店内のアクアリウムが華美な照明の光を反射しキラキラと光る中、目的の背中を見かけて声を掛けた。
「お待たせ」
「いいえ。俺も今来たところですよ…ミズキさん」
そう言って彼…万里くんはごく自然な動作でカウンター席に座る彼の隣の椅子を引いた。
──BAR Forbidden──
いつぞやオッサンと吉松が密会に使用した会員制のこのバーで彼と隣り合うことになったのは、些細な口約束を律儀に守る彼の性格によるところだ。
引かれた椅子に礼を言いながら腰掛け、彼の手元の美しく澄んだ菫色のカクテルについて触れてみる。
「万里くんは何を?」
「ブルームーンというらしいです。初めて飲みましたが美味しいですよ」
「へぇ…私もそれにしようかしら」
言いながらバーテンダーに彼と同じものを、と声を掛ける…一回言ってみたかったのよね、コレ。
同じ注文をした理由を包み隠さず万里くんに伝えるとクスクス笑ってくれた。
「それにしても…イケメンは飲むお酒まで洒落てるわねぇ」
「顔は関係ないですが…お酒の名前がほとんどわからなくて、一番かっこいい名前を注文したらこんなに綺麗なものが届いてしまって少し恥ずかしかったんです」
若造が恰好つけるもんじゃないですね…と照れ笑いを浮かべて後頭部をくしくしと掻く万里くん、めっかわ!………誰よ、古いって言ったの。
見知らぬ誰かからの電波を受けて虚空を睨んでいると、私のブルームーンが静かに運ばれてきた。
カクテルグラスを持ち直す彼に倣って私も小さく持ち上げる。
息を合わせるように目を見合わせて同時にグラスを軽く触れた。
「「乾杯」」
普段はビールだの日本酒だのを気のすむまで飲みつくすけれど、他愛もない話をしながら少量のお酒で口を湿らせる程度に嗜むのも中々いいものだと知った。
隣り合う万里くんは大変な聞き上手で、ニコニコと遮らずに聞いてくれたり時には大袈裟に驚いて見せたりと、話し手が気持ちよくなれる方法を熟知しているようだ。
一杯目のブルームーンはすぐに飲み切り、色々なお酒を試してみたいという万里くんが気になったお酒を逐一説明してあげる。
『これはどういうお酒ですか、どんな味がするんですか』と純粋な目で尋ねてくる万里くんは年相応の男の子と言った様子でギザカワユス…もっと古いって何よ。
「すごいですねミズキさん…いろいろなお酒を知ってるんですね」
「ん~まあね。これでも万里くんより早く大人になった訳だし、お酒を飲む機会も多いしね」
実際リコリコ周辺の飲み屋はほぼすべて一度は入店したことのあるお店ばかりだ。
「でも知ってるってだけで詳しくないし、お酒以外のことに関しちゃ万里くんのほうがよっぽど博識でしょ」
「それこそ俺も知ってるってだけですよ。子供の頃何でもかんでも吸収しようとしていた時期がありましてその時の貯金のようなものです」
「ふーん。昔から物覚えがいいなんて、ご両親に感謝ね」
万里くんの両親が彼を置いて姿を消したことは以前クルミが調べて聞かされていたが、あえて彼の心に触れてみた。万里くんはこんなことで気分を害するような子ではないと今までの関係で容易に察することができる。逆に触れないように気を遣えば遣うほど彼はソレを見抜くだろうから。
予想通り彼は世間話の延長のように言葉を重ねた。
「そうですねぇ。俺の記憶では両親自体は凡人だったんですが、俺はどうやらトンビから産まれた鷹だったようです」
「あら謙遜なし。でも万里くんが謙遜なんて似合わないわね」
「ええ。俺は俺が特別であることを自覚している…教えてくれた友人がいたので」
「そう…」
その友人とは二度と会えないことも知っているけれど、彼の口からどんな人だったのか聞かされたことはない。
私に限らず、千束達を含めた周囲の人々が踏み込み切れなかったその一歩…特別な彼を、特別と知りながら特別扱いをしなかったその人。
「ねぇ…万里くん」
「…どうしました?」
「そのお友達のこと…私に、私たちに教えてくれる?」
万里くんが目を見開いた…不快に思ったというよりも驚いたような表情でホッとする。
「…そうですね。思えば俺は、友人──一朗の話を他人にしたことがないんです」
「…そう」
「…隠しているつもりはありませんでした。ただ機会がなかったというだけで」
「わかってる。それどころじゃなかったことの方が多いものね」
「…だからミズキさん。今度皆を集めます」
「ええ」
「…聞いてくれますか。俺の…自慢の友人の話を」
「もちろん」
どんな相手にも怯まず泰然としている彼らしくなく、緊張をほぐす様に深く息を吐いた。
自分のことを話すのは緊張しますね、と再度照れ笑いを浮かべる万里くん…百人中百人がカッコイイだの超絶イケメンだの言う彼のことを、私はやっぱり可愛いと思った。
その後───
慣れない自分語りとお店の雰囲気も手伝ってアルコールが回ってきた彼を見て、頃合いだと最後の一杯を注文することになった。
「…すみませんミズキさん。もっとお話ししたかったんですが…」
「い~のよ。どうせいつもお店で一緒なんだし、また飲む機会もあるでしょ」
「…そうですね、必ずまた誘います」
「今度は閉店後にワイワイ飲むのもいいわね…それで万里くん、最後の一杯は何にする?」
「そうですね…じゃあギムレットで」
「また度数の高いお酒を…それでいいの?」
「最後ですし…名前がかっこいいので」
「ふふ…りょーかい」
いろいろ口にしていたけれど、お酒を注文するときは名前の響きでっていうのは変わらないみたい。
「それにしてもギムレットね…」
「何かあるんですか?」
「ん、カクテル言葉がね…『遠い人を想う』っていうのよ」
「…遠い人…」
「…その様子じゃやっぱり知らなかったみたいだけど、偶然にしちゃ出来過ぎね」
「…まったくですね。それで、ミズキさんの最後の一杯は?」
「ん~」
どうしようかしら…私はまだほろ酔い程度だから何でも飲めるけど…
「あ…」
「ミズキさん?」
「何でもないわ。…私はこれで」
二人分のお酒を注文し終えると、程なくそれぞれの前にそっとカクテルが置かれた。
「それでミズキさん、何を注文したんですか?」
「これ?バラライカっていうの」
そう告げて私は目の前のショートカクテルを飲み干した。
度数の高いお酒を使用していることもあって少しキツイけれど、普段から一升瓶を抱えている身としてはそこまで苦でもない。
「バラライカ…それにもカクテル言葉が?」
「あるわよ…でも内緒」
「ええ…」
万里くんが不満そうな声を上げて拗ねている。お酒が回っているためか、言動も少しずつ幼くなってきているような気もする…真島が要注意というだけあるわね。
「拗ねないの! 調べればすぐわかるから。そういうの好きでしょ?」
そう、調べればカクテル言葉はすぐにわかる…カクテル言葉は分かっても意味にピンとこないだろうどね。
バラライカ…カクテル言葉は『恋は焦らず』
万里くんに惹かれた時点で、私達はこの恋が実るか実らないかで独り身か否か決まるのだ。
文字通り死ぬまで時間がある…いっそのこと全員で囲ってしまおう作戦も現実味を帯びてきたことだしね。
私が随分前から婚活をしていないことなんてどうせ気付いていないんだろうけど。
「…次の機会までにすべてのカクテル言葉を覚えておきます」
そう言って改めてギムレットに口をつける彼の横顔を見て、やっぱり万里くんはかわちいと思った…冗談でしょ、これも古いの!?
次は一朗君関連書きたいなぁ。