その白スクで魔法少女は無理でしょ、スイムスイム 作:超天才清楚系病弱魔法少女
◇スイムスイム(憑依)
(ここまで来れば大丈夫かな?)
ボクはフィルルゥの糸の拘束を抜け出してビジネスホテルの地中まで潜り、しばらく泳ぎ続ける。その後、地表の寂れた路地裏に人の気配がないことを確認し、ボクは地上に全身を出す。
人気のない夜の路地裏。
ここなら白スク姿でも問題なく行動できる。
さて、色々と考えるべきことはある。
まずはフリーランスの魔法少女たち3名の印象についてだ。3名は『友人』からメールを受け取り、人造魔法少女のことを知り、S市へとやってきた。人造魔法少女を捕まえて魔法の国に差し出すために、多少の手荒な真似は許容する姿勢のようだった。
が、彼女たちは決して悪人ではない、と思う。
カフリアの性格はこれまでの付き合いでよく知っている。
フィルルゥはボクを見つけた時の喜びようや、ホテルの弁償費用を気にする言動からして、庶民メンタルの持ち主っぽかった。
ウッタカッタはボクを煽ったり圧をかけてきたり殴りかかってきたりしたが、それは素の性格というより、仕事をクリアするためにその場その場で態度を切り替えている印象だった。
少なくとも彼女たちからは、プキンやソニア・ビーン、ピティ・フレデリカやトットポップ、レイン・ポゥのような極悪犯罪者の気質は感じられなかった。よって敵は別にいる。
次はカフリアの『誰が一番早く死ぬのかわかる』魔法についてだ。まさかボクがカフリアの魔法で『次に死ぬ人』と判定されているのにはさすがに驚いた。が、納得もした。それくらい、初めてボクと会った時のカフリアは態度が不自然だった。
ところで、ボクへの『次に死ぬ人』判定は解釈が難しい。
素直に考えれば、ボクは近い将来、敵の魔法少女に殺されるなりして死ぬのだろう。が、元々ボクが憑依しているスイムスイムは4年前の死人だ。『もう死んでいるけどなぜかボクが憑依して生活しているスイムスイム』と『今を生きる人々』とを比較した結果、前者が『次に死ぬ人』と判定されている可能性は否定できない。
何にせよ、カフリアの魔法で観測した死の運命は当人が覆せるかもしれないとの希望はある。カフリアの魔法の仕様はどうあれ、ボクは悲劇を防ぐべく最善を尽くすのみだ。
(次に考えないといけないのは――)
「え?」
ボクは思考の海に己を沈めつつもふと視線を前方に向けて、固まった。
ボクの視線の先、そこはS市の商店街だった。シャッターで閉じられた店舗がほとんどを占める空虚な商店街。その商店街をルンルン気分で歩く、きらびやかな恰好をした美少女――もといトットポップがいたからだ。
(犯罪者が普通に街歩いとる……)
B市の第二級魔法犯罪を経て、ピティ・フレデリカとトットポップが魔法の国に指名手配されているとの話は7753から聞いている。その指名手配犯がなぜS市で気ままに散歩しているのか。
ボクは思わず路地裏から商店街へと飛び出し、トットポップに立ち塞がった。
「わッ!? いきなり白スクの女性が出てきたね!? 変質者!?」
トットポップがボクの登場に肩をビクつかせる。今の彼女は英語ではなく日本語を使っている。それはありがたい。一方、変質者扱いはボクの心にグサリときた。
最近、ピュアエレメンツやカフリア等、ボクの水着コスチュームに理解を示す面々との交流が多かっただけに、トットポップのような反応への耐性が薄れているようだ。
「変質者じゃない。私は魔法少女――
「おぉ、同業者ね! しかもその名乗り……良いね、とってもロックね!」
そうそう、こういう反応が欲しかったんだよ!
トットポップからのきらきらとした眼差しにボクは心の中でうんうんとうなずく。
――って、そうじゃない。ボクがトットポップに姿を現したのはただ自己紹介をするためではない。指名手配されているはずなのに平然と生活しているらしきトットポップを問い詰めるためだ。
「ねぇ、あなたはトットポップだよね?」
「違うね。トットはトットキークね」
「でもトットポップだよね?」
「違うね。トットはトットキークなのね」
「実はトットポップだよね?」
「だから違うってさっきから言ってるね。トットは魔法の国の『監査部門の妖精』ことトットキークなのね。何度も名前を間違えるなんて失礼な奴ね」
「……トットポップのことは知ってる?」
「知ってるね。トットと姿がそっくりの極悪犯罪者ね。こいつのせいで最近トットの風評被害が酷くて迷惑してるね。さっさと捕まえたいのに、どこにいるやらさっぱりね」
え、本当にトットポップじゃないの? 別人なの??
トットキークの応対からは後ろ暗い点を隠そうとする意思が見えない。どこまでも素直な感情をボクにさらしているように感じられる。
「トットキークはどうしてS市にいるの?」
「お、ようやくわかってくれたのね! プリンセス・スイムスイムが話のわかる人で良かったね。で、目的だっけね。詳しいことは言えないのだけど、トットは匿名のメールをもらったのね。その内容がちょっときな臭くてね、要は調査目的でS市に来たのね」
一旦『トットキーク』と呼びつつ彼女の目的を尋ねてみると、トットキークは嬉しそうに頬を緩めつつ、ツラツラと目的を告げてくる。トットキークもフリーランス勢と状況は同じようだ。メールに誘導されてS市に集まっている。
トットキークはただのかわいそうな魔法少女なのか。
それともトットキークはトットポップが扮する姿なのか。
どうやって確かめようかとボクはしばし考え、まもなく閃いた。
「ん、電話きた」
ボクは電話がかかってきたフリをしつつ、トットキークに背中を見せる。亜空間から魔法の端末を取り出し、とある連絡先にコールしてから耳に当てる。
「もしもし」
『どうした?』
連絡はすぐに繋がった。かつてB市の第二級魔法犯罪の場にともに居合わせた監査部門の魔法関係者:マナの凛とした声がボクの耳に届く。ボクは早速、トットキークの耳に届かないよう小声でマナに問いかける。
「監査部門にトットキークって魔法少女、いる?」
『トットキーク? 誰だそれは』
思いっきりウソついてるじゃん!
やっぱあいつトットポップやろ!?
ボクが背後を振り返ると、トットキークが忽然と消えていた。
とんでもない逃げ足の速さである。
『トットキークとやらがどうしたんだ?』
「今、トットポップとそっくりの魔法少女に会った。その人が自分のことを『監査部門のトットキークだ』って名乗ったから、マナに電話して聞いてみた」
『ほぅ、そいつは今もお前の近くにいるのか?』
「いない、いつの間にか逃げられた」
『まぁそうだろうな。そいつがトットポップなら背後にはピティ・フレデリカがいる。奴の魔法でトットポップを一瞬で逃がしたんだろう』
「その考えはなかった。マナすごい」
『世辞はよせ。……ところでスイムスイム。お前は今、なにか事件に巻き込まれているのか?』
「ううん。でもこれから事件になりそう」
『スイムスイム、お前は確かに強いがまだ子供だ。事件にむやみに首を突っ込むものじゃない。B市では、お前はソニア・ビーンに殺されかけたところをリップルに救われ、プキンに殺されかけたところを魔王パムに救われた。次も運がお前を味方してくれるとは限らない。この手の事件は我々監査部門に任せて、お前は退くんだ。良いな?』
「それはできない。友達が危ない目に遭うかもしれないから」
マナから人造魔法少女の一件から手を引くよう圧をかけられたボクは、しかしすぐに拒否の意を示した。しばしボクとマナの間に沈黙が続く。そんな無言の時間を破ったのはマナの深々としたため息だった。
『……強情な奴め。いいか、いざという時は私に連絡しろ。すぐに応援をよこす』
「ありがとう。頼りにしてる」
『ふん……』
マナの提案にボクが感謝すると、マナは不満そうに鼻を鳴らす。
それにしてもカフリアの魔法で『あんた死ぬわよ』宣言されたボクが、カフリアやマナの忠告を無視して危険に臨もうとするこの流れは、あまりにもきれいな死亡フラグのような気がする。いや、ボクに死ぬ気なんて欠片もないんだけどね。ホントだよ?
『――それと、ウェディンに
などとボクが考えていると、マナが唐突にボクに爆弾を放り投げ、ボクの返事を待つことなくマナは電話を切った。
「……」
な、何のことだかボクにはさっぱり(・ω・;)
……え、あれやっぱりボクのせい? ウェディンがコスチュームのウェディングドレスを脱ぎ捨てて白スクを着始めたのってボクのせいなの? いやぁ、そうとは限らないのでは? ほかにも要因があるのでは??
ほら、たとえば夢ノ島ジェノサイ子先生が連載している漫画とか? 『その水着姿で魔法少女は無理でしょ、ムイムイ』が大好きなウェディンが感化された説は十分考えられるよね?
だからボクのせいではない、と言いたいところなのだけど……ただあれも主人公はボクをモチーフにしたムイムイなわけで。
「…………」
ボクは必死に考えてみた。
しかし、誰かのせいにしたいがボクの顔しか思い浮かばなかった。
だ、だれかたすけて(【急募】ボクのせいでおかしくなってしまった女子中学生を純真な性格に戻す画期的な方法【正しい責任の取り方】)
◇◇◇
◇スイムスイム(憑依)
ウェディンのことでしばし思考がとっ散らかってしまったボクだったが、少しばかり時間をかけてどうにか平静を取り戻す。それから、トットポップ目撃により吹き飛んでしまった『考えるべきこと』をどうにか手繰り寄せ、再び思索にふける。
人造魔法少女を巡って巻き起こるであろうまほいくシリーズ第4部。その舞台はピュアエレメンツが活動拠点としているS市の地下研究所だとボクは推測している。
何せ、ボクが今まで関わった事件はすべてクローズドサークルだ。
ソーシャルゲーム『魔法少女育成計画』は目的を果たすまでゲームから逃れられず、さらにゲームのことを参加者以外に話した瞬間に告発者が死亡する仕様だった。
B市の第二級魔法犯罪では、当時のB市にあらゆる魔法的な要素を通さない24時間の結界が張られ、さらに魔法の端末を用いた連絡ができない状況だった。
地下研究所では魔法の端末で外部に連絡できない。研究所の外壁はスイムスイムの魔法でも通過できない。また、研究所の入口の大扉はブリーフィングルームでパスワードを設定できる。その気になれば研究所に魔法少女を閉じ込められる。
これだけクローズドサークルを作れる条件がそろっていて、地下研究所が第4部の舞台と無関係だと判断するのはあまりに楽観的だ。
加えて、地下研究所の環境はあまりにも魔法少女同士の戦闘にふさわしい。
研究所は全体が円形の構造になっており、合計5つの部屋で構成されている。
研究所入り口の大扉から左へ曲がれば、第二トレーニングルームの森林エリアと、第一トレーニングルームの岩場エリアがある。入口の大扉から右へ曲がれば、第三トレーニングルームの砂漠エリアと第四トレーニングルームの水場エリアがある。そして、入り口から右へ行こうと左へ行こうと、最終的にブリーフィングルームにたどり着く。これが地下研究所の全貌だ。
個性豊かな魔法少女の向き不向きが各トレーニングルームではっきりする、という状況は各ルームごとに異なる魔法少女の活躍を描写しやすく、それゆえ第4部の舞台としてあまりに符合する。
では、第4部が本格的に始まりそうな時期もその舞台もおおよそ推測できるのなら、人造魔法少女であろうピュアエレメンツ初期メンバー4人を研究所に近づけないようにすればいいのではと言いたげなそこのあなた。
それではダメだとボクは判断した。
何者かが『友人』を名乗って人造魔法少女のことをメールで言いふらし、人造魔法少女の話題に喰いついた魔法少女たちが次々とS市入りしている現状。ピュアエレメンツ初期メンバーを研究所から、S市から遠ざけても意味がない。
人造魔法少女を強烈に求める敵は、人造魔法少女がどこへ逃げたっていつまでも追い続けるし、人造魔法少女を捕まえる手段を選びやしないだろう。
よって人造魔法少女に迫る危険を根本から断つ必要がある。人造魔法少女に迫る者の内、魔法少女を殺すことを躊躇しない類いの輩に対処しなければならない。
だったら、人造魔法少女奪取をもくろんで研究所に魔法少女が集結することは許容する。その上で敵と味方をしっかり見極めて、味方とはしっかり共闘関係を結んで、数の力で敵を打倒する。勝手知ったる研究所で敵を迎え撃つのだ。
が、この方針には懸念がある。
いつ第4部が本格始動して研究所で死闘が始まるのかが読めない点だ。ボクが研究所を離れている間にすべてが終わってしまう可能性がある。ならばどうするのか。
――地下研究所。ここをキャンプ地とする!
◇◇◇
◇アカネ
最近、スイムスイムはよく夜に外出するようになった。
8歳の女の子が毎日のように夜遅くまで外を出歩く。これは本来なら注意するべきなのだろう。が、アカネはスイムスイムの行動を黙認していた。
せっかくよみがえったのに、スイムスイムは小学校に行こうとしない。本当の家族と会おうとしない。ただただ正義の魔法少女としての活動に専念している。
スイムスイムは責任を感じているのだろう。
己が犯した所業に罪悪感を抱いているのだろう。
確かにスイムスイムは大罪に手を染めた。お姫様に憧れて、お姫様に焦がれて――その結果、多くの魔法少女を殺した。罪を償わなければならないのはそうだ。
けれど、殺人のきっかけを作ったのはあくまでファヴと森の音楽家クラムベリーだ。スイムスイムは整えられた舞台で、悪意にそそのかされるがままについ動いてしまっただけだ。スイムスイムの所業は、全部が全部スイムスイムの責任にはならない。それがアカネの結論だ。
けれどスイムスイムは違う。
スイムスイムはすべてを自分のせいだと思い込もうとしている。
だから贖罪のためなら、魔法少女の命を救おうとするためならなんだってできてしまう。プフレの案に乗って、溺死を承知でゲーム世界の果てを目指すことだってできてしまう。B市で無茶だってできてしまう。
スイムスイムが不破家の金銭事情をすごく気にして求職活動を始めて――そのまま音信不通となった時は気が狂うかと思った。方々手を尽くして、B市で火傷だらけのスイムスイムを目撃した時は言葉を失った。
このままでは近い内にスイムスイムは死んでしまう。
そんな感覚がアカネの心に根付いていた。
しかしだからといって、たとえばスイムスイムを不破家に監禁することに意味はない。スイムスイムが己が心の望むままに生きられないのなら、それは死んでいると同義だ。アカネがスイムスイムを殺すだなんてありえない。
自罰的なスイムスイムの救い方がわからないまま、ただいたずらに時間が経過していく。そんなある日、アカネの魔法の端末が通知音を奏でた。スイムスイムからのメールだ。
『このメールはまだ開かないで』
メールの件名にアカネが首をかしげる中、魔法の端末が続けざまに着信音を奏でる。今度はスイムスイムからの電話だ。何だか嫌な予感がする。
『今、アカネに1通メールを送った。それはまだ見ないでほしい』
「スイム?」
『アカネ、私はしばらく家に帰らない。……これから毎日アカネに電話する。私が電話してから24時間経っても私から連絡がなかったら、私に何かが起こったと思って、さっき送ったメールを見てほしい。そのメールに、アカネにやってほしいことが書いてある』
アカネの嫌な予感は的中した。きっとスイムスイムは新しい舞台で、アカネを置いて1人で戦おうとしている。危険にさらされた魔法少女を救うために命を賭そうとしている。
「……また始まるんだね」
『うん』
「私もスイムと一緒に戦っちゃダメなの?」
『ダメ』
「私は、スイムの足手まといなの?」
『ううん。戦場の外に一番信頼できる人を残したくて』
「……」
『心配かけてごめんなさい』
アカネの問いかけを受けて、スイムスイムから謝罪の言葉が返ってくる。違う、アカネはスイムスイムに迷惑をかけたくて、負担をかけたくてこんな質問をしたんじゃない。
スイムスイムは目的のためなら己の命を賭けてしまえるが、死にたがりではない。スイムスイムがアカネを戦場に連れて行かないことが最善だと判断したのならば、ここでアカネが駄々をこねるべきではない。
『……必ず、無事に帰ってきてね』
「がんばる」
『いってらっしゃい』
「いってきます」
スイムスイムとの電話が終わる。アカネはスイムスイムのために無事を祈り、待つことしかできない。これがスイムスイムから信頼された結果なのはわかっている。しかしそれでもアカネは己の無力さを痛感せずにはいられなかった。
◇◇◇
◇プリンセス・クェイク
人は、かわいいものを愛でたがる。
『他人を見た目で判断しない』と建前を口にしつつも、なんだかんだ人はかわいいものが好きだ。それほど『かわいい』には人の心を揺さぶる力がある。『かわいいは正義』というフレーズが生まれるのも当然のことだ。
千子は己を客観視できるようになるにつれ、クラスメイトとの交流を最低限に薄めた。かわいいクラスメイトの中に千子が交ざってはしゃいでも場の空気を壊すだけだからだ。
千子は学校生活において傍観者に努めた。どうして千子以外の子供たちはかわいいのかが気になり、子供を熱心に観察するようになった。かわいい子供への興味は時とともに憧れや敬愛へと変わっていった。
千子はスケッチブックに絵を描くようになった。大学生は時間の融通が利く。千子は足しげく児童公園に通い、公園で思い思いにはしゃぐ子供たちの躍動感あふれる一瞬をスケッチブックに次々描いていった。
もしも千子が男性だったなら通報待ったなしの危ない趣味だ。が、千子は女性だ。身だしなみも最低限、整えている。千子の描画を阻害する要因は何もなく、千子は思う存分、子供たちから心の栄養を摂取できていた。
あくまで千子は傍観者で、路傍の石にすぎず。かわいいがために世界の中心にいる子供たちを静かに愛好し、研究する。そんな日々がこれからもずっと続くと思っていた。
――千子が田中先生と出会い、魔法少女プリンセス・クェイクの力を得るまでは。
千子自身がかわいいプリンセス・クェイクに変身できるようになった。もうとっくに諦めていたかわいさを唐突に自分が入手したことは、千子にとって革命的な出来事だった。
かわいいクェイクの姿なら、同じくらいかわいいテンペスト・デリュージ・インフェルノと交ざっても何の違和感もない。浮くこともない。
魔法少女になって、ピュアエレメンツの一員となって初めて。クェイクは己の心に素直になって、臆することなく喜怒哀楽を表に出せるようになった。ピュアエレメンツとして活動する日々は、クェイクにとって楽園そのものだった。
良い事はさらに続いた。プリズムチェリーとスイムスイムがピュアエレメンツに加わったことだ。2人もまた良い子たちで、クェイクの楽園生活はさらに充実したものとなった。
今日も今日とて、千子はディスラプターから世界を守るピュアエレメンツ活動のために、地下研究所へ向かう。その道中、もうすっかり通いなれた児童公園を横切り、そこでふと足を止める。
(……最近、宮沢ちゃん来なくなっちゃったな)
宮沢ちゃん。小学5年生の女の子だ。
宮沢ちゃんは1年前から週1回のペースでこの児童公園に姿を現しては、子供たちに紙芝居を披露していた。千子は遠目で紙芝居を鑑賞していたが、宮沢ちゃんの紙芝居は、アニメ漫画小説映画を数多く嗜んできた千子ですらも惹きこまれるほどの完成度だった。
まだ小学生なのにあのクオリティならば、宮沢ちゃんは将来必ずやクリエイターとして大成するだろうと確信したものだ。
けれど、ここ1か月ほど、宮沢ちゃんの姿を見ていない。
創作活動に飽きてしまったのか。活動拠点を別に移したのか。臨場感あふれる紙芝居を行う宮沢ちゃんの絵を描けなくなってしまうのはさみしいことだ。
寂寥感を抱きつつも、千子は児童公園を後にする。地下研究所の入り口で「プリンセスモード・オン」と呟いてクェイクに変身し、研究所に入る。研究所最奥のブリーフィングルームにはすでに全員が集まっており、それぞれ椅子に座っていた。
「クェイク、そこ座って。スイムスイムがみんなに話したいことがあるって」
「話したいこと?」
クェイクはテンペストに促されるままに空いている椅子に座り、お誕生日席に座るスイムスイムに視線を向けると、スイムスイムはおもむろに語り始める。
曰く、さっき謎の魔法少女3名に襲われた。
曰く、3名は人造魔法少女を探して捕まえようとしているそうで、ピュアエレメンツこそが人造魔法少女だと考えているらしい。
曰く、スイムスイムは『どんなものにも水みたいに潜れる』魔法で地中に潜り、3名に追跡されないように慎重に逃げた。
曰く、襲われこそしたが、3名はそんなに悪い人には見えなかった。
「なにその面白そうな展開! あたしも参加したかった!」
「インフェルノならそう言うと思ったよ」
「まずはスイムスイムが無事でよかったよ。それにしても、どうして私たちを襲ってきたんだろう?」
「ディスラプターに味方する魔法少女だったり?」
スイムスイムの話にインフェルノが悔しがり、テンペストがやれやれとインフェルノを見やる。クェイクが素朴な疑問を投げかけると、デリュージが首をコテンと傾けながら推測を口にする。
ここでクェイクはプリズムチェリーの反応を不思議に思った。プリズムチェリーは謎の魔法少女の話題にさしてリアクションせず、ただスイムスイムと熱い視線を交わしていたからだ。
とはいえ、現状で一番優先するべきは、みんなの安全確保だ。謎の魔法少女の物言いからして、今回の襲撃で手を引くとは考えにくい。
「せっかく来てもらったのに悪いんだけど、今日は解散しよっか」
クェイクの方針にピュアエレメンツたちが次々と賛意を示す中、スイムスイムだけが首を横に振った。
「帰りたくない」
「どうして?」
「家出したから」
スイムスイムが帰宅を拒否する理由をクェイクが尋ねると、まさかの理由が返ってきた。ブリーフィングルームに数秒ほど沈黙が流れ、まもなく驚愕の反応の数々が響いた。
「えええっ!? 家出したの!?」
「うん、家族とケンカした。もう知らない」
スイムスイムは大人しい女の子だ。怒った姿なんて見たことがない。てっきり大らかな性格なのだと思っていたのだが、家族に対してははらわたが煮えくり返る思いを抱え込んでいたらしい。
「……えっと、さすがにスイムスイムを研究所に1人にするわけにはいかないし、今日はみんなでお泊まり会にする?」
「いや、みんなはおうちに帰ろう。いきなり泊まるってなったら家族が心配するし、みんなは明日も学校あるでしょ? 私が研究所に残るよ、大学生は色々融通が利くからさ」
「ずりぃな大学生」
「これは過酷な大学受験を乗り切った者の特権よ」
己の意志を曲げる気配のないスイムスイムの様子に、プリズムチェリーがお泊まり会を提案するも、クェイクは1人だけ残って他の4人を自宅に帰す判断を下した。インフェルノの軽口に軽口を返し、スイムスイムに柔和に笑いかけた。
「今日は私と一緒にお泊まりしようね」
「うん」
スイムスイムはあくまで自宅に帰りたくないだけだったようで、クェイクがお泊まりにお供することには否を唱えなかった。
他のピュアエレメンツと比べて戦闘力に乏しいプリズムチェリーの帰宅にはデリュージが付き添い、8歳と幼いテンペストの帰宅にはインフェルノが付き添う。その手はずで4人は研究所を後にした。
クェイクはブリーフィングルームでしばらくスイムスイムとテレビゲームやボードゲームに興じた。スイムスイムは8歳とは思えないほど頭脳明晰で、ゲームの実力はクェイクを上回っていた。
今日は特にクェイクはスイムスイム相手にゲームで負け越していた。理由は単純で、クェイクが別のことで頭を悩ませていたからだ。
子供の家出は大変危険だ。犯罪の魔の手が伸びやすい。スイムスイムには魔法少女の力がある分、危険度は少ないのかもしれないが……スイムスイムがどうにか心に折り合いをつけて、自宅に帰ってくれるのならそれが一番だ。
けれど、クェイクはどのように働きかければスイムスイムが家出をやめてくれるのかがまるでわからなかった。幼い頃から傍観者ムーブを続けてきたクェイクには圧倒的に対人経験が足りていないのだ。
家族のことを聞けばヒントを得られるかもしれない。だが、家族の話題を出した途端にスイムスイムの機嫌が急降下するリスクがある。安易には聞けない、などと悶々と考えている中、ふとブリーフィングルームの時計を見ると、22時を少し過ぎた頃合いだった。
「スイムスイムっていつも何時に寝ているの?」
「22時くらい」
「そっか。じゃあそろそろ寝る準備しようか」
「わかった」
ブリーフィングルームでのお泊まり会自体はピュアエレメンツが4人だった時に行ったことがあり、寝具は一通りそろっている。クェイクはスイムスイムと分担して、ブリーフィングルームのウォークインクローゼットから2人分の寝具を取り出し、セッティングする。
「「おやすみなさい」」
お互いに言葉を交わし、それぞれの布団に身を委ねる。
クェイクは目を閉じて自問する。
スイムスイムは家族とのケンカをきっかけに今日、家出を決行した。その矢先に、人造魔法少女を狙う3人の魔法少女に襲われた。スイムスイムは無傷で切り抜けたが、8歳の女の子がいきなり複数人に襲われたことに違いはない。
スイムスイムは平気そうにしているが、スイムスイムの心のケアは必須だ。それなのに、今日のクェイクはなんだ。スイムスイムの事情に踏み込むことを恐れて、ただスイムスイムの遊び相手になっただけだ。これではピュアエレメンツのリーダー役失格だ。
対人経験の少ないクェイクにだってできることはある。今、思いついた。
スイムスイムが家出を続ける間、スイムスイムは家族からの愛情を享受できなくなる。スイムスイムが嫌っていようと家族は家族だ。離れれば寂しい気持ちも湧くだろう。
――だから、今日はクェイクが家族の代役を務めてみよう。
◇◇◇
◇スイムスイム(憑依)
ひとまずボクが地下研究所をキャンプ地とする作戦は通った。ピュアエレメンツのみんなはボクの偽りの家出を疑わず、かといって
(さて、明日のボクの動きだけど――)
刹那、ボクを覆う掛け布団が少しめくられ、いたずらっ子な笑みを携えたクェイクがボクの布団に入り込んできた。
(へぁ!?!?!!?!!?)
「せっかくこうして2人でお泊まりしてるんだから、一緒のお布団で寝たくなってね。お邪魔しちゃった」
まほいくワールドでボクが活動を始めて1年を経て、ボクはこの手のイベントに耐性がつきつつあると自負していた。でも――同じ布団を美少女と共有するシチュエーションはいくらなんでもヤバすぎる。
「2人で一緒の布団に入ると狭くなっちゃうよ?」
「じゃあもっと密着しないとね」
「私、寝相わるいよ?」
「大丈夫、受け止めてあげるから」
ボクはどうにかクェイクに隣の布団に戻ってもらおうと説得を試みるも、クェイクはボクの望みに反して、ボクを抱きしめて頭をなで始めた。
これでボクが本当に8歳の女の子だったらとっても微笑ましい場面になるのに、ボクの中身が18歳男子なせいで台無しだ。*1
「安心して。あなたに何があっても、私は絶対にあなたの味方だから」
すべてはボクの身から出た錆だ。ボクのついた嘘がきっかけで、クェイクがボクにありったけの母性を発揮しようとしている。……うん。ボクは今日、罪悪感で死ぬかもしれない。
だれかたすけて!(カフリアの魔法がボクを『次に死ぬ人』として判定したのはこれが理由だった……?)
ボクの苦悶の夜はまだまだ始まったばかりだった。
次回 第42話
『ま…まああんたほどの実力者がそういうのなら………』