好奇心は猫をも殺す   作:やまぎ

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最終回です。
そして最長記録を更新しました。

処女作で駄文ではありますが、書き切ることができたことが嬉しいです。


それから

───それからの話

 

 

 

 旧電波塔でミカさんを止めることができた俺たちは、いつもの日常へと帰っていった。

 

 吉松は目を覚ました女性に連れられ何処かへ消えていったが、今の彼ならばまたミカさんのコーヒーを飲みに店に顔を出すだろう。

 

 

 

 

 

 クルミちゃんがコンタクトを取ってくれた心臓作成者から完成の連絡が届いたのは、わずか四日後のことだった。 

 

 そこからはトントン拍子に段取りが進み、ずっと彼女の主治医を担当してくれていた山岸先生がメスを握ることになった。

 …因みに邪魔はしないので見学をしたいと申し出たところ、山岸先生からではなく千束やたきな、ミズキさんやクルミちゃんから断固NGを食らった。

 

 順に

「心の準備ができてない」

「千束のを見た後だと自信がなくなるのでやめろ」

「あんなちんちくりんよりもいいモノを持っている」

「ボクで我慢しておけ」

 

 とのことだ。人に言われたことでこんなにも意味が分からなかったことはないので少しワクワクしたが、一人残らず顔が怖すぎたので追及はしなかった。

 

 

 

 

 

 そして昨日、千束の手術が無事成功した。

 

 新しい心臓は欠陥もなく彼女の体に適合し、経過の観察は必要だが充電も問題なく可能とのこと。先ほど彼女が目を覚ましたと連絡を受けて順番に見舞いに訪れている。店を閉めた後は俺も合流する予定だ。

 

 店に一人残り片づけをしていると、店の入り口から覚えのある気配がした…タイミングの悪いことだな。

 

 

 

「…いらっしゃいませ。あいにくとミカさんはいないのでコーヒーは出せないが、それでもいいかね…吉松」

「かまわないよ。今日は客としてきたわけじゃないんだ」

 

 これまた見覚えのある女性を後ろに控えさせ、見慣れたスーツに身を包んだ吉松が立っていた。

 

「へぇ…。ならば今日は何の用かな」

「……千束の手術が成功したとミカから連絡を貰ってね。これを届けに来たんだ」

 

 彼が差し出したのは一目で高値だと分かるフルーツの盛り合わせ。物自体はお見舞いの定番だが、どう見ても品質が二段階ほど上だ。

 

「おお、千束が喜ぶ姿が目に浮かぶ…自分で渡さないのか?」

「……彼女に合わせる顔がない。…キミから渡して貰ったほうが喜ぶだろう」

 

 …まったく。いい年した大人が女々しいことを…。

 

「吉松…あんたはまだ千束のことがわかっていないようだな…」

「…」

「…父親からのお見舞いを嫌がる子じゃない。あんたがどんな顔で病室のドアを開けようが、彼女が笑っているならそれでいいじゃないか」

 

 俺の言葉に何を感じたのか、吉松は数瞬目を閉じて何かを考えている…やがて眼を開いた彼は、フルーツを俺に押し付けてきた。

 

 

「…やはりこれはキミから渡してくれ」

「…あんた」

「そうじゃない…今日は本当に予定があるんだ…病室へは、後日ちゃんと顔を出す。…娘の見舞いの後に予定を入れる父親なんていないだろう?」

「…わかった。確かに受け取った」

「ありがとう」

 

 吉松は憑き物が落ちたような笑顔を見せた。彼はこんな表情で笑うのかと、ぼんやりと思った。

 

 

「それでは失礼する…今度はコーヒーを飲みに来るよ…」

「…ああ。その時はスイーツも一緒に頼んで少しでも店の売り上げに貢献してくれ」

「約束するよ」

 

 彼はそう言って踵を返してドアノブに手を掛けて止まり、またこちらへ向き直り深々と頭を下げた。

 

 

「神楽くん…いや、万里くん。この度は迷惑をかけてすまない…。千束を…娘をよろしく頼むよ」

「…そんな挨拶は結婚相手を連れて来た時にでも取って置け」

 

 

 

「……だからキミにお願いしているんだよ」

 

────────────────────

 

 千束の病室を訪問した俺は、吉松からのフルーツを彼女に手渡した…もちろん吉松からだということを大々的にぶちまけてやった。

 

 千束は吉松からの見舞い品だと大層喜び、来てくれないのかと大層落ち込み、後日来ることを約束させたというとまた大層喜んだ。

 本当に見ていて飽きない…どころかもっといろんな表情を見たいと思う。この気持ちが何か似ていると考えて思い至る…初めて仔犬を見た時の感情。

 

 この子は次何をするだろう、どう思うだろうという好奇心を掻き立てる姿がよく似ていた。

 

 

 とはいえ、立て続けのお見舞いも疲れさせてしまっては申し訳ない。それに彼女は昨日手術を受けたばかりだ。

 様子を見に来た看護師の言葉もあって、俺たちは早々に病室を辞した。

 

 

 

 

 同じ病院の同じ病棟…その一室に俺は用があった。

 彼女には深く感謝している。怪我が治るまで毎日でも顔を出す所存だ。

 

 

「やあサクラさん…来たよ」

「あ、万里先輩!こんちはっス!」

 

 俺を庇って負傷した彼女──サクラさんのお見舞いに彼女の病室のドアを開けた。

 

「けがの具合はどうだい?」

「問題ないっス。ぶっちゃけ治療の為じゃなくてリハビリのために入院してるようなもんっスから」

「そうか…それは良かった」

 

 彼女には感謝も謝罪もすでに言い尽くした…これ以上は重荷になってしまう。

 

 

「…重荷になってしまう~とかなんとか考えてる顔っスねぇ」

「…」

「お、図星だ」

「…すごいね、サクラさん」

「万里先輩がこの件限定でわかりやすすぎるっスけどね」

 

 サクラさんが呆れたようにからからと笑う。

 

「実際気にする必要ないっスよ。万里先輩庇って怪我したのはアタシの判断なんで」

「…しかし」

「万里先輩のが強いからって、守られちゃいけないとかそういうのはないっスよ?仲間なんだから、守り守られが当たり前っス…アタシたちは今まで何度も守ってもらいましたから」

「…やれやれ。サクラさんには敵わない…って、これも前に言ったかな」

 

 守られるなんて人生で初めてなものだから、いまだに気持ちの置き所がない…けれどここまで言ってもらったのだ。

 

 

「ありがとう…()()()

「……マジでワンチャンあるっスか?」

「?」

 

 サクラが顔を真っ赤にしながらブツブツと呟いている…千束たちもよくやるんだけどそれなに?流行り?

 

────────────────────

 

「ん…」

 

 窓から差し込む太陽の光に瞼を照らされ、私は眠りから引きあげられた。

 ボーっとする頭であたりを見渡し、ここが私にあてがわれた病室であることを認識する。

 

「…そっか。明日が…」

 

 明日が、私が退院する日。あの場所(リコリコ)に帰ることができる日。

 

 

「んん~」

 

──勿体なくない?

 

 …いやたしかに、今すぐにでもあの場所に帰りたい気持ちはある。万里くんやたきなたちとまたお店が出来るなんて本当に夢のようだ。うん、それは本当にそうなんだけど。

 

 

「一人旅…かっこよくない?」

 

 万里くんといると彼のことしか目に入らないし、たきなといると秒単位でスケジュールを管理されて腰を落ち着ける暇がない。

 ミズキなんてすぐに酔っぱらうし、クルミはそもそも出掛けるということをしない。先生なんて、お見舞いに来れるようになった日から過保護に磨きがかかっている。

 

 彼らといろんなところに行くのもそれはそれは楽しそうだけれど、一人で気ままに旅するのもアリなんじゃない?

 

 

 帰りたいと思える場所も、待ってくれている人達もいるから、気ままに旅ができるんだ。

 

 

「いひひ、そうと決まれば!」

 

 ベッドから跳ね起きてすぐに荷物をまとめて準備する。どうせ明日退院なんだから、一日日付が早まっても影響ないでしょ!

 

 

「んじゃ、行ってきまーす!」

 

 お世話になった病室に別れを告げ、足が赴くままに外に出た…いろんな景色を見たらあの場所に帰ろう。

 

 

 

 

 

 

 私に与えられていた病室は、心臓にどのような影響があるかわからないため通信機器の持ち込みは不可…そのため当然携帯電話を持っていない。

 

 出かけるときは行き先を告げる…そんな当たり前のことをこの時、私は忘れていた。

 

────────────────────

 

 千束が病室から姿を消して早半年。

 

 退院を翌日に控えた雪の降るあの日、彼女は連絡なしに病室から居なくなった。

 

 

 現在季節は夏───

 

 

 失踪当時、店長は大層取り乱し、ミズキさんは暇さえあれば近所を車で徘徊した。クルミは監視カメラの映像を片っ端から調べ上げ、私はフキさんやサクラさんにも声を掛けて任務に行った先で見かけなかったか逐一報告を貰った。

 けれど一向に足取りはつかめず、時間ばかりが過ぎていく。

 

 

 そんな私たちに苦笑し、ここまで積極的に千束探しに参加しなかった万里さんが考えを披露した。

 

「千束は皆に声を掛けずにどこかへ消えるような子じゃないよ。何をしているかまではわからないけれど、気が済んだら戻ってくるんじゃないかな」

「けど万里さん…クルミが監視カメラをどれだけ知らべても、病院を出てからしばらく経った後の足取りがつかめません。これって、千束が監視カメラを避けて行動してるってことじゃ…」

「かもしれないね。けれど日本の観光地…それも大いなる自然を感じるような場所はそもそも監視カメラがない所も多いよ。例えば今の季節だと…海とか」

 

『!』

 

 万里さんの言葉に、私たちの話を聞いていた店長たちも一斉に彼に注目する。万里さんの苦笑がより一層強まった。

 

「…千束たちリコリスは戸籍がないからパスポートを作れず、そのため海外にいる可能性は排除していい。国内であっても千束が好みそうな場所は数多くあるが、海なんてドンピシャじゃないかな」

「確かに…。でも、この日本で海が近い場所なんてどこにでも…」

「…千束は単純に見えて達観した考えの持ち主だ。…けれど、やっぱり単純ではある。…日本国内で海が綺麗と有名で、単純な人が思いつきそうな場所と言えば?」

 

『…沖縄!』

 

 万里さんは苦笑を続けながらコクリと頷く。

 

「可能性は高いだろうね。空港の監視カメラをハッキングしたけどそれらしい姿はなかったから、フェリーで移動したか個人所有の船舶に乗せてもらったか…千束のコミュニケーション能力なら難しくないだろう」

「……店長」

「…行ってきなさい」

「…三日で戻ります」

 

 自分でも驚くほど低い声が出た。…みんなにこんなに心配かけて、自分は優雅に船で沖縄…?

 

 

 

 

「縛ってでも連れ帰りますから」

 

────────────────────

 

「う~ん…どうしたものか…」

 

 

 

 太陽の光をキラキラと反射し、より一層青く輝く海を見ながら、私は目下の悩みを解決する策を考えていた。

 病室から直接一人旅に出て半年…さすがに今の私にはわかる。

 

「これ…どう考えても私ブッ飛ばされるんじゃ…」

 

 手術を成功させたとはいえ、連絡もなく半年間姿を消した余命宣告を受けた病人。

 ダメだ…どう考えてもたきなと先生とミズキに死ぬほど怒られる…。

 

 そして最近のクルミはヤンデレ属性も持ち合わせている…万里くん限定だけど。

 けれどソレが万が一私に向けられでもしたら、喫茶リコリコでどこかへ旅行するときの旅券を、私の分だけ発行しないなんて今のあの子なら平気でやりそうだ。

 

 

 …でもいい加減皆にも会いたいし、万里くんの20歳の誕生日もお祝いできてないしぃ!

 

 頭を掻き毟りながらうんうん唸っていると、見渡す限り私しかいないこの砂浜に人の気配が新たに一つあることに気付く。

 

 

「…」

 

 その人影は気配を殺すつもりはない様で、砂を踏む音を隠そうともせずこちらへまっすぐに歩いてくる。明らかに、私が目的だった。

 

 

「ほっ!」

 

 短く息を吐き、砂浜に胡坐をかいていた姿勢から側転の要領で手を突きながら立ち上がり、その人物を視界に捉えた。

 

──嘘…。

 

 

「やあ千束…半年ぶりだね」

 

「ば、ばばばば万里くん!?」

 

 

 

 記憶のままの超絶イケメンフェイスで、この暑さでも汗一つ掻いていない私の想い人が、穏やかな表情で手を振っていた。

 

────────────────────

 

 思った通り沖縄で千束を発見した俺は、彼女が世話になっているというお店のテラス席でドリンクを振舞われながらここにいる理由を説明した。

 

 

「…という訳で、本当はたきなが来るつもりだったんだけど、彼女頭に血が昇ってたからね。下手したら問答無用でぶっ放す可能性があったから俺が代わりに名乗り出たんだ」

「ホンットありがとう!マジありがとうございますぅ!」

 

 まあ実際発砲したとしても千束には当たらなかっただろうけど…リコリスの制服にわざわざ着替えていたから、おそらく発砲は本当にしただろうな。

 

 

「ところで俺からも質問だ。…どうして病室から抜け出したんだい?」

「ああ~…いや、抜け出す気はなかったんだよね。一人旅っていうのをやってみたくて、満足したら帰ってくるつもりだったんだけど…」

「…連絡すること自体を忘れていた、と」

「………面目ない」

 

 今どき小学生でも同じ家にいる家族にすら行き先を告げて出掛けそうなものだが、なんというか…千束らしい。

 

 

「…まあ、俺は怒ってないからいいんだけど、帰ったらみんなにしっかり謝るんだよ」

「はいぃ」

 

 千束はすっかり小さくなっていた…やれやれ。

 

 肩を落とす彼女の頭に手を乗せゆっくりと撫でる…こうすると彼女は覿面に機嫌が上を向くことを俺は知っていた。

 

「んふふ~」

 

 考え通り、千束は見る見るうちに笑顔になる…というかニヤニヤしている。

 

 

 

「さて千束…キミを縛る短命という鎖は既に引き千切った。…キミはこれから何がしたい?」

「…自分の将来…考えたことなかったや。…いつ死んでも(終わっても)いいように、その時々でやりたいことを最優先に生きてたから…」

 

 千束が海に沈みゆく夕日を眺めながら呟く…やはり彼女の信条は、彼女の運命がそうさせていたのだろう。

 

 

「…諦めていたことから始めるのはどうかな」

「…え?」

「キミは病気のせいで短命なうえに戸籍のないリコリスだった。一般的な同い年の子達よりも出来ないことや諦めることも多かっただろう。…それをやってみたらどうかな」

「………」

 

 千束の瞳が、海に反射した夕日よりもキラキラと輝き始めた。

 

 

「それだーー!!!」

 

 千束は立ち上がり叫ぶ。

 

「それだよ万里くん!もう千束ちゃんを阻むものは何一つなーい!これがほんとのやりたいこと最優先、だよ!」

 

 千束は俺の手を取り走り出した。

 

「おっと…どこへ行くんだい千束」

「ワイハ!海外で見る綺麗な海も見に行こう!パスポートなんてクルミと万里くんがいればどうとでもなるでしょ!」

 

 あんまりと言えばあんまりな千束の発言に、俺は思わず笑ってしまった。

 人任せじゃない…人に頼ることを千束は出来るようになったのだ。

 

 

「ああ…俺たちに任せろ」

 

────────────────────

 

 万里くんの手を引っ張って走り出したはいいものの、時間も時間なので本州に戻る交通機関は全て営業を終了していた。

 出鼻をくじかれた感はあるものの、万里くんと沖縄で一泊できると考えたら悪くない…どころかドキドキしっぱなしのニヤニヤしっぱなしだった。

 

 

 そんな私は現在、真っ暗になった海の前に立ち、たきなたちに報告の電話をしている万里くんの隣で彼の横顔を盗み見ていた。

 

 

「…ああ…うん。…わかった。今日は帰る手段がないし、()()()()()()()…うん。それじゃあまた」

 

「…皆、なんか言ってた?」

「一先ず無事が確認できてみんな安心してたよ。…だからこそ、帰ってきたらお説教です、だそうだけどね」

「…ですよね~」

 

 やっぱりそうだよねぇ。私も逆の立場だったらすごく心配するし。

 心配をかけた罪悪感とお説教への憂鬱で肩を落とす私を尻目に、万里くんはいつもの調子で口を開く。

 

 

 

「さて千束、明日からどこへ行く?」

「……へ?」

 

 万里くんの言葉の意味が分からなくて、長身の彼を見上げる。

 

「どこって…リコリコに帰るんじゃ…」

「ん…それもまたいいんだけどね…」

「…え?どういうこと?」

 

 

「一人旅は満喫したようだけど…俺と二人で旅しないか?」

 

 ……んん?

 

「俺も千束と少し似ていてね…俺の場合は、一人旅の経験しかなくて誰かと旅をした経験がないんだ。せっかく二人してお店のシフトに入ってないんだし、やってみたいなって」

「行くぅ!!!」

 

 万里くんの言葉に被せる様にして叫ぶ。住宅街だったら即クレームの音量だが大目に見てほしい。

 

「行こ行こ二人旅!絶対楽しいよ!」

「俺もそう思う。…それで千束、千束が行ってみたい場所と俺のやりたいことが同時に叶えられるかもしれないんだけどいいかな」

「もっちろん!なになに!?」

 

 

 万里くんから誘われるなら何でもやっちゃうよ!…ヤラしい意味じゃないよ?

 

 

 

 

「さっき千束が言ってたこと…ハワイに行かないか。そこでみんなでお店をやろう。出張リコリコ…なんてどうかな」

 

 

 万里くんがそう提案した。

 

 

「まずは俺たちでハワイに行って、店の場所や営業形態なんかを考える。それで全部決まった後に、サプライズでハワイ行きの旅券をリコリコに送りつけよう。俺たちはここにいるぞってね」

「……」

「さっきたきなたちにした連絡で、彼女たちは俺たちが帰ってくると疑わない。…効率主義のクルミちゃんがその後も監視カメラのハッキングを続けるとは思えない。パスポートの偽造なら以前クルミちゃんに教えてもらったから俺でも問題ないしね」

「~~っ!」

 

 

 最っっっ高!!!

 

 

「いいねいいね!!絶対びっくりするよみんな!」

「ああ。俺たちがギリギリまで準備したハワイの喫茶リコリコを、彼女たちが目の当たりにした時の顔を想像するだけでワクワクしないか?」

「するするしまくるぅ!!」

 

 絶対後で怒られるんだろうけど、万里くんと一緒ならそれでもいいや!

 

 彼の頭で練り上げられる作戦は、いち悪戯にしては手が込んでいて隙がなかった。

 根っこの部分で好奇心が強すぎる万里くんは、とっても楽しそうに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明日からの悪だくみにワクワクしていた私は、会話が途切れたタイミングで穏やかに海を眺める万里くんの横顔に釘付けになった。

 

 

──これ、告白のチャンスなのでは!?

 

 

「あの…万里くん…」

「ん?どうしたんだい千束」

「いやあの…えと…うぅ…」

 

 ええい!何を言えばいいかいっこも分からん!告白ってどうすんの!? 世のカップルはみんなこのイベントクリアしてんの!? すごない!?

 

 ええい、ままよ!

 

「とうっ!」

「おっと…砂浜とはいえ危ないじゃないか」

「万里くんが受け止め損なう訳ないもーん!」

 

 言葉にできないのでとりあえず正面から跳び付いてみたが、彼は小揺るぎもせずに受け止めてくれた。半日潮風にあたってるはずなのに超いい匂い。どうなってんのこの人。

 

 

「えへへ~」

「…千束?」

「……ハッ」

 

 万里くんを全身で堪能していると、少し引き攣ったような彼の声に現実に引き戻された…危ない危ない。

 

 彼は依然心配そうな目で私を見ている。彼のラベンダー色の目を見ていると、時折吸い込まれそうになる。

 綺麗な色だなとか、まつげ長いな~、なんて考えていたら、唇に何かが振れる感触があった。

 

 

 

──なんぞこれ、私の唇に何か当たってる?

 

 彼の目から視線を外して唇を見ると、彼の頬に口づけをしている自分がいた。

 

「??」

「…えっと…千束?」

 

 事態を飲み込むのに時間がかかる。

 

 

 えっと、万里くんに跳び付いて彼の瞳を覗き込んだ。綺麗な瞳をもっとよく見たくて近付いたら唇に感触…って。

 

 

「どわああぁぁああ!!」

「千束!?」

 

 

 

 私から行っとるやん!自分からほっぺチューしてますやん!!

 

 まったくの無意識下でやってしまったとんでもない所業に自分から飛び退き、砂浜を後転しながら万里くんから距離を取る。

 万里くんは突然ほっぺにチューされた後その人物がゴロンゴロンと後ろ回りしながら距離を取るという現実にまったく追いついていないようだ…彼には珍しくポカンとしている。

 

 

──やってしまった…寄りにも寄って無意識なんて…。

 

 頭を抱えて唸る私を心配して万里くんが声を掛けてくれる…ていうかキミ、いつも通りすぎない?

 ダメだ、なんか腹立ってきた。

 

 

「千束?どうかしたのか…」

「どうもしてませんー!今のはその…ただのお礼ですぅ!ここまで迎えに来てくれたことへのー!」

「…ああ、そういうことか」

「そうなんですぅ!だから勘違いしないよーに!」

 

 自分だけ意識しているのが何となく悔しくて、他意はないと彼に叩きつけた。

 

 

「びっくりしたよ。あんなことされたことないから柄にもなくドキドキした」

「そう!だから……ドキドキ?」

「ああ、恥ずかしながら。お礼にキスなんてさすがに照れるから今回だけにしてほしい」

「……」

 

 

 墓穴掘った~~!!!

 

 思ってもないこと言わなきゃよかった!ドキドキしてくれたままにしとけばぁ!

 

 

 …まあでも。

 

「しょーがないか」

「何がしょうがないんだい千束?」

「んー。さすがにこれ以上やるとライバル達にフェアじゃないかなって」

「ライバル?フキたちのことか?」

「そう。…でも多分万里くんが想像してるのとは違う意味での、だけど」

「違う意味?実力的な話ではないと?」

「全然ちがーう。…このままだと万里くんじゃ一生意味わからないと思うよ」

 

 私の言葉にますます首を傾げる万里くん…彼は自分の能力を正しく理解している。だからこそ自分が一生かかっても分からない謎があるなんて想像できないのだろう。

 

 

 まったく、しょうがないなぁ。

 

 

 

「万里くん一人じゃ解けないから…()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 いっそのこと、全員で。

 

────────────────────

 

───喫茶リコリコ出張inハワイ! 万里くんと屋台でお店ができるよう用意したからみんなで営業しよ! チケットは同封しといたからワイハで待ってるZE☆

 

 

 

 こんなふざけたエアメールが届いたのは、万里さんから千束を見つけたと連絡があった三週間後。

 寄り道をしているんだろうと思っていたし、それにしてもあまりにも長いのでそれはそれでお説教をしようと考えていた矢先だった。

 

 

 突拍子もないことを考えるのは千束の専売特許だが、心配させた私たちを放置してまで強行するほど千束は不義理ではない。…万里さんだ、間違いなく。

 彼は常識も良識もあり卓越した頭脳まで持ち合わせているが、根本が楽しいこと全振りの困ったさんなのだ。

 

 

 よくよく考えれば万里さんからの連絡だって、すぐに帰るとか連れて帰るなんて一言も言ってなかった。

 結局何もかも、あの人の掌の上なのだ。

 

──それはそれとして、だ。

 

 

 

「………店長」

「……店を閉めよう」

「…今回はさすがの私もカチンときたわね…」

「…珍しく意見が合うなミズキ…ボクもだ…」

 

 今回は私だけではなく店長以下従業員全員の目が据わっている。

 

「失礼しま…」

「こんちは……っス」

 

 万里さん達が待つ場所までの身支度を整えていると、店のベルが来客を告げた。

 …扉を開いたフキさんとサクラさんは、私たちの尋常ならざる雰囲気を察知して固まったが。

 

「…ああ、二人とも。いらっしゃい…」

「…ご無沙汰してます…」

「…あのぅ、どしたんスか?」

 

 恐る恐ると言った様相で私に声を掛けるサクラさん…よくぞ聞いてくれました。

 

 あの二人に対する不平不満を一通りぶちまけていると、彼女たちはカバンからそれぞれ一通の便箋を取り出した。

 

 

「これはそういうことか…」

「…フキさん、それはなんですか?」

「万里から届いたんだよ。ハワイで店をやるから来ないかってな」

「アタシらパスポートないんスけど、ウォールナットなら何とかしてくんないかなって!」

 

 

 そう言ったサクラさんと、普段こういったことは乗ってこないフキさんもどこか期待したような目でクルミを見つめる…リコリスが海外に行けるなんて、考えられなかったですもんね。

 クルミは大きなため息を吐くと『ついでだしな』と一言つぶやいてパスポート作成を受領した。

 

 

「…そうと決まればフキさん、サクラさんも…万里さんと千束をとっちめますよ」

 

「「乗った!」」

 

 あの二人を相手取るのに戦力は多い方がいいに決まっているのだ。

 

 

 

 

 

 それからさらに数日…渡航の日。

 初めて乗る国際線に戸惑いながら、なんとか万里さん達が待つ場所まであと数分というところまでやってきた。

 

「地図だとこのあたりのはずなんですけど…」

「フム…それらしい人影はないな…」

「ドローン飛ばすか?」

「やめときなさい。海外の警察に目付けられたらDAでも庇えないわよ」

 

 

 日本ではなかなか味わえないカラリとした湿気のない気温は、肌にまとわりつく特有の不快感がなくて暑くても気分は悪くなかった。

 というか飛行機のチケット送ってきたのはそっちなんだから空港に迎えに来るとかないのかあの二人は…。

 

 

 地図情報を片手に全員でうろうろしていると、にわかにあたりが騒がしくなっていることに気付く。

 耳を澄ませるとどうやらなにか揉め事があったらしい。

 

 周囲の人々がこぞって向かうその場所に自然と足が向き、ぞろぞろと野次馬と化す。

 

 

『失礼…何かあったんですか?』

 

 ずっといたらしい野次馬の一人に店長が流暢に話しかける。声を掛けられた男性は親切に顛末を語ってくれた。

 

 

『ああ、それが…信じらんねぇくらいイケメンの日本人が、これまたどえれぇかわいこちゃんを連れてたんだが、あんちゃんが席を外した瞬間にタチの悪い連中が女の子に声を掛けたんだよ。ナンパならいいが、女の子の腕掴んで引っ張るもんだから俺も止めに入ろうとしたところで、席を外してたイケメンあんちゃんが瞬きした瞬間にそこにいてな。連中をコテンパンにしちまった…と思うんだよ。いや、何をしたのか実際には見えなかったんだが。気が付いた時には連中全員ぶっ倒れてたんだ。…何を言ってるかわからねぇと思うが、俺も何が起きたのかわからな…』

 

 

 …なぜかどんどん彫りが深くなる男性の言葉を最後まで聞くことなく、私たちは全員駆けだした。杖を突くことを辞めている店長もだ。

 

 

 

 野次馬を掻きわけどんどん中心に向かって駆ける。聞き覚えのある声がした。

 

 

 

 

 

 

 

「すまないね、俺が目を離した隙に」

「んーん。あんなの私でもどうにでもなるし、万里くんならどこからでも間に合うしね」

「それでもだ。千束を危険な目に遭わせるなんて、キミのお父さんたちに顔向けできない」

「いひひ、そだね。お父さんたちには、内緒」

 

 

 とうとう目の前を遮る人影はなくなり、彼らを中心に円になっていた野次馬たちの先頭に立つ。

 

 

──ああ…やっと。

 

 

 烏の濡れ羽のような艶やかな黒い髪の青年。対照的に、色素の薄い金にも白にも見える特徴的な髪色の女性。

 

 

 

 私たちが声を掛けるより先に、青年がチラリとこちらに視線をよこして微笑むと、女性に何事か耳打ちした。

 そうだ。『彼』が私たちの気配に気づかないはずがないのだ。

 

 囁かれた『彼女』は、ハッとした表情でこちらを見ると、全員が揃っていることを喜ぶかのように、あの太陽のような笑顔を見せた。

 

 

 

 彼らは二人でこちらに歩み寄り、目の前で立ち止まって顔を見合わせた。

 

 

 

 何度も見たその仕草。今から言う言葉に拍を取る様に、二人して小さくコホンと咳払い。

 

 

 

 

 

 

 

「「Are you in trouble(お困りごとでも)?」」




拙作を閲覧いただきありがとうございます。



…本編終わったけど真島さんとの飲み会とか恋愛模様とか書きたいけど需要ないななんて葛藤があったり。

時系列とかなしで書いちゃうのもアリかな。
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