その白スクで魔法少女は無理でしょ、スイムスイム   作:超天才清楚系病弱魔法少女

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魔法少女育成計画episodes (ΦΔΦ)
第36話 出会って5秒でKO


 

7753(ななこさん)

 

 

 七谷小鳥(ななやことり)は久方ぶりに落ち着いた日々を送っていた。

 

 雲一つない冬空の中、小鳥は自宅の縁側に腰かけてぼーっと空を眺める。時計の針を一切気にせず過ごせる今を小鳥は堪能していた。

 

 小鳥は手元の通帳に視線を落とす。

 つい先日、破格の給金が振り込まれたことを改めて確認する為だ。何度確認しても通帳に記帳された金額に変動はない。

 

 

 7753は魔法の国の人事部門に所属している。

 7753の上司、人事部門長のプフレは仕事を適正に評価する。

 より良い成果を出したものには報酬に色を付ける。逆もしかりだ。

 

 プフレは『B市の第二級魔法犯罪における7753の働き』を評価して給金を決定した。その額はこれまで小鳥が7753として仕事に励んだ時の額と比べ物にならないほど大きい。

 

 だが、小鳥は大してB市で活躍できなかったと自己評価していた。結局、7753は味方の魔法少女に守ってもらってばかりだった。情けないことこの上ない。

 

 一体、何が7753の高評価につながったのだろう。

 頭の良い人の考えることはわからない。

 

 かといって『私は当時、さほど活躍できませんでした』とプフレにマイナスアピールする気にはなれない。小鳥が相続した持ち家は築三十余年になる。建替えやリフォーム等を見据えれば、お金はいくらあっても困らない。

 

 

 とにかく、まとまったお金が懐に入った。

 金銭面に余裕ができれば、次は時間の余裕が欲しくなる。人間とは強欲なのだ。

 

 というわけで思い切ってプフレに長期休暇を願ったところ、何と2か月もの休みをもらえた。嬉しすぎる。

 

 7753の研修を予約していた魔法少女たちには大変申し訳ないが、荒事に耐性のない7753には心を整理する時間が必要なのだ。

 

 

 ゆっくりと流れていく雲の様子を小鳥は縁側から見上げる。

 こうしていると、B市の出来事がすべて夢だったのではないかと思えてしまう。

 

 

 ――と、小鳥の魔法の端末が通知音を奏でる。

 見ると、メールが届いている。差出人は魔王パムだ。

 メールの内容を要約すると、「話したいことがあるから会いたい」とのことだった。

 

 魔王パムは小鳥の命の恩人の1人だ。もしもB市に魔王パムがいなければ、小鳥たちはどれほど悲惨な目に遭っていたことか。魔王パムのおかげで、こうして平和に暮らせている今の小鳥がいる。

 

 魔王パムの誘いを断る理由はなかった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

◇7753

 

 

 魔王パムとの待ち合わせ場所は、7753が住まう都市のカラオケボックスだった。

 

 小鳥は魔法少女7753に変身し、きらびやかな学ランコスチュームから外出着に着替える。自宅を出発し、待ち合わせ時間の10分前にカラオケボックスに到着し、受付を終えて個室に入る。

 

 懐かしい。7753がB市の結界に閉じ込められ、プフレの命令で捜査班(マナ・下克上羽菜・リップル・魔王パム)と合流した場所もカラオケボックスだった。

 

 

「お久しぶりですね。元気そうで何よりです」

「お久しぶりです。そちらこそお元気そうで……というのは失礼でしょうか?」

「いえいえ、そんなことはありません。お気遣いありがとうございます。B市で危機を同じくした仲間として、嬉しいです」

 

 ほどなくして魔王パムが個室に入り、柔和な笑みとともに軽く頭を下げてくる。戦闘が介在しない時の魔王パムは非常におっとりとしている。戦闘の渦中にいる時の軍人のような魔王パムと比べるとまるで別人だ。

 

 このオンオフの明確な切り替えこそが魔王パムを魔王たらしめる秘訣なのだろうか。

 

 

「それで、話とは?」

「まぁそう急がずに。積もる話もあるでしょう? 実は先日7753に送ったメールは、私ではなく魔王塾の生徒に頼んで送ってもらったんです。難しいですよね、魔法の端末。上手く使えるように勉強しているんですけど、たまにうっかり壊してしまうことがありまして――」

 

 魔王パムは本題に入らずに雑談に興じ始める。まずは久方ぶりに親交を深めたいということだろうか。ひとまず7753は魔王パムの話に適宜、相槌を挟んでいく。

 

 

「あぁそうそう。今日、7753に来てもらったのは、7753のゴーグルで私のことを見てほしかったからなんです。少々気がかりなことがありまして」

「気がかりなこと?」

「えぇ」

 

 7753は捜査班に合流した際、プフレの命令で魔王パムのことを『相手の能力がわかる魔法のゴーグルを使う』魔法で確認している。もちろん、魔王パムの了承の上でだ。

 

 7753のゴーグルには、数値化できる情報をハートマークの数で表現する謎仕様がある。魔王パムの戦闘能力を確認した際、無数のハートマークの光が7753の目を焼いてきたせいで悶絶したことは記憶に新しい。

 

 魔王パムが今さら自身の戦闘能力を知りたいわけではないだろう。魔王パムは一体、己の何を知りたがっているというのか。疑問は増えるが、ひとまず7753はゴーグルを装着する。

 

 

(ふひゃッ!?)

 

 刹那。7753はビクリと肩を震わせた。7753の目とゴーグルの間に黒くて小さいコウモリみたいな生物が浮遊していたからだ。

 

 7753は反射的にゴーグルを外そうとして、その動作をやめた。黒くて小さいコウモリが『驚かせてすまないな』と書かれた白い紙を足でつかんでいたからだ。

 

 7753はゴーグル越しに魔王パムを見やる。魔王パムはほんのり笑みを深めている。この小さいコウモリは魔王パムの『四枚の黒くて大きな羽で戦う』魔法の産物ということか。

 

 

「最近、魔王塾の生徒数が目に見えて減っておりまして。まぁそのこと自体はわかっています。私は森の音楽家クラムベリーの師匠ですから。しかしそれにしたって生徒の数が減っているように思うのです。だから何か私自身に他の原因がないか、7753のゴーグルで探ってもらいたいと――」

『私の動きは魔法の国に警戒されている。私はただ7753になんてことのない相談をしたくて誘った。そういう建前にしたいのだ。が、本題は別にある』

 

 魔王パムが鷹揚とした口調で他愛のない話を綴る一方、小さいコウモリの足が持つ白い紙の中身が一瞬で書き換わる。コウモリだけでなく、白い紙自体も魔王パムの羽の一部のようだ。

 

 7753に緊張が走る。さすがに世間話だけで終わるとは思っていなかったが、これはもしかしてB市の時のように、何か大事に巻き込まれてしまう予兆なのではないか。

 

 

『私がレイン・ポゥを暗殺者だと見抜いたのはなぜだと思っている?』

 

 白い紙に記された唐突な問いに7753は内心で首をかしげる。

 

 当時、7753はゴーグルでレイン・ポゥが暗殺者だと知った。が、7753が声を上げるより早く、魔王パムはレイン・ポゥを気絶させて拘束した。

 

 魔王パムは強い魔法少女ランキングで上位、何ならトップにだって君臨しうる傑物だ。そんな魔王パムだからこそ、一目見ただけでレイン・ポゥの正体を見破ることができたと推測していたのだが、違うのだろうか。

 

 

『今、実践しているように、7753の顔とゴーグルの間に羽を差し込んで、私もゴーグルから得られる情報を観測していたからだ。尤も、あの時は羽を透明にしていたがな』

(……え?)

 

 7753の思考が一瞬停止した。

 それってつまり。心なしか、7753の呼吸が浅くなる。

 

 

『あの時、我々は魔法の端末で連絡することができなかった。その理由について、7753が【フレデリカ一派が連絡手段を封じる細工をしている】と話していたとマナから聞き及んでいる。……それで7753はなぜ、上司から指示を受け取れていた?』

 

 肝が冷えた。7753は息を呑んだ。

 ヤバい。この状況はすごくヤバい。魔王パムに酷く誤解されている。魔王パムは、7753が脱獄犯一派の仲間という可能性すら考慮している。

 

 

『なに、7753を糾弾したいわけではない。7753の立場はどうあれ、7753自身は悪い奴ではないと知っているからな。……私の目的は別にある。7753、私の頼みをゴーグルで見て、叶えてくれないか。そうすれば、私の邪推は墓場まで持っていくことを約束しよう』

 

 7753の視界から色が消えていく。

 意識を保つので精一杯だった。

 

 B市の第二級魔法犯罪の後。7753のゴーグルからプフレの指示がすべて消えていた。改造された7753のゴーグルに、通信ログの抹消機能が追加されていたのだろう。

 

 つまりプフレはこっそり7753に連絡していたことを誰にもバレたくなかったはずだ。

 

 

 けれど魔王パムにバレている。

 プフレにとって都合が悪いはずだ。

 7753のせいでプフレに不都合が生じたとなれば、7753の立場が危うくなる。

 

 

 ――今までご苦労さま、君は馘首(クビ)だ。

 

 あぁ、言いそうだ。

 プフレなら凄く言いそうだ。容易に想像できる。

 

 小鳥の両親は数年前に立て続けに他界している。

 親戚連との繋がりも浅く、両親の葬式以降は会っていない。

 

 今の職を失ってしまえば、7753としての記憶を奪われる。魔法がなければ、科学を基軸に据える地球で技能ゼロ経験ゼロ職歴ゼロの小鳥はお金を稼げなくなり、いずれ税金を払えなくなる。生活できなくなる。七谷小鳥の人生が詰む。

 

 

『協力してくれるな?』

 

 7753はうなずくことしかできなかった。

 

 

 だれかたすけて(号泣)

 

 

 ◇◇◇

 

 

◇スイムスイム(憑依)

 

 

 ボクがアカネの厚意で住まわせてもらっている不破家には時折、魔法関係者の来客がある。

 

 

 例えば、ディティック・ベル様とのっこちゃん。それとラピス・ラズリーヌ。

 

 最近、ベル様はディティック・ベル探偵事務所の2人目の助手としてラズリーヌを迎え入れた。きっかけはこの前、夢ノ島ジェノサイ子が主催したオフ会だ。

 

 そこでラズリーヌはベル様の探偵事務所の事を知った。結果、ラズリーヌは『ベル様の下で働きたい』と駄々をこねまくり、最終的にベル様が折れたのだ。

 

 幸い、ベル様の探偵事務所は盛況だ。ベル様の『たてものとお話できる』魔法やのっこちゃんの『まわりの人の気分を変えられる』魔法を活用して、短期間で素晴らしい成果を上げているため、評判は高く依頼者は増える一方だ。助手をもう1人追加しても赤字にはならないとベル様は見込んでいるらしい。慧眼である。さすがは名探偵ベル様。

 

 ベル様はとことん魅力的だ。

 ベル様の魅力を理解した人々がベル様の下に集うのは当然の帰結である。

 

 ラズリーヌも今後ますますベル様に心酔していくことだろう。いつかボクとのっこちゃんとラズリーヌの3人で心ゆくまで『ベル様†談義』したいものだ。

 

 

 例えば、ウェディン。

 

 ウェディンは「すっかり忘れていました」と言うや否や、ボクに科していた『当時、理科準備室にいたウェディンたちに危害を加えない』約束を解除した。

 

 それから『あなたとよく似た魔法少女が活躍する漫画を見つけました!』と、園田かりんが連載している、ボクをモチーフにした主人公の漫画を紹介してきた。ウェディンはすっかり『その水着姿で魔法少女は無理でしょ、ムイムイ』の虜になっていた。

 

 漫画家:園田かりんこと夢ノ島ジェノサイ子の目的をボクは知っている。彼女は魔法少女というジャンル自体を衰退させるべく、今は下準備を行っている。安易な気持ちで『魔法少女になりたい』と望む人を減らすことこそが、未来の悲劇を防ぐ策だと彼女は考えている。

 

 けれど、漫画の熱烈なファンであるウェディンの様子を見ると、夢ノ島ジェノサイ子の目的は阻止した方が良いように思える。夢ノ島ジェノサイ子の気持ちとウェディンの気持ち。どちらを優先すべきか、ボクは結論を出せていない。

 

 ところで、どうしてウェディンはコスチュームのウェディングドレス姿ではなく、白スク姿でボクに会いに来たのだろうか。

 

 これまで女性との交際経験のないコミュ弱の18歳男子には、14歳女子が突如白スクを着用して知り合いに見せびらかす性癖を大っぴらにひけらかしてきた理由を問うことはできなかった。怖かったからだ。ボクは無力だ。

 

 

 例えば、テプセケメイ。

 

 ボクはB市でテプセケメイに作戦に協力してもらうべく、『今度一緒に空を泳いでも良い』と見返りを提示した。テプセケメイはそれを覚えていて、ウェディンからボクの居場所を教えてもらって不破家へとやってきた。

 

 ボクはテプセケメイに空の飛び方、つまり泳ぎ方を教わった。テプセケメイから感覚派なアドバイスをもらいながら、四苦八苦の末に、ボクはようやく空を泳ぐことができた。

 

 スイムスイムの魔法はあくまで『どんなものにも水みたいに潜れる』魔法だ。空を『水』と見なして泳いでいるため、空を泳げる時間は息が続く限り、という制限こそあるものの、空を泳げるようになったのは大きなアドバンテージだ。

 

 今後、第4部・第5部と、まほいく原作で多くの魔法少女が死亡する舞台が始まった時、空を泳げる能力はきっとボクの力になってくれる。

 

 ちなみに、テプセケメイはボクにアドバイスを送る際、繰々姫の口調を真似していた。それはとても微笑ましかったが、ボクの呼び方が終始『ヘンタイさん』だったことだけは解せない。ボク変態じゃないもん。

 

 

「お久しぶりです。こうして会うのはあの時以来ですね」

 

 そして今日は7753が来ていた。

 魔法の国の人事部門に所属しており、B市の一件に不運にも巻き込まれた可哀そうな魔法少女。そう聞いている。

 

 

「久しぶり」

「ええと、今日スイムスイムさんにお会いしたのはですね。お誘いしたいことがあるからなんです」

「お誘い?」

「はい」

 

 7753は学ランコスチュームのポケットから折りたたまれたA4サイズの紙を取り出し、ボクに差し出してくる。ボクは紙を受け取り広げて、視線を落とす。紙の中心には勇ましい魔王パムの姿が描かれていた。キャッチコピーと思しき文字もある。

 

 ――君も魔王塾に入らないか?

 ――さぁ、最強の魔法少女への第一歩だ!

 

 

「魔王塾?」

「スイムスイムさん。魔王塾を見学してくれませんか?」

 

 塾。それは過酷な勉強を強いてくる監獄。

 勉強は嫌じゃ……受験勉強はもう嫌じゃ……

 

 

「やだ」

「そ、そう言わず、1回だけでいいので見学してほしいんです。ちゃんと理由もあります」

 

 ボクが7753のお誘いを首を左右に振って拒否すると、7753が慌てながら理由を話し始める。心なしか7753が涙目になっているようにみえるが、ボクが断ると何かマズいのだろうか。

 

 

「先日のB市の第二級魔法犯罪はその仔細が報告されています」

「私も報告書を作った1人です」

「当事者ではない魔法関係者のほとんどは報告書を確認して、パムさんのおかげでB市の物的・人的被害が軽微に収まったものと推測しています」

「けれど、みんながみんなそうではありません」

「情報収集能力に長けていて、頭の切れる魔法関係者もいます」

「その手の人たちが最近、スイムスイムさんに注目し始めているようなんです」

「B市の損害を軽微に収めた真の立役者はスイムスイムさんなんじゃないかって」

「彼女たちはスイムスイムさんを探ろうとしています」

「森の音楽家クラムベリーが最後に開催した3年前の魔法少女選抜試験の後、スノーホワイトさんやリップルさんと違って動きを一切見せず、なのに今になって急に動き始めたスイムスイムさんのことを」

「そんなスイムスイムさんに、何の後ろ盾もない」

「これがとてもマズくて。今この時だって、魔法関係者がこの家を襲撃してスイムスイムさんを確保しにかかる可能性があるんです」

 

 

 マジ? え、そんなに注目されてるの??

 だとすると、ボクはずいぶんと危機感が足りていなかったことになる。

 

 内心で驚愕に目を丸くするボクの様子を知ってか知らずか、7753は話を続ける。

 

 

「だからこそ、パムさんはスイムスイムさんに魔王塾を見学してほしがっています」

「あっ、魔王塾が何なのかについて話してませんでしたね」

「魔王塾とは、強さを求める魔法少女たちがパムさんの下に集って切磋琢磨する部活のようなものです」

「スイムスイムさんが『強くなりたい』と願って魔王塾の門を叩く」

「そこでパムさんがスイムスイムを気に入り、ちょっとした特別指導をする」

「その段取りを踏むことで、ごく自然な形で『スイムスイムに危害を加えれば魔王パムを敵に回しかねない』という構図を作りたいんです」

「実際に魔王塾に入る必要はありません。1回だけでいいから魔王塾に顔を出してほしいんです」

 

 要するに『魔王塾を見学してほしい』というお誘いは、ボクの身に危険が及ばないようにするための魔王様の厚意ということか。

 魔王さま超良い人じゃん! 人格者の鑑じゃんか!

 

 

「でも、それならどうして魔王パムじゃなくて7753が来たの?」

「魔王塾の卒業生の中には森の音楽家クラムベリーもいました。クラムベリーの所業が露見してからというもの、パムさんの立場は不安定になっています。パムさんからスイムスイムさんに露骨に接触してしまうと、かえってスイムスイムさんを危険にさらしてしまう。だから私をメッセンジャーにして、間接的にお誘いしたというわけです」

 

 7753の話を聞き終えたボクは、気が変わっていた。

 塾は嫌だ。他の塾生にボクの白スク姿をさらすのも嫌だ。

 

 でも、魔王パムの加護を得て損はないだろう。

 それに魔王塾で魔法少女の知り合いを増やせば、『いつか私のことも助けてね?』さんについて手がかりを得られるかもしれない。

 

 

「それで、どうでしょうか? 今すぐ決めなくても大丈夫ですが……」

「見学する」

「ッ! ありがとうございます!!」

 

 ボクの返答に7753は晴れやかな笑顔を浮かべて全力で感謝を表明してくる。まるで宝くじの一等に当たったかのようなテンションだ。そんなに嬉しかったのか。

 

 

「それで、私はどうすればいい?」

「特に準備はいりません。そうですね……明日の午前10時に私がここへ来ます。その時に魔王塾へ案内しますね」

「よろしく」

 

 7753は「それでは失礼します」と言葉を残して不破家を後にする。

 

 

「……大丈夫なの?」

「たぶん」

 

 心配そうにボクに視線を送ってくるアカネに、ボクはコクリとうなずいた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

◇プリズムチェリー

 

 

 中学生、加賀美桜(かがみさくら)は何をするにも平凡だった。

 

 勉強は中の中、容姿はそこそこ、運動もできなくはない。特に変わったところがなく、趣味も普通で、感性も特筆すべき点がない。どの分野を見ても打たれるような杭はない。

 

 何かジャンルを絞って努力を積めばそれなりの実力を得られるのかもしれない。が、努力をする理由を見出せず、いたずらに日々に埋没する。それが加賀美桜だった。

 

 

 ひょんなきっかけで魔法少女プリズムチェリーになっても何も変わらなかった。

 

 『鏡に映し出すものを自由に変えられる』魔法は微妙。戦闘力に秀でているわけでもなく、頭脳明晰でもない。

 

 石ころだらけの人間社会では、魔法少女プリズムチェリーは宝石になれた。しかし、宝石だらけの魔法少女がひしめく魔法世界ではプリズムチェリーは石ころに降格してしまう。

 

 

 ある時、桜は漠然と焦るようになった。

 未だ何者でもない桜が、何者にも至れないままに無駄に年を取って、死んで、この世界の誰からも忘れさられてしまう未来に漠然と恐怖を抱いたのだ。

 

 歴史に名を残す偉人になりたいわけではない。

 ただ、ただ。己が消えて、消え失せて。その果てで己が生きた証すらも消えてしまうことに酷く恐怖を覚えたのだ。

 

 

 何かをしなければ、何かを残さなければ。

 その焦燥感はゴールの見えない遠距離水泳をひたすら強制されているようなもので。体力が尽きて溺れていき、今まさに息が苦しいのに、そのくせ何をすればいいのかがわからない。八方ふさがりで詰んでいる感覚だった。

 

 

 きっかけはないか。

 桜を変えるきっかけがないか。

 桜が唯一無二の特別に至れるきっかけはないか。

 

 プリズムチェリーは悩みに悩んで、担当官の魔法少女に『魔王塾を見学したい』と申し出た。アニメや漫画の魔法少女は時に強大な敵と戦い勝利する。プリズムチェリーに必要なのは『無類の力』ではないかと思い至ったのだ。

 

 担当官はめんどくさそうにしながらもプリズムチェリーの願いを受け入れてくれた。そして今日、プリズムチェリーは担当官と一緒に魔王塾へとやってきた。

 

 

 塾の様子を見学して、プリズムチェリーは絶句した。

 あぁ、ここは世界が違う。プリズムチェリーと生きる世界が違う。

 

 切磋琢磨。ただ武の高みを、魔法の高みを目指して戦い合う魔王塾の生徒たち。

 その姿を視認してまず最初に恐ろしいと感じて、身をすくめて、つくづくプリズムチェリーには向いていないことを突きつけられた。

 

 

 魔王塾の塾生は模擬戦でぱっと見、相手が死ぬのではないかと思えるほどの強烈な攻撃を容赦なく放っている。

 

 対戦相手を信頼しているのならいい。だがプリズムチェリーには、己の欲求を満たすために攻撃を放ち、その結果、対戦相手が死ぬならそれまでだと思っているように感じられてならなかった。

 

 しかも模擬戦を監督しているはずの魔王パムが「私も混ぜろ!」と模擬戦に参戦し、悲喜こもごもな声がますます過熱していく。

 

 

 プリズムチェリーではまず届かない領域で輝く宝石たち。彼女たちとプリズムチェリーとの間には、隔絶した差がある。プリズムチェリーは宝石になれない。彼女たちみたいになれない。プリズムチェリーは己の限界を突きつけられた気分だった。

 

 所詮、プリズムチェリーはこの程度なのか。

 何者にもなれないまま生涯を終えるしかないのか。

 

 暗澹たる気持ちがプリズムチェリーの心を支配し始める中、プリズムチェリーはとある少女を視認した。

 

 ピンク髪の魔法少女だ。彼女は学生服の魔法少女に連れられて、プリズムチェリーの隣へと移動してくる。おそらく彼女もプリズムチェリーと同じ、魔王塾の見学者なのだろう。

 

 プリズムチェリーはピンク髪の魔法少女を二度見した。恰好が異様だったからだ。

 

 水着だ。白いスクール水着を着ている。あれが彼女の魔法少女のコスチュームなのだろうか。何というか、普通じゃない。プリズムチェリーには真似できない。公衆の面前で、海水浴場でもないのに水着姿をさらすだなんて。

 

 普通じゃないということは特別だ。

 プリズムチェリーは特別になりたい。

 

 

 プリズムチェリーの心の中でほのかな希望が光を宿し始める。

 

 魔王塾の見学者という、プリズムチェリーと同じ立場でありながら、ピンク髪の魔法少女はもう特別だ。特別に至っている。

 

 彼女に話を聞いて、極意を聞き出せれば、プリズムチェリーも特別になれるかもしれない。プリズムチェリーはまだ諦めなくていいのかもしれない。

 

 

 プリズムチェリーは平凡な中学校生活を送っている。クラスメイトとそれなりに交流を持っている。が、『ピンク髪の魔法少女に話しかける』という、ただそれだけのことに緊張の唾を飲む。

 

 これまで担当官しか魔法少女を知らなかったプリズムチェリーの一世一代の挑戦。プリズムチェリーが特別にたどり着くためのきっかけになるかもしれない第一歩。プリズムチェリーはありったけの勇気をかき集めて、ピンク髪の魔法少女に話しかけた。

 

 

「あ、あの!」

「?」

 

 ピンク髪の魔法少女がプリズムチェリーへと顔を向ける。話しかけてから気づいた。何について話すか決めていない。ピンク髪の魔法少女が首をかしげる中、内心慌てて話題を探すプリズムチェリーの鼓膜を、模擬戦参加中の魔法少女たちの血気盛んな声が震わせた。

 

 

「あなたも魔王塾の見学に?」

「うん」

「……あれ、どう思いますか?」

「すごい」

「で、ですよね……」

「こわい」

「ですよね!!」

 

 プリズムチェリーは模擬戦の様子を指差して感想を聞いてみる。ピンク髪の魔法少女が肯定を返してきたのでプリズムチェリーの勇気が一瞬挫けたが、続けて繰り出された『こわい』という感想に、プリズムチェリーの勇気は復活した。

 

 幸運にも、プリズムチェリーとピンク髪の魔法少女の感性は似ているようだ。

 それならプリズムチェリーがピンク髪の魔法少女からアドバイスをもらって特別になることだって、きっとできる。

 

 

「私、プリズムチェリーっていいます」

「私はスイムスイム」

「あの、もし良かったら連絡先を――」

 

 「交換しませんか?」と口に出そうとした時、不意にスイムスイムに右手をつかまれて引っ張られた。プリズムチェリーが驚きに目を見開くと同時に、プリズムチェリーの背後で鈍い音が響く。

 

 振り向くと、さっきまでプリズムチェリーが立っていた場所に拳サイズの岩石が落ちていた。模擬戦の余波がプリズムチェリーたちの下まで届いてしまったらしい。

 

 

「見学者を巻き込むな! 馬鹿者が!!」

「ごめんなさい!!」

 

 魔王パムが怒鳴り、小柄な塾生をど突く光景が遠方で繰り広げられている。

 

 本来なら、プリズムチェリーは下手したら自分が大怪我したかもしれないことに恐怖するべきなのだろう。あるいは、あの怒られている塾生や魔王塾そのものに怒るべきなのだろう。だが、プリズムチェリーはそれどころではなかった。

 

 

「危ないところだった。怪我してない?」

 

 プリズムチェリーの身を案じるスイムスイムは、無表情でありながら凛々しくて。いっそ神々しくて。プリズムチェリーは「ハイッ…」と小さな声で応じることしかできなかった。

 

 

「プリズムチェリーが無事でよかった。……えと、連絡先だっけ?」

「ハイッ…!!」

 

 プリズムチェリーは瞬時に魔法の端末を取り出し、スイムスイムと連絡先を交換する。

 

 スイムスイムはただ装いが特別なだけじゃない。さっきプリズムチェリーを守ってくれた時の言動でプリズムチェリーは確信を深めた。勇気を出してスイムスイムに話しかけて良かった。プリズムチェリーは心の奥底で過去の自分を褒めたたえた。

 

 ふとした偶然をきっかけにスイムスイムと知り合いになったプリズムチェリー。

 彼女との出会いこそがプリズムチェリーを待ち受ける運命の明確な分水嶺だったことを、今の彼女は知る由もない。

 

 

 ◇◇◇

 

 

◇スイムスイム(憑依)

 

 

 ボクは7753に連れられて魔王塾の活動場所に向かった。

 そこで魔王塾の模擬戦を見学し、ぎらついた眼で激しく戦い合う魔法少女たちにドン引きしていると、なぜかプリズムチェリーに気に入られて、連絡先を交換することとなった。

 

 

「……」

 

 これまでボクは、第2部のゲーム世界の件然り、第3部のB市の件然り、危険な舞台に巻き込まれてから個性豊かな魔法少女と知り合う機会が多かった。なので、こうして平時の、何てことのないタイミングで魔法少女の知り合いが増えるというのは新鮮だ。

 

 プリズムチェリー。まだ少しだけしか話していないが、雰囲気や所作からしてあからさまに普通の良い子だ。この子も原作では危険な目に遭って、亡くなってしまったのだろうか。

 

 

(それは嫌だなぁ)

 

 などと考えつつ、プリズムチェリーと連絡先の交換を終えたボクは魔法の端末を亜空間にしまう。

 

 ところで魔王パムは自然な流れでボクに後ろ盾を与えるために、7753を介してボクを魔王塾へと誘ったはずだ。で、いつになったら『魔王パムがボクを気に入り、ちょっとした特別指導をする』展開が始まるのだろうか。塾生に混じって暴力を振るう魔王パムの様子からして、ボクを誘った目的を忘れてしまってはいないだろうか。

 

 それとなくボクが魔王パムに接触した方がいいのか? でもどうやって。

 ボクが思考の海に沈み始めようとした矢先、ボクに強烈な視線が突き刺さる感覚。背後からだ。振り返ると、頭に向日葵を咲かせたインパクトの凄まじい魔法少女がいた。

 

 

「よぉスイムスイム。聞いたぜ、お前強いらしいな?」

 

 向日葵頭の魔法少女はボクに向けて深々とお辞儀をする。彼女もまたプリズムチェリーと同じようにボクと知り合いになりたがって――いや違う。

 

 

向日葵砲(ソーラーキャノン)!」

 

 刹那、ボクに向けられた向日葵から強烈な光線が発射された。

 

 

(つよ)……! (はや)()……無理(むり)!! ()()める無事(ぶじ)で!? 出来(でき)る!? (いな) ()

 

 ――ダレカタスケテ!!(早口)

 

 

 命の危機を察したボクはとっさに『どんなものにも水みたいに潜れる』魔法を発動させ、世界の裏側に潜って光線を回避した。

 

 良かった、成功した。

 裏世界に潜るのはまだ成功率が低いから怖かったけど何とかなって良かった。

 

 ボクはかつてのプキンの手榴弾を回避できなかったボクのままではない。テプセケメイに『まほいくワールドでは常識に囚われてはいけない』ことを教えてもらってからというもの、ボクは日々魔法を研究して、進化しているのだ。

 

 

 とはいえ、何なのあの人。超怖い。

 一応、ボクに一声かけてきてくれただけ良心的なのかもしれないけど、いきなり強力な攻撃を放ってくるとか何考えてるのさ。

 

 きっとあの人は戦闘狂の鑑だ。戦闘狂に注目されるとか命がいくつあっても足りない。戦闘狂にはボクのことを幻滅してもらわないといけない。ならばやることは1つ。

 

 ボクは裏世界でしゃがみ込んで地面の砂をかき集めて自分に浴びせて、それから地面にうつぶせに倒れる。そのポーズのまま、光線が消えつつあるタイミングで表世界へと戻る。

 

 周囲からすれば、向日葵頭の魔法少女の攻撃でボクが気絶したように見えるだろう。これならきっと、向日葵頭の魔法少女も今の一撃でボクがKOしたと認識してくれるはず。

 

 

「げぇっ、袋井魔梨華(ふくろいまりか)!?」

「なんであいつが魔王塾(ここ)に!?」

「追放処分になったはずでしょ!?」

 

 向日葵頭の魔法少女(袋井魔梨華というらしい)がボクを襲撃したことで、魔王塾の面々も魔梨華の存在を認識したようで。戦慄と困惑の声が次々放たれる。

 

 

「「スイムスイムさん!」」

 

 7753とプリズムチェリーが慌ててボクへと駆け寄ってくる。慎重にボクの体を揺すって、ボクの意識を取り戻そうと呼びかけてくれる。本当はボクは無傷なのだけど、でももう少しだけでいいから気絶したフリをさせてくださいお願いします後生です。

 

 

「はぁぁなんだよクソザコかよ。スイムスイムが強いって話を聞いたからわざわざここまで出張ってきたっつーのに一発KOとか……そーかなるほど、ガセネタつかまされたってわけ。マジふざけんじゃねぇぞ!」

 

 魔梨華は周りの声なんぞ知ったことかと苛立ちを顕わにする。あえて大声で不満を喧伝しているように感じられるのはボクの気のせいだろうか。

 

 

「見学者を襲うとか何考えてんだテメェ!」

「魔王塾の評判を貶めるつもり!?」

「取り押さえろ! ボコボコにしてやる!」

 

 塾生たちが次々と魔梨華へと飛び込んでいく。魔梨華は獰猛な笑みを浮かべて「やってみろやクソボケども!」と塾生へと拳を振るう。

 

 

「魔梨華ァ!!」

「久しぶりだな魔王(ババア)! 耄碌してねぇかぁ!?」

 

 そこに魔王パムまでもが突撃していき、魔梨華が爛々とした眼差しで応じる。もう何というか、控えめに言っても地獄だった。

 

 

 魔王塾になんて絶対に通わない。

 気絶したフリ継続中のボクは心に誓った。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 魔法の国は決して一枚岩ではない。何枚岩があるかわからないほどの魔境で、各自が己の利益を追及すべく日々暗躍する。それが魔法の国だ。

 

 B市の第二級魔法犯罪の報告書を見て、ごく一部の頭の切れる魔法関係者は『魔王パムではなく、実はスイムスイムこそがB市の被害を軽微に抑えたMVPなのではないか』と推測した。

 

 そのため事の真相を解明するべく、袋井魔梨華をスイムスイムにけしかけてみた。

 フリーランスの魔法少女をメッセンジャーに使って、生粋の戦闘狂にスイムスイムのことを情報提供したのだ。

 

 最近、お前の戦闘意欲を満たすレベルの強者が頭角を現している。その者が近日、魔王塾にやってくるぞ、と。

 

 その結果がこれだ。

 スイムスイムは袋井魔梨華の初撃すら防げずにあっさりKOした。

 

 

 ――スイムスイムって大した事のない奴なのでは?

 ――我々の推測は完全に的外れだったのではないか?

 

 

 切れ者たちは一様に己の推測の過ちを認めた。切れ者たちは集めた情報をつぶさに精査し、必要に応じて考えを改める柔軟性を持っている。その柔軟性があったからこそ、切れ者たちはこれまで権力や命を失うことなく魔法の国で暗躍できた。その柔軟性をもって、切れ者たちは、スイムスイムに利用価値はないと判断した。

 

 

 かくして。袋井魔梨華のスイムスイム襲撃により、魔王パムがスイムスイムに後ろ盾を与えるという目的は頓挫した。

 

 しかし、結果的にスイムスイムへの注目度が薄れ、スイムスイムに危険が迫りにくくなったことにより、魔王パムの目的は彼女の思惑の埒外で、思わぬ形で達成されるのだった。

 

 

 

 なお、1週間後。

 この切れ者たちは袋井魔梨華にボコられることになる。

 

 




次回 第37話
『あんた死ぬわよ』
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