ヨシさんに同情してくださる方が多くいて笑ってしまいました。
いつもこのようなお目汚しをお読みいただきありがとうございます。
皆様の感想もすべて拝見しておりますので、よろしければお書きいただけますと幸いです。
「さて…俺からの話は終わりだが、あんたは何か用でもあるのか?」
この場を支配していたと言っても過言ではない万里くんが、不意に顔を天井に向けて声を掛ける。
釣られて顔を上げると、機能性を極限まで研ぎ澄ましたような密着型のボディスーツを着こんだ女性──私を診察するフリをして心臓にちょっかいを掛けた張本人が立っていた。
「お前!!」
たきなが叫ぶ。彼女は私の病室から逃げるこの女性を一度取り逃がしている。たきなからすればヨシさんと同罪なのだろう。
「先ほどからずっと見ていたけれど、何か言いたいことでもあるのか?」
「…気付いていたんですね」
「隠れているつもりだったのか?だとしたらすまない、かくれんぼの真似事とは知らなかった。今からでも見なかったことにするからもう一度隠れるか?」
「っ!」
感情の起伏が少なそうな女性かと思ったが、万里くんの言葉に表情を変える。
「…ふざけているのですか?」
「ふざけてなどいない。…まあいい、あんたも吉松の一味だろう。せっかく来たんだからそこで抜け殻になっている『心臓の容れ物』を持って帰ってくれ。俺たちは今から延空木でやることがあるから」
「…万里さん、それってどういう…」
この短い間にいろいろなことがありすぎて、感情だけがジェットコースターに乗ったような気分だ。
ヨシさんには人形だと言われ、相棒はヨシさんに銃を向けて、大好きな人がヨシさんを言葉でボッコボコにして、万里くんの言葉を聞く限りどうやら私はまだまだ長生きできるらしい。
いや多いよ!言いたいことが多すぎるよ!詰め込みすぎでしょこの一時間ちょっとの間で!
私のそんな嘆きを他所に、時間は平等に過ぎていく。…というか万里くんがお構いなしに話進めるからだけどね!?
「延空木でフキたちの姿がカメラに収められてしまった。事前に言い含めていたから銃を抜くなんてことはなかったが、すでに世間の注目の的だ」
「…はい。けれど今から私たちが行っても何もできないんじゃ…」
「そうかもしれない。けれどここにはもう用はないし…それに、力を貸すと約束したからね。フキやサクラさんのお願いを無碍にするわけにはいかない」
「…」
「…むぅ」
いいけど、別にいいけども。万里くんあの二人に甘くない?
「聞こえただろう?…というかいい加減降りて来いよ。首が痛いし声も張り上げなきゃならん。高い所に立っていても自分が優位に立てるわけじゃあるまいし」
「…」
万里くんお得意の小さな棘を次々に刺していくような挑発──本人は思ったことを言っているだけなのだろうけど──に、女性はいそいそと天井から降り、ヨシさんのそばに控えた。
そんなヨシさんは、万里くんの言葉でかなり動揺していたが、ようやく立ち直り絞り出すような声を上げる。
「千束…私を殺すんだ…殺して、類稀な殺しの才能を世の中に届けなさい…。選択する余地のない人生がどれほど幸福なことか…」
ヨシさんの…アラン機関の狂気。彼らの行いが全て間違いだとは思わない。彼らに支援されたおかげで幸せな人生を送ることができた人たちは確かにいる。…けれど、これは。
言葉を失った私とたきなが何も言えないでいると、『なぜ空は青いのか』と母親に質問する子供のような純粋な瞳で万里くんが言う。
「吉松…あんた今日は朝食に何を食べた?」
「…なに?」
「朝食だよ。ちなみに俺はトーストと、ミカさんにおすそ分けしてもらった豆でコーヒーを淹れた」
「…私も今朝はパンだ」
「そうか。…それで、朝食をパンにしたのは『選択』のうちに入らないのか?」
『!』
…万里くん。
「今日お前は、この世のすべての食材を食べる可能性の中からパンを選択した。それは誰かに予め決められていたのか。その服に袖を通した理由は?その髪型に整えている理由は?そこの女性を傍らに抱えている理由は、誰かに定められて従った結果か?…そんな人生が幸福か?」
万里くんの言葉が、私の心に刻み込まれるのを感じる。そうだ、少なくとも私は。
「私はそんな人生、今より幸せなんて思えない!」
「…千束」
「…千束の幸せを決めるのは俺でもあんたでもない。彼女自身がお断りだそうだ…ここらが潮時じゃないか?」
私たちの言葉がどれだけ届いたかはわからない。それでもヨシさんはそれ以上何も言わず、女性に支えられながら撤退する。
完全に姿が見えなくなる前に、どうしても言っておかなきゃならないことがある。
「ヨシさん!」
「…」
「命を粗末にするやつは嫌いだ!…それでも!ヨシさんが私を助けてくれたことは変わらない。ヨシさんがくれた時間で、大切な人たちと出逢う事ができた。だから…ありがとう」
「…千束」
「…私にはもう必要ないから…だから、これは返す」
私と救世主さん…ヨシさんを繋いでくれていたペンダント。たきなに可愛いと言ってもらえて名残惜しくはあるけれど、私にはもう
ヨシさんに駆け寄って強引に手に握らせた。彼は無言でペンダントを見つめた後、何も言わずに今度こそ立ち去った。
静寂があたりを包む。私も万里くんも何も言わない。空気を変えようと口を開きかけたところで、どさりという音が聞こえてる振り返る。
「たきな!」
「…あ」
たきなが、放心したような表情でへたり込んでいた。思わず駆け寄り声を掛ける。
「どうしたのたきな!どこか痛む?」
「…千束」
「どしたの?体調悪い?」
「…千束」
「うん?」
「…千束は…助かる…んですか…」
たきなはうわ言のように繰り返す。彼女の言葉に返事したのは万里くんだった。
「ああ、助かるよ。俺たちが助けるんだ」
「…あ」
「千束は死なない…死なせない。…何度も言っているだろう」
「あぁ…」
「
その言葉を聞いた瞬間、堰を切ったように泣きじゃくるたきな。
人が泣いていると冷静になるなんて言うけれど、あんなの嘘だ。
大切な人が泣いているのに、釣られないわけないじゃんかぁ。
子供のように抱き合って泣き続ける私たちの背中を、万里くんはいつまでも