『うん、そうやって変身して僕を倒すんでしょ?いつもと同じように……相手の苦しみなんて一個も考えずに!!』
「あぁ、そうだよ……それがヒーローって呼ばれるやつなんだよ。人は、僕みてぇな偽善者の集まりを無責任にそう呼ぶらしい。……相手のことなんて考えずに、一方的にテメェの正義を押し付ける。正義なんて、そんなもんだろ?」
『つまり君は自分が正義だって言いたいんだ?虫唾が走るよ……友人を騙して、嘲笑って、傷つけて……そんなものが正義だって言うなら、僕はそれを騙る人間をまとめてこの力で消す』
「僕の本質が悪だろうが、社会は怪人を悪と糾弾するだけだ。……ちょっと黙ってろ朱鷺澤、話の続きは懲罰房で聞いてやる」
OOは吐き捨てると、オブリビオンセイバーを右手に出現させ、一切の躊躇いを捨ててスネークに斬りかかった。
『……っ、効かないよ……っ!君こそ黙っててくれないかな、君の声なんて二度と聞きたくもないからさ!!』
対するスネークは、間一髪で斬撃を避け、OOへと全力のキックを叩き込む。が──。
「遅ぇ、そんでもって浅ぇ……怪人になってもその程度なんだ……お前が怪人なんかに向いてるわけねぇだろうが!!」
『黙れっ!!最初から僕のことを弱いってバカにしてたくせに、今更説教臭いこと言わないでよっ!!』
OOに軽くあしらわれ、そのまま上空へと放り投げられた。
「少し寝てろ朱鷺澤……!!」
『Oblivion Time Strike!』
OOは飛び上がり、上空へと向けてライダーキックを叩き込んだ。
「白髪頭。……一度だけ聞かせろ。貴様、本当にあれで良かったと思っているのか?」
「……僕にできるのはあいつを倒すことだけだ。戦意をヘシ折った上で後からいくらでも謝ればいい。そう考えただけだ」
「それで本当にあの少年の戦意が折られると思っているのか、と聞いているんだよ白髪頭のトリ頭。自分に置き換えて考えてみたまえ、それで謝られても、貴様は許す気になるのかと聞いているんだ」
朱鷺澤が連行された後、草壁は黒薙にこう問いかけていた。
「……僕とあいつは違う。あいつは一時の迷いであんなモンに手を出しただけに決まってる。だから……」
「……だから、その考えが甘いと言っているんだ白髪頭。考えてもみろ、私は詳しくは知らんが、あの少年は温厚な性格だったのだろう?それが怪人の力に手を出し、あろうことか貴様に『死ね』とまで言ってのけた。……これを一時の迷いで片付けられるなどと本気で思っているのであれば、私は君を軽蔑するぞ」
草壁は失望の色を濃く表した瞳で、黒薙を睨みつける。
「友人が怪人になったことを信じたくない気持ちはわかる。だが……彼がどこまでも本気だったのは、数刻とはいえ拳を構えた君が一番よく理解しているんじゃあないのか?」
そして、諭すような声色で、草壁は言った。
「……あぁ、そうだよ。あいつはそんな怪人がどうとかには関わりがねぇと思ってた。僕のせいで、平和な世界に生きるあいつまでもが腐っちまった。……クソ、こんなんじゃ亜矢に合わせる顔がねぇ」
「私としては、彼を納得させるには赤ツインテ本人からその旨を伝えるしかないと思うよ。それで逆上して襲いかかるというリスクは否定できんがね」
「くそっ、なんで僕がこんな目に……当然、だよね……いくら黒薙くんが憎いとはいえ、僕はしちゃいけないことをしたんだから……」
一方、朱鷺澤は護送車の中で、こう漏らした。
「……反省はしてるみたいっすね。まぁだからといって逃がしたりはしないっすけど」
「き、みは……?」
「名乗るほどのものじゃないっす。……ま、先輩の気持ちはわかるっすよ。ずっと大切にしてきたものが、スッといきなり消えてなくなるような感覚、でしょう?」
その様子を見ていた有栖川が、哀れむような声をかけた。
「……君も、そんなことがあったの?」
「少し昔に、ちょっと。まぁ私の場合は比喩とかじゃなくて本当に大切にしてきた人が突然いなくなっちゃったんすけどね」
有栖川は空虚に笑う。
「だから、今もその人を探してるんす……きっといつか、また会えるって、信じてるから」
「ふむ……へぇ、なるほど、これが怪人の生体アダプタっすか……ここまで鮮明に見えるのって今までになかったっすよね?」
「その通りです千聖。……鮮明に見えるということは、それだけ肉体への癒着が浅いということ。これなら、今までできなかった切除も可能かもしれませんね」
執行衛兵本部に運ばれてきた朱鷺澤の身体を検査する遠山たち。朱鷺澤の首に植え付けられた生体アダプタを見て、遠山は思わず声を漏らした。
「今すぐにとはいきませんけどね……ったく、あのクソ先輩、またぞろ面倒な仕事押し付けてくれやがってって話ですよ」
「……心中お察しするっす。その機嫌の悪さ、何があったかは知らないっすけど」
舌打ちを漏らすミスティ。
「先輩のせいでこのアホ捕まえてこうして検査しなきゃいけなくなってるんすからそりゃ機嫌も悪くなるっすよ……初めからあんなことしなけりゃこうもならなかったってのによ」
「事情は知らないけど、仕事に私情は挟まないように。わかってるとは思いますが一応言っておきます」
「わかってますよ遠山先輩。あとであのクソ先輩は詰めるとして今はお仕事に集中、でしょう?」
「……颯斗。ねぇ颯斗ってば。聞いてる?」
「聞いてるよ。どうした?」
翌日の昼。黒薙は空き教室で亜矢と昼食をとっていた。
「その……朝から、あんまり元気ないように見えたから……大丈夫?」
「大丈夫かどうかで言えば大丈夫だよ。ただ、ちっとばかし気分が悪りぃだけだ」
黒薙は無愛想に答える。黙々と弁当を掻き込む黒薙に、亜矢は少しだけ苛立ちを覚えて。
「むぐッ!?」
「……ばーか」
「チッ、テメェ何しやがる……ッ!」
食べている最中に頬をつつかれ、白米をこぼしながら、黒薙は怒りを露わにした。
「……何があったか知らないけど、せめて私と二人きりの時くらいは、そのしかめっ面はやめてもらえないかしら?」
「…………わかったよ。悪かった。こんなことで亜矢に嫌われたくもないし改めるよ」
「分かればいいのよ……その、私の方も、ごめん。食べてるの邪魔しちゃって…………」
「いいよ、別に気にしちゃいねぇ」
黒薙は言った。
「……で、何があったの?」
「…………あいつだよ、朱鷺澤。あいつが怪人になりやがった」
黒薙がそう答えると、亜矢は目を細めた。
「朱鷺澤が?……正直、あんまり気分のいい冗談じゃないわね」
「僕だってタチの悪い冗談だと思いてぇよ……けど、実際に起こってんだ。僕のせいでな」
「え、ちょっと待って。なんで颯斗のせいって言い切れるの?」
黒薙の言葉に疑問を抱き、亜矢は問うた。
「……前、僕が朱鷺澤としてた約束については話したと思うが、まさにそれだよ。僕が約束を反故にして……で、どっからか僕と亜矢が付き合い始めたことがバレててあいつがプッツンってワケだ。ってことは、つまり僕のせいだろ」
黒薙は伏し目がちに答えた。
「……アンタだけのせいじゃない。そもそもアンタは朱鷺澤との約束を無かったことにしてくれって頼んでたんでしょ?それで私が告白して付き合うことになったとしたら、責任はアンタだけにあるものじゃない。私だって共犯者よ」
「ンなワケねぇだろ、亜矢はそれを知らなかった。それで僕に告白したとして、お前に責任はねぇだろ。朱鷺澤がお前のことを好きだって知ってて、一度はその恋を応援するって約束までしちまった僕がその告白に応えちまったのが……」
「…………それ以上言うと、本気でその口縫い合わすわよ。私がどれだけあの告白に想いを込めてたと思ってるの?それを簡単に『応えなければよかった』?いくらアンタが自分を低く見てるからって言っていいことと悪いこととがあるって知ってる?」
黒薙の失言に、亜矢は心からの怒りを露わにした。
「……悪りぃ、頭がマトモに働かねぇや」
「……疲れてんのよ、きっと。私の能力じゃ疲労までは癒せないらしいし、とりあえず保健室でも行ったら?」
「そうさせてもらうか……」
昼食を終えた黒薙は、そのまま保健室へと向かっていった。
「……で、そこで見てる悪趣味なお兄ちゃんと草壁先輩は、私に一体何の用かしらね?」
亜矢が虚空へと投げかけると、ギクッ、という音とともに、ばつが悪そうにして二人の高三男子が現れた。
「きょッ、コイツがやれって言ったんだよ、俺は悪くねぇ」
「あァ!?確かに言い出したのは私だがノリノリでノリにノってきたのは貴様だろうが赤ハネ!!」
「……どっちが言い出しっぺとかどうでもいいから、何の用か答えてくれるかしら?ねぇお兄ちゃん?まさかフローラが私にあれだけ怒られた後に、私と颯斗を尾けてた、なんて馬鹿なこと言わないわよねぇ?まさかランク10の超能力者が二人も学習しない馬鹿だなんてワケないでしょう?答えろ、今すぐに」
亜矢の切れ長の目が、赤萩を射殺さんばかりに睨みつける。
「……その通りです」
「聞こえなかったからもっかい言ってもらえるかしら?さぁ言え、目的を具体的に」
「亜矢と黒薙の関係をこっそり見て折を見てからかおうと思ってました、ハイ」
ぐしゃり。亜矢が右手に持っていた牛乳のパックが一瞬にしてひしゃげた。
「次、草壁先輩。まさか先輩までお兄ちゃんみたいなこと言いませんよね?その場合、突如として行方を絶つ高校三年生が一人増えることになりますけど」
「私はそこの赤ハネとは違うさ。昨日、怪人を倒してから白髪頭の様子がおかしかったから気になって見にきただけだよ。そこの赤ハネとは違ってね」
そこの赤ハネとは違うことを強調して、草壁は笑った。
「……なら許します。草壁先輩は」
「俺は?」
「殺すけど?」
直後、亜矢は赤萩に飛びかかると全力の関節技を赤萩にお見舞いした。
「あっ……黒薙、さん……こないだぶり、ですね。それにしても、黒薙さんが、こんなところに来るなんて、珍しい、ですね……」
「おっす双海……久しぶりだな。お前の方は随分と保健室慣れしてるみたいだな?」
保健室にて、黒薙は見知った人物と遭遇した。
「私は、ここが、一番落ち着くので……安心してください、ちゃんと、授業までには戻りますから」
「そうか……何読んでんだ?」
「聞きたい、ですか?私は、言いたくないですけど……」
「……なら遠慮しとくよ」
そう言うが、チラチラ覗かせる表紙のイラストから、黒薙は気付いていた。双海が読んでいる本が、18禁のドSメイド×ドMお嬢様の百合小説であることに。修学旅行の際、牧瀬が持ってきたエロ本の中にそれがあったからだ。表紙を隠された上で渡されて、訝しみながらも最後まで読みきり、感想を伝えた上で牧瀬の腹部に全力のフックを叩き込んだ記憶が蘇る。
「……ふっ」
「どうしました?クール気取ってフッとか言っても、黒薙さんが割とダサいのは、何も、変わりませんよ?」
「ちょっと思い出し笑いしてただけだよ。っつーか辛辣だなオイ?」
「いや、だって、黒薙さんの今の微笑み、クソ気持ち悪かったんですよ……」
双海の目線が冷ややかなものに変わる。
「気持ち悪りぃとかなんとか学校でエロ本読んでる女にだけは言われたくねぇけどな」
「エッエエエロ本じゃありませんけど!!!???なななななんでそそうおおおもったんですかかかkkk」
「思考回路がショートしてんじゃねぇかクソレズ」
エロ本を指摘され、双海は真っ赤になって泡を吹いて倒れた。
「……ま、こんなクソでも一応調子取り戻す手助けにはなったし、一応感謝しといてやるよ。起こしゃしねぇけど」
黒薙は双海を置いて教室に戻った。そして双海は眼を覚ますのが遅れ、結果として五限をサボることとなってしまった。
「トホホ〜、もう、エロ本はコリゴリですよ〜……」
「やぁ、赤萩亜矢さん。少しボクとお話ししていかないかい?」
それから放課後。黒薙は執行衛兵の仕事があるらしく、一人でさっさと帰ろうと鞄を引っ提げ、誰よりも早くに教室を出た亜矢は、職員室を通り過ぎたあたりで、あまり面識のない女子生徒に呼び止められた。
「あなたは……
久城希望。朱鷺澤永治の幼馴染で、報道部の部長。それが事実であり、かつ数字が取れるものであれば、どんな記事さえも書くジャーナリストで、誘宵学区の情報誌『F!nder』の編集長も務めていたか。達観したようでどこか子供らしさも感じさせる瞳が、亜矢の身体の隅から隅を、無遠慮に視姦していた。
「あ、あの……私、もう帰りたいんですけど……」
「安心してほしい、それほど時間は取らせないから……ああ、電車やバスの時間が、という言い訳は使わないでほしいな。君が徒歩通学であることはとっくの昔に把握しているからね」
逃がさない。言外に脅迫してきた久城に対し、亜矢は心の中で密かに舌打ちをした。
「……わかりました。それで、話ってなんですか?」
「ここでは話しにくい内容、かな」
久城は亜矢の手を取り、使われていない空き教室に引きずり込むと、その鍵を閉めた。もし、この女が怪人で、自分を狙っているとしたら。亜矢は神経を張り巡らす。コイツが襲ってきたとして、すぐに反撃できるように、懐のレプリシューターをいつでも取り出せるようにと。
「あぁ、そんなに固くならなくていいよ。ボクはただ、キミにいくつか聞きたいことがあるだけだからね」
そんな言葉を信用するわけがないだろう。草壁蒼哉は恋人を救うためだとか言って怪人の用心棒になるような男だし、多々羅礼子はアレだ。それらの上に立つこの女が、まともな質問をするわけがない。亜矢は本能的にそう感じていた。
「まず一つ目。キミは先日から黒薙くんと交際している。これは事実だよね?これだけ写真が上がってる以上、言い逃れはできないだろう?」
「……、その写真、どこから手に入れました?」
「礼子が遺した……『遺産』ってヤツかな?なんてね」
女狐は妖艶に笑う。
「その反応からして、事実と見ていいのかな?」
「……記事とかに書いたりしないなら答えます」
「ボクは書かないよ?キミたちの恋バナなんて面白くもなければ数字にもならないしね」
うるさいな。吐き捨てようとしたが、この女が怪人である可能性がある以上、言動には気をつけないと危険だと判断し、喉まで出かかったその言葉を無理矢理奥へと押し込んだ。
「……はい。私は颯斗と付き合ってます」
「なるほど。では第二問。キミは永治が自分のことを好いていると知っていたかい?」
……あぁ、なるほど。そういうことね。亜矢は得心した。この女が朱鷺澤と知り合いだということは知っていた。その関係性を深掘りするほど、朱鷺澤に対しての関心はなかったが。
「……もしかして先輩って、朱鷺澤のこと好きだったりします?」
「質問に質問で答えるのは良くないね、それに答えてほしければまず第二問に答えてくれないかな?」
苛立ちを露骨に表情に表しながら、久城は言った。それすら情報を引き出させるための演技なのかもしれないが、そんなことは亜矢には関係がなかった。
「……まぁ、一応は気付いてましたよ。あれだけ露骨に下心を向けられて、気付かない方がおかしいですしね。颯斗じゃあるまいし」
ハァ、と亜矢は嘆息する。
「じゃあ今度はボクがキミの質問に答えようか。……キミの言う通り、ボクは幼馴染の……永治のことが好きだよ。正直に言って、キミのことが好きだという想いを隠せもしない永治にも、気付いていながら知らぬフリを突き通すキミにも苛立ちを覚えていたね」
「だから、こんな風に私を軟禁してるんですか?意外でしたよ。鬼の報道部長も『女』だったんですね」
早く帰りたい気持ちからか、ついつい毒が漏れてしまった。
「ん?あぁいや、それは違うね。ボクは別に永治と付き合いたいわけじゃないんだ。まぁ付き合えるに越したことはないんだけど」
ばつが悪そうに笑う久城は、どこか寂しさを漂わせて言った。
「ボクは永治の幸せを一番に想っているよ。そのためにキミをこんなところに呼び出したんだ」
そして、文字通りに、目の色が変わる。
「第三問。キミ、黒薙くんと別れる気はないか?」
「ないです。……っていうか、一個言わせてもらいますけど……なんでアンタみたいな赤の他人が私に一々口出しするわけ?朱鷺澤が私を好いていようがアンタが朱鷺澤を好いていようが私には関係ないし、私が黒薙を好いていようが関係ないでしょ?たかが一年早く生まれたくらいで他人の人生の決定権まで持った気にならないでくれます?……ねぇ、『センパイ』」
そこで初めて、亜矢はここ数分で溜めた怒りを全て解放した。
「ふ、ふふっ!!あっははははは!!予想通りの答えをありがとう!!臆病なキミが、ほぼ初対面のようなボクにそこまで言ってのけた!!その勇気と美しさをボクは尊重するよ!!」
対して久城は、一転して愉快そうに言った。
「……けれど、そうなるとボクの愛した永治は幸せを掴めないことになる……さて、どうしようか?」
「知りませんよ。一々もったいつけてないで言いたいこと言ったらどうですか?」
「言いたいことを言え、か。……その言葉が、キミから選択肢を奪うものであってもかい?」
久城の声色が濁る。
「ボクはキミ達を断罪するカードを何枚か持っている。いやぁ、愉快だねぇ?皆が助けを求めてやまないヒーローが、例えば黒薙颯斗や赤萩陽希が反社会的勢力と繋がりがあった、あるいは現在も……なんて知れたら、この街は一転して恐怖と絶望が支配する街に成り果てるだろうけれど」
その口調は、明確な敵意を示していた。
「そしてキミも、
「そこまでだ希望。……全く、最近何者かが赤ツインテを尾けているとは聞いていたから警戒していたが、まさか君だったとはな」
「っつーか、俺やアイツの人に言えねぇとこまで知られちまってるとなると、タダで帰してやるわけにもいかねぇんだよな」
その瞬間、施錠されたはずの扉が開いた。
「蒼哉、なぜキミがここに……」
「こちらこそ問おう。なぜ君が赤萩亜矢を脅迫している?」
二人は亜矢を庇うような位置に立ち、真っ直ぐに久城の目を見据えた。
「……ふっ、ふふふふふっ!!赤萩亜矢を人質に取ればキミ達がここに来ることくらいはわかっていたさ!!……それを知っていて、ボクが何の対策も取らないと、本気で思うのかい?」
久城がそう唱えると、窓を叩き割って、何体かの怪人が現れた。ゴリラのような怪人、カウボーイのような頭部でブーメランを持った怪人、カマキリのような怪人、その他にも貌を持たないいくつかの怪人が、同時に赤萩と草壁に襲いかかる。
「チッ、仕方ねぇ……!草壁、てめぇは亜矢を連れて逃げろ!」
「いや待て、希望が悪に手を染めたのであれば私にそのケジメをつけさせろ」
「……なるほどな。わかった、ここは任せた!」
二人はそうやって言葉を交わすと、赤萩は亜矢の方に駆け出した。
「逃がすと思うのかい?」
「私が逃がさせないとでも思うのかね?」
草壁は、怪人たちに指揮を出した久城の眼前に迫った。
「ハァ……仕方ないな。まずはキミから断罪するとしよう」
やれ、と久城がハンドサインを作ると、怪人のおよそ三分の二が一斉に草壁に飛びかかった。
「そんなに私に潰されたいならお望み通り……構えろ雑兵ども、ここからは戦争だ……変身……!」
『Bite and Bark! That's a Greedy Beast!』
草壁の体を、青黒い光のリングが包む。その身は瞬く間に青いスーツに包まれ、続けて走った青白いラインが、まるで拘束具のように、草壁の体を縛り付けた。
『Ignited HORUS system……“Predator”』
「さぁかかってくるといい、雑魚ども。私が格の違いというものを見せてやる」
くいくいっと指を動かし、怪人たちを挑発する。はじめに、ゴリラ──コング・シャトランが、その腕力を活かして、強烈なラリアットを叩き込んだ。
「……ッ、少しはやるじゃないか。だが、私には遠く及ばん!」
プレデターは、その拳をあえて受けた。マスクに乱暴に叩きつけられた腕を掴むと、遠心力を利用し、先ほど怪人が現れた際に付けられた傷の方へと投げ飛ばした。
『ぎゃァァァァァ!?』
「流石に校内で暴れるのはまずいからな、表に出てもらおうじゃないか!」
窓のサッシに手をかけると、コングの後を追うように、プレデターも校外へと飛び出す。
『オラァ!』
飛び出していったプレデターを最初に襲ったのは、ブーメラン・シャトランであった。
「なるほど、飛び道具か……目には目を、歯には歯を。貴様がいくつかは知らんが、ハンムラビ法典程度は知識として頭にあると仮定して話を進めさせてもらうぞ」
『GauntRed Checker!』
ガントレット型の武器、ガントレッドチェッカーを右手に出現させて、プレデターは上機嫌に言う。
『何が言いてぇんだ!』
「……学のないバカに一々説明してやるのも面倒だ。というかこの程度は基礎知識だろうに……」
舌打ちと少しのため息。
「……こういうことだよ、浅学非才な愚か者」
再び放たれた飛び道具は、光の矢に撃ち落とされた。その発射源こそが、プレデターの右腕に装着されたそれである。
「何を呆けている?君が私を本気にさせたのだろうが、責任は取ってもらうぞ」
聞く人が聞けば耳を疑うような台詞とともに、草壁は飛び上がる。その右腕の武器の形状は、梓弓から、鉤爪へと変化していた。
『Material Attack! Critical GauntRed!』
青黒い鉤爪が、周囲の無数の怪人を切り裂き、ブーメランのカウボーイのようなマスクを切り裂き、さらにその延長線上の胸部のコアを破壊する。コンマの差を置いて、怪人の体が爆発を起こした。
「次は君だな……先ほど殴ってくれた仕返しでもしてやろうか」
ガントレッドチェッカーに装填されたマテリアキーをドライバーに再び装填すると、ボタンを二度押した。電子音声が紡がれる頃には、プレデターの拳は、すでにコングの胸部に突き刺さろうとしていた。
『Material Finish! Beast Charging Smash!』
コングのアーマーが弾け飛ぶ。その衝撃で、コングに付き従っていた無数の怪人を跳ね飛ばした。
「さて、赤ハネと赤ツインテの無事でも祈るとしよう……ッ!」
変身を解いた草壁は、喉奥からこみ上げる感覚を覚え、思わず片膝をつく。直後、口に添えられた右手が、自らの血液で紅く染まった。
「……ケホッ、短時間に必殺技を繰り返せば、こうなることは読めていたが……ッ!」
その日の夜は、やたらと肌寒かった。実際に気温が低かったのか、自身が薄暗い懲罰房の中にいたからそう感じたのかは、朱鷺澤には関係がなかった。
別に、この懲罰房を抜け出そうとは思わない。こうして捕らえられたのも自業自得だ。明日には生体アダプタが取り除かれ、ある程度の再教育を施されたのち、ただの人間として社会に復帰することとなっている。にも関わらず、この胸騒ぎは何だ。
「……うぅっ、あァッ!!」
朱鷺澤は蹲り、その口から胃液を漏らした。先程から、ずっとこの不快感が拭えない。この懲罰房には、ホルスをかき消す特殊な装置、ホルスジャマーが設置されているらしい。無能力者であっても、その被害を受けることになるというのだから理不尽だ。
「う、ぅ……さ、むい…………」
パイプのベッドの上で、朱鷺澤は自らの体を抱きしめた。身体中が痛む。ホルスジャマーの影響もあるだろうが、一番は、この閉塞空間だろう。
「……こんなことになるなら、怪人になんてならなきゃよかった」
朱鷺澤は深く後悔している。今になってよく考えてみれば、別に朱鷺澤は黒薙のことを恨んではいない。ただ、真意を問い詰めたかっただけだ。なのに、あの男に見当違いな『欲望』を押し付けられ、洗脳され──大切な友達に、言ってはならない言葉を言ってしまった。
「……ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。僕なんかが一度でも君の友達を名乗ってしまってごめんなさい…………っ!!」
涙が頬を伝う。それは黒薙に対しての謝罪でもあり、亜矢に対しての謝罪でもあった。
『ふぅん、そんなに苦しいんだ?助けてあげようか?』
両手で顔を覆って泣きじゃくっていると、ふと、聞いたことのないような声を聞いた。その声は、朱鷺澤の脳内に響いた。
「……っだ、誰ですか!?僕は別に助けなんて…………」
『必要ない、とでもいう気かい?』
その声は、冷たく言った。
『僕はこの街の、いや世界の総てを
声は、極力感情を押し殺したような声で言った。
「……怪人事件に関わった生徒への処罰が厳重化してるだけじゃないですか?」
『そんな事実はない。僕はこの世界を総て識っているからわかるのさ。何かが、君に危害を加えようとしている。僕は君を助けてやりたい。いいや違うな。守ってやりたいんだ。だから……壁からは離れておいたほうがいいよ』
声がそう告げると、ピキリ、と。ひび割れるような音が、懲罰房の壁に響いた。あり得ない。この壁はランク10の超能力者でさえ破壊できないと言われているものだ。そう簡単に砕けるわけがない。
しかし、砕けるわけがないという朱鷺澤の予想は外れた。次の瞬間には、懲罰房の壁が、まるで元々そこになかったかのようにその姿を消していた。
「あ、なたは……?」
逆光で、顔はよく見えない。かろうじて分かるのは、その人物が男性に近い姿をしていることだけだ。
『こんなところで名乗るのは浪漫がない。こちらに来てくれるかい?』
男は、朱鷺澤を強引に抱きかかえると、そのまま、夜の空へと飛び立った。
「あっあの……こんなことして、落ちたら……」
『心配はしなくていい。僕は落ちるなんて情けのない真似はしないからね」
空気を踏んで、男はビルからビルへと飛び移っていく。
『今宵は月が綺麗だ。そんな夜に君を救うことができて、本当に嬉しいよ』
「ダメです、今すぐ戻らないと僕は……」
『言っただろう?君は何かに狙われている。懲罰房にいるより、僕と一緒にいたほうが安全だ』
「でも……僕は犯罪者だし……それに、知らない人の言葉なんて……」
朱鷺澤がそう言うと、男は悲しそうな目をして、こう言った。
『あぁ、そうか。君は僕を知らないのか……僕は、一方的に君のことを知っていた。君を識るたびに、守りたいと思うようになっていった』
そして、男はローブを脱ぎ捨てた。
「僕はロベリア=ローゼンロード。黒薙颯斗に対してのミスティーク=レーツェル。赤萩亜矢に対しての牧瀬玲王。そして僕こそが、君を守る、君のためだけの『化身』だ」
紫色の燕尾服を着て、銀の髪にオッドアイの青年は言った。