「……うん。時間にはまだまだ余裕あるわね」
黒薙颯斗の恋人、赤萩亜矢の朝は、今日に限って早かった。
今日は6月2日。黒薙とのおうちデートの翌日で、日曜日である。あと一日、月曜日に学校に行くだけで、3泊4日の修学旅行が幕を開ける。
さて、なぜ休日は遅寝遅起きの彼女が早朝に起きてきているかと言うと、友人たちと買い物に行く約束をしているからである。
さて、こういった日くらいは義兄の
「おっ、珍しく早いじゃねぇか亜矢。どうした?どっか行くのか?」
「おはようございます、亜矢様。目覚めの一杯はホットミルクでよろしいでしょうか?」
はぁ。亜矢はため息をついた。せっかく早く起きられたと思ったのに、まさかこれでも二人に負けているのか。
「……そうね。それでお願いするわ」
そう言うと、フローラは心地良い声でハイと鳴き、すささっとホットミルクを作りに向かった。
「……それで、今日は何をするんだ?」
「ちょっと友達と買い物行くの。旅館でみんなで食べるおやつとか遊ぶものとか」
「へぇ、お前にも友達いたんだn「ぶっ殺すわよ?」すまん」
失礼すぎる義兄に軽い殺害予告をかました。
「遅いぞ〜亜矢〜、でもそんなところも……I-I-Z-E」
「ま、他のヤツならダメだけどね」
「……嘘でしょ?アンタたちが早すぎるだけじゃない?」
亜矢は少しばかり驚きを示した。
「……いや、私三十分前には着くようにしたんだけど」
「ウチはその二十分前には着いてたぜ?」
「アタシはそのさらに十分前。早く着きすぎるってのも……I-I-Z-E」
沙夜と朱音がそれぞれ言った。ちなみに先程から「いいぜ」を繰り返す方が朱音で、そうでない方が沙夜である。別に覚える必要はない。
「それじゃおっぱじめよう税、ウチらの修学旅行を最の高にするための秘密作戦を」
「……あ、そ〜いや亜矢って枕変わると寝れなかったりする?アタシはまさにそうなんだけど」
「別にそういうわけではないけど、一応持って行くつもりよ。昨日アイツに貰ったやつ、すっごいいい感触だったのよね」
「ヒュ〜、惚気ちゃって〜!さてはカレシできて調子こいてるな〜?」
デパートにて、三人は雑貨屋を適当に回っていた。無論、以前に黒薙が澪とともに訪れた店ではない。あれほどの高級店に行ける女子高生など、そう多くはないはずだ。
「……まぁ、そりゃあちょっとは浮かれるでしょ。ずっと好きだったヤツと付き合えたんだし」
「はいはい甘酸っぱい恋愛話はもうI-I-Z-E……おっ、このパンのトランプかわいいじゃん買うわ」
朱音はトースト柄のトランプをカゴに放り込んだ。
「へ〜、単行本出てたんだこれ。買お」
沙夜は何やらいかがわしい表紙の漫画をカゴに放り込んだ。
「……朱音はともかく沙夜のそれは修学旅行には必要なくない?」
亜矢は沙夜のカゴに入った、ギリギリ18禁でないBL漫画を指して言った。
「いや〜、男子の部屋潜って嫌がる男子に無理矢理コレ読ませて目覚めさせるからいるね」
「最低だ…………」
「昼何にする〜?アタシはあんまり高くないやつならなんでも……I-I-Z-E」
「高すぎるヤツはダメ」
ある程度、必要なもの──に限らず、というか不要なものの方が多い気がするが──を買い揃えた一同は、昼食をどこでとるか悩んでいた。
「あっ、じゃああそこ行きたい。あの大体何でも置いてあるカフェみたいなとこ」
「そんなところ知ってるんだ?物知りな亜矢も……I-I-Z-E」
「うん。三年前にお兄ちゃんと来たところなんだけど、すっごい雰囲気が好きだったから……多分、朱音も沙夜も気に入ると思う」
「はぇー、ランチもデザートも結構あんのな。品揃えが……I-I-Z-E」
「すごい品揃えだねぇ……」
朱音と沙夜が言った。
「……チーズケーキとアールグレイ、お願いします」
「アタシはチョコケーキと……ホットミルクかな」
「ウチは……あー、ショートケーキとエメマンで」
昼食だってのに、全員してデザートメニューばかりを頼む。
「……で、前にお兄さんに連れてこられた時はどんな感じだったんだ?」
「……その、私って昔は今以上に人見知り激しくて……初対面のお兄ちゃんの知り合いとそのまた知り合いと一緒だったから…………」
「あー……ウチらと初めて会った時もすごかったもんね」
「……あれでもまだ三年前に比べたらマシだった方よ」
「あれで、まだマシな方……?おおう、これ以上の追求はアタシがI-I-Z-Eと言えなくなりそうだからやめとくぜ」
亜矢たちは三人(というか一人と二人)が出会った日のことを思い出した。その時の亜矢はひどく怯えていて、誰とでも親しくしてきた二人は何が何でも亜矢との距離を縮めようと奔走したものだった。
「……ただ、三年前にお兄ちゃんと来た時は、店から出た瞬間にお兄ちゃんが襲われたりして大変だったわ」
「襲われ……!?そ、それは大丈夫だったのか……?」
「大丈夫ではなかったけど……まぁ、お兄ちゃんとか颯斗とかみたいに日常的に生傷を追わないと行きていけない人たちもいるって知ってるし……」
二人は思わずなぜそこで黒薙の名前が?と問いたくなったが、実際にその質問を繰り出すことはなかった。これまでの経験から、亜矢は黒薙の話になると長いと知っていたのだ。
「……あ、これ…………」
「ん?どしたの亜矢?……あー、見るからに『小さい女の子向けのゲーム』だけど、もしかしてやりたかったりする?」
「べっ別に!?わわ私をどこまで子供だと思ってるのかしら沙夜!?」
買い物を終え、暇つぶしにゲームコーナーを覗く一同。女児向けゲームの筐体を恨めしそうに見つめる亜矢に、沙夜がからかうように声をかけた。
「そこまで慌てて否定しなくても大丈夫だぜ亜矢……ちょっと面白そうだし、アタシはやるぜ?沙夜はどうする?」
「ウチ?……ま、朱音がやるならやってやろうかな」
「あ、なら私がコーデチケ貸すわよ……ハッ!」
ニヤニヤと見つめる沙夜の顔を見て、亜矢は自分が墓穴を掘ったことに気がついた。
「へぇー、どこまで子供だと思ってるとか言っておいて、なにやらこれで使えるらしきものを持ってるんだ?へぇ──??」
「ちっ違……!これは…………っ!!」
顔を真っ赤にする亜矢に対し、沙夜は笑みをさらに下卑たものにしていく。
「それじゃあ教えてもらっちゃおうかな?ここにいる唯一の『経験者』サマに」
沙夜の後ろで、朱音はあっははと腹を抱えて爆笑していた。こいつは、いつかしばく。亜矢は決意した。
「あ〜面白かった!主に亜矢が」
「余計な一文付け足さないでくれるかしら!?……まぁ、楽しんでもらえたならよかったわ」
それからしばらくして、ゲームを終えた一同は、写真シール機の筐体の前に佇んでいた。
「せっかく来たんだし、プリ撮ってこうぜ」
「このご時世じゃあんまり聞かないけど、たまにはこういうのは悪くないねぇ」
「……ふふ。そうね。撮るのはどの機種にする?」
「ん〜〜……やっぱ盛れるって噂のこれ一択じゃね?」
三人は筐体に入ると、カメラに向かって思い思いのポーズを取る。
排出されたシールを三人で分け合う。そうする中で、亜矢はふと、かつて自分に親しくしてくれた友人のことを思い出した。亜矢の人見知りを和らげた張本人のことだ。
彼女とも、このような『どこにでもいる女子高生のような遊び』をしてみたいと思っていた。今となっては叶わない夢だが、もしも叶うなら、と──。
「どしたん亜矢?ボーっとして」
そんなことを考えていると、沙夜から心配混じりの声色で話しかけられた。
「うぅん、なんでもない……幸せな時間って、本当にあっという間よね。だから……また、みんなでここに来ましょう?」
「当たり前だろ?なんせアタシたちは──」
朱音が微笑む。それにつられて、沙夜と亜矢も口元を緩ませた。
「「「──友達だから、ね」」」