好奇心は猫をも殺す   作:やまぎ

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またな

 

 

 

 

 

「……ねぇみんな」

 

「……なんです千束」

 

「……私たち、何してんだろうね」

 

「……言わないでください」

 

 

 万里さんと真島のテンポの良い会話の音声だけが響く喫茶リコリコの和室にて、なんとも言えない空気に耐えかねた千束がとうとう音を上げた。

 

「コソコソ会ってんのが女の人じゃなくて良かったけどぉ」

 

「まあそもそも万里の逢引き相手が女でもボクたちにとやかく言う権利はない訳だが」

 

「…この方法を提案したのはアンタでしょガキンチョ」

 

 

 サラッと自分は悪くないかのような立ち位置に立とうとするクルミにミズキさんが呆れている…彼女のこの抜け目のなさを侮ってはいけないことを私たちは何度も痛感している。

 

 

 そんな感じで万里さんと真島が飲み会を始めて、時間はすでに一時間を優に超えている…千束が音を上げるのも無理からぬ話だった。

 

 

「真島の奴…なかなか万里さんの情報を引き出しませんね…偉そうなことを言っておきながら…」

 

「たきなー、顔が怖いよー」

 

「失礼な。万里さんには可愛いと褒められましたよ」

 

「やー、可愛いのは認めるけどぉ…ってちょっと待って?その話初耳だな?」

 

「すみません、口が自慢しました。忘れないでください」

 

「なんか色々おかしい! 口が滑りました、忘れてくださいでしょーが!」

 

「忘れられたら自慢した意味がないでしょう。おかしな人ですね、千束は」

 

「あれ!? 私がおかしいの!?」

 

 千束が目を見開いて驚愕している…私がおかしくないのだからおかしいのは千束、当たり前の話でしょう。

 

 

 千束と私は雑談に興じ、クルミはドローンの操作がないことでだらけモード、ミズキさんに至ってはお酒を飲みかわす音とおつまみの咀嚼音で辛抱堪らなくなったらしく、いつの間にか一升瓶を傾けていた。

 

 

 逢引き相手が真島だったこと、その真島からの情報が入らず時間が経過したことで油断した私たちの耳に、その言葉は届いた。

 

 

『そういえば大将、大将と一緒に働いてる女どもとの進展はどうよ?』

 

「「「「!!!」」」」

 

 雑談の声も、PCのタイピング音もお酒の嚥下音も…何一つ向こうには聞こえていないのに息すら殺して、万里さんの返答に耳を澄ませた。

 

────────────────────

 

 

──頭に靄がかかったように視界がぼやけ、顔が熱い…なるほど、これが酔いというものか。

 

 真島さんと居酒屋に到着してすでに二時間弱。そろそろ終盤に差し掛かったところで、俺は自分が普段と違う体調であることを自覚する。

 とはいえ気持ちが悪いということは一切ないので、俺はどうやらお酒を楽しめる体質であるらしい。

 

 ミズキさんがことあるごとにお酒を飲みたがる理由が少し理解できる…彼女もオレと同じく、お酒を飲むことで気分が良くなるのなら納得だ。

 

 密かに気になっていたことがまた一つ解明できてさらに気分が上向いた俺に、真島さんがニヤリと尋ねた。

 

 

「そういえば大将、大将と一緒に働いてる女どもとの進展はどうよ?」

 

「……進展、それはどういう…」

 

「初恋がまだってのはこの前聞いたが、それとは別に好みくれぇあんだろ? 女の方が多いみたいだし、進展とかねぇの?」

 

 好み…好みか。考えたこともなかったが、確かに一理ある。特定の相手がいないことと、女性の好ましい部分がないことはイコールではない。

 

「…難しいな。俺の周りには魅力的な女性が多すぎるから…」

 

「ブッハ!」

 

「ん?どうしたんだい真島さん」

 

「ククク…いや、ワリィ。酒が変なトコに入っちまっただけだ…続けてくれ…クッ…」

 

 真島さんは口を手で押さえて俯いてしまった…まだ咽ているようで肩を震わせているが、続けてと言われたので続きを話すことにする。

 

 

「そうだね…例に出してしまって申し訳ないが、例えば千束…彼女は何といってもその笑顔に元気づけられる。彼女が隣で笑ってくれているだけで、俺は何でもできるような気さえしてくるんだ。…同情なんて失礼な真似はしたくないけれど、俺の友人の中でも、膝を折ってしまいかねない辛い思いを何度もしているというのに」

 

 しまった…千束との日々を思い返しながら話していたせいでずいぶんと力説してしまった。

 

「クックック…いや、いい話を聞かせてもらったわ。…どうだ大将、一人にしか思いを伝えねえってのはバランスが悪い…この際あの黒い方のリコリスを含めた喫茶店の従業員全員に思いの丈をぶち撒けちまえよ」

 

 

──酒というものは、判断力を鈍らせる悪魔の飲み物だ。

 

 

 酔っていたのだ。

 

 

 真島さんのコートが膨らんでいることも、その中の機材を利用して話を聞いているだろう子たちがいることも、俺はすっかりと忘れていた。

 

────────────────────

 

 人は、茹でダコになれる…それも言葉だけで。

 

 

 スピーカーから聞こえる万里の声で()()なってしまった千束を見てボクはそんな妙な感慨を得ていた。

 

 しかし悠長に構えている時間はない…真島の口車に乗せられた万里が、ボクたちのことについても言及しようとしているのだ。

 

 

「それにしても万里さん…いつもと様子が違いますね…」

 

「酔ってるんだろ…いくら万里とはいえ、初めての酒で二時間弱ノンストップで飲み続けてる。むしろこの程度なら酒にはかなり強い方だ」

 

「確かに…ミズキさんならものの三十分でぐちゃぐちゃですもんね」

 

「ぐちゃぐちゃって何よ!」

 

「とにかく…普段からあけすけに何でも言うやつではあるが、今は輪をかけて歯止めが利かん可能性がある…下手したら死人が出るぞ…」

 

「ええ…その被害者になる自信があります」

 

 なぜかたきながキメ顔でそう言った…こいつは本当に万里が関わるとぶっ壊れるな。

 

 

『んじゃ、流れであの黒い方のリコリスな』

 

「「「!!」」」

 

 フリーズしたまま帰ってこない千束を除いたボクたち三人が、一斉にスピーカーに注目した。

 

『たきなか…俺は彼女ほど頑張り屋さんで柔軟な女性を知らない。俺と初めて会ったときは彼女がとても苦しんでいる時期で、突然変わった環境に…押し付けられた責任に彼女は雁字搦めにされていた。それでも一歩…また一歩と環境に即した自分を一から作り上げた。…目まぐるしく変わる現状に、それでも一番大切なものだけは見失わなかった。だから、そうだね。彼女の頑張りは、俺が一番に褒めてあげると、俺はそう決めている』

 

「……」

 

 茹でダコもう一匹追加だ。

 

 

『クックック…いいぜ大将。もっとくれよ』

 

『欲しがるね…。では次は、うちの店でのお姉さん的存在の話を…』

 

「…ミズキか…」

 

「私の時代キターー!!」

 

 

『彼女はそうだね、俺たちよりも少し年上なせいか店での立ち回りのせいか、千束たちによく矢面にされてイジられている姿が目立つが、俺が知る限り最も良識ある女性だ。詳しくは伏せるが、彼女も元DA関係者だったんだが、すでに自分の意志で退役している。身寄りのない子供に殺人術を植え付ける組織に嫌気がさした、とね。これは俺がDAという組織が気に入らない理由そのものだ…彼女はその容姿も筆舌に尽くし難い美しさだが、彼女のその内面をこそ俺は美しいと賛辞を贈る』

 

「……」

 

 ギャンギャンと騒いでいたミズキも万里が話し始めた途端大人しくなり、酒の影響で最初から赤らめていた顔をさらに真っ赤にしたままフリーズした…早い話が茹でダコもう一匹だ。

 

 

『ブフッ…ハーッ…うし、そんじゃ次だ』

 

『ずっと咽てるけど大丈夫なのかい?…まあいいか。次で最後だ』

 

 とうとうボクの番…か。もう茹でダコを避けるつもりはない、というか避けられるものではない。ボクは音より速く動けたりはしないからな。

 

 

『彼女は俺とよく似ている。好奇心が強すぎるところも、ソレによって行動を決定づけるところも。自分の欲求を満たしたその先に自分だけの快楽があると信じている』

 

 

 そうだ、その通りだ。ボクはボクの『知りたい』のために全霊を尽くす。

 

 

『そして彼女の魅力は、そうだね…言葉にしてしまうと陳腐だけれど、その頼りがいかな』

 

『頼る? 大将がか?』

 

『ああ…彼女の能力は誰も比肩しえない領域に達している。俺たちリコリコの従業員は全員、彼女に守られている。彼女に任せておけば安心だと思わせてくれるその包容力が、俺の思う彼女の魅力だ』

 

 

 …こんな容姿のボクを捕まえて包容力だの頼りがいだの、そんなことを言うのはお前くらいだよ。

 

 

 自覚できるほどに熱くなった頬の熱を誤魔化すために心の中で茶化してみるが、あまり効果はなかった。

 

 

 

 

 

 大小さまざまな茹でダコがそれぞれ自分の心を鎮めようと四苦八苦していると、すべてを話し終えた万里がお手洗いに行くと席を外す声がした。

 

 丁度いい、この時間で回復しきろうと深呼吸を始めたところで、なんと真島がボクたちに向けて声を掛けてきた。

 

 

『おい…アランリコリスその他大勢』

 

 

「…黒い方、という呼び方も腹立たしいですが、その他大勢はもっと腹立たしいですね」

 

「ま、まあまあたきな…」

 

 

『…っとそうか。こっちの声が聞こえてるだけで会話はできねぇのか…。しゃあねぇ、俺が話すからお前らは黙って聞いとけ』

 

「…なんでマリモに命令されなければいけないんです?」

 

「…落ち着けたきな」

 

 

 

『いいか…大将が酒を飲める年になったことで飲み会だなんだと誘われるかもしれねぇが…お前ら以外の女の前で酒飲ますんじゃねぇぞ。大将が酔っ払ったら…ぜってぇその場にいる女にお持ち帰りからの既成事実で責任取れルート確定だ』

 

「「「「!!」」」」

 

『お前らは音声だけだったからわからねぇだろうが、酔った大将の表情がやべぇ。()()()()ようにしか見えねぇ…いいか、もう一度だけ言うぞ。女がいる前で大将に酒を飲ませるな、絶対に後悔する』

 

 

 

 

 もともと敵であったはずの真島からの真剣な声色の助言に、ボクたちは顔を見合わせて頷いた…これは、蔑ろにはできない金言だ。

 

────────────────────

 

 お手洗いから戻った俺に、真島さんは解散を告げた…確かにそろそろいい時間だ。

 

 

 当初の予定通り真島さんに御馳走になり、最初に待ち合わせた場所で解散すべく連れ立って歩く。

 

 

「今日は付き合ってくれてありがとよ」

 

「お礼を言うのはこちらの方だ。二十歳の祝いだけでなく支払いまでしてもらって…次回は俺が払うよ」

 

「八ッ! 次回ってことは、俺とまた吞んでくれるってか?」

 

「勿論」

 

「…そいつはありがてぇこったな」

 

 真島さんはぶっきらぼうにそう呟くと、それきり無言で歩き続ける。

 

 

 

 テロリストだから、敵だったからと、友人になってはいけないなんてことはない。

 俺は今のところこの縁を手放す気はない…彼との繋がりを失う気なんてないのだ。

 

 

 やがて俺たちは解散するポイントまで辿り着いた。

 

 

「そんじゃ大将…ここらで解散だ」

 

「…ああ」

 

 真島さんはそのまま帰路に就く。

 彼が背を向けたと同時に俺も踵を返し、丁度彼と背中合わせになる方角へそれぞれ歩き出す。

 

 最初の一歩を踏み出した時、向かい風が俺の前髪を揺らした。

 

 

 

──()()()、大将…たらふく飲んでやるから覚悟しとけよ?

 

 

 

 風が音を搔き消してよく聞こえなかったが、そんな声を聞いた気がした。

 

 振り返ってみてももう彼の姿は暗闇に消えていたけれど。

 

 確証はないが、確かに聞こえたと信じることにして返答する。

 

 

 

──今度は真島さんの話を肴にしましょう。でないと、バランスが悪いですよ?

 

 

 

 彼の優れた聴覚には、届いただろうから。




真島さんとの飲み会回でした。

そしてアイデア枯渇…
募集したいが方法分からず無念。
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