その白スクで魔法少女は無理でしょ、スイムスイム 作:超天才清楚系病弱魔法少女
問12.メルヴィルのメインウェポンを長弓&銛からカジキマグロに変えてもらうための説得方法を述べよ。この時、メルヴィルが1年以上カジキマグロを武器として愛用するように説得しなければならないものとする。
◇メルヴィル
森の音楽家クラムベリーは生きている。
生きているからこそ、クラムベリーの試験に生き延びて正式な魔法少女になった者たちが再び同じ舞台に集められ、命がけの再試験を課されている。
己の確信に疑いを抱いたことはない。
当然、信じていた。心の底から信じ切っていた。
けれど、メルヴィルがただ一途に信じているのと、第三者がメルヴィルの確信を裏付けてくれるのとでは、やはり心の持ちようがまったく違う。
ゆえに。ゲーム世界に3回目のログインを果たして。ファルに荒野の街に緊急招集されて早速、『ゲームでの死=現実世界での死』だの『ゲームから棄権できない』だの『ゲーム内容の通報はできない』だの、ルールの追加発表をされた時は、人知れず狂喜した。
「あの、ファルさん」
「なんですぽん?」
「どうしてマジカルデイジーさんはここにいないんですか……? ファルさんがみんなを集めたはずですよね……?」
「ログアウト直前のイベントの時や今回みたいな臨時のお知らせがある時は、全員参加ですぽん。生きている魔法少女はどんな状況でも荒野の街に強制召集されますぽん」
ファルから実質的なマジカルデイジー死亡宣言を聞いた時は驚いた。
マジカルデイジーには逃げられてしまったはずだったからだ。
ようやくツキが回ってきた。ファルに質問をしていたメイド服姿の魔法少女が絶望に顔を染めてガクリと膝をつく中、メルヴィルは心の奥底で嗤った。
ゲーム世界への2回目のログイン直後、スイムスイムを殺そうとして失敗して以降。メルヴィルはパーティーメンバー(ディティック・ベル、ラピス・ラズリーヌ、チェルナー・マウス)に怪しまれないよう頼れる魔法少女に擬態しながら、改めて殺すべき魔法少女の優先順位を組み立てなおしていた。
すべてはクラムベリーの再試験にただ1人、合格するためだ。
ゲーム世界では、主にパーティーメンバーをじっくり観察した。脅して協力者にしているリオネッタからも逐一、魔法少女たちの情報を収集した。
新たな情報を得るたび、優先順位を精査しなおす。
メルヴィルの脳内作業は概ね2日間で完了した。
◇◇◇
――真っ先に殺したい奴ランキング――
作:メルヴィル
第1位 スイムスイム
「森の音楽家クラムベリーが死んだ」などという虚偽妄言を吹聴する唾棄すべき輩だ。
もはや今生に救いの道はなく、潔くその命をもって罪をあがなうべき罪人だ。
何が何でも殺したいが、奴は秘密主義なのか、己の魔法を秘匿している。
奴の魔法の情報を得られるまでは、業腹ながら放置せざるを得ない。
第2位 マスクド・ワンダー
隙あらば殺したい。巨大化できるチェルナー・マウスすらも圧倒できる力は厄介極まりない。それに『モンスター討伐時のレアアイテムドロップ率を5倍に上げる』ミラクルコインはぜひとも手中に収めたい。ミラクルコインの効果で手に入れられるかもしれない強力なアイテムは、必ずや未来のメルヴィルの力になってくれるはずだ。
第3位 チェルナー・マウス
プフレとの決闘の際、チェルナー・マウスは軽く100メートルサイズに巨大化していた。もしも巨大化できるサイズに上限がないとするのなら、さすがにメルヴィルの手にあまる。メルヴィルに好意を抱いてくれている今の内に、どうにかして殺しておきたい。
第4位 ラピス・ラズリーヌ
楽観主義で刹那主義な奴だ。しかし戦闘能力は著しく高い。あの古強者たる先代ラピス・ラズリーヌから魔法少女名を襲名しているだけのことはある。チェルナー・マウスの巨大化魔法のような理不尽をかましてこない分、殺しようはあるが、半端な罠では看破されてしまう。殺す際はくれぐれも慎重に事を運ばなければならない。
第5位 マジカルデイジー
豊富な戦闘経験に加え、単純に魔法が雑に強い。『必殺のデイジービーム』を喰らってしまうとほぼ1発で死亡してしまう、雑に強い必殺技持ちは、機会があるなら落としておきたい。幸い、マジカルデイジーの活躍はアニメ化されているため、彼女の戦闘スタイルはたやすく研究できる。
第6位 アカネ
『音楽家はどこだ?』とうわ言のように呟いていた時は、他の魔法少女の封印された記憶を刺激しかねなかったため速やかに殺したかった。けれど今は何か心変わりしたのか、『たまはどこだ?』だの『犬耳はどこだ?』だのと意味不明なことを呟いている。これなら急いで殺すことはない。
ただアカネの『見えているものならなんでも斬れる』魔法は強力だ。アカネがいるだけで、はるか遠方から彼女に斬られる可能性の警戒を強いられてしまう。メルヴィルの安全確保のために、落とせる内に落としておきたい。
第7位 クランテイル
リオネッタ曰く、クランテイルは下半身を色んな動物に変えられるらしい。クランテイルがどれだけ動物に造詣が深いかで厄介度は大きく変動する。しかし、いくら下半身を強力な動物に変えたところで、上半身が魔法少女のままならば大して脅威ではない。
第8位
リオネッタ曰く、御世方那子は動物を仲間にできるらしい。この『動物』には、ゲームのモンスターも含まれるとのこと。今後、厄介なモンスターを仲間にするかもしれないため、順位変動の余地がある。しかし、御世方那子は1匹しかモンスターを懐柔できないとのことなので、そこまで脅威ではない。
第9位 夢ノ島ジェノサイ子
ジェノサイ子のコスチュームである、あらゆる攻撃を無効化する無敵のスーツが極めて厄介だ。しかし彼女自身の攻撃手段は乏しいため、後回しで良い。ジェノサイ子相手なら、勝つのにとても苦労するだろうが、負けることはない。
第10位 @娘々(あっとまーくにゃんにゃん)
どんな魔法を使うかがわからない。
立ち振る舞いからして戦いに慣れてそうではある。
魔法の内容次第では順位変動の余地がある。
第11位 のっこちゃん
どんな魔法を使うかがわからない。
言動や所作からは弱そうな印象を受ける。
魔法の内容次第では順位変動の余地がある。
第12位 プフレ
多少頭は回るようだが、魔法の車椅子を失った状態では何ら脅威ではない。
いくら知略を巡らせようと、単純な暴力には無力だ。いつでも殺せる。
第13位 シャドウゲール
まるで脅威じゃない。強力な兵器を作れる魔法自体は便利だが、いかんせん魔法の発動に費やす時間と材料が膨大すぎる。よって、魔法を使えない魔法少女と何ら変わりなく、いつでも殺せる。
第14位 ディティック・ベル
ゲーム世界で『たてものとお話できる』魔法を封じられてしまった哀れな魔法少女だ。また、探偵を自称する割に本人はさして賢くない。シャドウゲールのように、隣に知恵者が控えているわけでもないので、かんたんに殺せる。
第15位 ペチカ
リオネッタ曰く、ペチカは美味しい料理を作れる魔法少女とのこと。加えて、モンスターに酷く怯えていて、これまでゲーム世界で一度も戦っていないとのことなので、かんたんに殺せる。
第16位 リオネッタ
メルヴィルの協力者なので当然、殺害の優先度は低い。試験で理想的な立ち回りを実践できた結果、メルヴィルとリオネッタの2人のみが生き残った暁には、メルヴィルが手ずから殺す予定だ。
◇◇◇
◇メルヴィル
優先順位を考えるまでは良かった。
しかしメルヴィルは中々、魔法少女を殺害できなかった。『殺したい奴ランキング』の上位勢をあらかた殺しきるまでは『メルヴィルが殺した』ことに気づかれないようにしないと、残る魔法少女全員がメルヴィルの敵に回った時にまず生き残れないからだ。
メルヴィルは常にチャンスをうかがっていた。
しかしメルヴィルの望んだ瞬間は中々やってこなかった。
『マジカルキャンディーの数が一番少ない人をゲームオーバーさせる』イベントが発生した時は、魔法少女謀殺のチャンス到来に目を輝かせたものだ。
メルヴィルの『色を自由に変えられる』魔法で、魔法の端末に表示されるマジカルキャンディーの数を偽装すれば、誰だって謀殺できる。
けれどせっかくのチャンスは消えてしまった。アカネがなぜかガチャ廃人になっていることと、スイムスイムがキャンディーを手放すことを躊躇しなかったことのせいだ。
システム上、マジカルキャンディーの所持数をマイナスにはできない。2人の魔法少女がキャンディー所持数を0個にしてしまうともう、メルヴィルの魔法ではどうしようもなかった。
次こそは、次こそは殺す。
次のチャンスは絶対にものにする。
メルヴィルが決意を固めて、ゲーム世界への3回目のログインの時を迎えた後。荒野エリアを駆けて、その先で見つけたのはマジカルデイジーだった。
メルヴィルは現実世界でアニメ『マジカルデイジー』を何度も鑑賞した。マジカルデイジーの思考パターンを研究した。マジカルデイジーとの戦闘をシミュレートした。
マジカルデイジーになら勝てる。
メルヴィルは強い確信を胸に抱き、『色を自由に変えられる』魔法で己が体を空間と同化させつつマジカルデイジーを襲った。
だが結局は逃げられた。魔法で作った、マジカルデイジーのパーティーメンバー:@娘々の
苦し紛れに荒野エリアの大岩を透明にして穴に放り込んでみたが、あれで死ぬようなマジカルデイジーではない。だからといってメルヴィルが穴に飛び込んだら最後、メルヴィルの気配を察知したマジカルデイジーにデイジービームを発射されて死ぬだけだ。
「……行ぐか」
パーティーメンバーと合流するべく穴から離れる中、メルヴィルは自己嫌悪に陥っていた。
2回目のログイン時は、スイムスイムの魔法を把握せずに襲って失敗した。
スイムスイムへの殺意があふれるばかりで、視野が狭くなっていたからだ。
3回目のログイン時は、マジカルデイジーの戦闘能力を見誤って失敗した。
アニメでは、マジカルデイジーは中学生だった。アニメはもう何年も前に放映されている。それなのにアニメ放映時点と、現在のマジカルデイジーの戦闘能力が変わっていないと思い込んでしまっていたからだ。
失敗。失敗。失敗ばかり。
どうにもうまくいかない。
しばらく魔法少女の資格をはく奪されて、現実世界で魔法少女として己を鍛える機会がなかったからだろうか。どうにもうまくいかない。何かが狂わされているような気がする。
メルヴィルはいつからこんなに不器用で、ポンコツになってしまったのか。
憤懣やるかたない心境だ。こんな体たらくではクラムベリーに顔向けできない。
そのような状況だったため、マジカルデイジーがグレートドラゴンと共倒れになったことは、メルヴィルにとって嬉しい誤算だった。
一方で、グレートドラゴンの死亡は悲しい誤算だった。
グレートドラゴンは地底エリアから次のエリアを解放するためのミッションだったとのこと。つまり、戦闘不可避の中ボスだった。『すごくレベルアップした』グレートドラゴンが生きていてくれれば、メルヴィルの工夫次第で、もう2~3人くらい殺せただろうに。
とにかくまずは1人、ようやく死んでくれた。
メルヴィルただ1人だけが生き残るまでの道は、はるか彼方。まだまだ先は長い。
けれど、これでやっと動きやすくなる。
◇◇◇
◇メルヴィル
ゲームの追加仕様が明らかになった後も、魔法少女たちは引き続きゲーム攻略を続けることになった。
ゲームをクリアしたからといってゲームマスターが魔法少女たちを解放してくれるとは限らない。けれど、ゲームをクリアしなければ状況は何も変わらない。超強化されたモンスターが跋扈する危険な世界にいつまでも囚われたままだ。結局、魔法少女たちに他の選択肢の余地はなく、ゲームマスターの望み通りにゲームに挑むしかなかった。
荒野エリアにマジカルデイジーが作った穴。そこに備え付けられたシャドウゲール製のエレベーターを使って、メルヴィルたちのパーティーもまた、地底エリアに降り立つ。
「いやぁ。さっきの荒野の白い骸骨、凄かったっすね。いきなり翼を生やして飛びかかってくるとかびっくりしたっす」
「まさかあの骸骨を神々しく感じる日が来るとはね。実は生前は天使だった、みたいな裏設定があるのかもしれない」
「骸骨天使っすか。かっけぇっすね!」
メルヴィルの後方で、ラピス・ラズリーヌとディティック・ベルが普段と何ら変わらぬ様子で会話している。『ゲーム世界の死=現実世界の死』だと判明し、マジカルデイジーの死を突きつけられてなお、2人の態度は変わらない。いや、あえて変えないようにしているのか。
ラピス・ラズリーヌがそういうスタンスを採用しているのは何ら違和感がない。
ディティック・ベルについては不可解だ。彼女がラズリーヌのスタンスに同調するのは非常に奇妙な動きだ。
ゲーム世界でディティック・ベルと初めて出会った時。
メルヴィルはディティック・ベルに常識人という印象を抱いた。常識に生き、常識に囚われ、常識の埒外のことに対応できないタイプ。どうしてクラムベリーの試験に合格したのかがわからないくらい、戦う魔法少女にふさわしくない人物だと感じた。
だから、メルヴィルがゲーム内で不和をばらまくために『チェルナー・マウスを操って、彼女にモンスターの狩場を占拠してもらう』方策を実行する際、ディティック・ベルにだけは内緒にした。常識を基軸にして、秩序を重んじる彼女は、狩場の占拠行為に反対すると想定したからだ。
チェルナー・マウスにモンスターの狩場を占有してもらい、他のパーティーからのヘイトを買う。魔法少女たちからパーティーの垣根を超えた結託をしようとする動機を奪いつつ、魔法少女同士の衝突を誘発し、その先にある不幸な事故や故意の殺害の種をまいておく。
狩場の占拠行為は、ゲーム世界に2回目のログインを行った際にディティック・ベルにバレた。ディティック・ベルの目の前で、プフレがチェルナー・マウスに決闘を申し込んだからだ。
意外だったのは、プフレが去った後のディティック・ベルの反応だ。ディティック・ベルから説明を求められ、狩場の占拠行為について明かした時、彼女の第一声は「へぇ、面白いことを考えるね」という好意的なものだった。
「反対しね゛ぇんが?」
「反対する理由がどこにあるのさ。この世界はマジカルキャンディーがないことには始まらない。せっかくゲームをやるのなら物語の主人公みたいに派手に活躍したいし、キャンディーの独占は必要だよ。これからもチェルナーに頑張ってもらおうか」
「おー。チェルナーに任せておけー!」
常識人という第一印象と、狩場の占拠を肯定する姿が結びつかない。
ゲーム世界に1回目にログインした時と、2回目にログインした時とで、まるで別人を相手にしているかのような違和感。
メルヴィルは、だんだんディティック・ベルのことがわからなくなってきていた。しかし、ディティック・ベルがどのような変化を見せようと、彼女自体が戦えない魔法少女であることは間違いない、はずだ。だからこそ、メルヴィルはディティック・ベル殺害の優先順位は変えず、彼女を放置している。
ディティック・ベルではどうあがいてもメルヴィルの邪魔をできない。
メルヴィルがこれから起こすアクションも受け入れざるを得ないだろう。
地底エリアの先にある図書館エリアに足を踏み入れた折、メルヴィルは立ち止まる。いきなり歩みを止めたメルヴィルに、何事かとパーティーメンバーたちが振り向く。
「パーティー抜げんべ」
メルヴィルは一言、告げる。
パーティーの間にしばらく無音の時が訪れた。
緩やかな風が図書館エリア特有のかび臭さと埃臭さを運び去っていく。
「ええっ!? なんでっすか!?」
「やだやだ、メルヴィルいなくなっちゃやだー!」
ラピス・ラズリーヌとチェルナー・マウスがメルヴィルに詰め寄り、各々感情を爆発させてくる。想定内の反応だ。この2人はとてもわかりやすい。
「マジカルデイジーん死さ不可解べな。奴ば地下でドラゴンどあらぞんだ。けんど、ねげでそなごとひとりべやるぜや?」
「どうしてマジカルデイジーが1人でドラゴンと戦ったか、っすか?」
「透明ん敵。スイムスイムがいったでねぇか。……マジカルデイジーん死にゃ透明ん敵の仕業がもしれね。他んモンスターでゃマジカルデイジーさだおぜね゛ぇ」
「マジカルデイジーの死の真実を知るために透明な敵を調べる、ってことっすか?」
「んだ」
「だからって、ゲームで死んだら現実でも死ぬってわかったこの状態でパーティー抜けるなんていくらなんでも危なすぎるっす! 透明な敵を調べたいならみんなで調べればいいだけっす!」
「魔王だおさねばゲームは終わきやね。透明ん敵見っげでも攻略ど関係ねな。おめらは行げ」
マジカルデイジーの死の真相を知るために透明な敵を調べたい。 けれど、ゲームから脱出するために魔王を倒すことはマストでも、透明な敵を明らかにすることはマストではない。だから、透明な敵の調査はメルヴィルだけがやる。今回、パーティーを抜けるために用意した理由だ。
ゲーム世界への2回目のログイン時にスイムスイムがメルヴィルのパーティーに共有してきた『透明な敵』という言葉を利用させてもらった。
「……そんども? チェルナー、ラズリーヌ。おめらはくっか? ついでぐんなら止めね」
メルヴィルはチェルナー・マウスとラピス・ラズリーヌに向き直り、手を差し出す。もしも2人が応じてくれるなら、ディティック・ベルは1人になる。
最新エリアの図書館エリアにディティック・ベルを1人放置すれば、まず間違いなく彼女はモンスターに殺される。その後、ディティック・ベルの死を知ったラピス・ラズリーヌがメルヴィルに怒りの矛先を向けた時に、上手くチェルナー・マウスをぶつけることができれば――厄介なチェルナー・マウスとラピス・ラズリーヌを同時に葬れるかもしれない。
「行く! メルヴィルといっしょがいい!」
チェルナー・マウスはメルヴィルの誘いに即答してくれた。メルヴィルの腕を離さないとばかりにギュッと握りしめるチェルナーの頭をそっとなでてやる。
「本気っすか、メルっち!? チェルっち!?」
一方のラピス・ラズリーヌはメルヴィルに色よい返事をくれそうにない。さすがにこの程度の稚拙な働きかけでディティック・ベルを1人にするのは無茶だったか。だが、チェルナー・マウスをメルヴィル側に引き寄せられたことで今は十分だ。
「……これでお別れか、寂しくなるね」
と、ここで。メルヴィルたちのやり取りをずっと静観していたディティック・ベルが名残惜しそうにメルヴィルを見つめて、ため息を吐く。
ディティック・ベルがメルヴィルのパーティー脱退を受け入れざるを得ないというのは事前の想定どおりだ。しかし、やはりディティック・ベルの態度はおかしい。
チェルナー・マウスとラピス・ラズリーヌだけを誘ったことで、ディティック・ベルがお荷物だと暗に宣言したにもかかわらず。ラピス・ラズリーヌまでもがメルヴィルと一緒に行動することを選択すればただ1人図書館エリアに取り残されていたにもかかわらず。
ディティック・ベルの心が大して乱れない。
不気味だ、何を考えている? 何か、ディティック・ベルにしか見えていない世界があるのか? それが、クラムベリーの試験に生き残った理由ともつながっている?
「ベルっち!? ベルっちはなんで反対しないっすか!? モンスターが強化されてるんだから、絶対4人で行動した方が良いに決まってるのに――」
「それはわかってるよ。でも、メルヴィルにはどうしてもやりたいことがあって、それはこのパーティーじゃ実現できないんでしょ? なら私には引き止める言葉はないよ。人間、ここぞという時は、己の心が望むままに動いた方が良い。……私も親の反対を押し切ってやりたいことをやってる身だから、こう強い意思を示されるとどうにも弱いんだ」
「……悪くおもんざね」
「気にしなくていいよ、メルヴィル。でも、これから別々に行動するからって敵になるわけじゃないでしょ? 何か困ったことがあったら連絡してよ。力になるから」
ディティック・ベルの奇妙な好意を背中に受けながら、メルヴィルはチェルナー・マウスを引き連れて、パーティーを抜けた。メルヴィルの望みは叶った。これからは自由に動ける。しかし。心を蝕んでいる、名状しがたい不安感からはしばらく逃れられそうにない。
◇◇◇
◇ディティック・ベル
マジカルデイジーの死。
荒野の街で突きつけられた事実を前に、ディティック・ベルの心をまず最初に襲ったのは激しい後悔だった。
悪い魔法少女の凶行を止められなかった。
魔法少女の死を防げなかった。
狙われたマジカルデイジーを救えなかった。
ディティック・ベルは現実世界でマジカルデイジーと接触していた。
スイムスイムとアカネとディティック・ベルで構築された協力関係。これにマジカルデイジーも加えるためだ。
けれど、ディティック・ベルの目的が果たされることはなく、マジカルデイジーは亡くなってしまった。あの時、もっと強引に勧誘していれば、マジカルデイジーは今もゲーム世界で、パーティーメンバーとともに同じ時を過ごせたのだろうか。
いや、そもそも今までのディティック・ベルたちの頑張りは無駄だったのか?
広大なゲームの世界に、総勢17人のプレイヤー。スイムスイムの命を狙った透明な敵(悪い魔法少女)の正体すらわからないまま、たった3人で悲劇を防ぐのは無茶が過ぎたということか?
暗澹たる心境を引きずりながら、パーティーメンバーと新たなエリアに向かう道中、ディティック・ベルの魔法の端末がチカチカと光っていることに気づいた。
端末をチラッと確認する。スイムスイムからのメールが届いている。
魔法の端末はミュートにしているため、他のパーティーメンバーはディティック・ベルがメールを受け取ったことに気づいていない。
ディティック・ベルはパーティーメンバーに悟られないように歩調を緩めて最後尾ポジションを確保しつつ、メールの中身に目を通す。
『元気?』
たったそれだけのメールだった。
スイムスイムはいつもどおりだ。
自然と頬が緩む。
『君のおかげで元気が出たよ』
『良かった。ベルにやってほしいことがある。マジカルキャンディーの独占は中止。これ以上アカネに単独行動させない。だからどうにかしてベルのパーティーを説得して、これからはアカネと一緒に行動してほしい』
返事をすると、すぐにスイムスイムからの新しい指示が飛んでくる。
(そっか)
スイムスイムは諦めていない。
マジカルデイジーは死んだ。モンスターは超強化された。マジカルデイジーの作ったショートカットの影響で『遅延戦術』は崩壊した。それでもスイムスイムはくじけることなく、次の策を急遽こしらえて、ディティック・ベルに連絡してきた。
『わかった。ちなみにスイムスイムはどうするの?』
『透明な敵がいなさそうなパーティーと合流するつもり。どこにするかは考え中。……ベル、アカネをお願い。アカネと連絡できない。マジカルデイジーが死んだことにショックを受けて、またおかしくなってるかも。でも私とアカネの関係は隠しておきたいから、頼れるのはベルだけ』
『任せて。アカネのことは心配しなくていい。スイムスイムは他のことに頭を使って』
『ありがとう』
だったら、ディティック・ベルだって諦めない。
7歳の子供が知恵を振り絞って必死に頑張っている。
名探偵ディティック・ベルを頼ってくれている。
ディティック・ベルは己の器の限界を知っている。
生涯すべてを捧げても、きっと名探偵にはなれない。
――ベルは名探偵。協力してくれると、頼もしい。
でも、ディティック・ベルに憧れてくれた子供にくらいは、カッコよくて、頼れる大人の背中を見せてあげたい。
たとえ悪い魔法少女からみんなを救う作戦は思いつけなくても、スイムスイムが編み出した作戦を叶える便利な道具にくらいはなってあげたい。
とはいえ、どう理論武装すれば狂人演技をしているアカネと一緒に行動することをパーティーメンバーに認めてもらえるのか。
ディティック・ベルが頭を悩ませていると、メルヴィルがパーティー脱退の旨を宣言し、チェルナー・マウスを連れてディティック・ベルから離れていった。
メルヴィルとチェルナー・マウスという頼れる戦力がなくなったのは痛手だ。だけど、パーティーメンバーが4人未満となったのは好都合だ。これならスイムスイムの指示通りにアカネをパーティーメンバーに迎え入れて、ともに行動できる。
「……それで? あなたはメルヴィルの方へ行かなくて良いの?」
「ベルっちが心配なんでベルっちと一緒にいるっす」
「そっか、ありがとう」
「お礼を言うくらいならもっと頑張ってメルっち説得してほしかったっす」
「ごめんなさい」
ぷくーと頬を膨らませて不満を目に見える方法で表明するラピス・ラズリーヌに、ディティック・ベルはペコペコ頭を下げる。
ラピス・ラズリーヌの強さはモンスターとの戦闘で幾度も目撃してきた。『宝石を使ってテレポートできる』魔法を己の体の一部のように使いこなして、テレポートを繰り返しながらモンスターを華麗に倒しきるあの圧倒的戦闘センスは感動なくして語れない。そんなラピス・ラズリーヌがディティック・ベルの傍にいてくれるのはとても心強い。
今まで、ラピス・ラズリーヌはその場のテンションだけで生きてるタイプだと思っていた。しかし、意外と周りを見てくれているようだ。粗忽者という評価は撤回する。
「それで? これからどーするっすか。さすがに2人はちと心もとないっすよね?」
「そうだね。仲間を増やすか、どこか別のパーティーと合流するかなんだけど……」
パーティーメンバー以外の魔法少女の所在地は地図アイテムで確認できない。さてこれからどうやってアカネと合流しようかと思案し始めたタイミングで、図書館エリアの一角でアカネが虚空を見つめてふらふらと歩を進めている姿を目撃した。
スイムスイムはアカネと連絡を取れないと言っていた。きっとアカネはスイムスイムが作戦を切り替えたことを把握していない。アカネは精神不安定状態の今もマジカルキャンディー独占のために体を動かしているようだった。
「あ。妖怪『たまはどこだ』がうろついてるっすね」
「ちょうどいい。あの子を仲間にしよう」
「へ? え、本気っすか? 見るからにヤバいっすよ? ガチャ廃人っすよあの人?」
「大丈夫。彼女の望みは何となく理解しているから、共闘を呼びかけてみるよ」
「え、ええぇ?」
「ラズリーヌはモンスターが襲ってこないか見張っててほしい」
ディティック・ベルはラピス・ラズリーヌに勝気な笑みを浮かべた後、アカネの下に駆け寄ろうとする。その時、ラピス・ラズリーヌに手をつかまれる。
「ベルっち、これ」
後ろを振り向くと、ラピス・ラズリーヌがディティック・ベルの手に蒼の宝石を握らせてくる。
「ベルっちを信じてないわけじゃないっすよ? でも、備えあれば患いなしって先人のありがたいお言葉もあるっす。何かあったらすぐ行くからよろしくっす」
ラピス・ラズリーヌはディティック・ベルの身に何かあった時に備えて、いつでもディティック・ベルの下にテレポートできるように蒼の宝石を渡したらしい。つくづく頼もしい。私は恵まれている。
「なぜだ? なぜ、どうして? 結局みんな死ぬしかないのか? 音楽家はどこだ?」
アカネへと近づくにつれて、彼女の慟哭めいた呟きがディティック・ベルの耳に届く。
なるほど、確かに今のアカネは危ない。おかしくなっている。
あの時、スイムスイムの首を絞め殺そうとした時と雰囲気が酷似している。
うかつに近づけばディティック・ベルもスイムスイムと同様に襲われるかもしれない。その時、アカネがディティック・ベル殺害を止めるとも限らないし、ラピス・ラズリーヌの救援が間に合うとも限らない。
だが、ディティック・ベルとて無策ではない。
今のアカネに平静を取り戻させるためのキラーワードに心当たりがある。
ゆえにディティック・ベルは勇敢に、堂々と、アカネの前に立つ。
「アカネ」
「なぜだ、どうして」
「あなたの気持ちは察するにあまりあるわ」
「音楽家はどこだ?」
「でも、いいから目を覚まして」
「どうしても終わらせられないのか?」
「じゃないと――あなたが血のつながっていない7歳の女の子を同意なしに抱きしめて髪の毛吸ってたことをみんなにバラす」
ディティック・ベルは深呼吸を挟んで、キラーワードを言い放った。
「………………」
アカネの空虚な瞳に光が戻った。
「秘め事をするなら近くに建造物がない場所でするべきだったわね。建物と会話できる私にとって、壁は監視カメラそのものよ」
「ぅ……」
「正気に戻ったようね」
「……だれかたすけて」
「まったく、小学生に手を出す淫行教師みたいな真似してんじゃないわよ。相手がどれだけ理知的でも7歳は7歳よ」
「ゆるして」
「ゆるしてほしいなら態度で誠意を示して。マジカルデイジーのこととかモンスターの強化のこととか色々あるけど、社会的に死にたくなかったら余計なことは考えずに私のパーティーに入りなさい。これはあの子の指示でもあるわ。わかった?」
「ハイ」
すっかり大人しくなったアカネに魔法の端末でパーティー登録をしてもらった後、アカネの手を引っ張ってラピス・ラズリーヌの下まで連れていく。
「ラズリーヌ。新しい仲間:アカネだよ」
「アカネデス、ヨロシクオネガイシマス」
ラピス・ラズリーヌの視線にさらされたアカネは、カチコチと固まったまま頭を下げる。まるでロボットのようだ。対するラピス・ラズリーヌは目を輝かせていた。その瞳は、アカネではなくディティック・ベルへと向けられている。
「すげー、ベルっちすげー!」
「探偵だからね、これくらいはできるよ」
「すげー、探偵すげーっす! 一体どうやってアカネっちを説得したっすか? 全然話通じなさそうだったのに」
「それは秘密」
「うぅぅ気になる、とっても気になるっす! 決めた、私もベルっちみたいな探偵になるっす!」
「そんなテキトーに進路を決めて良いの……?」
「良いっす! いつまでもニート魔法少女やって、パパに養ってもらうわけにもいかなかったっすからねぇ」
「……まぁ、止めはしないよ」
かくして。メルヴィルとチェルナー・マウスが欠けたディティック・ベルのパーティーは、アカネを迎えた3人体制で再始動した。
次回 第13話
『メルヴィルさんふっとばされた!』