好奇心は猫をも殺す   作:やまぎ

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勘違い

「…心配には及ばない。掠っただけさ」

 

 目の前の三下──吉松がおどけた様に肩を竦めて言う。

 

「それは良かった。その程度の傷でのた打ち回る雑魚なら千束が避けたせいにされそうだからね。そこまで図々しくはないようでなによりだ」

 

 思った感想を素直に述べただけなのに、目の前の男は不愉快そうに眉を顰める。最近よく見る顔だな…主にどこかの馬鹿(楠木)とか。

 

「…どうやら君はどこかで様子を見ていたようだね」

「ああ。なかなかの名演技だったよ…本当に囚われの中年にしか見えなかった。暗闇に乗じて地面を這いながら身を隠した後ろ姿も大変グッドだ」

「…君はあまり褒められた性格をしていないようだね」

「そうでもないさ。現にあんたは今もこうして生きているだろう?それは偏に、俺が弱者に優しい慈悲深き賢者だという証明に他ならない。いくら才能に群がるコバエの如き存在とはいえ命を摘み取るのは忍びないからね」

 

 俺の言葉に吉松はより一層眉間の皺を深くする。

 

「まるで才能は自らの所有物とでも言いたげだね」

「むしろそれ以外に何があるんだ?自分の才能も無能も、出来も不出来もすべて己にのみ帰結する。俺の物はすべて俺だけのものだ…当然、千束もな」

 

 

 吉松の表情がより一層鋭さを増した。

 三下とはいえなかなかにいい表情(かお)だ。迫力も脅威も何もかも足りていないが、意志だけは感じ取れる。

 

 

 そんなことをぼんやりと考えていると、階下から階段を駆け上がる足音が聞こえる。足取りからして千束、遅れてたきなか。…真島さんに勝ったようだね。

 

 

「ヨシさん!」

「千束…来てくれたんだね」

 

 千束はほっとした表情で『あんな写真見たら来ないわけがない』と言った。その後俺に気付いたようで、素っ頓狂な声を上げて驚いた。

 

「ば、万里くん!?なんでここに!?」

「やあ千束。真島さんの演説映像を見て電波塔(ココ)にいることはすぐにわかったからね…一足先にお邪魔していた」

「え…それってどういう…」

 

「簡単なことさ。真島さんの例の映像の背後には窓ガラスが映っていた。つまり外が見える状態だったわけだが、他の建物は一切見えず空しか映っていなかった。つまり周囲の建物よりも一層高い場所だと想像がつく。彼は映像途中のパフォーマンスで窓ガラスを撃ち抜いて見せたが、銃弾を受けても穴は開けど砕け散ることはなかった。銃弾を受けても砕けない窓ガラスを使用していそうな見晴らしのいい建物…延空木でないことは実際に行って確かめていたから、残るはここだ」

『…』

 

 

 なぜだろう、当たり前のことを言っただけなのに千束も吉松も目を見開いて驚いている。姿を隠しているたきなからも息を呑む気配がした。

 

「はぁ~。そこまでわかってるならどうしてみんなに言わないのさ~。特に私!」

「?千束には俺の手助けなんて必要ないだろう。キミなら必ずここにたどり着くと踏んでいたし、実際に来たじゃないか」

 

 なんでそんなこと言うのかわからなくてこれまた思ったことを言ってみたら、千束は顔を首まで真っ赤にして口をパクパクさせていた。なんだろう、金魚の真似かな。

 

 

 

「ヤツは死んだか?」

「…へ?」

 

 漂い始めた和やかな空気を断ち切る様に、今まで蚊帳の外にいた吉松が冷たい声で問いかける。

 

「私をこんな目に遭わせた真島を殺したか?」

「なんで被害者ぶってんだ三下。銃弾掠っただけって自分で言ってただろうが」

「…」

「千束に殺しをさせるために自分で筋書きを描いた癖に、なにが私をこんな目に遭わせた、だ。そのセリフ自分で台本仕立てたのか?前にも言ったがお前に『語り手』の才能はねぇよ」

「…」

「そもそも殺しの才能ってなんだよ。実弾込めた銃構えて引き金引けば、当たり所によっては誰がやっても同じ結果だろうが。これのどこに才能が影響するんだ、教えてくれアラン機関」

「…」

 

 

 …黙ってしまった。なぜだろうか、こんなこと聞かれるに決まっているのに、なぜ即答できないのだろう。

 

「…才能は神からのギフトだ。人生の役割が決められた人間は少ない。だが千束、君にはある…これほど幸せなことはない」

 

 俺の質問は何故かすべて無視され、吉松は千束に何事か戯言をほざいている。

 しかたない…これ以上待っても回答は得られないだろうし、新たに浮かんだ疑問をぶつけてみようか。

 

 

「神ってのはどこのどいつだ」

「…なに?」

 

 やはりアラン機関としての根幹だからか、神の話題は無視しきれなかったようで、不愉快そうに反応を示した。ならば聞いてみよう。好奇心のままに。

 

「お前らアラン機関は『才能は神からの贈り物で、贈られた人物を支援することによってその才能を世の中に還元する』という活動方針…で合っているか?」

「…そうだ」

「ならば問おう吉松シンジ…いやアラン機関」

 

「我が国日本だけに限定したとしても、『八百万(やおよろず)の神』といわれるほど無数の神の名が世に知れ渡っているわけだが…その才能を贈ったのはどこの、どんな神だ?」

「っ…!」

「お前たちの考え自体を否定するつもりはない。誰がどんな考えで生きていたとしても自由だ…それがいいのか悪いのかは置いておくとしても。

 才能がある人間は、その才能が正しく発揮される場所で輝くべきという考え方も、間違いとまでは思わない。…個人的に、強制する姿は大変気に入らないがね」

 

 ずっと考えていた。それほど詳しくはない俺も…おそらくは日本国民ほぼ全員が、神の名前を挙げてくださいと言われればいくつか答えられるほど数が多い神の誰に贈られたギフトだというのか。

 

「教えてくれ吉松。千束が贈られたという『殺し』の才能は、いつどこで、なんという神に贈られたものだ?」

「…」

 

 ふむ。

 

「答えられないようだな。…三下ではこんなものか」

「っ!」

「それならばもういい。俺が出した結論は一つ」

「…」

「千束に『殺し』の才能はない。人違いだ…他を当たれ」

「…なに?」

「おお、喋れるようになったか。自分に都合の悪いものには口を噤んで時間が過ぎるのをただ待つとは、三下はやることが違うな」

「…貴様!」

「化けの皮が剝がれているぞ。…簡単な話だ。千束がどれだけ銃の腕が優れていようと、相手の微細な動きで瞬時に判断できる目と身体能力があろうと、例え音速で動けたとしてもだ」

 

 やれやれまったく、神の代弁者を気取っている癖にこんな初歩的なことも分からないとは。

 

 

「どれだけ適性があろうとも…殺しを善しとしないその心を持っている限り、そんな才能があろうはずがない」

「…」

「…万里くん」

 

 千束が感極まったように瞳を潤ませている…そんなにいいことを言ったつもりはないので少し戸惑う。

 千束は涙が溢れないようごしごしと袖で拭うと、吉松に向き合い語り掛けた。

 

「ヨシさんの期待に応えられてはいないけど…私は今すっごく幸せ。ヨシさんに助けてもらったこの命で、一人でも多くの人たちを助けたくて…」

「私は…私はそんなつもりで死にかけの人形の発条(ゼンマイ)をまいたわけではない!」

 

 吉松は自分の考えを否定された子供のように癇癪を起こしている。

 対して千束は、すでに自分の心の在り方を定めているためか、ひどく穏やかだ。

 

「人形か…。うまいこと言うねヨシさん」

 

 吉松は千束から銃を半ば奪い取り、込められている非殺傷弾に気付くと恨めし気に呟いた。

 

「ミカ…!千束…君には実弾が相応しい!」

 

 言いながら千束に向けて発砲…当然躱す千束だったが、彼女よりも先に我慢の限界を迎えた者がいた。

 身を潜めすべてを聞いていた者──たきなが激情を秘めた瞳で吉松に向かって銃を突きつけながら宣言する。

 

「動くな」

「たきな!銃を下して!」

 

 千束がたきなに向かって叫ぶ。いざという時は吉松の片腕でも斬り落とそうかと考えていたが、たきなにも言いたいことはあるだろうしここは任せるとする。

 

「吉松…お前が真島すら利用して千束をここにおびき寄せたのは分かっている。…でも、お前の目的なんてどうでもいい。そのスーツケースの中…もう一つの人工心臓を渡せ」

「ほー」

 

 なかなかどうして、堂に入った啖呵だ。吉松なんぞとは比べ物にならない…覚悟と気持ちの差かな。

 たきなは今千束を救うためならば、千束が最も嫌う殺人を躊躇わないだろう。

 

「うちのマスコットが掴みました。その中に千束の心臓(いのち)がある」

「物知りだね、たきなちゃん。…だが残念」

 

 吉松は言いながら、自分の胸元を開いて見せる。人間の心臓がある位置に真っ直ぐに伸びる大きな手術痕を。

 

「千束…君の心臓は今ここにある。私を殺して手に入れなさい。さあ…さあ躊躇うな!君の手で取り戻せ!」

「あんまり私を舐めないで!するわけないでしょそんなこと!」

 

 千束は悲痛な声で叫んだ。

 事ここに至って、吉松とは分かり合えないことを悟ったのだろう。

 

「…千束ができないなら私がやります」

 

 押し殺した怒りの声で呟きながら、たきなは吉松に躊躇いなく発砲した…千束に止められ命中はしなかったが。

 

「千束の前でたきなちゃんが私を殺すことなどできはしないよ」

 

 何かに取り憑かれたように吉松は嗤う。

 千束の悲しみも、たきなの苦しみもあざ笑うかのように。

 

 千束はたきなを押しとどめながら俺のことを注視していた。

 俺が吉松を殺しにかかったら止める術がないからだろう、視線で必死に訴えかけてきた。

 

 俺は吉松を殺す意思がないことを示す様に刀を床に置き、肩を竦めて見せた。

 

 

 うむ、しかしこれはあれだな…もっと事前に言っておかなかった俺のミスだな。

 

 

「安心してくれ千束。俺は吉松を殺す気はない…そしてたきなにも殺させない」

「万里くん!」

「万里さん!どうしてっ!」

 

 安堵したような千束と対照的に悲し気に叫ぶたきな。理由を説明しようとした声は、勝ち誇ったような吉松の声に遮られた。

 

「おやおや!では神楽くんは千束を見殺しにするわけか!私を殺さねば千束はすぐに死んでしまうというのに!」

 

 なんだその意味不明な理論は。

 

 

「そんなわけないだろう。俺はまだまだ千束と一緒に居たいんだ。死なせてたまるか」

「そんなことは不可能だ。千束が生きる唯一の方法は、私を殺して心臓を取り出す以外にない!」

「…?何を言っているんだ?」

「…貴様こそ何を…」

 

 

「人工心臓なぞいくらでも造ればいいだろうが」

『!』

 

 吉松の言っていることの意味が分からないので、とりあえず結論だけ告げてみた。

 千束たち含め全員…先ほどからずっと様子をうかがっている天井の女も例外なく息を呑んだ。

 

「…はは、君は思ったよりも頭が悪いようだね。何の知識もない人間が、二か月そこらで完璧に人工心臓を作るなんてことできるわけがないだろう!」

「何の知識もない?何のことだ」

「とうとうおかしくなったのか君は。君がおそらく世界で一番優れた人間であることは認めよう…それでもまだほんの子供だ。君一人で、失敗の許されない人工心臓を人体実験なしで造れるとでも?」

 

 

 吉松はそう言って同情するような目で俺を見ている。千束という人間の死に向き合えず妄言を吐いているとでも考えていそうだ。

 千束たちの方に目をやっても、二人とも吉松と似たような表情をしている。

 おかしい。なぜ敵に同情されているのか…というかなんだその勘違いは。

 

「なんで俺一人で造ることになっているんだ」

「…何を言って」

 

 

「千束の人工心臓を世に生み出した人物が見つかって、その人が書いた論文も探し出せた。…技術というのは、(ゼロ)から(イチ)を生みだすことが最も難しい。千束のケース場合は、欠陥のある心臓の代わりに生命維持機能や身体能力を損なわない人工心臓を完成させることだね。だがこれは既に十年前、偉大な天才によって達成している。俺たちを含めDAが二つ目の人工心臓を用意できなかったのは情報がなかったからだが、これまた一人の天才(クルミちゃん)によって情報を得ることができるようになった。唯一の懸念点は、再現性」

 

 ううむ、喋り疲れて喉が渇いてきた。まあでもここまで話したし、あと一息だ。

 

 

「千束に移植された人工心臓は適合確率ごくごくわずかの、たった一度きりの奇跡…それだけが気がかりだった。けれど吉松、あんたがわざわざ自分の心臓を取り出してまで臨床実験を行ってくれた。自分の体に傷をつけて、もう二度と取り返しのつかない深い傷を残してまで、その心臓の安全性を証明してくれた」

 

 吉松は、見る見るうちに青褪めていく。褒めているんだから喜んでくれよ。

 

「再現性があればもう心配ない。後は人工心臓の生みの親に直接頭を下げて人工心臓の作成を依頼するだけだ。なに、非合法な人体実験を行ってたとはいえ、それは人工心臓…ひいては医学を発展させ一人でも多くの命を救いたい思いの強さ故だ。まず間違いなく協力してくれるだろう」

 

 千束とたきな表情を輝かせている。

 …どれだけ達観して、納得して見せても、生きたいに決まっているのだ。

 

「千束の最新のバイタルデータはDAからすでに取り寄せている。ここに来る前にクルミちゃんに依頼して、心臓作成者にコンタクトを取るよう依頼もしている。二か月もあれば十二分にすべて間に合う」

 

 再現性だけはどうしようもないから、これからギリギリまで時間を使って適合成功の可能性を高めるつもりだったけれど、いやあ嬉しい誤算だ。

 

 

 

 

「ありがとう吉松。あんたは二度も千束の命を救ってくれた救世主だ…という訳でその胸の人工心臓は不要だ。帰ってもらって構わないよ」




可哀想なヨシさん…生きていればいいことあるよ…
そしてしれっとカットされる真島戦。だって原作通りだし、二回戦あるし…
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