仮面ライダーO   作:墓脇理世

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ROAD TO CUBIC「『不朽』の炎は逆巻きて」前編

 白くて、暗くて、狭い部屋の中で、ドクンドクンと鼓動の音が響いている。

 そこに座り込んでいるのは、朱鷺澤永治。かつて劣等感から黒薙に背き、精神を汚され、怪人に身をやつした少年だ。

『へぇ。また来たんだ。──僕を、見殺しにした癖に』

 目の前に、紫色のモヤが浮かび上がる。それは瞬く間にヒトの形を模ってゆく。

「……あなたは。あなたは、何者なんですか?」

『君をよく知る者だよ。そして、君もよく知る者だよ。忘れたとは言わせない。──僕たち、あんなに愛し合ったじゃないか』

 影はその腕を伸ばし、朱鷺澤を抱きしめようとする。

「触らないでください。──僕は、あなたなんて知らない」

『……非道いことを言うね、永治。僕は、こんなにも君を愛しているというのに』

「愛の押し付けって、すごく不毛だと思いませんか?──なんて、僕が言っても説得力ないけど」

 朱鷺澤がそう言うと、影は乾いた笑みを浮かべた。

『よく分かっているじゃあないか。そう。僕は君だ。君は僕だ。僕たちは同類なんだ。同族なんだ。いつまで善人ぶっているつもりだい?』

 その影は解け、朱鷺澤へと絡みつき、身体の自由を奪っていく。薄れゆく意識の中で、影は朱鷺澤にこう囁きかけた。

『──思い出せ。心に渦巻く激情を』

 その瞬間、純白の世界が砕け散った。

 


 

「はぁっ……はぁっ……また、あの夢か…………っ!!」

 無意識の世界から解放された朱鷺澤は、壁に手をついて起き上がる。ここ数日、ずっとこの夢にうなされていた。その原因に心当たりはある。おそらくは数日前、月面博覧会開始日に起こった現象が、この悪夢を引き起こしているのだろう。

「……シャワーでも浴びようかなぁ」

 誰に聞かせるでもなく独り()つと、朱鷺澤は浴室に向かった。寝汗でびしょ濡れになった寝巻きを洗濯機に突っ込み、扉を開ける。

「……貧相な身体だなぁ。赤萩さんあたりの方がまだ筋肉ありそう。やっぱり、少しは鍛えた方がいいのかな?」

 鏡に映った自らの肢体に、朱鷺澤は重苦しいため息を吐いた。肋の浮かび上がった胸に、シックスパックどころかそこに筋肉というものが存在しているかすら疑わしいような薄っぺらな腹。

「でも筋肉つきづらいんだよね……」

 自分でもわかる言い訳。なっさけな。これ以上見つめてたら精神病みそうだ。朱鷺澤は浴室を出ると、タオルで身体を拭いていく。

「えっと……あぁ、検診の日だっけ、今日。気が重いなぁ」

 携帯の時計は八時を少し過ぎた程度を指し示している。九時には寮を出たい。冷蔵庫を漁りながら、朱鷺澤は一日の計画を立て始めた。

「ご飯食べて歯磨いて……一応十分くらいは余るけど、余裕を持って行動するに越したことはないよね」

 昨日、久城がお裾分けしてくれた肉じゃがをレンジに入れる。彼女にはこの街に来てから世話になりっぱなしだ。こんな自分に、あれだけ献身的でいてくれる人を、朱鷺澤は知らない。もちろん、その裏に自身への好意があることは知っている。黒薙じゃあるまいし、自分に向けられる好意にも気付かないほど、朱鷺澤は愚かではない。とはいえ、今のところはその想いに応えるつもりもないのだが。

「……美味しい」

 あっという間に朝食を平らげると、朱鷺澤は食器を食洗機に突っ込み、洗剤を入れてその起動ボタンを押した。

「歯磨き粉の味、好きなんだよね。チョコミントとか歯磨き粉って揶揄されがちだけど、それの何がいけないんだろうって思っちゃう」

 歯を磨き、口を濯いで、朱鷺澤は言う。さて、今の時間は八時四十五分。まだある程度の余裕はあるが、そろそろ出発するとしようか。腕や首、足に日焼け止めを塗りたくると、鞄をかけて扉を開けた。[newpage]「……そろそろ、アイツが死んで一年か」

 同時刻。赤萩は、カレンダーの日付を見て、しみじみと言った。

 一年前の、八月。『路地裏』の掃討計画・残骸爆破が行われ、赤萩が所属する『ファング』もそれに加わった。

 その計画は、概ね好調な結果を残した。そう、統轄理事会の資料には記されている。そして、その「概ね」の二字に、赤萩と後悔と苦悩が痛いほどに詰まっている。

「せめて、墓参りでも行ってやらねえとな……」

 神妙な面持ちで、赤萩は外に出た。

 

 

「「あ」」

 墓参りに向かっていた赤萩は、偶然にも病院へと歩いていた朱鷺澤と遭遇した。

「えっと……赤萩先輩、ですよね?」

「そう言うお前は確か……朱鷺澤、だったか。最近亜矢と仲良くしてくれてるそうじゃねえか。アイツに代わって礼を言うよ」

 赤萩は、どこか警戒の色を帯びた笑みで朱鷺澤の手を握る。

「え、えっと……あ、赤萩先輩は、こんな朝早くにどちらへ?」

「俺?去年死んだ友達の墓参りだよ。そう言うお前はどうなんだ?」

「僕は病院です。あの……椋居さんが、反乱?みたいなことした日から、ずっと変な感じがして」

 はーん。赤萩はさして興味もなさそうに相槌を打った。

「……そういやお前。最近、妙な噂が流れてるが、知ってるか?」

「妙な噂、ですか?……真偽不明の噂話なら、出回るそばから希望に聞かされるので、多分知ってると思います。どんな話なんですか?」

 朱鷺澤の瞳が興味の色を示す。

「いや、あくまで信憑性皆無の噂話でしかねえんだが……怪人事件で怪人になったやつの身近な人間が、何人か姿を消してるらしい」

「……それに関しては初耳ですね。希望も言ってなかったと思います」

 その様子を見て、赤萩は思案する。別段誤魔化そうといった素振りは見えない。とぼけているだけか?

 赤萩は、朱鷺澤のことを疑っていた。そもそもが怪人事件の中枢とも呼べる人物であり、かつ、椋居が事を起こした日に、失われたはずの能力を行使したという情報を受けていたのだ。

 もしも、この男が改心などしておらず、また何か企んでいるとしたら?そんな疑念を抱いていた。

「……その辺は久城あたりに会ったら聞いてみるといい。じゃあな朱鷺澤。近頃は色々とキナ臭え。気をつけるこったな」

 だが、確証が持てないうちは、これ以上こちらから追及することもない。赤萩はそう告げると、墓地へと歩みを進めた。

 


 

「……特にと言って、身体に不調はありませんね。至って健康体のようです」

 病院にて、担当医が言った。

「ただ、どうやらここ数日で、貴方のホルス器官が開かれ、そして閉じているようです。それも急速に。その急速な体内環境の変化が、不調の原因でしょう。……心当たりは、ありますか?」

「その……色々あって使えなくなってた能力が、最近になって一度だけ使えたんです。原因があるとしたら、多分……」

「……ほう。では、それについての話を聞いても?」

 朱鷺澤の答えに、担当医は目の色を変えて座り直す。

「はい……えっと、何から話せばいいんでしょう」

 朱鷺澤は、右手の人差し指で親指を掻きながら言った。

「えっと、あの、椋居礼亜さんの一件が起こった日なんですけど、あの日、怪人がたくさん出たじゃないですか。僕は自分の寮に避難してたんですけど、外を見てたら、怪人に襲われそうになってる子がいて、居ても立ってもいられなくなって……それで、飛び出したんです」

 朱鷺澤は語る。

「でも、僕って見ての通り喧嘩とかもできませんし、能力も使えないわけじゃないですか。それでも体が動いてしまったんですよ。死体を一つ増やすだけだって、わかってはいたんですけど。……でも、そうはならなかった」

「襲われそうになった時に、能力が再び覚醒したと?」

「……はい。その通りです。……その時の状況も、話した方がいいですか?」

 こくり。担当医は頷いた。

「……でも、大した違いはありませんでしたよ。なんの変哲もないマンションの前の道で、着てた服も今のと同じでしたし……あぁ、でも、これは持ってました」

 朱鷺澤が鞄から取り出したのは、ミスティが朱鷺澤の化身・ロベリアを封印したボールだった。

「なるほど。そのボールについて調べてみたいところですが、生憎うちにはその手の器具はありません。……そうですね、執行衛兵の本部には最高精度の計測器があったはずです。この後、何か用事はありますか?」

「あ、はい。一応……友達、と出かける予定で」

「でしたらその後にでも持って行ってください。何か進展があれば連絡の方、お願いしますよ」

 そう指示を受け、朱鷺澤は病院を後にした。

 


 

「ごめん希望。待った?」

 それから少し後。朱鷺澤は、久城との待ち合わせ場所に到着した。

「いや、今来たところだよ。……って、随分とまぁありふれたやり取りだね」

「……正直自分で言っておきながらありがちな台詞だなって思ったよ」

 朱鷺澤は仄かに頬を紅潮させ、そう答えた。

「さて。それじゃあ行こうか、永治」

 そして二人は、あまり人のいない喫茶店へと向かった。

「……それで?急にボクを呼んだんだ。何か理由があるんだろう?……何が聞きたいんだい?」

 席に届けられたコーヒーを一口啜り、久城は問う。

「……さっき、赤萩先輩と会って、その時に聞かされたんだ。怪人変身者の身近なひとが、何人か失踪してるって。……希望。何か知ってることがあったら、話してほしい」

「あちゃ〜……キミに心配かけたくなくて黙ってたんだけどね……知っちゃったか。どうしようかな」

 久城はばつが悪そうにこめかみを掻いた。

「と言っても、あくまで噂程度の話でしかないよ。失踪自体誇張が八割ってところでね。せいぜい一日か二日家に帰ってこなかったってくらいなんだけど……やっぱり、気になっちゃう?」

「それなりには」

「……なるほど。永治がそこまで言うなら、仕方ないね。いいよ。ボクに話せる範囲までなら話そうか。まぁ、でも、さっき話したことがほとんど全部なんだけどね」

 久城は苦笑し、携帯のメモアプリを開く。

「発端は八月初めごろ。同居人が帰ってきていないと執行衛兵の詰所に電話があったらしい。それで、執行衛兵が捜索の準備をし始めて、数分後に同居人は戻ってきたそうだよ。ただ、その同居人は自分が何をしていたかとかは覚えていなかったそうだね」

 そこに記されていることを要約し、必要な情報だけを朱鷺澤に伝えていく。

「同様の事例が何件か立て続けに起きて、その共通点を探った結果が、みんなそれだったという話さ。だから、今頃執行衛兵はてんてこまいのようだね。くくっ、いい気味だよ。人を顎で使った天罰というやつかな?ざまぁみろ叶絵」

 悪意のこもった笑みで、久城は言った。

「……まぁ、だいたい今のが全てかな。期待に応えられなくてごめん、永治」

「ううん、大丈夫だよ。……ありがとう、希望」

 そう言って、二人は喫茶店を後にした。

 


 

「……瑠璃ちゃん。お元気でしたか?」

「はい。いつまでも泣いてばっかりじゃ、兄さんに怒られちゃいますから……」

 その頃、先程朱鷺澤が訪れた病院のとある病室で、二人の少女が話していた。正確には、片方は見た目が若々しいだけでアラウンド・サーティーの女性教師なのだが。

「でも、もうすぐ退院できるみたいです。それはそれで、水削さんとあまり会えないってことになってしまうので、寂しくはありますけど……」

「あ、じゃあ……」

 うちに住めばいい。言いかけて、すんでのところで理性が抑えた。ただ兄の恋人だったというだけで、自分はこの少女の家族でもなんでもないのだ。それなのに、そこまで世話を焼いてしまえば、水削はきっと自分を見失ってしまう。

「……いえ、なんでもありません。すみません、瑠璃ちゃん」

「……?どういたしまして……??」

 水削の葛藤を知らない瑠璃は、クエスチョンマークを浮かべて言った。

「じゃ、じゃあわたし、リハビリがありますので、ここで失礼しますねっ」

 担当医に連れられ、瑠璃は病室を出て行く。

「……わたし、何やってるんでしょう」

 病室にひとり取り残され、水削はつぶやく。

 ここ最近、空回ってばかりだ。幾度となく愛の言葉を囁き合い、体だって重ね合った恋人が死んだのだ。そうなるのも、無理もない話ではあるのだが。

「……いきますか。こんなジメジメした女があの子のそばにいていいはずもありませんし」

 鬱屈とした感情を抱えたまま、水削は病室を出た。

「あっ……お墓……なんでこの道選んだんだろ…………」

 車を走らせる最中、墓地の前を通ってしまい、水削はその道の選択を後悔した。ただでさえ今はお盆で、あまり縁起のいい時期でもない。その上、菱杖が殺されたこともあって、精神的にもかなり参っているのだ。二人の甘い日々が脳裏をよぎり、嘔気が胸の奥に生まれる。

「あれは……赤萩くん、でしょうか……?」

 なんとか吐き気を飲み込んだ水削の目に、何やら墓参りをしているらしい赤色の癖毛が飛び込んでくる。彼の過去は知らないが、家族が友人が亡くなりでもしたのだろうか?

「なんで、透流くんを殺したあなたが、のうのうと表を歩けるんですか…………ッ!!」

 その様を見ていると、ふと、そんな言葉が溢れた。直後、自分のあまりにも醜いエゴに、怒りにも似た何かが湧き上がる。

「駄目ですね……こんなこと、思っちゃいけないのに……帰って寝た方がよさそうですね……」

 そう呟くと、水削は自宅までゆっくりと車を進めた。ドライブとしては、およそ最悪なものであった。

 


 

「せっかくだし、今日も何か作っていこうか?」

「いや、いいよ希望……そんなに毎日君に頼るのも悪いし」

「そう言うなよ永治。ボクは今それなりに暇なんだよ。少しキミに世話を焼くくらい何の負担にもならないさ」

 ロベリアを封印したボールを執行衛兵本部に送りにいく道中、朱鷺澤と久城はそんな風に話していた。

「やぁ、叶絵。元気してたかい?」

「……いや、私は朱鷺澤くんが来ることしか聞いていないんだけど」

「そう言うなよ叶絵。ボクとキミの仲じゃないか」

「それは仲の良い相手に向かって言う言葉ではないかしら?悪いけど、私はあなたと友達になった覚えはないわ」

 到着するなり、久城は遠山の肩に手を伸ばす。しかし、遠山は久城の方は見向きもせず、伸ばされた手を払った。

「冷たいなぁ叶絵。そんな冷たいとモテないよ?」

「別にあなただって大してモテてないでしょうに。というか私はそこまでモテることに執着はないわ」

「ボクだってないよ。たった一人にさえ振り向いてもらえればそれでいいよね。キミもそう思うだろう?」

「いや別に。そもそも今のところその手のことは考えていないもの。……というかあなたと話してると本題がいつまで経っても進まないのよ。黙ってろ」

 遠山は額に青筋を浮かべながら久城を下がらせると、朱鷺澤を前に出させる。

「……それで、今、例のボールは持ってきていますね?」

「はい……何か答えがあるならこれにしかないと思うので……」

 朱鷺澤が差し出したボールを、遠山はひょいと受け取った。

「これはひとまず計測器にかけておきます。精巧な結果は今日中に出るものではないので、数日後にまた連絡するので、その時に取りにきてくださいね」

「あ、はい……」

 ボールを片手に、遠山は地下のラボへと歩き去る。その背を見送り、二人は執行衛兵本部を後にした。

「じゃあ、帰ろうか」

「……いやだからなんでしれっと同行しようとしてるの?」

 当然のことのように自分についてくるものだから、朱鷺澤は一瞬突っ込むのが遅れた。とはいえ、こうなってしまった以上、久城はもう止まらない。大人しく家に上がらせるしかないのだろう。

「そんなに拒否しなくてもいいじゃないか永治。あ、もしかしてボクに見せられないようなやましいものでもあるのかな?」

「いや、そういうわけじゃないんだけどさ……」

「じゃあいいじゃないか。……それとも、ボクを家に上げるのは嫌かい?」

 少し頬を上気させた上目遣い。自分の武器を完全に理解しているからこそできる芸当だ。これがもし取材の場であれば、誰もがその甘い罠(ハニートラップ)に掛かってしまうだろう。

「別に、嫌とは言ってないけど……」

「ふふっ、なら行かせてもらうよ」

 結局、朱鷺澤の方が折れて、久城のお節介を許してしまった。しばし歩き、朱鷺澤の家に到着した。朱鷺澤は熟れた手つきで鍵を開けた。そこまではよかった。

「え……?え…………っ!?」

 扉を開けた先の景色。普通ならばありえない光景。朱鷺澤は言葉を失う。どうしていいかわからない。そんな朱鷺澤を断罪するかのように、背後で、無機質なシャッター音が響いた。その一瞬の残響は、永遠とも感じられる響きを朱鷺澤にもたらした。

「だ、だれ……?」

 だが、二人のその反応も当然というものだろう。──なにせ、銀髪の幼い少女が、全裸で玄関先の廊下にへたり込んでいたのだから。[newpage]「説明してほしい」

 ひとまず朱鷺澤の箪笥から引っ張り出した服を少女に着せ、久城は壁の隅に朱鷺澤を追い詰めていた。

「説明って言われても……僕だって何が何だかわからないんだけど…………」

「口答えする気かい?……あーあ。キミがそんな態度だとこっちにその気はなくても指が勝手にこの写真を公開してしまいそうだなーいやーボクそんなつもりじゃないんだけどなー」

「それはやめて……というか僕本当に知らないし……誰なのあの子…………」

 困惑の色のみが濃く現れた朱鷺澤の表情を見て、久城は思案する。

「(まぁ、元から永治が全裸の幼女を拐かすようなやつじゃないとは知ってるけど。だとしたら、どうしてこの子は永治の家にいるんだ?鍵は掛かってたし、他に侵入できるところなんてないだろ……銀髪、ね。まさかとは思うけど……)」

 そこまで考えたあたりで、ふと、久城の脳内にある人物の影がよぎった。

「ちょっと失礼」

 久城は少女にゆっくりと歩みよると、目を隠していた前髪を上にかき上げた。

「……やっぱりね。姿を変えて永治を誑かそうとでも思ったのかな?気持ちの悪いヤツ。これ以上永治に付き纏えないよう、ボクが殺してあげようか?──ねぇ。ロベリア=ローゼンロードさん?」

 そして、その両眼が赤と金の二色であることを確認すると、胸ぐらを掴み上げ、壁へと叩きつけ、レプリシューターの銃口を額に突きつけた。

「ちょ、ちょっと待ってよ希望!?何もそこまでしなくても……」

「……永治。キミは優しいよね。それはボクもよく知ってるさ。……だからこそ、キミの善意を利用するこの下衆だけは殺さなければならないんだよ。……まさか当事者のキミが忘れたわけないよね?キミが、ロベリア=ローゼンロードに何をされたか」

 止める朱鷺澤の腕を振り払い、久城は引き金に指をかけた。

「ぁ……ゃ、だ…………っ!?」

 少女の双眸は、恐怖と困惑の涙に濡れている。しかし、久城は躊躇する素振りすら見せず、冷たい瞳で少女を見下した。

「だから……やめろって言ってるよね?ここ僕の家なんだけど。家主のルールに従えないなら出てってくれない?それで二度とうちに近寄らないで」

 引き金が引かれようとした、次の瞬間。朱鷺澤の指が、その銃口を塞いだ。

「……僕はまずこの子から話を聞きたいんだ。僕がこの子が有害だと判断したら殺しても構わない。それまでは手を出さないで」

 渋々と、久城はレプリシューターを懐に収める。

「……わかったよ。ボクは外に行ってた方がいいよね?」

「うん。希望がいたらこの子を怖がらせちゃうだろうし、僕が呼ぶまでバルコニーで黄昏れてて」

 久城を外に追い出すと、朱鷺澤は少女にハンカチを差し出した。

「大丈夫だった?怖かったよね。僕は君に害をなすつもりはないから、ひとまずは安心して」

 少女は、覚束ない手つきで、涙を拭っていく。

「まず、僕の質問に答えてほしい。……君は誰か、教えて」

 少女が涙を拭い終えたのを見ると、朱鷺澤は、優しい声で問いかけた。

「あぁ、人に聞く前にまず自分から名乗るべきだよね。僕は朱鷺澤永治だよ。それで、君は?」

 しかし、少女は怯えたように震えるのみで、答えようともしない。

「……僕は、君に危害を加えるつもりはないよ。信じてほしい。君が僕に牙を剥かない限り、僕は君の味方だから」

「……ら、ない。わからない。ぼくは、だれなの……?」

 自分のことがわからない。少女はそう言った。黒薙ではないが、その瞳が真実を語っているということは、朱鷺澤にはよく理解できた。

「これは、困ったなぁ……君、帰る場所はあるの?」

「それも、なにも、ぜんぶ、わからないの……ぼくは、なんなの…………?」

 この少女は、きっと誰よりも孤独なのだ。朱鷺澤は、彼女に不思議なシンパシーを覚えた。もっとも、かつての彼の孤独には自業自得の面もあったのだが。

「帰る場所もないんだ……じゃあ、さ」

 次の瞬間、朱鷺澤の手は、意識に反して少女の頭を撫でていた。

「君が自分を思い出せるまで、ここを君の帰る場所にするっていうのは、どうかな?」

 


 

「で、ボクが黄昏れている間にその子と一緒に暮らすって決めたんだ?ふ〜ん。まさかキミがロリコンだとは思ってなかったな……」

 一連の流れを終え、久城に弁解を試みた朱鷺澤だったが、その久城は冷ややかな視線を朱鷺澤に送るのみだった。

「いや、僕はそういう趣味じゃないんだけどね?なんとなく、あの子が他人って気がしなくてさ」

「アレがロベリア=ローゼンロードだとすると他人って気がしなくて当然だよね?」

「でも、だったとしても、今のあの子は嘘なんてついてないよ。目を見ればわかるもん」

 あくまで少女を守り抜こうとする朱鷺澤に、はぁと久城はため息を吐く。

「……まぁ、キミがそうしたいなら勝手にしなよ。その選択がどんな悲劇を巻き起こすことになっても、責任は取ってあげないからね」

「そうしてもらえると助かるよ。……ごめん希望、こんな我儘で君を困らせちゃって」

「いつもボクがやってることだし、別に文句を言ったりはしないさ。まぁ、嫌味の一つや二つはいくらでも言いたくなるけど」

 悪戯っぽい笑みで、久城が言う。直後、朱鷺澤の腹が、空気も読まずにグゥと鳴いた。

「ほんっと、キミってやつはさぁ……とりあえず手っ取り早く済ませられるやつ作るから待っててよ」

「ご、ごめん……で、でも、わざわざご飯まで作ってもらわなくても大丈夫だから……」

「別にキミのためじゃない。ボクがやりたいからやるだけだよ。この自己満足に付き合ってくれないかい?」

 朱鷺澤の返答を待たずに、久城はキッチンに立つと、熟れた手つきで、ものの数分で肉野菜炒めを完成させた。

「ほら、永治。……その、キミも。さっきは怖がらせてごめん。なんのお詫びにもならないと思うけど、よかったら食べてほしいな」

 それを二人分、皿によそうと、希望は部屋を出て行った。

「大丈夫だよ。希望は性格は悪いけど、毒を盛ったりするようなやつじゃない」

 久城が作ったことを警戒してか、くんくんと匂いを嗅ぐ少女に、朱鷺澤はそれが安全だと伝えると、少女はぎこちない動きでそれを口に運んだ。

「ね?大丈夫だったでしょ?……美味しい?」

「うん。これ、おいしい」

 少女の満面の笑みを見て、朱鷺澤は、何か心が満たされていくのを感じた。恋愛感情とか、そういったものではない。例えるなら、家族に向けられるようなベクトルのそれだ。

「よかった。……そうだ、いつまでも君じゃなんか他人行儀だよね。でも名前覚えてないんだっけ?」

「うん。よかったら、えーじがつけて」

「……いいの?僕、そういうセンスないんだけど……」

 こくり、と少女は頷く。

「見た目の雰囲気はロベリアと似てるし……うーん…………」

 朱鷺澤は携帯を開き、何かいい案がないか考える。

「……周子(しゅうこ)、なんてのはどうかな?」

「しゅーこ……いい。いいなまえ。ありがと、えーじ」

 満面の笑みで、周子は言った。

 


 

『永治。あれ、彼女に喜んでもらえたかい?』

 周子を寝かしつけた後、朱鷺澤は久城と電話越しに話していた。

「うん。かなり満足してたみたい。あれで少しは希望の信用も回復できたんじゃないかな?」

『なるほど、それは良かったよ。……それで、これからキミはどうするつもりかな?』

 久城の声色が、冷たく変わる。

『あの子の存在を隠し通すつもりかどうかは知らないけど、キミも薄っすらと気付いてはいるんだろう?あの子はロベリア=ローゼンロードと同じものだって。言い方は悪いけど──いつ爆発するかもわからない爆弾を一般人と隣り合わせるなんてことには、ボクは賛成できないな』

 朱鷺澤は、伏し目がちに答える。

「そうならないようになんとかしつける……つもりではあるけど、それで納得してくれるほど世間は甘くないよね…………」

『だね。そんなことは起こり得ないとボクも信じたいけど、絶対的な確証が持てるまでは、多少無理をしても隠し通したほうがいい。そのためにはボクも協力させてもらうよ。少なくとも、何もしないうちはあの子を見逃がすと決めたからね』

 笑いながら、久城は言う。

『……一つ気がかりなのは、あの子の前にいても、まったくと言っていいほど威圧感を覚えなかったことかな。前に、ボクが怪人として菱杖センセイについてた頃、一回だけロベリア=ローゼンロードと顔を合わせたことがあったけど……漏れ出してるホルスに圧倒されたんだけど、あの子からはその片鱗すらも感じなかったんだ』

「……なるほど。僕の方も少し妙だなって思ったんだけど、あの子がロベリアと同じだとしたら、僕はあの子と意識を共有させることができるはずなんだよね。でも、できなかった。向こうからそれを拒んでるって感じでもなかったし……けど、見た目やオーラはロベリアとそっくりだし」

 二人は、周子について思考を巡らす。

『……そうだなぁ。永治、明後日はヒマかい?学校終わりに、彼女を病院にでも連れて行って見てもらうってのはどうかな?』

「……でも、周子のことをどう説明していいのかわからなくない?」

『それもそうだね……』

 そこまで言った時点で、二人の脳内に電撃が走った。

「『あっ!!』」

 声が重なる。久城の口から、思わず笑みが漏れた。

『そうだ、いいこと思いついた』

「奇遇だね。……僕もだよ、希望」

『なら、先にキミの意見を聞かせてくれないかい?』

 なんとなく、朱鷺澤のそれが自分のものと似たようなものであると察した久城は、漏れそうになる笑いを噛み殺しながら問う。

「説明が難しいなら、その辺の融通が効きそうな相手に頼むのが一番だって思ったんだ。──例えば、遠山先輩だったり、とか」

『ははっ!!奇遇だね永治!!ボクも同じことを考えていたよ!!』

 ついに堪えきれなくなり、久城は笑いながら朱鷺澤に言った。

「じゃあ……」

『あぁ、ボクの方からあいつにアポを取っておくよ。どうせあいつも暇だろうしね?』

 そう言うと、久城は通話を切った。

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