仮面ライダーO   作:墓脇理世

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第37話「吐き出す『嫉妬』と憧れと」

 そこは、真っ白な世界であった。

 辺りを埋め尽くす白。一切の汚れを感じさせないそれは、美しさよりも、空虚さを纏っていた。

「ここは……あぁ、あの世って本当にあったんだな……」

 白い世界にただ一滴、真っ赤な影が滴り落ちる。

「亜矢が無事でいてくれてりゃいいが……黒薙なら、何とかしてくれるだろ」

 そのシルエット──赤萩陽希は、ひとり置いてきてしまった義妹を想い、拳を握りしめる。

「悪いな、亜矢……もう、目の前で誰かの命が散るところなんて見たくなかっただろうに……」

『てめぇのやったことをヒロイックに正当化してるとこ悪いが、俺はそんなことのためにお前を呼んだんじゃねぇぞ』

 不意に、もう一つの影が、赤萩の視界に現れた。その影は、赤萩を嘲笑うように躍動する。

「だ、れだ。誰だ、てめぇは……ッ!?」

『俺は俺だよ。誰よりも俺のことを知ってる俺だ。──そう、てめぇよりもな。赤萩陽希』

 その影が、赤萩と瓜二つなものに変化していく。

『なぁ、赤萩陽希。お前は分かってたはずだ。お前が死ねば、妹が悲しむと。それを知りながら、ヒーロー気取りで、お前が果たすべき、いいや果たさなければならなかった義務を黒薙に押し付けた。今のお前は何だ?赤萩陽希のガワを被っていながら、中身はてんでパチモンじゃねぇか!!』

「黙れ……俺の顔でふざけたことを抜かしてんじゃねぇよ!!」

 赤萩は、感情のままに、影へと拳を伸ばす。しかし、それが届くことはなかった。

『俺の顔、ねぇ。てめぇ、自分こそが赤萩陽希だなんて確証を持って言えんのか?あれだけ“らしくない”ことをやっといて、俺は赤萩陽希ですなんて名乗れんのかって聞いてんだよ三下』

 赤い影がせせら笑う。

「っつーか、そもそもここはどこなんだよ……まさかあの世とかアホなことは言わねぇよな?」

『あの世じゃねぇしそもそもてめぇはまだ死んでねぇよ。あのまま放っとけば死んでたけどな』

 嘲笑うような声で、影は続ける。

『ここは俗世の時間から切り離された空間。ここでどれだけ時間が過ぎようが、外では一秒たりとも進みやしねぇ』

 まぁ、十分くらいしたら勝手に締め出されるんだがな、と影は言う。

「……なるほどな。ワケわかんねぇけど、要するにお前は俺を助けてくれたってことか?」

『は?はぁぁぁぁ!?ふざけんなてめッ、俺がてめぇを助けたァ!?かッ、勘違いしてんじゃねぇよぶん殴られてぇのか!?』

「ハハッ、その顔で言っても説得力ねぇよバーカ!!俺の顔で亜矢みたいなこと言ってんじゃねぇ!!」

 ようやく弱みを見せた影に、赤萩は笑いかける。

「……で、俺は何をすればいいんだ?」

『……一応、ここで十分以内に俺を屈服させればてめぇの勝ちだ。もうカウントは始まってるけどな』

 涙目で、影は言う。

「俺が勝ったら、どうなるんだ?」

『てめぇは新たな力を手に入れる。最も、死人には不要な力かもしれねぇがな』

 挑発的な笑みを浮かべる影に、赤萩は笑みを返し、

「いいぜ、やってやろうじゃねぇか。お前が誰かなんてのはどうでもいいが、俺のパクリ野郎にナメられっぱなしのまま死ぬのも癪だしなァ!!」

 ドライバーを構えた。

『イイ顔になったじゃねぇか赤萩陽希!!それでこそ……こっちも潰し甲斐があるってモンだ!!』

 赤萩と、真っ赤な影。二人の体が、それぞれ別のものへと変質していく。

 


 

「寛也。君の負けだ。大人しくお縄にかかってもらおうか」

「フン。どこぞのヒーローに影響されたか知らないが……俺の陽動にまんまと引っかかったお前たちは、見てて愉快だったぞ」

「何を……ッ!?」

 森澄を撃破したのち、確保しようと腰を下ろした草壁だったが、森澄の不敵な笑みに、一瞬だけ怯んだ。その一瞬の隙に、森澄は拘束から抜け出して、大きく飛び退いた。

「明星学園の方に行ってみるといい。面白いものが見られるかもなぁ?」

「待て、寛也ァッ!!」

 森澄のレプリシューターから、白煙が巻き上がる。その姿が、霧に飲み込まれて消えていった。

「草壁せんぱい大変ですぅ!!」

「あァ!?どうした礼子!?」

 森澄を逃し、さらに面倒ごとを持ち込みそうな雰囲気を漂わせる多々羅に声を荒げる。直後、多々羅がもたらした事実は、やはり面倒ごと以外の何者でもなかった。

「明星学園が、怪人に襲われてるみたいですぅ!!どうしましょうどうしましょう!?」

 

 

「よし、そろそろ休憩にするか!!」

 時は少し遡り、午後三時ごろ。朝十時からぶっ通しで行われた特訓の最中で、牧瀬が不意に言った。

「黒薙、その辺のコンビニ行ってなんか買ってこい。三分以内に戻って来なかったら一分につき一発ブン殴る」

「テメェふざけt「いいからさっさと行けよこっちはわざわざお前のために訓練に時間割いてんだからよ!!」」

 牧瀬は黒薙の背中を強引に押し、その場を離れさせた。黒薙がいなくなったことを確認すると、牧瀬は携帯の電源を入れる。

「黒薙を鍛えてやるってのも意外と楽しいモンだよ。アイツの力は強くなるし、こっちも戦闘データを集められる」

 誰に語りかけるでもなく、自然と牧瀬は言葉を紡ぐ。

「『異能共鳴』の力があれば、一人で何人分ものサンプルになりうる。……ギャハハ!ようやく面白くなってきやがったじゃねぇか!!」

 その携帯には、あと二パーセントほどで埋まるグラフと──蛇を模した杖が、映し出されていた。

 

 

「ほい、何がいいか知らんし適当に色々買ってきt「ギャッハハ遅ぇよバーカ!!」ぶげェッ!?」

 三分後、黒薙がコンビニの袋を持って戻ってきたが、二秒ほど遅れていたために、ボディーブローを叩き込まれた。

「ちゃんと三分で戻ってきたんだから良いだろうがクソ野郎!!ブン殴るぞテメェ!!」

「ギャッハハ!!二秒もオーバーしてたんだから文句言うんじゃねぇよ黒薙ィ!!」

「たかが二秒じゃねぇかそんくらい許せよ気の利かねぇ野郎だなぁオイ!?」

 顔を真っ赤にして黒薙は怒る。しかし、牧瀬は気にせずに黒薙が買ってきたものを無遠慮に開け、それに食らいついた。

「戦いが終わったらテメェからしょっぴいてやるからなマジで……」

 黒薙もツナマヨおにぎりを開け、それに齧り付いた。

 

 

「……っつーかさ、前から疑問に思ってたんだが、僕らの持ってる『なんとかリンク』って何なんだ?普通の能力とは違うみたいだが」

 十分ほど後、三つほどおにぎりを平らげ、緑茶を流し込んで、黒薙は問うた。

「クソ簡単に言えば、並行世界にアクセスできる能力……ってヤツだな。それがどうかしたか?」

「いやお前ビックリするようなことをすげぇサラッと言いやがったな……」

 そうか?と牧瀬は笑った。

「まぁいいや。で、もう一つ気になってることがあるんだが……リンク能力は、どうやって覚醒するんだ?亜矢は一応昔から覚醒してたんだよな?」

「ギャッハ!!もしかしてお前、朱鷺澤のこと気にしてんな!?」

「黙れ黙れさっさと答えろ」

「そう急かすなよハッピー野郎」

 黒薙の問いに、牧瀬は下卑た笑みを浮かべて応える。

「リンク能力の覚醒は色々パターンがあるが……一番多いのは他のリンク能力者との接触だな。もともとリンク能力を得る可能性があるヤツがリンク能力者と長時間接触することで覚醒する」

 牧瀬は、数秒前とは打って変わって真剣な声色で語る。

「接触する能力者が多いほど覚醒の可能性は高まる。朱鷺澤の場合はお前と赤萩、二人と接してたからな。赤萩がいない時でも俺がいたし、まぁそりゃ目覚めることもあるだろうよ」

「じゃあ、僕のせいであいつはあそこまで狂っちまったってのか……?」

「早まんなよクソバカハッピー野郎。これはある意味摂理みたいなモンだぜ?」

 飲み干したほうじ茶のペットボトルを投げ捨てると、レプリシューターを抜き、その銃口が、黒薙へと突きつけられる。

「休憩は終わりだ。雑念は忘れろ。できねぇなら……ここで死ね」

「チッ、食後の過度な運動は良くねぇって知らねぇのかテメェ……ッ!」

 黒薙もドライバーを抜き、腰に装着しようとした──瞬間、そばに置いていた携帯がけたたましい音を鳴らした。

「あ、悪りぃちょっと電話出るわ……はい、こちら黒薙……あ?マジで言ってんのかテメェ!?……わかった、すぐ行く」

 電話を終えた黒薙は、表情を変えて踵を返した。

「悪りぃ牧瀬、明星学園が怪人に襲われてるらしい。……特訓はまた後で頼む」

 そして、オブリビオンランサーに跨り、黒薙は明星学園へと向かっていった。

「ギャハハッ!!なんだよ黒薙、もう十分に強ぇじゃねぇかよ!!」

 その背を見送った牧瀬は、高らかに笑っていた。

 


 

「チィッ、数が多すぎる……ッ!」

「泣き言言ってないで手を動かしてくださぁい!!怪我人のわたしも動いてるんですよぉ!?」

 明星学園では、プレデターとスキャンダルが、無数の怪人たちを相手に苦戦を強いられていた。一体一体はそれほど強くないものの、数があまりにも多すぎる。

「蒼哉、後ろだ!!」

「あぁもう邪魔なんですよ暴力乳女!!」

 グロリアスティックと、オブリビオンセイバー。二つの武器が振るわれ、周囲の怪人が一掃される。しかし、怪人の数は、まだ減らない。

「これだけ怪人がいるということは、どこかに主導者がいるはずね。……『スプレー』は周囲を一通り洗って」

 そこから少し離れた地点で、遠山が指示を出す。

『な〜にしてんのかな〜ぁ、いちいち探さなくてもぼくはここにいるよぅ?』

「……ッ!!貴様は……ッ!!」

 その遠山の背後に迫る、どす黒く純白の影。化野幻歩。マルチフェイス・シャトランは、狂気の笑みを浮かべながら、遠山へとにじり寄る。

『助けを呼んでも無駄だよぅ、だからぁ……大人しくぼくに殺されてねぃ!!』

「えぇ、できるものなら……やってみなさいッ!!」

 遠山の挑発と共に、マルチフェイスは飛び上がる。その拳が遠山を捉えた──瞬間。間に割って入るように、紫色のライダーが現れた。

「助かりましたよ、神蔵藤子さん!」

「例には及ばないよ。蒼哉も普段ご迷惑をおかけしているしね」

 2人は目配せし合うと、タッと立ち位置を入れ替える。

『今のそれさ〜ぁ、何したのぅ??』

「簡易型携帯発信機だよ小娘。存外、文明の利器には詳しくないようだね?」

 仮面の下で舌を出す神蔵。直後、マルチフェイスから放たれた光弾が、発信機を破壊した。

「おっと、自分の知らないところでコソコソやられるのはお好みじゃなかったかな?」

『いや〜ぁそれ好きなやつなんていないと思うけどねぃ?』

「ははっ、それもそうだね」

 アルテはグロリアスティックを構え、その先端をマルチフェイスへと向けて挑発する。

「まぁ、そういう話は割とどうでもいいから……かかってくるといい。そろそろ、君たちにも倒れてもらわないと困るんだよ」

『いいねぃ……きみごとグッチャグチャに潰して殺してあげるよぅ!!』

 マルチフェイスは、その挑発に乗り、アルテへと飛びかかった。

 

 

「草壁くん、雑魚の相手はこちらに任せて、今はとにかくあちらに向かって頂戴!!パラサイトが出た!!レーツェルちゃんも補助をお願い!!」

「チィッ、面倒な真似をしてくれる……ッ!!」

 その頃、マルチフェイスから離れた遠山は、プレデターの元へと向かっていた。

「あぁ〜もう数だけ多くて邪魔ですねぇ!!わたし一人で片付けられるわけないじゃないですかぁ!!」

「……うるさい。泣き言ばっか言ってないで少しは手を動かしたら?」

「うるさいのはあなたですよぉ!!って誰ですかぁ!?」

 プレデターもアルテもミストOOもいなくなり、一人で増え続ける雑魚の相手を任されたスキャンダルは、泣き言を漏らした。その背後に、レプリシューターを構えた少女が迫る。

「名乗るほどの者じゃない。ヒーローの妹。我欲に目が眩んで怪人になった、ただの愚者」

 銀髪の少女は自嘲的に笑うと、レプリシューターを迫る怪人に向けて放った。

『Queen Charge……Open“Jellyfish”』

 

 

『さて、俺のお目当てはそろそろ来る頃合いかな?』

「残念ながら来ませんよ。あなたがそのお目当てとやらにありつける可能性はゼロです」

 校舎の上に腰掛け、絶賛高みの見物中だったパラサイトの背後に、ミストOOとプレデターが現れた。

『おっと、青いOOにプレデターじゃないか。俺に向かってきてくれるのはいいんだけど、生憎と今俺は君たちの相手をする気はないんだよね。後にしてくれるかな?』

「断る、と言ったら?」

 プレデターの問いに、パラサイトは苦虫を噛み潰したような顔で答える。もっとも、怪人の表情など本人以外には解りもしないが。

『面倒だけど……仕方ないね。君たちを殺してお目当てに当たるとしよう!!』

「ほう?大口を叩くのは結構だ。しかし……私たちは貴様を止めに来ていることを忘れるなよ、ゲノムス=リボー。文字通り、ここからは戦争だ」

「草壁先輩も大概ビッグマウスですよね。怪我人なんですからもう少し大人しくしててもらわないと。……さて。始めましょう、限界のサリューをッ!!」

 


 

「ひっ……ひいぃっ!?」

 その頃、校舎内では、逃げ遅れた一人の女子生徒が、ファントムに襲われていた。

『恨むなら助けに現れないヒーローとやらを恨めよ』

 怪人の凶刃が、罪なき少女を狙う。今まさにその肢体が裂かれんとしたその瞬間、怪人の視界から少女の姿が消失した。

「あ、まず……ッ!」

 避難の誘導をしていた亜矢が、少女を突き飛ばしたのだ。しかし、怪人の腕は止まらない。亜矢へと、凶刃が振るわれる。

「……ったく、世話の焼ける女だよお前は」

 しかし、亜矢の身体には擦り傷一つつかなかった。逆光を受け、こちらを振り向くその影に、亜矢は涙を浮かべながら笑いかける。

「……ばか。遅いのよ、颯斗!!」

「悪りぃな亜矢。これでも飛ばしてきたんだぜ?」

 仮面を被ったその少年は、亜矢を真っ直ぐに見つめて、言った。

「男子三日会わざれば刮目して見よ、なんて格好つけたことを言うつもりはねぇ。……その子を連れて逃げろ」

「分かってるわよ……ホント、人遣いの荒いヒーロー様ね?」

「お前にだけは言われたくねぇよ」

 ニッと笑い、亜矢は少女の手を取った。

「さて……それじゃ、テメェは僕にブチ殺されたいってことでいいんだな?」

『それは困る。俺は死ぬためにここに出てきたわけじゃないんだよ』

 黒薙に鋒を向けられ、ファントムは肩をすくめる。

『俺の目的は、いいや俺たちの目的は、お前を……黒薙颯斗を誘き出すことだ。他がどうなろうと知ったことじゃない』

「あ?……なるほどな。アタマ湧いた異常者語は詳しくねぇんだが、切り結ぶまでもなくさっさと首叩き落としてくださいって意味で合ってたか?」

 空虚に笑うファントムに、何の躊躇もなく黒薙の剣が振るわれる。ファントムは大きく飛び退き、黒薙を挑発する。

『だが、俺の目的はただお前を誘き寄せることじゃない。ここでお前を心身共に叩き潰すことなんだよ』

 レプリシューターの光弾をいくつか放ち、饒舌にファントムは語る。

「チッ、その程度で僕を倒せるとでも思ってやがんのか?舐められたモンだなぁえぇおい?」

『あぁ、この程度でやれるなんて毛頭思ってないぞ。本命の到着までの時間稼ぎなんだな。……おっと、そうこう話してる間にも来たみたいだな』

 ファントムはけらけらと笑い、その背後から歩いてきた男に一礼した。

『それでは俺はこれで失礼。別の仕事をしにいく必要があるんでね』

 怪人の背が遠ざかっていく。それとは真逆に、黒薙へと歩み寄る影。それは、確かに黒薙の心を折ることができる相手で。

「まったく……心配したんだぞ、黒薙。ここしばらくの間、どこに行っていたんだ?お前も牧瀬も朱鷺澤もいない。流石の俺も人並みに寂しさというものを感じたさ」

 艶のある黒髪。腰まで伸ばされた、美しい髪。見るものを魅了する、端正な顔立ち。黒薙には、確かにその男の姿に見覚えがあった。

「は、やみ……?何でお前がこんなところに…………」

 黒薙が知る男は、厳格そうな風貌の中に、確かな優しさを孕んでいたはずだ。それがどうだ。今の彼に、そんなものがあるように見えるのか。

「お前に会いたかったからに決まっているじゃないか。どうした親友。そんな怯えた目をして、お前らしくもない」

 黒薙の知る彼の笑みは、もっと柔和なものであったはずだ。間違っても、こんな空虚なものではなかったはずだ。

「もう一度聞くが、お前はここしばらくの間何をしていたんだ?……あぁ、いや、いい。忘れていたよ。お前は、いいやお前たちは、確か『特別』だったな」

 鬱屈とした笑みで、親友が笑いかける。その右手に握られた鍵が、腰のベルトに装着された銃へと装填される。

「あぁ、妬ましいよ。特別な才能も何もない自分が憎らしいよ。妬ましくて、憎らしくて、愚かしくて、腹立たしくて…………殺意すら湧く」

 長身の美丈夫が銃を抜き、それを黒薙へと突きつけた。

「だから……お前を倒して、俺の『平凡』を少しは正当化させてくれ。解錠」

『Rook Charge……Open“Envy”』

 かつての親友の身体が、歪んだ鎧に包まれていく。その様子に、黒薙には、言葉を紡ぐことすら叶わなかった。

『行くぞ、黒薙』

 しかし、現実は無情にも、黒薙へと襲いかかる。

 


 

『どうした黒薙、そんなに怯えていても何も変わらないぞ』

 早見が変身した怪人──エンヴィ・シャトランの拳が迫る。予想外の事態に、黒薙の反応が一瞬遅れる。

「が……ッ!?」

 黒薙の身体がくの字に折れ曲がり、数メートル吹き飛ばされた。しかし、エンヴィの攻撃は、終わらない。

『どうした、そんなものか?お前はもっと強いはずだろ、そんなお前を倒しても『特別』は得られないだろうが!!』

 エンヴィは、黒薙の首を掴み、無理矢理に立たせると、その顔にもう一度打撃を叩き込んだ。

「……ッ、どうしても、引く気はねぇってか……ッ!!」

 その拳を受け止め、黒薙は舌打ちする。

「だったらいいぜ……テメェが何を考えていようが知ったこっちゃねぇ。まずはテメェをブッ倒す……ッ!!」

『Materia Breaker! Materia Trinity!!!』

 ドライバーに、二つの拡張デバイスが接続される。エンヴィの拳を空中に逸らし、生まれた一瞬の隙に、黒薙の左手がレバーを倒した。

『Oh! Trine OO! Excellent!!』

 黒薙の身体を、三色のリングがすり抜ける。三つの力を使いこなすトラインフォームに変身し、黒薙は襲いかかるエンヴィに応戦する。

「目を覚ましやがれ、早見!!テメェはこっちに来るべき人間じゃねぇ!!」

『黙れ黒薙!!お前に俺の何がわかる!?俺が、どれだけ……ッ!!』

 OOの言葉も、怪人と化した親友には届かない。

 エンヴィの拳が再びOOに迫る。だが、一度戦闘態勢に入ったOOの前に、素人のテレフォンパンチを避ける程度、造作もないことで。

「バカ野郎が……その程度で、僕に勝てるわけがねぇだろうがッ!!」

 エンヴィの腹部に、OOの拳が深く沈み込む。苦し紛れの反撃の寸前に、大きく飛び退いて回避。マテリアトリロエッジを出現させ、遠距離からの刺突を繰り出した。

『か……ッ!?く、ろなぎィ……ッ!!』

「悪く思うなよ……今から、目ェ覚まさせてやるからなァッ!!」

 ドライバーからマテリアブレイカーを引き抜き、マテリアトリロエッジへと装填する。電子音とともに、渾身の一撃が放たれる。

『Material Attack! Trinity Spin Slash!!!』

 横薙ぎの一撃が、エンヴィの鎧を切り裂いた。

(何の脈絡もなくあんなことをしたんだ。菱杖あたりに何かされたに決まってる。だとすりゃ、マテリアブレイカーの力で洗脳が解けるはずだ……!!)

 勝利を確信しながら、OOはエンヴィへと歩み寄った。直後、起き上がったエンヴィが、油断し切ったOOの頬を打ち抜いた。

『……あぁ。お前は強いよ。強いし、何より『特別』だ。お前も、赤萩も、牧瀬も、朱鷺澤も、みんな光り輝く『特別』を持ってる。お前たちがそんなだから、俺は……ッ!!』

 エンヴィの纏うオーラが、さらにどす黒いものへと変貌していく。だが、OOの注目は、そんなものではなく。

「ま、さか……お前、自分で…………ッ!?」

『あぁそうだよ。まさかとは思うが、誰かに操られていて欲しいとでも思ってたのか?……流石はヒーローだな。どこまでも薄っぺらい理想主義者が』

 エンヴィの口が、鋭くOOを切りつけた。

 


 

「早見……テメェ、何があってそっちに堕ちやがった!?そんなのテメェらしくねぇだろ!?」

『俺らしい、か……そうやって今までずっと俺のことを見下してきたのか?こいつは何の力もない一般人だからと、俺のことを見下してきたのか!?』

 エンヴィの力が、感情とともに、また少し強まる。暴風を伴う拳は、OOから回避の選択肢を奪う。

(チッ、何があったか知らねぇが……ひとまず、こいつを止める……ッ!!)

 槍を振るい、風をかき消す。しかし、拳の勢いは、衰えることなく黒薙を突き飛ばした。

「が……ッ!?」

 OOの身体が、十メートル強に渡って吹き飛ばされる。花壇に落ちそうになったが、寸前で踏み止まった。

『そら、動きが止まっているぞ黒薙ッ!!』

 追撃が迫る。その一撃を裏拳で逸らすと、エンヴィの腹部に蹴りを叩き込んだ。エンヴィの身体が、先程のOOのように、かなりの長距離を舞う。

『Time Master!』

 真っ赤な残像を残し、OOはエンヴィの落下地点まで先回りすると、無造作に拳を振り下ろした。アスファルトにヒビが走る。だが、エンヴィは、まだ倒れない。

『あぁ、やっぱりお前は強いよ、黒薙。俺なんかじゃとても敵いっこない。……俺はな、そんな強いお前が…………』

 立ち上がったエンヴィが、地面を蹴る。先程以上の速度で飛来する拳の弾丸が、OOへと突き刺さる。

「が、ァ……ッ!?」

『…………心底、羨ましかったよ』

 エンヴィの拳がOOを押し、グラウンドの柵へと叩きつける。手を引き、改めて拳を握り、エンヴィはOOを見下ろした。

『これで俺も……少しは強くなれたのかな』

「ハッ。ンなことかよ……甘ぇな、早見。一度敵対した相手なら、感慨に浸ってる暇があれば追撃すべきだぞ」

 エンヴィの鳩尾に、OOの爪先が突き刺さり、空中に浮かび上がったエンヴィに、無数の光弾が襲いかかる。

「なぁ、もういいだろ、早見。これ以上やったって得られるモンなんざ何もねぇ。今から自首すりゃ執行猶予くらいならつく。だから……投降しろ、早見。僕も、お前と戦いたくねぇんだよ……ッ!!」

 銃口を突き付けながら、OOは言う。

『得られるものは何もない。……そんなことは、俺が一番よくわかってるさ』

 だが、エンヴィは、物怖じせずに、OOの手首を蹴り上げた。

『お前と戦うことが無駄だということも、とうにわかっている。わかっていても、後には引けないんだよ……ッ!!』

 タッと飛び退き、レプリシューターの後部のマテリアピースを、再度装填した。

『俺は、力が欲しかった!!『特別』なお前たちにも負けないような、ひたすらに強い力が!!』

 ショッキングピンクの光が、その銃口へと収束していく。

「……そうかよ。僕は、友達のお前のこと、何にも分かってなかったんだな」

 同じく、OOもオブリビオンセイバーにマテリアトリニティを装填する。

「……だからって、怪人の力に手を出したのを見逃すかどうかは別問題だがな」

 三色の光が、銃口で煌びやかに瞬いた。

『Envy Drive』

『Oblivion Trine Blast!!!』

 二つの光弾が、空中でせめぎ合う。その衝突の余波が、二人をじりじりと後退させる。

「ぐ……ッ!?がァッ!?」

 光が弾け、一際大きな衝撃波を生み出した。その勢いで、二人は大きく吹き飛ばされた。

 ドン!!鈍い音が響いた。校舎にOOの身体が衝突し、無数の瓦礫が生み出される。それらが、避難を誘導していたある教師へと落ちていく。

(まずい、これじゃ間に合わねぇ……ッ!?)

 ガン!!瓦礫が地面に落ち、無数の破片を辺り一面にぶち撒けた。

 


 

『……大丈夫、でしたか?』

 だが、その瓦礫が教師の肉を潰すことはなかった。エンヴィがその教師を確保し、射線上から逃がしたからだ。

「君は……?」

『早く行ってください、好田先生。怪人と一緒にいるところを見られては、あなたも危険でしょう』

 そう語りかけると、エンヴィは好田の背を優しく押した。好田は一瞬だけエンヴィの方を振り返ると、頭を下げて外へと向かっていった。

「……ありがとう、早見。お前が助けてなかったら、好田先生は間違いなく潰れてた」

『ふざけるな黒薙、俺は別に感謝されるようなことなどしていない。無辜の市民を巻き込むのを避けただけだ』

「はは、そうかよ」

 エンヴィは当然のように語る。それを見て、OOは笑いながら、こう言った。

「……ったく、何が『平凡』だよ。咄嗟に誰かを助けられる時点で、お前は平凡な一般市民なんかじゃねぇよな。なんでそんなことにも気づかなかったんだ」

『何を……今更そんな嘘で俺が気を許すと思うのか?』

「嘘じゃねぇよ。嘘だったら……こんな小っ恥ずかしいこと、言えるわけねぇだろ」

 OOは頬を掻き、エンヴィを真っ直ぐに見据えた。

「怪人の力に手を出して、僕をここまで追い詰めて……ヒーローが助けられなかった相手を助けた。お前はもう、どこまでも『特別』なヒーローだよ」

 武器を消滅させて、OOはエンヴィへと歩み寄る。

「いや、違うか。お前は最初から、自分で気付いてないだけで『特別』なヒーローだった。僕も、何回もお前に助けられたしな」

 マスク越しの瞳が、怪人の奥にいる早見へと光を差し出す。

「僕が朱鷺澤と喧嘩して落ち込んでた時、お前は僕を励ましてくれたよな。正直、気恥ずかしくて言えなかったけど、あの時、僕……すげぇ嬉しかったんだよ」

 黒薙の身体を包んでいた鎧が、少しずつ剥がれ落ちていく。

「それから、修学旅行の時も……僕らが多々羅に絡まれてる時も、フローラ=レーギンレイヴの誤解で僕がボコられてた時も、お前は助け舟を出してくれた。……その、ずっと言えてなかったんだけど、あの時めちゃくちゃ感謝してたんだよ」

 装甲一つ纏っていない、普段のままの黒薙で、エンヴィへと向かう。

「だから、頼むよ。……僕は、お前と戦いたくない」

 その言葉を聞き届けたエンヴィも、同様に装甲が剥がれていく。

「……俺だって、お前と戦いたくなんてなかったよ。でも、お前は、お前が……ッ!!」

 早見の右手から、レプリシューターがするりと抜け落ちる。

「お前を倒そうと思ってた、そうすれば俺もお前みたいに『特別』になれるんだと!!なのに……なのに、そんなことを言われたら……ッ!!」

 そして、膝から崩れ落ちた。

「……ずるいな、黒薙。そんなこと言われたら、もうお前と戦えるわけがないだろ」

「悪りぃな早見。これが僕だ。で、今回の戦いは僕の勝ちってことでいいか?」

「良くないが……いや、まぁそういうことにしておいてやろう」

 憑き物が落ちたような爽やかな笑みで、早見は答える。

「……一つ聞きたいんだが、これからどうするつもりだ?」

 背を向ける早見に、黒薙は問いかける。

「俺は『ヒーロー』なんだろ?だったらやることは一つしかないな」

 対する早見は、明るく応える。

「……なるほどな。ま、危なくなったら僕を頼ってくれでもいいんだぜ、ヒーロー?」

「はは、お前から泣きついてくることになっても知らないからな」

 二人は、拳を合わせて笑い合った。




 墓脇です。
 今回の話は、割と初期から温めてたネタになります。黒薙や亜矢、牧瀬に朱鷺澤が特別なものを持っている中、一人だけ平々凡々な自分に嫌気が差していた早見ですが、別に黒薙のことを嫌いなわけではないので、優しくされただけですぐにオチてしまいました。黒×早です。黒薙は亜矢以外に対しては基本的に攻めです。ちなみにこちらはオタクの妄言ですので流していただいて結構です。公式じゃないです。
 というわけで、墓脇でした。
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