第13話「つかの間の『日常』」
『……ほウ、ついに『異能共鳴』も目覚めたト?』
「はっ。つきましては理事長先生。こちらをご覧くださいませ」
『ふム……確かニ、『陽光豪炎』との戦いにおいテ、チカラの片鱗を見せてはいるようだネ』
誘宵学区中枢、宇宙まで伸びると言われている軌道エレベーターの、さらに地下。無菌室のような空間で、理事長と呼ばれたソレは嗤った。
『しかシ……ビショップの若造は何を考えているのかネ。誘宵学区に宣戦布告しておきながラ……『異能共鳴』をワタシに差し出すなどと言い出すとハ』
「あのような口先だけの復讐者など、理事長先生がお気になさることはありません。わたくしが追い返しましょうか?」
『いヤ、いイ……すぐに連れて来イ、大口を叩いて失敗した馬鹿者の面ヲ、今一度拝んでおきたくてネ』
「いや、しかし……」
『聞こえなかったのかネ、ゲーテ。ワタシハ、菱杖透流を連れて来い、と言ったのだヨ。キサマに、拒否権は無イ。それともココで死ぬかネ?リチャードのようにはなりたくないだろウ?』
ソレは、明確な殺意を持って従者を睨みつける。従者の青年は即座に膝をつき、
「はっ、申し訳ございませんでした理事長先生。すぐに連れてまいります」
『さテ、これで邪魔者は消えタ……遠山叶絵、さっさと入りたまえヨ』
「……相変わらず趣味の悪い脅しをされるのですね、理事長センセイ?」
『……ワタシハ、キミごときと世間話をしていられるほど暇ではないのだヨ、報告を聞かせたまエ』
ソレの威圧に動じることなく、遠山は答える。
「一つは新たなライダーシステムの開発について、もう一つは……黒薙颯斗の手にした力について、どちらから訊きたいでしょう?」
『で、黒薙?今回の参加者は俺とお前と早見と朱鷺澤、で赤萩とお前の妹ちゃんの6人で良かったんだよな?』
「今のところは、だけどな。僕の予想ではあと一人後輩が参加する気がするから、また今日中にお前に連絡するよ。じゃ、僕は朝食作らねぇとだからまた後で」
「おう!ちょうど空いてる女部屋も3人部屋しかなかったからそいつぁ丁度いいな!」
おう、とだけ返すと、黒薙は電話を切った。
「あれ、兄さんこんな時間から誰と電話してたの?」
「牧瀬とちょっとな。にしてもどういう風の吹き回しだ?急に僕たちの旅行に同行しようなんて?」
そう。黒薙と悪友たちの間では、数年前から、毎年ゴールデンウィークに内輪だけで房総の温泉地を訪れる旅行が恒例となっているのだ。
「ほら、今年は亜矢さんも来るって言ってたでしょ?男4人の中に亜矢さんだけ置いておいたらどんな間違いが起こるかわからないから。それに…………牧瀬さんとも話したいし」
「あ?最後のほう上手く聞き取れなかったんだがもっかい頼めるか?」
「それは無理。一回で聞き取れない兄さんが悪いんだから」
澪はぷい、と黒薙から目を逸らし、自室へと戻り始めた。
「あ、そうだ。兄さん今日の朝ごはん何?」
「今日か?今日のはいつもと違う……」
「へぇ、房総旅行ですか。なかなかに面白そうじゃないですか?お土産は買ってきてくださいね先輩」
「いや、お前も来るかなと思って話したんだけど嫌ならいいんだ」
「私も、来るかなと思って……?何ですか先輩それをもっと早くに言ってくださいよそんな楽しそうなイベント私が行かないわけないじゃないですか」
2019年、4月29日。午前10時30分、ミスティに呼び出されていた黒薙は、本題に入る前の世間話として房総旅行のことを話していた。
「はいはい、参加費はてめぇで負担することになるが大丈夫だろ?僕の化身サマがまさか金に苦しむなんてこたぁねぇだろうし」
「大丈夫ですよ?というか私食事もだいたい1日1回くらいですし浮いた食費だけでも充分です、連休ってことでちょっと早めにお給料ももらっちゃいましたし」
ミスティはけろりとした顔で言うと、胸のあたりの内ポケットから財布を取り出し、ひらひら、と見せびらかした。
「いやぁ、うん、何と言えばいいか分からねぇが……胸がないからって内ポケットに財布入れてまで盛るのは流石にやめたほうがいいんじゃねぇかな」
「……先輩、いくら私が先輩自身だからって言っていいことと悪いこととがありますからね」
「悪い悪い……っと、そろそろ本題に入ろうぜ。赤萩陽希の見舞いも控えてんだ」
悪びれもせず黒薙は話を進める。
「はぁ……マテリアブレイカーの話なんですけど、先輩が赤萩陽希と交戦したときの最後の一撃……あれで、赤萩陽希に掛かった洗脳が解けましたけど、それで気になって調べてみたんですよ」
ミスティは涼しげな目をして言った。
「つまり、マテリアブレイカーには必ずしも破壊の力だけを持つというわけではなく……なんの影響か、能力を無効化する力が生まれた、というわけです」
「へぇ、でもそれも言い換えれば破壊の力ってやつじゃねぇの?」
「…………それは言わないお約束ってやつですよ先輩」
「よう、赤萩さん。それから……そこの元怪人さん」
「おう、待ってたぜ黒薙颯斗。まぁ座れよ、俺もお前には感謝してんだ」
その少し後、黒薙は、赤萩の病室を訪れていた。赤萩の言う通りに、黒薙は椅子に腰かける。
「で、何の用だ?俺が思うに、お前は赤の他人の見舞いになんて来ないタイプだと思ったんだが……」
「別にテメェに用があったわけじゃねぇよ。赤萩さんに旅行の日程を伝えるついでだ、勘違いすんじゃねぇ」
「わかってるっての。……っつーか、俺も亜矢も苗字は赤萩なんだからややっこしいな、なんか違う呼び方とかしねぇの?亜矢を呼び捨てにするとか」
「ブフッ!?ちょちょちょお兄ちゃん!?」
唐突すぎる赤萩の提案に、亜矢は思わず噴き出した。
「赤萩さんを呼び捨て、なぁ……うーん……えっと……あ、亜矢?」
「やめて黒薙恥ずかしいから!別にそんなに嫌なら呼び方変えなくていいから!お兄ちゃんもそのキモいニヤケ面やめてくれる!?」
病室内で騒ぎ立てる三人(というか主に亜矢一人)。
「あ、あぁー、うん、赤萩さん、それで日程なんだが……」
「さぁさ今年もやって参りました房総温泉旅行!オラオラお前らもっと盛り上がってけよ!!」
「毎年毎年、牧瀬のやかましさは変わらないな……ここまできてテンション上がる気持ちはわかるが」
「牧瀬テメェハシャぎすぎだボケ!隊列から逸れんじゃねぇ!」
「く、黒薙くん……もう少し静かに……」
「……それにしてもいいところね、ここは」
「…………牧瀬さんやっぱりかっこいいな……で、なんであの時のアイツがいるのお兄ちゃん」
「先輩にちょっと誘われまして……先日は失礼いたしましたね」
房総に着いた一行。はしゃぐ者とそれを嗜める者、我関せずで景観を楽しむ者と、七人でも複数にタイプが分かれる。
「さーって!養老渓谷行こうぜ養老渓谷!滝行だ滝行!!」
「滝行はしねぇよ馬鹿、っつーかまずは荷物置きに行かなきゃだろ旅館行くぞ」
はしゃぐ牧瀬の耳を引っ張りながら黒薙は言う。
「男4名、女3名、計7名で予約していた早見です」
「早見様、ですね……こちら、402号室、403号室の鍵でございます。お出かけの際はこちらまでお返しいただきますようお願い申し上げております。それではごゆっくりどうぞ」
受付の美女から鍵を受け取った早見は、その片方を亜矢へと投げ渡した。
「あぁすまない赤萩、つい力を込めすぎた」
「別に構わないわよ早見、ちゃんとキャッチできたし」
キャッチできなかったら怒っていた、と言わんばかりに感情を押し殺した声で亜矢は言う。
「ま、荷物置いたらさっさと行くぞ。高級な旅館を楽しむのも乙だが、僕らにゃ予定があるしな」
「ふぃー疲れた疲れたっ!この疲れを癒すには温泉に浸かるしかねぇなヒャッハー!!」
「どこの世紀末のモヒカンだテメェは!?ま、さっさと温泉に入りてぇのは僕も同じだけど、なっ!」
「ハァ〜〜……なぜ黒薙はいつにも増してはしゃいでいるんだ……アホが増えた……」
「は、早見くん、気を確かに……君がここで気絶なんてしたら、僕に二人を抑えられる気がしないから……」
はしゃぐアホ二匹を見て、愉快な仲間たちストッパー組の二人はため息をついた。
「兄さんも牧瀬さんも、どこにあんな体力があるんだろう……」
亜矢に肩を貸しながら澪が呟く。水泳部所属の澪はそこそこ体力には自信があるようだったが、特になんの部活にも入っていない牧瀬に体力で上を行かれて少しばかりショックを受けているようであった。
「私からしてみれば……ハァ……アンタも十分体力おばけよ澪……ハァ……」
真っ赤な顔とは裏腹に冷や汗を浮かべまくる亜矢。
「アヤさーん♡旅館戻ったら一緒にお風呂入りまぴょっ!?」
そしてミスティは、邪な目で亜矢に迫るが、直後に頭上に落ちてきた謎の小石を受け、言い切る前に言葉を失ってしまった。
「いやはや、ここは現世の極楽だな……」
「ギャハハ!早見がなんかカッコつけてんぞ黒薙!!」
「ハハ、でもまぁ気持ちはわかるわ……やっぱ天然の秘湯はちげぇな……」
「ふぅ……ポカポカして気持ちいいなぁ……」
男湯では、牧瀬を除く三人が完全に蕩けきって、温泉を堪能していた。
「『あれ、レーツェルって思ってたより……小さいのね……』
『ひゃっ!?亜矢さんどこ触って……あっ、やめっ……』
『いいよ亜矢さん、そのまま拘束しておいて……前に兄さんとあたしの会話邪魔した罰としてもっとひどいこと……』
『ひっ……ひぃやぁぁぁぁぁぁぁん♡』
一方、女湯では女同士で禁断の裸のお付き合いを繰り広げていた……」
「わけねぇだろボケがテメェ本気でブン殴るぞ!?」
牧瀬が猥褻な妄想を繰り広げ始めたので、黒薙が殴って止めた。
「痛ってぇな黒薙!?お前も少しは考えてるんだろこれに近いこと!?」
「なわけねぇだろクソ野郎!?だいたい僕は妹や後輩でそんな……」
「ほう?つまり赤萩ではしている、と?」
「あぁん!?早見テメェも調子乗ってんじゃねぇぞ言葉の綾だろうが!!」
早見が茶化すと、黒薙は早見の頭を掴みそのまま熱湯の中に沈める。
「ぼばッ!?ぶッ、ばびッ……!?」
「く、黒薙くん……そろそろやめてあげよ?このままじゃ早見くん本当に死んじゃうから……」
「澪ちゃんさぁ……前から思ってたけどかなりおっきいわよね」
「はは、よく言われます……こんなものいくら大きくたって変わらないと思うんだけどな……」
「それを私の前でつい口にしちゃうあたり、やっぱりアンタ黒薙の妹よね……」
一方、女湯では亜矢が澪の背中を流しながら、澪にはあって亜矢にはないものを指して鬱屈そうな目を浮かべていた。
「サイズなんて本人に似合ってればそれでいいんじゃないですかね?少なくとも私はそう思ってるんですけど」
一足先に湯に浸かっていたミスティが口を挟む。
「でもそれ、ド貧乳のレーツェル先輩が言っても何の説得力もないですよ」
「あぁん!?テメェ私が基本怒らねぇからってちょっと調子乗ってんじゃねぇのか!?」
しかし、素っ気ない澪の返事が、ミスティに深く突き刺さる。
「あぁもううるさいわね……今邪魔されたら危ないからレーツェルはちょっと大人しくしててくれる?澪ちゃんもあんまりレーツェルを挑発しないの」
「いや、なかなかに白熱したいい勝負だった……お疲れ黒薙、スポドリ飲むか?」
「おっすお疲れ早見……じゃお言葉に甘えて」
風呂から上がって数時間。ババ抜きだの卓球だので疲れ果てた黒薙は、そのままベッドへとへたり込んだ。
「しっかし……なかなかに手強かったなぁレーツェルって娘!黒薙ィお前どこであんな娘見つけてきたんだ〜?」
「その下世話な目ェやめろ……ま、僕にも色々あるんでな、バイクで轢いたり色々あって知り合ったんだよ」
「フ、ギャッハハ!何がどうなればバイクで轢いた女と仲良くなんだよ!!やっぱお前は面白ぇな!!」
黒薙の返答に、牧瀬は思わず噴き出す。
「さて、そろそろ時間は12時を回るが……旅行の夜と言ったら、寝る間を惜しんででもやるべき『アレ』があるよな、朱鷺澤?」
「そ、そうだね……念のためだけど、ちゃんと電気消して鍵もかけてくるよ」
しばしの談笑の後、ふと早見が言った。朱鷺澤が戸締りの確認をし、黒薙が電気を消すと、4人は布団を寄せ合い……
「お前たちに問う、旅行のメインイベントとは何だ?見知らぬ土地での新たな出会い?1日の疲れを落とす極楽の温泉地?違うな?」
「うん……!旅行のメインイベントと言ったらやっぱり……!」
「深夜の恋バナしかねぇよなぁ?なぁ黒薙ィ」
「……ハァ、まぁ気持ちはわからんでもないが」
恋愛が絡むと、悪友3人は途端に顔色を変える。それが健全な男子高校生としては当然とわかってはいるが……。
「それで、まずは誰から言うんだ?朱鷺澤……はまずないとして」
「はーい、じゃ俺が一番いただきまーっす」
まず先陣を切ったのは牧瀬。
「いや、お前も誰が好きとかあるもんなんだな牧瀬……なんかお前、そういうイメージからはかけ離れてるから意外だ」
「ひでぇこと言ってくれるな?俺だって人並みに恋愛くらいするっての」
黒薙が呆れた目で言うが、牧瀬はフフンと鼻を擦り、黒薙のことなど一切気にも留めない。
「それで、俺が好きな娘なんだけど……黒薙、俺は!お前の!妹のことが好きだ!!」
実際には大声を出していないのに、真っ直ぐ言い切ったその迫力ゆえか、牧瀬の声は実際以上に大きく感じられた。
「…………マジで言ってんのか、牧瀬?いや、冗談とか言ったら締め落とすけども」
「これがマジなんだよ黒薙ィ、なんっつーか、ぶっちゃけ一目惚れって感じかね?去年、お前が妹連れてんの見てビビビッと来たんだよ」
牧瀬の言葉に偽りはない。黒薙は、そのことを見抜いていた。
「これまた意外性の高いところに行ったな。だが冷静に考えれば黒薙の妹はかなりの美人、そうなるのも可能性としてはあったが……」
「牧瀬くん!僕は牧瀬くんのこと応援してるからね!」
「バカ朱鷺澤声がでけぇぞ!妹ちゃんに聞かれたらどうすんだ!?」
「お前の声も相当でけぇの自覚してから言ってくれよ牧瀬……」
女性陣に聞かれたら終わるというのに、大声で騒ぐ二人を黒薙が抑える。
「なら、次は俺が行こうか……その、なんだ?俺の好きな人は……なんというか、普通に頑張っただけでは手が届きそうにない人なんだが……」
「あっ、もしかして彼氏持ちか?NTRとは早見もやるなぁ!お前ならやるって信じてたぜ!で、誰だ?まさか水削ちゃ……」
「馬鹿が、そんなわけないだろう……とも言い切れないのが辛いな。先生、という部分に限っては合っている」
早見は、いつになく真面目な顔をして言った。
「俺は、好田先生のことが好きだ……きっかけは去年の……」
あっ、これ長くなるやつだな。黒薙は察した。
「じゃあじゃあ、次は僕行っていいよね!?多分みんな知ってるだろうけど、僕は赤萩さんのことが好きなんだ」
「「「知ってる知ってる」」」
一人テンションを上げる朱鷺澤に対し、三人は呆れた顔で応える(牧瀬と黒薙については先ほどの早見の早口にやられたのもあっただろうが)。
「まぁまぁ朱鷺澤が赤萩好きなのはわかったからよ!最後は黒薙お前の番だぜ?まさか自分一人だけ逃れられるなんて思ってねぇよな?」
「ちょっと牧瀬くん?まだ僕の赤萩さんへの愛は語り終わってないんだけど……」
「悪いな朱鷺澤!お前が赤萩好きなのは前々から知ってるし何の意外性もないからな!!」
牧瀬は悪びれもせず朱鷺澤を遮る。
「つっても僕別に誰が好きとかねぇんだけどな……」
「いやいやそんなことねぇだろ黒薙?あれだけ可愛らしい女子に囲まれて誰一人ってのは流石に……」
「うるせぇな牧瀬。確かに執行衛兵は美少女揃いだが……あんな血の気の多い女の子たち、恐ろしくて手も出せねぇって」
黒薙は申し訳なさそうに頭を掻く。
「あんまり空気悪くしたくねぇけど……僕には、誰が好きかなんてまだ分からねぇや」
「わ、私は……その……黒薙の、ことが、好き……なんだけど……」
時を同じくして、女子部屋でも恋愛話がヒートアップしていた。
「ふふ、亜矢さんは趣味がいい。兄さん、無愛想だけどいい男でしょ?」
「そうなのよ……普段無愛想なのにいざって時に本気で助けてくれるの、すごいギャップでさ?もう何回も黒薙には助けられちゃってるけど……その度に、好きの気持ちは強くなっていったわ」
亜矢は普段見せないようなアンニュイな表情で、自嘲的に嗤う。
「でも……アイツは私の想いになんて気付いてもくれない。だから思い切って告白しようとしてみたんだけど……」
「怪人に邪魔されて失敗、そして機会を逃してしまったと」
ひとりホットココアを飲みながら、過去を振り返ってミスティは言った。
「そう……歳下ふたりにこんな弱いところ見せたくないんだけどさ……このままだと、私の想いが伝えられずにこの恋を終わらせちゃいそうで……!」
亜矢の視界がゆらゆら揺れる。しかし、その原因となったものは、布団を濡らしたりなどしなかった。
「まったく……そんな悲しい顔されたら、ついつい手助けしたくなる」
「亜矢先輩、知ってましたか?女の子の夢って、必ず叶うようにできてるんですよ」
澪とミスティの指が、それぞれの眼から零れ落ちるそれを拭ったからだ。
「さて、と。それでは始めますよ亜矢先輩。今から私が言うことを聞けば、先輩の幸せが叶うこと間違いなしの完璧デートプランを伝授します」
夜も更け、ふと喉が渇いて目が覚めた黒薙は、三人を起こさないよう静かに部屋を出た。
「あれ……?黒薙くん?こんな夜中に何してるの?」
「あぁ、お前と同じだよ朱鷺澤……ちっとばかし喉が渇いてな。ん?どうした?」
どうやら朱鷺澤も目が覚めてしまったらしく、自販機コーナーで二人は偶然にも顔を合わせた。
「えっと、その、さ……あの、さっきの、『好きな人はまだいない』っていうの、本当?」
「そんなことで嘘ついたところで僕に何の得もないだろ?本当だよ、僕はまだ異性に恋し、愛するなんてことは理解できねぇ」
「そっか、よかった……なら、あの、さ……」
黒薙の答えを聞き、安堵した朱鷺澤は、太ももに挟んだ緑茶のペットボトルを見つめながら、
「黒薙くん……もしよければ、なんだけど……僕の恋、応援してくれる……?」
自己嫌悪に飲まれそうな目をして、確かにそう言った。
「……ま、僕とお前は友達だ。僕にできる範囲までなら、お前の恋ってやつの手助け、してやるよ」
「ほんと!?ありがとう、黒薙くん……もしかしたら、って思ってたんだけど……そんなことなくてよかった……」
黒薙は応援してくれると言ったはずなのに、朱鷺澤は、どうしても罪悪感から逃れられず……ふと、涙が溢れ出たが、部屋に戻ろうと背を向けた黒薙は、友人の涙にも気がつかなかった。
「遅ぇ……赤萩さん何やってんだ……」
旅行から帰って数日。いつかの埋め合わせとして亜矢におすすめの喫茶店に連れていってくれと頼まれ、黒薙は待ち合わせ場所でそわそわしていた。
「いや、僕も人のことは言えねぇけど……遅い……!」
腕時計を見ながら、黒薙は足をタンタン、とタップする。だが黒薙は、気付いていない。自分が待ち合わせ時間より一時間も早く到着していることを。
「あ、えっと……ごめん黒薙、待った?」
そんな折、亜矢が現れる。今まで見たこともないような女性的な服装で現れた亜矢に、つい黒薙は目を奪われてしまった。
『いいですか亜矢先輩、男なんてのは単純な生き物なんですよ。相手が少しでも自分に気があるならちょっとおめかしするだけで落ちます』
(ふふ……やっぱり持つべきものは友達ね……効果アリ、と見てもいいのかしらこれは……)
あの夜、ミスティから受けた助言を思い出し、亜矢はほくそ笑む。
「でも黒薙、アンタがこんな早くに来てくれるなんてちょっと意外ね……そんなに私と会うの楽しみにしてくれてたの?なんて」
「ん?いや僕は時間よりちょっと早く来るように来たはずなんだが……あれ?もしかして僕ちょっと早かったか?」
「ちょっとっていうか……待ち合わせって10時よね?今まだ9時20分なんだけど」
亜矢の言葉に黒薙はハッとする。
「いや、そんなことは……あ、本当だ」
腕時計ではなく、スマホの時計を確認する黒薙。どうやら腕時計の方は一時間ほど早められていたらしい。
『時間に関してはスマホとか以外一時間早めておく。兄さんはスマホがあってもそんなに使わないから多分いけると思う』
(ありがとう澪ちゃん……今度パフェ奢ったげよ)
頭を掻く黒薙を見ながら、亜矢は二人のサポートが見事成功していることを知り、怪しい笑みを浮かべた。
「あー、その……まだ時間も早いし、どっかで時間潰すか?」
「そうね……じゃあちょっとお願いなんだけど、黙って私についてきてくれる?」
つい鼓動の高鳴りを気付かせないよう、言葉が高圧的になってしまったことを知り亜矢は少し顔を赤らめるが、黒薙は気にしたそぶりはない。
「別にいいけど……どこに連れてく気だ?まさかこの期に及んで僕をハメようとは……」
「してないわよどっちの意味でも!!アンタほんっとデリカシーないわね!?」
「……おっと、悪い悪い。でも赤萩さんもそういう下寄りの話はあんまりやめたほうがいいんじゃねぇかな……?」
「うっさいわね誰のせいで……っ!」
言おうとして、亜矢は踏みとどまる。
(あっぶな……黒薙が私の想いに気付いてくれないのはコイツが鈍感なのもあるだろうけど半分は私の態度だった……)
亜矢はホッと胸を撫で下ろし、黒薙の手を取って駆け出した。
「ほら、ここよここ!私の秘密の隠れ家!色々あるでしょ?どうしても暇な時とかここで遊んでるのよ」
連れられて訪れた場所は、路地裏にひっそりと佇む小屋だった。
「……おぉ、こりゃ壮観。ただ赤萩さん、この土地とか電気とかってのはちゃんと……」
「安心して黒薙、ここは私が毎月コツコツ貯めて買った、正真正銘の私の土地よ」
亜矢はポツリと置かれたじゃんけんゲームの筐体に寄りかかりながら言う。
「土地だけじゃない。ここにあるゲームとかも全部14学区の中古ショップで買ったの。こういうレトロなのって出来の割に結構安上がりなのよね」
言われて改めて見回してみると、いつか一世を風靡したアイドルゲームや、何年も前に流行ったシューティングゲームなど、確かに今日ではほぼ見なくなったゲームが並んでいた。
「けど赤萩さん?連れてきてもらっといてなんだけどそんなに遊んでられるほどの時間は……」
「分かってるわよ?私さ、友達に自慢してみたかったのよ、こういうの……ほら、私ってあんまりこういう話できる友達とかいないじゃん?だからこの機会にアンタで実践してみたかったのよ」
亜矢は屈託無く笑った。その瞬間、言いしれようのない感覚が、黒薙の胸に生まれた。
「ふ〜ん……ここがアンタの好きな喫茶店ね……なかなかいい趣味してるじゃない?」
「お褒めに預かり光栄、何つーか……雰囲気がいいんだよここ。どれだけ荒んでる時でもここに来るだけで気が晴れるっていうか」
「うん……なんか、その気持ち、ちょっとわかる気がするわ」
安らかな笑みを浮かべながら、亜矢は言う。
「なんなんだろうなこの……安心感って言うの?家でもねぇのに不思議とここにいるだけで落ち着くんだよ」
黒薙はコーヒーを飲みながら言った。
「……ん?ちょっと待って、アンタ前コーヒー苦手って言ってなかった?」
「まぁ普通のコーヒーは苦手だぜ?ただここのコーヒーは何故か飲めるんだよ……味が違うって訳ではねぇんだが」
「へぇ……」
不思議そうな目をしながら、亜矢は黒薙を見つめる。
「……ねぇ黒薙、あれから腕に何か起こったりしてない?」
「いや、特に目立った変化はないな……赤萩さんこそあれから体になんか不調とか起こってねぇよな?」
両手をひらひらと振りながら、黒薙は言う。
「ハァ〜……ったく、私のことはいいのよ別に……少しは自分の心配もしなさいよ、っていうか女の子に体の不調はないか、ってそれセクハラよ?私以外の女の子にはそんなこと言わないようにしなさいよ」
亜矢は少し頬を染めながら言った。
「……そうだな。善処するよ、僕ってやつはどうやら自分のことを疎かにしがちらしい」
亜矢の言葉に対し、黒薙は手を額に乗せ、少し伏して言う。
「あぁ、そうだ……ねぇ黒薙。初めて怪人が出た日、言いたくて言えなかったこと、今言わせてもらっていい?」
「いや、別に構わねぇが……」
生まれた少しの沈黙を切り裂くように、亜矢が口を開く。
「ありがと。……黒薙、私は──」
しかし、その続きは、黒薙の耳には届かなかった。
「って、黒薙……!?どうしたの!?ねぇ、返事しなさいよ!!」
突如として、黒薙が気を失い、倒れ伏したからだ。
『……成る程。『異能共鳴』は捕らえられなかったガ、興味深い力を目にした、ト?』
「えぇ……どうです?ですから、重要な情報を持つこのワタシと取引しませんか、理事長センセイ?」
時は少し遡り、黒薙たちが房総に向かう前日。菱杖は、『理事長』に取引を持ちかけていた。
『クッ、クククッ!取引、だト?一端の口を利くようになったじゃあないカ、C-ARC事件でワタシに泣きついてきた小僧ガ!!』
「あ?……それで、どうします?取引に応じるか、否か」
『クク……そう怒らないでくれたまえヨ。キミのソレは誘宵学区の利となル……応じようじゃあないかネ』
『理事長』は不敵に笑うと、菱杖を見下ろす。
『しテ、何をお求めかネ?キミに開示できるのハ……機密レベルBまでカ』
「遠山叶絵のライダーシステムについて……アレ、理論上は完成しているのでしょう?」
ついに新章開幕ですね。というわけで墓脇です。
今回は、初のライダーが登場しない日常回ということで、特に黒薙たちの悪友についてフィーチャーした話となりました。
ここで触れた朱鷺澤の話は、のちに大きく関わってくるので覚えておいていただけると幸いです。
さて、せっかく告白しようとしたのに、また横槍が入ってしまった亜矢さん。今後彼女の告白が成功する日は来るのでしょうか?
今回から始まる話は、『赤萩亜矢編』といえるほどに彼女にフィーチャーした話になっています。ぜひお楽しみください。
感想などございましたら、ぜひコメントいただけると励みになります。墓脇でした。