仮面ライダーO   作:墓脇理世

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第39話「『双翼』は凍え、新たな力と」

 かつての自分に打ち勝つと覚悟を決めてからのフレイマーは、強かった。

(遅い。さっきまであんなに恐ろしく見えたバケモンが、今じゃ止まって見える。いや、違ぇ。遅かったのはアイツじゃねぇんだ)

 アルターフレイマーの拳を最低限の動きで躱し、流れるように反撃を繰り出す。全力を込めた一撃に、影は吹き飛ばされた。

(見える。どうすれば相手を倒せるか、いや、自分に打ち勝てるかが見える!!俺は、勝てる!!)

『チッ……ちっとばかしノリにノってきたからって図に乗ってんじゃ……ねェッ!!』

 追撃のために飛びかかったフレイマーの鳩尾に、アルターフレイマーの爪先が突き刺さる。

「が……ッ!!」

『その程度で俺を倒せると思ってんじゃねぇぞ赤萩陽希!!』

 影の追撃は、フレイマーの反撃に掻き消される。何の武器も持たない、ただの拳が、アルターフレイマーを吹き飛ばす。

「俺はお前を倒す!!自分に負けたままじゃ、死んでも死にきれねぇんだよッ!!」

 赤萩の拳が、紅蓮の炎を纏う。

「だから、いい加減大人しくやられてくれ、クソ野郎ッ!!」

 炎の拳が、影を焼き払った。

 白の世界が焼き尽くされ、端から徐々に消えていく。

 赤萩の意識も同様に、炎に巻かれて溶けていく。

 消えゆく意識の中で、紅い影が、笑ったように見えた。

 


 

「亜矢。水削先生の様子はどうだ?」

「大丈夫のはずよ。ちょっと前に意識は取り戻したっぽい。ただ、結構精神的に傷ついてるっぽくて、その……行かなきゃダメだってわかってるんだけど、怖くて」

「おいおい、自分で面倒見るっつったんだから最後まで貫いてくれよ」

 翌日の放課後、黒薙は病院に来ていた。あれ以来気を失ったままだった水削の見舞いに来たのだが、亜矢からそう告げられ、呆れたような声を出した。

「……よし、行くぞ亜矢。僕は性格が悪いから水削先生を必要以上に傷つけちまうかもしれねぇ。だからついて来い」

「……ったく、人遣いの荒いクソ彼氏ね」

「うるせぇそもそも助けるっつったのに尻込みしてるお前にゃ言われたくねぇよ」

 罵り合いながら、ふたりは病室へと向かった。

 

 

「先生、今大丈夫ですか」

「ひっ……こっ、来ないでください……っ!!」

「まぁダメって言っても入りますけどね」

 黒薙は、半ば強引に踏み入った。

「ちょっと颯斗アンタマジで何やってんのよ……あ、ごめんね先生。うちの彼氏がちょっと迷惑かけちゃうけど許してあげて」

 目を逸らしながら、亜矢もカーテンの中に入った。

「ねぇ先生。先生が一番辛いってことはわかってるんだけど、一つだけ聞かせてもらっていいかしら」

「な、何をですか……?」

「先生が怪人の力を手に入れた経緯について、話せるところだけでも教えてほしいの」

 亜矢は、真っ直ぐな視線を水削に向ける。

「っつーか、隠しても無駄ですよ先生。先生が言わなくても、僕らは勝手に真相を探り当てる。先生が教えてくれるなら真相を小さく切り分けて伝えられますけど、隠すなら、僕らは真相を全部掴んじまう。……これって、結構先生にとっても有利な状況じゃないですか?」

 続けて、黒薙が脅迫じみた言葉を紡ぐ。

(ちょっと颯斗アンタ流石にそれは……)

(うるせぇな今の状況で手段選んでもいられんだろ)

 小声で亜矢が咎めたが、黒薙は気にもせずに水削の答えを待つ。

「……そう、ですね。私がやったことです、せめてわたしが責任を取らないと、ですね」

 しばしの思考ののち、水削は顔を上げて語り始めた。

 

 

「……亜矢ちゃんは、私と透流くんが交際していたことは知っていますよね?」

「それは、まぁ……」

「……そして、あの事件以来、私と彼は連絡が取れていないことも」

 水削は語る。

「ほんの数日前です。突然、透流くんが私の家に押しかけてきて……これを渡されたんです」

 レプリシューターとマテリアピースを取り出して、ふたりに見せた。

「……ねぇ先生、その時、菱杖透流は何か言ってた?」

「いえ、特には…………」

 水削の返答を聞き、亜矢は少しの思考を挟む。黒薙も同様に首を捻った。

「……ありがとう先生。辛いのにわざわざ教えてくれて」

 そう言って、ふたりは病室を出た。

 

 

「……颯斗。先生のあの言葉、ちょっと違和感覚えなかった?」

 自販機で買った牛乳を飲みながら、亜矢は隣を歩く黒薙に問うた。

「違和感っつーか……昨日、森澄とかいうクソが言ってたのと重なったよ」

 バナナオレを飲みながら、黒薙は答えた。

「アレが言ってたことが百パーセント事実だとしたら、先生に怪人の力を与えたのはあのクソ野郎ってことになる。……ただ、そう考えると一つだけ妙なところがあるんだよな」

 ズズ、と空になった紙パックを吸って音を出すと、黒薙は言う。

「森澄の能力が自分の好きに対象に幻覚を見せる能力だとして、あんないい人が恋人に言われただけで怪人になるとはとてもじゃねぇが思えねぇ。それに……」

 飲み干した紙パックをゴミ箱に放り込んで、黒薙は言った。

「そもそも菱杖が先生の恋人だって知ってて、わざわざ菱杖にケンカを売るような真似するか?あのクソ野郎がそこまで先生を愛してるかどうかは知らねぇが」

 


 

「……早見、別にいつまでもここに残らなくてもいいんだぞ?」

「いえ、先生がそのようになってしまったのは、元はと言えば俺がちゃんと警戒していないからで……」

「そうは言うが、あれは防ぎようがなかっただろ?君が気に病む必要はない」

 その頃、別の病室では、早見と好田が話していた。

「……それにしても、何があったのかな。しずくがなんの考えもなしにあんなことするとは思えない」

「……先生と水削先生は、確か同い年でしたね。もしかして、昔からの友人だったりしますか?」

 早見の問いに、好田は微笑みながら応える。

「まぁね。……話すとちょっと長くなるかもだけど、聞くか?」

「……話していただけるのであれば」

 ふっと笑みを濃いものにし、好田は過去を語り始めた。

 

 

「私としずくが出会ったのは……そうだな、高一のときだから、まぁだいたい干支が一周するかしないかというところか」

 好田は語る。

「昔の私はそこそこに荒んでいてね、この街の治安も今よりずっと悪かったし、まぁ喧嘩の絶えない日常だったよ」

 失望したかい?好田は問いかけた。早見は首を横に振った。

「そんなスケバンJKだった私は、ある日、学校内で小さな女の子が虐められていたのを目にしてね。放っておいてもよかったのに、その様子がやけに癪に触って……虐めてた腑抜け女どもを全員その場で捻り潰した」

 けろっと語る好田に、思わず早見の頬を冷や汗が伝った。やましいことなど何もないはずなのに、だ。

「まぁここまで話せばわかるだろうけど、その時虐められてたのがしずくだった……というわけさ」

 誇らしげに笑い、好田は続ける。

「正直、当時の私は恥ずかしながら人と群れないことがカッコいいんだと思っていてね。一回気まぐれで助けてやっただけのドチビにまとわりつかれて内心ブチギレそうだったんだ」

 今の関係性からは想像もできない言葉を吐きながら、好田は今日一番の笑みを見せた。

 

 

『はぁ……なんでオマエはいちいち私に付き纏うんだ、邪魔だから失せな』

『ぴゃっ!?で、でもぉ……わたし、一人でいるとまた虐められ……』

『あ?つまりなんだ、オマエは私を体のいいスケープゴートとでも思ってるってわけか』

 好田は当時のことを思い出す。この小動物のような少女に苛つきながらも、結局は押しに負けてこうして毎日のように昼食を共にするようにまでなってしまった。

『……ったく、そんな泣きそうな顔すんなっての』

 目の前にいる、触れれば壊れてしまいそうなほどに脆い少女に、かつての好田はどうしたか。

『……ふふっ、詩帆ちゃんって、なんだかお母さんみたいだね』

『……ぁ?はぁぁぁ!?オマッ、急に何言って…………ッ!!』

 自らの頭を撫でる手のぬくもりに触れ、小さな少女が笑った。

『……好田。この私の前でよくもそんな大声を出せたな?エレガンスに欠ける小娘め』

『あァ!?やっべ剣持じゃねェかおい逃げるぞドチビィ!!』

『逃すと思うのかねバッドガール?』

 不意のことに大声を出して、当時の恩師に咎められたりもした。今でこそ恩師と同じ学校に働くことになっているのだが、当時の彼女を知るものに言っても、誰が信じないだろう。

 

 

「……仲、よろしかったんですね」

「まぁ、その後も色々あって無二の親友になったってわけだな。……なんというか、しずくが怪人になってしまったことというよりはむしろ、何の相談もなくあんな力に手を出してしまったことが悲しいな」

 伏し目がちに好田が言った瞬間、病室の扉が開かれた。

「……詩帆、あなたに、謝りに来ました」

 


 

「……っつーわけで多々羅、水削先生と菱杖透流がどんな感じだったか知らねぇか?」

 それから数十分後、多々羅を呼び出し、そのことを問うていた。多々羅の表情は暗いものだったが、昨日、倒したはずの森澄を逃がし、先程までずっと探し回っていた疲れからくるものであろう。

「うーん……そこまで悪い関係じゃなかったと思いますけどねぇ。だってわたしが怪人のときも、せんせいのことはそこそこ気にしてましたしぃ」

 多々羅はベレー帽を指先でクルクルと弄びながら答える。

「どんな風に気にしてたのか答えてもらえるかしら?」

「えぇと……なんでしょう、突然水削せんせいを置いて一人で勝手にやらかしたことの懺悔とかしだしたりしてましたねぇ〜」

 髪をいじりながら、多々羅は記憶を辿る。

「まぁあのひといっつもお酒飲んでましたしぃ〜、頭までアルコールに侵されてたんじゃないですかねぇ〜」

 ぽいっとベレー帽を上に投げ、すぽっと頭にジャストフィットさせて、多々羅は言った。

「……ただ、本当に心から愛していたとは思います。酔った拍子に本心が出るって話はよく聞きますしぃ」

 側に置いていた鞄を持ち、多々羅は黒薙たちに背を向けた。

「それじゃ、わたしは森澄せんぱいの能力を食らった人たち中心に聞き込みしてきますからここで失礼しますねぇ〜」

 

 

「……菱杖と水削先生の仲が悪くないことはわかったけど、ますます謎が深まったわね」

 多々羅の話を聞き、亜矢は頭を抱える。

「一応報道部だったあの野郎が水削先生と菱杖透流の関係を知らなかったとは思えねぇ、んだよな」

 黒薙も思考を走らせるが、結論は一向に出てこない。

「そもそも、僕らはあの野郎の能力の詳細を知らねぇんだよな。……よし、調べてみるか」

 黒薙は携帯を取り出すと、身近な相手に電話を繋いだ。

『はい、もしもし。遠山です……って黒薙くんだったのね。私もそこそこ忙しいんだけど、何か用でもあるのかしら?』

「あーはい委員長。用もなけりゃあんたみたいな碌でもない人に電話なんてかけませんよ僕は」

『碌でもないのは黒薙くんもでしょう?……で、その用というのは?』

 カチャカチャと、機械をいじるような音を鳴らしつつ、遠山は応答する。

「森澄寛也の能力について、そっちからバンクにアクセスしてもらえます?」

『あぁ、あの怪人の。……はいはい、ちょい待ってね』

 キンと、一際高い金属音が響いた。工具か何かを落としたのだろう。

『……お待たせ。取り敢えずは重要そうなところだけ伝えるわ。詳しくはデータを送るから勝手にそちらを参照して』

 数分後、少し息を切らせて遠山が言った。

『森澄寛也の能力は『幻惑眼光(ヒュプノスライト)』。ランク5の精神干渉能力で、目を合わせた相手に幻覚を見せるというものね』

 火花が散る音が電話越しに伝わる。

「……とはいえ、あの時の先生の感じからして、意識そのものに干渉してるように見えたんすよね」

『向こうには“sister”がある。安定利用できるらしい、完全なものが。だとすれば、森澄寛也の能力が記録以上のものだとしてもなんら不思議ではないでしょう?』

 疲れから頭が働かない黒薙を嘲るように、遠山は適当に答えた。

「……っつーか気になってたんすけどさっきから何してんすかあんた?キンキンキンキンうるさくて仕方ねぇ」

『あら失礼。……技術者にもいろいろあるのよ。ま、黒薙くんに不利益をもたらすものではないから安心してくださいな』

 そう答えると、遠山は通話を切った。

 


 

 それは、昨夜遅くのことだった。

「おや、菱杖センセイ。何を作っているんだい?」

「いえ、少し前にダガーの力を使ったにも関わらず黒薙くんに負けてしまいましたからねぇ……敗因はワタシがダガーの力を完全に引き出せなかったことにありますし、向こうがアイテムを作ってくるならこちらも同じことをしてやるまでですよ」

 菱杖は、憎々しげに語る。

「ふぅん……マテリアブレイカーとやらとそっくりな形をしているけど、それは彼らへの当てつけのつもりかな?」

「まぁそんなところです。それに、本命はこちらですが……こちらが完成すれば、ある程度の戦力は保証されます。ロベリアさんもいかがですか?」

 レプリシューターと同じ形をした真っ白な試作機を手に取り、菱杖は問う。

「いや、僕はいいかな。僕は今、クラウンが作っている武器に興味津々でね」

 ロベリアは傲岸不遜な笑みを浮かべ、一枚の紙を取り出した。

「僕はこの街の総てを識っている。そう名乗っているからには、機密なども全て網羅しなければならない。そうだろう、センセイ?」

 杖のようなものが描かれた紙をひらひらと見せびらかし、ロベリアは笑う。

「……ソレはなんでしょう?」

「さぁね。見たところ、強大なまでのエネルギーを制御するための道具といったところか」

 疑問を口に出した菱杖に、ロベリアは歌うように答える。

「ただ、クラウンがこれを完成させたとして、そのままじゃ僕の望む力は得られないんだよね」

 傍らに佇む、バニーガール姿の朱鷺澤からワイングラスを受け取り、ロベリアはぼやいた。

「……ところでロベリアさん?先程から気になっていたのですが、なぜこんな格好の朱鷺澤くんを侍らせているんですか貴方?見ていてこちらが寒くなってくるのですがねぇ」

 そんな光景を見て、菱杖はため息をついた。騒がれるとうるさいからという理由で自分の能力をかけてやっているつもりだったが、まさかいかがわしいことに悪用する馬鹿がいるとは、とでも言わんばかりに缶チューハイを流し込んだ。

「……まっず。やはり安い酒は駄目ですね、酔いたいだけのバカ大学生の青春の味がします」

「おや、それはセンセイの体験からくる喩えかい?」

「えぇそうですよ。酔えればなんでもいい、最悪の大学生だったのがワタシですとも。その悪癖が、最近になってようやく身になり始めているのですがねぇ」

 菱杖は自嘲的に笑うと、残ったアルコールを飲み干した。

「ヒーローなど誰一人立ち上がれないほどに砕き、挫き……歯向かう者は全て叩き伏せ、ワタシがこの街を支配する。……そうすれば、あの男への復讐の機会も回ってくるはずですからねぇ」

 モニターと向き合いながら、誰に言うでもなく、そう呟いた。

「いいねぇ。この腐った街を滅ぼしてやるのも一興かと思ったけど、センセイが支配してくれるのなら、僕も安心できるか」

 朱鷺澤の頭を撫でながら、ロベリアも呟いた。

「ギヒッ、ギャハハッ!!こんな辛気臭ぇ場所に篭ってたってワケか!!先生ともあろうモンが随分と落ちぶれちまったみたいだな!!」

 そんな中、静寂を裂くように、底抜けに明るいだけの声が響く。

「おっと……先日ぶりですねぇクラウン?自分から狩られに来てくれるとは僥倖、貴方が生きているとこちらもそこそこ厄介ですので、ここで死んでいただきましょうか!!」

 菱杖はドライバーを構え、叫ぶ。

「ギャッハハ!!安心しろよ元クロージャー!!オレは今お前たちとコトを起こすつもりはねぇからよ!!」

 しかし、牧瀬は両手を挙げて言った。その拍子に、ゴツンと鈍い音が響く。彼が片手で引きずってきたモノが床に倒れたのだ。

「あれは……森澄寛也くんかな?」

「おっ、正解だよ『輪廻共存(サンサーラリンク)』!!ファントムの替え玉かなんかなんだろ、ソイツ?オレの愉しみを損ねやがったから潰しといたぜ」

 森澄の首元を掴むと、菱杖の足元まで投げ渡し、経緯を話した。

「…………なるほど。よォく解りましたよ。それが真実かどうかはコレの脳内を覗けば一眼でわかるでしょう。とはいえ、貴方がコレをワタシに返す理由はないのでは?」

 いつにもなく冷徹な声で、菱杖は絞り出す。

「理由?ギャハッ、決まってんだろ、オレの目的はオレが愉しむことだけだからなァ!!」

 下卑た笑みを浮かべて、牧瀬は高らかに嗤った。

 


 

「ここは……どういうことだ、何故俺が拘束されている!?」

 時は巻き戻る。空も紅くなり始めた頃に、森澄は目を覚ました。もっとも、わずかな明かりのみが照らす閉鎖空間に、時間の概念などあったものではないが。

(ここは懲罰房ではないはず。ならどこだって言うんだ!?執行衛兵以外に捕まるようなことをした覚えはないぞ!?)

 両手に枷をつけられ、森澄は思考する。カツン、カツンと足音が近付くにつれ、鼓動が早くなっていく。

「おっと、お目覚めのようだね?」

 森澄の前に現れたのは、怪人の根城にはいるはずのない久城だ。

「久城……?答えろ、ここは何処だ!!俺はこの陰謀に塗れた街を暴いて、俺を侮辱した奴らを潰さなければ……」

「答えろ、はボクの台詞なんだよね。キミのくだらない質問に答えてもらいたかったら、まずはボクの質問に答えてもらわないとね」

 久城は冷めた瞳で、森澄を見下す。

「キミは報道部の一員だ。才能もなければ、それを補うだけの努力すらしない愚図。そんな無能のキミでも、一応報道部に籍を置いている以上はそう呼んであげるのが筋だよね?……なんて、キミに語りかけても理解できないか。バカにはわからないよね、ごめんごめん」

 感情のない嘲りが、閉された世界にこだまする。

「誰がバカだ……俺はお前のその人を小馬鹿にしたような態度が大嫌いだったんだよ!!才能だけのクソ売女が!!」

「吠えるだけ吠えればいいよ。才能のカケラもないゴミがいくら喚いたところで、それは負け犬の遠吠えでしかないんだから……じゃあ、質問の方に移らせてもらうよ」

 声の温度がさらに低下し、絶対零度の威圧感を孕む。

「キミは無能なりに情報集めには拘っていた。その一点は評価するよ。だからこそ聞きたいんだけど……キミは菱杖センセイが水削センセイと恋人関係にあることを知っていた。だとすれば、どうしてあんな真似に走ったのかな?」

 久城の凍えきった眼が、森澄の脳を突き刺した。

「……ッフ、ハッハハハ!!どうして?決まってるだろ!!あの水削とかいうチビ売女が俺を侮辱したからだよ!!あの売女は、人前で俺の服装を嘲笑った!!あの侮辱に晒される気持ちがお前にわかるのか!?」

 久城の問いに、森澄は壊れたように笑う。

「だから、だからあれを利用した!!最愛の男の言葉と良心の板挟みにされて心を押しつぶされる様は見ていて滑稽だった!!そして、強化した俺の能力であれを操り、友人を傷つけさせたというわけだ!!どうだ、笑えるだろ!?あの売女は希望も何も全て失い、さぞ絶望してくれるだろう、よ……ッ!?」

 そこまで口にしたところで、目の前の久城の姿が歪み始めた。

「……えぇ、えぇ、なるほどなるほど、なるほどねぇ。二日酔いを覚ましてくれたことだけは許してあげますかねぇ?」

 そして、長身の男がそこに現れた。男は、翳りを帯びた眼で森澄を見据える。

「な……ッ、何故だッ、なぜお前が久城の姿を……ッ!?」

「貴方が寝ている間に能力を仕掛けさせていただきました。洗脳自体は起きている相手にしか使えないようでしたが、どうやら副産物の方は気を失った相手にも通用するようですね」

 感情を殺した声が、淡々と紡がれる。

「試作機のテスト相手を探していましたが、ようやく見つかってくれて助かりましたよ」

 菱杖の唇が、真横に引き裂かれた。同時に放たれた旋風の刃が、森澄の拘束と、左腕の肘から下を切り落とす。

「あッ、ぎぃァァァァァッ!?」

 その拍子に、森澄の懐からレプリシューターとマテリアピースが転がり落ちた。

「さぁ、変身してくださいよ問題児。そのために片腕は残して差し上げたんですから」

 足元に転がる左手を踏み躙りながら、菱杖は無機質に笑う。

「ひィッ、いィィ……ッ、かい、じょォ……ッ!!」

 右手一つでマテリアピースを装填し、引き金を引いた森澄だったが、変身してからも、その左腕は引きちぎれたままだった。

「えぇ、えぇ、そうでなければこちらも試し甲斐がないというもの。……さて、ここらで絶滅していただきましょうかね」

 菱杖の腰に、ダガードライバーが装着される。その右手にはマテリアダガーが、左手にはマテリアブレイカーと同形状のものが握られている。

『Dagger Breaker』

 いつの間にやら開かれていたドライバーに、ダガーブレイカーが装填される。マテリアダガーを鍵穴に突き刺し、菱杖は冷淡な声を響かせた。

 


 

「──変身」

 静かながら、明確に怒りと殺意を帯びた掌が、ドライバーのレバーを倒した。ダガーブレイカーが展開する。そこから吹き出した冷気は、瞬く間に誘宵学区全域に差し込んだ。

 

 

「……亜矢、大丈夫か?とりあえずこれ羽織っとけ」

「ありがと颯斗、お言葉に甘えさせてもらうわ。にしても、なんか嫌な寒さね……」

 病院にて、半袖の亜矢が微かに震えているのを見た黒薙は、カバンから取り出したジャージを羽織らせた。

 

 

『Breaks, SnowBall Earth, Falling the Pasts』

 ドライバーから、赤黒い血の槍が現れ、菱杖の肉を突き刺す──刹那。放たれる冷気に槍が凍りつき、貫かれた菱杖の身体は氷の塊となった。

『ERA, ERA, Evolution. Ice Aging Dagger』

 直後、巨大な嘴が菱杖を飲み込み──死神を思わせる純白さを携えたライダーが、現れた。

『さぁ、始めましょうか。この狭い世界に役者はワタシと貴方の二名のみ。死ぬか殺すかの地獄のゲネプロといきましょうッ!!』

 ダガーは叫ぶが、対するファントムはその言葉には耳も貸さず、扉へと向かって走り出した。ふざけるな。こんな化物とまともに相対できるわけがない。あれに殺されるくらいなら、まだ執行衛兵に自首した方がマシだ。そんな風に、矜持を捨ててまで逃げたいと思うほどの威圧感が、そこにはあったのだ。

『何故だッ、何故開かない!?』

『ワタシが凍らせたからに決まっているでしょうが、逆にどうしてわからないのです?……あぁいえ、貴方は正真正銘の落第生でしたね』

 凍りついた扉の前で立ちすくむファントムの首が、凄まじいまでの速度で引かれた。そこまで力を込めて引っ張られたわけではない。にも関わらず、音の速さでファントムの体は吹き飛ばされた。

『が……ッ!?』

『休んでいる暇はありませんよ。まずは耐久テストからです、ホラ、立ち上がってワタシに殴りかかってみてくださいよ。ワタシの力で貴方を起こそうものならそのまま天井に突き刺してしまいかねませんからねぇ』

 いつもと同じ饒舌さだが、その声に狂気じみたものは感じられない。つまり、菱杖透流は、正気のままに自分を殺そうとしている。そのことを改めて自覚したファントムは、なんとかしてこの空間を抜け出す術を考え続けた。

『……ハァ。起き上がる気がないのならばそれでも構いませんよ。次は出力のテストです』

 直後、ダガーの足が軽く振るわれた。咄嗟の判断で飛び退いたが、衝撃波が、ファントムを大きく突き飛ばした。

『つまらないですねぇ。えぇ、つまらない。ワタシに喧嘩を売っておきながら、いざ反撃を食らえば縮こまって逃げ惑う。醜い。あまりにも醜すぎる。その精神の下劣さこそが侮辱される一番の原因だと何故気付けないのですかねぇ?理解に苦しみます』

 ダガーは、心底つまらなさそうに呟いた。氷の波動が、ファントムの逃げ場を奪う。

『やめ……ッ、俺はまだ死にたく……ッ!!』

『彼女を傷つけた貴方の言葉が、このワタシの耳に届くとでも?甘いんですよ、そんな甘い考えは大人には通用しない』

 ファントムの命乞いも、今のダガーには届かない。

『クソッ、なら死ね、俺はこんなところで死ぬ気はないッ!!』

『Phantom Drive』

 ファントムは、震える手で決死の一撃を放った。幾重にも分かれた無数の光弾が、ダガーに直撃する。

『やったか……!』

 その光景を見て、ファントムは勝利を確信した。しかし、

『……耐久の方も良好、と。ありがとうございます元ファントム。これで一応のデータは取れた』

 ダガーは、身じろぎ一つせずそこに佇んでいた。

『な、に……ッ!?』

『さて、もう貴方に用はありません。せめて、チリも残さずにこの世から消し飛ばしてあげましょう』

 淡々と、ダガーはレバーを倒す。すると、ダガーの背中に大きな羽根が現れ、両手と両足には鋭い爪が出現した。

『Breaking IceAge』

 無機質な音が響く。それと同時に、ダガーが飛びかかる。先程大技を放ち、消耗しきったファントムには、それを回避する手段などなく。

『あッ、がァ……ッ!!』

 それが摂理とでも言わんばかりに、呆気なく、ダガーの爪に四肢を掴まれる。

 ファントムを力強く壁に叩きつけた。すると、そのままの形で壁を貫き、ファントムは上空へと投げ出される。冷気は太陽の光さえ喰らい、少し早めの夜を生み出していた。

『気を失っている暇はありませんがねぇ?』

 気絶しかけたファントムの脳を侵し、強制的な覚醒を与える。

 痛みで気が狂いそうでも、発狂することさえ許されない。手を伸ばせば雲に届くほどのところまで連れ去られたファントムの体が、さらなる風をその身に浴びる。ダガーの爪が、ファントムを離したのだ。

『嫌だ……俺はまだ死にたくない……ッ!!』

『えぇ、えぇ、そうでしょうねぇ。彼女も、親友を傷付けたくはないと思っていたでしょうよ』

 ファントムの首を、冷たい掌が掴むと、落下の速度が増す。ようやく地上が見えてきた頃に、ダガーは再び手を離した。

『さて……では、そろそろ死んでもらいましょうか』

 高速で地上へと堕ちていくファントム目掛けて、ダガーは全力のドロップキックを叩き込んだ。

 その一撃で流れ込むエネルギーは、断末魔を上げることすら許さず。

 その余波で、周囲の物体という物体をことごとく破壊し尽くし。

 かつて人間だったモノを、地下深くに叩き落とした。




 墓脇です。
 今回は菱杖が覚醒する回でした。ライダーサイドからも怪人サイドからも牧瀬からも敵として見られる森澄くんはこの作品唯一の立ち位置のキャラと言っても過言ではないでしょう。
 最初はポッと出のわけわかんないモブ怪人だった彼が、ここまで悪辣な小物悪役になってくれるとは思ってもみませんでしたね。偽ファントムを出すこと自体は決まっていたのですが、まさかここまで小物になるとは……。
 菱杖の方は、最近になってようやく素の姿を見せてくれるようになりました。
 菱杖、やってることは最悪なんですけど、その裏には彼なりの他者への愛があるということを覚えておいていただけると嬉しいです。まぁだからと言って許されるわけじゃないけどね。
 というわけで、墓脇でした。
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