「……んぅ。ね、むい…………」
「眠いのは僕も分かるが立ったまま寝るのはやめといたほうがいいんじゃねぇかな亜……かはぎさん」
早朝六時前。黒薙たちはいつもよりかなり早くに学園に向かっていた。なぜなら……。
「そう言ってやるな黒薙。あそこの女子グループなんかは全員立ったまま白目剥いて寝ているぞ?女子の尊厳はどこへやら、といった感じか」
「それはあの連中が普段夜更かしばっかしてるからだろ……牧瀬とか見てみろよ、朝っぱらからいつもの万倍テンション高ぇしクソうぜぇ」
「そもそも、今日から修学旅行とはいえこんな朝早くからテンションの高い牧瀬がおかしいと思うが……」
明星学園では本日から三泊四日の修学旅行。早朝から出発するということで、大勢の生徒が生きてるんだか死んでるんだかわからないようなツラで立ち眠りしていた。
「ギャッハハ!!呼んだか!?この俺、遊びと騒ぎと祭りのプロ牧瀬玲王様を呼んだかァ!?」
「呼んでねぇようるっせぇな……朝っぱらからクソデカボイスで喚くな耳障りだぶち殺すぞ」
「辛辣だなぁオイ!?」
騒ぐ牧瀬の鳩尾に、黒薙の拳が突き刺さる。牧瀬がダメージで倒れた直後に、眠気からか黒薙も倒れ伏した。そんな様子を見て、早見は深いため息を吐いた。
「全く、馬鹿どもが……俺一人では突っ込みきれん……なぜこんな時に限って
「ハァ……やっと空港か。普段ブッ飛ばしてると感覚鈍るけど、誘宵学区って割と広いよなぁ」
「まぁ十六も学区があればそうだろうな……普段ブッ飛ばしてるどうこうはお前しか当てはまらんだろうが」
「……ここにいる連中だと僕しか当てはまらんわなそりゃ」
空港に着き、黒薙は息を吐く。ここに着くまでに色々な騒ぎがあった。例えばバスの中で始まったトランプ大会、例えばバスの中で始まった大カラオケ大会……クソ眠いってのに結局一睡もできず、黒薙はこれ以上ないほどの疲労感を得ていた。
「飛行機に乗ってからは休めると思えば少しは気は楽だろう?」
「そうかもしれねぇが……バスでもう少し寝ておきたかったな…………」
直後、朦朧とした意識の中で、黒薙は何かに躓いて、顔面からずっこけた。
「〜〜ッ!だから寝ときたかったんだよこんなことになりかねねぇから!!」
「ははっ、随分と元気そうじゃないか黒薙!今ので眠気も吹き飛んだんじゃないか?」
「吹き飛ぶかアホンダラァ!現在進行形でクソ眠ぃんだよボケがブッ殺すぞ!?」
「なぜそこで俺にキレる……」
早見は倒れた黒薙に肩を貸す。
「……あいつ、人に付き合ってること隠すように言っておいて自分は素敵BL空間を満喫中だなんて羨ま……ンン゛ッ、いいご身分じゃない」
そんな二人を見て、亜矢はつぶやいた。付き合っていることを隠す、というのは、以下のようなことがあったからなのだが……。
以下は、昨晩の回想(赤萩亜矢視点)である。
『それで、その……亜矢、お前に頼みがあるんだが……』
「なに?その声色から察するにあんまり良い頼みじゃなさそうだけど……」
『えっと…………その、知り合い、特に早見とかあいつらの前では、僕らが付き合ってるってことは出来るだけ隠したいんだけど、協力してもらえるか?』
「は?」
怒りでつい掌に力が入り、持ってた携帯の画面にヒビが入る。このバカは何を言ってるのかしら?
「理由次第では聞かないこともないけど……なんで?」
『その……あんまり言いたくないっていうかあんたに言ったら失望されそうで怖いっていうか……』
「安心なさい颯斗。今さっきの発言でもう失望しきってるから……あ、いや、そこまで失望はしてないけど…………」
別に失望なんてさほどしてない(ちょっとはしてる)けど、ついこんな風に言っちゃうのよね……電話越しじゃない対面だと素直な私でいられるのに……。
『その、何というか……かくかくしかじか…………というわけなんだが………………』
私の頭の中にある作品でお馴染みのある一節が浮かんだけど、それはそれ。私はメタネタに走る勇気はないもの。……ハッ、私は何を!?なんか変な電波受信した気がしたんだけど!?
「……まぁ、そういうことなら聞かなくもないけど……アンタ、そんなことになってたのね…………」
『そんな中で僕とあんたが付き合い始めたなんて知られたら僕が死ぬからな……』
「それはそうよね……私が無関係のクラスメイトでそのこと知ったらアンタを裏でゴミって呼んでたと思うし……」
『……ウ。そうだよなぁ…………』
ちなみに今のは普段の素直になれないツンデリズム的なアレじゃなくて本心。だってそうじゃない?友人に恋愛相談されて、それを一回引き受けてから断ったってとこだけでも相当アレだけど、さらにそこからその相談してきたやつの好きな子と付き合うって実際ゴミ野郎じゃない……。
「……ま。一応出来る限り隠し通せるよう努力はするわ。けどあんまり私に期待しないで。アンタも知っての通り、私ってコレだから」
『……隠し事とかできなさそうだもんな亜矢。なんかすぐボロ出しそう』
「確かにそうだけどなんか隠し事を頼んできたアンタに言われると普通に腹立つわね」
仕方ないから聞いてあげるけど…………せっかくの修学旅行なら、もっと颯斗とイチャつきたかったな。
「おい、起きろ黒薙……京都、というか伊丹、着いたぞ」
「ん……あと五分…………」
伊丹空港に到着した。しかし、黒薙はアイマスクをしたまま動こうとしない。
「着いたと言っているだろう……仕方ない。牧瀬、やれ」
仕方がないので、早見は牧瀬の肩を叩いた。牧瀬は満面の笑みを浮かべながら、ポケットから輪ゴムを取り出した。昼食の弁当から入手されたものだ。
「ギャッハ!朝の仕返しだコラ喰らいやがれ!!」
それを指にかけて弾く。パチンという音とともに、黒薙の間抜けな鼻提灯が破裂した。
「あァ!?」
「ギャハッ!やっと起きやがった!!気持ち良さそうに寝やがってこの野郎!!」
「ちょっ、テメェ待てコラ!一発ブン殴らせろオイ!!」
寝起きで目をうつらうつらさせながら、黒薙は逃げる牧瀬を追いかける。
「……早見。随分とはや……黒薙の扱いが上手いのね」
「まぁ、赤萩よりはあいつとの付き合いも長いしな。というか今一瞬噛まなかったか?」
「噛んでないわ。……チッ、見せつけてんじゃないわよ」
最後の方は早見に聞こえないように言った。早見は首を傾げた。
「へー、写真でしか見たことなかったけど、なかなか風流なモンだな」
「あぁ、これは……なんというか、凄いな…………」
「なんか抹茶飲みたくなってくるな!」
そして一行は龍安寺へ向かう。何やら説明らしいものがなされているが、そんなものは黒薙らの耳には入らない。石庭を見ることに集中しているためか、ひとりアホなことを抜かす牧瀬に誰もツッコミを入れなかった。特に黒薙は普段ならばかけない眼鏡までかけて隅から隅まで見ようとしていた。
「ふーん……こういうのあんまり興味なかったけど、なかなかいいわね……」
どうせ大したことはないだろうとタカを括っていた亜矢は、石庭のその静かな荘厳さに圧倒される。普段ならばかけないような眼鏡までかけて隅から隅まで見ようとしていた。
「「…………あ」」
石庭を眺めているうちに、ふと、ふたりの目があった。
(ええええぇいやちょ待っ、いや、えぇぇ〜???その眼鏡姿は流石にかわいすぎねぇ???反則だろあぁクソ付き合ってること隠してなけりゃ今すぐ似合ってるって言えんのにあぁいやでも石庭見るために眼鏡かけてるしンなことしたら怒られるか)
(は?え?いや、えっ?なに颯斗、えっ??眼鏡姿““良””すぎでしょ待ってしんどい無理尊い……あぁ顔が良い…………周りの目がなかったら今すぐにでも抱きついて舐め回したいあぁでもそんなことしたらヤバい変態女って思われちゃうあぁぁぁやめて颯斗そんなに見つめないで興奮しちゃうから!!)
お互いの眼鏡姿に内心発狂し合うふたりだった。なお、その後も龍安寺内を進んでいったが、互いに頭の中に眼鏡をかけた恋人の姿しか浮かんでおらず、ろくに石庭を見ることはできなかった。
「あ……悪りぃ早見、なんかお土産見てきていいか?」
「構わん。……というか、俺も何かしらここで土産を買っていくつもりだったからな。言う手間が省けた」
バス出発までのしばしの自由時間。黒薙は土産を見ようと断りを入れたが、早見はこれを快諾した。
「文鎮とか色紙とか、色々とあるモンだな……」
「あぁ……場所が場所だけにかなり渋いラインナップだ……枯山水とかそういったものはないんだな」
「その手のものは通販で買えるらしいですよ、黒薙颯斗のご友人様?」
聞き覚えのない声に、早見は思わず声のした方を振り返るが、誰もいない。直後に黒薙のうめき声が聞こえた。
「どうした黒薙!?」
「どうしたもこうしたもないわ黒薙颯斗貴様亜矢様に対してあの態度はなんだ悲しませたら殺すって言ったわよね!?」
「痛い痛い痛い!っつーかマジでここでその話は……」
早見に聞かれたらまずいと考え、アームロックをキメられている黒薙の声は次第に小さくなっていく。
「あ、あの……質問ですが、貴女はどちら様でしょうか?」
困惑を隠せないまま、早見は氷のような美女に問うた。
「フローラ=レーギンレイヴ。あなたのクラスメイト、赤萩亜矢様に仕えるメイドです」
黒薙の右腕を引き千切らんばかりに捻りながら、フローラは言った。
「あ、ごめん私何かお土産見てきていい?」
「好きにしてI-I-Z-E……」
「他のヤツはダメ」
一方、亜矢は数少ない友人と呼べるクラスメイト二人と行動を共にしていた。土産を見に行きたいと述べたところ、Zポーズと共にオーケーを出されたため、石庭の受付へと向かう。
「あれあれぇ?赤萩せんぱぁいおひとり様ですかぁ?」
その最中で、聞き覚えがあるようなないような微妙なラインの声を聞いた。そして忘れるなかれ。赤萩亜矢という女は、ほぼ見ず知らずの相手に対しては非常に人見知りする性格であるということを。
「えっ……あの、えっと……ど、どちら様で、しょうか…………?」
「やだなぁ、せんぱいの後輩の
多々羅は人懐こい猫のように亜矢にすすすと近寄る。亜矢はすすすと遠ざかる。
「その……ご、ごめんなさい、私、あの、えっと…………!!」
目を回しながら亜矢は慌てふためく。
「え、えぇ……?な、泣かないでくださいよぉ……わたしが悪いことしてるみたいじゃないですかぁ…………」
亜矢の目に涙が浮かんでいることに気がついた多々羅は、汗を浮かべて言った。
「……あ?多々羅お前なんでこんなとこいんの?」
「あっ、黒薙せんぱいじゃないですかぁ!この際もう赤萩せんぱいじゃなくてもいいですから質問させてくださぁい!ライトナウですぅ!!」
「ライトナウですぅじゃねぇよまず僕の質問に答えろよ」
フローラの拘束から解放された黒薙は、ここにいるはずのない後輩の姿を目にして思わず声をかけた。
「なぜ、中学二年生で、修学旅行に行くのは来年で、しかも行き先はここ京都ですらないお前が、高校二年生の、京都行きの修学旅行に着いてきているのか聞いているのだが?」
「ぴょっ!?ぴょ〜ひょろろ〜!!わ、わたし何のことかわからないですぅ〜!!ぷひゅっ、ぷひゅ〜〜」
下手クソな口笛を吹きながら、多々羅は目を泳がせて誤魔化そうと試みる。
「誤魔化すな誤魔化すなアホ猫……ったく、どうして僕の後輩の猫枠はこういうアホしかいねぇんだ……」
アホとはなんにゃアホ薙颯斗〜!と奈菜々が脳内で叫ぶが、脳内奈菜々をバットで場外まで吹き飛ばしてなかったことにした。
「っつーか、大丈夫だったか赤萩さん?こいつ鬱陶しかったろ?なんか変なことされたりしてねぇか?」
「しっしませんよぉそんな人聞きの悪い!せんぱいはわたしのことなんだと思ってるんですかぁ!?」
「そもそも報道部所属の時点でゴミだろお前」
「差別ですよぉそれぇ!!」
亜矢を庇うような位置に立ち、黒薙は多々羅を睨みつける。
「……ん。別に何もされてないから大丈夫」
「そうか?なら良かったが……多々羅。僕はまだテメェへの質問に答えてもらってねぇんだが?」
亜矢が否定すると、黒薙は少し安心したような声を出し……直後、再び声を冷たいものに変えた。
「へ?なんのことでしょう……」
「記憶改竄してんじゃねぇよ後輩なんでここにテメェがいるのか聞いてんだよ」
「あぁ〜そのことでしたかぁ!……どうしても言わなきゃダメですぅ?」
上目遣いで黒薙に問う。
「どうしても言わなきゃダメですぅ」
が、亜矢以外からの色仕掛けに屈する黒薙ではない。
「仕方ないですねぇ……その、スキャンダルがほしくて、ですねぇ……」
「よし決めたお前帰れ」
「なんでですかぁ!?ちゃんとお金貯めてここまできたのに帰れないですよぉ!!」
チッ、と黒薙は舌打ちする。
「あのなぁ、こんなとこに同行してもお前のネタになるようなスキャンダルを生み出しかねない人気者なんていねぇぞ?」
「えっ?執行衛兵の小隊長って結構名は知れてるじゃないですかぁ?そんな黒薙せんぱいこそネタに相応しいと思うんですけどぉって痛いですぅ鼻上に引っ張らないでくださぁい!!」
この後輩をどうしようか、と黒薙はため息を吐いた。
「というかせんぱぁい、黒薙せんぱいって赤萩せんぱいとお付き合いされてますよねぇ?」
二人は飲んでいたジュースを噴き出した。
「かはッ!?げッほごほッ!?テ、メェ…… どこからそれを……いや付き合ってねぇけど…………」
「そそそそうよわわ私がこここんな白髪イキリと付き合う訳ナナナナナナナ…………」
二人して誤魔化し方が下手クソ。亜矢に至っては、動揺の余り、新しいルールで時代を作り始めた。僕のロードだ。
「ふふ〜ん誤魔化したって無駄ですよぉ〜!ここに二人でおうちデートしてる写真まであるのに付き合ってないなんておかしいと思いまぁ〜す!!」
「いや待てよテメェどこからその写真撮ってきやがった僕ら一回もそんな写真撮った覚えね……ハッ!」
墓穴を掘った。スキャンダルを求める後輩は、その墓穴を見逃さない。
「『僕らは一回もそんな写真を撮った覚えはない』……言質いただきましたぁ!つまりこれは付き合ってるということでよろしいですねせんぱぁい!?」
「バッ……よろしくねぇよクソ女!?」
黒薙は真っ赤になって否定するが、時すでに遅し。必死に否定の言葉を紡いでも、録音されてしまった音と写真が物的証拠と状況証拠を兼ねる。
「おい、黒薙に赤萩……いつまでそこで休憩しているつもりだ?」
そうこうしているうちに、早見が急かしにきた。どうやら、バスの出発まで時間がないらしい。
「というか……なぜそこにお前が前言っていた報道部の後輩がいるのか気になるんだがそれは旅館でゆっくり聞かせてもらうとしよう、急げ二人とも」
何か言おうと口をパクパクさせる
「……で?どうしてあの後輩があそこにいたんだ?」
「なんだ?面白そうな話してるじゃねぇか!俺も混ぜろよ!!」
「別に答えてもいいが風呂上がってからにしてもらっていいか?」
旅館に着いてから夕食をとり、大浴場へ。
「いいぜ!……っつーか、今気付いたんだが、この石垣的な壁超えた先に女湯あるんだよな……?」
「待て待て待て早まるな牧瀬おい殴り落とすぞ待てコラ壁を登るな!」
気味の悪い笑みを浮かべて男湯と女湯を隔てる壁を登り始めた。そのゴキブリのようにカサカサカサカサと素早い動きには、黒薙の止めるための暴力も間に合わない。
「……ん?何ですか、この気配?……あぁ、私なんかの裸を見たい、わけではないでしょうけど、他の人たちの裸を見られるのは、少し、困りますから……」
直後、牧瀬の脳天を貫く、氷柱のような氷の槍。牧瀬の気配に気付いた双海が、自己防衛のためにホルスシューターを放ったのだ。
「ぶげッ!?」
ゴキブリ牧瀬をはたき落とそうと壁に手をかけていた黒薙も、撃ち落とされた牧瀬にのしかかられ、同様に地に堕ちた。
「ん?……まさか、今の声……黒薙颯斗、貴様…………どこまで亜矢様を愚弄すれば気が済む…………ッ!」
どこかで、本職メイドの勘違いが加速した。気がした。
「……はぁ、散々な目に遭った……アホ牧瀬のせいで…………」
旅館の休憩所に腰掛け、黒薙は天然水を飲んでいた。
「お?その声は……黒薙どすか?」
「あ?そういうあんたは……上方じゃねぇか。そうか、お前もこの時期で、しかもこの旅館だったのか」
「いやはや奇遇どすなぁ!こないなとこで会うとは!」
そんな中、黒薙は見知った人物に話しかけられた。色白で金髪のこの少年は
「そうだな……」
「えらい疲れて見えるけど……どないしたん?」
「かくかくしかじか……という訳で、な」
どこか、黒薙が再び女装させられた別の世界で頻発するワードである。小説って便利。
「そら大変やねぇ……ところで黒薙、あっちのえらい見たことあるよ〜な気ぃする美人サンは知り合いか?」
上方が指で指し示す。その先には、静かな怒りを湛えた超能力者、フローラ=レーギンレイヴが。
「うーん知らないですn「黒薙颯斗、ついに貴様に引導を渡してやる時が来たようね?今すぐ辞世の句を読め女心を弄ぶゴミクズ」」
開口一番、凄まじい誹謗中傷であった。
「……と、いう訳なのよ。そこの覗き魔は」
「最低やな黒薙……」
「ちげぇよアレは覗こうとしてた牧瀬……クラスメイトを止めようとしてたら落ちてきただけだよ!」
必死で弁明を試みる。
「醜い嘘をいくつ重ねるつもり?」
「重ねるも何も少なくとも今の僕に嘘は一つもねぇんだが?」
「また嘘に嘘を重ねる……やはりあなたなどに亜矢様を渡すわけにはいかないわ」
「うるせぇんだよ小姑が…………」
黒薙は苛立ちを隠そうともせずにフローラに言った。
「……黒薙、もう大丈夫か……って、フローラさんと一緒にいたのかお前」
「今偶然居合わせてイチャモンつけられてるだけだよ……」
「偶然じゃないわ。私は意図してあなたを詰問しにきたつもりよ」
フローラがまた話をややこしくする。
「ま、まぁ俺は二人の間に何があったかは知らんが……せっかくここには卓球台があるんだ、どちらが正しいか卓球で決めるのもありじゃないか?」
早見は振り回される黒薙を見るのが面白いのか、笑みを浮かべながら言った。
「いいぜ、やってやろうじゃねぇか……あれ、僕なんかつい最近も球技やってなかったっけ?」
「知らないわよゴミ男。……教えてあげるわ。あなたのような偽物とは違う本物のメイドってやつを!」
「いや待てテメェ何でその話知ってやがる!?」
フローラは答えない。早見が持ってきたラケットを構えると、冷たい瞳で黒薙を睨みつけた。
「七点先取でどうかしら?……行くわ」
黒薙も同様に構えて、卓球台の前に陣取った。
「……女装ッ!」
「は?」
謎の掛け声とともに放たれたサーブは、黒薙の集中を奪い──。
「ツンギレ☆メイドッ!」
「テメェマジでふざけんなよ!!」
精神攻撃に特化した一撃は、黒薙の反撃を一瞬遅らせる。コンマの世界を生きる者にとって、その一瞬の差は大きい。
「あと一点……あと一点で、あなたという悪い虫を払うことができる……安心なさい、骨は東京湾に沈めてあげるわ」
「安心できる要素がないように思えるのだが?」
「そりゃあ……あなたに安心させる気はないもの。安心を得るのは私の方よ」
「えぇ……」
困惑しながらも、黒薙はサーブの構えを取る。ピンポン球を左手で上にひょいと投げ、ラケットでそれを打とうとした──瞬間。
「……フローラ。なんでアンタがこんなとこに来てるのかゆ〜〜っくり聞かせてもらっていいかしら?」
フローラが瞬く間に震え上がる。背後に、それはそれは恐ろしい表情と殺気を携えた亜矢が現れたからだ。
「ち、違うんです亜矢様……こ、こここれは…………」
「言い訳は即ち死を意味するわ。そんなに地獄に叩き落とされたいのかしら、ねぇ?」
その溢れ出る殺意に、フローラは凄まじいまでの速度で、一目散に逃げ出した。
「ったく……危なかったわね、“黒薙”?」
「悪りぃ、助かったよ“赤萩さん”……」
二人は苦虫でも噛み潰したような顔で言葉を交わす。二人とも、内心では名前で呼び合いたいと思っているのだ。自分の最高の恋人とのコミュニケーションが不足してそろそろ限界症状が出始めてきているのだ。
「……っつーか、もしかして早見が呼んでくれたのか?」
「まぁ、どうやら彼女は勝手な思い込みで黒薙に危害を加えているようだったからな。赤萩は怒らせると怖いだろうなと思ったから呼び出して怒らせたというわけだ」
なんか今回やたら出張っている気がする早見は得意げに言った。その背後でどす黒いオーラを振りまく亜矢には、気付いていそうにない。
「……ま、別にいいけど。ねぇ“黒薙”?」
亜矢は、視線で黒薙に「アンタから送られてきたらもっと早く駆けつけてたんだけど?」と訴える。
「……そうだな、悪かったよ」
その視線から亜矢の言わんとしていることを察した黒薙は、素直に応えた。
なお、二人のツンツンイチャイチャ空間についていけない早見は困惑したような表情で二人を見ていた。
それから一晩明けて、修学旅行二日目。それは突然に訪れた。一同が清水寺まで向かう道中のことであった。
「……?なんか妙な雰囲気しねぇか、ここ?」
「そうか?俺は特に何も感じんが……」
クラス別研修ということで、黒薙たちのクラスは伏見稲荷大社から清水寺まで各所を回るコースで進んでいた。東福寺を訪れ、現在は蓮華王院へ向かっているところだ。
「いや、絶対おかしい……さっきから誰かにジロジロ見られてるみてぇな感覚がしやがる。それもフローラ=レーギンレイヴみたいに突き刺す感じじゃねぇ。無遠慮に僕の弱みでも探してるみてぇな……」
黒薙は思案する。直後、黒薙の脇腹を謎の光線が掠めた。
「……ッ!ほらな……ッ!」
黒薙は舌打ちすると、光線が飛んできた方へと駆け出した。
「えっ、ちょっとはや……黒薙!?アンタ何やって……」
「話は後だ!怪人かなんか知らねぇが、そこに何かいる!避難の誘導を頼む!」
「仕方ないわね……ッ!」
黒薙に頼まれ、亜矢は生徒たちの避難の誘導に向かうが──。
『……おぉっとぉ!それは困るんですよねぇ!』
透明なソレが指先から放った光線が亜矢を貫くと、亜矢はその場に倒れ伏した。
「テ、メェ……ッ!チッ、卑怯な真似しやがって……ッ!」
『卑怯なんて言葉、わたしの辞書にはありませんよぉ!まぁ見ててくださぁい、面白いことになりますからぁ……それではアディオス!』
どこからともなく響く声がからからと笑うと、次の瞬間にはその気配を消した。
「亜矢!大丈夫、か……ッ!?」
「大丈夫よぉ……ねぇ颯斗ぉ……いつまで我慢してればいいの……?」
「何を……ってまさかあの野郎……ッ!」
瞳を蕩けさせて自らを押し倒してきた亜矢の姿を見て、黒薙は確信した。あの
「待て待て亜矢こんな往来でそんなハレンチな真似はやめろ」
「じゃあどこでならいいの?お願い颯斗、アンタの愛を補給させて……?♡」
「やめろこんなところでそんな真似したら僕は間違いなく変態のレッテルを貼られてしまう」
頬を赤らめながら求愛する亜矢に対し、黒薙は顔面蒼白になる。
(これ言っても止まらねぇよな……なら仕方ねぇ、許せよ亜矢……ッ!)
一瞬の思考ののち、何かの決心をした黒薙は、自らの首の後ろに手を回してくちづけを求める亜矢の両肩を掴み、
「目ェ覚ませコラ」
「あ痛ァ!?」
全力の頭突きをお見舞いした。
「あれ……ここはどこ……?みんなは……?」
「よかった、目ェ覚ましたか……他のやつらはどっか避難したはずだよ。っつーかさっきの誰にも見られてねぇよな……?」
「さっきの……?何か変なことでもあったの?」
「……何もなかったよ、そういうことにしておいた方がお互いに平和だ」
「そう、なの……?まぁアンタがそう言うなら……」
なんとか誤魔化せたようで、黒薙は心底ホッとした。
「っと、早見に連絡取っとかねぇとな……おー早見?」
『どうした黒薙?さっきの騒ぎは収まったか?』
「ひとまずは。……これ、マジでどうなるんだ?」
『知らん。……場所は送るから早く戻ってこい。お前と赤萩と……あと牧瀬が戻ってこない限り続けるにしろ中断するにしろ決まらない』
「はいよ」
通話が切れるとともに、早見から目印になるポイントの写真が送られてきた。
「それじゃ戻るか亜矢……」
「えぇ、そうしないと進まないものね……」
そのポイントまで向かおうと黒薙が足を踏み出した瞬間、茂みから見覚えのあるシルエットが現れた。
「テメェは……ッ!……亜矢、お前は先に向かっててくれ。僕はコイツとカタをつける……ッ!」
ドライバーを取り出しながら、黒薙は叫ぶ。
『おいおい血気盛んなヤツだなぁ!?悪りぃが今日は俺もソッチのつもりで来てねぇんだ!今日は話し合いの気分でな!戦いなら今度にしてくれ!!』
だが、黒と赤と金の怪人・クラウンはそう答えた。
「怪人の親玉の言うことを誰が信じると思ってんだ?」
『だよなぁ……仕方ねぇ。誠意を見せるために今から変身を解いてやるよ!赤萩、お前もコッチに残ってもらえると話が早ぇから頼めるか!?』
「……亜矢、こんなヤツの言うことは信じるな。お前は早く戻って……」
クラウンはそう言うが、黒薙は信用しない。相手が怪人を統率する、全ての元凶である以上は当然のことであるが。
「……アンタの言うことは極力聞くわ、颯斗。でも……今回は、今回だけは、私にもそいつの話を聞かせて」
亜矢は、黒薙の制止も聞かずにこの場に残ることを選択した。
「チッ、分かったよ……ただ、危なくなったらすぐ逃げろよ?」
「分かってるわよ……アンタも無理はしないで」
「分かってる、ンなくだらねぇことで亜矢を悲しませたくねぇしな」
怪人そっちのけでイチャつき始めた二人を見て、クラウンは肩をすくめる。
『ヒューッ、お熱いねぇ!だが安心しな、今日の俺は絶対にお前たちに危害は加えねぇからよ!!』
「ハッ、どうだかな?菱杖とか見てると、テメェが何言おうと嘘にしか聞こえねぇんだわ」
『俺をあんな奴と一緒にしないでほしいが……まぁ、そこは受け入れてやるよ!……それじゃ見とけよ、そして驚け、怪人のボス様の正体って奴を特別に教えてやるぜ!!』
怪人はレプリシューターからマテリアピースを抜き取って、その変身を解いた。直後、黒薙の右腕がその胸ぐらを掴んだ。
「……ふざけんじゃねぇ、テメェは怪人の親玉だってのに、何食わぬ顔で僕たちと言葉を交わしてやがったってのか?なぁ、牧瀬!?」