「あっ!ちょうどいいとこにきた!遠山、亜矢を匿ってくれ!」
「私、怪人の対応のためにきたのよね……まぁわかったわ、ただし事情は後で聞かせなさい!」
守りながら戦うのは難しいと判断した赤萩は、亜矢の首根っこを掴むと、そのまま遠山の方に投げ飛ばした。
「えっ……ええっ!?こンのクソバカ絶対後で殺す!!」
「赤萩くんあなたバカでしょ!?妹投げ飛ばすアホがどこにいますか!!」
「うるせぇこいつら数多くていちいち連れてけねぇんだよクソが!!」
フレイマーは舌打ちすると、カマキリ怪人──マンティス・シャトランの鎌を受け止めていたクリムゾンウォリアーを投げ捨て、その腹部に回し蹴りをブチ込んだ。
『がァッ!?』
「さっきから目障りなんだよそのビビッドカラーの緑!目に悪りぃから死ね!」
流れるような、理不尽な罵倒であった。
「こっちは!さっきから!!妹に殴られるわ!!!後で殺すとか言われるわで!!!!色々ストレス溜まってんだよボケが!!!!!」
自業自得の八つ当たりである。少し前まで、理想的なヒーローをやっていた彼の面影はもうどこにもない。
『ぶッ!?』
複眼を狙った右ストレート。
『ぶげッ!?』
腕の鎌を狙ったミドルキック。
『ぼごォッ!?』
そして股関節を狙った膝蹴り。
『おッ!?おォッ!?もっ、ごろ、じでェェッ!!』
睾丸を蹴り抜かれたマンティスは悶える。
「そのまま死n『死なせませんよ』誰だてめぇ」
その目の先には、いつか化野を捕らえようとした際に、それを妨害した怪人がいた。
「てめぇ……まさか、その怪人も連れ帰ろうってハラか?」
『そうですけど……それが何か?』
「見逃してもらえるとでも思ってんのか、って聞いてんだけどな?」
フレイマーは、クラゲのような怪人を睨みつけて言った。
『何ならここで戦ってもいいんですけど……あたし、あなたと戦う気ないんですよね』
「負けるのが怖ぇってか?」
『あなたを殺したくないってだけです。まさかあなた……自分のこと、あたしより強い奴だなんて思ってませんよね?』
「言うじゃねぇか……その言葉、今から後悔しても遅ぇぞメス豚がッ!!」
フレイマーの右の手が、ドライバーのボタンを押した。それは、必殺技の発動を意味する動作であった。
『Fire Charging Smash!』
炎を帯びた拳が、クラゲ怪人──ジェリーフィッシュ・シャトランの体を打ち抜く。
「どうだ、後悔、し、た……」
『最後の一文字も言えないくらいショックだったんですか?渾身の一撃が、あたしに何も通用しなくて』
しかし、その一撃を正面から受けたはずのジェリーフィッシュは、やれやれと首を振った。その仮面には、一つの擦り傷すらついていなかった。
『そもそも、あたしは“クイーン”ですよ?位階で言えばあなたの妹と同じレベルだし、操られて怪人になっただけの彼女と違って、あたしは望んでこっちに来てる。強いのは当たり前じゃないですか』
「ほざけ、三下が……ッ!」
『その三下に今から嬲り殺される気持ち、教えてもらっていいですか?』
ジェリーフィッシュの頭から生えた、8本の触腕。それらが全て、フレイマーへと襲いかかった。
「が……ッ!?」
一発一発がまるでプロボクサーのフックのように重い猛攻に、赤萩の意識がトびそうになる。
(わかっちゃいたが……こいつ、強ぇ……ッ!)
『あなたのヘナチョコパンチとは違う本気のラッシュでしたけど、大丈夫でした?』
「効かねぇよ、あんな豆鉄砲」
『そうですか……じゃあ、これならどうだろ』
楽しむようにジェリーフィッシュは言った。
続けて放たれたのは、八本の槍による滅多突き。鋼の硬度の触腕に貫かれ、フレイマーの変身が解除された。
『ぷっ、情けない人。あなたから襲ってきたんだから、殺されても文句はないですよね?』
蹲る赤萩に、槍と化した触手を向けるジェリーフィッシュ。
「させるかよクソ野郎……!勝手にやられてんじゃねぇよ!」
その凶行を、見回りから急いで戻ってきた黒薙が止めた。
『黒薙、颯斗……あなたの相手をする気はない。帰る』
「待てよテメェ、ウチのクソ野郎を傷物にしたまま落とし前もつけずに帰ろうってか?」
『うん。だって挑んできたのそいつだし。殺してあげてもいいけど、よくよく考えたらそれが死んだらあなたが悲しむもん。あたし、あなたのために戦ってるみたいなものだから』
ジェリーフィッシュは落ち着いた声色でそう言った。その言葉に、黒薙は不審そうな目を向ける。
「……僕のためだって言い張るんだったら今すぐ変身解除して捕まってくれよ、どこのどいつか知らねぇけど」
『それは無理。あたしは捕まるわけにはいかないの。……じゃあね、また逢おう?』
触腕でカマキリ怪人の変身者を捕えると、そのままヒュンと飛び去った。
「チッ……おい赤萩陽希、大丈夫か?」
「あぁ、この程度かすり傷だよ……」
赤萩は立ち上がったが、直後に黒薙の拳をモロに腹部に喰らい、片膝をついた。
「てめぇ、何しやがる……ッ!」
「普段のあんたならこの程度避けられるだろ、さては大丈夫じゃねぇな?せめて保健室くらい行っとけ」
黒薙は赤萩を引きずって保健室へと連行していった。
そして、その日の夜。朱鷺澤永治がロベリア=ローゼンロードと名乗った男に連れ出されてから、一時間弱が経とうとしていた。
「あの、だから僕は明日には自由の身になるのでこんなことしなくても……」
「だから、それじゃあダメだと言ったろう?この腐り果てた街のボスは、どうやら君が怪人となったことに危機感を覚えているらしい。彼がくだらない計画なるものを抱え込んでいることは知っているが、そこに君が巻き込まれようとしているのさ。それを知って僕に君を見捨てろと言うのかい?」
ロベリアは、まるで戯曲でも読むかのように大仰に言った。
「……それで、僕はどこに連れて行かれようとしてるんですか?」
「君も知る男のもとさ」
まるでプリンセスのようにロベリアに抱きとめられる朱鷺澤は、その言葉を聞くと、悪寒に震えた。
「さぁ、入るとしようか」
気が付くと、そこには、少し前に経営が破綻したという学習塾のビルが、天を貫かんばかりに堂々と佇んでいた。
「すまない、邪魔するよ」
ロベリアの、男性と言うにはあまりに艶っぽく、女性と言うにはあまりに低い声が、廃ビルの中に響く。
「どちら様でしょう?ワタシは今忙しいのですがねぇ……っと、おやおや、朱鷺澤くんではありませんか!貴方は彼らに捕らえられたとジェリーフィッシュから報告を受けていたのですがねぇ!?」
菱杖は鬱陶しげに問い、直後、朱鷺澤の姿を見て愉しげに笑うと、その目と鼻の先まで歩み寄り、その手を取った。
「……ぼ、くは。僕は、あんなことは望んでなかった!黒薙くんの真意さえ知られればそれでよかったんです!殺意なんてどこにも……」
「おや、貴方はもしやワタシの能力を疑っているのですか?だとしたら過大評価もいいところですねぇ!ワタシの能力に『存在しない感情をでっち上げる』力など存在しませんとも!!」
「そんなはずない!!……僕は信じません。本当のことを教えてください!さもなくば……」
朱鷺澤は、まん丸とした目を細め、菱杖を威嚇する。
「……菱杖先生がここに潜伏してるって、通報します」
「最初から本当のことしか言っていませんがねぇ……ワタシが怪人にする生徒は、心の奥に眠る欲望を解放されているだけですよ。貴方だって身に覚えがあるはずですよ。逆に訊きますが……本当に、ただの一度も、黒薙くんに殺意を抱きませんでしたか?どれだけちっぽけなものであれ、自分が抱いた感情に嘘をつくのでしょうか?だとしたら、赤萩さんを好きになったと言うのも貴方の勘違いなのでは?」
「そんなこと……そんなこと、あるわけないじゃないですか!!」
朱鷺澤は吼える。
「おやぁ?おかしいですねぇ?確か朱鷺澤くんは自分が抱いた感情すらニセモノだと言ってのける男だったはずですが……そう、まるで、自らの慕情にも気付かなかった黒薙くんのように」
嘲るような菱杖の笑みを見て、朱鷺澤は言った。
「……わかりました、認めます。僕は黒薙くんに対して殺意を抱いた。でも、それよりも黒薙くんの真意を知りたい気持ちの方がずっと強かった!」
「ははっ!でしょうね!!……ですが、そんなありきたりで真っ直ぐな感情、刺激しても何も面白くないじゃないですか!!」
菱杖は悪びれもせずに言った。
「そんなことより、どうしてこんな夜中に訪ねてきたんです?そこの銀髪オッドアイの方……」
「ロベリア、でいいよ菱杖センセイ。僕は永治を懲罰房から救ってきたところなのだけど、さて寝床がないことに気が付いてね。僕たちをここに居座らせてもらいたい」
ロベリアは、恭しく頭を垂れた。
「自分は反対する。……そのような素性も知れん男を匿って、ここが知られたらどうする?特にそこの女はクロージャーに否定的なように見えるしな」
高坂は、階段を降りてきてそう言った。
「女、ではありませんけどねぇ……」
「何?……ともかく、自分は反対だ。何を考えているかもわからん奴をここに入れるなど……」
「……なら、そうだね。僕が何者であれ、君たちにとって有益であるということをその目に教えてあげよう。匿うかどうかはそれから判断すればいいよ」
高坂の発言を受けて、ロベリアは声を弾ませる。
「まぁ見ていればいい……あぁ、その前に菱杖センセイ。永治に能力をかけてやってほしい。今にも通報しようとしているからね」
ぎくり。朱鷺澤の体が固まる。ぞくり。朱鷺澤の頭を恐怖と焦燥が支配する。
「やだっ、やっ、やめてっ!!言うことならなんでも聞きます!!だから……」
「なんでも聞くならこれも受け入れてくださいよ、ねぇ!!」
朱鷺澤は目に涙を浮かべて懇願するが、人の心を無くしたミュータントに、そのような願いは通用しない。
「あっ……あァァァァッ!!」
菱杖が、朱鷺澤の額に手をかざす。朱鷺澤の脳内が、少しずつ書き換えられていく。
「おや、気絶してしまいましたか……」
脳を蝕む痛みに耐えきれなかったのか、朱鷺澤は気を失ってしまった。
「さて、朱鷺澤くんも眠ったことですし、貴方がどのように有益なのか見せてもらいましょうか!」
「あぁ、そうするとしよう……僕の能力は少し特殊でね。ある程度離れておいたほうがいいと思うよ。死にたくなければ、ね」
意味深にロベリアは言う。差し出された右の拳がパッと開く。何もない虚空がピキリとひび割れ、
「──転生。目覚めろ」
その歪みはさらに拡げられる。そこから現れたモノを見て、菱杖と高坂は驚きを示した。
「な……ッ、何が、起こっているのですか……ッ!」
「ありえん……何故、貴様が生きている!?貴様は……貴様は、自分が殺したはずだろう!?」
その反応も無理はない。なにせ、ロベリアが出現させたモノというのは──。
「久しぶりだね、ピエロ。ぼくを殺して得た力は使いこなしているかい?」
ビークル・シャトラン、
「何が起こってるか……そんなの、私の方が知りたい」
ライブラリ・シャトラン、
かつてミスティや高坂によって殺害された怪人たちであったからだ。
「あぁ、安心してほしいんだけど、ぼくは別にきみを恨んではいない。いないんだけど……」
鮎川は高坂の腹部に蹴りを入れながら言った。
「いないんだけど、ね。うん。レプリシューターくらいは返してもらいたいんだよね」
「……ッ、自分に奪われるほど弱い己を恨めよビークル。これはもはや自分の力だ」
「あぁそう……じゃあ死んでもらおうかな」
マテリアピースを取り出そうとする鮎川と高坂を見て、菱杖がその間に割って入った。
「やめなさい二人とも。客人の前でみっともない……ビークル、貴方にはファントムのレプリシューターを貸しましょう」
ファントムはまだコトを起こすつもりもないそうですしねぇ、と続けた。
「……さて、ロベリアさん。ワタシとしては、このように死者を呼び戻すチカラを使ってみせた貴方に興味を抱き始めています。貴方さえよろしければ、こちらに付いていただきたい」
「元からそのつもりだよ、菱杖センセイ。共に欲望を叶えよう」
二人の手が合わさった。ここに、最悪のコンビが誕生してしまった。
「久城希望。あなたがなぜここに呼ばれたか、わかっていますね?」
「知らないよ、清廉潔白なボクにはとても身に覚えなんてない」
「本気で言ってんのかてめぇ?こっちはてめぇが呼び出した怪人を連れ帰りにきた野郎に攻撃されて怪我負ってんだぞ?」
翌日。遠山と赤萩は久城を呼び出していた。
「……待て、ボクが、怪人を呼び出した?それ、本気で言っているのかい?」
赤萩の言葉を聞くと、久城は表情を変えた。
「……ボクが怪人を呼び出したとかいう時間を教えてもらえるかい?」
「昨日の四時四十分。放課後すぐよ。何か思い当たる節でもあるかしら?」
「まさか。……思い当たる節がなさすぎて、焦りでこの椅子をマッサージチェアにしてしまいそうなくらいだ」
絶妙に分かりづらい例えを繰り出す。とはいえ、久城はその時間には学校にいなかったのだ。何が起こっていたとしても、その現場に居合わせているはずがない。
「ボクはその時間は外に取材に行っていた。キミたちの言うようなことには関係していないさ。証拠もあるよ、外出の許可も取ってあるし、名簿に時間も書いてある。怪しいと思うなら確認してくれて構わない」
「……それが偽造されたものだって可能性もあんだろ」
「どれだけ信用がないんだい、ボクは?……そもそも、それは指導部に置かれているものだし、それを書くためにはあの恐ろしいゴリ先生に頭を下げなければならない。ゴリ先生は曲がったコトを嫌う人だ。そんな彼の目の前で不正などしたら、ボクの首は今胴体に繋がっていないと思うよ?」
ゴリ先生、というのは、この学校の生徒指導担当の教師だ。名前を
「あぁ、ゴリなら仕方ねぇか……」
「仕方なくないわよ赤萩くん?……ねぇ希望、あなたに聞きたいんだけど……あなたじゃないなら、赤萩亜矢を脅迫して、赤萩陽希や草壁蒼哉に対して怪人をけしかけたあの『久城希望』は誰だと言うつもりかしら?」
遠山は透き通った目を細め、久城を睨みつける。
「それがわかれば苦労しないよ。ボクだって突然そんなことを言われて混乱しているんだよ?それを探すのはキミたちの仕事だろう?」
だが、久城はそう吐き捨てると、風紀委員室の出口へと向かった。
「特に話がないなら、ボクは帰らせてもらうけど?こう見えても忙しいんだよボクは。キミたち暇人と違ってね」
待て、と赤萩が呼びかけたが、その頃にはもう久城は出て行ってしまっていた。
「……久城じゃねぇなら、あの女は誰だってんだよ。まさか
「一人でそこで考え込まないでくれるかしら?……こちらの方でも一応探りは入れてみるわ。赤萩くんも、良ければお願い」
「……わかった。罪科さんあたりに相談してみるよ」
「……で、なんで俺はまたこんなところに呼び出されてるんだ?」
そのまた翌日。赤萩は執行衛兵の本部に呼び出されていた。
「あぁ、それはまぁ、ホルスドライバーの機能拡張ユニット完成したんで渡そうと思って。だから草壁先輩も呼んでるじゃないっすか」
「機能拡張ユニット、か……有栖川だったか。まさかアレのことではないだろうな?」
「そのアレっすよ?なんすか怖いんすかアレ使うの?ちゃんとした仕様に作り替えてあるっすよ?」
有栖川が言う機能拡張ユニットに、草壁は渋い顔をした。それに関して何かがあったのは間違いないが、その何かを追求しようという気は赤萩にはなかった。
「いや、怖いというよりは、だね。あんな使うだけで体力を消耗する欠陥品を使いたくないと言った方が正しいか」
「それは草壁先輩がアホみたいに装備出すからでしょ〜が!!近接戦闘だってのに胸に大砲出した時なんかびっくりして腰抜かしたっすけど!?」
「そいつの話はどうでもいいからさっさとそれをよこせよ」
赤萩が言うと、周囲が一斉に静まり返った。
「えっ、聞きたくないんすか赤萩先輩?草壁先輩の爆笑必至のエピソード」
「別に聞きたくねぇよ、急いでるしそいつに大して興味ねぇしな」
「ほう?言うじゃないか赤ハネ、そんなに私にスペックで負けているのが気に障ったかね?」
「あ?てめぇ調子乗んのも大概にしとけよ?ランク7程度の雑魚能力者がランク10に随分と偉そうな口利けたモンだなぁえぇおい?」
「あァ?」
「あ?やんのかコラ?」
二人はバチバチに視線をぶつけ合う。
「やめといたほうがいいですよアホ二匹。あっちでコーヒー淹れてる遠山先輩、今めちゃくちゃピキピキ言ってますからね?それ以上ふざけた真似してるとカップ飛んできますよ?」
そんな二人の仲裁に割って入ったのがミスティである。説得するでもなく、虎の威を借る狐を地で行く行動ではあったが、それこそが特に赤萩には効いたようだった。
「ほい、ほい、ほいっとな」
有栖川が、ホルスドライバーの機能拡張ユニットを、無造作に投げた。三人が受け取ったのを確認すると、ホワイトボードに仕様と簡単な使い方をカッカッと書き連ねていく。
「赤萩先輩以外は知ってると思うっすけど、それはマテリアチューナーって道具っす。ホルスドライバーの右側にこうカチッとはめるだけで使えるようになるっす。簡単でしょ?」
続けて、有栖川は鍵のようなアイテムをいくつか取り出して、見せびらかすようにひらひらと手を振った。
「そしてこれがチューンマテリアキーっす。チューナーに入れてボタンを押すとあら不思議。それに対応した装備が現れるっす。ちなみに基本的には一回使うと無くなっちゃうんです十本くらいは持ち歩いたほうがいいっすね」
基本的には?赤萩が首を傾げると、横に座っていたミスティが補足した。
「はい。一部使い捨てじゃないチューンマテリアキーもあるにはあるんですよ。……まぁ、あんな欠陥品を使うことはないと思いますけど」
「欠陥品って……どんな感じに使えねぇやつなんだ?」
赤萩の質問に、ミスティは苦い顔をして答えた。
「その、フレイマー用の強化アイテムとして作ったやつなんですけど……一応、使ってしばらくは強化が続くんです。ですけど……」
ミスティは目を逸らし、頬を掻きながら続ける。
「……一定時間過ぎると、不完全燃焼状態になって戦闘能力がめちゃくちゃ低くなるんですよ。マテリアキー使わずにOOになった時みたいに」
しかもそうなったら一回変身解かないと元にも戻れないんですよ、とミスティ。
「はぁん……で、それは今あんのか?」
「遠山先輩のポケットの中に」
「なんでそんなとこにあるんだよ……」
予想外の答えに、思わず赤萩は呆れたような声を漏らした。
「遠山、その俺の強化アイテム的なそれ、今貰うことってできるか?」
「……できるできないの観点で言えばできるわ。したいしたくないの観点で言えば渡したくないけど」
コーヒーを淹れてきた遠山は、ミスティの反対側、赤萩の右側にちょこんと腰を下ろした。
「そもそも……んず。あんな説明を受けた後に……んず。貰いたいと思う気が知れないのだけど……っはー。やっぱ美味しいわねこの豆」
「何でもいいけど飲みながら喋んのやめてくれねぇか?集中できねぇ」
「善処するわ」
ぜってぇする気ねぇだろこいつ……。と、赤萩は内心で呟いたが、口には出さない。余計な争いをしないのが上手く生きるためのコツである、というのが、彼の生きる上でのポリシーのようなものになっている。先程まさに草壁と『余計な争い』を繰り広げていたような気がするが、それはそれ。
「……まぁ、あなたが欲しいと言うなら渡すわ。それで何か損害を被っても私は補償しないけれど」
遠山はポケットから鍵状のアイテムを取り出して、赤萩の掌に乗せた。
「……サンキュー、大切に使わせてもらうよ」
「そうね、そうしてもらえると助かるわ」
そんな二人を、三人は生暖かい目で見守っていた。
「さて、帰るか……」
それから数日後。週が明けたが、あれから怪人が現れることはなかった。
「……おっと、帰らせてくれなさそうなやつがいるじゃねぇか」
が、今になって現れた。その怪人は、赤萩が先週倒したカマキリ怪人と同じ姿をしていた。違う点があるとすれば、身体に走るラインが銀から金に変わっていることか。
『久しぶりだなァ赤い仮面ライダー!オレを覚えてるかァ!?』
「あぁ、お前は確か俺に金的食らってもう殺してくれって懇願してきた……」
『その話をするなァ!オレはあれから数日の間激痛にのたうち回った、そしてその末にこのチカラを手にしたァ!オマエを殺すためになァ!』
赤萩は爆笑する。自身が身を置いている環境からして、筋違いな逆恨みから襲われることも少なくはないが、自身が全力の膝蹴りを睾丸に叩き込んだ相手の復讐とあれば、それを可笑しな逆恨みと吐き捨てることはできない。できないのだが、そのシチュエーションがツボに入ってしまった。
『笑うな鬼めェ!オマエはヒーローの皮を被った鬼だぁ!!』
「あっはっは!!そうだな!!決まり手が金的のライダーはまさしく鬼だよな!!俺もそう思うわ!!ほんと悪かったな!!」
『だから笑うなと言っているだろうがァ!』
マンティスはそう叫ぶと、赤萩へと一直線に駆け出した。
「おわっ、あっぶねぇなてめぇ!?」
その突進を間一髪で躱すと、その側頭部に小さな火球を放ち、一瞬だけ怯ませる。
「仕方ねぇ、学校であんまり暴れたくねぇが……変身!」
『……“Flamer”』
赤萩はフレイマーへと変身し、臨戦態勢をとった。
「てめぇにはチューナーとやらの力試す実験台になってもらう……悪く思うなよ」
剣のようなエンブレムが刻まれたチューンマテリアキーをマテリアチューナーに挿しながら、フレイマーは言う。
『Tune Slash Blade』
フレイマーの右手に、剣が現れた。
『そんな棒切れをいくら使ったところでオレには勝てねェ!!』
飛びかかってきたマンティスに向けてその剣を振るったが、薙ぐような腕の鎌に刀身ごと持っていかれ、斬撃がフレイマーのマスクを切りつけた。
「痛ってぇな、てめぇ……ッ!」
『オレがオマエからもらった一撃の方がよっぽど痛かったわァ!!』
半狂乱のマンティスの連続攻撃を受け、フレイマーは地面を転がった。ダメージから、変身が解除される。
「……やたら騒がしいから来てみりゃ、なんだこのザマは?なぁ赤萩陽希、強化アイテムもらったとは聞いたが使う前にやられちまったってか?」
階段から降りてきた黒薙が、呆れたような声を出した。
『OO……コイツの仲間かァ!コイツの金玉を潰したらオマエにも連帯責任を負わせてやるからタマ洗って待ってろォ!』
「あァ?金……あ?なんて!?随分と品性を疑うような怪人が出てきちまったみてぇだなぁおい!?赤萩陽希、テメェが何しでかしたからしらねぇがここは僕が片付けといてやるから寝てろ!!」
睾丸に固執する怪人を見て、どうせ赤萩が何か余計なことをしやがったんだろうと判断した黒薙は、OOドライバーを構える。……が。
「待て、黒薙……そいつが現れたのは俺を倒すためだ……だから、そいつと決着をつけるのは俺の仕事だ」
「満身創痍で何言ってやがる、っつーか狙われてるのがお前の金玉の時点でカッコつけてもカッコつかねぇぞ」
「うるせぇ黙れ……まだ俺は新しい力にも手ぇつけてねぇんだ。それで負けるわけにはいかねぇだろうが。ただでさえ負け続きなんだ、ここでてめぇに任せちゃ俺の沽券に関わる」
『オレの目的はオマエの股間に関わることだがなァ!!』
マンティスの一言で、二人は静まり返る。気まずそうな顔で、赤萩は二本のマテリアキーを構えた。
「あー……ま、そういうことだから、てめぇを倒させてもらうぜ?」
ドライバーにファイアマテリアキーが挿入される。赤萩は、再びフレイマーに変身した。
「そしてこっからが、てめぇも俺も知らねぇ力。見とけよ金玉野郎……俺の炎は、もう一段階燃え上がる」
そして、マテリアチューナーに、もう一本のマテリアキーが差し込まれた。
『Tune Heat-Up』
フレイマーに変身した赤萩の体を、蒼い炎のリングが包み込む。
「……ッ!あァッ、あァァァァァッ!!」
炎を操る能力者の赤萩が、神経を焼き尽くす熱に悶える。
『The Flame Intensifies! Ignited Burning Flamer!!』
次の瞬間には、フレイマーの体を纏うスーツが、赤を基調としたものから、青みがかったものへと変化していた。仮面ライダーブルーフレイマー。平常時の倍の性能を発揮できる、フレイマーの新たな力だ。
『見た目が変わろうとオマエの金玉の運命はもう決まってるんだよォ!』
「さっきから金玉金玉ってうるせぇんだよ小学生かてめェコラ!!」
『ヒッ!?なんだ今の気迫はァ!?』
フレイマーは、苛立ちを隠そうともせずに声を荒げる。
「もうなんでもいいしどうでもいいからとにかく今は目の前のてめぇをブン殴りたくて仕方ねぇんだよ、だから俺の気が晴れるまでブン殴らせろコラ!!」
そう叫ぶと、武器すら持たずにフレイマーは飛びかかった。その勢いで、マンティスは校舎の外まで吹き飛ばされていく。
『ギャッ!?』
マンティスの複眼を、フレイマーの拳が撃ち抜く。その衝撃だけで、マンティスは数歩後ろに退がった。
「さっきその鎌で俺の剣ヘシ折ってくれたっけなァ!?今の俺の出す剣もヘシ折れるか試してみろよ、試させてやるよ!!」
フレイマーは狂気的に嗤うと、マテリアチューナーから鍵を抜き取り、別の鍵を突き刺した。
『Tune Slash Blade』『Slash Blade』『Slash Blade』
三本の剣を出現させると、そのうち二本を地面に突き立て、後の一本でマンティスに切りかかる。
『オレの鎌でヘシ折ってや……あァ!?』
「どうしたよ、そんなにビビっちゃってよォ!もしかしてアレか?ご自慢の腕の鎌をぶった切られて意気消沈ですってかァ!?」
構わず赤萩は切りつける。果てには、マンティスの腕のカッターは微塵切りとなり、そこにあったと気付かせないほどにまでなってしまった。
「おーおーどうしちまったのよさっきまでの威勢の良さはよォ!もしかしてもう終わりなんてつまらねぇコト言わねぇよな?」
立ち上がり、反撃を試みたマンティスに、強烈な打撃を浴びせる。
右手を出せば右手を攻め、左足を出せば左足を攻め、相手の攻撃を見切ったかのように振る舞った。
『ギッ……』
「オラ、大人しく負けを認めやがれ三下ァ!」
地面に突き立った二本の剣を投げ飛ばし、フレイマーは叫ぶ。
直後、フレイマーの右手が、マテリアチューナーのボタンを押した。
『Heat-Up Tuning Break!』
青い炎が、フレイマーの両足に集まる。両腕で地面を弾いて飛び上がり、
『ぐゲッ!?』
遠心力を活用した一撃が、マンティスの頭蓋に叩き込まれた。