
「おー、テル。俺は無事だぜ。あのパクリ野郎に見逃されたからな」
命に別状はない。身体中に包帯を巻いてベッドに寝かされた博人は、笑いながらそう答える。
「それで、小山内は……」
「見ての通り、泣き疲れて寝落ちしたみてーだわ。……情けねー話だよな、調子乗ってボロ負けしてそのまま見逃されて、そんでツレ泣かすとか」
博人が無事だと知って、胸を撫で下ろす輝彦は、博人のベッドにもたれかかって寝息を立てる皐月のことが気になり、彼女について問う。すると、博人は、自嘲的に笑い、そう言った。
「……情けなくなんかないだろ。お前は、自分よりも強い相手に果敢に立ち向かったんだ。それを情けないなんて言える奴が、どこにいるんだ」
輝彦は、博人の言葉を否定し、語気を強める。直後、自分でも何を言ったのかわからないとばかりに、その表情を崩した。
「……わりわり。……そんで、これからのことについてなんだがよー」
博人は頭を下げ、後頭部を掻きながら、本題を語り始める。
「医者のセンセーによると、しばらくは激しい運動はダメらしいんだわ。となると、しばらく俺は変身できねーことになるよな? それについて、テルには話つけときたくてよ」
「……あぁ。その件については、俺も上から言われたよ。お前の代わりに、ギャンベットドライバーを使える人材を探せ、とな。……まったく、とんだ無茶振りだ」
博人の負傷による、ギャンベットシステム装着者の不在については、輝彦も早退の際に上層部から言われていた。その時のことを思い出し、輝彦は苦々しげに呟く
「そもそもにおいて、ウチの誰よりもギャンベットシステムに適合していたのがお前だ。あの日、スカーレットパレスに向かった武装班のリーダーならばある程度安定した性能は発揮できたろうが、その前に首をへし折られてしまったしな……。どうしたものか……」
「お前も色々と大変そーだな、テル……」
輝彦の表情が、だんだんと翳りを帯びていく。博人は遠い目で、そんな彼を憐れんだ。
「……ところで、吊鐘。お前に一つ聞きたいことがあるんだが……あのライダーについて、何か思い当たることはないか? 俺たちも調べてはみるつもりなんだが、あまりにも情報が足りなくてな。何かあれば、なんでも話してほしいんだ」
とはいえ、これ以上嘆いていても仕方がない。現状で見つかっていないものは見つかっていないのだし、今はそちらよりも優先すべき問題がある。そう考えた輝彦は、話題を一八〇度転換し、フェイゼルについて問うた。
「いや……特にこれといって心当たりはねーかな」
しかし、残念ながら、これといった情報は持っていないようだった。輝彦は肩を落とし、博人に背を向ける。
「……ただ、あいつが持ってたドライバーについては、心当たりあるかもしれねーわ」
「……本当か?」
直後、博人はそう付け足した。輝彦は振り返り、再びベッド横の椅子に腰掛ける。
「おーよ。……実は、な。俺がこのドライバー使ったのって、あの日が初めてじゃねーんだ」
博人は語り始める。自分がギャンベットドライバーを使ったという、その時のことを。
「……で、どーよ。この話、なんかの役には立ちそーか?」
「あぁ。……それが本当なら、奴の正体を突き止められるかもしれん。……この件について、俺も少し調べてみるとしよう」
博人が語ったその話こそ、フェイゼルの正体に繋がっているのだろう。輝彦はそう判断し、今度こそ立ち上がった。別れを告げ、病室を後にする。
そして、再び、ギャンベット社の本社へと足を運ばせた。
「おう、伊集院。どうした? さっき部下に仕事押し付けて早退したってやつが、どうして今ここにいる?」
本社のオフィスに向かうと、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべた男が、輝彦に嫌味を言いながら歩いてきた。。
「……いえ。負傷したギャンベットシステムの適合者と話をしまして、彼を倒した『闇のライダー』の正体の手がかりを掴みましたので、その報告に参りました」
「あぁ? 上は今忙しいんだよ。誰かさんと違ってなぁ。そんな話後でいいだろ」
しかし、仮にも上司。感情を押し殺しつつ、輝彦は淡々と話す。松原は目を細め、面倒だとでも言いたげに頭を掻いた。
「そういうわけにはいかないでしょう、松原課長。あなただって、ギャンベットシステムのカメラが捉えた映像を見ているはずです。であれば、わかるはずです。あのライダーを野放しにすれば、ジャンクラーによる被害は拡大する一方だということは」
どうせお前が聞くわけでもないくせに、と感じながらも、それは決して口にせず、輝彦は〝闇のライダー〟の危険について話していく。
「チッ。……誰に口答えしてるかわかってるのかなー伊集院くーん。お前のその態度、前から気に食わねえと思ってたんだよなぁ」
「……俺の処遇をどうしようが、そんなことはこの件には無関係でしょう。……では、失礼します」
輝彦が口答えしてきたことへ、露骨に不快感を露わにして、松原は言った。対する輝彦は一歩も引かず、彼の横を通り抜けて、上層部への報告へと急ぐ。すると、松原は、ヒュウと口笛を吹いた。
「つーか、なに? あのギャンベットシステムの適合者……吊鐘、だっけ? お前あいつに入れ込みすぎ。なに、もしかしてお前ゲイなの? いや、倉科と職場恋愛してるみたいだし、バイって言った方が良かった? どっちにしてもアレだけどなぁ」
「……今の発言は、セクシャルハラスメントと捉えてもよろしいでしょうか」
「おぉ、訴える気か? ホントのこと言われたからってムキになるなよぉ伊集院くぅん」
博人への入れ込みぶりを指摘し、松原は下品に笑う。輝彦は額に青筋を浮かべて、松原を睨みつけた。しかし、松原は茶化すばかりで、特にと言って気にするそぶりも見せない。
そして、ついに。絶対に言ってはならない言葉を口にする。
「それにしても可哀想になぁ、倉科も。愛しのカレが実はオトコにご執心だなんて。……あ、いらねえなら俺が貰っといてやろうか?」
その言葉が、輝彦の堪忍袋の緒を断ち切った。背を向けながらペラペラと語るその後頭部に、力強く握った拳が、振るわれ──。
「あー、課長。なんか部長が呼んでましたよぉ。急ぎの話があるみたいですけどぉ」
──る、直前で。ひょこりと現れた愛美が、松原を部長のもとに向かうよう言った。松原は舌打ちし、歩き去って行く。
「……パーイセン。あんなクソの言葉にいちいちキレてちゃ世話ないよぉ」
「……あれは怒って然るべき言葉だろ。吊鐘や……何より、他でもないお前を馬鹿にされて、黙っていられるほど俺は優しくない」
松原がいなくなったのを確認すると、愛美は表情を崩し、肘で輝彦の脇腹を小突き始めた。
しかし、輝彦にも、譲れないものというものはある。それが、博人たち旧友と、他でもない愛美だ。その両方を貶された以上、黙ってはいられないと、輝彦は言う。
「ンッ……。ま、まぁ、てるひーパイセンがそういう人だってのは知ってるけどさぁ。なんせ、そんなパイセンだから好きなわけだし」
不意打ちのラブを食らい、赤面する愛美。真っ赤に染まった頬を隠すようにそっぽを向き、愛美はその肩を叩いた。
「……でも、今のパイセンの顔は、ちょっと見てらんないかな。上への報告もウチが済ませとくから、銭湯でも行ってちょっと休んでくるといいよぉ、てるひーパイセン♡」
「……悪いな、愛美。……すまん、そちらは任せる」
「はいはぁい。任されましたよぉっと」
そして、気負いすぎている輝彦を休ませるためにと言って、彼の向きを一八〇度回転させた。輝彦は小さく笑うと、そのままギャンベット社本社ビルを去って行く。
銭湯で疲れを癒した輝彦は、ロビーに置かれたマッサージチェアに腰掛けながら、昔のことを思い出していた。今から七年前、博人たちと出会ってからの日々のことだ。
──ある時、輝彦は、スーツを着たヤクザ風の男に詰め寄られ、完全に縮み上がってしまっていた。
この少し前、輝彦は、とあるカジノで、ポーカーで連勝していた。当初はどうせガキだと油断し、余裕げな空気を醸し出していたヤクザ風の男からは、その余裕は次第に失われていく。
そして、負けが嵩み出すと、男はイカサマに手を染めた。それを見抜いた輝彦がそのことを指摘すると、男は逆上し、輝彦に殴りかかった。
なんとかそれを避けた輝彦だったが、男は怒りのままに、彼を追いかける。そうしているうちに、行き止まりに突き当たってしまった。
もう、逃げ場はない。男の拳が、輝彦へと迫る。
──しかし、それが輝彦に
「ごッ⁉︎」
いつのまにか背後に忍び寄っていた博人が、その股間を蹴り上げたからだ。高校の陸上部で鍛え上げられた脚が睾丸を打ち抜くと、男は崩れ落ち、痛みに嗚咽を漏らし出す。
「おいおい、イカサマバレたからってそれはねーよお前。ギャンブラーの風上にも置けねーぞ。まー俺は優しいからよー。キンタマ一個で勘弁してやるが、今後は気ィつけろよー」
男の股間をつま先で小突きながら、邪気のない笑みで博人は言うと、腰を抜かした輝彦へと手を飛ばし、彼を立ち上がらせた。
「す、すまん吊鐘……。お前の手を煩わせて……」
「あー大丈夫大丈夫、そんなの気にすんじゃねーよっ。ダチのピンチは俺のピンチだぜー? そりゃ助けるに決まってんだろーが」
謝る輝彦に、博人は屈託のない笑みでそう返す。
誰かを守る、助けるといった行動は、口で言うのは簡単だが、実行に移すのはその限りではない。だというのに、博人はそれを、さも当然のようにやってのける。
そんな彼の強さに、いつしか輝彦は、最大限のリスペクトと憧れを持つようになっていた。
「(そんな強いお前でも、例のライダーには勝てなかった。……じゃあ、一体誰なら。奴に勝てるって言うんだ)」
天井を見上げながら、心の中で、輝彦は独り言つ。
博人の持つ強さへの憧れは、今も変わらず胸中にある。けれど、それだけでは、心の強さだけでは、倒せない者もいると知ってしまった。
博人が〝闇のライダー〟に敗れたのは、自分のせいだ。元々、彼は一般人で、戦いについての指南を受けたわけではない。外部戦闘員として雇われてからはある程度の訓練も受けていたし、そもそも以前ギャンベットドライバーを使ったことがあるという話だったが、少なくともあの時の輝彦にとっては、彼はただの一般人に過ぎなかったのだ。
そんな彼を、その強さを過信して、戦いの場に引きずり出してしまった。その結果がこれだ。自己嫌悪とともに、輝彦の胸を、一つの懸念が駆け抜けていく。
輝彦は、わずかに視線を動かし、足元のバッグを顧みた。
──誰か、代わりとなる装着者を見つけ出せ。上からそう命令され、渡されたギャンベットドライバー。しかし、輝彦は、どうしても、彼に代わりうる適合者など見つけられないのではないかと考えてしまっていた。
輝彦にとっては、博人こそが強さの代名詞だった。だからこそ、輝彦には、他の誰かにギャンベットドライバーを渡すということを躊躇ってしまう。
「(……いかんな。こんなことばかり考えていては、あのパワハラセクハラクソ上司の言葉が真実になってしまう)」
輝彦はため息を吐き、再び天井を見上げた。すると、中性的な容姿の美男子が、輝彦の顔を見下ろしているのに気がついた。
「うわッ⁉︎」
突然のことに、思わず輝彦は飛び上がる。そして、その勢いのままに、青年の顔に頭突きをかましてしまった。青年はさらりとそれを躱し、深くため息を吐く。
「ずっとそこ占領してて、いつになったらどいてくれるんだろうなーって思って見てたんだけど、まさか今まで気付いてなかったとはね。随分と考え込んでたみたいだけど、大丈夫?」
パステルカラーの水色の髪の青年は、首を傾げながら問いかけた。
「ふぅ……。たまにはこういうところで食べるのも悪くないね」
それから、しばらく経つ。輝彦は、マッサージチェアを占領してしまったお詫びとして、併設された食堂で青年に夕食を奢っていた。
「で……。あんなになるまで、君は何を悩んでたのかな?」
カツカレーを頬張りながら、青年は問いかける。言うべきか、言わないべきか、輝彦は思案ののちに口を開いた。
「……そう、だな。初対面の相手にこんなことを言うのもなんだが、俺は今かなり困っている。少し、吐き出させてもらってもいいか?」
「いいよ。職業柄、そういうのは慣れてるからね。……それにしても、君も運がいいね。年間二億売り上げてる凄腕ホストに、無料でお悩み相談なんてできちゃうんだから」
どういうわけか、目の前の美男子は、信頼できるような気がして。悩みを打ち明けようとした輝彦に、青年はにこやかに笑いかける。
「ね、年間、二億……⁉︎」
「そそ。実は俺、こういうものでして」
すると、輝彦は、本題に一切関係のないところに驚愕し、目をひん剥いた。青年はふふんと得意げに鼻を鳴らし、取り出した名刺を輝彦に差し出した。
「神去、シュウ……か。年間二億というのは、すごいな……。平均的なサラリーマンの生涯収入と呼ばれるような額を、わずか一年で……」
「すごいのは俺じゃなくて、俺を指名してくれるお姫様たちだけどね。……それで、君の悩みっていうのは?」
その名刺の名前を見て、輝彦は半ば無意識的にこぼす。シュウは照れ臭そうに呟き、お冷を喉に通すと、頬杖をついて本題を切り出した。
「あぁ、いや……。なんと言えばいいのか、よくわからんが……。その……俺の友人が、とあるプロジェクトを任されていてな。まさしく替えの効かない人材と言えるんだが、そいつが怪我をしてしまったんだ。それで、上から代わりになりうるやつを探せと言われて……」
「でも、その人より向いてるやつはいない、って思ってるんだよね」
こくり。語り始めた輝彦は、シュウの問いに無言で頷く。
「その場合……。俺だったら、だけど……。そういう時には、まずその人ならどうするかを考えるかな」
すると、シュウは少し考え込み、その口を開いた。輝彦は疑問符を浮かべながら、聞き返す。
「あいつなら、どうするか……?」
「そう。その人の行動を予想して、どんな人ならそうしてくれるかを考えるんだ。そうすれば、最悪の状況になったときでも、自分がその代わりをできるようになるかもしれないしね」
シュウは頷き、最後の一口のカレーを飲み込んで、親指を立てた。
「それじゃ、ご馳走様。お礼なら今度ウチに来てシャンパン入れてくれるとかで全然いいからね」
立ち上がったシュウは、荷物を手に取り、小さく手を振る。輝彦は手を振り返し、どこか遠くに視線をやった。
「こういう時に、吊鐘がとるであろう行動を考える、か。……確かに、それは盲点だったな」
微笑を浮かべながら、輝彦は立ち上がる。
──その、直後のことだった。銭湯の外から、複数の悲鳴が聞こえてきたのは。
「な……何が起きている⁉︎」
銭湯を飛び出した輝彦は、目の前で起こっている現実に戸惑い、声を荒げた。先程、博人が倒し、フェイゼルによって復活したジャンクラーが、人々を襲っていたのだ。
「こうなったら……ッ‼︎」
輝彦はバッグから護身用の電撃銃を取り出し、その銃口をサイクル・ジャンクラーへと向けると、震える指先でその引き金を引いた。放たれた弾丸がサイクルに命中すると、そこから高圧電流が流れ出し、サイクルの動きを止めさせる。
「みんな、逃げろ‼︎ ここは俺が食い止める‼︎」
輝彦は叫び、サイクルに向かって走り出す。電撃銃の発砲一発で動きを止めていられる時間はそう長くはないが、立て続けに撃ち込めば、その時間も多少は伸びる。
輝彦はポケットに手を突っ込み、ブラインドで携帯を操作した。スカーレットパレスでの一件以来、再編された対ジャンクラー部隊に救援を要請したのだ。
ライダーに変身できうる適合者こそいなかったものの、対ジャンクラーに特化した戦闘訓練を受けてきた彼らならば、このジャンクラーにも対抗できる可能性はある。
──そう、考えていた。
『あらら、助け呼んじゃったか。高みの見物決め込もうと思ってたけど……そうなるとちょっと話も変わってくるよねぇ』
直後、輝彦の頭上から、ボイスチェンジャー越しの声が響く。輝彦が視線を上げると、そこには、フェイゼルに変身していたヘルメットの男がいた。
「お前は……ッ‼︎」
『吊鐘博人を病院送りにした、憎き〝闇のライダー〟様だよ。……君が呼んだ対ジャンクラー部隊は来ないよ。ギャンキーズたちが頑張って足止めしてくれてるからね。到着する頃には、君はあのジャンクラーに殺されてるんじゃないかな?』
ヘルメットの男はニヤリと笑い、残酷に告げる。シールドに映った電飾も、悪魔のような笑みを浮かべていた。
『で、どうすんの? 頼みの綱の仮面ライダー様は絶賛入院中、妥協案の対ジャンクラー部隊も雑魚に足止めされてる。君にできることなんてたかが知れてるし』
今、この場にいて、ジャンクラーに対抗できうるのは輝彦だけだ。それを再確認するように、男は輝彦に問いかける。
「どうするとは、どういう意味だ……?」
『君に与えられた選択肢なんて一つしかないよね、って言いたいんだけど……わかんないかな?』
思わぬ問いに呆気に取られた輝彦は、ヘルメットの男へと聞き返す。すると、男は、呆れたように言って、輝彦を下から覗くように見上げた。嘲るように、軽薄な言葉を重ねながら。
『戦う? いやいや、そんなオンボロ電撃銃にジャンクラーを倒せるほどの火力なんてないよね? 粘って対ジャンクラー部隊の到着を待つ? それも無理ってさっき教えてあげたし、そもそも俺がここにいる以上、無事に辿り着けたとて皆殺しルート一直線だよね?』
本来ならば、輝彦に与えられていたはずの選択肢。それらを否定する言葉を一つ一つ紡ぎ、男は大仰に手を広げる。
『俺が君に与えた選択肢はたった一つだけなんだよ。この場合なら……逃げる、が得策じゃないかな? 大丈夫大丈夫。ここで逃げたって、誰も君を責めやしないんだから。それができないなら……俺が介錯してあげよっか?』
逃げれば、命だけは助けてやる。そう言って、男は電飾の表情を笑顔に変えた。その張り付いた笑みは、かえって相手に恐怖心を植え付ける。
「(逃げたって、誰も責めない。そんなことはわかっている。わかっているなら、さっさと逃げろよ伊集院輝彦……ッ‼︎)」
男の言葉が、脳内で幾度となく反響する。そうだ。ここで逃げても、誰も文句は言えないんだ。超常の怪物を前にしてよく生きて帰られたと評価さえされるかも知れない。
だと言うのに。その体は、ジャンクラーに背を向けさせない。
「……ッ。あいつならどうする、か」
シュウの言葉を思い出し、輝彦はフッと笑う。こういう時、吊鐘ならばどうするか。その強さに憧れ続けてきた輝彦には、はっきりと想像することができた。
「……別に、逃げてもいいんだ。それが最善の策であることは、俺にもわかっている」
『へぇ。随分と潔いんだね、君。ただの雑魚でも、引き際は見誤らない。いいと思うよ、そういう生き方も』
「……だが、な」
呟く輝彦に、感心したように男は息を吐く。しかし、続く言葉と同時に、輝彦は男へと踏み込んだ。
「……俺が逃げた先に、
固く握った拳が、男の薄い胸を叩きつける。衝撃によろめき、倒れかけた男は怒りを露わにし、輝彦へと飛びかかる。
──直後、その視界にノイズが走った。ヘルメット中に不快な音声が流れ出し、男は身悶える。
「やっほ〜てるひーパイセーン‼︎ カッコよかったよ〜‼︎」
救援要請があったと聞きつけた愛美が、輝彦の携帯越しに、そのヘルメットの通信機器にウイルスデータを送りつけたのだ。
「……で、どう? 〝闇のライダー〟さん。ウチの作ったウイルスデータをそのヘルメットにぶち込まれた気分は」
愛美は、勝ち誇ったような笑みで、男に問いかける。
『……ッ。やって、くれたな……、惰弱なクソ虫が……ッ‼︎』
「そんなヘルメットしてるくらいだし、中身がバレるわけにはいかないんだよね〜? だったら、さっきの君の言葉をそっくりそのまま返してあげよっとぉ。……君に与えられた選択肢は、そのヘルメット引っぺがされる前に逃げることだけだよぉ」
ヘルメットの男は呪詛を吐き、ヘルメット内に響き渡る不協和音から逃れるように、その場を走り去った。
そして、この場に残ったのは三人。輝彦と、愛美。そして……電撃銃の効果が消え、再び動き始めたサイクル・ジャンクラーだ。
「……なァ、愛美」
「なぁに、パイセン」
「……アレ、持ってきているか?」
「もっちろん。さっきの啖呵も、ちゃんと聞いてたからね」
輝彦と愛美は、少ない言葉で意思を交わし合う。たとえ怪人の前だろうと、それは変わらない。
「あぁ。……感謝する」
愛美から差し出されたキャリーボックスを開けると、そこにはギャンベットドライバーと、透明なギャンボールが入っていた。
輝彦はそれを手に取り、両手に構える。
『Gambet Driver!!』
腰にバックルを当てがうと、その側面から飛び出したベルトが、輝彦の腰に巻き付いた。
『ポーカー!』
腕を九〇度に曲げ、己と向き合うようにして構えたギャンボールのボタンが押され、そこにポーカーを思わせるレリーフが刻印されていく。
『BURN! BURN! BURN! BA・BA・BA・BANG! BURN! BURN! BURN! BA・BA・BA・BANG! BANG!』
それを左の手に持ち替え、ドライバーのスロットに装填した。
軽快なサウンドが流れる中、輝彦はその腕を回転させ、変身の構えをとる。固く握った左手を直角に曲げ、フリーの右手をハンドルに添える。
「これが、俺の強さ。……お見せしよう」
噛み締めるように呟き、輝彦はそのハンドルを回した。
「──変、身ッ‼︎」
すると、ドライバーから5枚の巨大なカードが放たれ、サイクルを吹き飛ばした。それらは、輝彦を取り囲み、その体をライダーへと変貌させていく。
『ラウズ・ジ・アドベンチャラー! 仮面ライダー!GET!ON!』
緑を基調とした装甲が、夜光を受けて輝く。輝彦は──否。仮面ライダーディーラーは、己を鼓舞するように、高らかに宣言した。
「掛け値無しの強さを……見せてやるッ‼︎」
『グ……ガァァァアアッ‼︎』
サイクルは雄叫びを上げ、ディーラーへと飛びかかる。ディーラーは僅かな動きで突撃を躱すと、その腕を掴み、強引に自分の方へと引き込んだ。
ガラ空きになった胴に潜り込み、ディーラーは全力のエルボーを叩き込む。
その一撃を受け、サイクルは吹き飛ばされる。それと同時に、ディーラーを取り囲むようにして、ホログラムの巨大カードが五枚現れた。
「(これと、これと……あと、これはいらんな)」
自らを取り囲むカードから不要なものを切り、それをサイクルに向けて投げ飛ばす。カードは実体化し、高速度でその外骨格を斬りつけた。
さらに、捨てた三枚の代わりに、新たな三枚がディーラーのもとに飛来する。
今ディーラーの手にあるのは、〝A〟と〝10〟が二枚ずつに、ハートの〝Q〟が一枚。ツーペアが成立したことで、ディーラーの体に力が迸る。
──ギャンベットドライバーには、各ギャンボールに対応した、一時的なパワーアップ機能が搭載されている。パチンコギャンボールはリーチを発生させるものだが、こちらはカードを交換して役を成立させることで出力を向上させるのだ。
「──いくぞ」
ディーラーはその手に力を込め、銃型の武器を出現させると、それと同時にサイクルへと駆け出した。
『Deal.』
サイクルは一対の光輪を放ち、ディーラーを攻撃する。ディーラーは体勢を低くすることでそれを躱し、銃──カーディールガンのスライドを弾いた。電子音声とともに装填された五発の弾丸が、サイクルへと降り注ぐ。
『グギャ⁉︎』
放たれた光弾は、巨大なカードの形となって、再びディーラーのもとに集まる。ディーラーはそれを横目で見ると、再びカーディールガンのスライドを引いた。その引き金を引くと、二発の弾丸が放たれ、サイクルの両肩を撃ち抜く。
『Game on.』
五枚のカードに囲まれたディーラーは、カーディールガンの側面に備えられたタイフーンスイッチを押し込み、力強く地面を蹴った。
『10, J, Q, K, A.』
ディーラーを取り囲む、同じスートのカードたちは、カーディールガンに吸収され、再び光弾として放たれる。
『Royal Straight Flash.』
揃ったのは、ポーカーにおいて最強の組み合わせであるロイヤルストレートフラッシュ。これにより、ディーラーの体に、溢れんばかりの力が満ちていく。
「(ロイヤルストレートフラッシュ、か。まさか、これを実際に目にする日が来るとはな)」
仮面の中で、輝彦はニヤリと笑った。直後、半狂乱に陥ったサイクルの突撃が迫るが、ディーラーはそれを避けもせず、片手で正面から受け止める。
『ガッ、ギャア……ッ‼︎』
「……さすがは最強の役と言ったところか。よもや、ここまでのパワーを発揮できるとはな」
軽く呟きながら、ディーラーはサイクルを投げ飛ばした。強化された膂力によって、サイクルは凄まじいほどの勢いで壁に叩きつけられる。
「とはいえ……長々と遊んではいられん。……この一撃で、終わらせてやる」
ギャンベットシステムにおけるパワーアップには、時間制限がある。相手の攻撃をいかにいなしたとしても、決定打となりうる打撃を叩き込まなければ、このパワーアップも無意味なものとなってしまう。
それを知っているディーラーは、その足に力を込め、強く踏み出した。
『ポーカー!』
ドライバーにセットされたギャンボールのボタンを押し、ディーラーは飛び上がる。
『ポーカー!ジャックポットストライク!』
「ライダー……クラッシュ」
迎撃を試みるサイクルだったが、突如として現れた五枚のカードに拘束され、その動きが封じられた。対するディーラーは、全てのパワーを収束させた右足を振り下ろし、サイクルの頭蓋を蹴り砕いた。
サイクルの外骨格が弾け飛び、倒れ込む鳥人の体からギャンボールが放り出される。それを掴み取り、ブランク状態に戻して、ディーラーはその変身を解除した。
「お疲れ様、てるひーパイセ〜ン。……あの戦いっぷり、かっこよかったよ」
「そ、そうか? 面と向かって言われると、少し照れるが……まァ、褒められて悪い気はせん。……ありがとう、愛美」
戦いを終えた輝彦は、愛美とともに帰路についていた。
「しかし……問題は、あの男だな。吊鐘の証言をもとに探ってはみるが……奴は、一体何者なんだろうな?」
「さぁ、ねぇ。……意外と、近くにいる人間が怪しかったりして」
「こら、縁起でもないことを言うな。……だが、まァ。その可能性も、考える必要はある、か」
独り言つ輝彦に、冗談めかして愛美は言う。それをやんわりと諌める輝彦だが、可能性としてはないわけでないことにも、彼は気付いていた。
遠くの空を見上げて、輝彦は深いため息を吐いた。
──そして、その同時刻。
ダイバーシティの裏社会、その頂点に立つ暴力団──『
「……おや、戻っていましたか」
その最奥部にて、パソコンと向き合っていた男は、わずかに視線を上げて、ヘルメットの男を見遣る。
「……それで、報告は受けていますよ。新たなライダーの誕生を防げなかったばかりか、ギャンベット社の小娘の妨害を受けて敵前逃亡、でしたか。いいご身分ですねぇ」
『……すみませんでした、
ヘルメットの男は膝をつき、ボールチェアに腰掛けた男──『蛇ノ目の會』会長・
「いえ、構いませんよ。この程度であなたを切るほど、私は愚かではありませんから。……です、が。『蛇ノ目の會』のエージェントしては、舐められたまま終わるわけにはいきませんよねぇ?」
加巳乃はくつくつと笑い、エンターキーを力強く叩いて、ボールチェアから立ち上がった。
『えぇ。俺もそう思ってます。だから……』
張り付いたような加巳乃の笑みを向けられて、なお。ヘルメットの男は、獰猛に喉を鳴らす。
そして、そのヘルメットを脱ぎ捨て、悪辣な笑みで言い放った。
「……俺に屈辱を味わわせたあの女は、最大限に辱めて殺してやる」
そのヘルメットの下に隠されていた素顔は、どこまでも中性的で、美しく。加巳乃は両手を叩いて、彼を誉めそやす。
「えぇ、君ならできると信じていますよ。──ねぇ、
秀司と呼ばれた男──ホストクラブ『KAGURA』のナンバーツー・神去シュウとしての顔を持つ青年・
次回予告
愛美「毎度恒例設定捕捉コーナー、はぁじまぁるよぉ」
輝彦「前回は、神去たちが無為に尺を使って何説明できずに終わったからな。今回はきちんと解説していくぞ」
愛美「というわけでぇ。今回解説するのは、ギャンベットドライバーについてだねぇ」
輝彦「ギャンベットドライバーは、俺たち防衛装備開発課の科学班が作り上げた最高傑作だ」
愛美「各種ギャンボールに対応した装甲を形成して、さらにそれに応じたパワーアップ機能もついてるんだよねぇ」
輝彦「とはいえ、安定して高出力をキープすることはできん。使う際には運に任せることになるし、さらには時間制限もある。ここが最大の課題点だな」
愛美「このように、科学者たちの頑張りによって、技術は日々進化を遂げているのでしたっ。ぶいっ☆」
輝彦「次回、仮面ライダーバクト!」
愛美「『444:深淵に触れた、それ故に』っ!」
輝彦「なにやら不穏なタイトルだが……次回も愉しむとしよう。……命賭けでなッ!」
シュ……シュウくん!!!!!?????!?!!!!!????
失礼、取り乱しました。そういうわけで墓脇です。
今回は輝彦の変身とヘルメットの男の正体バレの2本でお送りしました。
さて、新キャラとしてパワハラ上司・松原力也が登場しましたね。
彼の名前の由来は、文字通りパワハラです。今後も、輝彦の周りを引っ掻き回してくれることになると思います。楽しみですね。
それからもう一人、新キャラとしてヤクザのボス加巳乃龍二さんも初登場しました。
彼はシュウ改め秀司の上司で、今後のストーリーにも深く関係してくるキャラクターになっています。こちらも注目していきたいところですね。
さて、輝彦が変身したディーラーについても語りましょうか。
名前や変身に使ったギャンボールからも分かる通り、ポーカーモチーフのライダーですね。
こちらは、攻撃と同時にカードを引き、不要なカードをさらに攻撃に使ってカードを引き直して、揃った役次第でパワーアップできるようになっています。
バクトよりも役を揃える難度は高くないため、ツーペア程度ではあちらほど強力なパワーアップはできませんが、ロイヤルストレートフラッシュまで行けば、バクトの777以上に強化されるようになっています。
博人が初めてギャンベットドライバーを使ったくだりについては、のちのち本格的に触れることになると思います。
輝彦の見立て通り、そこにはシュウくんなり蛇ノ目なりが関わってくることになるはずです。ご期待ください。
さて、シュウくんが愛美に対して憎悪を燃やしたり、何やら不穏なタイトルの次回など、段々と博人らのおばかなノリだけでは中和できなくなってきた気もしますが、何卒お付き合いください。墓脇でした。