流れやセリフなどの確認のためアニメを改めて見直してるんですが、プロの仕事の完成度に脱帽するばかりです。
「ようこそいらっしゃいました。失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいですか?」
例のバーに潜入した私たちは、受付に名前を尋ねられた。ここで会員情報と照合するのだろう。
…にしてもクルミ、もっと他に名前はなかったんですか。
「わさび のり子」
「蒲焼 花子」
「のし梅 太郎と申します」
万里さんのずば抜けた容姿とオーラからは想像もつかない名前だっただろうに、目を剥いて驚愕していたが言葉には出さなかった。さすがプロフェッショナルだ。
「…確認いたしました。のし梅 太郎様。ご案内します」
『のし梅っ!似合わね~』
『なんつー偽名にしてんのよ!』
『それでも照合さえできれば通るんだよ…。データしか信じない人はどんどんアホになるな。お前らも気をつけろ~』
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店の入り口をくぐった途端、エスコートの為寄り添っているはずの万里さんの気配が限りなく薄くなる。彼の腕を抱え込んでいなければ消えたかと思うほどに。
驚いて隣を見やると、逆の腕を抱え込んでいた千束も同様に万里さんを見ていた。両隣からの視線に気付くと小さく微笑んで『俺は何故か目立つらしいし、一応ね』と言った。
納得だ。突然入り口からいつものこの人が現れたら、店全体が万里さんから目を離せなくなるだろう。
その状態で着席し、数分と経たないうちに目的の人物が現れた。
「店長来ましたね」
「うわぁ、先生なんかめっちゃキメてんだけど」
千束が嫌そうな声音でそう言った。親のような存在の『そういう』部分を見たくない気持ちは少しわかるかもしれない。…私家族いないんですけど。
『やっぱり逢引きだろ。楠木が来る前に撤退した方がいいんじゃないか?』
『だって楠木は…』
「女性だし…」
「………そういうことか」
ミズキさんと千束の言葉に、納得したような万里さん。何かわかったんだろうか、さすがだ。
「あの…?」
「あ、相手が来たよ!」
店長の隣に誰かが座る。見覚えがある顔だ。確か名前は…
「え、ヨシさん?」
『たはー。逢引きだなこりゃ』
「え?」
『…っおい!ミカは【そう】なのか!?お前らそれ先言えよ!』
クルミが何かに気付いて叫んでいる。
私にはよくわからず、万里さんに知恵を借りようと隣を見た。
彼は、何かを見定めるようにひじ掛けに置いた腕で頬杖を突き、その長い足を組んで店長たちを見つめていた。
とてもではないが声を掛けられる雰囲気ではない。そんな考えは千束の悩ましげな声にかき消された。
「私としたことが…。いこう、邪魔しちゃ悪い」
そう言っていち早く席を立ちこの場を去ろうとする千束。
「愛の形は様々なんだよたきな!…万里くん?」
何か訳知り顔で私に言うが、席を立つ気配のない万里さんに気付いて怪訝そうに声を掛けた。
「万里くん。付き合わせちゃってごめんなんだけど、今はとりあえず見つからないうちに離れよ?」
「ふむ…。俺は別にそれでもいいんだが…。千束、キミはそれでいいのかい?」
「え…?それって、どういう…」
「ミカさんの隣に座った男性。俺はあいにく全く知らない人だが、キミたちの反応からするにお店の常連なんだろう?『ヨシさん』だったかな、彼の着用しているジャケットの襟元についているバッジ。キミが『大切な人』からもらったペンダントにそっくりだよ、千束」
『!!』
「そもそも今回の彼らの目的は、千束と『彼』なる人物の今後について話をする、だろう?
何か知っていると思うがね、『ヨシさん』も、ミカさんも」
万里さんの言葉を聞くや否や、千束は静かに速やかに彼らの話が聞こえる場所まで歩いていく。
「俺たちもいこうか、たきな」
「はい…」
万里さんの声で、私たちも千束に追いつくことにした。
千束の隣に並ぶと、彼らの声はとてもよく聞こえた。
「手術後、俺はキミにあの子を託した。その意味を忘れたのか…。何のために千束の命を救ったと思っている。あの心臓だってアランの才能の結晶なんだぞ」
「やっぱり、ヨシさんなの?」
千束は小さく呟いた後、私の静止の声に取り合わず二人の背後に立った。
「ヨシさん、なの?」
「千束!?」
「…ミカ…」
「っ違う!」
「ごめんなさい!先生のメールをうっかり見ちゃって…」
そこまで言って言い淀む千束。こうなってしまえば身を隠している意味はないし、千束のフォローに回った方が得策だ。
そう考え、私は現在ここにいる理由を告げながら姿を現す。
「司令と会うのかと…」
「たきな…万里くん…お前たち…」
「でも今の話…ちょっとだけ、ちょっとだけヨシさんと話をさせて!」
千束が10年探していた相手だ。その気持ちは当然だろう。…だが、吉松氏と店長の様子がおかしい。
…ともかく、私が聞くべき話ではない。必要があれば千束は後で教えてくれるだろう。
「私、先出てますね」
「うん、ごめん。ありがとう」
「気を付けてね、たきな」
「え、あ、はい…」
万里さんも私と一緒に席を外すものかと思っていたが、彼にそのつもりはないらしい。
有無を言わさないような無言の圧力を感じる。…表情は微笑んだままだが。
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「ありがとうございました…。あなたをずっと探してて…。手術の後、お礼を言えてなかったから…」
おかしいな。もしも会えたら言いたいことがたくさんあったはずなのに、頭の中空っぽになっちゃたや。
それでも一番言いたかったお礼は、なんとか言えた。ヨシさんのおかけで生きることが、誰かの役に立つことができたって…。
「それを認めることはできないんだよ」
…え。
「そういう決まりなんだ」
「そう、なんだ…。あの、私も、いただいた時間でヨシさんみたいに誰かを…」
「知ってるよ。…しかし、キミはリコリスだろう。キミの才能は…」
「今、千束が話している。口を挟まず黙って聞いていろ、三下」
今届いた声が、彼のものだとすぐに気付くことができなかった。
彼──万里くんは、彼特有の優しい口調をやめ、礼儀をかなぐり捨てた厳しい口調でヨシさんを黙らせた。
「キミは、神楽くんと言ったか…」
「…」
万里くんはヨシさんの言葉に返事を返さず、黙ったきりだ。
…三下って、まさか…。
そこまで考えたところで、入り口で見覚えのある二人が店員に難癖をつけていた。
まったく、せっかく救世主さんに会えたのに…
「ちょっと二人とも…」
二人を止めようと声を掛けたすきに、ヨシさんが席を立った。
「アランチルドレンには役割がある。…ミカとよく話せ」
「お前が話せよ、アラン機関」
万里くんがまたも厳しい口調で咎めた。…とことんヨシさんが気に食わないらしい。
「…先ほどから、ずいぶんと何か言いたげだね。はっきり言ったらどうかな」
「別に。お前が千束と話す気がないように、俺もお前と話す気はない。…余計なことを言って、これ以上千束を悲しませるつもりなら、その喉笛を潰してやろうかと思ったがな」
彼は、本気だ。
ヨシさんもそれを感じ取ったのか、喉元をさすっている。
「立ち去るなら好きにするといい、止めはしない。だがもしも千束を悲しませるようなことをした場合、覚悟しておけアラン機関。見せてやろう…貴様らが大好きな『才能』とやらの極致を」
「…肝に銘じておこう」
ヨシさんはずいぶんと悪くなった顔色で、冷や汗を浮かべながら店から出て行った。
追いかけるように先生も続く。
頭が真っ白になって、言いたいことは半分も言えてない。…でも、これだけは言っておかなきゃ。
「ヨシさん!…また、お店で待ってますから!…待ってます…」
返事は、もらえなかった。
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これは、唾棄すべき失態だ。
感情をコントロールできず、千束と命の恩人の再会に水を差し、あまつさえ当該人物を糾弾するなど。
───俺もまだまだ未熟だな。
しかし後悔している暇はない、千束に謝らなければ。
「千束…」
「万里くん…。謝らないでね。私全っ然怒ってないし!何ならちょっと嬉しかったなぁ。私のために怒ってくれたんでしょ?」
「……」
しまった。先回りですべて言われてしまった。
こんな時、男はいつまでたっても女性には敵わないのだと実感する。
客観的に見ても、相手は再会を望んでいなかった。それは千束が一番感じているだろう。それでも、彼女はいつも通りの笑顔で浮かべている。
「強いな…千束は」
「いやいや、万里くんに言われたくないよ?バグキャラじゃん」
「そういう意味じゃない…。千束」
「ん?なになに?」
「…ありがとう」
「…うん」
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入り口から、吉松氏のみが出てきた。私は今夜のことを謝罪すべく、彼に声を掛けた。
「あの…。お邪魔してしまってすみませんでした…。でも、千束は喜んでいました。…またお店でお待ちしています」
──千束はずっとあなたを…。
私の言葉を遮るように、吉松氏は言葉を紡いだ。
「キミならわかるはずだよ…。千束の居場所はここではないと…。キミには期待しているよ、たきなちゃん」
そう言い残した彼は、迎えの車に乗り込みこの場を立ち去った。
───千束には悪いが、私も彼を信用することはできなそうだ。
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「なんで黙ってたの?」
千束の言葉が、戻ってきたミカさんに降り注いだ。
俺は彼らの邪魔をしないよう、離れた席でペリエを傾けていた。
「…それがキミを助けるときの条件だった…」
千束は変わらず、ペンダントを手で弄んでいる。
「約束を守ったんだ…。フフ、その方が先生らしい。…やるなぁ、千束を欺くとは!」
「……すまなかった」
「いひひ、いいって~。気にすんなよぉ」
「……すまない」
千束は変わらず穏やかな表情
分かるよ、ミカさん。…千束には敵いませんよね。
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「たきなちゃん…。やっぱり悪人は殺すべきかなぁ」
「べきですね」
翌日。喫茶リコリコは通常通り営業中だ。
しかし、ミカさんとたきなの表情が少しだけ暗い。…千束がまだ、来ていないから。
「千束…遅いですね…」
「…今日くらいは休ませてやろう…」
「そうですね…」
「おや、二人は千束がへこんで休むとでも思っているんですか?」
俺の言葉に、二人は同時に顔を上げる。
「ほら、来ますよ」
「千束が来ましたー!!」
俺が初めて彼女と会った日の焼き増しのように、輝く笑顔と共に姿を現した。
「彼女は強いですよ。俺たちが信じなくてどうするんですか」
「…ああ」
「…そうですね!」
いつも通り常連と一人一人言葉を交わす千束。彼女が彼女らしく振舞うだけで、そこにいる皆が笑顔になってしまう。
───誰が何といおうと、それがキミの『才能』だよ、千束。
ヨシさんをブッ飛ばさず邂逅を果たすには彼に逃げてもらうほかありませんでした。
表現力が欲しかとです。