その白スクで魔法少女は無理でしょ、スイムスイム 作:超天才清楚系病弱魔法少女
問題5.ディティック・ベルを米花町に1年間放り込んだ場合の生存確率を述べよ。この時、ディティック・ベルは探偵が活躍できそうな場面には積極的に首を突っ込むものとする。
◇スイムスイム(憑依)
そもそもボクがアカネに会うために病室を訪れたのには、当然ながら食欲以外の理由もある。このタイミングでアカネの精神状態を正気に戻しておきたいからだ。
今は狂人モードのアカネを上手く操縦できている。アカネを延々とモンスターを斬り殺すだけのマシーンにできている。けれど、この操縦をずっと巧みに続けられるわけがない。遅かれ早かれ『操り人形師』スイムスイムと、『操り人形』アカネの体制は崩壊する。
アカネは存外、あっさりとボクの言うことを信じて、ボクの指示通りに動いてくれた。それはつまり、他の魔法少女だってやろうと思えばアカネを言葉巧みに洗脳し、思い通りに操縦できるということなのだから。
ゆえに。次のゲームが始まるまでのこの3日間でアカネを正気に戻して、本格的にアカネをボクの企みに巻き込む。なるべく多くの原作死亡キャラを救済する『††魔法少女救済計画††』にがっつり協力してもらうよう頼み込む。
そのためにボクは。『7歳児に口座はないから参加賞の十万円をもらえない』だとか『このままだと現実世界で飢え死にしてしまう』だとか主張して、ファルから強引にアカネの居場所を聞き出したというのに。まさかアカネが病室から抜け出してしまっているとは想定外だ。
やっべぇ、どうしよう。
どうにかして失踪したアカネを見つけないといけない。期限は3日間。けれどどうすれば……うぅぅ、お腹すいた。目がチカチカする。気が散ってアイディアが思い浮かばない。
「お困りかな、スイムスイム」
ボクが天を仰いだまま立ち尽くしていると、背後から声をかけられる。少女の透き通った声だ。ボクの名前を知っている以上、この病院の医者や看護師ではない。魔法少女でしかありえない。スノーホワイトとは異なる声質だ。
ボクは振り返る。そこにはさながらシャーロック・ホームズを擬少女化させたっぽい風体の美少女が立っていた。有名人を美少女化させるのは人間の業。シャーロック・ホームズは犠牲になったのだ。古くから続く因縁…その犠牲にな。
「あなたは?」
「私はディティック・ベル。こう見えて探偵だよ」
いや、どう見ても探偵にしか見えないけど。逆にどう見えているつもりなのだろうか。高度なギャグなのか? 何かツッコまないといけないのか? 空気を読むことを求められているのか? 『空気読み。』で『…読めてるっぽい』と評価され続けたこのボクが??
「それと、ゲームの参加者だよ。あなたと同じ」
(あ、そうなんだ)
「まずは謝罪を。ごめんなさい。私は、あなたとファルの内緒話を盗聴した。それであなたのことが心配になって、ここへ来たの」
ディティック・ベルは申し訳なさそうな表情を浮かべて、鳥打帽を脱いで頭を下げる。
良い人だ! メチャクチャ良い人だ! まほいく原作で誰か殺した輩が邪魔なボクを排除しに来たんじゃ…とか一瞬でも疑っちゃってマジごめんなさい!
ボクは「顔を上げて」と口に出そうとして、ボクのお腹が激しく空腹を主張してきた。ボクが言葉を紡げずに固まる中、ディティック・ベルは頭を上げて鳥打帽を被りなおした。
「ご飯おごるよ。おいで?」
「うん」
ベル様の仰せのままに!
◇◇◇
◇スイムスイム(憑依)
ベル様はファストフード店のハンバーガーをいくつかテイクアウトしてくれた。ボクは街の路地裏に身を隠し、ベル様から手渡されたハンバーガーを次々とほおばっていく。あぁ、このジューシーな味わい。雑草や保存食なんかとはとても比べ物にならない。久しぶりに美味しい食事にありつけた。人間に戻れた気分だ。
「おいしかった?」
「うん」
「そう、よかった。あんまり高いものをおごれない懐事情でね、あなたのお口に合わなかったらどうしようかと思ってたんだ」
ボクがハンバーガーをすべて食べ終わると、ベル様から感想を尋ねられる。ボクが素直にうなずくと、ベル様は安堵の微笑みを零した。
女神だ。女神様だ。
楽園はここにあったのか。
「おごってくれてありがとう。ベルは、私の命の恩人」
「どういたしまして。でも気にしなくていいよ。困った人を助けてこそ魔法少女でしょ?」
聖女様かよぉ! ボクのベル様への好感度はもうとっくに上限まで到達しているはずだったのに、上限を突き破ってはるか彼方へとベル様への好感度が積みあがっていく。
「それで。あなたの空腹問題は一旦解決したわけだけど。……あなたはこれからアカネに会いに行くつもりなの?」
「うん、アカネに会いに行く」
「……大丈夫? 彼女、まともそうには見えなかったけど」
「それでも。アカネと話したいことがあるから」
「知り合いなの?」
「ううん、他人。でも、話さないといけない」
「あなたの分の参加賞(十万円)を、私があげると言っても?」
「お金の問題じゃない」
聖女ベル様は恐れ多くもボクの身を案じてくれている。けれど、それでもボクはアカネに会わないといけない。断腸の思いだが、仕方ない。すべては『††魔法少女救済計画††』遂行のためだ。
「……意思は固いようね」
ボクを説得することは不可能だと悟ったのか。ベル様は小さくため息を吐くと、ボクに向けて得意げに笑ってみせた。
「失せ人探しは探偵の得意分野なんでね。私の探偵らしいところ、見せてあげる」
ベルしゃまぁああああああああああああああ!!
◇◇◇
◇スイムスイム(憑依)
ベル様はアカネが入院していた病院を起点にして、『たてものとお話できる』魔法で色んな建物の壁と情報共有を繰り返した。アカネの目撃情報をかき集めて、アカネの居場所を推理した。そうしてベル様はものの数時間でアカネの居場所を割り出してくれた。さすがはベル様。鮮やかな手腕である。
「ここだよ。どうやらアカネは自宅に帰っていたみたいだね」
「すごい、さすがは名探偵」
「ふふ、探偵にかかればこれくらいはね」
ベル様が指差す先には一軒家。『不破』と書かれた表札がかけられている。もうホント、ベル様には頭が上がらない。
「ひとつ質問だけど。これからアカネと戦う可能性はあるの?」
「ゼロとは言わない」
「それなら、私も……」
ベル様はボクの返答を受けて、自分も一緒に不破家に入り、場合によってはボクと一緒にアカネと戦おうとしてくれているようだ。けれど、ベル様の声が震えている。ベル様は、ありえるかもしれないアカネとの戦いに恐怖している。ベル様に無理をさせるわけにはいかない。元より、ここから先はボクの戦場だ。
「大丈夫。ここからは私の戦い。1人で良い」
「……そっか、くれぐれも気をつけてね。私はここで待っているから、困ったことになったら遠慮なく頼っていいからね」
「うん。ベル、ここまで導いてくれてありがとう」
ボクはベル様の心配の眼差しを一身に受けて単身、不破家の扉をそのまま通り抜けた。玄関を通り、廊下を通り、リビングに――いた。アカネだ。リビングでアカネは正座をしている。その視線は虚空に固定されている。まるでフェレンゲルシュターデン現象だ。
アカネは今、魔法少女の変身を解いているようだ。また、その身には、たまの装備4セット(犬耳、犬尻尾、フード付きのケープ、肉球グローブ)をきっちり装備している。
もしかしてこれがアカネが病室を抜け出した理由だったのかな。ゲーム世界でたまの装備が見つからないから、現実世界で集めようとした。そういうことだったのか。……いやいやいや、いくらなんでもボクの洗脳、効きすぎてない? なんかボク自身のことが怖くなってきたんだけど。ボク、教祖様の才能とかあったりするの?
「私はたまだ。たまになった。音楽家ァ……」
アカネが口角を吊り上げて凶悪な笑みを浮かべている。
魔法少女に変身していないアカネちゃんもかわいいなぁ(白目)
さて、肝心のアカネを正気に戻す方法だが、これといった方法を思いつけてはいない。試行錯誤を重ねるしかないと思っている。幸いにもアカネ攻略に費やせる時間は、ベル様のおかげで2日以上ある。この潤沢な時間を使って、何としてでもアカネを仲間に引き込みたい。
ボクの試みがどのような結果を招くかはわからない。出たとこ勝負だ。ここでボクが死ぬのも普通にありえる。でもやるしかない。魔法少女の命がとことん軽い魔法少女育成計画の世界で。1人でも多くの魔法少女を救うという困難な道を踏破しようとしているのだから、この程度の危険は冒さなければ、望む結果に近づけやしない。
それに、『††魔法少女救済計画††』とか置いといても、ボク個人がアカネにかなり興味を抱いている。せっかくの機会だ、知性のあるアカネとも会ってみたい。
そういうわけなので。
そんじゃ、いっちょやりますか。
だれかたすけて(固有演出)
◇◇◇
◇アカネ
茜。不破茜。17歳。剣道部の部長。
家族。父は既に他界している。家長の母と、姉2人、妹1人の5人家族。
茜。……茜? そうだ、私の名前だ。しっくりとくる響きだ。
どこだここは? 見慣れない空間だ。テーブルにソファーにテレビに、物が雑多に転がっている。全体的にほこりがうっすら積もっている。長くとどまっていたら健康を害しそうだ。
どこだここは? いつもの場所じゃない。1人用の部屋ではない。白を基調とした部屋ではない。服は……服は、妙にもこもことしているが、快適な生活を営むには不適格な恰好のような気がする。どうしてこんな恰好を?
――たまじゃないと音楽家は殺せない
――だから、あなたはたまにならないといけない
そう、付近に水辺がないのになぜか白いスクール水着を着た人にそんなことを言われた。
妙な説得力があって、従わないといけない気がして。
ここに、たまになるために必要な物があると知っていて。
葵姉が31歳にもなって犬のコスプレをして遊んでいたことがあったなって。思い出して。
葵姉。葵姉。
私の脳裏に思い浮かんだ葵姉の姿が、血だまりに沈む。
傍らには、お母さんが、浅葱姉が、藍が。倒れている。苦悶の表情だ。
誰かが笑みを零している。嗤っている。
あいつだ。音楽家、森の音楽家クラムベリーだ。
奴のせいで、家族を全員失った。全員殺された。奴のせいだ。
許さない。殺してやる。絶対に、この手で。
「ふふ。見るに堪えない姿、ですね」
背後から声が響いた。
凛としているようで、少しだけ甘ったるい声質。
「お久しぶり、ですね。覚えていますか? 私は、森の音楽家クラムベリー」
「――ッ!!」
眼前で火花が弾けた。私は背後に向かって飛びかかり、人影を押し倒す。そのまま首を絞める。両手のもふもふなグローブのせいで上手に力を込められないが、それでも絞め殺すことはできる。
「お前が、お前が! お前が! お前がぁ!!」
大声を出したのはいつぶりだったか。血の味がする。のどを傷つけたか。それでも構わない。こいつさえ、クラムベリーさえ殺せれば。
私の眼前でクラムベリーが苦悶の表情を浮かべている。
いい気味だ。たまになって正解だった。おかげで、私はクラムベリーを――。
「ぁ……ぐ」
……? おかしい。いくら私がたまになって、クラムベリーを殺せるようになったからって、無抵抗はおかしい。クラムベリーがこんなに弱いわけがない。
改めて、人影の顔を見る。
小学校低学年くらいの女の子だった。どこかの学校の制服のような恰好をしている。
「……違う。音楽家は、こんなかんたんに私に負けたりしない」
女の子の首からゆっくりと手を放す。女の子に馬乗りになっていたので、退く。
女の子は何度かせき込んだ後、ゆっくりと立ち上がる。茜の手の跡が女の子の首にくっきりと残っている。
目の前の女の子が、藍に見えた。クラムベリーに首をつかまれて、そのまま握力で首を握りつぶされて殺された妹を幻視した。なぜだろう。藍は13歳だ。この子はもっと幼いはず。なのに、どうしても重なってしまう。
「アカネ」
アカネ? あぁそうだ。私はそんな名前だった。
「私も失った。音楽家のせいで、私のせいで、大切な人たちを失った」
この子も? 私だけではないのか?
「魔法の世界は、表向きはすごくきれい。けれど、陰には悲しいことがいっぱいある」
「森の音楽家クラムベリーが生み出した悲劇も、一端に過ぎない」
「魔法を私利私欲に使う悪い魔法少女のせいで、たくさんの人が悲しんでいる。被害に遭うのは、いつも弱い人」
その通りだ。私の家族は弱かった。だから殺された。
けれど、そんなのは当然だ。家族はそもそも魔法少女を続ける気がなかった。
いつか魔法少女をやめる前提で。
正式な魔法少女を選抜する試験に落ちる前提で。
試験に落ちて、魔法少女に関する記憶消去を受け入れて、一般人に戻る前提で。
『楽しければそれでいいじゃん』というマインドで生活していた。
まさか殺されるだなんて思っていなかった。だから、みんなのんきだった。私みたいに、魔法少女の選抜試験自体を楽しみにして、魔法の力を鍛えたりなんてしなかった。
だから、死んだ。殺された。みんな、みんな。あんな無惨な姿で。
私は何もできなかった。肝心な時にみんなを守れなかった。
――何のための力だ。
「アカネ。私は戦いたい」
「もう誰も悲しまなくて済むようにしたい」
「でも、私は弱い。あなたの力が必要」
でも、私は。
「助けて、アカネ」
『助けて、茜姉ぇ!』
女の子が私に手を差し伸べてくる。
クラムベリーに首をつかまれながら、泣きながら私に助けを求めた藍の姿と重なる。
家族を思い浮かべてみる。
・不破家家長:彩子。
・不破家長女:葵。
・不破家次女:浅葱。
・不破家四女:藍。
いい加減で、野放図で。しかし素晴らしい家族だった。
私は家族が大好きだった。
私の家族は、そろって魔法少女の適性があった。
そのせいで、クラムベリーの悪意に巻き込まれて。
私の家族は終わってしまった。
失ったものは取り戻せない。過去はもうやり直せない。
けれど未来なら。選べる。望んだ未来をつかみ取る努力はできる。
悲劇に遭わずに幸せを享受している家族はたくさん存在する。
彼ら彼女らを悲しませてはいけない。
絶望にあえぎ苦しむのは、私の役目だ。
この役目を、私以外に渡してやるものか。
心に、火が灯る。
それは、そよ風でかき消えてしまいそうなほど、か細い火。
それでも、立ち上がるには十分だった。
「……スイムスイム」
「覚えてたんだ、私の名前」
「あなたの水着姿はとても印象的だったから」
「……そう。でも、よくわかったね。変身していないのに」
「話し方から何となくね。……ごめんなさい、さっき殺そうとして。怖かったでしょ」
「うん、死ぬかと思った」
女の子――スイムスイムから差し出された手をつかんで、アカネは立ち上がる。それからスイムスイムに謝ると、スイムスイムは無表情のままうなずく。本当に怖いと思っていたのだろうか。何ともつかみどころがない子だ。
「……自分が情けないよ。こんなに小さな子供に慰められていただなんて」
「子供じゃない」
「ふふ」
「私は子供じゃない」
「大丈夫、わかってるよ。あなたが私を元気づけてくれた、立派な魔法少女だって」
スイムスイムはどこまでも無表情だ。そのはずなのに、アカネは眼前の少女があたかも頬を膨らませて抗議しているかのような印象を抱いた。まさしく背伸びしたがりの子供そのものだ。アカネは微笑ましくなってつい笑みを零す。スイムスイムの頭を優しく撫でる。
「それで? 私はどうすればいい?」
「アカネ?」
「おかしくなっていた私にわざわざ助けを求めてきたからには、何か作戦があるんだよね? 乗るよそれ。教えて、あなたの作戦を。悪い魔法少女からみんなを守る方法を」
「そんなに大層な作戦じゃないけど……」
「――その作戦、私も混ぜてくれない?」
アカネがスイムスイムに作戦を求めた時、聞きなじみのない声が届く。アカネが声の元へ視線を向けると、そこにはいかにも探偵っぽい装いをした少女が立っていた。見目麗しさからして間違いなく魔法少女だ。顔色がずいぶんと悪いが、何かあったのだろうか。
「ベル、どうしたの? 大丈夫?」
「あなたのやりたいことが何となくわかってきたよ、スイムスイム」
スイムスイムも彼女の不調に気づいたのだろう。ベルと呼ばれた少女にトテトテと歩み寄って問いかけるも、当の少女はスイムスイムの気遣いを遮るようにして話し出す。
「森の音楽家クラムベリー。彼女は正式な魔法少女を決定する選抜試験と称して、魔法少女を殺し合わせてきた。彼女自身も殺し合いに加わり、激闘を楽しんできた」
「……アカネ。あなたは音楽家の被害者。私もそう。スイムスイム、あなたもきっとそう。これが偶然だとは思えない。ゲームの世界に音楽家の試験の被害者が集められている。集めた奴は、ゲームマスターはきっと、私たちを殺し合わせたがっている」
「スイムスイム。あなたは魔法少女たちの殺し合いを防ぎたくて、今まで動いていたってことだよね。アカネを正気に戻したのだってその一環。だったら! 私も、私もあなたの力になりたい。私は弱いから頼りないかもしれないけれど、それでも……!」
ベルはスイムスイムを力強い眼差しで見つめる。スイムスイムの答えを待っている。彼女がギュッと握る手が、震えている。もしもスイムスイムがベルの力を欲しなければ、スイムスイムを想って、涙を呑んで引くつもりなのだろう。
「ベルは名探偵。協力してくれると、頼もしい」
「スイムスイム……!」
「改めて。アカネ、ベル。私に協力してほしい。あのゲームの世界で、悲劇が起こらないように。悪い魔法少女からみんなを守るために」
アカネはベルと視線を交わし、スイムスイムに向けてしっかりとうなずく。ベルとは会ったばかりだが、何だか息が合いそうだ。そんな予感がする。
「ありがとう。今から作戦を話す。問題点があったら教えてほしい」
かくして、夜は更けていく。
悪い魔法少女からみんなを守るための悪だくみが始まる。
次回 第6話
『殺してやるぞスイムスイム』
~おまけ(話の流れの都合上、上手く追加できなかったシーン)~
◇ディティック・ベル
――ここからは私の戦い。1人で良い。
――ベル、ここまで導いてくれてありがとう。
ディティック・ベルにそう言い残して、スイムスイムはアカネの家へと歩みを進める。
私は彼女の小さな背中を見つめていた。
見つめることしかできなかった。
きっと、私の恐怖心を見抜かれていた。
だからスイムスイムは1人でアカネに会いに行った。
私がもっと強ければ、勇気があれば。
けれど私には何もかもが足りなくて。私にできたのは精々、2人のやり取りを盗聴することくらいだった。現実世界ではお金があれば大概の物は調達できる。ディティック・ベルの魔法に頼らずとも、盗聴手段は多岐に渡る。
結果として、取り返しのつかない展開にはならなかった。
今、スイムスイムとアカネはリビングで穏やかに談笑している。
スイムスイムのことが心配で。そのくせ、スイムスイムと一緒に行動できなくて。スイムスイムの行く末を盗み聞きすることしかできなくて。
無事に収まってくれて良かった。殺されかけたけれど、スイムスイムは生きている。アカネも正気を取り戻したようだ。本当に良かった。
けれど。
(音楽家。森の音楽家クラムベリー)
このワードを唱えるたび、頭が割れそうになる。胸が張り裂けそうになる。
なんだこれは、なんだこの言葉は。
一般人の心が拒否反応を示している。見るな寄るな近づくなと過剰反応を示している。
けれど同時に。この痛みから逃げてはいけない、この痛みと向き合わないといけないと、探偵の心が告げている。
なぜ『音楽家』のことを考えると、心がざわめく。頭痛が酷くなる。
何か忘れているのか。ならば思い出せ。
ディティック・ベルは探偵だ。
探偵は、目の前の謎を解明してこそだ。
たとえ都合が悪くても。たとえ残酷でも。
ディティック・ベルの目指す探偵は、真実から逃げない。
「――ッ!」
そうして。『音楽家』を追究した結果、ディティック・ベルは解に至った。
魔法で封じられた記憶を、独力で解きほどいた。