好奇心は猫をも殺す   作:やまぎ

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小話です。

次話から本編へ戻ります。


花言葉

「たきな、少しいいかな」

 

 蝉たちが本気を出し始めた夏の暑い日。

 休憩のタイミングが被った万里さんに声を掛けられた。

 

「万里さん、どうされました?」

「いやなに、大したことじゃないんだけどね。キミ明日休みだよね?」

「ええまあ。それが何か?」

「明日は平日だし、それほど混むこともないだろうからと、俺もミカさんに休むよう言われてね」

「はあ…」

「もし予定がなければ、明日一日俺と過ごしてくれないかな」

「…ゑ?」

 

 まて。今彼は何と言った?明日一日俺と過ごしてくれないかな?

 

「…ほかには誰が?」

「ん?他の皆は仕事だからキミと二人のつもりだったんだけど、もし嫌なら…」

「嫌なわけがないですだろうが二人で過ごしますでしょうが」

「なんだって?」

「すみません、言い間違えました」

「そうか…。それDAで流行ってるのかい?」

 

 危なかった。なんとか動揺を悟られずに済んだ。我ながら完璧な誤魔化しだった。

 

「ともかく万里さん。明日の件承知しました」

「そうか。ありがとう。たきなと二人で過ごすのはあまりないから嬉しいよ」

「畳みかけるのは止めてください明日いけなくなりますいや這いつくばってでも行くんですけど」

「そ、そうかい…。這いつくばるほどの何かがあるならゆっくりしてほしい所だけど」

「嫌です」

「…言うと思ったよ」

 

 何ということだ。万里さんとデートの約束をしてしまった。彼にデートのつもりがないだろうことは経験上察しがついているけれど、私がデートだと思えばそれはデートだ。

 それにしても…

 

「あの、万里さん。なぜ私を誘ってくれたんですか?あ、もちろん嫌ってわけじゃなくて…」

「ああ。最近二駅ほど先に新しくオープンしたパンケーキ屋があってね。休みを貰ったし行って見ようと思ったところで、たきなも休みだと思い出したんだ。せっかくだからデートでもどうかと思ってね」

「…」

 

 万里さんもデートだと思っていた。

 

──すみません千束、クルミ、ミズキさん及び思春期さん。私の勝ちです。対戦ありがとうございました。

 

 全身を駆け巡る歓喜の感情を表に出さぬよう全力で抑えていると万里さんが立ち上がった。

 

「さて、そろそろ休憩も終わるころだし、細かい話は夜に決めよう」

「…ぁ、はい。…夜、ですか?」

「ああ。今夜、電話していいかい?」

 

 そこからの記憶は、私にはない。

 

 覚えているのは、帰宅した後万里さんから電話が来るまでの間、リビングのテーブルに置いたスマホを正座で凝視していたことと、電話を受けた直後から切るまでの会話を録音したことだけだ。

 

 辛うじて待ち合わせ時刻と場所は覚えている。その後なんとか引き延ばした雑談は話題を必死に考えすぎて覚えていない。

 けれど問題はない。録音が滞りなく完了していることは確認済み。何度でも聞き返せる。

 

──私の日課が、一つ増えた瞬間だった。

 

────────────────────

 

「やあたきな。すまない、待たせたかな」

「こんにちは万里さん。いいえ、私も今来たところですよ」

 

 日が明けて翌日。

 待ち合わせ場所に待機していた私は、笑顔で手を振る万里さんと無事合流を果たした。

 

 嘘ではない。待ち合わせ場所に来たのが今なのは間違いないのだから。

 ただ待ち合わせ場所の最寄り駅には始発で来たし、一つの場所に長居するのも申し訳なくて、周辺の喫茶店をコンプリートしたことを言っていないだけ。

 そんなことをすれば本来なら既にコーヒーの飲みすぎでダウンするところだが、緊張と期待で何を口に入れても味がしなかったし、無限に口に運ぶことができたことは僥倖だった。

 

「それは良かった。しかしたきな、その装いは…」

「あ、はい。すみません、やっぱり服には疎くて…。千束が以前選んでくれたものをそのまま着て来てしまいました…」

 

 そうなのだ。千束と一緒に買い物に来て以降、出歩く機会もほとんどなく、そもそも詳しくないことも手伝って以前選んでもらったままの服で来てしまった。

 こんなことならもう少し勉強しておくべきだった…。

 

「やはりそうか。あの時は水族館で暗かったし、そのあとすぐに別れてしまったから、また見てみたいと思っていたんだ。

 うん。あの時も思ったけれどやはりよく似合っている。可愛いよ、たきな」

 

 万里さんが、そのとてもきれいな微笑で私を褒めてくれた。

 そうだった。なにを不安に思うことがある。私は勝っていたんだ(?)

 

「ありがとう、ございます…」

 

 気の利いたことを何も言えずに小さくお礼を言うことしかできない私。

 そうだ。せっかく服を褒めてもらったんだから、万里さんにも何か…。

 

 そう考え俯けた頭を起こし、改めて万里さんの全身を目に映した。

 

「?」

「ありがとうございます」

「えと…何が?」

 

 思わずお礼を言ってしまった。

 万里さん自身はそれほどファッションに興味があるタイプではないのだろう。装い自体はとてもシンプルだった。

 白いシャツに黒いパンツ。靴も黒でモノトーンコーデで統一しており、いつも付けているピアスのみが色味を出している。

 

 けれどどれだけシンプルな服でも、万里さんが着用すればそれが世界最高ブランドだ。少なくとも私にとっては。

 

 我ながらちょっとまずい領域に足を踏み入れているかもしれない。

 万里さんが跨っていれば、一輪車でもハーレーに映るかもしれない。

 

「あ、えと…万里さんもよくお似合いです」

「そうかい?ありがとう。さて、電車に乗らなければいけないし、そろそろ行こうか」

「はい」

「たきな」

「はい?」

「今日は一緒に楽しもうね」

「っ!はい!」

 

 楽しいことは確定している。

 万里さんとならば、だるまさんが転んだでも一日過ごせる自信があるのだから。…今度誘ってみようかな。

 

────────────────────

 

「楽しかったね、たきな。今日は付き合ってくれてありがとう」

「いえ、こちらこそ楽しかったです。誘っていただけてうれしかったです」

「そう言ってもらえると俺も嬉しいよ」

 

 楽しい時間は一瞬とはよく言ったもので、今日という日が人生で一番短く感じた日だった。

 

 万里さんとパンケーキを堪能した私は、一日と言ってくれた通り、色々な所へ行った。

 

 初めて行ったバッティングセンターでは、万里さんが振ったバットはロクに見えず、大砲が撃ち込まれたような轟音と共にホームランと描かれた的にボールが着弾する様を見続けている間に景品が無くなった。

 

 これまた初めて行った釣り堀では、万里さんが座った途端いけすの中の魚が全て万里さんの前に大群を連なって並んでしまい、釣竿を垂らした一秒後に針という針に魚が食いつく様を見た。万里さんは釣り人ではなく、終始腕を上げ下げしているだけのロボットのようになっていた。

 

 千束と買い物に行ったショッピングモールに行けば、私が少し目を離した瞬間、道に迷って困ってしまう女性が大量発生して全員が万里さんに道を聞いていた。

 万里さんはロクに疑いもせず話を聞き、道に迷っていると聞くと律儀にインフォメーションを案内してしまうので、インフォメーションカウンターが遊園地の人気アトラクションのような行列を形成していた。

 

 いろんなところでいろんなことがあったが、私たちの間に会話と笑顔が途絶えることはなかった。

 口下手だと自覚はあるし、不器用だと指摘を受けた回数も数知れない。そんな私がこんなにもスムーズに対応できるのは、偏に彼の気遣い故だ。

 

 彼は気遣いだなんて思ってないだろうし、そもそも特別なことをしている自覚もないかもしれない。

 

 けれど私は、彼のそんな一面に触れる度に、ふとした瞬間『見ていてくれる』ことを実感するたびに、想いが募っていくのを感じている。

 

 だから私は今日、精いっぱいの勇気を出す。

 

───この想いをすべて伝えるのは、まだできないけれど、それでも。

 

 こんなちっぽけな、けれどなけなしの勇気を。

 

───彼は『見ていてくれる』。『受け取ってくれる』。私はそれを知っている。

 

 だから。

 

「万里さん」

「なんだい?」

「今日はありがとうございました。本当に楽しかったです。とても…」

「ありがとう。さっきも言ってくれたけど、嬉しいよ」

「はい…。ですので…」

「?」

 

「また今度…。一緒に、で、で、デートしません、か。二人で…」

 

 言った。言ってしまった。…言えた。

 

 自分で考えて、自分で、決めた。

 恥ずかしいけれど、目を逸らすことはしない。彼の言葉を『受け取る』ために。

 

「まさかたきなから言ってもらえるなんてね。ありがとう。俺も言おうと思ってたんだ」

───先越されちゃったね。

 

 『受け取って』もらえた。

 

 ああ、やっぱり。嬉しいな。

 

 喜びをかみしめながら歩いていると、やがて待ち合わせた場所に帰ってきた。

 

「たきな。改めて今日はありがとう」

「いえ、こちらこそ。…次回は私がプランを練りますので…」

「本当かい?それはいいね、楽しみにしているよ」

「はい…。それじゃあ、あの」

 

 名残惜しさはあるけれど、次の約束もできた。

 告げかけた別れの挨拶は、万里さんの声に遮られた。

 

「たきな、これ」

「?」

 

 彼がそう言って差し出したのは、手のひらサイズの紙袋。

 

「万里さん、これは?」

「開けてごらん」

 

 そういわれて私は紙袋を開けた。

 取り出した中身は、花の意匠の小さなブレスレット。

 

「あの…万里さん。これは?」

「プレゼント。たきなに」

「え…?」

 

「明日は、キミがこの世に生まれた日だ。誕生日おめでとう、たきな」

 

「ぇ…」

 

 確かに、明日の八月二日は私の誕生日だ。覚えている。だって…

 

「私の誕生日は…明日みんなで…」

「ああ。明日店の閉店後誕生日パーティをする予定だね。もちろん俺も参加するよ」

 

 そうだ。千束が企画してくれて皆も喜んで参加してくれるはずだ。

 

「じゃあ、なんで…」

「ああ、プレゼントはみんなで考えたものを明日渡す予定なんだ。中身はお楽しみだけどね…。それとは別に、個人的にプレゼントしたいなって思ったんだ。毎日を頑張っているキミに」

「ぁ…」

「そのブレスレットを以前見かけたとき、キミのことを考えた。その意匠は桔梗の花をイメージして作られている。八月二日。キミの誕生花の一つだ」

 

 掌のブレスレットに目を落とす。綺麗な紫色の花が、淡く輝いていた。

 

──万里さんの、瞳の色。

 

「たきな、貸してごらん。つけてあげよう」

「あ…はい…」

 

 衝撃から立ち直れていない私をよそに、万里さんは器用に私の右手首にブレスレットを装着して満足気に呟いた。

 

「思った通りだ。とてもよく似合っている」

「あ、ありがとう…ございます…」

「ところでたきな。桔梗の花言葉を知っているかい?」

「え?…いえ」

 

「桔梗の花言葉はいくつかあるんだけどね。その中に『誠実』や『気品』というものがある。俺はこの言葉を聞いたとき真っ先にキミを思い描く。それほどまでに、キミにぴったりだと思ったんだ」

 

 そんな…。わたしなんて…そんなこと…。

 

「キミの、誰に対しても『誠実』なところも、美しく洗練された『気品』ある言動も、俺はとても大好きだ」

「っ…」

 

「改めて。誕生日おめでとう、たきな。生まれてきてくれて、俺と出逢ってくれて、俺と一緒に歩んでくれて、ありがとう」

──厳密には明日なんだけどね。そう言っておどけて笑う万里さん。

 

 視界が滲む。言いかけたお礼の言葉は、震えて声に出なかった。

 漏れかけた嗚咽を何とか堪えて、万里さんに歩み寄る。

 

 言葉にできない想いを伝えるのは、これで二度目。私はもう、伝え方を知っている。

 

───言葉にできないなら、せめて。

 

 こんな時でも優しく微笑んでいる万里さんに、思いっきり抱き着いてやった。

 

 私をここまで虜にした罰です。甘んじて抱きしめられててくださいね、万里さん。

 

 

────────────────────

 

 その日の夜。

 

 手首に光るブレスレットを飽きもせず眺めていると、ふと花言葉が気になった。

 

───そういえば、他に種類があるとかなんとか。

 

 スマホを操作して調べる。右手を動かすたびに揺れる花に顔が緩んだ。

 

「あ…」

 

 八月二日。桔梗の花言葉。『誠実』『気品』以外のソレ。

 

「私はどちらかというと、こっちかもしれませんよ?」

 

 

────『永遠の愛』『変わらぬ愛』




ご覧いただきありがとうございました。

Q:なんでこの子こんな重いの?
A:なんか書いてるうちにこうなっちゃうの。

たきなファンの皆様、本当に申し訳ございません。

誕生日、リアルでは季節外れですがアニメ第八話で「寒くなってきた」というセリフがあったので入れるならここかなと。
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