『Quadruplet Material Attack!!』
拳が、ウロボロスの胸を撃ち抜く。その体躯が宙に舞い、そこから、二つの人影が吐き出された。
「よっ、と」
その内、小柄な方──朱鷺澤を、OOは抱きとめた。
「は、なせ……薄汚れた、手で……永治に、触れる、なァ……ッ!!」
地を這いずりながら、ロベリアは叫ぶ。しかし、その叫びはOOには届かない。
「苦しそうですね、『輪廻共存』?」
そんなロベリアに、ミスティが冷たく言い放つ。
「や、めろ……僕に、近づくな…………ッ!!」
「私だって近づきたくないですよ、あなたみたいな汚物には。……なのに私が、こうしてあなたの前に立っている。その意味がわからないあなたではないでしょう?」
ミスティの掌に握られたそれを見て、ロベリアは顔を青ざめさせた。
「ま、さか……き、みは…………ッ!?」
「はい。今の私ではあなたを完全に殺すことはできない。なので……とりあえず、封印させてもらいますね」
懐から取り出したナイフで、ロベリアの胸を貫く。力の抜けた抵抗は通用しない。刺されたところから、じゅわりと、ロベリアの身体が溶けていく。
「さようなら、二度と目覚めないでくださいクソ野郎」
その傷口に野球ボール大の球体を押し付けると、一瞬前までロベリアだった光の粒子たちが、そこに吸い込まれていった。全てが飲み込まれたあと、その球体が、ミスティの掌から転げ落ちた。
「おいミスティ、大丈夫、か…………?」
ミスティが膝から崩れ落ちたのを見て、OOは、朱鷺澤を寝かしてから振り向いた。視界の先にいる少女の体は、青い粒子に変わり始めていた。
「お前、何やって……」
「……心配、しないでください。力を、使いすぎた、だけです、から…………」
床にへたり込みながら、ミスティは何とか言葉を紡ぐ。
「でも、お前……体が…………」
「別に……死には、しませんよ……先輩、ひとつだけ、教えてあげます……」
いつになく柔和な笑みで、ミスティはOOを見据えた。
「私、たちは……許容量を超える、ホルスを……一度に、使いすぎると……こうなっちゃうん、ですよね……でも、それは……死ぬってわけでは、ないんですよ…………」
力なく微笑み、言う。
「消えても……どこかに、また現れる……だから…………すぐ、戻って、きますから…………」
何となく、それが強がりではないと気付いたOOは、ミスティの手を握る。
「……わかったよ。待ってる。待ってるから…………絶対に戻ってこい」
「はい……待ってて、ください…………あぁ、それと…………」
粒子が全身を侵しきる寸前に、ミスティは笑い、言った。
「……那月、には……短期留学とでも……伝えて、おい…………」
言い終わらないうちに、光は散り──少女は、この世界から『消失』した。
「……ミスティ。一旦はテメェを偲んでやろうと思ったが、どうやらそんなことしてる暇はねぇらしい」
目に浮かべた微かな涙を指で拭き取り、鎧を消滅させた黒薙は言った。その視界の先には、戦いの果てに粉砕された、崩落を待つだけの瓦礫たち。
「朱鷺澤。……立てるか?」
「……ん。大丈夫、だけど…………」
「……今からちょっと無茶する。キツかったら言ってくれ」
朱鷺澤の手を取り、塔の壁に開いた穴を足で無理やりに開いて、そこから──全力で飛び降りた。
「……は?え??無理無理無理無理無理!!キツいキツくないの問題じゃないんだけど黒薙くん!!??」
「うるせぇ喚くな黙って掴まってろ!!」
とはいえ、おそらく変身はできない。多少の怪我は覚悟の上ではあるが、流石に肝が冷える。
「……まったく、二人して世話の焼ける男ね」
自由落下の真っ只中にいる二人が、横合いから攫われる。しかし、それが脅威ではないことを、黒薙は知っていた。
「サンキュー亜矢、助かった!!」
「どういたしまして、颯斗。取り敢えずここから全速力で降りるから、ゲロ吐きそうになったら言いなさい?その場で空中に放り投げるから」
「それ言うに言えねぇやつだと僕は思うんだ、がァァァァ!?」
前言撤回。これだけの速度で降りられると、流石に脅威にもなりうる。
「はい、これでお仕事終了っと。……あれ?レーツェルとかお兄ちゃんとか草壁先輩とか神蔵さんとかいなくない?」
ゼェゼェと唾液を漏らす二人を尻目に、変身を解いた亜矢は崩れ始めた塔を見上げた。
「お兄ちゃんはいるぞ。普通に無事だ。草壁と神蔵さんは知らん」
「へぇ」
数秒後、真っ赤な鳥に掴まって赤萩が降りてきた。亜矢は適当に返事をするが、その一瞬のちに、亜矢の頬を一筋の光が掠めた。
「熱ッ!?」
「ん?あぁ悪いね赤萩妹。前方不注意だった」
その光は、気を失った草壁を抱えた神蔵であった。
「まぁ治せるんでいいですけど……颯斗、レーツェルについて何か知らない?」
「ミスティに関しては……いなくて当然だよ……事情は……後で説明する…………」
「……そう。七割くらい察したわ」
辛うじて起き上がり、言葉を紡ぐ黒薙。その言わんとしていることは、声色と表情から察せられた。だから、亜矢はそれ以上追求しなかった。
「ま、ともかく、ひとまずは……俺たちの勝ち、でいいんだよな?」
ウロボロスの力か、ダガーの力か、はたまたその両方か、空を覆っていた雲が晴れ、ギラギラとした朝日が姿を見せる。それを見て、赤萩が呟いた。
二〇一九年、七月二〇日、午前八時三五分。三ヶ月強ほどの期間に渡るライダーと怪人の戦いが、ここに幕を閉じた。
「……お。起きたみてぇだな、朱鷺澤」
翌日の昼過ぎごろ。朱鷺澤永治は病室で目を覚ました。視界の先には、少しやつれたように見える友人がいた。
「黒薙……くん…………」
「おう。その黒薙くんだぜ。……で、身体の調子はどうだ?」
優しく笑い、黒薙は問いかける。
「痛みとかは……ない……けど…………」
「けど?」
「……なんか、脱力感っていうのかな。全身に力が入ってないみたいな感じがするんだ」
俯きながら、朱鷺澤が答える。
「……そうか。実は僕もそうなんだよ。原因はなんとなくわかってるけどな」
黒薙はその笑みをほんの少しだけ翳らせると、りんごを剥きながら、こう続けた。
「僕はミスティを、お前はロベリア=ローゼンロードを失った。化身がいないと、僕たちは能力を失うらしくてな。それで、今まで当然のように身体に流れていたホルスがなくなって、身体の方が混乱してるってわけだろうよ」
ほい、と朱鷺澤にりんごを差し出す。受け取りはするが、口はつけない。
「えっと、他の怪人の人たちはどうなったの……?」
「おっ、その話聞くか。なんつーか理不尽にひでぇから聞いてくれよ、又聞きでもめちゃくちゃ腹立ってくるからよ」
ごくり。朱鷺澤は唾を飲む。
「昨日、あの後統括理事会の緊急会議があったらしくてな。その最終的な議決だけ委員長から聞かされて、驚いたんだが……どうやら上は、この怪人事件そのものを無かったことにしたいらしい」
「え……?でも、そんなこと…………」
「できねぇ。普通ならな。……まず、怪人事件に関する公的な記録が書き換えられたみたいだ。アレは全て脱獄したゲノムス=リボーが放った虫のせいですってな。んで、それを解放したのが菱杖と」
呆れたように言う黒薙に、朱鷺澤もつられてため息を漏らした。
「お陰様で今現場の上の方にいる僕らみたいなのはてんやわんや。お役所の都合で僕らを振り回すの、いい加減やめてもらえねぇかな」
「た、大変なんだね……」
黒薙の引き攣った笑みが、段々と卑屈なものになっていく。
「で、ここまではまぁ想定の範囲内だったんだが……どうやら現実ってやつは、そこでは終わらせてくれないらしい」
そして、その声が、真剣さを帯び始めた。
「……信じがたいことに、怪人事件に関与しなかった生徒の記憶が綺麗さっぱり書き換わっちまった、と」
「ど、どんな風に……?」
「さっき言った通りに。不思議なモンだな。まるで魔法みてぇに、怪人事件に関わらなかった奴だけの記憶を丸っと改竄しちまうんだから」
黒薙は遠い目をしながらも、確かな怒りを孕んだ声色で言った。
「え、えっと……その……ぼ、僕はこれから、どうなるの…………?」
「知るか。……と言いてぇところだが、上が不祥事を覆い隠すために怪人になった生徒の罪を全部菱杖とゲノムス=リボーに押し付けてな。お前は洗脳された結果怪人になっちまった哀れな被害者にされちまったらしい」
黒薙の言葉を受け、朱鷺澤は顔色を変え、
「なんで……僕は、自分の意思で怪人に…………ッ!!」
「しっ。病院で騒ぐな。僕も上に抗議はしてみたが、門前払いだったよ。残念ながらそういうもんだと諦めな」
そう言うが、黒薙はそれを嗜めるように言った。
「……釈然としねぇが、今お前たちがすべきことは、小さな社会奉仕を重ねていって、受けるはずだった罪を償っていくことなんだと、僕は思う。……僕も、僕のせいで怪人事件に首を突っ込む羽目になった奴らへの償いに精を出すことにしたよ」
「そういうもの、なのかな……」
「そういうものなんだよ。……ってなわけで、ほれ」
口では納得しても心は納得していないといった風に首を捻る朱鷺澤に、黒薙はファイルを手渡した。
「これは……?」
「夏休みの予定表とか諸々。明日から補習なんだ、ちゃんと来いよ?」
「ちょ、ちょっと待って?あの、えと、その、僕みたいな悪人が、そんな……」
あくまで朱鷺澤を光のもとに引きずり出そうとする黒薙に、朱鷺澤は否定の言葉を絞り出す。
「お前が悪人なら僕は最低でも百回は死刑になってるぜ?お前はまだ立ち直れる。だから日常生活に戻れ。……悲しみだとかなんとか、そういうカッコつけたモンを背負うには、まだ、お前はか弱すぎる」
しかし、黒薙は、そう言って朱鷺澤の否定を否定した。
「でも、僕は……君や赤萩さんを傷つけた……そんな僕が、今更どの面を下げて……っ!」
「あいつはそんなに心の狭い女じゃねぇよ。謝りゃ許してくれる。だからお前も、現実から逃げてないでこっちに戻ってこい」
柔和な笑みで、黒薙は語る。
「〜〜っ!!わかったよ、もう吹っ切れたよ!!もし大丈夫じゃなかったら一生恨むからね!?」
「よしその意気だ。大丈夫じゃなかったらそん時は僕が慰めてやる。……おかえり、永治」
髪をかき乱しながら叫んだ朱鷺澤に、黒薙は優しく語りかけた。
「え……?今、なんて……?」
「ん?んん!?悪い朱鷺澤つい口をついて変なこと言っちまった聞かなかったことにしてくれ!!」
「ダメだよ。僕に無茶振りするんだから、君も僕の無茶振りに応えてくれるんだよね?……ね、颯斗くん♡」
「言わねぇ!!絶対に言わねぇからな!!その発情した目で僕を見るなぁぁぁぁぁ!!」
もはや二人に、死闘を繰り広げた経緯などはどこにも見られない。ふたりは友人を超え、『親友』になったのだ。だから二人は笑い合える。そこに憎しみや怒りを介在させる必要はない。もう、ふたりの絆が途切れることはない。馬鹿やって騒いで、そんな日常を取り戻したふたりは、笑顔に満ちていた。
「……あ。そうだ。まだお前に渡しとかなきゃいけないモンあるんだった」
ひとしきり揉み合ったあと、黒薙が思い出したように言った。
「そのグロいボールはなんなの…………?」
「お前の化身を封印したモンスターボールだよ。封印の解き方なんてモンは僕もお前も知らねぇし、けど他の誰かに渡すのも不安があるだろ?だからお前に渡すのが一番かなって」
「……いらないなぁ。でも勝手に封印解かれたりしたら困るし、僕が持って帰るよ」
そうして二人は別れた。この時朱鷺澤が持ち帰った結果、謀らずもウロボロス級の脅威を巻き起こすことになることを、二人はまだ知らなかった。
「それにしても、アイツが消えたらお兄ちゃんも消えちゃうもんだと思ってたわ。アイツが蘇らせたって怪人たちもそのあと全部消えたみたいだし」
「ベネットのおかげだろうな。死なずに済んでよかったよ」
「ね。……改めて、おかえりなさい。お兄ちゃん」
同時刻、赤萩亭では、赤萩兄妹が語らっていた。
「おう。……で、なんで俺んちにこんなに人が集まってるか聞きたいんだが…………」
「それを聞くのは野暮だと思うぞー。俺たちだって大切な仲間がいなくなってそこそこに寂しかったんだぜ、ハ〜ルっ」
「この男と同意見ってのは気に食わないけど、私もそれなりに寂しかったから、暇な今こそ電撃訪問のチャンスかなと思って」
堂々と居座りながら、堂々と言ってのけた罪科と遠山。
「罪科さん、それクソキモいからやめてくれないか?いくらカスのアンタでも堂々と殴り飛ばしたくはねぇ」
「誰がカスだっえ?死人のハルくんよぉ。俺がもっかい殺してやろうか?」
「上等だッ!?」
赤萩と罪科の頭が引っ叩かれる。叩いたのは遠山だ。拳から煙を出しつつ、遠山は言った。
「罪科七志。いくら再会が嬉しいからといってはしゃがない。それから赤萩くんも。せっかく偶然の連続で拾った命をドブに捨てるような真似はやめなさい。どうせ死ぬなら戦場か
「いやぁ悪い悪い。本題をすっかり忘れてた。反省反省」
悪びれもせずに罪科は言う。
「陽希様、亜矢様、罪科様、遠山叶絵。ではごゆっくりどうぞ」
「私だけフルネーム呼び捨てなのなんとかならないんですか?」
「すみません私あなたのこと嫌いなので」
出された紅茶のカップを受け取りながら、渋い顔をして遠山は言うが、嫌いならば仕方がない。特に何も追求はしないでおいた。
「で、早速本題に移らせてもらいます。怪人事件が収束し、この街に蔓延る脅威の一つは取り除くことができました」
一口だけ紅茶を飲んでから、遠山は続ける。
「……しかし、残念なことに、世界とは全てがうまく回るものではありません。人間に自浄作用を期待する方が間違っていると言えましょう」
「それで結局、遠山先輩は何が言いたいんですか?勿体つけてないでさっさと言ってくださいよ。私友達とゲーセン行く用事あるので」
「あん!?口の減らねぇガキだな!?黙って聞いてろクソガキ!!」
仰々しく言う遠山に、亜矢が指摘するが、それへの返事は暴力的なものであった。
「……こほん。まぁ要するに、どこからか怪人の技術が漏れ出ていて、私たちはその大元を特定して叩きましょうってことです。これでいいんでしょう亜矢ちゃん?」
「なんで逆ギレするんですか?いやまぁそれでいいですけど……」
亜矢は困惑を表情に浮かべながら、そう答える。
「私たち執行衛兵が表側にアンテナを張るので、そちらには裏側の調査をお願いしたいと思っています。表面的に出てくるであろう怪人については、ライダーの力を持つ私たちで対処しますが」
遠山はそう言って、紅茶を飲み干した。
「……何か進展があったら伝えます。では、そちらもよろしくお願いしますね」
そして、遠山は退室した。
「じゃ、私もそろそろ準備しなきゃだから失礼するわ」
亜矢も退室し、『ファング』の二人だけが残される。
「……罪科さん、今のやつ、なんか心当たりはあるか?」
「ない、と言いたいところだが……実はあるんだな、これが」
閑散とした空間に、声が響く。
「怪人事件になんらかの形で大きく関わったやつとそうでない奴の間に記憶の齟齬がある。深く関わってないアキは書き換えられた側だったが、俺もそっち側のはずなのに、改竄された記録が矛盾してると自覚できるくらいには記憶は無事だ」
罪科は、罪科なりの考えを述べる。ちなみに、アキというのは、『ファング』のメンバーであるアズリア=ラキュラスのコードネームだ。
「俺はともかく、誘宵学区に不満を持つ者がこうなってた場合……相当厄介なことになるかもしれないな」
アズリアの様子を見るに、ランク10だから記憶を保っていられるわけではない。この状況に陥っている生徒が少なからずいると判断した罪科はそう語る。
「だから、早急にガスの元栓は閉めないとな、手遅れになる前に。……ま、手遅れになったらお前に戦ってもらうだけだが」
「どいつもこいつも人遣いの荒いことで。ま、仕方ねぇからやってやるよ。っつーか俺『ファング』の実働係だしな」
待ち受ける新たな戦いの運命を察していたからこそ、二人は笑い合った。
「やっ、昨日ぶりだね蒼哉。怪我の具合はどうだい?」
「大丈夫に見えるかい希望。君にはこの全身包帯まみれの動くミイラが、本当に大丈夫なように見えているのかね?」
「皮肉に決まってるだろ?わかっていてボケ倒すのは感心しないな。君はツッコミ担当だろう?」
その頃、黒薙とは別の病室で、草壁と久城が面会していた。
「……というか、彼女がいないというのも意外だね。神蔵藤子さんだっけ?喧嘩でもしたかい?」
「君が来る数十分前まではいたよ。戦いの後だろうとバイトがあるのは変わらないようでね。なんなら朱鷺澤永治でも連れて行ってみるといい、常連にされるぞ」
いるものだと思っていた相手がおらず、少し驚いたふうな久城に、草壁が言う。
「永治、ね……」
「何かあったのかね?振られでもしたか?可哀想に……」
「まだ何も言ってないのにその後を勝手に妄想で補うのは良くないな、普段のボクの記事みたいなことしないでくれるかい?」
「おっと失礼。というか、捏造上等でやってる自覚はあったんだな君……」
軽口を叩いたら、思っていたよりも本気で怒られ、草壁は肩を窄める。
「……その、冷静になってみると、どの面を下げて永治と向き合えばいいか分からなくて」
「そういうことか。……正直、気持ちはわかるよ。私もあの件の直後は怖くて藤子と顔も合わせられなかったからな」
久城は、自分の顔を隠すように俯いて言った。
「……というか、今これを聞くのもなんだが、君は彼に想いを打ち明けるつもりはあるのかね?どうも君の彼に対する行動には自暴自棄の色が見られるが、彼は黒薙と和解してその辺り吹っ切れたそうじゃないか」
「るっさいな。デリカシーのない男は嫌われるよ?……キミにはわからないだろうけど、そもそもボクみたいな空っぽな女が永治とつり合うわけがなかったんだよね」
虚ろな笑みを浮かべながら、久城は言う。
「と、言うと?」
「言わせんなよ。言うけどさ。……気を悪くしないで欲しいんだけど、ボクがキミに告白したのって、実は永治の気を引きたかったからなんだ。少しでも縁があれば嫉妬の色も少しは見せてくれるかなって思ったけど、ダメだった。素直に祝福してくれたよ。あれはなかなかに堪えたな。ボクの今までの努力ってなんだったんだろうって、胸が張り裂けそうだったよ。……ごめんね、蒼哉。キミには絶対にこんなこと言いたくなかったんだけど」
いつになく偏屈な笑みで語った久城に、草壁はどう声をかけたらいいかわからなかった。
「……そう、だよね。こんな最低な女に、何もかける言葉なんて…………」
「……あぁ、いや、そうではなく、だな。というかこれ浮気を責められる夫の言い訳みたいだな?やめろ、罪悪感が半端ではないからやめるんだ。このじめっとした空気なんとかしてくれないかね?それを放っているのは君だぞ」
申し訳なさそうに笑うものだから、草壁は必死になって彼女の言葉を否定しようとする。本当に私は何をやっているんだと脳内で声が響いていた。
「……その、何だ。私もあの時は君を利用していただけだったんだよ。本人に面と向かって言うのは憚られるが、君から言ってきたんだ、これで痛み分けだな?」
「…………そんな嘘、つかなくていいよ」
「嘘ではない。私は君と違って私生活でも記事でも嘘はつかないように心がけていてね」
草壁は頭を掻きながら、バツが悪そうに言った。
「あの時、私は、誰かを愛するということが理解できていなかった。誰かに告白されることがあっても、いまいち乗り気になれなかった。そんな中、ある程度親しかった君からの告白を受けて、君ならあるいはと思ってそれを承諾した。だが、無理だった。君は先程あんなことを言っていたが、それでも確かに私を愛してくれていたことは覚えている。それでも、できなかったんだ。私は、君を愛を知るための道具として使った挙句、使いこなせなかった。……ほら、これで一対一。痛み分けというわけだ」
嘘ではない。確かに自分と一緒にいても特に面白そうな顔はしていなかった。思い出しながら、久城は笑う。
「……ひどい男だよ、本当に。こっちは多少は君を好きでいたのに、君の方はそんなことを思っていたのか」
「はは、ひどい女に言われたくはないな。意中の相手に嫉妬させるために男心を弄ぶ悪魔め」
微笑みが重なる。二人は、友人として笑い合う。
「……藤子の話になるが、最初はそんなつもりはなかったが、彼女から告白されて、自分の秘めた感情を自覚した私という例がある。君も意を決してみればいいのではないかね?」
「そう簡単に行きはしないと思うけどね。好き勝手言ってくれやがって、大馬鹿野郎。……まぁ、でも、当たって砕けろだ。落ち着いたらそうさせてもらうよ」
「それはやらないフラグだと思うがね。……頑張れよ、友人として応援しているからな」
そう言い、二人が熱い握手を交わした瞬間のことだった。
「あぁ〜やっっっと見つけましたよぉ久城せんぱぁぁぁ……い?」
厄介な後輩が、病室の扉を開けたのは。
「……あ、いや待て礼子。なにか勘違いしているな?」
つまりそれは、ほのかに頬を染めながら手を繋いでいる二人の姿が見られたというわけで。
「ほう、ほほぉう、どこにいるかと思えばこんなところで浮気を堪能中でした、と。ぐふふ、このスキャンダルをばら撒けばわたしが編集長の座を強奪することも……♡」
「いや、これは友情の握手なのだが……こんなヘドロを煮詰めたような糞女、二度も交際しようとは思わんよ」
「そうそう。こんな仏頂面で紫色の髪の女の子と付き合ってるどっかの誰かとキャラ被ってそうなやつに友情以上の感情はないよ」
二人の無実を訴える目を見て、多々羅はしばし考える。
「ん〜〜〜……まぁ、これは確かに付き合ってない目ですねぇ……って、こんなアホなやり取りしてる場合じゃないんですよぉ!!」
「安心して、礼子。キミとのやり取りがアホじゃなかったことはボクの記憶する限り一度もないから。でもそんな少し抜けてるキミも可愛くていいと思うよ」
「えへへ〜アホな子のわたしもかわいいなんて照れること言ってくれるじゃないですかぁ♡……じゃなくて!!」
多々羅は叫び、久城の腕を掴む。
「ちょ、ちょっと。そういう乱暴なのはよくないとボクは思うな……」
「うるさいですよぉ、あの大スクープを前にこんなところで油売ってる方がよくないですもんっ!!」
大スクープ?草壁と久城が疑問符を浮かべる。
「十七学区の湖にイッシーが出たんですよぉ!!あのネッシーのパクリみたいな首長竜みたいなのが!!」
「……なるほど、それはいい話を聞いた。最近は陰鬱なニュースばかりだったからね、ここらでみんなに笑顔を届ける記事でも作りに行かないとね。……というわけだから、失礼するよ」
怪我人の草壁を置いて、二人はダッシュで病室を飛び出していった。その様を見て、草壁は笑った。
真っ白な天井だった。まるで世界の汚れの全てを削ぎ落としたかのような、清潔感のある白だ。そう思うのは、どこか心地良い消毒液の香りが鼻腔をくすぐっているからだろうか。
「…………あ、れ?」
ベッドの上で、中学生くらいの少女が胴を起こした。しかし、その現実に違和感を覚える。心なしか体も重い。まるで、体の方が動くことを拒絶しているかのように。なぜだろう。少女は思案するが、刹那の後に、その頬に触れた感覚が、それを阻害した。
「…………水削、さん?」
「よかった。意識が戻ったというのは本当だったんですね……久しぶりですね、瑠璃ちゃん」
目を潤ませながら、自らの顔を覗き見る、一見すると小学生程度に見える成人女性の顔を見て、少女は、菱杖瑠璃は、自身に起こったことの全てを思い出した。
「……そっか、わたし、ずっと寝ちゃってたんですね。ところで、兄さんは…………」
瑠璃の問いに、しかし水削の返答は沈黙であった。その唇は硬く結ばれ、言葉をこぼす隙間はない。
「……そう、なんですね…………」
「ごめんなさい、瑠璃ちゃん。詳しい話はまた今度させてもらいますから……」
水削は申し訳なさそうに頭を下げると、片腕にかけていた袋から菓子類を取り出し、瑠璃へと渡した。
「そ、その……る、瑠璃ちゃんって、これ、好きでしたよね……?」
気まずそうに、水削は言う。
「わ〜……はい、好きでした……!!ありがとうございます、水削さん……!!……あれ?」
満面の笑みで受け取る瑠璃だったが、その頬を、温かな水の筋が伝った。
「お、おかしいな……わたし、なんで泣いてるんだろ…………」
口ではそう言うが、本当のことはなんとなくわかっている。沈黙ほど雄弁なものはない。先程の水削のあの反応から察するに、兄はもう生きてはいないのだろう。理屈ではなく、直感がそう囁いていた。
「ごめんなさい、水削さん……その……今、一人になりたい気分なので…………」
「……わかりました。早く退院できることを祈っています。また来ますね」
そう言って、水削は病室を出た。自分が彼女に寄り添ってあげなければならないことはわかっている。それでも、水削は、その涙から目を逸らさなければならない気がしたのだ。小さな箱庭から、少女の嗚咽が漏れ出す。罪悪感は拭えない。不甲斐ない自分に嫌気がさす。立ち尽くして慟哭を聞く最中、携帯がピコンと音を鳴らした。
「……はぁ。今そんな気分じゃないんだけどな…………」
友人の呼びかけに、嫌々ながらも返事をして、水削は病院を発った。
「あら、生きてたのね裏切り者の毒島さん」
「お久しぶりですわね、腰抜け虚言癖のリンちゃん。新しい彼氏とはまだ続いてます?」
「まぁね。そっちはどう?研究の方は捗ってる?」
墓地では、偶然に出会った、かつてのOverXのふたりの生き残りが話していた。
「そこそこってとこですかね。そちらの経営は大丈夫でして?」
「こっちもそこそこってトコね。なんとか負債を返して生活も保てる程度には儲けてるわ」
二人は、ある墓石の前に佇みながら、言葉を交わす。
「……ねぇ、レイちゃん。リボンちゃんとゲンちゃんは、今頃そっちに逝ってる頃でして?」
「馬鹿も休み休み言ってよ、レイさまとあの馬鹿二人が同じところに逝くわけがないでしょう?」
「……馬鹿はあなたでしてよ、リンちゃん。いつまであの愚かなひとを盲信してるんですか」
墓前に花を備え、二人は言う。
「……えぇ、そうね。私は結局、未だにあの人の幻を追い縋っているのかもしれないわ」
「……まぁ、気持ちはわかりますけどね。私だって、あの頃の日々を忘れられず、こんなにも未練がましく墓参りに来ている。……あそこであなた達に従わなかったのは、今でも正しいと思っていますけれど」
ランク10の超能力者たちで過ごした日々を、二人は回想する。
「……でもまぁ、いつまでもこんな辛気臭いのもどうかと思うし、切り替えていきましょ」
手を合わせ、この世を去った旧友への弔いを済ませると、五和町が口を開いた。
「ねぇ毒島さん、よかったらウチで働かない?なんていうか、久しぶりにあなたと会ったら、また一緒に何かやりたくなっちゃった」
「……はぁ。面倒ですわね…………まぁ考えるだけは考えておいてあげましてよ」
五和町の勧誘に、面倒そうな顔をしながら、毒島は答えた。
「……じゃあ、私は帰りますけど、そちらも帰路にはお気をつけて。では」
手を振り、毒島は五和町に背を向ける。墓地を出るときに、長身の黒髪の男とすれ違ったが、言葉は交わさなかった。言葉を交わせば、永遠に離別することとなった旧友に、永遠に離別を与えたこの男を、『ファング』を恨んでしまうと知っているから。
だから、毒島は、俯いたまま墓地を離れた。この戦いで死んでしまった二人の分、意地でも生きてやると、ここに誓った。
「バイトが終わって、ようやく蒼哉のもとに向かえると思ったら……君たちの馬鹿騒ぎに付き合わされることになるとはね」
それから少し後。バイトを終えた神蔵は、鬼気迫った表情の五和町に呼び出され、彼女が働くバーに連行されていた。営業時間外ではあるが、そもそも今日は休みになっていると聞いていた。訳もわからず連れてこられたところ、いい歳をした大人どもが真っ昼間から酒盛りに明け暮れていた。面倒ごとに巻き込まれ、神蔵はため息をついた。
「そう言うんじゃあないよ藤子ぉ〜、君も私たちと楽しもうじゃないかぁ〜」
「現役教師が酒に溺れている姿、もしも教え子が見たら泣くんじゃないかと思うのだがその辺りどうだろう好田さん」
「そんなの知ったことじゃあないんだよぉ〜、どうせ誰も見てないんだからさぁ〜、せめて教師じゃない今だけは酔わせてくれよなぁ〜」
好田は顔を真っ赤にしながら追加の焼酎を頼む。
「ほんっっっとれすよっっっ!!!こんなん呑まなきゃやっれられませんっっっ!!!」
「水削さんの方もだいぶ酔ってるね……」
「酔わなきゃやっれられませんかられっっっ!!!!」
顔を真っ赤にしながらビールを流し込む水削に、神蔵は汗を流した。
「……我が教え子ながら、エレガンスに欠ける飲み方だな。酒に飲まれているではないか」
「……本っっっ当に、あなたがいてくれて助かったよ剣持さん。私だけならこの空気に耐えられそうもなかった」
「皆まで言うな神蔵よ。エレガンスには欠けるが、たまにはこういうのも、乙だとは思わんか?」
「……まぁ。たまには、ね」
剣持からグラスを渡され、釈然としないといった表情で神蔵は言った。
「教頭先生チビチビ飲んでるねぇ〜、もっとこうガーッと行きましょ〜?」
「……好田。確かに私は無礼講とは言ったがそこまで無礼になれとは言ってなッ!?」
そんな中、千鳥足の好田が剣持に近付くと、無理やり酒を口に押し込んだ。
「貴様クソガキャァァァァァ!!大人を怒らせるということが何を意味するかその身に教えてくれるわァァァァァァッ!!」
「はははっ!!ついてこれるなら頑張ってついてくることだねぇ〜!!」
ドタバタと走り回り始めたので、止めようと試みるが、暴走する二人の教師は、そう簡単には止まらない。
「はぁ……頭が痛い…………」
「どうしたんれすかぁ?お顔が真っ青れすけどぉ?」
「周囲の状況を見て察してくれると私としては助かるかな水削さん……というかその手は一体……」
頭を抱える神蔵に、水削がにじり寄る。
「こんな時はぁ、飲まなきゃらめれすよぉ!!ほら藤子ひゃんも口を開けてぇ!!」
「ほら予想通りだよだから酔っ払いの相手なんて嫌だったんだよぉぉ!!」
そこにあったワインの瓶を掴み、水削がじりじりと神蔵に迫る。気圧されながらも、神蔵は後退する。しかし、逃げる末に地面に転がったクルミの殻につまずき、転倒してしまった。
「やっ、やめろっ、来るなぁ……っ!!」
「ぐっへっへお覚悟ぉぉぉっ!!」
そしてそれから数時間後。退院が許された草壁が、美梁木に呼び出されてバーに向かうが……。
「これは、何があったらこうなるんだ……?おい待て目を逸らすな美梁木亜季」
草壁の目に真っ先に飛び込んできたのは、酔いつぶれて床で眠る三人の教師with恋人の姿であった。
「……ご、ごめんね草壁くん?酔っ払いどもを止められなかったのはひとえに私と亜季の怠慢だから…………」
「そう謝られると調子が狂うからやめてくれないかね?……まぁ、とりあえず藤子だけでも連行していくとするかね」
五和町の謝罪を聞き流し、倒れた神蔵に肩を貸して起き上がらせると、草壁は二人に別れを告げた。
「……それでは、私はこれで失礼させてもらうよ。また来る」
扉を開けて、外に出ようとした瞬間のことだった。
「そうやぁ、だいすきぃ……♡」
「おい待て今ここでサカるか普通!?やめろっ、確かに私は君を好きではあるがっ、待てって酒臭い!!おい、どれだけ飲んだ貴様、おい、藤子おい返事を……っ!?」
狼狽える草壁を尻目に、真っ赤になった神蔵が強引にその唇を奪い取った。
「…………藤子、貴様。もう知らんからな。そこまでして誘ったのは君なんだ、帰って何をされても文句は言うなよ?」
十数秒ほどされるがままだった草壁だが、なんとかその肩を突き放し、神蔵を真っ直ぐに見据えて言った。
「…………はぁい♡」
どうやら、今夜は長くなりそうだ。アルコールのせいで正常な思考ができなくなった神蔵にも理解できるほど、力強い視線だった。
「その……僕の勝手な考えで、赤萩さんやみんなにご迷惑をおかけして……本当に、ごめんなさい!!」
翌日。朝の補習のために投稿した亜矢は、朱鷺澤に呼び止められ、今までのことを全て、包み隠さず謝罪された。
「……別に、私はそこまで気にしてないわ。勝手な考えで他人に迷惑をかけたのは、私だって同じだもの」
亜矢にとっては、朱鷺澤のしたことは自分とそう変わらないものだった。だからこそ、それを必要以上に糾弾するような真似はしない。
「多分、颯斗にも似たようなこと言われたとは思うけど……大切なのは、何をしたかじゃなくて、これから何をするか。私は、そう思うの」
「はは……そのまんまのことを昨日、黒薙くんにも言われたよ」
「あ、やっぱり?なんていうか、私も最近アイツに毒されてきてるように感じるのよね。……って、これアンタの前で言うのもなんかアレね。ごめん、今のは私の配慮が足りなかった」
言ってから初めて失言に気がつき、亜矢は急いで訂正を加えた。
「あ、そこはもう大丈夫だよ。今の僕は、赤萩さんのことただの友達としか思ってないから」
「そう言われるとなんか腹立つんだけど……いや、まぁ、アンタがそれでいいならいいんだけど……」
憑き物が落ちたような笑みで、朱鷺澤は言う。
「多分、僕は、僕にない何かを持っている人に憧れてたんだと思う。けど、冷静に考えてみたら、世の中にはそんな人しかいないんだよね」
「へぇ、つまりアンタは『お前なんかその辺にいる有象無象と変わらねぇんだよアバズレ』って言いたいのかしら?」
「なんでそこまで歪んだ曲解ができるんですか?そんなだからいつまで経っても黒薙くんに告れなかったんだよ赤萩さん」
「いつまで経っても私に告れなかった負け犬がどのツラ下げて言ってんのかしらね」
二人は鋭い視線をぶつけ合う。
「まぁ、正直なところ、今のズケズケと本音ぶつけてくるアンタは嫌いじゃないわ。もちろん、友達として、だけど。……前までのアンタ、めちゃくちゃ不気味で気持ち悪かったから」
「そんなこと思ってたんだね赤萩さん……僕の中にかすかに残った憧れがどんどん崩れていくよ……」
朱鷺澤はこめかみを掻きながら、呆れたような声を漏らした。
「でも、正直に言うと、僕も友達として見るなら今の赤萩さんの方が好きかな。ほら、気兼ねせず何でも話せる友達って素敵だと思わない?」
そして、笑いながら、言った。
「だから忠告させてもらうね。……せいぜい気をつけなよ赤萩さん。うかうかしてるとどこかの誰かに取られちゃうよ☆」
朱鷺澤の言葉に込められた裏を読み取り、亜矢は顔を赤らめる。
「……ん?は?ア、アンタまさか…………ッ!?」
「さぁ?僕も何のことかわからないんだけどね?……ま、ただの冗談ってことにしておいてよ赤萩さん。……今のところは、ね」
「ふッッッッッざけんじゃないわよアンタァ!?絶ッッッッッ対にアンタなんかには渡さないから……って逃げんなこの野郎ォォォォォ!!」
まぁでも、コイツの目的がどうあれ、ちゃんと颯斗と仲直りできたみたいでよかったわ。それとこれとは話は別だけど。そう心に浮かべながら、亜矢は颯爽と逃げ出した朱鷺澤を追いかけた。
「は〜〜ぁ、ようやく終わりか……疲れたな…………」
補習を終え、荷物をまとめながら、黒薙が呟いた。
「そうね……せっかくの夏休みなのに補習ってどうなってんのかしら……」
「ギャハハ!!そりゃ仕方ねぇよ赤萩ィ!!こんな自称進学校に来た自分を恨みな!!」
「そもそも、学生の本分は勉強だからな。恋愛などにうつつを抜かしているお前たちの方が異端と自覚しろ」
「ははは……でも四六時中好田先生のこと考えてる早見くんが言っても何の説得力もなくない?」
黒薙の席の周りに集まり、思い思いに勝手に喋る悪友ども。そんな彼らを見て、黒薙は思わず、口元を緩めた。
「だッ……誰が四六時中あの人のことを考えているだと……ッ!?そもそもにおいて片想い拗らせて怪人になったお前には言われたくないがな!?」
「ギャハハ!!だってよ朱鷺澤ァ!!」
「う、うるさいな……というか、僕はもう恋とかなんとかそういうのとは関係ない人だし……」
こうして、悪友どもと馬鹿やって、馬鹿みたいに笑い合える日常。今まで当たり前のようにあって、しかし失われていた時間は、ようやく取り戻された。いつかの、闇に囚われていた涙は、すでに解放され、流されきったのだ。
「……颯斗。この馬鹿どものやり取りに巻き込まれる私に忖度してこの場を解決してくれたりしたら私はもっとアンタのことを好きになるんだけど?」
「悪りぃ、もう亜矢から僕への好感度はカンストしたと思ってるからそれにはお応えしかねるな」
「じゃあ今ので赤萩さんポイント下がったから取り戻そうと思って頑張ってくれないかしら」
はいはい、とため息をつく。しかし、黒薙の顔は満更でもなさそうな笑みに満ちていた。
「オラいい加減黙れクソども」
「ぐふッ」「がはッ」「ごほッ」
黒薙の拳が、瞬く間に三人の鳩尾を打つ。仲良く地面に伏した三人を見て、鞄を担ぎながら、黒薙は言った。
「さっさと立て。昼飯行くぞ」
その言葉を聞き、三人は高速で立ち上がると、すでに教室を出ていた黒薙と亜矢に追い縋った。
照りつける夏の日差し。じわじわと皮膚を焼く熱い熱線。それを浴びながら、黒薙たちは歩を進める。
暑さはあるが、そんなものを気にすることができるほど、彼らは平常心を保ってはいられなかった。
皆、口には出さないだけで、この日常への復帰を心待ちにしていたのだ。
「おっと、いらっしゃい黒薙。何名様で?」
「五人っすね」
「了解」
神蔵に案内されるがままに、黒薙たちは席に座った。視界の端では赤萩や草壁がそれぞれの仲間と昼食を取っていた。
「……おい、どうしたんだ黒薙?さっきからその気味の悪いニヤケ面は」
「ギャッハハ!!正義のヒーロー様がそんな顔してたら子供も泣いちまうなァ!?」
「そうだよ黒薙くん、もう少し真面目な顔できない?」
「今回ばかりはこの馬鹿どもに同意するわ。せっかくの顔の良さが台無しになってるわよ?」
無意識のうちに微笑を湛えていた黒薙が、悪友たちに総攻撃される。そこに、歪んだ悪意は一切介在しない。
「あ、マジで?……まぁ、僕もそうかもしれねぇが、テメェらだって人のこと笑えねぇからな?どいつもこいつも浮かれたキモい顔しやがって」
だから、黒薙も笑って返した。全員が全員、こうして再び笑い合えることを望んでいた。
「……ま、今日くらいは多少キモい笑み浮かべてても許してくれよな」
悪友たちが、微笑みながら黒薙を見据える。小っ恥ずかしかったが、それを隠すほど、今の黒薙は臆病ではない。
「またこうしてこの面子で馬鹿やってけるって思ったら、すげぇ嬉しかったんだから」
それを聞き、それぞれが頷く。笑みは絶えない。
ここに、決して絶えることのない友情の存在が、証明されたような気がした。
この戦いを経て、新たに手に入れたものは多い。失われたものも、同様に多い。
それでも、変わらないものがある。
ひとときは失われても、取り戻された不変のもの。
たとえリンク能力者でなくなったとしても。
たとえもう変身することができないとしても。
それを守るためならば、黒薙はヒーローになれる。
だから、この絆は、決して解れることはない。
そう、胸に誓った。
だから。
世界が悪意の
世界が『忘却』に塗りつぶされても。
この誓いだけは、絶対に忘れない。
仮面ライダーO 第一部
「
完
エピローグ「『輪廻』は闇に巡りゆく」
──少女は、夢を見ていた。強敵と戦った末に、自らを犠牲にしてそれを倒すといった、なんだかヒロイックな夢を。
「……ここは、どこでしょう」
真っ暗な薄闇の中で、少女は目を覚ます。
「……そもそも、私は誰なんでしょう」
少女は、記憶を失っていた。何か使命のようなものがあるということだけ、なんとなく覚えてはいたが。
「あれは…………殺さなきゃ」
そんな中、少女の目に、巨大な怪物の姿が映った。なんとなく、それを殺すことが使命だと察した少女は、その怪物へと一直線に駆け抜ける。
「砕けろ」
見たことなんて一度もないはずの怪物。その核らしきものを一撃で蹴り穿つと、その巨体が、初めから何もなかったかのように光の粒となって消滅した。
「……おい月白、今の見たか?」
「えぇ、見ましたよ乙姫。……彼女が何者かは知りませんけど、一応職質だけはしておきましょうか。もしも怪しい素振りを見せたら即時拘束、いいですか?」
「はいはい、了解しましたよっと」
その一部始終を見ていた二人の男女が、少女へと静かに近づく。
「おいおい、ビビられてんじゃねぇかよ月白!!いい加減認めろよ、テメェの顔は中身が出てて怖ぇってよ!!」
「いや、それは僕のせいじゃないですよね乙姫?というか顔が怖いのもどちらかというとあなたの方じゃないですか?」
「あぁん!?テメェ表出ろコラ!!」
少女を前に、二人は喧嘩をし始めた。というよりは、顔に傷のある少女が黒髪の少年に一方的に突っかかっているといった感じだが。
「あ、あの…………?」
「おっといけねぇ、どこぞの馬鹿のせいで仕事すっぽかすとこだったぜ。……じゃ、とりあえず質問だガキ。テメェは何モンだ?」
青い少女に顔を限界まで近づけ、スカーフェイス少女は言う。
「あ〜……ダメじゃないですか乙姫、そんなに脅しちゃ。完全に怯えられてるじゃないですか。安心してください、僕たちは怪しい者ではありません」
見かねた黒髪が、二人の間に割って入った。
「僕たちは連邦捜査局・霧核対策部に所属していまして、今あなたが倒した魔物やあなたについてのお話を伺いたいのですが、今お時間よろしいでしょうか?……あぁ失礼、申し遅れました。僕は霧核対策部所属、
「霧核対策部所属、
月白と乙姫、そう名乗った二人は、どことなく威圧感を放ちながら、少女を詰めていく。
「……あの、その、えっと、私、何も覚えてないんですけど……ただ目の前のこいつを倒さなきゃって…………」
「……はぁん。で、テメェはどこから来た誰なんだ?全裸でこんなジャングルを徘徊だなんて、アタイにはただのバカにしか見えねぇんだけど?」
ヒッ、と短い悲鳴を上げる。このままだとロクなことにならない。そう判断した月白が、乙姫を制止した。
「ンだよ」
「そこまでにしておきましょうよ乙姫、いたずらに相手を怖がらせるのが僕たちの仕事ではないでしょう?」
「……チッ、わーったよ。テメェがそう言うなら従ってやる」
乙姫はすごすごと一歩下がり、月白を前に押し出す。
「少しでも構いません。何か、わかることだけでも、僕たちに話してくれませんか?」
そして、月白は、少女を真っ直ぐに見据えて言った。
「……わかりません。ただ、名前と、漠然とした目的だけは覚えてるんです」
そして、少女は、視線を返して言った。
「……私の名前は、ミスティーク=レーツェル。あのおぞましい魔物どもを殺すために、ここに来ました。……多分、ですけど」
真っ白な世界に、ただ一つ。紅蓮に燃える異物が混じっている。その異物の名は菱杖透流。飢えて死ぬまで、あるいは死んだ後も、焼かれ続けるだけの業を背負った男。
「ふム……この辺りかネ?」
そんな、唯一の例外を除き全てが虚ろな白の世界に、ドス黒いヒビが走った。
「ゲーテ。剣を」
「はっ」
影から現れた人型は、傍に控えるスーツの男からダイヤモンドの剣を受け取り、それを振るって、炎を切り裂いた。
「は、ァッ……!!た、助かりました……ッ!!」
地獄の業火に焼かれ続けていた菱杖は、切り分けられた炎から這い出ると、男へと駆け寄る。
「本当に助かりました、この恩をどう返せばいいやら……。ところで、貴方はどちら様でしょう?」
菱杖の問いに、男は答えない。しかし、その眼光はギラリと輝いていた。
「こちらこそ質問させてもらおウ。まさかキサマ、ワタシがキサマを助けるためにここに現れたとでも思っているのかネ?」
しばしののちに、男は口を開く。その冷徹な声色に、菱杖は血の気が引いていくのを感じた。
「な、にを……貴方は、一体…………ッ!?」
返答はない。ただ、一つの斬撃が、菱杖の体を二つに分けた。
「そうカ。そんなに気になることかネ。考えてみたまえヨ。キサマの命を狙う可能性のある相手ヲ 」
痛みや出血を伴わない斬撃が無数に飛来し、その度に菱杖の体が分かたれていく。その度に思考が分断される。虚ろになりゆく思考の内に、菱杖は、なんとか答えらしきものを掴むことができた。
「まさか……統括理事長、ヘリオス=ジェルマニア…………ッ!?」
「半分は正解だネ。褒美に目的程度なら聞かせてやろウ」
菱杖を切り刻みながら、ヘリオスは笑う。
「キサマはキサマの私欲でワタシのプランを妨害し続けタ。だかラ、ワタシに刻まれているのだヨ」
サイコロ大に切り刻まれ、もはや言葉も発さなくなった肉塊を一つに束ねると、ヘリオスは再びヒビを出現させ、そこへと飛び込んだ。
「安心したまエ、菱杖透流。キサマの死体はワタシが有効に活用してやル」
ここに、人知れず、新たなる惨劇の火種が生み落とされた。[newpage][chapter:あとがき] 最終回、そしてこのエピローグまで読んでいただき、誠にありがとうございます。こちらのあとがきでは、最終回の方ではできなかった、キャラクターについての裏話をさせていただきましょう。
まず黒薙です。最終回のあとがきでも語りましたが、この作品は何度も生まれ変わった末に現在に至るわけですが、そんな中で、彼は何度も名前の字が変わっていきました。他のキャラクターは名前が丸ごと変わったりしてるのに、こいつだけ読みはそのままで漢字が変わっていきました。
黒凪隼斗→黒凪颯斗→黒薙颯斗の順で変わっていきましたね。すごろくの学園回の彼の異名が「双王の隼」なのは実はここからきています。
反対に、一切名前が変わらなかった例としてミスティと朱鷺澤が挙げられます。朱鷺澤は二代目から、ミスティは三代目からの登場になりますが、特に朱鷺澤の方は作中で唯一、名前に意味を持たせてまして、「時に触れ、永久を治めるもの」というのが由来になっていたりします。禁書の上条当麻やグリモアの朱鷺坂チトセあたりをイメージして考えました。
名前といえば、ミスティ以外で最初からライダーに変身すると決まっている人物は名前に色が入るようになっているの、気付いていただけましたか?
遠山も割と序盤で変身フラグを立てましたが、あれはその場のノリで出てきた発言です。その場のノリなので最後の最後まで変身が後回しにされました。
ということはつまり今回の最後に出てきたあの男は……?
閑話休題。あと一人、名前がどうとかは一切関係なく、ただ裏話を語りたいキャラクターがいます。鮎川です。
彼は実は、最終回のあとがきで語った「エグゼイド系のオリジナルライダー」で、最初から敵として登場して、最後の最後に味方になる立ち位置のキャラクターでした。
主人公の兄で、本編開始前にとある事件で死んだと思われていたものの、実はバグスターになって生き延びていたという設定でしたね。
本作では兄妹の生死が逆転しており、妹の
ちなみに、変身後が「黄色い、自動車モチーフの怪人」なのもそちらから持ってきた要素になります。
さて、これ以上ここに書けそうな裏設定は現状ないので、ここらで終わりにしたいと思います。では、次はO特別編のあとがきでお会いしましょう。墓脇でした。
墓脇です。ついに仮面ライダーO第一部、完結です。まだ特別編や第二部などで続いていく作品ではありますが、わたしがこれまでで初めてまともに完結させられた作品ですので、非常に嬉しく思っています。
わたしがこの作品、というかこの作品の前前前世を書き始めたのはだいぶ昔のことでして、当時スマホもパソコンも持っていなかったわたしはうごメモで公開していました。実際に放送されていた仮面ライダーをゲストに登場させたり、わりと好き放題やっていましたね……。今も黒歴史を重ね続けているわたしが言っても説得力はありませんが、この頃のわたしは割と触れられたら死ねるレベルの黒です。
その次に、少し正気に帰ったわたしは、そちらの更新を停止させ、当時『とある魔術の禁書目録』を読み始めたこともあってか、超能力要素を練り込んだ二代目仮面ライダーOを書き始めました。この作品の世界観設定がめちゃくちゃ禁書のパクリ臭いのは、間違いなくこの頃の名残です。
それが十数話まで続いたあたりで、「あれ?この話じゃ面白くなりようがないんじゃないか?」と天啓を受けてしまいまして、また更新停止させました。今では考えられない決断の早さですね。判断が早い(デネブの声)。
それからしばらくして、確かエグゼイドがやってたあたりでしょうか、そのくらいの時期だったと思いますが、素材ができたことで、うごメモ内で既存のライダー作品からオリジナルのライダーを作るのが爆発的に流行りまして、わたしも「スライムもりもり」のガシャットで変身するライダーを描いたりしてました。そんな時、ふと思いついたのが、「これとOを並行して進めるの、面白いのでは……?」でした。
雷に打たれたわたしはそれを始めましたが、当時のわたしは忙しく(今も忙しいのですが)、しかも二つの話を書くものですから、非常に筆が遅かったのです。放送されるライダーもビルドに変わった時、ふとわたしの目の前に飛び込んできた情報。それが、「ワールドうごメモギャラリー」のサービス終了でした。
一応スマホは持っていましたが、慣れた媒体から出ようとしなかったわたしは非常に驚きましたが、天才的な機転でピンチをチャンスに変えました。どうせ二つ並行して進めるなんて物理的に無理なんだから、いっそpixivあたりで一から始めちまえばいいじゃねぇかと。そうしてこの作品は生まれました。
ちなみに、今回の最後に出てきたOの副題的なものも、うごメモ時代の名残ですね。あちらでは「マテリアキーが破損した場合、それが象徴する存在が歴史から消失する」という設定がありました。それが現在のOOで、特に忘却要素もないのにOblivionという単語を頻発している最大の理由になります。
当初思い描いていた『忘却』とは異なる形になりましたが、一応なんとか原題にこじつけることができたなぁと我ながら感心しますね。
それから、お気付きの方もいらっしゃるでしょうが、今回の話は一部を除き、ページごとにメインキャラクターにフォーカスした話を用意させていただきました。
黒薙と朱鷺澤、赤萩、草壁と久城、菱杖、ゲノムスと化野、神蔵、亜矢、ミスティといった感じですね。
菱杖、OverXの二人は、本人がいないので、周囲の関わりのあった人物を用いることでエピローグとさせていただきました。
さて、せっかくの最終回ということですし、キャラについての裏話もいくつか語りましょうか。
まず黒薙です。この作品は何度も生まれ変わった末に現在に至るわけですが、そんな中で、彼は何度も名前の字が変わっていきました。他のキャラクターは名前が丸ごと変わったりしてるのに、こいつだけ読みはそのままで漢字が変わっていきました。
黒凪隼斗→黒凪颯斗→黒薙颯斗の順で変わっていきましたね。
反対に、一切名前が変わらなかった例としてミスティと朱鷺澤が挙げられます。朱鷺澤は二代目から、ミスティは三代目からの登場になりますが、特に朱鷺澤の方は作中で唯一、名前に意味を持たせてまして、「時に触れ、永久を治めるもの」というのが由来になっていたりします。禁書の上条当麻やグリモアの朱鷺坂チトセあたりをイメージして考えました。
名前といえば、ミスティ以外で最初からライダーに変身すると決まっている人物は名前に色が入るようになっているの、気付いていただけましたか?
遠山も割と序盤で変身フラグを立てましたが、あれはその場のノリで出てきた発言です。その場のノリなので最後の最後まで変身が後回しにされました。
ということはつまり今回の最後に出てきたあの男は……?
それでは、ここらで締めさせていただきましょう。ここまで47話、長い間お付き合いいただき、本当にありがとうございました!!特別編や第二部も是非見てください!!墓脇でした!!