仮面ライダーO   作:墓脇理世

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第24話「ふたりの『慕情』は混ざり合う」

 はじめて黒薙と逢ったとき、ここまで好きになるなんて思ってなかった。

 お互いに最悪の第一印象。アイツは私に「絶対に仲良くなれなさそう」と言ったし、私もアイツに同じことを思った。

 けど、アイツに助けられて全てが変わった。

 当時は同じ学校の同じ学年ってだけで何の接点もなかった、いわば赤の他人の私を守るために自分の命を投げ打つアイツに、私は惹かれていった。

 それからも、度々アイツと顔を合わすことはあった。願わくば、殺伐とした戦場じゃなくて、もっと日常的な空間で会いたかったけど。

 それでも、その度に私の心がアイツに奪われていったのは確かだ。

 普段はぶっきらぼうなクセに、いざって時は命をかけて助けてくれる。そんなアイツの自己犠牲至上主義がどうしても許せなくて、アイツがライダーになったって時も必死で止めたっけ。

 それからも何度も助けられて……そして、ようやく終われる。

 もうアイツに迷惑をかけなくて済むって考えると、少しだけ気は楽だ。

 二度とアイツに会えなくなるのは辛いけど、きっとアイツには私以上に相応しい(ひと)がいるでしょう。

 だから、さよなら黒薙。

 あなたと過ごした時間は、とても尊く、しあわせな時間でした。

 


 

「ここは……?」

 亜矢の目が醒める。見慣れない真っ白な天井に、嗅ぎ慣れない消毒液の匂い。朧げな意識の中だが、何となく、ここが病院であると亜矢は気がついた。

「あーようやくお目覚めっすね?おはよっすアヤさん。よく眠れましたか?」

「アンタは……有栖川、よね?」

「はい、他の誰でもなく普通に有栖川千聖っすよ。だいたい1ヶ月ぶりっすねアヤさん」

 けろりと笑う有栖川に、亜矢は思わず顔を赤くした。意識の狭間で死人のような独白を吐いたのに普通に目が覚めればそれも突然か。

「有栖川……そういえば、あの時の怪我は大丈夫なの?」

「バリバリ大丈夫っす。もう完治してますし昨日もちょっくら暴れたところっす。まぁ調子乗りすぎて頭打ってたんこぶできたんすけどねハハハ」

 頭をさすりながら、有栖川は言う。

「あぁ、そ〜いや寝てる間にアヤさんの体のほうはばっちり検査したみたいっすけど……聞きたいっすか?」

「うん……流石に自分の体のことは気になるでしょ」

「仕方ないっすね〜、私が先生から聞いたことに秀才の知見を交えて一通り教えてあげるっす」

 有栖川はドンと胸を張って語りだす。

「まず最初に、アヤさんの中になんか寄生虫がいたっぽいっす……ありゃ、聞きたくなかったっすか?」

 そう言ったところで、亜矢が露骨に嫌そうな顔をしていることに気がついた。

「そりゃ聞きたいか聞きたくないかで言えば聞きたくないでしょ……っていうか今私大丈夫なのそれ!?」

「そこは駆虫薬さえ飲めば大丈夫らしいっす。副作用はあるらしいっすけど、だいたい一週間もあれば完全に体内から駆除されるみたいっすね」

 有栖川は、錠剤の入った袋を亜矢に投げ渡した。

「で、その虫についてなんすけど……なんというか、別にそいつが何かをしてるってわけでもなかったみたいなんすよ」

 金のピアスを撫でながら、有栖川は続ける。

「で、ここからが私の想像なんすけど……相手側には生物の遺伝子を操れる能力者がいるんす。そいつの能力を受けた寄生虫だったんじゃないかなと……だとすれば、黒薙先輩の攻撃で一瞬アヤさんの意識が元に戻ったってのも納得できるっすよね?」

「えぇ、そうね……詳しいことは何もわかんないけど」

 早口でまくしたてる有栖川に、ポカンとしながらも亜矢はなんとか返す。

「アヤさんの意識とは無関係に怪人になったってアレを考えると……いつでも好きな時に宿主を洗脳できるわけがないし…………あぁ、多分裏で菱杖が手を引いてるって先輩たちも言ってましたし、となると菱杖のホルスを伝えて能力を仕掛けるとかそんな感じっすかね?そうなってくるともっと多くの人がその虫に寄生されてるって考えた方が自然っすね、あぁくそ、時間があれば詳しく調べたんすけど………………あれ、どうしたんすかアヤさん?」

「……アンタ、前から思ってたけど大概に気持ち悪いオタクよね」

「オタ……ッ!?私のどこがオタクっすかふーひょーひがいっすよアヤさん!!」

「いや今の早口とかどう見ても……」

「ふざけんなっす私はそんなオタクなんて低俗な括りに当てはまるような人間じゃないっす謝ってほしいっす!!」

 オタク、と亜矢に呼ばれ、有栖川は激怒する。

「ご、ごめん……そんなに怒らなくても……」

「あぁん!?さてはその反抗的な態度、反省してないっすね!?」

「してるわよバカ!ほんとそういうところがキモオタなのよバーカバーカ!!」

「またオタクって言ったっすね!?も〜怒ったっす、こうなったら……あ、ごめんなさいアヤさん、いいんちょ〜から電話っす」

 二人のくだらない争いに水を差すように、有栖川の携帯が鳴った。

「はい、はい……仕方ないっす、天才ってのはすぐ頼られるのがたまにキズっすね」

 ふふんと勝ち誇ったような顔で亜矢を振り返ると、有栖川は言った。

「私はお仕事あるんで先に失礼するっす……あぁ、それと黒薙先輩がこっち向かってるらしいんで心の準備しといてくださいね、ア〜ヤさん♡」

 


 

「せっかくアヤさんとイチャコラしてた私を呼んだんすから後で美味しいご飯でも奢ってくださいっすよいいんちょ〜?」

「はいはい、いくらでも奢ってあげるわ。そんなことよりもまずはこれを使えるようにするところからでしょう?」

 白々しく笑う有栖川を、呼び出した遠山が嗜める。

「で……どこまで進んでるんすか?」

「これの中に詰まったマテリアキー三本分のパワーを解放するためにマテリアブレイカーとの併用が必要になることまではわかりましたけど……現状のままだと、戦いが長期化した際に、ブレイクフォーム同様使い物にならなくなる」

「……それ、私にどうにかできるライン超えてないっすか?私は確かに天才っすけど」

 ミスティから告げられた言葉に、有栖川は呆れたような声を漏らす。

「中身を見てみたんですけど……どうやら、マテリアキー三本分のパワーの結合をマテリアブレイカーが無理矢理解いてるみたいなんです。時間とともに三つの結合は完全に離れて、戦闘力も通常程度まで落ち、しかも理性がトびます、さてどうするか」

「……もうそれ諦めた方がいいんじゃないっすかね」

 有栖川は冷静に言った。

「いえ、これが使えないとなると先輩が型落ちのアレで戦い続ける羽目になってしまうので……いくら本人を鍛えたって限度がありますよ」

「ハァ〜〜……いや、確かに私は天才ですしいいんちょ〜もレーツェル先輩も天才っすけど三人寄っても文殊の知恵とはならないのが現実っすよ?まぁやってはみるっすけど……あ、すいませんちょっとメールっす」

 ピコン、と携帯が鳴ったため、有栖川は一旦地下ラボを抜け出した。

 

 

「ま、こうなったのもある意味計画通りっちゃ計画通りっすけど……流石に乗り越えられない試練は他人を頼るのが一番っすよね」

 有栖川は妖艶に微笑むと、ある人物にメッセージを送信する。

「さて、どうなるか……頼んだっすよ」

 

 

「よう、赤萩さん。もう大丈夫か?」

「あ……く、黒薙……だ、大丈夫、よ……?」

「そんなに冷や汗ダラダラ垂らしながら途切れ途切れに言われても全然大丈夫なようには聞こえねぇんだが……」

 黒薙が亜矢の病室に足を踏み入れるなり、亜矢は冷や汗を浮かべ慌てだした。

「そ、その……わ、私のせいでアンタにケガさせちゃったから……ご、ごめんなさい!」

「あ〜、これか……別に大したことねぇしいいよ。それより赤萩さんの方は大丈夫なのか?」

 黒薙の顔や体に絆創膏や包帯が所々散りばめられているのを見て、亜矢は頭を下げる。

「よくないでしょ!?そんなにあちこち怪我して痛くないわけないじゃない!私に気を遣わないでよ!!」

「……ハイハイわかった確かに僕はこの怪我に痛みを感じてるよ。で、あんたがそれを今謝った。僕は許した。これでこの件は終わりな」

 黒薙はひらひらと手を振って亜矢をたしなめる。

「まぁ、赤萩さんも大丈夫そうでよかったよ……で、病み上がりのあんたにこんなこと聞きたくもないが、質問があるからできれば答えてほしい」

「何を聞くかにもよるわ、私の中にいたヤツとかは思い出したくないから答えないわよ」

「それは僕も聞いてるしわざわざ言わなくても大丈夫だよ……なぁ赤萩さん、本当にあんたは誘宵学区をぶっ壊したいなんて思ってたのか?」

 真剣な目をして、黒薙は問うた。

「……そういう感情が少なからずあったのは確かよ。それがどうかした?」

「そうか、まぁそう感じること自体は……」

「……でも」

 黒薙の言葉を遮って、亜矢は言う。

「別に本当に壊したいなんて思ってなかったよ……でも、私にはあぁするしかなかったのよ……!」

「あー……その辺についても、詳しく聞かせてもらっていいか?」

 今にも泣き出しそうな亜矢を見て、黒薙はハンカチを差し出しながら言った。

 


 

「ん……ありがと黒薙。やっぱりアンタは優しいのね」

「ンなことねぇって……小っ恥ずかしいからそういうのはやめてくれよ」

「ふふっ、そうね……それで、私がああしなきゃいけなかった理由だったわね」

 ばつが悪そうに頬を染める黒薙に、亜矢は思わず噴き出した。

「正直、私でもなんであんなこと言ったのかわからないんだけど……私はきっと、許されたくなかったんだと思う。あんなことをしたのに許されていいわけがない、なんて風に」

 亜矢は悔いるように言う。

「許されたくない……?」

「そ。そこに私の意思がなかったとしても、私が無関係の人たちを攻撃したのは事実だし……私ですら気付いてない本当の感情を操られたとしたら、それはもう私がやったことだから…………人殺しの私に、救われる資格なんて、許される資格なんてもうどこにもない」

 伏し目がちに言った亜矢の姿に、黒薙は言いようのない感覚を覚えた。

「……赤萩さん。あんた僕に自己犠牲がどうとか言ってたけどあんたも大概だよな」

「そうかしら……アンタのそれに比べれば全然マシだと思ってたんだけど」

「いやどっちが上とか下とかじゃなくて僕とあんたは同じレベルだよ普通に……最近、僕も似たようなことで悩んでたからわかるんだ」

 黒薙は頭を掻きながら言う。

「けど、もしあんたと僕が同じだとしたら……その許されたくないって感情は、きっと許されたい想いの裏返しなんだと思う」

 黒薙の指摘を、亜矢は顔を真っ赤にして否定する。

「違うわよ……私は許されたいなんて思ってない!なんでアンタは私を責めないの!?私はあれだけアンタに酷いことをしてきたのに、怪人になる前から散々アンタを振り回してきたのに!!」

「だって別に責めるほどのことされてねぇじゃん?僕だって散々ワガママであんたを振り回した。フィフティーフィフティーの痛み分けだな」

 しかし、黒薙は軽薄に笑い、亜矢の否定など意にも解さない。

「それに……言ったろ?あんたの考えがどうあれ僕はあんたを助けるって。あんたが必死に否定しても、僕はその否定を否定するよ」

「な、んで……?なんでアンタはそこまで私に甘いの…………?」

 亜矢は涙を浮かべて黒薙の胸ぐらを掴んだ。

「いや、別に甘いわけじゃねぇけど……強いて言うなら、友達だからかな。僕でもよくわかんねぇけど、多分、そう……だと思う」

 黒薙が言うと、亜矢は黒薙の胸に顔を押し付けて嗚咽を漏らした。

「それに……これは僕の持論なんだが、人は過ちを犯したからってそれ以外がゼロになるわけじゃねぇ。過ちも何もかも全部背負って生きていくんだよ……なんて、やっぱちょっとクサいかな」

「いい……の?私、人殺しなのに……許されていいの…………?」

 その瞳が、今にも消えてしまいそうな色を帯びて見えて。

「しつこい人だな赤萩さんも……他人がどう思うかは置いといても、少なくとも僕はあんたを許すよ。償いはこれからしていけばいい。あんたは今この時を生きてるんだ、過去の清算なんていつでもいくらでもできるだろ?」

 だから黒薙は……無意識に亜矢の頭を撫でていた。

「〜〜ッ!?」

「ん?どうしたんだ赤萩さ……って、ごめん!本当にごめんなさい!!悪気はなかったんです許してください!!」

 亜矢は、顔を真っ赤にして上目遣いで黒薙を睨みつける。そのことに気がついた黒薙も顔を真っ赤にして弁明を試みる。

「……わかった、許すわ。なんの意味もなくアンタがこんなことするわけないものね。……ありがとう黒薙、おかげで少し楽になれたかも」

 安堵を得た目で、亜矢は黒薙を見つめる。

「そうか。そりゃ良かったよ」

 直後、黒薙の携帯がけたたましい音を鳴らした。

「悪い、ちょっと電話……こちら黒薙」

『今病院よね、黒薙くん?……手短に伝えるわ。草壁蒼哉が現れた。今は第八学区で暴れている。すぐに向かって』

「チッ、面倒な時に出やがってクソ野郎が……ッ!」

 電話は切れる。

「赤萩さん、悪い。ちょっと仕事が入ったから行ってくる……すぐ戻ってくるから待っててくれ」

 黒薙は亜矢に別れを告げると、病室の外に向かう。

「──待って、黒薙」

 そんな黒薙を、亜矢が呼び止めた。

 


 

『藤子はどこにいる……貴様たちが拐かしたのは知っているぞ!』

「し、知らない!俺は何も……」

『しらばっくれるのならまずは貴様から殺してやる……』

 第八学区にて、プレデターは目に付いた執行衛兵を恫喝していた。

『そのまま死ね……!』

 その執行衛兵の少年の胸が貫かれる──寸前、赤萩がプレデターを撥ね飛ばした。

「大丈夫か?あいつは強ぇ、俺に任せてお前は逃げろ」

「あっ、ありがとうございますゥ!!」

 プロミネンスファングから降り、攻撃を受けていた執行衛兵を逃すと、赤萩はプレデターを睨みつけた。

「で、てめぇはなんでこんなところで暴れてやがる?」

『恋人を救いにきた。執行衛兵が私をおびき出す人質として彼女を拐かしたのは知っている』

「なるほど、あのクソ野郎にアタマ弄られてやがったか……なら仕方ねぇ、壊れた機械はぶん殴って治すのが一流だ……変身!」

 赤萩はドライバーを巻きつけ、叫ぶ。

『“Flamer”』

 拳を握りしめ、フレイマーはプレデターに襲いかかった。

 

 

「──待って、黒薙」

 亜矢は、黒薙を呼び止めた。

「どうかしたか赤萩さん、いくらあんたの頼みでも仕事ほっぽりだすわけにはいかねぇんだが……」

「お願い黒薙、少しだけ私に時間をちょうだい。なんていうか、このことだけは、今言っておかないともう二度と言えない気がするから」

 その真剣な目に、黒薙は思わず足を止めた。

「……わかったよ。ほんと、少しだけだからな?」

「ありがと黒薙……ずっと前から、アンタに言おうと思って、その度に失敗してきたことなんだけど……」

 亜矢は幸せそうな声色で言葉を紡ぐ。

「初めは四月、あの日にアンタに伝えようと思ってたの。怪人に邪魔されちゃったけど」

 黒薙が風紀委員室で爆睡しており、亜矢との約束に遅れたあの日、本当は、黒薙にそれを伝えると決めていた。

「次が五月、房総から帰ってきてから。今度こそって思ってたんだけど、今度は胡散臭い不審者に邪魔されて……もう、何やってもダメなんだって思っちゃった」

 四月の埋め合わせと言って黒薙と喫茶店に向かった日。澪やミスティのバックアップで急接近を計ったあの日も、亜矢は黒薙に告げようとしていた。

「それで、今……やっと伝えられるチャンスが来たのに、それをフイにしたら、もう二度とチャンスが来ないような気がしたの」

 亜矢の瞳は、一切の濁りを捨てたものとなり、真っ直ぐに黒薙の瞳を差す。

「だから、言わせてほしい。二度は言わないからよく聞きなさいよ」

 そして、亜矢は、ずっと秘め続けてきた想いを、口にした。

 

「……私は、アンタのことが好き。初めてアンタに助けられた日から、ずっとずっと好きだった。だから、その……私と、お付き合いしてくれませんか……?」

 

 言葉を紡ぐほどに、語気は弱まる。それでも想いを伝えることはできた。それだけでも安堵の材料にはなったのか、亜矢の表情は、赤面こそすれど、穏やかな色に包まれていた。

「え、いや、あの、その、なんと返せばいいのか……」

 対する黒薙は、羞恥と緊張と焦りをない交ぜにした、名状しがたい表情であった。

「……その、ごめん赤萩さん」

「……そうよね。散々振り回しといて今更好きでしたなんて虫が良すぎたわよね……応えてくれてありがとう、黒薙」

 黒薙の口から漏れ出た言葉に、涙を浮かべながらも亜矢は笑う。

「あぁいや!違うんだ赤萩さん!!その……なんていうか、僕もあんたといると楽しかったし二人でカフェ行ったあの日からなんかあんたといるだけで胸が騒ついたんだけどそれが何なのかずっと分かんなくて、今赤萩さんに僕のこと好きだって言われてやっと僕は赤萩さんのこと好きだったんだなって気付けて、ずっと自分の気持ちに気付けなくてごめんって意味の『ごめん』で……!!」

 亜矢の誤解を解こうと、黒薙は顔を真っ赤にして弁明する。

「ええと、その……僕でよければ、赤萩さんの、恋人……として、ずっと側にいさせてください」

 真紅よりも赤く染まった頬を人差し指で掻きながら、黒薙は言った。

「……紛らわしいのよ、ばか。……でも、そういうところも好き」

「しれっと恥ずかしいこと言うのやめてくれねぇ!?……それじゃ、僕は行くよ。必ず勝ってあんたの所に戻ってくる。もうあんたを……赤萩さん、いや、亜矢を悲しませたくないから」

 一度赤萩の提案で呼んだ時以来、初めて黒薙は、自らの意思で亜矢と呼んだ。

「ふふ、言ってくれるわね?私も、もうアンタを止めるなんてことはしないわ。……行ってらっしゃい、颯斗」

 亜矢の優しい声が、黒薙の背を押した。

「なんでか知らないけど……私にも、やらなきゃいけないことが見えてきた」

 


 

 そうして亜矢は、自らの病室を抜け出した。どうしてか知らないが、執行衛兵の本部に行かなければならないような気がしたのだ。とは言っても、そこまで向かう足があるわけではないが。

「……あぁもう、どうすればいいのかしら……?」

「亜矢様!こちらにお乗りください!」

 どうやって執行衛兵の本部まで行こうか悩んでいると、不意に亜矢を呼ぶ声がした。その声は、亜矢にとっては聞き覚えのある声であった。

「フローラ!?アンタ、なんでここに!?ってかなんで車出してんのよ!」

「亜矢様のお見舞いに来たら当の亜矢様が走って病院を出ていくのを見て足が必要かと思いまして……それで、どこまで向かうおつもりでしょう?」

「執行衛兵の本部!捕まらない程度に飛ばして!」

「了解です!」

 赤萩家に仕えるメイド、フローラは当然と言わんばかりに亜矢を車に乗せ、爆走する。

 

 

『Fire Charging Smash!』

 フレイマーの拳が炸裂し、プレデターの変身が解かれる。

「……ッ、まだだ……まだ私は負けるわけにはいかないのだよ、藤子を救い出すまでは負けられないのだよ……ッ!」

『“Predator”』

 しかし、草壁は再びプレデターに再変身すると、先程までとは比べ物にならない速度で赤萩に飛びかかった。

『死ねッ!執行衛兵などという腐った正義に与する者は全て死ねェッ!!』

『Critical GauntRed!』

 プレデターの一撃を受け、フレイマーは地を転がる。変身が解けたが、それでもプレデターの武器は赤萩に向けられる。

『何か言い残すことはあるか?』

「そうだな……クソ喰らえ、クソ野郎……ってとこか」

「僕の助けがなきゃ死んでるってのにそのイキリ、カッケーっすねオニイチャン?」

 直後、プレデターの体が真横に跳ねる。黒薙が跨ったオブリビオンランサーの前輪が、その脇腹を殴打したからだ。

「イキリがどうとかてめぇにだけは言われたくねぇな……だが、助かったよ」

「そりゃ良かった。……それじゃ、ここからは僕の仕事って考えていいみてぇだな。っつーかミスティは何やってやがんだまだ来ねぇのかよ……」

 

 

「もう時間がない、私は向こうに向かいます!」

 一方、執行衛兵本部の地下ラボを、ミスティは抜け出そうとしていた。

「えぇもうこうなっては仕方ありません、向かってください!……って、あれ?どうしてあなたがここにいるのかしら」

 荒い口調でミスティを送り出した遠山だったが、入れ違いで入ってきた少女に気付き、声を抑えた。

「私もわからないんですけど……なんとなく、誰かに呼ばれた気がしたんです」

「そう……厳しいことを言うようだけど、あなたがここにいても何もすることはないわ。今すぐ病院に戻りなさい赤萩亜矢」

 遠山は苛立ちを隠そうともせずに、亜矢を睨みつける。

「ま〜ま〜いいんちょ〜、取り敢えずなんか考えがなきゃこんなとこまでわざわざ来ないでしょうし、聞くだけならタダっすよ」

「一分一秒が惜しい今でも、かしら?」

「一分一秒が惜しくて焦りに焦ってる今だからこそ、っすよ?」

 対して、有栖川は亜矢に対して寛容な態度を見せた。

「仕方ない……少しだけよ、それで、何をする気かしら?」

「……ちょっと、そこの……えっと、なんて言うんでしたっけ、颯斗が使うアレ見せてください」

「颯、斗……?あぁ、黒薙くんのことね。なるほどなるほど……そういう訳なら先に言ってくださいな、そういうの大好きだから」

 亜矢の態度からあることを察した遠山は、打ってにこやかな表情でマテリアトリニティを差し出した。

「これが……」

「ま、まだ使えないんすけどね……なんか、中で起こる分裂?が早すぎて……ってアレ?ちょっといいんちょ〜!?これさっきまでと比べて解けるのめっっっっっっっちゃ遅くないっすか!?」

 亜矢がソレに触れた途端、計測器の示す分裂の速度が、一気に遅くなった。

「アヤさん、何したんすか……?最高のことしてくれやがって!これであと10秒保てば実用レベルに達するっすよ!!」

「えっ、いや、私何もしてないんだけど……ただ触っただけ……」

「つまりアヤさんに秘められたチカラが覚醒したってことっすね!?うおぉぉぉ燃えてきたっす!これでひとまずは完成っすね!?いいんちょ〜さっさとバン出すっす!黒薙先輩んとこまで持ってくっすよ!!」

 理論上の実用レベルに達したマテリアトリニティを見て、有栖川は興奮を抑えきれない様子で遠山を急かした。

「わかってるわ、自分が作ったガジェットが完成すると嬉しくなるのも……ふふ、インスピレーション湧いてきた」

「もう脳内麻薬ドッッッバドバっす!!今麻薬検査したら絶対引っかかるっすね!!」

 激しく昂ぶる二人のテンションに唯一ついていけず、戸惑う亜矢だったが、有栖川は亜矢の手を強引に掴むと、外へと引っ張った。

「何してるんすかアヤさんも行くっすよ!ここにおいといてなんか触られても困るし何よりここはアヤさんが黒薙先輩に渡すべきっす!!ホラホラさっさと乗った乗った!」

 


 

「チッ、このクソ野郎、強ぇ……ッ!」

 OOは、プレデターを相手に苦戦を強いられていた。つい先程到着したミスティの戦力を含めても、なお及ばない。これが欲望を増幅されたものの力なのか。

「ま、ず……ッ!?」

 OOにガントレッドチェッカーが迫る。変身が解かれた黒薙は両腕で頭蓋を覆ったが、それが切り裂かれることはなかった。

「やっほーう間に合ったっす!ど〜っすか?自分の『流星照射(バレットステラ)』は!?」

 プレデターの脳天を、有栖川の隕石が揺らしたからだ。

「黒薙せんぱ〜いアレ完成したっすよ〜〜!」

「アレ……?」

「そのアレよ……颯斗、受け取って」

 バンから降りてきた亜矢が、マテリアトリニティを黒薙に手渡す。

「亜矢……なんでお前がこれ持ってきたかはひとまず置いといて……ありがたく使わせてもらうよ」

 訝しげな目を亜矢に向けるが、そうこうしていてもなにも始まらない。

『どんな力を得たとしても私には敵わんぞ、白髪頭』

「言ってろ青ゴリラ。今の僕なら、誰にも負けねぇ……護りてぇモンが後ろにあるからな」

 黒薙はニヤリと笑うと、マテリアトリニティのボタンを押した。

『Materia Trinity!』

 巨大なマテリアキーが、ドライバーに突き立てられる。

『Trinity! Set!』

 黒薙がレバーを倒そうとした瞬間、背後からミスティが声をかけた。

「先輩、それ使うときはマテリアブレイカーも使ってください。じゃないとそもそも変身できないので……」

「げ、アレ使うのかよ……暴走とかしそうで怖いんだけど」

「御託は後。さっさと変身してください」

「はいはい……わーったよ」

 気怠げにマテリアブレイカーをドライバーにセットし、黒薙はレバーを倒した。

『Open! Discharging This Silly Curse! Fusions Triple Power!』

 黒薙の体を、三色のリングが包む。胸に三つのディスクが現れ、黒い体に三本のラインが走る。時間(タイム)鋼鉄(メタル)回転(スピン)。三つの力が、今一つとなる。

『Oh! Trine OO! Excellent!』

「行くぜ……愉快に爽快に理解しろクソ野郎!ヒーロー様の全力ってヤツをなァ!ミスティ、お前はそこで指咥えて見てろ!お前が舐め腐った宿主はメチャクチャ強ぇってことを教えてやるッ!」

『Materia Trilo Edge! Scythe Mode!』

 三つのボタンのついた武器──マテリアトリロエッジを片手に、OOはプレデターへと駆け出した。

 


 

『フン、姿がいくら変わったとて所詮はその程度、私を倒すほどの力は……』

「ない、なんて思ってんだろうが……その大変勇ましい勘違い、さっさと治した方が身のためだぜ?」

 余裕ぶったプレデターの首筋に、鎌が突きつけられる。

『……ッ、なるほど速度か。ならばそれを上回る速度で貴様を粉微塵にするまで……!』

 焦りを覚えたのか、瞬時にOOの鎌から抜け出すと、高速で移動し、OOとの距離をとる。

「なるほど、そう来たか……なら、これでどうだ?」

『Time Master!』

 OOが右手を伸ばす。すると、プレデターを上回る速度でOOが回り込んだ──否。プレデターの、世界の速度が遅くなったのだ。

「誰が、ナニで、どうやって、誰を、粉微塵にするって?」

 振り上げられた鎌は、プレデターのディスクにヒビを入れた。

『か……ッ!?ま、だだ……私は藤子を……ッ!』

「神蔵さんはただ入院してるだけだろうが、ンなことをしたところで何も変わらねぇぞクソ野郎!」

『黙れ……黙れェッ!執行衛兵の人間の言葉などを誰が信用するか!死ねッ!穢れた正義を振りかざす豚に鉄槌をォッ!!』

 プレデターは飛び上がり、ガントレッドチェッカーを刺突用に組み替えると、そのままOO目掛けて飛び降りた。

「アレをまともに食らったら流石にヤバいな……」

『Metal Master!』

 ガントレッドチェッカーの刃がOOに突き刺さる。だが、OOはそれを振り払おうともせず、ただその刃を握った。それだけで、武器だったものはただの金属片に成り下がる。

『Axe Mode!』

 青いボタンを押し、OOの手に握られたそれは鎌から斧に姿を変える。

『貴様ァ……ッ!』

「悪く思うな。穢れてようがなんだろうが、僕が征く道だけが正義だからなァ!」

 OOが斧を振り下ろす。プレデターは刃が砕け落ちたガントレッドチェッカーの残骸でそれを受け止めようと試みるが……腕が切り落とされかねないと判断したのか、咄嗟にその腕を引っ込め、大きく飛び退いた。

「どこまで逃げる気か知らねぇが……僕がわざわざ逃がしてやると思うのか?」

『Spin Master! Lance Mode!』

 今度は斧から槍に変形する。回転する螺旋の風を巻き起こしながら、OOは逃げるプレデターに迫った。

『邪魔だ、消え失せろッ!』

 振り下ろされたプレデターの踵を両手で受け止めると、ぐるりと空中で回転し、そのまま地面へと放り捨てた。

「さて……そろそろトドメと行くか」

 マテリアトリニティのボタンを押し、ドライバーのレバーを倒す。ディスクから放たれる三色の光が、OOの両脚に収束していく。

『Material Finish! Cubic Oblivion Strike!』

 OOに次いで、三人のOOのオーラが、降下を続けるプレデターへと向かって降り注ぐ。

『わ、たしは……とう、こ、を……ッ!!』

「安心しろクソ野郎!これが終わりゃすぐにでも神蔵さんに会わせてやる!だから今はちっとばかし寝てろォォッ!!」

 OOのキックが炸裂する。三色のオーラがプレデターを貫く。プレデターは爆発の中心となった。プレデターの中から現れ、地面へと一直線に落ちていく草壁は、先に着地していたOOによって受け止められた。

「うわっ、軽……ッ!僕が変身してるの置いといても軽すぎんだろコイツ……」

 身体のあちこちを怪我した草壁を担架に乗せると、OOは変身を解除して、ずっとその戦いを見ていた亜矢の方へと向かった。

「……約束通り、戻ってきたぜ」

「ふふっ、信じてたわよ颯斗?……おかえりなさい」

 そんな二人を見て、赤萩とミスティは密かにガッツポーズをした。黒薙たち自身から伝えられたわけではないが……この二人を取り巻く雰囲気からそのことを想像するのは、非常に容易であった。

「まぁ……ひとまずはこれで一件落着、ね」

 これからしばらく、草壁や亜矢を取り調べたりと忙しくなるが、せめて今だけは安らかな日々に委ねよう、そう願いを込めて、遠山はつぶやいた。




今回は遅れずちゃんと出せましたね。

というわけで墓脇です。13話から書いてきた赤萩亜矢編、完結です。
今回の亜矢さんの告白シーンは、本編開始前からずっと書きたかったものになっています。
実のところ、このシーンを書くためだけに今まで赤萩亜矢さんの告白を妨害し続けてきたんですよね、ほんと申し訳ないなと思っております。わたしの目の前に赤萩亜矢さんがいたらホーネットに変身して毒殺されてるレベルで酷いことをしてきました……。

さて、次回からはシリアスに振っていたこれまでとは違い、日常回的なエピソードとなる修学旅行編が始まります。
また、今週公開されるスピンオフ作品「『Fang』-lengthy prologue-」第6話では、ついに亜矢さんが初登場します。
中学生時代の亜矢さんが見られるのはここだけなので、よろしければこちらもご覧ください。墓脇でした。
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