のに、ほぼフキさんとしか会話できなかった…
──犯罪者を秘密裏に排除し、日本の治安を陰で守る極秘の治安維持組織通称『DA』──
DAではリコリスと呼称される身寄りのない少女たちが、日々殺人技術を磨いている。
決して表舞台に立つことのない、誰かに褒められることすらない。国の為、ひいては身寄りのない自分たちを育ててくれた組織に報いるため、命じられるままに彼女らは今日も引き金を引く。
リコリスには階級制度があり、下から順にサード,セカンド,ファースト。
安直だが、この上なくわかりやすく、当然上に行くほどその人数は限られていく。
ファーストともなるとわずか一握りで、一人で複数のサード、セカンドリコリスたちを率いて任務にあたることも珍しくはない。
そんな限られたファーストリコリスの一人、春川 フキは思案する。
───────ここのところ、妙なことが続きやがる…
DAから任務を命じられ、街の人々が寝静まった深夜に現場に向かうと、抹殺対象はすでに意識のない状態で倒れていることがあった。一度や二度ではなく、複数回。
また、フキが担当していない任務でも同様の事象がたびたび起こっている。
当該事象には共通点があり、意識を失っている人物に目立った外傷はないことや、縛られもせずまた警察や救急などにも通報はなされていない。ただ、その場に倒れている。
そして最大の特徴は、唯一の外傷の場所と形状。
倒れている人物の顎に、木材で強く擦ったような擦り傷と痣があること。
幾人かのセカンドリコリスを伴って任務へと赴いたフキは、DAの司令官──楠木から受けた報告内容を思い出していた。
「げ~またっスか~」
うんざりとした表情を隠そうともせずに、つい先日フキのパートナーとなった乙女 サクラは毒づいた。
「い~加減にしてほしいっス司令部~。これじゃ手柄も何もないじゃないっスか」
サクラとは短い付き合いではあるが、彼女の向上心がフキは嫌いではなかった。どこかのお気楽な天才とは違って。
「とはいえ、抹殺対象は抹殺対象だ」
意識がないからと見逃して、明日無関係の人々を傷つけるかもしれない。標的が動かないのであれば楽な仕事だ。
「サクラ、撃て」
「アタシが撃っていいんすか!」
「ああ」
やりぃ~、と人の命を奪うものとは思えぬほど軽い言葉が飛ぶ。
なんて倒錯した光景だ、とフキは自覚している。
どのような大義名分があっても殺人は殺人。そんなことはとうに骨の髄まで理解している。
それでも、後悔も懺悔もしない。していいはずがない。
奪った命と引き換えに助かる命があると、そう信じるために。
サクラが懐の銃を抜き、対象の眉間に照準を合わせた。
あとは人差し指を動かすだけで、一つの命が終わる。
「んじゃ、サイナラ~」
ぱぁんと夜空に響く銃声が聞こえるはずだった。
「やっぱり、キミが頭だね。そこの赤い制服のキミ」
空気が死んだ。
フキを含め現着した全4名のリコリス達の全身が総毛立ち、比喩なく呼吸が止まった。
声がした方へ一斉に振り返り、全員が例外なく銃を抜き警戒態勢に入った。
「こんばんは。月が綺麗に見えるいい夜だね」
暗殺にはぴったりだ、と男は微笑んだ。
───こいつ、いったいどこから来た、いつから居た。
最早目と鼻の先まで歩み寄ってきた男は、全身の一切を隠すことなく悠然と佇んでいた。
リュックサックを背負い、竹刀袋を肩から下げた、紫色の瞳と紅と蒼のピアスが印象的な、こんな場面でなければ思わず立ち止まってしまうような美貌の少年だった。
「さて、赤色の制服のキミ」
男は改めてフキに声を掛けてきた。
「なんだ」
「さっきも言ったが、キミがこの集団の頭だね」
「何の話だ」
「おいおい、世間話は好きだが、無意味な討論はあまり好まない」
男は大袈裟にため息を吐いた。
「現在進行形で一人残らず俺に銃口を向けて、言い逃れられるとでも?」
「…」
「先ほどキミは、サクラと呼ばれる少女に『撃て』と命じた。あれは明らかに、命令で、指示だ」
「…」
「黙秘か、いいね。それはキミが所有する権利だ。大事にするといい」
ところで、と男は続けた。
「今俺の目の前には、意識を失っている人間と、法治国家である我が日本で明らかに正当な理由なく銃を所持した、深夜に出歩く制服の少女たちがいる」
「……何が言いたい」
「なに、黙秘はキミの権利だ。そして、先に挙げた事柄について、俺は通報する義務がある」
「っ!」
「黙秘するというのなら好きにするといい。駆け付けた警察官相手にも黙秘を続けることだね」
銃がある以上、意味があるかはわからないけど、と男は苦笑した。
フキらリコリスは、劣勢を認識する。
銃を向けたのは明らかな落ち度だ。銃器所持以外のことについてはなんとか言い逃れられた可能性はあるが、現物を抜いた以上言い逃れも何もない。
「……要求はなんだ」
「おや、黙秘は終了かい」
なんだこいつ性格悪!と特に短気なフキとサクラは青筋を立てた。
「要求といわれても思いつかないな」
「ほざけ。わざわざ声を掛けてきて物陰から出てきたんだ。なんかあるんだろうが。なんにもなけりゃそのまま通報するかさっさと退散してんだろ」
男は笑みを深めて感心したように目を細めた。
「いいね。やはりキミは話が早そうだ」
「御託はいい。さっさと言え」
「では単刀直入に。キミらの組織の本拠地に案内してほしい」
「は?」
フキは間抜けにも思考が停止した。
「いやね、ずっと気になっていたんだよ、キミらのこと」
ずっと?ずっとと言ったかこの男。ずっとっていつからだ?
回答は得られないだろうと考えながらそれでもフキは疑問を口にした。
「ずっとってなんだ。どういう意味だ」
「え、だってキミら今日だけじゃないでしょう。犯罪者殺して周ってるの」
フキは、突き付けた銃が震えだすのがわかった。
こいつ、どこまで知って…
「最初に気になったのは、その制服」
フキを指さして続ける
「キミら、いついかなる時でもどんな場所でも制服着てるでしょ。深夜でも早朝でも休日でも」
「まあ、部活とか校則とかで決まっているのかと思って少し気になった程度だったけど」
「俺一度、東京から離れた場所に出かけたことがあるんだけど、そこでもその制服を着用している子を見かけた」
「姉妹校でもあるのかと思って軽く調べてみたんだけど、ヒットしなかった」
「そしたら今度は決まって背負っているカバンが気になった」
「そのカバンやたら重そうだよね、作りもしっかりしてて、さらにはその音」
男は、彼から見てすぐ右隣にいるセカンドリコリス──蛇ノ目 エリカへと手を伸ばし、彼女のカバンを素早く揺すった。
「金属が擦れる音だね。今の状況から考えると中身は予備の銃やらマガジンかな」
だめだ、動揺するな。これ以上この男に情報を与えるな。
フキはともすれば浅くなる呼吸を意識して抑えた。
フキ以外のリコリス達は、驚愕と恐怖を顔に張り付け、突き付けた銃口も下を向いてしまっている。これではいざ発砲したとしても、標的には当たらない。
「こう考えてみることにした」
男は、こちらの反応に気付いていないのか、気付いたうえで無視しているのかそのまま続けた。
「その制服を見かけた場所で、共通する事項はないだろうか」
「あったよ。その制服を見かけた場所と近しい日時で、人が死ぬような事故が」
「なるほど、と思った。始めはその制服を着用した少女たちが、事故に見せかけてい殺人を行っていると考えたんだ」
「だから今度は動機を調べてみることにした。殺人なんてちょっとやそっとじゃやろうと思わないし、思ったとしてもやらない」
「するとまたも共通点があった。死んだ人間は、犯罪者だった。それも窃盗なんて軽いものじゃない」
「だから確かめてみることにした。東京は人が多いね。犯罪を犯した人もたくさんいる」
「彼らの周囲を観察するうち、その制服をよく見かけるようになるタイミングがあることに気付いた」
「ターゲットになったんだな、と思った」
「ターゲットになった人物を昏倒させてその場に放置してみた。どうやって事故に見せかけるのか興味があったから」
男は笑みを消した。
「驚いたよ。その場に集った制服の少女たちは迷うことなく引き金を引いた」
先ほど、サクラがしようとしたように。
「俺は思い違いをしていた。事故に見せかけて殺したんじゃない。殺した後で、事故になるよう上書きされていた」
「まあ俺も、犯罪者にかける慈悲は持ち合わせていない。犯罪者を助けることよりも、自分の好奇心を満たすことを優先することに決めた」
「何度か同じことを繰り返すうち、稀にそのほかの少女とは一線を画す人物が現れることに気付いた」
「その人物は、他の少女と装いを変え、みなを従えていた」
男はそこでフキを指差した。
「キミだよ」
「…っ!」
「ここでもう一つ気付いた。その制服は、着用する人物の階級のようなものを表すものだと」
「その証拠に、キミ以外にその色を見たことがない」
「さて、ここまでわかれば後は簡単。キミたちのようないたいけな少女が、個人で何百と銃を揃え、制服を着用し、階級制度が存在し、人知れず殺人を犯し、事故に上書きする?」
「ありえない。キミたちは、組織だ」
──この男は、…観ている。すべて…知っている
フキは男の要求を飲まざるを得ないことを理解した。
「だから、キミたちの本拠地に招待してくれないかな、俺を」
「そして会わせてくれ。君たちの長に」
「なに、組織を壊そうとか脅そうとかそんな物騒なとかけらも考えちゃいない」
──キミたちの組織の態度次第だけれど。
「……わかった」
「ただ、いくつか聞きたいことがある」
「ん?いいよ。俺の要求を飲んでくれたことだし、可能な範囲で答えよう」
「対象を昏倒させたと言ったな。どうやってだ」
ああ、と男は思い出したように竹刀袋を後ろ手に差しながら答える。
「簡単だよ。中に木刀が入っている。それで顎をかすらせるように振り抜くと人は脳震盪を起こし、ひどい場合は意識を失う」
簡単そうに言いやがる!
いや、実際に簡単だと思っているのだろう、表情一つ変えない。
簡単なはずがないのだ。
狙うのが顎である以上、対象の正面に立たなければならない。
見ず知らずの人物が木刀を構えて正面に立っていて、ボケっとしている奴などいるはずがない。だというのに対象には争った形跡は一度も残っていない。
──こいつも、バケモノか…
「そうかよ。方法は分かった。それじゃ最後に一つだけ」
「言ってみな」
「今のこの状況、本当に殺されるとは思わなかったのか」
男は声をあげて笑った。
「思わないよ。キミたちが手にかけるのは犯罪者のみだと俺は知っていたし、なにより」
──男の足元で、ザリッと砂が弾ける音がした。
「俺はキミたちが引き金を引いたからといって、当たってやるほど親切でもない」
その声はフキの背後からかけられた。
速いなどという生易しいものではない。フキは、リコリス達は男から一度も目を離さなかった。だというのに、一人残らず彼の動きを目で追えたものはいなかった。
フキたちの目が焦点を結ぶよりも早くその場から移動している。
助走どころか予備動作すらなった。
フキはためらうことなく両手を上げ、降参の意を示した。
「参った」
「おや、やりあう気かと思ってたけど」
「ざけんな。こっちの怪我が増えるだけだろーが」
「懸命だね」
「うっせぇ」
男はあっさりと身を引くと、それじゃと場を収めた。
「要求も呑んでもらったことだし、そろそろ俺はいくよ」
「フン」
「これ俺の連絡先ね。ああ、できれば早い方がいいな、明日とか」
…こいつ、遠慮ってもんを知らねぇのか!
「了解、司令には伝えておく」
「よろしく。ああ、言い忘れていた」
「なんだ」
男は、小さく咳払いし、ここにいる全てのみなを見渡し一人ひとりと目を合わせ告げた。
「俺の名前は神楽 万里」
「以後よろしく」
★★★
男…万里がその場を去った後、張り詰めていた空気が弛緩した。
「いいんスか~、フキ先輩ぃ。司令部の指示を仰がずにあんなこと決めちゃって~」
「いいも悪いも、選択肢なかっただろーが」
「まぁそうっスけど~、なんとか取り繕わないと楠木司令のお小言は覚悟しておいた方がいいっスよ~」
「ちっ」
そこでフキは明日の予定を唐突に思い出した。
「あ」
「どしたんスか?フキ先輩」
「明日、健康診断と体力測定だ」
第三話でした。
主人公を大物にしすぎた感が否めませんが楽しいのでこのまま行こうと思います。
原作の途中から書き始めてしまったため、リコリコのDA支部としての側面をどうやって主人公に気付かせるか悩みましたが、めんどくさいので現地集合してもらうことにしました。
というわけでやっと原作アニメ第三話から合流します。