好奇心は猫をも殺す   作:やまぎ

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決着

 

「うぉおお!?」

「あらら…失敗した。躱してくれてありがとう真島さん」

 

 

 近所を散歩するような軽い足取りで真島に歩み寄った万里くんは、緩やかに右手を振りかぶり真島の斜め上から拳を振り下ろすようにして振るった。

 一般的な速度で振るわれたソレを真島は受け止め攻撃の起点にしようとする動きを見せたが、何かを感じ取ったのか受け止めることを諦め全力で横に跳んだ。

 

 

 結果的にその判断は正解だ…真島にとっても、万里くんにとっても。

 振るわれた拳は当たり所を失い、流れた力を止めることなく床に着弾…数百人単位の人間が立つことを想定されたであろう床が陥没した。

 

 

「あっぶね!マジあっぶね!勘弁しろ大将!頬骨どころか全身が潰れたトマトになるだろうが!」

「いやあすまない。人を殴るなんて経験初めてだから力加減が…」

「さっきできるようになったつってただろうが!ぜってぇわざとだ!」

「…バレたか。ちょっとしたドッキリだ。そうカッカすると心拍数上がっちゃうよ?」

「心臓は脈打ってなんぼだ! 今まさに止まるところだったんだからな!」

 

 

 

 なーんかこの二人相性いいよねー。まあこんなにじゃれ合える仲の男友達なんてお互い居なかっただろうし新鮮なんだろうけど、一応敵同士なのわかってる?

 あとその心臓ジョーク、脈がない私への皮肉かこの野郎。

 

 

「ほら立って立って。このあと()()()()()()()()()()()()()()()()し、そろそろ続きをやろう」

「誰のせいだ…。んじゃまあ、今度はこっちから行くぜ!」

 

 

 真島は威勢良く吠え万里くんに走り寄った。ヤツの単純な速力は私よりも上…すぐに万里くんに接近し銃を持ったまま白兵戦を仕掛けた。

 

 真島は銃を握った右手を攻撃に多用し、安易な防御や回避の隙に発砲するという姿勢を見せつけた。

 万里くんは最小限の動きですべての攻撃を捌いてはいるものの、銃を警戒する必要があるため普段より動き出しが遅れている。

 彼は銃弾を躱すことができるし、何なら弾くことすらできるかもしれないけれど、それでも命中してしまえば致命だ。

 

 

 真島はそれを理解(わか)っている…最大の攻撃である銃撃をブラフに使って万里くんの行動を制限している。

 さらに万里くんは真島を簡単に殺害しうる力を持っているが故にいちいち力加減をしなければならない…万が一があるため行動一つ一つを反射で行う訳にはいかないのだ。

 

 

 自分が万里くんよりも圧倒的に弱いことを逆手に取った捨て身の肉弾戦…腐ってもプロだ。『武器』の使い方をよく理解している。

 

 

 けれど万里くんも流石というところで、力任せに引き剥がすわけにはいかず密着状態は続いているものの、一つのミスが命取りのこの場面でも眉一つ動かさず穏やかな表情そのままに真島の苛烈な攻撃をすべて完璧に捌ききっている…万里くんの表情筋めっちゃすごいな。

 

 

 膠着状態が続く…五分しか経っていないような気もするし、一時間たったような気もする時間を過ぎ去り、限界が来たのは真島の方だった。

 万里くんを出し抜こうとあの手この手を模索する真島と、起きたことを対処するだけでいい万里くんでは、疲労の度合いが全く異なる…そもそも基礎の身体能力では比べ物にならないわけだし。

 

 

 息を荒げた真島が右に左にと立ち位置を頻繁に変えて繰り出していた攻撃の代償か、万里くんが割った窓ガラスの破片を踏みつけ前のめりに倒れる。

 転ぶ人間に追撃をするような万里くんじゃない。真島が立ち上がるまで待とうと手を止め、真島がゆっくりと地面に倒れ込む瞬間を見守っていた。

 

 

 

 

 

 

「…やっと届いたぜ…大将」

『!』

 

 

 

 そのまま倒れ込むかと思われた真島は、瞬時に右足を前に出し、顔から地面に落ちることなく立ち上がる。

 真島はわざと倒れ込み、万里くんが手を止める可能性に賭けた…その賭けに勝った真島は、目の前で無防備に立つ万里くんのお腹に今まで温存していた銃口を押し付けた。

 

 

 

「銃弾避けるなんてトンデモ技…攻略なんてしようがねぇ。…けどな、銃口を押し付けときゃあ、避けるもクソもねぇだろ?」

「…確かに。…見事だ、素直に称賛するよ」

「ハッ! 前にも言ったが、あんたに褒められるのは悪い気分じゃねぇな」

「……楽しかったよ。けれどそろそろおしまいかな…」

「…ああ。ここで終わってもいいがそれじゃ締まらねぇ。…それなりに痛ぇだろうがあんたなら死にゃしねぇだろう」

「…存外優しいね真島さん。気にしなくていいよ。……だって」

 

 

 

 

 

 

「万里さん!」

「万里ぃ!」

 

 

 隣に立つたきなとフキから悲痛な叫び声が聞こえる。エリカっていうらしいセカンドの子も、信じられないモノを見るかのように目を見開いて口を手で押さえている。

 …そっか。みんなには視えてないもんね。

 

 

「大丈夫だよみんな」

「…どこがですか!」

「おいエリカ! 万里が撃たれたらすぐ治療できるよう準備しとけ!」

「…うん!」

 

 私の静止の声も皆には届かない…うーん、万里くんが負けるなんて考えてなかっただろうからテンパってるなぁ。

 みんなを安心させるために大きく声を張り上げた。

 

 

「だ!か!ら!大丈夫なんだって!」

「だから!何が大丈夫なんですか!」

「万里くんは負けないし、怪我もしない…だって」

 

 流石は万里くんだよね…あんなの私にしか視えないよ。

 

 

 

 

 

 

「「安全装置、かかったままだし」」

 

 

 

 

 

 

 真島との白兵戦の攻防。その一度目の接触。

 真島が銃を握ったまま接近戦を仕掛けてきた真意を瞬時に見抜いた万里くんは、右手で繰り出される攻防のどさくさに紛れて真島の銃に安全装置を掛けた。

 

 乱戦の中の発砲は自分にも危害が及ぶ可能性がある…それを恐れた真島が、最後にしか発砲しないことを読み切った末の判断。

 その後の接近戦はすべて余興のようなもの。真島が確実に命中するために近付くその瞬間まで待つだけ。

 

 

 

『はぁぁぁあ!?』

「うぉお!? びっくりしたぁ!」

 

 脳裏に鮮明に焼き付いた鮮やかな手並みに感心している私に、たきなたちの驚愕の声が耳を劈く。

 

「なんでそれもっと早く言わないんですか!」

「いやだって真島地獄耳だし…聞こえてたら万里くんの作戦台無しじゃん」

「それはっ…そうですけど…」

「…にしたってな!こっちのことも考えろや千束ぉ!」

「なんだとコラそんなに言うなら自分で気付けやフキィ!?」

「テメェらと一緒にすんなこちとら人間辞めてねぇんだよ!」

「私たちだって辞めてないわ!…万里くんは辞めてるかもだけどぉ!」

 

 

 

 私たちが言い合っていると、呆然と立ち尽くしていた真島が大笑いを始めた…よく笑うヤツだこと。

 

 

「ハッハッハ! こりゃ負けた!完敗も完敗だわ。…あんたの勝ちだ、大将」

「…ああ」

 

 真島はそう言って、万里くんに押し付けていた銃を下げ…ようとして、万里くんの左手に真島の手ごと握りこまれて動きを止めた。

 

 

「…大将? 手ぇ離してくんねぇかな…俺にソッチの趣味はないんだ」

「…俺もだよ。初恋もまだの未熟な俺だが、恋愛対象は女性だ」

 

 

 よっし! ほんのちょっとだけ恐れていた事態回避ぃ!ついでに彼女いないこと確定!

 

 喜びをかみしめて隣を見ると、ニヤけそうな自分を抑えて気持ち悪い顔をしたフキと、誰の目も気にせず握った拳を天高く掲げているたきながいた…たきな、あんた世紀末覇者なの?

 

 下らないことを考えていると、再度真島の声が聞こえた…なんか震えてる?

 

 

 

「あー、大将? 滅茶苦茶手が痛いんだけど?それ以上チカラ込められると皮膚の中で俺の骨が粉末状になるんじゃねぇかな?」

「……」

 

 

 万里くんは何も言わない…けれど、ああ。

 万里くんのどちゃくそイケメンフェイスが!ニッコニコに!それはもうニッコニコにぃ!

 

 

 

「なんだったかな…ああそうだ。『ここで終わってもいいがそれじゃ締まらねぇ。…それなりに痛ぇだろうがあんたなら死にゃしねぇだろう』だったかな」

「…」

「いやあ、弾は出ないと分かっているとはいえ、銃を押し付けられるのは落ち着かないね。まあでも、この勝負の幕引きを痛みと定義したのは真島さんだ。…これまたまったく不本意だが、あなたが仕掛けた勝負なら、あなたのルールに従おう」

「…」

 

 

 …気のせいかな。万里くんが振りかぶった右腕…なんかギチギチ言ってない?何の音?…え?拳を握ってるだけ?まさかぁ。

 

 

「…お仕置きの時間だ真島さん…歯が砕けないようにしっかりと食いしばることをおススメする」

「……お気遣いどうも……」

「気にすることはないよ」

 

 

 

 

 

 万里くんが右腕を振るう。まっすぐに伸ばした拳が真島の左頬に炸裂し、あまりの威力に真島は水平に吹き飛び全身で窓ガラスを粉砕しながら落下していった。

 …すっご。人って水平に跳ぶんだ…しかも助走とかなしのパンチ一発で。……って!

 

 

 

 

 

 

『ええぇぇえ!!??』

 

 

 

 私達全員声が木霊する。ふと見るとサクラも同様に叫んでいた…よかった、目が覚めたんだ…じゃなくて!

 

 

 

「ばばば万里くん!? 真島落ちちゃったよ!?」

「おい万里!やっぱ加減間違えてんじゃねぇか!」

「どうしましょう!?」

 

 私たちが駆け寄ると、右腕を伸ばした体勢からやっと残心を万里くんは、平然と答えた。

 

 

 

「ああ、心配しなくていいよ。殴られた威力を利用して、真島さん自ら後方に跳んでた」

『!』

 

 

 視えなかった…正確には視ている暇がなかった。…万里くんのあまりの威力に。

 

 

「で、でもこの高さからどうやって…」

「さあ。でもあの人が自分から転落死なんてつまらない選択をするとは思えないから、なにか用意でもあったんじゃないかな…なかったとしても、あの人なら生身で飛び降りても何とか生きていそうだ」

「「「たしかに…」」」

 

 異議なし…アイツは殺しても死ななそうだ。

 

「さて、そろそろ行こうか」

「…追いかけなくていいの?」

「…俺としてはその気はないよ、一発入れることもできたし。…それにすぐにでもまた会えるだろうしね」

「どういうこと?万里くん」

 

 突き刺した刀を回収し、てきぱきと撤収の準備を進める万里くんの背中に問いかける。

 

 

「約束したんだ。俺が20になったら呑みに行こうって…あの人は約束を破るような人じゃない」

 

 からからと笑う万里くんに、私たちは毒気を抜かれた…惚れた弱みだねこれは。

 

 

 

「よし、準備できた。すまないフキ、蛇ノ目さん。サクラさんのことは任せていいかな」

「…それは当然だが、お前はどうするんだ?」

「…俺と千束…それとたきなも今から行くところがあるんだ」

「行くところ?」

「私は何も聞いてませんけど…」

「私もー」

 

 刀を腰に佩きこちらに歩み寄ってきた万里くんに問いかける。なんか約束してたっけ?

 

 

 

 

「今の今まで連絡をよこさないミカさんが気がかりだ。そもそも彼ほどの人物がここまで姿を現さないなんて、それだけで異常だよ」

『!』

 

 

 そうだ…先生!私を旧電波塔に送り届けてくれてから、今どこで何しているのか連絡がない。

 焦りだした私たちに、諭すように続ける万里くん。

 

「…彼は今回、俺たちと吉松の橋渡し的な役回りを強制されていた。さらに吉松から千束が殺人を行うよう説得されていたであろうことも想像に難くない。…そして、あの病室で吉松の手の者が千束の心臓を破壊し、事態は加速した」

『…』

「彼は千束という家族と、吉松というかつて愛した男を強制的に天秤に乗せられた…今回の件で一番被害を被ったのは千束だが、精神的に苦悩したのはおそらくミカさんだ」

 

 

 万里くんの言葉はそこで途切れる…ヨシさん、先生まで苦しめるなんて…。

 

 

 

「悔やんでいる暇はないよ、千束」

「…え?」

 

 

 

 

 

 

「ミカさんと連絡が取れていない。…つまり、千束の心臓に目途が立ったことを彼はまだ知らない」

『!』

 

 まずい…まずいまずいまずい!

 

 

 

「愛する人を自分の手で殺すなんて真似、あの人にさせるわけにはいかない」

 

 万里くんの言葉に返事をする間も惜しんで、私たちは駆け出した。

 

 

────────────────────

 

 千束の心臓を壊した女を愛用の杖で殴り飛ばし、体勢を崩したところをすかさず銃撃。

 非殺傷弾だから死にはしないが、当分動けないだろう。

 

「…足はどうした…」

「戦士は全てを見せないものだ…愛する者は特にな」

「…昔から嘘が多いな、お前は」

 

 すべては、千束の未来の為。

 

「…私は…わかってもらえなかったよ…チャーム(コレ)も返されてしまった」

「導いてくれるのは子供たちだ…彼らの邪魔をするべきではない…」

「…大人は退場の時間か…」

(ソコ)に…あるんだろう?」

「…さすがだ…」

「シンジは嘘を言わない」

 

 

 戦士は全てを見せないもの。愛する人には、特に。

 だがいなくなる男に見せる涙くらい、大目に見てくれるだろう。

 

「…狂わされたな、あの子に。…いや、()にもか…」

「!…そうだな…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだまだ退場なんてさせねぇよ。子供の成長を見守るのも大人の務めだろうが」

『!』

 

 

 聞き覚えのある…しかし聞こえてくるはずのない声が響いて、音の発生源に振りかえる。

 

 

 

 

「ミカさん…報連相は社会人の基本ですよ。連絡したらすぐに出てくれないと困ります」

 

 

 

 

 

 そう言った彼─万里くんは、地上数百mはくだらないこの旧電波塔の窓の外…子だくさんの主婦のように胸と背中にそれぞれ千束とたきなをしがみつかせながら、旧電波塔を支える鉄柱の一本に鞘ごと刀を突きさしてソレを足場として立っていた。

 

 

 

 

 

 

「ばばば万里くんいい加減着地して早く中に入れて地面に降ろしてぇ!」

「ちちち千束揺らさないでくださいバランスがぁ!」

 

 

 

 

 

 

 

「「…何をしているんだキミたち」」

 

 シンジと言葉が重なった。




そろそろ終わりが見えてきましたね。
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