私が目を覚ました時、すでにリコリコの皆が私を取り囲んでいた。
「私…何された?山岸先生」
私を診察していた山岸先生が、恨みがましく呟く。
「…高電圧の影響で、
単純だけど効果的な破壊方法だと続けた。
「マジか…。あとどれくらい持つ?」
「幸い充電直後だったから、あと二か月。動き回らなければもう少し持つ」
「あの!何が二か月なんですか?」
山岸先生と私の会話を遮り、たきなが鋭い声音で尋ねた。私に言わせるのが酷だと思ったのか、先生が代わりに答えてくれた…過保護なんだから。
「余命だ」
「そんな!…壊れたところを交換でもして!」
たきなの言う通りだ。…可能ならば。
「できないのよ。悔しいけどよ、私たちの知識と技術じゃどうにもできないのよ」
「!」
「…千束の人工心臓に変わりはないんだ」
ミズキはもともと知っていたし、クルミはある程度予想ができていたんだろう。
万里くんは、
「っ!」
「どこ行くのたきな」
「あの看護師を始末します!」
「いーよ別に」
「いい訳ないでしょう!」
「…いいんだよ。もともとそんなに長くなかったんだから」
「…もと、もと?」
「そ!帰ろう?」
そう言って笑う私を、だれも止めなかった。
その数日後、渡したいものがあると、楠木さんにDAに来るよう呼び出された。
ミズキが出してくれる車の中で、この数日間のことを考える。
ミズキとクルミはいつも通り。たきなと先生は意識しちゃってるみたいで調子がおかしい。万里くんは…よくわからない。何か思うところがあったとしても、彼が隠そうとしているものを暴けるはずもない。
そんなことを考えているうちにDAに到着。楠木さんとの面会と相成った。
「時期死ぬにしては元気そうだな」
「耳が早いですねぇ。で、なんですか?」
「DAに戻れ」
予想通りではあったが、私にそのつもりはない。いつも通りのらりくらりと躱すことにする。
「真島が来たそうだな」
「二回ほど会いましたね」
「二度、取り逃がした」
「それは私の仕事じゃないんで…。ていうかそんなこと言ったら、DAは何回取り逃がして何回返り討ちに遭って作戦逆手に取られれば気が済むんです?…とか万里くんに言われちゃいますよ?」
「…」
「ま、イジメるのはこれくらいにして…。何をくれるんです?」
楠木さんは、無言のままテーブルにカメラを置いた。これって…
「ずっと探してたのにこの泥棒!」
「…大規模な真島討伐作戦を行う。お前を参加しろ」
「やだ」
「…多くの者が、お前を優秀なリコリスに育て上げるために尽力したというのに、ロクに役割を果たさず死ぬんだな」
「そんな私でも、歴代最強のリコリスらしいよ?毎日毎日こんな場所で訓練に励んでるリコリス達を差し置いて、さ。…それに、役割云々はDAが、とくに司令部が言えたことじゃないでしょ~。どうせその作戦も、相手の裏も何も読まずにとにかく人海戦術でごり押しなんていうナンセンスなやつでしょ?」
「…」
「いい加減認めれば?相手はあの万里くんが一定の敬意を払って評価している相手…かたやDAはロクデナシ扱い。勝ち負けはともかく、また一杯食わされて後手に回っててんやわんやがオチだよ」
「…」
うーむ、こんなに言うつもりじゃなかった。今までの私ならそれこそのらりくらりで流してたはずなのに、万里くんのやり口をずっとそばで見てきたから、やっぱり似てきてるっぽい。
「まあそんなわけで私帰るね。…ああそうだ、たきなをDAに戻してあげて?そしたら考えなくもなーい」
それじゃカメラありがと、と付け加えて宣言通り私は退出した。
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「いらっしゃいませ」
「パフェパフェ!とにかく早くできるヤツ!」
「よう」
私の挨拶を無視して入ってきたのはサクラさん、軽く挨拶を返してくれたのはフキさんだった。
「やあフキ、サクラさんも。パフェ了解。フキもいるかい」
「ああ、いやすぐに帰る」
「ええ!じゃ、じゃあ万里先輩早く!音速で!」
「クリームが爆散するよ」
そんなじゃれ合いをしている二人を、フキさんはじっとりと睨みつけながら私に封筒を押し付けた。
「明日までに返事をしろ」
「…これは?」
「おそらく、復帰の辞令だ」
「!」
復帰…私がDAに復帰?じゃあ
「真島のアジトが判明した。突入にあたって戦力がいる」
「よかったな…とは一概には言えないっスけど」
「作戦は三日後だ…よく考えて返事をしろ」
二人とも、私のことを気遣ってくれているのが伝わってくる。
「そんで万里」
「なんだい」
「惚けるな。お前がわかってないはずないだろ」
「…」
「もしもたきなが復帰した場合…お前にも作戦に同行してもらう。…これは楠木司令直々の
「へぇ」
楠木司令は、まだ理解していないのだろうか。
「命令?ロクデナシ如きが、俺に?…利口ぶって格好をつけるだけなら飽きたらず、自分の立場すらはき違えるとは、見下げた馬鹿だ。機会があれば『そういうこと』もあるとは思っていたけれど、軽く撫でてやる必要がありそうだね」
万里さんは、表情を崩さず笑顔のままで物騒なことを言っている。さすがにこれは止めないと…
「万里」
「万里先輩」
「ん?ああ、心配しないで。キミたちには何の罪もない。俺と面識があるからとずいぶん嫌な立ち回りをさせて…」
「すまない」
「ごめんなさいっス」
万里さんの言葉を遮って、二人揃って折り目正しく頭を下げた。彼女たちはそのまま続ける。
「万里が言っていること、いちいちもっともだ。お前はバカみてぇに強いが、それでも一般人だ」
「弱くても戦わなくちゃいけないアタシたちとは違って、強くても戦わなくていい人っス」
そうだ…本来彼は、DAだのリコリスだの真島だのとは関わらなくていいのだ。
「それでも私は…私たちは、関係のない万里に力を貸してほしいと思ってる」
「これは何の強制力もない…従う必要は欠片もないただの『お願い』っス」
『何の罪もない人たちを…仲間のリコリスを、誰一人無駄な血を流させないために…力を貸してほしい』
二人はそう言ったきり、頭を下げたままの状態で万里さんの返事を待つ体勢に入った。
「とりあえず、頭を上げてくれるかな」
彼女たちは押し黙ったまま、それでも万里さんの求めに応え顔を上げた。
「いくつか言いたいことがある…いいかな、二人とも」
「…ああ」
「っス」
「ありがとう…まずは一つ目。キミたちが本部に代わって謝る必要は何もない。さっきも言ったがキミたちは伝言を任されただけだ。
そして二つ目…キミたちが頭を下げる必要もない。確かに俺は一般人だが、非常識な手段を用いてキミたちに接触を図ったのは俺だ。好奇心のために自分から首を突っ込んだんだよ」
万里さんは二人が背負っている罪悪感を取り除くためかそのような話をした。…まあ罪悪感どうこうでもなく、彼は本心からそのように思っているのだろう。
「そして最後に三つ目…『関係のない』なんて、寂しいことを言ってくれるな」
『え…』
「確かにDA本部の命令は気に食わないし、はっきり言ってきく気もない。けどね、キミたち二人からのお願いならば話は別だ。俺は二人のことをとても大切な友人だと思っている…失いたくない大切な
『…』
…いい加減彼のこういう言動は控えさせた方がいいかもしれない。
フキさんはおでこまで赤くなっているし、サクラさんは顔を赤らめながらも解散後行われるだろうフキさんの奇行を思って早くも遠い目をするという妙技を披露していた。
「だから、力を貸すことを約束しよう。DAの作戦が穴だら…少し心許ない場合は作戦外の行動をとる場合もあるが、キミたちに不利益は与えないと約束しよう」
『…』
万里さんは言いたいことを言い終えたのか、彼女たちを着席させ手づからコーヒーを淹れて差し出し、『いつもお疲れ様』と言ってパフェをサービスしていた。
…ダメだ、フキさんが気絶寸前だ。サクラさんがパフェに気を取られたことでストッパーがいなくなってしまった。
というかいくら何でも初心すぎやしませんかフキさん…。
私に辞令を預けに来たはずなのに、いつの間にか蚊帳の外に追い出されていた私は、気を抜けば口をついて出そうな文句を飲み込み、ジトリと万里さんを睨みつけるだけにとどめた。気付かれなかったが。
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ボクは、こいつがタバコを吸う姿を初めて見たから、胸に抱いた意外という気持ちをそのまま口に出してみた。
「吸うんだな」
「…罪悪感を覚えると吸いたくなる」
そんな返答をするミカに、ボクは初めて飲み物を淹れて出してやった。普段ならばいざ知らず、こんな時ではこれと言った感慨も浮かばない。
「そんなまずそうに吸うならやめろ…。調べたぞ、もっと早く言っておけよ」
「…で、何かわかったのか?天下のウォールナット」
「何も。アラン機関も吉松シンジも、ネット上の情報はすべて消去されていた。ないものは調べられん」
「だろうな…」
「…で、直接知る人物に聞こうと、なれない茶など淹れたわけだが…」
そう言ってボクはミカに問いかける。サイレント・ジン、千束の心臓破壊…黒幕が吉松である可能性を。
ミカは語ってくれた。吉松との関係や、千束が人工心臓を受け取ることになった経緯を。
「なるほど?お前も千束を殺しの道具だと思っていたわけか…」
「…そこから私と千束の親子ごっこが始まってな…」
なるほど、小さな思い出の積み重ねってやつか。
ボクはもう一つ気になっていることを尋ねた。
「それで、どうして千束の命を狙う」
「使命を果たさないモノを処分するつもりか…」
「いいや、ソレはないだろうね」
『!』
二人しかいないリコリコ店内に、聞き覚えのある声が響いた。
…コイツに関しては、警戒仕様が何しようが無駄か…。
「聞いていたのか、万里」
「ああ、面白い話だったからね。いやあよかった。ミカさんが千束を殺しの道具として見続けているのなら、危うく早とちりで殺してしまうところだった」
『…』
危ないことを平気な顔で言うなバカ。そんなのどうやっても止められんだろうが。
「話を戻すけど…。千束の命だけが目的ならば、あの看護師がすでに完遂している。寝ている千束にナイフ一本突き立てれば済む話だ。心臓破壊が目的だとしても猶予が長すぎる。病院に潜入していたんだから最終充電日ぐらいわかるだろうに…。これは俺の予想だけどね、千束の心臓は少なくとももう一つある」
『!』
「万里さん!それって…どういう…」
万里の予想外の一言に驚愕していると、いるはずのないたきなが現れてまた驚愕した。
「やあたきな、聞いていたんだね」
「惚けないでください。あなたが気付いていなかったはずがない」
「おや、フキにも同じようなことを言われた。一本取られたね」
「万里さん!」
「…アラン機関の目的は一貫している。即ち『才能を世に届ける』こと。そのために才能の持ち主を殺すのは論外。…千束の場合、才能を世に届ける方法は一つ…彼女に殺しをさせること。
もちろん一度殺しをすればいいなんてことはない。そんなことはクルミちゃんですらできるからね…。何度も何度も殺しを繰り返すことで、彼女の才能を示したことになる。そして無事示されたならば、新たな心臓を贈ってめでたしめでたし…そんなところかな」
なるほど。辻褄はあっている、少なくとも今までの行動とも矛盾はない。
そんなことを考えるボクをよそに、どこかへ飛び出そうとするたきなを、これまた予想していたであろう万里の声で静止がかかった。
「どこへいくんだい、たきな」
「決まっています!吉松のもとへ…」
「行ってどうするんだい。そもそも場所がわかるのか?」
「っ!」
「奇跡が起きてたとえ会えたとしても、彼の手元にあるのかどうかわからないよ。彼らはアラン機関という組織だ。『才能を世に届ける』ためだけにこんな大それたことをしている。俺たちとは価値観や思想感性すべてが異なっていると思っておいた方がいい」
「それなら…それならどうすれば!」
「…隠れていないで、ここからはミズキさんも聞いておいて下さい」
『!!』
「…こんな空気でばらさなくてもぉ~!」
厨房に続く裏口付近からミズキがバツの悪そうな顔で出てきた。…千束以外全員盗み聞きかよ、相性いいなボクら。
「さて、全員揃ったところでたきなの疑問に答えよう…と言ってもすごく簡単なことだよ」
『え?』
…やはり万里も気付いていたか。
「千束以外にもう一人いるだろう、殺しの才能を見出されたものが」
「…真島」
「ああ。彼に接触すれば、吉松の手がかりも手に入るかもしれない。今当てもなく飛び出すよりも可能性が高いだろう」
「…そうだな。DAの作戦に参加できるのはチャンスだ」
「…断ろうと、思っていました」
「…なぜ?望んでいた復帰だろ?」
「千束の…最期の二か月だもんねぇ」
そう呟くミズキに小さく頷きを返すたきな。
今のボクは、その気持ちが少しわかる。
「私から千束に言おうか」
「いいえ…自分で言います。時間をください」
千束によく似た意志のこもった瞳でそう言い切ったたきな。
…この中で一番成長したのは、間違いなくたきなだな…。
「さて…みんないることだし、俺がずっと思っていたことを言ってもいいかい?」
『?』
ここで万里が私たちに声を掛け、いつもと変わらない調子でボクたちに提案してきた。
───荒唐無稽で、考慮する気も起きない馬鹿な話を。
「おいおい万里、いくらお前でもそれは…」
「そうですね…。さすがに難しいかと…」
ボクとたきなのやんわりとした否定。ミカもミズキも声には出さないが渋い顔をしている。
とてもではないが賛成できないのだろう。
しかし万里だけは、きょとんとした顔で首をかしげていた。まるでボクたちの反応をまるっきり予想していなかったみたいに。
「そうかな?面白いことになると思うんだけど」
「だからって…それは無茶ですよ…」
「無茶?そんなことないさ…。いやもしかしたら、俺一人ならば無茶かもしれないけれど」
万里はボクたちの顔を見渡した。コイツにしかできない、真っ直ぐ心に刺さる言葉を携えて。
「何一つ無茶なことなんてない…。簡単だよ。
──俺たちが揃えば無敵だよ…なんて、からからと笑った後、僕に向かって真っすぐに言った。
「さしあたってはクルミちゃん、キミの力を借りたい。
できるだろう?…そんな声が聞こえてきそうな…ボクが失敗するなんて微塵も考えていなそうなその表情。
まったくもってガラじゃない…ボクらしくないとも思うけれど。
少しだけ…胸が熱くなった。
「
内容を聞くこともなくそう返したボクは、ミズキに言えないくらいチョロいのかもしれない。
私事ですが、この週末に親戚のおじいさんの葬儀に参列してまいりました。
子どもの頃によくしてもらっていた程度で、大人になった今十何年も顔を合わせていない方でした。
不思議なもので普段の生活ではよぎりもしないのに、彼の棺に花を添える際に、小さいころオセロの腕前をほめてくれたことや、よく飲んでいたお酒の銘柄など様々な思い出が次々と頭の中に流れていくのを感じました。
やっぱり近しい人間が死んでしまうなんて経験、彼女たちにはさせたくないですね。