その白スクで魔法少女は無理でしょ、スイムスイム   作:超天才清楚系病弱魔法少女

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第34話 もうはなさない 君がすべてさ

 

◇根村佳代

 

 とにかく体が重くて、鈍くて。

 まるで自分の物ではないみたいで。

 そのくせ、やたらと光が眩しくて。

 抵抗したくてたまらない。

 

 

 根村佳代は奇妙な感覚とともに、白を基調とした部屋のベッドの上で目を覚ました。

 視界がかすんでよく見えない。目を細めても周囲がブレて見えるままだ。一向に焦点が定まらない。

 

 

「ここは……?」

 

 それ以上、佳代の言葉は続かなかった。

 のどがジクジクと痛みを訴えてきたからだ。

 

 

「〜〜〜!!」

 

 佳代は恐る恐るのどに指を当てる。包帯の感触がする。見れば、のどだけでなく左腕と腹部、左足にも包帯が巻かれている。慎重に左腕の包帯をめくってみると、そこには焼けただれたかのような痕があった。

 

 

(な、なにこれ。なんでこんな)

 

 動揺から呼吸が浅くなるも、のどが再び痛みを主張してきたことで、佳代は慎重な呼吸を半ば強要される。

 

 一体何がどうなっているのか。

 佳代が混乱のままに周囲に視線をさまよわせると、ベッドの横の椅子に何者かが腰かけていることに気づいた。当人はうつらうつらと舟を漕いでいる。

 

 佳代はじぃっと両目を細めてその人を見つめて、ようやく彼女が芝原海だと気づいた。

 

 海ちゃんが佳代の眠るベッドの隣の椅子に座って眠っていること。

 やたらと白を基調とした、見覚えのない部屋。そのベッドで眠っていた佳代自身。佳代の体に巻かれた包帯の数々。どうやら佳代はかなり重めの怪我を負い、入院しているようだった。

 

 今の状況は何となくわかった。

 でも、どうして入院しているのか。

 

 

「佳代?」

 

 佳代が頭を悩ませていると、横合いから聞き馴染みのある声が届く。声の方へ顔を向けると、いつの間にか海が目を覚ましていたようで、海が目を何度もパチクリとさせて佳代を凝視している。非常に珍しい海ちゃんの表情だ。

 

 

「……佳代。佳代、佳代、佳代ぉ!!」

「わっ!?」

 

 海は最初は小さく佳代の名を呼んだかと思うと、それからは壊れたラジオのように何度も佳代の名を呼びながら、顔をずいっと佳代へと寄せてくる。

 

 

「な、なに? 海ちゃん?」

「良かった、本当に良かった……!」

 

 海が佳代の右手を優しく包み込み、ボロボロと涙を流して『良かった』と連呼する。

 

 佳代はしばし呆然としていた。泣いている海ちゃんなんて初めて見た。

 こんなの明らかに異常事態だ。一体何が。いや、ホントに何が起こっているというのか。天変地異の前触れなのか。

 

 佳代の動揺を察したのか、海は佳代に状況を説明してくれた。

 

 

 佳代が海を庇って、ソニア・ビーンの攻撃を喰らってしまったこと。

 大怪我を負った佳代の命を、マナの回復魔法でつなぎとめてもらったこと。

 海がスイムスイムと協力して、プキンに操られていた下克上羽菜を倒したこと。

 スイムスイムとテプセケメイがレイン・ポゥとトコを倒して、繰々姫・ウェディン・ポスタリィを救ったこと。

 魔王パムがプキンとソニア・ビーンを倒したこと。その際、スイムスイムとテプセケメイが敵の討伐に貢献したこと。

 残る敵の魔法少女2名はB市から逃亡して、それで一連の騒動は終わったこと。

 佳代は魔法の国の出先機関の1つである病院へと運ばれ、今日まで専門の治療を施されていたこと。

 佳代は1週間、眠ったままだったこと。

 

 海の話を最後まで聞き終える頃には、佳代も記憶を思い出していた。

 

 

(よく生きてたなぁ、私)

 

 というのが佳代の正直な感想だった。実は佳代は幸運体質だったのだろうか。なんて、どうでもいい考えがふと佳代の脳裏に去来する。

 

 

「それで……」

 

 今まではつらつらと話していた海が、しばらくためらった後に言葉を続ける。それは、佳代の怪我を完治することは魔法でも不可能で、佳代の体に障害が残るという内容だった。

 

 視力の大幅な低下と、視界のブレ。

 左半身の酷い傷痕と、左半身の麻痺。

 

 体の麻痺は今後の継続的なリハビリで治る可能性はあるが、視力の回復や傷痕の治癒は現代魔法ではどうしようもないらしい。

 

 

「……」

 

 何とも実感が湧かない。他人事のように思えてしまう。

 己の体のことなのに、なぜか絶望だとか悲しみだとか、そんな気持ちが湧いてこない。

 

 それはきっと、佳代があの時の己の動きに満足しているからだ。

 嫌な予感がして、キャプテン・グレースを敵の魔法少女の攻撃から守って大怪我をして、その結果に不満を感じていないからだ。

 

 非常に不可解な感覚だ。

 海ちゃんのことは嫌いだ。嫌いな人を反射的に庇って負った大怪我なのに、それを忌避しようと思えない。それどころか、どこかこの傷を勲章のようにも思えてしまっている。

 

 

 ……あぁ、そうか。わかった。

 あの時、私は海ちゃんを超えたんだ。

 

 海ちゃんは選ばれし者で、怪物で、暴君で。

 私は普通で、人間で、一般人で。海ちゃんに振り回されてばかりの人生で。海ちゃんの後ろをついて歩くだけの人生で。

 

 でもそんな私が、あの時あの一瞬だけは。

 ソニア・ビーンが空中に現れた時に、海ちゃんよりも早く彼女を危険に感じて、海ちゃんよりも早く動いて、海ちゃんを守ったわけで。

 

 それはつまり。

 普通で平凡で凡人に過ぎない私が。

 特別で非凡で天才な海ちゃんを上回ったのだ。

 海ちゃんに勝ったのだ。

 

 その事実が愉悦として私の心を激しく駆け巡っていて、怪我のことがどうでもよくなっている。それが今の私らしい。

 

 これはきっと今だけの感覚だ。いずれ私は後遺症の辛さを自覚して、海ちゃんを庇った過去の私のことを『なんてバカなことをしたんだ、お前は』と責め始めるのだろう。

 

 ……何というか。

 私ってイヤな奴だ。

 

 

 佳代が己の心境を分析して、心の奥底で落ち込んでいる中。海は椅子から立ち上がり、地面に両膝をついて、両手をついて、佳代に深々と頭を下げてきた。土下座である。

 

 

(え、え?)

「ごめん、ごめんなさい。佳代を守れなくて。あたしのせいで佳代にこんな酷い怪我をさせて。もう冒険なんてしない。あたしのわがままに佳代を巻き込まない。本当にごめんなさい……」

 

 

 あの海ちゃんが冒険を否定した??

 

 佳代は絶句していた。

 天変地異の前触れだとか、空から槍が降ってくるとか、そんな生易しいものではない。そんな次元じゃない。今日は地球最後の日かもしれない。そのレベルの異常事態だ。

 

 

「……」

 

 これは、千載一遇のチャンスだ。

 今の海はかつてなく心が弱っているようだ。ここで佳代が海の謝罪を拒絶して絶交を宣言すれば、海との日々は終わる。海という怪物に始終振り回される日々が終わる。海の暴力の矛先がうっかり佳代に向くことに怯える日々が終わる。

 

 佳代が何度、夢見てきたことかわからない瞬間。

 絶好の機会。これを逃せば次はない。

 

 

「…………」

 

 佳代は考える。己が今、何をするべきか。

 己の幸せな人生には何が必要なのか。

 

 佳代は海を見下ろす。

 土下座をしている海の姿は小さくて、縮こまっていて、とてもちっぽけに見えた。

 

 

 こんなの海ちゃんじゃない。

 

 

「海ちゃん、まずは顔上げて」

「うん」

「で、1つ聞きたいことがあるんだけど」

「うん」

「あなたって本当に海ちゃん?」

「うん?」

「偽者だよね? 他人に変身できるとか、変装が上手とか、そーゆータイプの魔法少女ってことだよね? 海ちゃんの姿になって私を騙そうとして、何が目的なの?」

「うん???」

 

 言葉を連ねることで佳代ののどが再び痛みを声高に主張してくる。が、ここは踏ん張りどころだ。今は佳代の体を労わるよりも優先すべきことがある。後でいくらでも休ませてあげるから、佳代ののどにはもうちょっとだけ頑張ってもらう。

 

 

「待って、なんで疑われてるの!? あたしは正真正銘、芝原海よ!」

「うん、知ってる」

「えっ」

「ごめん、ちょっとからかってみたの。だって、全然海ちゃんらしくないんだもん。泣いてるし、気が弱くなってるし、土下座するし、『もう冒険なんてしない』とか言ってくるし」

「からかってみたって……何それ。あたしは真剣に考えて冒険やめようって思ったのに!」

 

 困惑のままに慌てて立ち上がる海を制するように、佳代は海を疑う発言を撤回した。すると、海が怒りの感情を表出してくる。けれど、いつもの海と比べるとまるで怖くない。まだ海は本調子ではない。

 

 

「私の怪我は海ちゃんのせいじゃないよ。攻撃してきた人のせいだよ」

「でも」

「でも! 海ちゃんが後悔してるなら、悪いことをしたって思ってるなら。もっと一緒に冒険しようよ。もっと一緒に楽しいことしようよ。あんな怖い冒険が最後だなんて、私は嫌だよ?」

 

 佳代には友達がいない。海のせいだ。

 海は気に入らないことを暴力で解決した。その暴力には代償が必要で、代償をいつも佳代が払わされていた。海が気に入り、しかし海よりはるかに弱い佳代は、同年代の子供たちの陰口の対象としてちょうどよかったのだろう。

 

 海とは小学生になった時に出会った。

 海とはもう8年の付き合いだ。佳代は人生の半分を海と一緒に過ごしている。

 

 

 なのに、海が冒険をやめてしまったら。

 海が佳代から離れてしまったら。

 

 いよいよ佳代には何も残らなくなる。

 いよいよ佳代の人生は無意味になってしまう。

 

 

 海にはいつだって、鮮烈な輝きを放っていてもらわないと困る。

 海さえいなければ、佳代が本来得られていたはずだった友達。その友達との青春を失うにたる対価を、鮮烈な思い出を。海にプレゼントしてもらわなければ困るのだ。

 

 

「佳代……ありがとう」

 

 海は目を見開き、その両眼からさらに涙が伝う。海は慌てて指で涙を拭い、頬を両手で強く叩き、凛とした力強い眼差しで佳代を見つめてきた。

 

 そう、それでこそ私の人生をメチャクチャにした芝原海(ぼうくん)だ。

 

 

(もったいないことしたなぁ)

 

 せっかくの海との関係を絶つチャンスをふいにしてしまった。けれど仕方がない。弱々しい海が解釈違いで、本来の海に戻ってほしかったのだから。

 

 

「でも、次はもうちょっと軽めな冒険にしときたいね。今回のはさすがに大変だったから」

「そうね、今度は3人で軽めな冒険にしよう」

「3人?」

「うん。あたしと佳代とスイムスイム」

「どうしてスイムスイムも? あ、いや別にスイムスイムと一緒に冒険するのが嫌ってわけじゃないんだけど」

「どうしてって、スイムスイムも相棒だからよ。あたしたち3人で小さい頃からずっと遊んできたじゃん」

「え?」

「え?」

「待って。『小さい頃からずっと遊んできた』ってどういうこと?」

「どういうことも何も事実じゃん」

「そもそもスイムスイムは7歳で、私たちは14歳だよ? おかしいって」

「おかしくないでしょ。何を言ってるの?」

「……」

 

 佳代は今度こそ絶句していた。

 明らかに海の記憶がおかしくなっている。

 

 

 だれかたすけて!(海ちゃんが壊れちゃった!?)

 

 

 佳代は切実に第三者の助けを求めた。

 しかし誰も病室を訪れる気配がなかったので、自力で海と対話を重ね、どうにか海の存在しない記憶を正すことに成功したのだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

◇姫野希

 

 B市で繰々姫たちに危害を加えんとする危険な魔法少女がいなくなってからというもの。キャプテン・グレース、ファニートリック、ウェディン、繰々姫、ポスタリィ、マナ、下克上羽菜、スイムスイムは魔法の国が関与する病院の治療を受けることとなった。

 

 レイン・ポゥも怪我をしていたが、彼女とトコは魔王パムが連行していった。万が一にもレイン・ポゥが脱走できない環境で治療を施すことになるのだろう。

 

 

 みんなの中だと比較的マシな怪我だった繰々姫はその日の内に怪我を魔法で治してもらい、帰路に就いた。

 

 道中のことは何も覚えていない。ただただ一心に歩を進めていた。

 午前7時に自宅にたどり着いて、魔法少女の変身を解いて姫野希の姿となり、玄関のドアを開けた。希の視線の先にはお父さんがいた。お父さんは少し憔悴しているようだった。

 

 希は玄関で膝からくずおれた。

 駆け寄ってくるお父さんに抱きついてひたすら泣き続けた。

 お父さんが希の背中を撫でてくれる。「もう大丈夫」と声をかけてくれる。お父さんの優しさが、日常に帰ることができた実感を希に与えてくれて、希はますます号泣した。

 

 

 声が枯れるまで、涙が枯れるまで泣き続けて。

 そこから先は大変だった。B市で危険な魔法少女が暴れた結果、B市では行方不明者や死者が発生していたらしく、お父さんは希が事件に巻き込まれたのではと心配していたらしい。

 

 希はとっさの言い訳で、学校からの帰宅中に仲の良かった同級生と久しぶりに再会して、話の流れで飲みに行って、思いのほか盛り上がり、朝まで飲み明かしてしまったのだと騙った。

 

 あまりに拙い嘘である。

 でも、だからといって魔法少女のことは話せない。魔法のことは一般人には秘密だとか以前に、魔法は危険だ。危険なことにお父さんを巻き込んでしまうのが嫌だった。

 

 お父さんは察しの悪い方だが、それでも希の嘘に気づいているようだった。けれどお父さんは希の嘘を追及しなかった。

 

 お父さんは冷蔵庫から麦茶ポットを取り出して、コップに注いで希に渡してくれた。お父さんはいつも、希が好きな麦茶が切れないように、やかんで麦茶を沸かして麦茶ポットに補充してくれる。そんなお父さんのさりげない優しさが改めて身に染みて、希はもう一度泣いた。

 

 

 お父さんに希の行方不明者届を取り下げてもらって。

 それから希は2週間、教師の仕事をせずに自宅で過ごした。

 波山中学が休校となったからだ。

 

 あの日、魔法少女が暴れ回ったことでB市の各地で起こった様々な事件や事故は、魔法のことを知らない一般人からすれば原因不明の天災だ。

 

 不安がる者あり。面白がる者あり。便乗する者あり。

 B市はとても浮き足立っていた。

 

 そんなB市の状況を総合的に鑑みて、生徒の生命を第一とするため、波山中学は一時的に休校する運びとなった。

 

 

 休校中、希は魔法の端末を通してみんなの状況を知った。

 主にウェディンが希たちに情報共有してくれたからだ。

 

 ポスタリィは病院で目を覚まし、治療を受けてすぐに退院したらしい。

 おそらく希と同じタイミングで自宅に帰ったのだろう。

 

 キャプテン・グレースとウェディンは1日だけ入院して、退院したらしい。

 レイン・ポゥの虹で斬り落とされたウェディンの左手の薬指と小指も無事くっついて、動かせるようになったとのことで、希はとても安心した。魔法ってすごい。

 

 下克上羽菜は2日間入院して怪我を治療した後、精神病棟に移ったらしい。

 希はキャプテン・グレースからの話でしか知らないが、いくらプキンに操られていたとはいえ、知己のマナを殺そうとしてしまった彼女の心中は察するにあまりある。彼女の心の回復を祈るばかりだ。

 

 ファニートリックは緊急手術後、1週間で目を覚ました。が、継続的なリハビリが必要で、退院の目途は立っていないらしい。体に障害が残るそうなので、彼女が退院し、学校に復帰したその時は、彼女をしっかりサポートしようと心に決めた。

 

 スイムスイムも入院後、1週間で目を覚ました。その後、保護者の女性に連れられて退院したそうだ。彼女も希と同じように、心配をかけてしまった身内への対応に迫られるのだろう。

 

 マナは2週間入院して、退院したそうだ。魔法少女と違って体が頑丈じゃない魔法使いには繊細な治療が必要で、それゆえ完治までに多くの時間を費やすことになったそうだ。下克上羽菜も心配だが、マナの心も大丈夫なのだろうか。心配だ。

 

 

 などと、色々考えている内に、2週間はあっという間に過ぎていった。

 波山中学の休校が終わり、希が学校へ着くとキャプテン・グレースこと芝原海と、ウェディンこと結屋美祢からあいさつをされた。ただそれだけのことが嬉しくてたまらなくて、希は喜色満面であいさつを返した。

 

 窓の外を見ると、テプセケメイが当然のように空を飛んでいて希はぎょっとした。美祢曰く、『テプセケメイは波山中学の新・七不思議の1つ【空飛ぶ幽霊】として扱うから、他の生徒に見つかっても問題ない』とのこと。テプセケメイと口裏を合わせているらしいが、うまくいくのだろうか。とても心配だ。

 

 ポスタリィこと酒己達子も学校に通っていた。だが目が虚ろで、心ここにあらずという調子で、希は彼女に話しかけられなかった。

 

 そんな日常を送る折、魔法の端末にマナからメッセージが届いた。

 『今後も魔法少女を続けるのか、魔法少女を辞めるのかを決めろ。魔法少女を辞める場合は魔法に関する記憶をすべて消させてもらう。お前たちの人生だ、しっかり悩んで決めろ。結論は1か月後に聞く』という内容だった。

 

 希はまず1人で考えた。

 それから生徒たち(+テプセケメイ)と話し合った。

 ただ1人だけ、達子の意見は聞けなかった。

 

 

 そして、マナの示した期限がやってきた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

◇繰々姫

 

 マナは集合場所にB市の外れの森を選んだ。

 繰々姫は、キャプテン・グレース、ウェディン、テプセケメイと一緒に集合場所へ向かっていた。12月の真冬の寒さも、魔法少女に変身してしまえばまるで平気だ。防寒を考えなくて良いのは魔法少女の素晴らしい点の1つだ。

 

 そう、繰々姫たちは魔法少女に変身した上で集合場所に足を運んでいた。

 『魔法に関する話なんだから、魔法少女に変身してから聞くべき』とのウェディンの意見に、繰々姫たちが反対する理由はなかった。

 

 

 集合場所には2名の人物がいた。

 1人はマナ。以前、会った時と同様に、いかにも魔法使いっぽい装いをしている。

 もう1人は下克上羽菜。瞳に生気がなく、みるからに元気がなさそうだが、ここにいるということは、精神病棟から退院できる程度には心を回復できたと考えていいのだろう。

 

 希はホッと安堵の息を吐こうとして、そこで奇妙な物を視界に収めて首を傾げた。マナが子供用ハーネスのようなものを持っており、そのハーネスが羽菜の体に繋がれているからだ。

 

 

「……久しぶりだな」

「お久しぶりです。お二人とも元気(?)そうでなによりです」

「あぁ、これのことか?」

 

 ハーネスのことを聞いても良いのだろうか。

 希が気になっている中、マナとウェディンの会話が始まる。マナはウェディンの視線がハーネスに注がれていることに気づき、ハーネスで繋いだマナの右手を持ち上げる。

 

 

「プキンに操られて我々を殺そうとしたことをまだ気に病んでいてな。精神病棟を退院はしたものの、今でも時々発作的に自傷行為に及ぼうとするんだ。こうでもしないと止められん」

「それって大丈夫なんですか?」

「気にするな。そういう変わった置物とでも思っておけ」

 

 繰々姫が心配になって尋ねるも、マナから軽く返されてしまう。もしかしたら他の人からもう何度も質問された内容で、辟易としているのかもしれない。繰々姫はこの話題を続けないことにした。

 

 

「波山中学の魔法少女は全員来るように言ったはずだが、来ていないようだな。ファニートリックはまだ入院中なんだろうが、ポスタリィはどうした?」

「ポスタリィは……まだ事件から立ち直れていなくて」

「そうか」

 

 マナはしばし目を瞑り、キッとした瞳で繰々姫たちを一瞥した。

 

 

「今日は結論を直接聞きに来た。魔法少女を続けるか辞めるか。決めたか?」

 

 繰々姫たちの結論はちゃんと決めてある。

 繰々姫たちは互いに視線を交わし合い、ウェディンが一歩前に出た。

 

 

「まず、ファニートリックの意見は事前に聞いています。ただポスタリィだけは返事は保留になります」

「まぁ構わん。傷心中の奴に無理やり結論を出させろと言うつもりはない。ただいつまでも判断を保留にするのはなしだ。中途半端な状態が一番危険だからな。奴のためにも、いずれは奴の意思を聞け。わかったな?」

「ありがとうございます」

 

 マナの提示した期限を守れなかったことをウェディンが告げると、マナはため息を零しつつ許容の態度をみせる。

 

 マナのこともずいぶんとわかってきた。

 最初は怖い人だと思っていたが、違う。本当はずいぶんと優しい人だ。

 刺々しい言動を取っているのは、この人の性格もあるのだろうが、きっと立場ゆえだ。

 『犯罪者を相手にする、正義の体現者が柔和な態度ではいけない』と常に己を律しているのだと思う。

 

 

「それで? お前たちはどうするんだ?」

「みんなでたくさん話し合って決めました。――私たちは魔法少女を続けます」

 

 ウェディンの回答に、マナと下克上羽菜が意外そうに目を見開く。

 

 

「……魔法少女を題材にした作品の多くは魔法の国が関与している。一般大衆が魔法少女になりたいと願うように、魔法少女の数が不足しないように、魔法の国は魔法少女が好かれるような作品ばかり作っては世間に広めている。だが、お前たちは実態を、現実を思い知ったはずだ。それでも続けるのか?」

「続けます。現実にふざけた魔法少女が多いのなら、私たちが正しい魔法少女の何たるかを示してみせます。それに魔法のことを忘れてしまったら、魔法の国の危ない連中への対策ができないじゃないですか。この前は捜査班の皆さんやスイムスイムに助けられましたが、もしも同じようなことが起きたら、その時は――今度は私たちの力で守りたいんです。私たちはみんな、B市で生まれ育ちましたから」

 

 繰々姫たちは魔法少女を続けることにした。

 理由は色々あった。ウェディンが語った理由の他にも例えば、危機を同じくした仲間たちのことを忘れたくないとか、次こそは魔法を使って楽しい冒険をしたいとか、空を自由に飛び回れなくなるのは絶対に嫌だとか。

 

 繰々姫が魔法少女を続けると決意した理由は、家族だ。お父さんだ。

 危険な魔法少女が暴れて、B市で行方不明者や死者が出た。その中にお父さんが含まれていた可能性だって、きっとありえた。お父さんが生きていてくれたのは幸運の賜物だ。

 

 魔法少女が敵となって襲いかかってくる怖さは繰々姫の心に深く深く刻み込まれている。

 けれど、それでも。いざという時に、家族を守れるかもしれない力を手放す気にはなれなかった。

 

 

「それに、現実にだってあなたたちのような良い魔法関係者はいます。私たちも、あなたたちみたいになりたいんです」

「そうか。だからお前は……」

 

 ウェディンの話を聞き終えた後、マナはしばし沈黙を挟んでから。

 

 

「……白い水着を着ているのか」

 

 ついにウェディンの格好に言及した。

 

 そう、ウェディンは今、白い水着を着ている。魔法少女に変身した後、わざわざコスチュームのウェディングドレスを脱いで白い水着に着替えた上で、マナと下克上羽菜の前に堂々と姿を現している。

 

 先ほどマナが少し間を置いてから「久しぶりだな」と声をかけてきたのは、ウェディンの水着姿に面食らったからに違いない。

 

 

 事件の後、ウェディンはスイムスイムに憧憬、ないし執着するようになった。

 ウェディンはレイン・ポゥに拷問された張本人だ。ただ傍らで拷問を見ていることしかできなかった繰々姫と違い、当人がどれほど心に傷を負ったかは想像に難くない。

 

 ウェディンはスイムスイムに強く憧れることで心の防衛を図っている。繰々姫にはウェディンの防衛行為を崩す気にはなれない。ウェディンの心を治してくれるのは時間と、スイムスイムからの働きかけだけだ。

 

 

「ええ、そうです。憧れに到達するために、憧れを我が物にするために、まずは形から入ってみたまでです。実際理にかなってますよ、この格好。非戦闘系の魔法少女や武器を使わずに戦う魔法少女は、ひらひらとした服の中に武器を隠し持つよりも単純に服の布面積を減らして敵の攻撃の回避に専念しつつ戦うスタンスを採用した方が良いでしょう。つまり水着は非常に合理的なコスチュームなのですよ。さすがはスイムスイムですね、素晴らしいです。とはいえ残念ながらまだ水着しか良いのを見繕えていませんからまだスイムスイムとして完璧な恰好ではないんですよね。他にもヘッドホンやゴーグル等、スイムスイムのコスチュームに似た物を早急に見つけ出さなければいけません。……あ、もしかして水着の実用性を疑ってます? そんなマナさんにオススメなのがこの漫画。『その水着姿で魔法少女は無理でしょ、ムイムイ』と言いましてね。『水の力を使って敵と戦う』魔法を使う白い水着姿の魔法少女ムイムイがある日突然デスゲームの世界に巻き込まれてしまうのですが、そこで同じ境遇の魔法少女と協力して黒幕を打ち勝とうと立ち回る物語なんですよ。これがもうホントよくできていて、単純に物語として面白いですし、魔法少女が水着であることの素晴らしさを随所に散りばめていまして、作者のこだわりが垣間見えて、わかる人にはわかるんだなって嬉しくなったものです。この作品とともにこれからは『魔法少女=水着』の時代が到来することでしょう。楽しみで仕方ありません。1巻だけですがこれあげますので是非読んでみてください。良いなって思ったら私に連絡してください。その時は2巻もプレゼントします」

 

 ウェディンは何かのスイッチが入ったのか、唐突に高速詠唱を開始した後、マナに漫画を一冊手渡す。白い水着の格好をしたウェディンがどこに漫画を隠し持っていたというのだろう。繰々姫の疑問は置き去りのまま、マナはウェディンから漫画を素直に受け取った。

 

 

「…………まぁ、お前が幸せならいいんだ。お前がいいのなら」

「私は幸せですよ?」

「いや、お前が他の魔法少女からいじめに遭っていて、屋外で水着を着ろと強要されているのではないかと思ってな」

「いじめなんて陰湿なことやんないわよ。失礼しちゃうわね」

「話を逸らしてしまったが、本題に戻すぞ。お前たちが魔法少女を続けるというのなら、お前たちに先の事件の顛末を伝えるのが筋だろう。一度しか話さんから傾聴するように」

 

 マナの物言いにキャプテン・グレースが腕を組んでぷんぷんと怒りを表明する。が、マナはこれ以上ウェディンの格好の話題を続けるつもりはないようで、ローブの内側に漫画をしまってから、改めて繰々姫たちへと向き直る。

 

 

「まず、トコは処分された」

「「「処分!?」」」

「どれだけ流暢に言葉を交わして、交流できたとしても、結局は人ではなくマスコットキャラクターだからな。人と同等の扱いにはならない。トコがレイン・ポゥを使ってこれまで為してきた悪行の数々を思えば、一線を越えたマスコットキャラクターの末路として、処分は一般的だ」

 

 マナの放った言葉が繰々姫の心にずっしりとのしかかる。

 確かにトコは悪い奴だった。だが、何度か言葉を交わした相手が当然のように死刑の扱いを受けたと言い放たれると、少しだけ心にチクリと来るものがある。

 

 

「そして、レイン・ポゥだが――」

 

 

 ◇◇◇

 

 

◇酒己達子

 

 ポスタリィが目を開けた時、地獄のような1日は終わりを告げていた。

 病院で目を開けて、軽く治療を受けてから、ポスタリィは変身を解除して自宅へ帰った。帰って、心配する両親を無視して自室のベッドに潜った。

 

 最初こそ魔法少女ポスタリィとして過ごした1日は性質の悪い夢だと思っていた。思い込んでいた。でもすぐに現実を突きつけられた。三香織がいなくなったからだ。

 

 香織ちゃんは行方不明になった。

 ただ香織ちゃんの家族は何もしていない。

 

 あの時、香織ちゃんは家庭の事情を語っていた。

 香織ちゃんに両親はいない。香織ちゃんの姉は酷い人だった。

 香織ちゃんをずっと虐待していて、2年前に魔法少女レイン・ポゥの力を得た香織ちゃんに復讐されて、香織ちゃんの力に怯えていただろう姉は、香織ちゃんがいなくなったことに喜びこそしても、真剣に行方を捜したりなんてしないだろう。

 

 

 ――そう。

 実の所、ポスタリィは病院に搬送される以前から意識を取り戻していた。

 

 病院では、さも『今、目を覚ましました。私は何も知りません』と言わんばかりの言動に終始していただけだ。本当は、廃工場でレイン・ポゥがウェディンに話しかけたあたりから、ポスタリィは目を覚ましていた。

 

 しかし。廃工場でポスタリィは身動きせず、微動だにせず、ただ息をひそめていた。レイン・ポゥの声色と発言内容がとにかく怖かったからだ。

 

 

 香織ちゃんが暗殺者だなんて信じたくなかった。

 香織ちゃんが魔法少女の力でいっぱい人を殺してきた極悪人だなんて認めたくなかった。

 

 ウェディンが『約束をしたらそれをぜったいに守らせる』魔法で『1時間、絶対に嘘をつかない』ことを確約した場で、マナが語った内容であっても、それでもポスタリィは信じたくなかった。マナがポスタリィの感知しない技でウェディンの魔法を攻略して、荒唐無稽な嘘を並べているのだと信じたかった。

 

 香織ちゃんが封印刑になるなんて嫌で。

 もう一生、香織ちゃんと会えなくなるだなんて絶対に嫌で。

 

 ポスタリィは魔王パムからレイン・ポゥを取り戻そうとした。でも弱いポスタリィの抵抗は魔王パムに潰されて、無意味に終わった。

 

 

 次に廃工場で目を覚まし、ポスタリィの耳にレイン・ポゥの声が届いた時はとてもとても嬉しかった。ポスタリィの抵抗が失敗したことで、レイン・ポゥと会えない未来が確定したものと考えていたからだ。

 

 しかしポスタリィの歓喜はすぐに恐怖に塗りつぶされた。

 レイン・ポゥの所作の何もかもが、ポスタリィに否応なしにレイン・ポゥが暗殺者であると突きつけてきたからだ。

 

 ポスタリィは己の感情をグチャグチャにされてしまいながらも、それでも気絶者に徹し続けた。レイン・ポゥが起点となって生み出される恐怖の時間が終わるその時を、ただただひたすらに待ち続けた。渇望し続けていた。

 

 結局、レイン・ポゥはトコと一緒に捕まった。

 スイムスイムとテプセケメイが連携して2人を捕まえた。

 

 

 それから2週間が経って、波山中学の休校が終わった。

 達子は登校した。香織が取り仕切っていて、達子も参加している友達グループの人たちと会った。その内の1人から「なんでチャットを無視するの?」と言われて、そこで初めて友達のチャットを無視し続けていたことに気づいた。

 

 

「あんた、香織ちゃんが心配じゃないの?」

「香織ちゃんのこと、どうでもいいんだ?」

 

 等々、色々と言われた。達子が返事をできずにいると、「もういい、行こう」と友達グループは達子を置いて去っていった。達子は彼女たちを追いかける気になれなかった。

 

 

 ――お前がどれだけ否定しても、レイン・ポゥが罪を犯した事実は変わらないんだよ。

 

 ――今日になるまでその友達が魔法少女だと知らなかった者が何を言っても説得力はない。根拠の伴わない、ただの感情論だ。お前はレイン・ポゥの本性を知らなかった。それだけだ。

 

 ――全部、演技だったんだよ。お前たちを巻き込むことで、少しでも我々追手から逃れる確率を上げたかったんだ。学校で友達関係を作っておけば、いざという時、盾になってくれる。レイン・ポゥが思い描いていた構図はこんなところだろうよ。

 

 

 何もかもマナの言うとおりだった。

 

 達子は何も知らなかった。

 香織ちゃんの家族のことも、虐待のことも、魔法少女のことも、暗殺者のことも。何も、何も知らなかった。

 

 香織ちゃんにとって達子は友達じゃなかった。

 達子は香織ちゃんに騙されていただけだった。

 

 いや、そもそも。

 達子自身も香織ちゃんの友達になれていなかった。

 ただ香織ちゃんを勝手に友達だと思っていただけだった。

 

 もしも達子が本当に香織ちゃんの友達だったなら。

 たとえ香織ちゃんの悪意から始まった友達関係だったとしても、積極的に仲を深めて、香織ちゃんの事情を聞き出せたかもしれない。香織ちゃんの力になれたかもしれない。香織ちゃんを改心させられたかもしれない。

 

 でも、そうはならなかった。

 達子が『友達』という関係そのものに満足して、香織ちゃんの事情に一切踏み込まなかったからだ。

 

 

 香織ちゃんのことを全然知らないままに、事態が急変して。

 あの時、達子が魔法少女ポスタリィとして廃工場にいて、レイン・ポゥがスイムスイムとテプセケメイの奇襲を受けた時も、ポスタリィは何もしなかった。

 

 その気になれば起き上がり、レイン・ポゥに加勢することだってできた。レイン・ポゥを逃がしてあげられたかもしれない。でもできなかった。怖くて動けなかったからだ。

 

 何もしなかったから、何も得られなかった。

 当たり前のことだ。

 

 

 達子は波山中学でひとりぼっちとなった。

 中学生になるまでの、友達がいなかった頃と同じだ。

 

 友達という名の枷が外れて。

 友情という名の呪いから解放されて。

 達子に友達がいるという異常事態は、終わりを迎えた。

 

 

 達子がひとりぼっちなのはいつものこと。普通のこと。

 

 なのに、なのにどうして。

 今までは、ひとりぼっちの日々なんて何ともなかったのに。

 今はさびしくて仕方がない。虚しくて気が狂いそうになる。

 

 だけど、達子は積極的に何かをしようとは思えなかった。

 あの友達グループに頭を下げて謝って、グループの一員に戻ろうとする意欲は湧かなかった。

 

 魔王パムからは「友達を檻から救えるくらいに強くなれ」と言われたが、魔法を鍛えようとか、戦術を勉強しようとか、そんな気にもなれなかった。最近になってようやく、達子は魔王パムに気を遣われていたのだと察した。

 

 

 淡々と学校生活が紡がれていく。

 今日も学校だ。登校しないといけない。

 

 香織ちゃんがいなくなって軽く1か月は過ぎたが、達子の虚しい気持ちはずっと心の中を牛耳っている。

 

 

「さびしいよ、香織ちゃん……」

 

 あの時、何もしなかった達子にこんな泣き言を口に出す権利はない。それでも口に出さずにはいられない。徒歩で学校に向かう道中に零れた達子の呟きは、寒風により容赦なく消し飛ばされる。

 

 

 

 

 

 

「――たっちゃん?」

 

 達子の耳に、聞こえるはずのない声が届いた。

 

 

「え」

 

 達子はかすれた困惑の声とともに顔を上げる。

 そこには、香織ちゃんがいた。達子と同じ制服姿で、いかにもこれから学校へ向かいますと言わんばかりだ。

 

 

「どしたの、たっちゃん? 落ち武者みたいな顔してさ」

 

 夢かと思った。

 幻かと思った。

 

 でも、何度瞬きをしても。目をこすっても。

 香織ちゃんは当然のように達子の前に立っている。

 

 

 ――思わず達子は駆けだしていた。

 

 レイン・ポゥは恐ろしい暗殺者だった。

 それでも達子に躊躇はなく、一目散に香織ちゃんへと駆け出した。

 

 だって、達子が求めていたのは。

 魔法少女レイン・ポゥじゃなくて、三香織なのだから。

 

 

「香織ちゃんッ!!!」

「うわぁ!?」

 

 達子は全力で香織に抱きついた。全力のあまり、香織を押し倒してしまう。幸い、今日は降雪で、歩道にはふかふかの雪があったため、香織も達子も怪我をせずに済んだ。

 

 

「いきなりどうしたの、たっちゃん?」

「良かった、良かったよぉぉぉ!!」

「えええ!? なんで泣いてるの!?」

「ふぇぇぇぇええええ!」

「ガチ泣きじゃん!? ……おー、よしよし? 何か大変なことがあったみたいだね? でも大丈夫、私はちゃんとここにいるからさ」

「うん、うん……!」

「ところでさ。ここ通学路なんだけど、ちょっと離れない? ほら、周りの人がみんな『なんだなんだ?』ってこっち見てるよ? なんかひそひそ言われてるよ? こんなに目立っちゃっていいの? たっちゃん、そーゆーの嫌がってたじゃん。ほら、一旦離れよ? スキンシップはここじゃなくてもできるでしょ?」

「やだ!」

「えぇぇ?」

「もう離さない!」

「……おおう。私って結構、罪な女だったり? 自分でも無自覚の内に傾国の美女ムーブしちゃってたり?? まさかここまでたっちゃんの心を揺さぶってたとはねぇ」

 

 わざとらしく笑う香織ちゃんが愛おしくて。鼻と鼻が触れ合う距離にいる香織ちゃんに体温があって、匂いがあって、そんな当たり前のことが愛おしくて。達子はずっと泣いていた。

 

 どうして香織ちゃんが戻ってこれたのか。

 封印刑ではなく、魔法に関する記憶を消されて解放されたということなのだろうか。

 

 香織ちゃんの事情はわからない。

 でも、事情なんて知ったことではない。

 

 今度は、今度こそは、失敗しない。

 香織ちゃんを守るためなら、失わないためなら――酒己達子は何だってやってみせる。

 

 

 達子はボロボロと涙をこぼしながら、心の奥に確かな決意を新たにした。

 

 

 ◇◇◇

 

 

◇繰々姫

 

「そして、レイン・ポゥだが――魔法に関する記憶をすべて消して人間世界に放逐した。というのが表向きの処分だ」

 

 トコの末路を宣告した時と異なり、マナは苦虫を嚙み潰したような表情とともに、吐き捨てるように言葉を続けた。

 

 

「レイン・ポゥとトコの取り調べを始めようとした時点で、2名ともすでに記憶を失っていたんだ」

「彼女たちから情報を引き出されると都合が悪い輩が暗躍したのだろう」

「その後のレイン・ポゥの裁判の内容も異様だった」

「判決までの期間が短いし、判決も甘かった」

「レイン・ポゥの境遇を加味しても、奴の所業は封印刑が妥当だろうに、レイン・ポゥへの同情的な主張が主流となり、封印刑とはならなかった」

「お前たちにとっては都合が良い結果だろうがな」

「だが、お前たちの関与を疑うつもりはない」

「先に述べた輩がレイン・ポゥを封印されないように方々に働きかけたのだろう」

「どこまでもふざけた話だ」

「そいつは何でも自分の好き勝手にできると思い上がっているに違いない」

「絶対に逃がさない、必ずそいつの正体を暴いてやる」

 

 最初こそマナは冷静に話していたが、だんだんと両の拳をギリギリと握りしめながら、己の想いを熱く語り始める。心なしか、マナの額に怒りの青筋が浮き上がっているようにみえる。

 

 

「それじゃあ、レイン・ポゥはもう釈放されているんですか?」

「……あぁ。学校にでも行けば会えるんじゃないか?」

 

 が、ウェディンから問いかけられたマナは1つ深呼吸を挟んでから、努めて落ち着いた声色で返答した。

 

 繰々姫たちは互いの顔を見合わせた。

 レイン・ポゥは確かに凶悪犯だ。でも、善良な三香織という生徒の一面があったことも確かだ。だから、彼女が魔法少女の力を失い、記憶を失い、危険性を取り除かれた状態で帰ってきてくれるというのは、繰々姫としては喜ばしく感じた。

 

 

「三つ子の魂百まで、ということわざがこの国にはあるらしいな」

「レイン・ポゥは記憶を失った。だが、奴が罪を犯した過去は消えない」

「また奴が魔法少女に勧誘される可能性はある」

「悪い輩に利用されて、魔法の力を取り戻す可能性もある」

「その時、奴はこれまでと同じく魔法を悪事に使うことを躊躇しないだろう」

「人間の本質はそうは変わらん」

「そのように世界はできている」

「だから、お前たちが魔法少女を続けるというのなら――三香織を徹底的に監視しろ」

「二度と奴をレイン・ポゥにさせないようにな」

「それがお前たちに課せられた最低限の責務だ」

 

 そんな繰々姫をたしなめるように、マナが矢継ぎ早に発言を重ねて圧をかけてくる。一瞬、校長先生に怒られた時のことを想起して、繰々姫は反射的に姿勢を正した。

 

 

「おい、何をニヤけている?」

「あんたは本当に優しくて良い奴よね」

「何のことだ?」

「とぼけちゃってまぁ。要は『三香織を守れ』ってことでしょ? わかったわ」

「……」

「そう睨むなよ。それとも自慢のおデコを目立たせたいの?」

「優しい監査官なんぞただのカモだ、撤回しろ。私は誰よりも冷徹で冷血な監査官だ」

「やーだね。てか、せっかく褒めてんのになんでキレてんの? ツンデレなの?」

「この、言わせておけば……!」

 

 マナは激情とともにキャプテン・グレースに杖を向けようとする。しかしピタリと止まった。マナは杖を降ろして深々とため息を吐く。

 

 自身のことを『冷徹で冷血な監査官』だと主張した手前、己の発言を嘘にしてはいけないとの考えに至った。そのような印象だった。

 

 

「話は以上だ。必要があればまた連絡する。……帰るぞ、羽菜」

 

 マナは下克上羽菜を伴い、繰々姫たちに背を向けて歩き出す。

 今回、繰々姫が羽菜の声を聞くことはなかった。彼女の心の傷はまだ、彼女自身を酷く蝕んでいることがうかがえた。

 

 

「兎耳――じゃない、下克上羽菜!」

 

 羽菜の弱々しい背中にグレースが声をかける。羽菜は足を止める。

 

 

「あんた約束、忘れてないわよね?」

「……」

「あたしはあれが『ちゃんと整った舞台』だったとは思わない。またいつか、あたしと戦いなさい。次はスイムスイムの力を借りずに1人であんたに勝ってやるから」

 

 キャプテン・グレースの一方的で挑戦的な宣言を背中で受けた羽菜は、ゆっくりとグレースへと振り返る。

 

 

「……そうですか。それは楽しみですねぇ」

 

 今まで意思が全く感じられていなかった羽菜の瞳に、わずかながら好戦的な光が宿る。羽菜は少しだけ調子を取り戻したかのように見えた。

 

 

 マナと羽菜が森から姿を消した後も、繰々姫たちは森にとどまった。マナから伝えられた繰々姫たちの責務をどのように果たすべきか、という議題が残っていたからだ。

 

 

「それで、監視といってもどうしましょうか? 24時間体制で彼女を見張るのは現実的ではありませんよね? 私たちにも生活がありますし」

「メイの分身をレイン・ポゥの持ち物に忍ばせておく?」

「それはアリですが、テプセケメイに仕事を押しつけて私たちがサボってるみたいで気が咎めますね。できることなら私たち全員が貢献できる方法で監視したいものです」

「あたしに良い方法があるわ。あたしたち魔法少女全員が三香織の友達になるのよ。香織をあたしたちなしじゃ生きていけない体にする。そうすれば解決よ」

「言い方が完全にヤバい人になってますよ、グレース」

「ヤバい? 何が?」

「……何でもありません」

「てことで、新しい部活を作るわよ。楽しけりゃ何でもOKって部活。繰々姫が顧問で、部長はあたし。メンバーはB市の魔法少女全員と香織。部活の名前はみんなで話し合って決めるつもりだけど、とりあえず冒険部で」

「まぁ私たちがそれぞれ香織さんと友達になろうとしても不審がられそうですしね。新しく作る部活に香織さんを巻き込んで、そこで一緒に仲良くなった方が効率的でしょう」

「そーゆーこと。だから先生、申請とか色々めんどいことはよろしく」

「えええ!?」

 

 繰々姫が意見を出すより早く、ウェディンたちは三香織の監視方法を話し合い始める。

 繰々姫が議論の行く末を静観していると、グレースから面倒事を押しつけられてしまった。断れそうにない。

 

 

 予期せぬ形で仕事が増えてしまった。

 でも、悪い気はしない。

 

 魔法少女を続けることにした以上、これからも大変な出来事と無縁ではいられないだろう。

 でも、少なくとも今は、楽しい日々を送れそうな予感がする。

 

 それに子供はこれくらい快活な方がいい。快活であるべきだ。

 希は小さく微笑みを浮かべた。

 

 




次回 第35話
『「おひるね日和だね」「あ」』
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