仮面ライダーO   作:墓脇理世

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第42話「死生契闊の『共鳴』」

「あっはは、あの時僕が助けてあげなかったら君かなり危なかったねぇ!!」

「だねぇ、君には感謝してもしきれないよローゼンロード」

「言うなよ、僕と君の仲だろう?」

「ははは、俺は君と仲良くなった覚えはないんだけどな?ただの業務上の信頼関係じゃないか」

 黒薙に敗れたのち、地下空間のどこかで、ロベリアとゲノムスが笑い合っていた。

「さて……それじゃあ行こうか。例の杖を奪いに」

 そうロベリアが言うと、二人は歩き出した。そうだ。ここは統括理事長の隠れ家とも呼べるビルの最下層。表立って門を潜れない者たちを招き入れる、第二の玄関である。

「……いたね。あそこの背広だよ。あの身のこなしはそこそこやるやつだろうし、僕の能力じゃ無理そうかな」

「なら俺が行こうか。『蟲』のストックは十分だしね」

 ゲノムスが取り出したのは、奇妙な液体の詰まった三本のカプセル。握りしめると、中の液体が僅かに脈動した。

「行ってこい俺の『蟲』たち。標的を喰らい尽くせ、骨も残すな」

 その液体がぶちまけられると、培養されていた虫卵が一斉に孵化し、男へと群がった。歪な羽音を立てる『蟲』たちは、皮膚を喰らい、筋肉を咀嚼し、体内から食い尽くしていく。

「……ミッションコンプリート。これで勝負は僕たちの勝ちだね、『痛傷共生』」

 悲鳴もあげずに消えてなくなった男が、死の間際まで握りしめていたそれを拾い上げ、蛇は、笑った。

 


 

「ギャッハハ……中々面白かったぜ、黒薙…………」

 大の字に寝転がり、天井を見上げる牧瀬は、笑いながらそう言った。

「……そうかよ」

 その傍らに座り込んだ黒薙は、どこか複雑そうな表情で言う。

「まさかお前が、あそこまで強くなってるとはな、オレの予想を遥かに上回りやがってよ……」

 疲労困憊の牧瀬だが、その表情は底抜けに明るい。

「何が強くなってる、だよ。なぁ牧瀬、一つ聞かせてもらってもいいか?」

 対する黒薙は、どこか冷めたような眼差しで、牧瀬を横目に見る。

「──テメェ、どうして手加減した?テメェがあんなに弱いわけねぇだろ、本来なら僕みたいな奴が勝っていい相手じゃ…………ッ!!」

「だから、そこだよ黒薙。お前の弱みはそこなんだよ」

 片手を天に伸ばしながら、牧瀬が言う。

「オレは本気で戦った。お前も本気でそれに応じた。結果、お前はオレに勝った。ただそれだけの話だろ?お前は自分を過小評価しすぎなんだよ」

 呆れたように笑い、牧瀬は続ける。

「オレの宿主サマにも言われなかったか?もっと自分を大切にしろ、ってな」

 刹那、黒薙の脳裏に、かつて亜矢から受けた言葉が浮かび上がった。

『そのために黒薙が傷ついてたら意味ないでしょ!?アンタはなんでそうやって自分を軽んじるのよ……っ!』

『ハァ〜……ったく、私のことはいいのよ別に……少しは自分の心配もしなさいよ』

『……私ね、そうやって何でも一人で背負(しょ)い込んで、勝手に一人で結論を出して、悲劇のヒーロー気取ってるアンタの顔……あんまり好きじゃないわ』

 それらの言葉は、全て黒薙の自分を軽視する言動──つまりは、黒薙の自己肯定感の低さから来るものであった。亜矢との交際を始める前から、幾度となく言われてきたことであった。

「確かに、謙虚は美徳かもしれねぇ。だがお前のそれは少し行きすぎてるぜ。だから全力でぶつかった上で負けて、お前に自信を持たせてやろうと思ってたのにこれだぜ?オレの落胆ぶりがお前に伝わるか??」

 わざとらしくため息をつく牧瀬に、黒薙は怪訝な目を向けた。

「……え、お前マジで本気で戦ってたのか?」

「ギャハッ、ひっでぇな黒薙!!オレはあんなに全力で戦ったってのにナチュラルにオレをディスりやがる!!本気で戦ったとは思えねぇくらい弱かったってかァ!?」

 その真剣な表情を見て、黒薙はようやく、牧瀬が本気で自分と相対していたことに気がついた。いや、もっと早くに気付いてはいたが、自己肯定感の低さから、それを認められていなかったと言った方が正しいか。

「……じゃあ、もし僕がお前に負けてたら、その時はどうするつもりだったんだ?」

「その時はお前がオレに勝てるようになるまで鍛えてやるつもりだったぜ?どのみちオレに勝てなきゃ菱杖には勝てねぇだろうからな」

 けろりとした顔で、牧瀬が言った。

「……そうかよ。ほんッッッと、お前には感謝してもしきれねぇな」

「ギャハッ、感謝なんていらねぇよ!!オレはオレが楽しめりゃそれでいいわけだからな!!」

「……ありがとよ、クソ野郎。お前のおかげで、少しは自分(テメェ)に自信が持てそうだ」

 そう言うと、黒薙は出口に向かって歩き出した。牧瀬も、後を追うように立ち上がり、地下空間を後にした。

 


 

『お兄ちゃん、今いいかしら?』

「そういうのはまず電話する前に聞くべきじゃねぇの?」

『でもどうせ暇でしょ?っつーか今どこに隠れてるわけ?』

「ちょっと地下にな。……で、故人の俺に何の用だ?」

 その日の夜。フローラも知らない『隠れ家』で、亜矢は赤萩に連絡を取っていた。ちなみに、今赤萩が所持している携帯は以前まで赤萩が使用していたものではない。そちらは菱杖に撃破された際に肉体諸共粉々に砕け散ってしまった。そのため、あれから地下街の影に隠れ住んでいる身分証偽装のプロに依頼してベネットの身分証を入手し、赤萩の金で携帯を契約させ、それを強奪する形で使っているわけである。

『もうお兄ちゃんが今生きてることを颯斗に隠す必要は無くなったし、その件について話しときたくて』

 亜矢は勝ち誇ったような声色で言った。

「……つまり、アイツは完全に覚悟キメやがったってわけか?」

『そういうコト。別にこの目で見たわけでもこの耳で聞いたわけでもないけど、お兄ちゃんもナントカリンクの持ち主ならわかるでしょ?あのクソの思考とか記憶がたまに流されるの、あんまりいい気分じゃないけどね』

 苦笑いの混じった声が、電話越しに聞こえる。

『颯斗はね、バカなのよ。自分がどれだけ多くの人から大切に思われてるかすら気付けない、そんなバカ。……そんなアイツが、やっと自分の価値を認められた。だから分かる。今のアイツなら、お兄ちゃんが生きてるって分かったくらいで揺らいだりしない……ってね』

 慈愛に満ちた声で、亜矢は言った。

「……なるほどな。ただまぁ、明かすならとびきり驚かれるタイミングがいいと俺は思うんだよ。だからまだしばらくは明かさないでおきたい」

『……ほんっと、お兄ちゃんって変わってるわよね』

「だろ?お前みたいな変わり者の義兄だからな」

『はっ倒すわよ』

 戯けてみせた赤萩に、亜矢はそう返す。しかし、その声は、怒りなどではなく、むしろ安心のような感情の色を含んでいた。

『……にしても、こうしてお兄ちゃんとバカな会話してるとそれだけで日常が戻ってきたって感じするわね』

「ははっ、どんだけ俺がいなくて寂しかったんだよ亜矢!!」

『そりゃもう言葉にできないくらい寂しかったわよ?当たり前のこと言わせないでくれる?』

 顔は見えないが、きっとけろりとした顔で言っているのだろう。それを思い浮かべて、赤萩は僅かに口元を緩ませた。

『それはそうと、これだけはお兄ちゃんに言っとかないとダメだなって思ってることがあるんだけど、いいかしら?』

「いいぜ、久しぶりってほどでもないけど、しばらくぶりに兄妹で話してるわけだしな」

『……じゃ、言わせてもらうわね』

 亜矢の声が、途端に真剣なものへと変わる。

『昔から何度も言ってきたことだけど……颯斗だけじゃなく、お兄ちゃんも自分のことを大事にすべきだと思うのよね。今回の件で、私は改めてそう思ったの』

「……だな。俺がどんな言い訳をしようと、俺は結果として自分の命を投げ出したわけだし、素直にお前を頼みを聞かせてもらうよ」

 結果として黒薙は菱杖を倒すだけの力を手に入れられたわけだが、亜矢が言いたいのはそういうことではない。それを理解しているからこそ、赤萩は首を縦に振った。

『……ありがと。それじゃ切るわね。いいドッキリの機会が見つかったら連絡するから、それまで待ってて』

 


 

『全員今すぐ執行衛兵本部まで』

 翌日、学校は復旧作業のために休みとなっており、亜矢は爆睡をかましていたが、メッセージアプリのグループに届いた遠山のコメントの通知で目を覚ました。

「ん……なるほど、ね。喜びなさいお兄ちゃん、早速ドッキリの機会が回ってきたわよ」

 ふふっと笑みをこぼしながら、亜矢は赤萩へと電話を寄越した。

『……なるほど。どっか適当なとこで落ち合うぞ。俺を入れられる箱をどこかしらで用意してくる』

「箱……?ま、まぁわかったわ。遠山先輩にはちょっと遅れるって言っとくわね」

 そう答えると、亜矢は洗面所へと向かっていった。

 

 

「はぁ……はぁ……お……遅れ……まし……た…………!!」

 それから三十分ほどした後、風紀委員室に疲労困憊の亜矢が現れた。

「亜矢お前どんだけ急いできたんだよ……っつーかそのでけぇ荷物はなんなんだ…………」

 バカでかい箱を乗せた台車を押し、ゼェゼェと肩を揺らす亜矢に、黒薙は困惑の声を漏らす。

「あ……あぁこれ……?ちょ……ちょっと手土産にって思って…………」

 どこか艶っぽい笑みを浮かべて、亜矢は言う。

「手土産、と言うには大きすぎる気もするがね……」

 文庫本を閉じ、草壁は呆れたような顔で言った。

「それで、その手土産というのは何なんだい亜矢ちゃん?」

「えっ、あぁ、そうですね……」

 汗を拭きながら、亜矢は箱の蓋を開けた。

「じゃんじゃじゃーん。故人の赤萩陽希くんで……」

 箱の中から赤萩がひょこりと顔を出した。その瞬間、場の空気が一転した。

「…………え?あ??ンだこれ、目の錯覚か何か??」

「死人が生き返る……『輪廻共存』くらいしかそれができる能力は知りませんけど……」

「赤ツインテ、貴様誰かに騙されて精巧に似せた偽物掴まされたんじゃないか……?」

「……冗談にしてはセンスがないね、小娘。酒の肴にもなりゃしないよ」

 四人のライダーが、好き勝手に感想を吐くが、それはそれ。

「確かに、そのホルスは赤萩くんのようね。その事実は認めるわ。……ただ、何が起こったか説明してくれる?……ねぇ、赤萩くん」

 ホルス分析装置を小型化したモノクルを目にはめ、遠山が言った。気丈に振る舞ってはいるが、その声は震えていた。

「……ってな訳だよ。悪かった遠山、今までこれ黙ってて」

 頭を掻きながら、赤萩は応える。

「本っっっっ当に、あなたという人は……まぁ、いいでしょう。これで戦力はだいぶ増強できました。今なら、菱杖透流たちの本拠地を叩けるほどに」

 目元に浮かんだ涙を拭い、遠山は言った。

「……なぁ委員長、赤萩陽希の話とか怪人の本拠地云々とかは置いておくとして、まずあんたが僕らをここに集めた理由を聞かせてもらいてぇんだが」

 ドッキリが滑り倒した亜矢に向けられる冷ややかな視線や、赤萩が復活したことへの安堵など、さまざまな感情が混ざり合った空気の中で、黒薙が口を開いた。

「……そうね。怪人の本拠地の話についても呼んだ理由には含まれていますが……最大の目的は、そんなことではありません」

 その問いに、遠山は応える。

「今から話します。このことは、何があっても外部には漏らさないでください。それから……一度しか言いませんから、よく聞いていておいてくださいね」

 そして、

「────────」

 黒薙たちにとって、ある種の希望にもなる言葉を、口にした。

 


 

「……白髪頭。スト緑のあの言葉だが……正直、どう思った?」

「どうもクソもねぇだろうよ。むしろその事実を怪人どもに言いふらしてやりたくなったくらいだ」

 それから、黒薙と草壁は、神蔵が働く喫茶店を訪れていた。神蔵は昼からのシフトが入っていたらしく、そこに合わせる形で来店した。

「アレが事実だって言うなら、あいつらから戦うモチベーションを奪うことすらできるかもしれねぇ。そして僕は知ってんだよ。あの人は、普段はろくでなしのクソアマだが、こういう時に嘘をつく人じゃねぇ」

 コーヒーをくいっと流し込み、黒薙は言う。

「……なるほど、な。あの女と付き合いの長い君が言うのなら、きっと私の奴への印象よりは信頼できるものだろう。信じさせてもらうぞ」

「別に長くもねぇけどな。……さて、そんじゃま、作戦会議のセッティングでもしときますか」

 パンケーキを食べ終えた黒薙が、携帯を操作しながら言った。

「……ご馳走様でした。じゃあ僕は行ってくる。どこに、なんて質問はすんじゃねぇぞ」

 

 

 バイクに跨って黒薙が向かった場所は、以前まで怪人たちが根城にしていたビルだった。ある人物に、そこに呼び出されていたのだ。

「よぅ、元気か黒薙?」

「バリバリ元気だよ牧瀬。……で、用ってのはなんだ。どうせ明後日にはあそこに集まるってのにわざわざ僕を呼び出したってことは、それだけの用が僕にあるってことだろ?」

 昨日倒したばかりの強敵──牧瀬を見上げながら、黒薙は言う。

「ギャッハハ!!正解だ正解!!ま、あんまりイイ話とは言えねぇがな!!」

 品のない笑い声が、閑静なビルの中に響き渡る。

「良い話とは言えない……なんだ、また面倒ごとを僕に押し付ける気か?」

「違ぇよ黒薙。……ま、こっちとしちゃお前の覚悟も何もかも全部台無しにしちまうようなモンであんまり言いたくもないワケなんだが、何しろ状況が状況だ。目の前で最悪の事態が起こった時の備えとでも思ってくれ」

 牧瀬は目を細め、その声色を真剣なものへと変えた。

「お前が無事に守り抜いたあの杖だが……どういうわけか、敵に奪われたらしい」

「……待てよ。僕はちゃんとアレを送り届けたはずだ。あの背広のオッサンに渡して、理事長まで渡しに行くっつったよな?まさかあのオッサンが菱杖と通じてたとでも……」

「そうじゃねぇ。……さっき連絡があったんだが、あの背広が殺されたんだとよ。例の地下玄関で。つまり、オレが言いたいことはわかるよな?」

 椅子を蹴倒し、牧瀬は立ち上がり、言った。

「……あのクソ野郎、どうやってか統括理事会のビルに潜り込みやがった。それで背広は殺された。あの杖を奪うためだけに、だ」

 感情を押し殺したような声が反響する。

「ま、その辺にキレるのはヒーローのお前の仕事だろうからオレからは何も言わねぇ。言わねぇが……オレのゲームを台無しにしやがったアイツだけは、絶対に許さねぇ」

 そして、黒薙の肩に自らの手を置き、

「──気をつけな黒薙。多分だが、あのクソ野郎は朱鷺澤と融合して襲いかかってくる。その強さは、ダガーなんかとは比べ物にならねぇはずだからな」

 そう忠告した。

 


 

「あらあらぁ、みんな揃ってアタシのお店にご来店とは、珍しいこともあったモノねぇ?」

「すっとぼけてんじゃねぇよ美梁木、貸切で予約してたろうが」

 その二日後、夜。黒薙たちは美梁木のバーを訪れていた。ここで働いているのは美梁木と五和町のふたり。過去の因縁から絶対に口外しないと言える二人以外に従業員のいない場所だ。作戦会議の場としてはこれ以上最適な場もないと考え、貸し切っていたのだ。

 ちなみに、今ここに集まっているのは執行衛兵の幹部、ライダーと一部の怪人達である。

「……にしても、こんな錚々たる面子が入ってくるとは思わなかったんだけど。何?前科者の私を捕まえにきたのかってびっくりするからやめてよ」

「それ言ったらここにいる奴らだいたい前科者だぞ、そうじゃないのなんか神蔵さんくらいじゃねぇの?」

 ハァとため息をつく五和町に、黒薙は笑いかける。

「それじゃ、作戦会議始めるわよ。……まずは牧瀬玲王から、敵の本拠地について」

「ギャハッ!!お呼びがかかったと思えばこんな扱いってなぁなんとも酷ぇ話だなァ!!まぁいい、好き勝手に話させてもらうぜ?」

 ジンジャーエールを飲み干した牧瀬は、笑いながらそう言った。

「アイツらの根城はここだな。前まで塾があった廃ビルだ。ただ、オレとアイツらは敵対してるわけだし、別の場所に移られてる可能性も否定は出来ねぇな!!」

「……なるほど、わかりました。では、敵の情報についてまとめるわよ」

 敵の本拠地を全員に知れ渡らせると、遠山は、何枚かの紙をまるで神経衰弱のようにテーブルの上に並べた。

「少なくとも、菱杖透流・ゲノムス=リボーは黒薙くんや赤萩くんクラスでないと太刀打ちできない。赤萩くんの証言から察するに、おそらくは化野幻歩も。……二人以上を同時に相手どるのに、どれだけの負担がかかるか。それがわからない」

 赤萩を見つめながら、遠山は言う。

「……で、朱鷺澤もとびきりヤバい武器を持っていやがる。アレを使われると、どれだけの被害が出るかもわからねぇ。特に気をつけるべきはこの四人だな」

 牧瀬が付け足す。ロベリアの戦闘力は未知数だ。いくら素の力がほぼ横並びな同じ能力者の化身でも、使用する武器によってその戦力は左右される以上、安易に結論を出すことはできない。

「……それに、ロベリア=ローゼンロードは死んでるやつを復活させる能力があるし、一部の怪人には雑魚を召喚する能力がある。そっちの処理も考えないといけないわけだ」

 黒薙はため息を吐きながら言った。

「……となると、戦力の補強が必要かしら。と言っても、怪人の力は私たちではどうにもならないのよね」

「ギャハハッ!!そもそもレプリシューターに空き容量はねぇからな!!完全に本人のセンス次第ってわけだ!!」

 二杯目のジンジャーエールが飲み干された。

「……となると、強化できそうなのは私と草壁先輩とセクハラクソ女ですか」

「誰がセクハラクソ女だって?さすがパワハラクソ女は言うことが違うね」

「じゃあ草壁、お前はモラハラクソ男ってことでいいか?」

「なぜ私に流れ弾をぶち込んできたのか説明してもらいたいのだが?死人は黙って墓にでも入っていろよ」

 バチバチの視線をぶつけ合う二人を尻目に、赤いのと青いのは紅茶を飲みながら言葉のプロレスに勤しむ。

「……ま、そうなるっすよね。あと数日でできるとこまでやってみるっすけど、あんまり期待はしないでくださいね」

 ピザを口に運びながら、有栖川が言った。

「……で、最後にどう動くか決めねぇとだな」

 作戦会議も終盤に差し掛かり、それぞれの動きを決めるフェイズに突入した。

 


 

「……と、コウモリからリークがありました。恐ろしいですねぇ」

「思ってもないくせによく言うよ。どうせ策はあるんだろう?」

「いえいえゲノムスくん、ワタシを過大評価しすぎですよ。ワタシには何の策もありません。……ワタシには、ね」

 その数時間後、廃ビルの中では、菱杖が安酒をあおっていた。

「ロベリアさんと貴方が奪ってきたあの杖……先ほど完成しましてね。今は朱鷺澤くんの部屋にいるはずですし、覗いてみては?」

 菱杖に言われるがままに、ゲノムスは席を立つ。正直なところ、彼はリンク能力者の体に興味があったのだ。同化現象がどのようにして起こっているのか、化身の体の構造はどのようなものか、そもそもホルス器官はどうなっているのか、気になっていた。故に、興味のままにその部屋を覗きこんだ。

 

 

「こ、こは…………?」

「君の心の中だよ、永治。そろそろ、君に決心してもらいたくてね」

 その頃、ロベリアは朱鷺澤の精神へと踏み込んでいた。

「けっ、しん…………?」

「そうだ。僕には君が必要なんだ。君がいれば僕は望みを叶えられる。僕がいれば君は望みを叶えられる。いい契約だとは思わないかい?」

 蛇のような笑みで、朱鷺澤へと語りかける。

「……無理、ですよ。僕はそもそもこんなところにいたくもないんです。それをあなたが勝手に……ッ!!」

「そうでもしないと君を助けられなかった。その件に関しては謝罪させてもらうよ。ごめんね」

 ロベリアは飄々とした笑みで、朱鷺澤にその顔を近づける。朱鷺澤は離そうと試みるが、思うように体が動かなかった。

「僕が君に求めているのは、そういった気取った感情じゃないんだ。わかるかい?解き放ってみなよ、心の奥底の衝動に従ってみなよ」

 こんな男の言うことなど聞きたくもないのに、脳が勝手に思考を始める。

 友情。悦楽。心配。憧憬。思慕。自虐。離反。憎悪。憧憬。驚愕。絶望。憎悪。憎悪。憎悪。憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪──ッ!!

 黒薙や亜矢と出会って、これまでに歩んできた感情の変遷が走馬灯のように脳裏を過り、最後には、捨てたはずの感情が頭を支配していった。

「ほぅら、君も彼を──黒薙颯斗を、憎んでいるんだろう?」

「ち、がう……違うッッ!!僕は、ただ……黒薙くんと友達でいたくて……でも赤萩さんのことを好きになってしまって……赤萩さんと黒薙くんが無自覚なだけで両想いってわかってても諦めきれなくて……黒薙くんを裏切ってしまって……でも、裏切り返されて…………?」

 考えれば考えるほど、絶望と怒りが湧き上がってくる。思考を止めようとしても、動き出した歯車が、止まることはない。

「助けられて……信じて……でも裏切られて……殺したいって思って……負けて……自己嫌悪に陥って……な、んで…………?」

 そのくりっとした両目から、滂沱の涙がこぼれ落ちる。真っ白な世界に、それはどす黒い染みを落としていく。

「なんで僕が……僕は……違う……僕、は……僕は、悪くない……悪い、のは、全部…………」

「そう。黒薙颯斗くんだ。だから手を取り合おうよ永治。僕なら……いいや、僕と君なら、あの男に報いを与えられる」

 精神が汚染されていくのを感じる。引き返せ。お前の助けなんていらないと叫んでみせろよ朱鷺澤永治。良心がそう喚くが、もはや悪意に染まりきった朱鷺澤に、その言葉は通用しない。

「……う、ん。わかり、ました…………」

 精神世界が、音を立てて崩れていく。同時に、現実に、ベッドの上に横たわっていた朱鷺澤が目を覚ます。

「ロベリアさん、じゃない──ロベリア。僕に、君の力を貸せ」

 前髪をかき上げ、憎悪に狂った瞳で、朱鷺澤は言った。今の彼に、かつての優しさなどはかけらも無い。

「……ようやく、目覚めてくれたね。永治。僕はそのことが、ただただ嬉しいよ」

「御託はいらない。……君の記憶は僕に流れてきてる。つまり、その杖を使えって言うんだろ?」

 ロベリアから杖を奪い取り、朱鷺澤は虚ろに笑う。

「あぁ、そうさ。ただ、君ひとりじゃそれは使いこなせない。だから永治、僕を使え。僕の力を使えば、それは──」

 言い終わるまでもなく、朱鷺澤の掌がかざされた。次の瞬間には、ロベリアの姿は消えていた。

「「……うん。いいね。これで思うように動ける」」

 扉を勢いよく開け、覗いていたゲノムスの鼻柱に全力で叩きつけながら、オッドアイとなった朱鷺澤は言った。その額には、栗色の第三の目が現れていた。

「痛っ!?」

「「邪魔。どいて。殺すよ」」

 その肩を強引にどけて、朱鷺澤は階段を降りていく。

「……おや、その姿は」

「「君の予想通りだよ、菱杖先生。僕はロベリアを取り込んだ」」

 その変貌ぶりに驚く菱杖を横目で見つめると、朱鷺澤は置かれていた椅子に腰掛けた。

「「……菱杖先生。確か黒薙颯斗たちが襲ってくるのは土曜日だったよね」」

「え、えぇ……そうですが、それがどうかしましたか?」

 手も触れずに、ゲノムスのワインボトルを粉々に砕きながら、朱鷺澤は言う。

「「明日の夜、拠点を移すよ。あいつらの作戦をぐちゃぐちゃにしちゃおう」」

 その唐突さに、思わず菱杖はワイングラスを掌から滑らせた。

「明日に、って……随分と急ですねぇ?それで、どこに移動すると言うんですか?」

「「未開発区域・特例区第十八学区。そこに、目的もわからないけどなぜか建っている神殿のようなものがある。どうせ使うなら、街一つくらい丸ごと使ったほうがいいでしょ?」」

 狂気じみた笑みを浮かべる朱鷺澤に、菱杖は同じように唇を裂いた。

「えぇ……その策に乗りましょう」

 


 

 翌日の夜十二時前。朱鷺澤たちは廃ビルを抜け出し、第十八学区の神殿へと移動していた。

「「……うん。ここなら、いい感じに使えそう」」

 杖を右手に構え、朱鷺澤は笑う。

「さぁ、変身してみてください朱鷺澤くん。ワタシは今、どんな現象が起こるのか、単純に学者の端くれとして興味を抱いています」

「「言われなくても変身するよ。急かさないで」」

 菱杖を片手で制し、朱鷺澤は神殿の中心へと歩いていく。

「「地脈、とでも言うのかな。街中の能力者のホルスがここに流れてきてるんだね」」

 杖を掲げると、その先端に、眩いばかりの光が渦巻いていく。

「「これなら、いけるね」」

 マテリアピースを装填し、

 

「「────廻錠(かいじょう)」」

 

 次の瞬間、爆発的なまでのホルスが弾け、

 

『『……うん。いい気持ちだ。今なら世界の全てが見えちゃいそう』』

 

 輪廻の蛇が、怪人の姿をとった。

 

『『……さて、これを開戦の狼煙にさせてもらおうかな?』』

 朱鷺澤が変身した怪人──ウロボロス・シャトランは、杖を神殿の中心に突き立て、嗤う。

 一点に収束したホルスが、神殿を丸ごと包み込み──摩天楼とでも呼ぶべき巨塔を、一瞬にして創り出した。

「「……ふぅ。これだけで、結構力使うね。それじゃあ、みんなも入って。所定の位置であいつらを迎え撃つ準備をしようか」」

 そして、変身を解いた朱鷺澤は、笑いながらそう言った。




 墓脇です。ついに最終決戦開幕です。これまで長かったね!!
 今回の最終決戦エピソードは、今までで最長のお話になります。これから決着までに起こることは、すべて一日の間に起こったことなのです。やばいね。めちゃくちゃ盛り盛りな一日になるよ。
 さて今回朱鷺澤が覚醒しました。半ば洗脳じみた形での覚醒ですが、一応そうなることを最後に望んだのは彼自身です。ロロロくんに誘導されたとはいえ、最後には自分の意思でああなることを選びました。
 この作品においては基本的に『意志の強さ=パワー』という数式が成り立つようにできています。前回の黒薙がまさにそうですね。
 あれだけの覚悟を決めた朱鷺澤に黒薙は勝つことができるのでしょうか……?
 さて、次回は高坂メイン回です!地味に第1話から登場している彼ですが、実はあまり掘り下げられていなかったんですね。
 他に第1話から出てるのなんか黒薙亜矢ミスティくらいよ?なのに今までろくな掘り下げがなかったのはある意味奇跡ではないでしょうか。悪い意味で。
 本来ならもっとライバル的なポジションになる予定だったのですが、すっかり敵Aになってしまいました。次回は彼を掘り下げて読んでくださってる皆さんに高坂に同情させるぞー 
 それでは次回をお楽しみに。墓脇でした。
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