仮面ライダーO   作:墓脇理世

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第41話「王の命じる『覚悟』の名」

「……っ、朱鷺澤せんぱいはいなくなりました、けどぉ……っ!!」

 赤萩の復活により、朱鷺澤の追跡からは逃れられた多々羅であったが、追手がなくなったところで、別に澪の傷を治す術が彼女にあるわけではなかった。自らの力では歩くことさえ困難な少女を抱え、それでも救いを求めて彷徨い続ける。

「もう……いい……しょせん、ここで死ぬ、さだめだったって……ことでしょ……」

「はは……ふざけないでくださいよ……ここであなたを見捨てたら、一生後悔するに決まってるじゃないですかぁ…………」

 澪の表情に諦観の念が宿る。それでも、多々羅は足を止めない。

「(絶対に、助けてみせます……目の前で死なれるなんてゴメンですからねぇ……っ!!)」

 足の力が抜ける。姿勢を崩し、倒れそうになるが、何とか手をつくことでそれを防いだ。

「……多々羅、何してんの?」

 そんな中、赤髪の少女が多々羅の前に現れた。癒しの力を持つ、奇跡とも呼べる存在だった。

「……っ、赤萩せんぱぁい!この子を助けてあげてくださぁいっっ!!」

「……何がどうなってるか知らないけど、そんなこと言ってられる状況でも無さそうね。事情は後で聞かせなさいよ?」

 目に涙を浮かべながら叫ぶ多々羅に少々気圧されながらも、亜矢は澪と向き合った。

 


 

「……ッ、はァ……ッ、この能力、疲れるから嫌いなのよね…………ッ!!」

 澪の腹に手を当てながら、亜矢は零す。その頬を、一筋の汗が伝った。

「取り敢えず、傷は塞がったと思うわ……でも、流れた血は私ではどうにもならない。病院……は使えないだろうし、執行衛兵の医務室連れてくわよ」

 羽織ったジャージを脱ぎ捨てて、亜矢は言った。

「ありがとうございますっ!!でも今は通信できないんじゃなかったですかぁ……?」

「気温戻ったあたりで試してみたけど、いけたわよ?……ったく、どこの妖精さんの仕業かしらね」

 吐き捨てるように言う。気温については義兄がどうにかしたのだろうが、電波については亜矢は何も知らない。あの冷気で電波塔ごと壊れたというのであれば、赤萩がどうしようと直らないものだとは思うが。

「連絡はアンタがしなさい。私はもう疲れた……」

 澪から少し距離をとり、亜矢はコンクリートの床に倒れ込んだ。

「お兄ちゃんの件、どうしようかな……」

 携帯を掲げながら、義兄のことを考える。

 

 

『あ〜……亜矢、アイツは倒したんだが今ちょっと時間いいか?』

 亜矢が多々羅のもとに駆けつける少し前、あの建物から逃げ出していたところ、赤萩から電話が入っていた。

「どうしたの、お兄ちゃん?っていうかいつの間に電波戻ってたのよ……」

『それは知らねぇ。っつーか電波悪くなってたこと自体今知ったんだが……』

 コホン、と咳払いして、赤萩は続ける。

『それはともかく、本題入らせてもらうぞ。手短に済ませるからよく聞け』

 赤萩の声が神妙なものに変わった。

『……俺が生きてる、っつーか生き返ったってことは、まだ誰にも言わないでくれ』

「…………どういうつもり?」

 亜矢は、義兄の言葉に冷たく答える。

『俺が戦ったアイツ……化野から、黒薙のホルスの残滓を感じた。きっと黒薙はアイツに勝てなかったんだろうな。倒せるだけの力があるのに尻込みしてるとかのはずだ』

「……ちょっと待って。なんでお兄ちゃん、倒せるだけの力があるって…………」

『黒薙が今も生きてるってのが何よりの証拠だろ』

 赤萩は何食わぬ顔で言った。

『俺は菱杖透流に殺されたが、あの時の野郎の強さは知ってる。さっき戦った化野はアレと大して変わらなかった。そしてあの野郎の性格からして、自分より弱い、だが放っておくとこれ以上なく面倒な相手をこれだけの間放置するとも考えられねぇ。となると、黒薙は一度菱杖透流を倒してるはずなんだ。それができるだけの力を持ってるはずなんだよ』

 亜矢は冷や汗をかいた。黒薙のホルスを感じたというだけで、ここまで見抜けるものなのかと。

「……ご明察、ね。確かに颯斗は新しい力を手に入れて、一度は菱杖透流を倒した。けど、その時、邪魔が入って逃しちゃったの。多分、覚悟を決めて戦って、敵を確実に倒しきれないってことに怯えてるんだと思う」

『……やっぱりな。俺の予想通りの展開だったよ』

 亜矢の言葉に、赤萩は納得したように頷く。

『……アイツとはそこまで長い付き合いでもねぇが、それでも少しはアイツのことは解ってるつもりだ。その上で言うが、アイツは俺に少なからず負い目を感じてるんじゃねぇか?少なくとも、俺がアイツの立場ならそうなるが』

 まるで自分のことのように、言った。

『俺が生きてるってことがアイツの覚悟を妨げるかもしれねぇんだ。だから頼む。そんな心配がいらなくなるまでは、誰にも俺が生きてることを話さないでくれ。フローラにもだ。無茶な話だとは思うが……頼む』

 

 

 そう言われてしまったからこそ、亜矢は悩んでいた。約束を破るつもりはないが、果たして自分のような、嘘をつこうにもすぐバレるようなやつに、そんな大仕事が務まるのか?

「……ま、なるようになるでしょ」

 執行衛兵の護送車が来た。亜矢は立ち上がり、念のために付き添いとして乗車した。

 


 

「……なるほど、ね。わかりました。お疲れ様です、あとはこちらで何とかします」

 医務室に到着後、多々羅は遠山に経緯を話した。

「亜矢ちゃんもお疲れ様。あなたがいなければ、間違いなく彼女は死んでいた」

「いいですよ遠山先輩。目の前で誰かが死ぬのを防ぐなんて当然のことでしょ?」

「それを思っても実行できるかどうか、です。力の有無に関わらず、救命活動をしようと試みたことを評価しているんですよ、私は」

 遠山は、コーヒーを飲みながら言う。

「目の前で死にゆくひとに手を差し伸べることすらできなかった私からしたら、あなたの行動は本当に素晴らしいものに映りましたから」

「……空気重くなるようなこと言うのやめてもらえません?なんて反応するのが正しいのか分かりづらいんですよ」

「おっと失敬」

 牛乳を飲み干し、亜矢はそう返した。

「それでは、私は仕事があるのでここで失礼させてもらいます。亜矢ちゃんはどうします?」

「私ですか?……んー、私がいても特にすることないですし、普通に帰りますね」

 牛乳パックをゴミ箱に投げ捨てて答える。

「……っていうか、もう輸血して、あとは安静にさせとくだけなんでしょう?」

「まぁ、そうですね。……人に感謝されるのは嫌いですか?」

 遠山の問いに、亜矢は笑いながら、

「嫌いではないです。……ここで恩着せがましく残るよりはかっこよく去った方がいいかなって思っただけですよ。将来的に義妹になる子の好感度は稼いでおきたくて」

 そう答えた。

 

 

「……な〜んて言っちゃったけど、ほんとは一人であそこにいるのキツそうだったからなのよね」

 執行衛兵本部を抜け、亜矢は空を見上げる。

「……あ、そういえば颯斗どうしてんのかしら」

 先程から恋人の姿を見ていないことを思い出して、とりあえず携帯を取り出した。

「……あー颯斗、私よ。なんか電波復活したみたいなんだけど、そっちはどう?」

『どうって言われてもな……二人揃って敵にやられて、今ようやっと回復したところだよ。……で、そっちはどうしたんだ?逃げ切ったのか?っつーかさっき僕らが戦ってた相手が急に他所に向かってったんだが、そっちに関して何か知ってることとかねぇか?』

 応答した黒薙は、心配したような声色で亜矢に問いかける。

「まぁ……何とか逃げ切ったわ。私マジファインプレーって感じね。アンタが戦ってた相手については何も……うん、何も知らないわ」

『その意味深な間は何なのか非常に気になるところだが。……ま、お前が無事ならいいんだ。おいミスティ、さっさと戻るぞ』

 電話の向こうで、怠そうな声が聞こえた。

『悪い亜矢、今から戻るし取り敢えず切るぞ』

「……ん。わかったわ」

 プツン、と電話が切れた。

「はぁ……颯斗に嘘つくの罪悪感半端ないんだけど…………?っつーかなんでこっちが心配して電話かけてんのにいつの間にか私の方が心配されてんのよ…………そういう気遣いできるとこ含めて好き…………」

 ほわんほわんと妄想ワールドに浸る亜矢であった。

 


 

「あのクソとの戦闘経験を足して、ようやくデータは集まった。ギヒッ、ギャハハッ!!オレの仕事の完遂も近ぇみたいだなァッ!!」

 それから数時間後、深夜。牧瀬は、隠れ家とも呼べる場所で、モニターと向き合い、下卑た笑みを浮かべていた。

「クライアントは統括理事長、お得意サマとしちゃこれ以上はねぇくらいの上客だ!!ようやくだ!!ようやくオレの最大の愉しみが訪れる!!」

 キーボードをバチンバチンと鳴らしながら、牧瀬は虚空に吼える。

 そんな時、誰も知らないはずの隠れ家の扉が、ギィと音を立てた。

「やぁ『痛傷共生』、僕が奪うべきもの、そろそろ完成したかなと思って来てみたんだけど、まだだったかな?」

「ギャハッ、まだ作り始める前準備の段階だぜ!!っつーかお前は何でそこまでコレに拘るんだっての!!」

 突然に現れた招かれざる客に、一切動じることなく牧瀬は応じる。

「そりゃあ、僕たちの目的のためにそれが必要だと識っているからに決まっているじゃないか。むしろ僕からしたら、なぜ君がそんなものを作ることになっているのか、の方が気になるけどね?」

「ギャハハッ!!そりゃあお前アレだろ!!オレ達『化身』は全員が全員人智を超えたテクノロジーを使えるからに決まってんだろうが!!」

 ロベリアの問いを、豪快に笑い飛ばす。

「元々この街にいた『化身』はオレだけだぜ?宿主サマの安全を確保するために、オレがどれだけ暗躍してきたと思ってるんだ?」

 たった一人、八年前からこの世界に現れていた『化身』は胸を張り、顎を突き上げて言う。

「……ま、C-ARC事件だのなんだのに巻き込まれたりお前らボケに狙われたりで一向に安全は確保できてねぇわけだが、これでオレが動いてなかったらどうなってたことやら」

「宿主を守りたいって気持ちは、僕たちには望むと望まざるとに関わらず宿ってしまうものだからねぇ。気持ちはわかるよ『痛傷共生』」

「ギャッハ!!朱鷺澤に性奴隷みたいなカッコさせときながらナニ言ってんだこの格好つけマンはよォ!!宿主洗脳してバニー服着せるバカなんかお前以外に会ったことねぇわ!!」

 牧瀬は心底面白そうに笑った。

「性奴隷……ねぇ。君もなかなか非道いことを行ってくれるじゃないか。なんだったらここで君をブチ殺してあげてもいいんだけどね?」

「ギャハッ、できねぇだろうが!!オレが死ねば集まったデータも失われて、お前のお望みは作れなくなるんだからよォ!!」

 睨みつけるロベリアに挑発的な視線を向けると、牧瀬はその口元の笑みをより深いものにした。

「ま、完成しようがしまいが、お前には渡さねぇがな?」

「僕に渡すことで、今までにない面白いモノが見られると言っても、考えてすらくれないのかな?」

 ロベリアは表情を柔和なものに変え、牧瀬を顧みる。自身の狙っていることを、何一つ隠さずに、牧瀬へと伝えた。

「……なるほど、そいつぁいい。それならオレも愉しめそうだ!!いいぜ『輪廻共存』!!お前にアレを奪うチャンスをやろうじゃねぇか!!」

 ロベリアの目的を聞き、牧瀬は考えを変えた。

「材料が確保できるのが日曜で、完成するのは月曜になる……そこで、特訓の最終段階として黒薙に完成させたソレを統括理事長のところまで運ばせるか!!ここまで来たらもうお前が何をすべきかはわかるよなァ!?」

 快楽主義者の問いに、愛に狂う獣は、しかし答えない。その微笑に乗せた無言こそが、肯定を意味するものであると、牧瀬は本能的に知っている。

「だがルール無用のバトルとあっちゃつまらねぇ!!今から言うルールさえ守りゃ、何しても大丈夫なデスゲーム、楽しんでもらうぜ!!」

 牧瀬は、考えついたルールを伝えた。牧瀬サイドとロベリアサイドを二人ずつ用意する。それぞれのサイドには変身して戦うものを一人ずつと、変身はせずに杖を狙うロベリア・杖を守る牧瀬を置き、統括理事長のいる場所まで杖を守り切れたら牧瀬の勝ち。奪われたらロベリアの勝ちというルールであった。

「いいね。僕も正直娯楽に飢えてたところではあったし……楽しませてもらおうかな」

 蛇のような男は、口の両端を裂いて嗤った。それこそがロベリアの参戦表明であった。

 


 

「さて……まずはよく俺の特訓にここまでついてこれたなって褒めてやるよ!!ギャッハハ!!よくやった!!どうせ途中でバテるモンだと思ってたから驚いたぜ!!」

 それから一週間ほど経った週明け。祝日だが、黒薙は特訓のために牧瀬のもとを訪れていた。

「だがまだ終わりじゃねぇ!!今日で特訓は終わりになるが、今から言うことをこなしてもらうぜ!!」

 笑うと、牧瀬はその手に握った杖を黒薙に投げ渡した。落としそうになりながらも、黒薙はなんとかキャッチする。

「まずお前がさっきから持ってたこれは何なんだよ……」

「ギャハッ!!そこも含めて説明するからよく聞いとくんだな!!一回しか言わねぇからな!!」

 赤いシャツが目立つ褐色の少年は不敵に笑い、黒薙へと笑いかける。

「その杖はオレが統括理事長から依頼を受けて作った最強の武器だ!!落とすなよ!!」

「いや待て待て待てそんッッッな重要そうなモン僕に持たせんなよ壊しそうで怖ぇんだけど!?」

「ギャハハ!!まぁ壊れたらお前の執行衛兵の給料一生無くなるだろうな!!頑張れよ!!」

 黒薙は知らないが、黒薙が誘宵学区の首輪をつける以前、果ては『路地裏』に堕ちる以前から統括理事長と組んでいた少年は、無遠慮に笑う。

「さて……それじゃ、特訓についてだが…………」

 そんな時だった。

 空間にピシャリとヒビが入り、二人の男が姿を現したのは。

「やぁ『痛傷共生』。そろそろ時間かなと思って来てあげたよ。……その杖、僕に渡してもらおうかな?」

「おっと、君は確か化野にやられたって聞いたんだけど……随分と回復が早い体してるみたいで羨ましいよ」

 片や、死者を蘇らせ、生者を問答無用に消しとばすロベリア=ローゼンロード。

 片や、生物の遺伝子を思うがままに組み替え、自然の摂理すら歪めるゲノムス=リボー。

 一人でも恐ろしい怪物が、二人。黒薙たちの視界に現れた。

「黒薙颯斗くんは何も聞かされてないようだけど……悪いね、説明は眼前の状況を以って替えさせてもらうよ」

 戸惑う黒薙を嘲笑うように、輪廻の蛇は口を裂く。

「つまり、コレをこいつらに奪われねぇように守り切れってことかよ…………ッ!!」

「ギャハッ、そうなるな!!さぁ頑張れよ黒薙!!ある程度はオレも助けてやる!!」

 浅黒い肌の『王』は、無遠慮に笑い、変身を促した。

「チッ、仕方ねぇ……いっちょやってやるよ……変身……ッ!!」

『Oh! Trine OO!! Excellent!!!』

 黒薙はドライバーを起動し、トラインフォームに変身すると、杖を握ったまま逃げ出した。

「ははは……その程度の力じゃ、俺からは逃げられないぞ?化野が新しい力を手に入れたんだ、俺だって強くなってる可能性を考慮すべきだったね、黒薙颯斗くん?」

 逃げ去るOOを見て、ゲノムスは笑う。掲げられた左手には、化野と同じく、ダガーシューターが握られている。

壊錠(かいじょう)

 マテリアダガーを装填し、引き金を引いた。上空に放たれた血の光弾は幾重にも分かれ、ゲノムスの身体を包み込む。

『Dagger Charge. Open Tyrannosaurus. Based On Parasite』

 男へと伸びる血の葬列が、整えられた白衣を真っ赤に染める。パラサイト・シャトランに変身したゲノムスの頸は、背後に現れたティラノサウルスによって噛み砕かれた。

『ふぅ……それじゃあ、鬼ごっこでも始めようか』

 誰に言うでもなく、呟いた。その言葉が虚空に消える頃には、もう、パラサイトはOOへと駆け出していた。

 


 

『はは、遅いんだよ黒薙颯斗くん。その程度じゃあ……俺のような強盗犯からは逃げ切れないッ!!』

 逃げ出したOOの背後まで瞬時に迫ると、パラサイトは、その背を無造作に蹴飛ばした。なんの技術もない、ただのキックだ。彼としては牽制のつもりでしかなかったのだろう。しかし、その牽制の一撃は、OOを大きく突き飛ばすに至った。

「おごッ、が、ァ……ッ!?」

『おっと申し訳ない。なにぶんこのシステムを使うのは今日が初めてなもんでね。まだ俺にも制御しきれてないんだよ。痛かっただろ?』

 ヘラヘラと笑いながら、パラサイトは言う。そのニヤけた声が、いやに耳に障って、

「……ハッ、ンなチンケな素人キック、僕みてぇなプロにゃ通用しねぇんだよ、間抜け」

『そんなに死にたいなら勝手にどうぞ。俺は君の自殺の手伝いをしてやるほど暇じゃないんでね。適当にそれを奪って帰るのが仕事なわけだし、むしろここで君を殺しちゃ俺がローゼンロードに怒られちゃうしなぁ?』

 しかし、OOの精一杯のハッタリも、この男には通用しない。

『立てよ少年、じゃなきゃその杖奪っちゃうぜ☆』

 OOの腕を踏みつけながら、パラサイトは言った。

「……させる、わけ、ねぇだろうが…………ッ!!」

『Metal Master!』

 もう片方の空いた腕で、一時的に出力を上昇させると、OOはその足を払い、一目算に逃げ出した。

『……ったた。クラウンは俺たちのことダガーと同じ程度だと思ってるんだろうけど、俺たちにそこまでの出力が出せるわけないだろう……』

 OOに殴りつけられた足の埃を落とし、パラサイトは言う。

『……ま、こっちにはもう一人いるし、少しくらい歩いても大丈夫か』

 

 

「クソ、結局追ってきてねぇってのか……?」

「ゲノムス=リボーくんの方はね。僕は最初からずっと君を追ってたよ」

 後ろを振り向き、一瞬の安堵を得たOO。だが、虚空から飛び降りたロベリアは、その安寧を破壊する。

「転生、目覚めろ」

 OOを取り囲むようにして、何も存在しない空間に、三つのヒビが同時に走る。

「ハッ、させるかよ。──命令する。ロベリア=ローゼンロードの能力を無効化せよ」

 そこに、牧瀬が乱入する。褐色の掌が伸ばされるとともに、ヒビの葬列はかき消される。

「よくもやってくれるねぇ『痛傷共生』、お陰で彼らの魂が永遠に失われてしまったじゃないか!!」

「ハッ、どうせ出てきたとしてもソイツが死んだら魂とやらは消えるんだろうが、よォッ!!」

 牧瀬の拳がロベリアの頬を撃ち抜く。同時に、ロベリアの長い脚が、牧瀬の体をくの字に折った。衝撃の余波で吹き飛ばされる二人は、しかし当然のように立ち上がる。

「オラさっさと行きな黒薙ィ!!」

「わかった、恩に着る、ぜ……ッ!?」

 直後のことだった。完全に油断していた。まさか、パラサイトが、頭上から来るとは思っていなかった。だから、反応が遅れた。

 


 

『Material Attack. Tyrannosaurus Dagger Drive』

 上半身を丸ごと食いちぎられるような衝撃だった。変身が解かれる。痛い。痛い痛い。痛くて気が狂いそうだ。

「…………ッ!!!!」

 自らの舌を全力で噛むことで、気絶を防ぐ。今度は痛みと血の味で頭がおかしくなりそうだ。ペッと黒薙は粘ついたそれを吐き出した。

『おっと、俺の本気を受けてもまだ立ち上がるとは……やるじゃないか黒薙颯斗くん。褒めてやるよ。で、その手の杖を渡してもらえると助かるんだけど……』

 杖を支えに、なんとか黒薙は立ち上がる。それを奪おうとパラサイトは迫るが、伸ばされた手を黒薙が払い除けた。

「わたす、わけ、ねぇだろ…………」

『……君を殺すと怒られるとは言ったし、君の腕を千切ろうものならまた暴走するかもしれないとも聞いている。なら、その腕を形を保つ程度に砕いてみるのはどうかな?』

 銃口が、黒薙の肩へと突きつけられる。

『最後の質問なんだけど、本当に渡す気はないのかな?』

「……ねぇに、きまってんだろ、まぬけ」

 鉄錆臭い舌を出して、黒薙は言う。力無く垂れ下がった左手は、確かに中指を突き出していた。

『あっそう。じゃあ覚悟してね。……ばーん』

 銃口が引かれる。しかし、光弾が黒薙を撃ち抜くことはなかった。クラウン・シャトランが、パラサイトの横腹を蹴り飛ばし、その銃口の向きをロベリアへと変えたからだ。

「僕を巻き込まないでくれる?──輪廻、途絶えろ」

 その光弾は、ロベリアによって消しとばされる。

「……ありがとよ、牧瀬」

 淡い光に包まれながら、黒薙は言う。クラウンが『痛傷共生』の力を使い、ある程度まで回復させたのだ。

『ギャハハ!!感謝するほどのことでもねぇよ!!……なぁ黒薙、オレがお前にこんな無茶させてんのも理由があるんだぜ?』

 応えるクラウンは、声色を変えて言った。

「何を……」

『お前、なんでトランセンドを使わねぇんだ?敵を倒しきれないことがそんなに怖ぇってのか?』

 核心を突かれた。黒薙は答えない。その無言こそが肯定のサインだと、牧瀬は知っている。

『何ビビってんだよボケガキが!!お前は朱鷺澤永治を助けたいんじゃねぇのか!?だったらそんなくだらねぇことにビビってんじゃねぇよ!!』

 だからこそ、クラウンは叫んだ。黒薙が今のままでは、朱鷺澤を助けるなど絶対に不可能であると知っているから。

『お前は力が無くても立ち上がろうともがく男だろうが!!そうじゃなきゃオレの宿主が惚れる訳がねぇもんな!!だったら今のお前はなんだ!?』

 黒薙の胸倉を掴んで、クラウンは咆哮する。

『立てよ、力があるのに立ち上がらねぇなんて情けねぇ真似してんじゃねぇ!!そんなんで本当に赤萩亜矢に信じてもらえると思ってんのか!?』

 直後、黒薙の拳がクラウンを殴り飛ばした。

「ンだテメェさっきから人が黙ってると思って好き勝手言いやがってコラ!!何が亜矢に信じてもらえるかどうかだ、ンなモン言われなくてもわかってんだよ、ボケが!!」

 起き上がるクラウンを横目で見て、黒薙は続ける。その瞳に、もはや迷いの色などない。

「だが、一応感謝はしといてやる。……ありがとよ牧瀬、お陰で眼ェ冴えてきた」

 ドライバーにトランセンドマテリアキーを指し、そのレバーを倒す。

『Break Up! Transcending OO!!』

 失われた時間の力、見せてやる。確かにそう言うと、ずっと機を伺っていたパラサイトへと飛びかかった。

 


 

『成程、成程成程ッ!!それがダガーを下した力か!!面白いじゃない!!間近で観察して実験したかったんだよねェッ!!』

 飛びかかられたパラサイトは、余裕げに吼える。しかし、彼はまだ気が付いていない。自分が、今、一瞬で命すら奪われかねない状況にあることには。

『あ、な…………ッ!?』

 オブリビオンセイバーから放たれた、特大の斬撃。以前、ダガーと交戦した際でも、これほどの斬撃は放たれなかった。その余波で、射線上にあった地下通路の柱が悉く切り倒される。上体を逸らし、間一髪でそれを避けたパラサイトは、怪物の面の裏側で目をひん剥いた。

『……おいおい、強いとは聞いてたけどここまでなんて誰が言った…………!!』

「どうした?ビビってんのか落第生クン?僕が先生にでもなって教えてやろうか?何を知りてぇか知らんが」

 背後をとり、OOは挑発する。パラサイトは、咄嗟の判断で飛び退いた。その判断は正しかったと言えよう。もしもあそこで固まっていたならば、空間ごとその体が真っ二つにされていたはずなのだから。

『俺が、ビビってる……?はは、はははッ!!バカ言えよ黒薙颯斗くん!!今俺は、君を倒してバラして隅から隅まで思考行動原理過去根底にあるもの全てを引きずり出して利用して君の力の全てを理解したいだけなんだからさァ!!!』

「そうか、じゃあ理解してみろ。今の僕を咀嚼して味わい尽くしてみろよ。噛んでも噛んでも味が出る情報の暴力でテメェをナカからグッチャグチャに潰してやっからよォ!!」

 軽々とオブリビオンセイバーを振り回す。その度に、飛ぶ斬撃がパラサイトの逃げ場を奪う。

『下手な鉄砲を数打てば当たる、なんて本当に思っているのかな?でもこれだけ外しててその言い訳は……』

「もともとテメェに当てるつもりはねぇからご安心を。……瓦礫に圧し潰されて死ねクソ野郎」

 OOの言葉を聞き、パラサイトは上を見上げた。柱が輪切りにされた影響か、バランスを崩された天井が砕け落ち、怪人を倒そうと降り注ぐ。

『……ッ、危ないじゃないか…………ッ!!これじゃあどっちが悪役だか分からないねぇ!?』

「どうせもう二度と使わねぇ通路だ。残骸爆破の残りカス、いくら壊そうが僕が怒られることはねぇんでな」

 かつて、表の世界にはいられない者たちが集まるコミュニティが、この街の裏には確かにあった。それは、少し前に、統括理事長主導の計画で潰されたものだ。そのために、秘密裏に作られたここは、もはや無用の長物となっていた。

『……ま、俺くらいになるとこの程度、余裕でブチ抜けちゃうわけだけど、ね?』

「だからどうしたよ間抜け、一難去ってまた一難、ってなァ!!」

 パラサイトの一瞬の慢心を、OOは見逃さない。その懐深くに潜り込み、全力の拳を叩き込む。

『が、は……ッ!?』

 拳が、その装甲を貫く。しかし、いつまでもやられっぱなしのパラサイトではない。肩の触腕を震わせ、それらがOOを突き刺した。

「……痛ってぇなテメェ、何しやがる。……ま、テメェ風に言やこれも『この程度、余裕でブチ抜けちゃう』ワケなんだが」

 当のOOは、涼しい顔をしてその触腕を跳ね除けた。一発一発が、タイムフォーム程度の変身なら軽く解除させる威力の攻撃を複数同時に受けてなおだ。

『Fire! Laser! Mist! Spin!』

 大楯に、四本のマテリアキーが装填された。

『Fire! Laser! Mist! Spin! Quadruplet Material Attack!!!!』

 回転する炎のリングと光線の群れが、霧に紛れながらパラサイトへと向かっていく。

『が、ァ……ッ!?』

「悪いがテメェにそこまで時間もかけてられねぇ。仕事のためにも消えてもらうぜ、クソ野郎」

 攻撃を受け、悶えるパラサイトに、OOは冷たく告げる。

『Transcending Oblivion Crush!』

 OOの拳が、その頬を撃ち抜いた。

 


 

「……よし、これで完了だな。おめでとう黒薙、これでオレの特訓は終わり……と言いたいところだが、まだ一つだけやってもらうことがある」

 地下ルートで統括理事長直属の部下に杖を渡し、ミッションを完遂させた後、地下駐車場で牧瀬は言った。不可思議な現象が相次いで起きたことから、もう何年も前に破棄された場所であった。

「まだ僕になんか面倒ごと押し付けようってのか?まぁお前には世話んなってるしいいけどさ」

「おっ、いいノリじゃねぇか!!じゃ、オレからの正真正銘、最後の特訓をつけてやるよ!!」

 豪快に笑うと、牧瀬は懐からレプリシューターを抜き、黒薙に向けて発砲した。

「……ッ、成程な。つまり、テメェをここでブチのめせって訳か……ッ!!」

『ギャッハハ!!正解だ黒薙ィ!!最後に立ちはだかるのはオレみてぇな最強じゃねぇとなァ!!』

 背後に無数の剣を浮かべて、クラウンは言う。

「あぁ……全力で行かせてもらうぞ」

 トランセンドフォームに変身した黒薙も、大楯に四本のマテリアキーを装填し、臨戦態勢を取る。

 無数の剣が、黒薙へ向けて放たれる。同時に、炎と獣の爪と光線と重力の拳が振るわれ、それらを全てはたき落とした。

「『ォォォォォォォァァアアアアアッッ!!』」

 二つの拳が、静寂の中に交錯する。肉を打つ音が、開戦のゴングへと変わった。




 墓脇です。今回は黒薙が迷いを吹っ切ってくれましたね。いいことです。
 黒薙、割と最初の方からなんですけどあいつ自分が有利になると途端に調子に乗り出すのほんと面白いんですよね。なんかゲノムスに言ってましたけど人のこと言えんくない?って。この作品のキャラ大体そうだって?いやまぁそれはそうですが……。
 さてついに次回、最終決戦(ベネット風に言うと最終戦争(ラグナロク)が始まるのでしょうか??わたしも知りません。知りませんが何やら大変なことが起こるような気がしないでもないですね???
 というわけで、墓脇でした。
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