好奇心は猫をも殺す   作:やまぎ

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「さて、待たせたね。聞いてたと思うけど、キミたちの上に立つ馬鹿二号には許可を得た。存分にやり合おうか」

 

 

 上からの指示は、国民に存在を匂わされた延空木内のリコリス抹殺…同じような境遇の奴らに引き金を引くのは心が咎める…なんてことはなかった。

 

 どんな任務であろうとも、ソレを命じられたのなら遂行するのが我々の役目。それが育てられた恩義に報いることだと教え込まれてきたから。

 どれだけ敵が凶悪でも、どれだけ犠牲を払おうとも…我々リリベルに選択肢はない。

 

 

 そんな俺たちは今、目の前にいるたった一人の男に今までにないほどの恐怖を抱いた。

 

 

──この男は何者…いや、()()()

 

 

 よく練り上げられてはいるが線の細い華奢な体躯、ただ立っているだけにしか見えないその立ち居振る舞いすべてが、目の前の男を脅威だと認識しない…だというのに、構えた銃口が震えるのを止めることができない。

 

 

 ヤツは自分を『最強』だと名乗り、周りのリコリス達もそれを当然と受け入れている。

 異様なのだ、すべてが…無数の銃口を向けられている現状で先頭に立っていることも、あの司令相手に平然と啖呵を切るその胆力も。

 

 

 だが任務が更新された以上、この男は抹殺対象だ。

 

「総員…構え」

 

 俺の号令に、司令とのやり取りを聞いていた部下たちが戦慄から立ち直る。よし、全員行動に遅れはない。

 

 

 

「撃…」

「遅いね」

 

 

 

 目の前にいた男の声が、背後から聞こえた。

 

『!』

 

 反射的に飛び退き振り返る…構えていた部下たちの中心に、男が立っていた。

 

 

「『構え』という号令も不要だとは思うが、それよりも号令した後に部下たちが指示通りに行動しているか確認している時間があるね。それじゃ号令の意味がない…指揮官は部下の行動を信頼して次の一手を模索し続けなければならない」

 

 

 速い…なんてものではない。そもそもこの男は目測で180cm前後の長身だ。そんな長さの物体が移動している動きが目で追えないなどあり得るのか?

 まとまらない思考を、ヤツの声が強制的に遮った。

 

 

「距離を取ることに意味はない。今見せた様に、俺はキミたちとは比べ物にならないほど速く動ける。そんな相手に数歩分の距離などあってないようなものであることは今実感しただろう。ならばキミたちがとるべき行動はすぐさま発砲以外にない…どうせ当たらないがね」

「貴様!」

「そのセリフにも意味はない。不用意に口を開くと敵のターゲットにされるだけだ…それとも何か建設的な意見でもあるのかな?」

「……くっ!」

 

 

 俺の部下の一人が思わずと言った様相で口に出た言葉を掬い上げ、徹底的に否定して見せる…まずいな、皆この男に吞まれ始めている。

 最悪の流れを変えるべく、まとまらない思考をフル回転させて俺は口を開く。

 

 

「…総員…ここから合図はなしだ…この男の抹殺を達成できるのならば今ある弾薬をすべて撃ち尽くしても構わん。とにかく撃ちまくれ!」

『!』

 

 

 俺の言葉に、部下のみならず周囲で顛末を見守っているリコリス達も息を呑む…だが抹殺対象の男だけは微塵の動揺も見せなかった。

 むしろ男は少しだけ感心したように微笑んだ。

 

 

「腐っても指揮官だね…至らぬ点をすぐさま修正して目標を達成させるために次案を展開する。うん、悪くない」

 

 男は大袈裟に頷いて見せた。

 

 

「悪くはないが…この場合はいいとも言えないね。なぜあそこまで接近されていて、自分たちの武器がまだ使用できると思っているのかな……安全装置、解除しないのかい?」

『!』

 

 

 俺を含めた全員が、手に持つ銃を確認する…あの一瞬で近付き、あまつさえ全員の銃の安全装置を掛けることなどできるのか!?

 

 

 

 

「まあ、嘘なんだけどね」

「ぐぉぉお!」

 

 男の声が耳元で響く。同時に、腹部にかつてない衝撃を食らって地面から足が浮き紙切れのように後方に吹き飛んだ。

 部下を巻き込んで飛ばされ、後方の壁に激突して(くずお)れる…痛みを堪えて顔を上げると、今まさに蹴り上げたような体勢で留まっていた足を下ろしているヤツと目が合った。

 

 首だけで振り返りチラリと背後を伺うと、俺と壁に挟まれた部下たちは全て気を失っていた…頭を振りヤツに向き直る。

 

──なんだ今の衝撃は…ただの蹴りだとでもいうのか?

 

 ふざけているのか…どういう脚力をしていれば、複数人をまとめて吹き飛ばす蹴りを放てる。そう考えたところで思い至る…そもそも残像すら残さない速度で移動するヤツに、常識を当てはめようとすることが間違いだ。

 

 

 腹を抑えながら震える足で何とか立ち上がると、ヤツはケラケラと笑っていた…なるほど、魔王だ。

 

「いやあ、敵からの指摘を素直に受け取るようなキミたちだからとりあえず言ってみただけなんだけど、一人残らず信じてくれるとは思わなかった…そもそも俺銃の構造とかよく知らないから安全装置の掛け方とかよくわからないしね。怪しい勧誘には気を付けなよ?」

「…」

 

 俺は今、人生で初めて感情で引き金を引きそうになった…どこまでも人を舐めてくれる!

 手に持つ銃を改めて構えて……おい。

 

 

「なぜ俺の銃を貴様が持っている!」

「ああこれ?拾った」

「なに!?」

「あんな勢いで吹っ飛んでおいて、手に持ってた銃を落としてないわけないじゃないか…そこに落ちてたよ…で、拾った」

「…返せ」

「…キミは馬鹿三号の称号が欲しいのかな?敵にそんなことを言われて言う通りにする奴がいるとでも?」

「くっ!」

 

 

 ヤツは心底呆れたような表情で肩を竦めて見せる…俺を見下したような目をしやがって…

 憤懣やるかたない俺を見てまた笑うと、ヤツはなんと俺から奪った銃を投げてよこした。

 

 

「まあいいよ。今のところキミでは俺の敵にすらなりえない…銃でも何でも使うといい。頑張れよ」

「……どこまでも舐め腐ってくれる!」

 

 

 屈辱と怒りで沸騰する頭で、投げ渡された銃を突きつけ有無を言わさず引き金を引く。

──当たらないかもしれない…俺たちリリベルでは手も足も出ないかもしれないけれど、ここまでコケにされて黙っていられるか!

 

 

 

 

 

 

「ああ、安全装置の掛け方がわからないと言ったが、それも嘘だ」

 

 引き金を引いた指は、最後まで行動を終えることなくガチンという音と共に半ばで止まった。

 ……コイツはどこまで!

 

 

「どこまで俺たちを馬鹿にすれば気が済むんだぁ!!!」

 

 かけられた安全装置を外し、今度こそヤツの眉間めがけて鉛球をぶち込む!!

 

 

 

 

 

 

「もちろん弾は抜いてある。ソレはすでに水鉄砲以下だ」

「………あ?」

 

 カチンと、今度は最後まで引き金を引いた軽い音が響いた。

 …嗅ぎ慣れた火薬の匂いも聞きなれた銃声の音もない…ただ音が鳴るだけのおもちゃ。

 

 全身を苛む敗北感で膝から崩れ落ち、放心するしかない俺に向かってヤツは言う。

 

 

「どこまで馬鹿にすればか…それで言うなら()()()()()かな」

「……なに?」

 

────────────────────

 

「……こんなことが…あり得るのか…」

 

 ジジイは突然回復したカメラ映像を見ながら愕然と呟く。

 こんなにも簡単にラジアータに映像を届けるようなことができるのは一人しかいない…ウォールナット…やはり生きていたか…。

 

 しかもこの行動…間違いなくヤツは神楽の味方だ…厄介にもほどがある…。

 

 

 そんなことを考えていると、映像の中のヤツは話しながら歩き、手近にあった大きな瓦礫に座り込みながら続けた。

 

 

『キミたちは俺の大切な友人たちに銃口を向けた…殺すためにだ。テロリストなどの凶悪犯罪者たちだけを相手取るならまだ議論の余地はある…それでも殺人という手段は俺は気に入らんがな。

 だが今回はどうだ…キミたちが殺そうとしたのはリコリス。それも自ら戦場に赴くことなく、誰の銃弾も当たらない空調の利いた部屋でコーヒーを啜りながら座り心地のいい椅子に身を預けて命じるだけの馬鹿どもの指示を忠実にこなし、時には顔も知らない国民の平和の為にと犠牲になっていく…そんな境遇の子達にだ』

 

 

 映像越しでもこの圧力…周囲の気温が急速に冷え込んでいる気すらしてくる。

 

 

『…国民に存在を示唆されたのは偏に上層部の怠慢と無能が引き起こした必然。短絡的かつ浅慮な思考は組織を腐らせるといういい例だ…その責任を彼女たちリコリスに押し付けることは俺が断じて許さん。…聞こえているんだろう馬鹿共。今後全リコリスにリリベルを差し向けることは容認できない…この意味が分かるか?』

 

 

 神楽はこちらに映像を届けているカメラを睨みながら我々に向けて発信を始めた。

 

 

『特に馬鹿二号…あんたが意気揚々と俺を殺すよう命じたリリベルたちは、一発の弾丸すら撃つ事無くこうして跪いている。あんたらが掲げるくだらない信念も、身寄り無き少年少女たちの血涙の上で成り立っている秩序も俺の前では何の意味も成さない』

 

 

 神楽は立ち上がり、カメラに近付いてくる。

 

 

『それでも良ければ、俺ならいつでも相手になろう…だがその時はあんたが来い。

 刻んでやるよ…銃口を向けられる恐怖も、蹴り上げられる痛みも、手も足も出ない屈辱も…何もかもだ』

 

 

 私の目の前にいる虎杖の背中が、情けないほどに震えている。

 

 

『あんたが少年たちに命じていたことだ…簡単だろう?なに、俺は命までは取らない…何度でも味わえるさ』

 

 

 ゆっくりと歩き、カメラの前までやってきた。

 

 

 

『色々と言ったが俺が言いたいことはとどのつまり一つだけ…何かを成したいなら自分の手で、言いたいことがあるなら自分の口で、だ。右も左もわからねぇガキ攫ってきて代弁させてんじゃねぇ』

 

 

 目の前にいないはずの神楽の圧に敗け、虎杖は椅子から転げ落ちた…私も人のことは言えん…立っているのがやっとだ。

 言いたいことを言い終えた神楽がその圧を引っ込め、虎杖に向けて最後の要求をした。

 

 

 

 

『わかったらこのお坊ちゃんたちを撤退させろ…逆立ちしたって勝てないことは分かっただろう。これ以上やるなら()()()()()()怪我をしてもらう必要があるが?』

 

 

 

 

 虎杖は震える声で小さく『総員撤収』とだけ呟いた…まさに蚊が鳴くような声だった。




この「リリベル隊長」なるキャラクターにここまで喋らせたの私が初めてでは?
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