シン・仮面ライダーの世界に転生したけどオーグメントが全員魔法少女だった件 作:よよよーよ・だーだだ
わたし……いやボクは、前世の頃から自分の名前が嫌いだった。
前世の名前は
だけどその願いに反して、ボクはとても内気な性格だった。頭の中でぐるぐる舞い上がってしまって咄嗟に自分のことを上手く話せない、とにかく間が悪くて話しかけるタイミングを逃す、他人の気持ちや場の空気がよくわからない、そんなこんなでコミュニケーションの練度が低いまま齢を重ねて周りとますます上手く話せず孤立する。気がつく頃には立派なコミュ障ぼっち、完全に名前負けである。
そんなボクが転生したのは、可愛い女の子だった。
ハーメルンのTSF転生みたいなチート能力は流石に無いものの、それでもスポーツ万能・頭脳明晰・成績優秀、自分でいうのも難だけど常人としてはわりと出来の良い部類の人間に生まれ変わった。『やればできる子』とはよく言ったもので、本当にやれば出来ちゃうのは我ながら凄いと思う。ヤッタネ!
……でもまあ、ボクの転生で良かったのはここら辺まで。問題はまたしても名前であった。
今度の名前、その名もずばり『本郷 猛』。
美少女に生まれ変わったはずなのに、何の因果か今度の名前も『本郷 猛』。大事なことだからもう一度書くけど女の子なのに『本郷 猛』。違いは読みが
ちと待てやコラ。
いくらなんでもどうかしてるでしょ、日本人で女の子の名前を『猛』にするなんて。百歩譲ってタケルでもせめて違う字にしてよ、これじゃあ男の名前じゃんか。キラキラネームっていうけどさ、むしろもうちょっとキラキラしてた方がマシだよこんなの。命名したのはまたしても父親らしいのだが、馬鹿じゃないのホントに。
おかげで、今度のボクのコミュ障人生は前世よりもハード感が増してしまった。
名前だけで男と勘違いされるのは日常茶飯事、クラスメートにはジャイアンだの世紀末リーダーだの陰口叩かれたり、初対面の相手には『名前からしてモノスッゴく獰猛な奴なんじゃあないか?』なんて身構えられてしまったり。
しかもスポーツ万能・頭脳明晰なのはいいけれど三つ子の魂百までというか前世の魂来世までというか、前世からのコミュ障は相変わらずで、しかも今度は名前と容姿のギャップがあるので改善どころかむしろ悪化の一途を辿っていった。名前ネタで突っ走れって? 無理に決まってんじゃん、そんなの。
男だった前世でさえ他人の気持ちがわからなくて散々苦労したのだ、美少女になったからって上手くやれるわけがない。むしろ『高嶺の花だけど内気なコミュ障だから僕でもワンチャン!』みたいな、前世のボクみたいな浅はかなバカ野郎どもが鼻の下を伸ばして群がってくる始末である。悪いね、ボクの中身は男なんだよっ。それに仮に心まで乙女だとしても、お前らみたいなあっさい魂胆まで透けて見える奴なんてお断りだっ。
今度という今度ばかりは流石にグレてやろうかとも思ったけど、そんな度胸も無かったので一応学校にはちゃんと通ってますハイ。
とまあ、どーでもいい自己紹介はそろそろここら辺までにしておいて、今のボクが何をしてるかというとですね、
魔法少女に変身して、バイクで悪いヤツらを追っかけてるんだなコレが。
趣味のツーリング中に事故ってヤバめな感じの組織に拉致られて、ヤバめな感じの手術を受けて魔法少女にされて、それでもなんとか脱出したはいいものの、組織の追っ手につけ狙われてしまった。
脱出を手引きしてくれたのは恩師の緑川先生と、その娘である緑川ルリ子さん。彼らはボクにこんな風に説明してくれた。
『君は、組織が開発した昆虫型魔法少女プロジェクトの最高傑作、バッタ魔法少女だ』
『他人を守るための強い力を、その力を、キミは手にしている』
『組織の魔法少女たちはキミと同等の力をもって、個人のエゴに使っているッ……本郷君は、多くの力無き人たちのために使って欲しい。君に、組織を倒す我々の計画を手伝って欲しい!』
……なんとも突拍子もない、そして勝手な話だと思った。ボクのことを買いかぶりすぎだし、だいたいボクの意思は?って思わないでもない。まあコミュ障だから、ボクの意向が無視されるのはいつものことだけど。
そんなふうに気を抜いていたのが悪かったのだろう。緑川先生は組織の追っ手に不意を突かれて殺されてしまい、ルリ子さんはボクの目の前で攫われてしまった。死に際、緑川先生はボクに言った。
『ルリ子を、たのむ……!』
……すべてボクが油断したせい、ボクの非力が原因だ。緑川先生は守れなかったけれど、せめてルリ子さんだけでも助けなきゃ。
それに、ボクはまだ今の状況がよく呑み込めてない。人間を魔法少女に改造するヤバい組織とその殺し屋、そしてその組織を裏切って足抜けしたという緑川先生とルリ子さん。すべてを説明してもらう意味でも、ボクにはルリ子さんを助け出す必要がある。
さらに緑川先生はこうも言っていた。
『君にしか魔法少女の未来を託せない!』
使命感を擽られるすごくカッコいい言葉、まさにヒーローって感じだ。
……まぁ、こんなのはホントはどーでもいいのかもしれない。ともすれば、ボクがこうしてルリ子さんを助けようとしているのは、緑川先生に頼まれたからでもないかもしれない。
ただ、ボクと同じコミュ障の匂いがする女の子を放っておけない。それだけなのかもしれなかった。
今乗っている改造バイク:サイクロンは、緑川先生から与えられたものだ。その使い方は直感で分かった。バイクは前世の頃から好きだったけど、初乗りからここまで乗りこなせるのは流石に初めてだ。まるで生まれたときからの相棒、いいや、それこそ体の一部みたいに使いこなすことだって出来る気がする。
そういえば緑川先生は『バッタ魔法少女のシステムは、サイクロン号とセット』とも言っていた。あるいはこの一体感も、ボクが魔法少女として改造されたが故なのかもしれない。
今さら言うのも難だけどさ、なんていうか、魔法少女っていうより『別の番組』の世界観だと思うよこれ。具体的に言うと毎週日曜日の朝、プリキュアの次に流れてる感じの奴。よく知らないけど!
逃亡するとき、変身の仕方はルリ子さんから教えてもらった。
『風を受けて!』
その助言を思い出し、ボクはサイクロンのハンドルから手を離して立ち上がる。手放し運転、サイクロンが自律走行可能だからこそ出来る技だ。善い子の皆は絶対に真似しちゃダメだぜ!
さらにボクは車上で両手を広げ、全身で思いきり風を受けながらその風の魔法力:プラーナのエネルギーを体内へと取り込んでゆく。
……風の音が聞こえる。体の中から風の音がする。なんだかボク自身が疾風そのものになったかのような、ちょっと心地よい気分だった。
サイクロンを走らせてから数分後、ボクはルリ子さんを攫った悪いヤツらの先回りに成功した。
山道でのツーリング、オフロードの強行突破はボクの得意とするところだ(まあそれで舐めて掛かって事故ったのが今回の発端だったりするけど、それは言いっこなしだ)。対してヤツらが使ったのは自動車、車道を走るしかない。
……さあ、来い。ボクは車道の真ん中で仁王立ちし、やってきたヤツらのクルマの前へと立ちはだかる。
そしていくら連中でもクルマで強行突破する気は無かったのだろう、ボクの前で停まったクルマ、その後部席のドアが開いた。
車内から降り立ったのは、毒グモの魔法少女。
身に纏っているのは豪奢なフリフリのドレス、いわゆるゴスロリだ。特に各部にあしらわれたレースの細かさは見惚れるほどに見事なもので、まるで雨上がりの蜘蛛の巣のように綺麗だった。
そういえばクモについて、女神様の妬みを買った機織り職人の女性アラクネーが姿を変えられたもの、って御伽噺があるよね。女神が嫉妬するほど素晴らしいというアラクネーの作品、実物なんてもちろん見たことはないけれど、もしもそれが実在したらちょうどこんな感じなんだと思う。
そして頭に被っているのは、真っ赤なガスマスク。こめかみからは左右4対計8本のチューブがぶらさがっており、まるで大きな毒グモを頭に乗せているかのようだった。
そんなクモ魔法少女は、眠らされているルリ子さんを軽々と担ぎ上げたまま、感嘆したように言った。
「流石は緑川の最高傑作、バッタ魔法少女……無傷とは想定外でした」
そりゃまあ驚くよな、とボクも思った。
強力な蜘蛛糸で動きを封じられたボクの眼前で緑川先生を絞め殺し、ルリ子さんを悠々と攫っていったクモ魔法少女。その去り際にクモ魔法少女は、ボクへの置き土産として強力な爆弾を仕掛けていった。まあボクはスポーツ万能・頭脳明晰だからなんとかギリギリで脱出することが出来たんだけど、もしほんの一瞬でも逃げ遅れていたら間違いなく命に関わっていただろう。
……それにしても『緑川の最高傑作、バッタ魔法少女』か。ボクは反論した。
「ちがう、ボクの名は……」
そのとき脳裏を過ぎったのは、密かに夢見てきた正義の味方。子供の頃、いいや前世の頃から憧れていたお茶目なヒロインは、時に厳しく、時に優しく、大事なものを守ってくれる。
そしてルリ子さんから託された、赤いマフラー。彼女にとってどういう
そんな逡巡の末に、ボクは堂々と告げた。
「愛と希望、そして人間の自由のために戦う『魔法少女』と名乗らせてもらうっ!」
「裏切り者がほざかないでください」
ううっ。せっかくコミュ障なりに根性出して名乗ったってのに、相手のクモ魔法少女はこうもバッサリ。ちくせう、精一杯カッコつけたつもりだったんだけどな。
思いきりズッコケて内心ひそかに傷ついてるボクを他所に、クモ魔法少女は続けた。
「魔法少女仲間を殺めるのは遺憾ですが、古来よりバッタは災いの象徴ですし仕方ありません。ここで始末しておきます」
そしてクモ魔法少女の手振りに合わせて、手下の戦闘員たちが歩き出す。手にはそれぞれ武器を携え、向かう先はボクの方。
「邪魔者に死を。それが私の仕事ですので」
その言葉を号令代わりに、クモ魔法少女の手下たちはいっせいにボクへと襲い掛かった。
手にした得物は高電圧のスタンロッド、あるいはナイフ。まるで統一された器械体操のように規則正しいリズムで攻撃を仕掛ける戦闘員たち。高電圧のスパークを散らすスタンロッドの殴打が、一斉にボクを袋叩きにする。
「ぐうっ……!」
もしボクが魔法少女じゃなくて常人だったら、あるいは黒焦げになっていたかもしれない高電圧。全身を走る強烈な激痛に、口から呻きが漏れる。
苦痛から抜け出そうとたまらずボクが手足を振り回して暴れると、ボクの拳と蹴りが戦闘員たちに直撃した。顔面が潰れ、背骨が砕け、血飛沫を撒き散らしながら次々と瞬殺されてゆく戦闘員たち。
最後の一人が悪足掻きでスタンロッドで襲い掛かってきたけれど、ボクは逆にそれを奪い取って強烈な一撃を叩き込む。グシャッ、ボキッ、猛烈な血飛沫を撒き散らしながら戦闘員は即死した。
手下の戦闘員を一掃したボクは、そのまま大ジャンプでクモ魔法少女を追跡する。クモ魔法少女の方も、担いでいたルリ子さんを脇へと打ち捨てて戦いに応じた。
取り押さえようと腕を振りかぶるボクに、クモ魔法少女は語りかける。
「……私は人間が嫌いです」
このっ! このっ!
戦闘員たちを皆殺しにした必殺パンチを繰り出すボク、けれど、身軽なクモ魔法少女には当たらない。
「その人間を捨てた魔法少女たちのために、人間をこの手で殺すッ! それが私の幸福ッ!」
このこのこのこのっ、このッッ!!
ボクは拳と蹴りをひたすら繰り出し続けるのだけれど、フリフリのゴスロリを着ているはずのクモ魔法少女にはかすりもしない。まるでちょこまか逃げ回る小さな虫を捕まえようとしているかのようだ。ボクが風よりも速くパンチやキックを繰り出しても、クモ魔法少女はクネクネと巧みな身のこなしで舞い踊るように逃げてゆく。
「ヘビィですねぇ、その近接戦闘能力! ですが、当たらなければ何も問題ありません」
アクロバティックな動きを捉えきれない、そんな無様なボクの空回りっぷりを、クモ魔法少女はゴスロリ服をヒラヒラ揺らしながら嘲笑い続けた。
「私の戦闘員への殺害行為、実に
……ヒトを殺す幸せ。なんて酷い言い草だ。
次々と手下たちを叩き殺してやったときのことが頭をよぎると同時に、ボクの体で吹き荒れる“風”がボクの心へ囁きかけてきた。
……そうだよ、クモ魔法少女の言うとおりだ、素直になりなよ。唸れパンチ、轟けキック、他人を容易く殴り殺せるパワー! パンチで顔面を叩き砕いたときの感触! キックで背骨を蹴り折ってやったときの爽快感! どんな相手でも捻り潰せるこの圧倒的な全能感、なんとも病みつきになりそうだ。
だいたいボクは悪くない。勝手に改造された被害者だし、こうして戦ってるのだって向こうから襲ってくるんだから仕方ないじゃん。こんなの正当防衛だよ、やっつけちゃえよ、どうせ相手は悪い奴なんだから。考えてもごらん、これはチャンスだ。これまでずっとコミュ障で自分を出せずに苦しんできたんだ、力を手に入れた今それを思いっきり振るったらとってもキモチイイよ……!
そうやって笑いかけてくる自分の中の悪魔を懸命に抑え込んで、必死に我慢して、それでも相手を殺し続けるしかないこの現実。
こんなのが、ボクの幸せ?
「……ちがうっ」
仕方なくなんかないし、キモチよくもない。ボクは、心の中の悪魔を力一杯に振り払った。
「そんな幸せ、ボクにはないッ!!」
だいたいボクがなりたいのは素敵な魔法少女だ、オマエみたいなイカレた殺人狂じゃあない! そんな勢いに任せてボクが繰り出したのは力一杯の右ストレート、渾身のパンチがクモ魔法少女へようやく炸裂した。
――ドゴォンッ!!
単なる人間同士の殴り合いでは決して響かない、強烈な打撃音。人の体を殴った感触と、コンクリートの路面までもが震える衝撃、それらすべてがボクの体へとびりびり伝わってきた。
そのクリーンヒットを顔面で受けたクモ魔法少女は、激痛に悶絶していた。
「ぐうぅ……いいですねぇ、この打撃力!」
……いや、悦んでいた。コイツ、ヘンタイか。
内心でドン引きしているボクに、クモ魔法少女は静かに後ずさる。その背後にあるのはコンクリートの断崖絶壁。
「既に人間ではない貴女と分かり合えないのが……」
残念ですッ!
そう捨て台詞を吐き、トンボ返りでスカートのフリルをひらめかせながら崖下へ逃げてゆくクモ魔法少女。その姿を前にしたとき、ボクの脳裏に、クモ魔法少女に不意を突かれて絞め殺されてしまった緑川先生の末路、そしてその末期の言葉がよぎった。
『ルリ子を、たのむ……ッ!』
……クモ魔法少女はきっとルリ子さんを、そしてボクを仕留めることを諦めない。ここで逃がしたら次はない。ボクの詰めの甘さによる犠牲者なんて、もう出しちゃダメだ。
――逃がさないっ!
ボクはすぐさま崖下へと飛び降りて追った。しかし、これがとんでもない間違いだった。
「……かかりましたねっ!」
飛び降りた先では、既に逃げ去っていたはずのクモ魔法少女が、全身から生やした六本の腕を構えてボクを待っていた。
……しまった、罠だ!
迂闊に飛び込んできたボクの両腕、ウエスト、そして首を、クモ魔法少女は六本腕で容易く捕まえた。まるで巣を張って罠を仕掛ける蜘蛛のように、クモ魔法少女は獲物であるボクが自ら飛び込んでくるのを待ち構えていたのだ。
かくしてボクを捕らえたクモ魔法少女は、勝ち誇るように高笑いを響かせた。
「見てください、この圧倒的な殺傷能力っ! ヒトではない悦びッ! 貴女も同じ魔法少女、なのに、この幸せがなぜ分からんのですッ!?」
ぐ、ぬぅ……っ!
首をゆっくり締められてゆき、ボクは絶息して喘ぐ。
ボクは懸命にもがいたけど無駄な努力だ。振りほどこうにも、クモ魔法少女が繰り出す六本の腕で体の要所をガッチリ抑えられて、完膚なきまでに羽交い締めにされてしまっている。まるで蜘蛛の巣にかかった虫の気分だ、これではボクもいよいよ手も足もでない。
……いや、待てよ。手も、
微かな勝機を見出だしたボクに気づかないまま、クモ魔法少女は勝ち誇るように囁きかけた。
「さあ……貴女も死んで、私の幸福の一部となってください……!」
……そんなの、絶対に、
――――イヤだ……ッ!――
ボクは渾身の力を振り絞り、唯一自由な足で大地を思い切り蹴った。
……トノサマバッタは数センチ程度の小さな生き物だけれど、レジリンというゴム状の特殊なタンパク質がもたらすそのジャンプ力は1回の跳躍で体長の10倍、翅での補助も加えれば50メートルにも及ぶという。
無論それは小さな虫だからこその話で、単純に人間サイズにしたからといって成り立つわけでもないけれど、これでもボクはバッタの魔法少女、これでジャンプ力が優れてなかったらウソである。
――うわっ、たっけえ!?
ただの垂直跳びのつもりが気づけば空高く、数十メートル以上高く飛んでいた。もはや空飛んでんじゃんコレ!?
……いや、はしゃいでる場合じゃないか。むしろ高いのは好都合だ。すぐさまボクは体を捻り、クモ魔法少女にしがみつかれたまま高速回転を始めた。まさにきりもみ大回転だ。
大回転が遠心力を生み、次第にクモ魔法少女の六本腕が、足が、ボクへの拘束が緩んでゆく。
「……ッ!?」
すかさずボクはクモ魔法少女の足と腕を振り払い、思いきり突き飛ばした。
続いてボクの背中のスラスターから噴き出したのは、猛烈な勢いの魔法力プラーナ。空気の密度の変化が作り出す、光の歪み。端から見れば、まるで光の翅のようにも見えたろう。
そんなボクを見上げながら、落ちゆくクモ魔法少女が呟いた。
「……しまりました」
……ようやく気づいたか、けどもう遅い。
ボクにはプラーナの翅があるけど、クモ魔法少女にそれはない。いくら地上では六本腕の怪力と巧みなアクロバットが自慢でも、こうして空中へ投げ出されてしまえばあとはただ重力に任せて落ちてゆくしかない。
翅のあるバッタと翅の無いクモ。つまりクモ魔法少女、空中戦ではオマエの方が圧倒的にッ、
「不利――――…………ッ!!」
クモ魔法少女がそう呟いた刹那、ボクの必殺キックが炸裂した。直撃したのはクモ魔法少女の正中線ど真ん中、まさにクリーンヒットだ。
そのままボクはクモ魔法少女をコンクリートへ叩きつけ、彼女の息の根を止めた。
わたし:緑川ルリ子が目を覚ましたとき、わたしの身体は“彼女”に抱き上げられていた。
「……降ろして。自分で立てる」
そう告げると彼女、
ちら、と本郷が目線を向けている先にわたしも目をやると、彼女の視線の先にはコンクリートの橋脚があった。今しがた出来たばかりの巨大なひび割れと、六本腕のシルエットが見て取れる微かな染み。
……きっと、クモ魔法少女が死んだ場所だろう、とわたしは察した。
「……組織の構成員は情報漏洩を防ぐため、死体はすべて融解。貴女もわたしも死ぬとああなる」
そう説明しながら、わたしは本郷の表情を見る。本郷は今にも泣きそうな顔で俯いて震えながら、そしてつぶやいていた。
「思ったより、辛い……」
緑川博士の最高傑作にして、最強無敵のバッタ魔法少女。けれどその真の素顔はひどく繊細らしかった。
……優しすぎる。それがわたしの第一印象。
残忍な殺人狂だったクモ魔法少女。あんなろくでもない悪党、あのまま生かしておいたらもっと沢山の人が犠牲になっていた。たとえ本郷が手を下さなくとも、いずれはどこかで誰かの恨みを買って殺されていたはず、だから今更いちいち気に病む必要なんか無い……そんな風に割り切ってしまえばラクだろうに。
だけど、本郷はそれが出来ないようだった。
緑川博士が開発した魔法少女システムは、変身者の生存本能を増幅し、戦っている敵を容赦なく殺せる状態にする。今回の状況、どこをどう考えても本郷に非は無いはずだ。けれどそれでも人を殺した事実は変わらないし、その事実を当の本郷は誰よりも重く受け止めてしまっているようだった。何故なら彼女は優しすぎるから。
そんな彼女に、わたしは告げた。
「『
……勘違いしないでもらいたいのだが、わたしがこう言ったのは別に本郷が可哀想だからではないし、助けてもらったことを恩に着ているわけでもない。
ただ、わたしたち二人は同じ組織を足抜けした裏切り者同士で一蓮托生、末永くはないにしても今後しばらくは上手く付き合ってゆかねばならない。ここで多少なりとも好感度を稼いでおいてお互い損はなかろう、と合理的に考えただけのこと。わたしは常に用意周到なのだ。
わたしは続けた。
「少なくとも、その辛さを貴女が背負うことで誰かが幸せになってる。誰かのために戦う、ということはつまりそういうことでしょ?」
「…………。」
わたしの言葉を、本郷はどう受け取ったのだろうか。コンクリートの橋脚へと再び向き直り、静かに目を伏せて一礼、祈りを捧げた。その対象は先ほど本郷自身が倒した組織の殺し屋、クモ魔法少女。
……本当に優しすぎるかもしれない。そう思っているわたしに、クモ魔法少女への黙祷を終えた本郷が言った。
「ごめんなさい、ルリ子さん」
……なにが? わたしが怪訝な顔をしていると、本郷はこう続けた。
「緑川先生を……あなたのお父さんを、守れなかった」
……ああ、なんだ、そんなこと。わたしははっきり答えた。
「謝る事なんて無い。わたしを助けただけで充分。気にしないで、わたしも気にしない」
……わたしの父、緑川博士は組織の他の連中をエゴイストだと批判していたけれど、わたしに言わせれば緑川自身も大差ない。緑川は、魔法少女システム実用化のために必要な人材としてわたしを“創った”。本郷も、自分の考える手前勝手な理想のために利用するため見出された道具に過ぎない。『魔法少女の未来を託す』とかなんとか、意識の高いことをぬかしていたが、それが緑川個人のエゴじゃなくて何なのだ。
こんな愚かなエゴイストが死んだところで、気にかけるに値しない。わたしはそう思うことにしている。
「父親といっても繋がっているのは遺伝子情報だけ。わたしも貴女同様、彼の道具の一つよ」
そう言いながらわたしがその場を立ち去ろうとすると、本郷は「で、でも!」と食い下がった。
……まだ何かあるのかしら。わたしが振り返ると、本郷はひどく言葉を選びながら、こう言った。
「あ、あの、緑川先生の最期の言葉は『ルリ子を頼む』でした……ボクの体は先生の、娘への愛情の産物だと、思います……っ!」
そう告げる本郷の口調はいかにもコミュ障って感じ、声も裏返ってて酷くたどたどしかった。けれど、向けてきた眼差しはとにかく真摯で、上っ面だけの嘘やおべっかの類いではないことはわたしにも分かった。
コイツは本気で言ってるんだ、この聞くに堪えない馬鹿げた戯言を。
……ふんっ。わたしは鼻で笑いながら言ってやった。
「あの男のエゴをそこまで肯定的に受け取るとは、貴女、なかなかおめでたい人ね」
……まぁ、だから選んだのでしょうけれど。
そしてわたしたちは、その場を後にしたのだった。
「……
そう聞き返す本郷に、わたしは説明した。
「そう、SHOCKER。それが組織の名前。わたしの知るかぎり、魔法少女があと4人そこにいる。大変なのはこれからよ」