シン・仮面ライダーの世界に転生したけどオーグメントが全員魔法少女だった件 作:よよよーよ・だーだだ
ルリ子さんに置いていかれてから、ボクは一人考えていた。頭の中でずっとリフレインしていたのは、ルリ子さんから突きつけられた言葉。
「『誰かのせい』にしないと戦うことも出来ない、そんな貴女とは覚悟が違うの」
あまりにも鋭い、そしてあまりにも的確なルリ子さんの指摘。ボクはたしかに緑川先生から『ルリ子を頼む』と願いを受けた。だからクモ魔法少女とも戦ってルリ子さんを助けたし、こうしてルリ子さんを守りながらのSHOCKERからの逃亡生活を続けている。
けれど、そんなの『他人のせい』にしてるのと変わらない。
ルリ子さんの言うとおりだ、ボクは自分の都合で人殺しをしている後ろめたさを、『ルリ子さんを守るため』なんて耳ざわりの良い言葉で誤魔化そうとしていた。そうやって他人のせいにする奴は、きっといざとなったら他人のせいにして逃げ出すだろう。そんな甘い奴、信頼してもらう方が無理な相談なのだ。
……ボクは、どうしたらいいんだろう。
ルリ子さんのことは心配だ、けど、そんなのはボクの勝手な気持ちに過ぎない。ルリ子さんの足を引っ張りたくはない、けど、ルリ子さん本人から拒絶されてしまったら? ボクは生き残るために戦わなければならない、けど、人殺しにはなりたくない。
そんなことばっかりぐるぐるぐるぐる延々と考えているけれど、それでも時間だけが刻々と過ぎてゆく。こうしているうちにもルリ子さんは命懸けの戦いに挑んでいる、あるいは今にも大ピンチに陥っているかもしれない。
SHOCKERの下級構成員たちを皆殺しにしたときの血の匂い、身に余る暴力を振るったとき確かに聞こえた悪魔の囁き、クモ魔法少女を殺したときの感触。今も心身にこびりついたこの名残りがボクを迷わせ、ボクの足をその場へと釘付けにしていた。
「……これが、人を殺した感触だよ、父さん」
そう独り呟いた時、背後に気配を感じたボクが振り返ると、そこにはバイクが一台停まっていた。
緑川先生から託されたもう一つの力にしてボクの相棒、サイクロン。バッタ魔法少女のサイクロンにはAIが組み込まれていて、乗り手であるボクの感情や思考に応じて自立行動しサポートするようにプログラムされている。
そのサイクロンが今、ボクにこう言ってるような気がする。ゴチャゴチャ悩んでねーでさっさと行け、と。
……そう、だよね。サイクロン。
ボクは歩きだした。
サイクロンはボクの感情や思考に応じて動く、つまりサイクロンの動きはボクの正直な気持ちってことでもある。そのサイクロンが『行け』と背中を押してくれたのだ。
ボクの念頭にあるのは父のことだった。ボクに『猛』といういささか勇ましすぎる名前をつけた、ボクの父。けれどその父本人はというとむしろ優しすぎるくらいの人で、その結果自分に与えられた力を自分を守るために使えず命を落とした。
……いいや、そんなのは優しさなんかじゃない。本当のところ父は、与えられた力の使い方を知らなかった、もしくは考えていなかったんだと思う。それゆえに、いざというとき咄嗟にその力を使うことが出来なかった。
ボクは、父さんとは違う。
そうだ。もう『緑川先生との約束のため』なんかじゃないし、『ルリ子さんのため』なんて言い訳もしない。すべてはボク自身の気持ちの問題、ボクのエゴ、自分のためだ。ボクが力を振るうのは他ならぬ自分の意思のため、ボクがボクであるために戦うんだ。
「行こう、サイクロン!」
ボクが跨がってエンジンを入れると、サイクロンは合点承知!と言わんばかりに唸りをあげて走り出した。
コウモリ魔法少女の拠点、その大ホールに辿り着いたボクは万雷の拍手で迎え入れられた。
大ホールにいるのは無数の人たち。彼らはまるで取り憑かれたように虚ろな顔つきで、一心不乱に手を叩いている。
……SHOCKERの下級構成員は皆洗脳されている、と資料にはあった。きっとこの人たちも洗脳されて操られているだけ、心の底から拍手してる人なんて一人としていない。なんて悪趣味な光景だろう。
そしてその中心、天井の梁に標的の人物はいた。
「やっと来たか。待ちかねたぞ、バッタ君!」
……貴女が、SHOCKERの。
そう問いかけるボクに、“彼女”は歪みきった満面の笑みで答える。
「如何にも。このワシこそがSHOCKER最高の生化学基幹研究者、コウモリ魔法少女じゃ!」
頭身が低くて小柄な体躯、見かけの年齢はおそらく10歳前後。透き通りそうな血色の薄い白い肌にプラチナブロンドの髪、血の色そのものが浮かび上がったかにも見える深紅の瞳、そしてマントのように大きな翼。まさに漫画に出てくる吸血鬼ヒロインのようだ。
……でもこの人、本当は緑川先生と同い年のオッサンなんだよな。TSロリババア吸血鬼魔法少女って、これまた属性過多なキャラが出てきたもんだ。まあ、かくいうボクもTS転生魔法少女だから、あんまりエラソーなことは言えないんだけどさ。
そんな他愛も無い考えが脳裏をよぎったボクに、コウモリ魔法少女は問い掛ける。
「ところで君に問題じゃ、バッタ君。人類史上、人間の数を最も削ったものはなんだったか、わかるかのう?」
コウモリ魔法少女からの謎かけに、ボクは少し考えてから答える。
「……疫病、か」
ウイルス、細菌、感染症。ボクの前世でも散々人の命を奪い、文明を脅かしてきた人類最大の敵。転生したあとでも風邪を引いたりお腹を壊したり、その都度ごとに身をもって思い知らされる健康の有り難みと疫病の恐ろしさ。
そんなボクからの答えに、コウモリ魔法少女は嬉々として頷いた。
「そう、飢餓でも戦争でもない、疫病じゃ! 疫病は素晴らしい、疫病こそが社会の腐敗を暴き、真の実像を露にする。疫病こそが、人類の幸福のための重要な
ちがうっ。なにがエレメントだ、ふざけるなっ!
ボクは声を張り上げた。
「疫病はあらゆる人を不幸にする。疫病を無くすため、目の前の命を救うために今も沢山の人が戦ってる! 疫病を無くすことこそが、人類の幸福に必要なことだッ!!」
「……ふん。ワシの理想と芸術、そして美学は凡人にはわからぬか……」
ボクの主張を鼻で一蹴しながら、コウモリ魔法少女は言った。
「ワシの発明したこのバット・ヴィルースは、社会に必要な人間を選別し、不要な人間を抹殺して、価値ある人間に幸福を集約するためのものじゃ。バット・ヴィルースに感染した者は我が眷族となり、ありとあらゆる命令に従う。たとえば……」
そう言いながら、翼を広げるコウモリ魔法少女。その巨大な翼で指し示されたのは、今までずっと拍手喝采していた周りの人たち。
……まさか。
ボクは直感で身を乗り出そうとしたけれど、間に合わなかった。大ホールにいた人たちが一人残らず一斉に倒れ込み、SHOCKERの特殊処理で泡となって溶けてゆく。
「……このように“自害”させることも可能というわけだ」
なんてことを。あまりのことに愕然とするボクを、コウモリ魔法少女はカカカと嘲笑う。
「こやつらはただの実験サンプルじゃ。これでバット・ヴィルースの完成度が如何ほどか、お主にもよくわかったであろう?」
「……ああ、よくわかったよ」
ボクはコウモリ魔法少女に答えた。
「オマエが最低の悪党だってことがな……!」
……なんて酷いことをするのだろう。
コウモリ魔法少女は彼らのことを実験サンプルと呼んでいたけれど、命令に従うことを示すだけなら殺す必要なんか無かった。コイツは、コウモリ魔法少女は、ただ単に自分の力が如何に恐ろしいか、ボクに見せびらかそうとしただけだ。そんなくだらない理由で奪ったんだ、罪も無い人たちの命を、何の意味もなく。
渾身の怒りに震えながら睨みつけてやるのだけれど、コウモリ魔法少女は特に気にも留めないまま話を続けた。
「そしてお主が気にするべくはこやつらではない。お主が気にするべきは、この小娘じゃ!」
そこで入ってきた人物に、ボクは目を見開いた。
「ルリ子さん!?」
緑川ルリ子さん、彼女はコウモリ魔法少女を倒すためボクに先行して乗り込んでいたはずだった。
けれど今、ボクの目の前に現れたルリ子さんの顔つきは虚ろ、歩み寄ってくる姿もまるで夢を見ているかのように覚束ない。まさに操り人形、先ほど皆殺しにされたコウモリ魔法少女の実験サンプルと同じように。
驚愕するボクに、コウモリ魔法少女は有頂天の様子で語りかける。
「ミドリカワの小娘は今、ワシのバット・ヴィルースに感染して
なんて悪辣な奴なんだ。ルリ子さんを守るためにボクが乗り込んできたことくらい、コウモリ魔法少女はわかっているはず。こんなの、選択の余地なんか無いじゃないか。
……まあ、ボクの答えなんて最初から決まってるんだけども。ボクは即答した。
「……わかった。従うよ」
十中八九、罠だとはわかってた。コウモリ魔法少女に服従したとしても、ルリ子さんは助けられない。そんなのはどう見ても明らかだ。
だけど、ルリ子さんの命には代えられない。たとえ罠だとしても、ボクにはそこへ飛び込むしか無い。『ルリ子さんを見捨てて戦う』? そんな選択肢、最初からあるもんか。
そんなボクを満足げに見下ろしながら、コウモリ魔法少女はニヤニヤと笑った。
「……よろしい。まずは武装解除じゃ。魔法少女の変身を解いてもらおうかの? 物騒じゃからのう」
「……わかった」
ボクは迷うことなく魔法少女の変身を解除、普通の少女の姿に戻った。
途端、コウモリ魔法少女が高笑いを響かせた。
「ヒャッハァーッ!!」
……いや、なんかキャラ変わってない? 胡乱なボクを他所に、コウモリ魔法少女は一人勝ち誇り続ける。
「これでワシの勝ちじゃ! これで貴様もバット・ヴィルースに感染した、これで貴様もワシの意のまま! ミドリカワめ、ワシを今まで見下しおって! その報いを貴様の最高傑作で晴らしてくれよう……!」
なんて下劣な奴なのだろう。
そういえばルリ子さんが、コウモリ魔法少女について『もともと緑川博士の研究者仲間だった』と言っていた。あるいはコウモリ魔法少女は、緑川先生のことをライバルとして妬んでいて、ずっと逆恨みしていたのかもしれない。
そんなコウモリ魔法少女から、世にも残忍な命令が下されようとしている。ボクは思わず息をのみ、目をつぶった。
「さあ新たな
……アレ、と思った。
コウモリ魔法少女の言ってることが事実なら、ボクもまたルリ子さんや実験サンプルの人たちのように操られてしまうはず。けど今は意識もあるし、体も勝手に動き出したりしない。それとも、ボクが気づいてないだけで既に操られてたりしてるのかしら。
そんなことも思ったりしたのだけれど、どうやらそうでもないらしい。
「……おかしい、何故バット・ヴィルースが効かん?」
コウモリ魔法少女を見上げると、彼女もまた怪訝な表情を浮かべて困惑していた。どうやらボクも、そしてコウモリ魔法少女さえも予期していなかった事態が起こりつつあるらしい。
「ワシのヴィルースは完璧、こんなことは有り得んはず……!?」
そのときだった。
「ところが、ぎっちょんッ!!」
声の聞こえた方に振り返ると、バット・ヴィルースに操られていたはずのルリ子さんが顔を上げていた。不敵な微笑みを浮かべたその表情からは、先ほどまでの虚ろな顔ではなく確たる意思を感じられた。
「こ、小娘、貴様までっ!?」
驚愕の表情を浮かべるコウモリ魔法少女に向かって、ルリ子さんは言い放つ。
「コウモリおじさん、あなた、緑川に言われたのを忘れたの? 『魔法少女システムは生物には万能だ』って」
「なんじゃと……!?」
何が起こったのか理解できていない様子のコウモリ魔法少女に、ルリ子さんは説明し始めた。
「ウイルスは魔法少女の体内に入った時点で、魔法力プラーナの影響を受ける。そしてわたしも同じシステムを搭載しているの。変身しているかどうかなんて関係ない、あなた御自慢のバット・ヴィルースは、システムの自動防御で無害に書き換えられたのよ」
そう言いながらルリ子さんがコートの下から取り出したのは、一丁のショットガンだった。ルリ子さんはすばやく銃口をコウモリ魔法少女の翼に向けて、即座に引き金を引いた。
あまりに滑らかな一連の動作だったからだろう、コウモリ魔法少女は咄嗟に飛んで躱そうとしたけれど間に合わなかった。
「ギャアッ!?」
豪勢な発砲音、その直後にコウモリ魔法少女の悲鳴が響く。
見れば、コウモリ魔法少女の片翼に大穴が空いていた。墜落しそうになりながら激しく羽ばたいてなんとか持ち直すコウモリ魔法少女だったけれど、これではもはや上手く飛べないだろう。
そんな現状から、コウモリ魔法少女は牙を剥き出しにして唸った。
「小娘、まさかこのために……っ!」
出し抜かれて悔しがるコウモリ魔法少女を見上げながら、ルリ子さんは堂々と応える。
「そう、わたしは常に用意周到なの!」
その表情はまさに満面の笑みで、心の底から勝ち誇っているようだ。そんな頼もしいルリ子さんの様子を見ているうちに、ボクはようやく肝心なことを理解した。
……ボクがいなくても大丈夫だったんだね。
思い返してみればそうだ。ルリ子さんは最初から『一人で充分』と言っていたじゃないか。
そして、そりゃあルリ子さんも怒るよな、と悟る。ルリ子さんを守るとか言う前に、まずはルリ子さん自身の言葉を信じるべきだった。ルリ子さんから信じてもらえなかったことに悩んでいたボクだけれど、そんなボクの方こそルリ子さんを信じていなかったんじゃないか。
こんな簡単なことにも思い至らないまま『ルリ子さんを守る!』なんて一丁前に息巻いて、カッコつけて、勝手にショックを受けて勝手に悩んで。そんな自分のガキっぽさが、ボクはなんだかとっても恥ずかしかった。
……そんなふうにホッとして油断していたからだろう、隙を突かれた。
「おのれ、小娘っ……死ねエエーッッ!!」
「……!」
怒り狂ったコウモリ魔法少女が、不意にルリ子さんへ飛び掛かった。ルリ子さんの方も勝利の余韻で気が緩んでいたのか、一瞬だけ出遅れてしまう。
「あぶないっ!」
「きゃっ!?」
咄嗟にボクが飛び込み、身を挺してコウモリ魔法少女の急襲をいなし、ルリ子さんを抱きかかえて身を庇う。スポーツ万能の脚力があって良かった、でなかったらきっとルリ子さんはコウモリ魔法少女に蹴り殺されていただろう。
そんなボクらを見下ろしながら、コウモリ魔法少女が忌々しげに呟いた。
「どうやら、ワシが望んだ状況ではなくなったようじゃ……」
破れかぶれの不意打ちまでも防がれたコウモリ魔法少女は、とうとうこの場でボクらに勝利することを諦めたようだった。傷ついた翼を必死に羽ばたかせて、より高くへと上昇してゆく。
「ここは戦略的転進とするかの……!」
そんな捨て台詞と共に、窓から外へと飛び去るコウモリ魔法少女。すかさずルリ子さんが声を張り上げた。
「まずい、逃げられるっ!」
その刹那、ボクはコウモリ魔法少女が言うところの“実験サンプル”の人たちのことを思い出した。ただ力を見せびらかすためだけに命を奪われた実験サンプルの人たちと、そのことをまるで意にも介さないコウモリ魔法少女。コウモリ魔法少女は他人の命をなんとも思っていない、こんな非道な悪党を野放しにしたら不幸な人がどんどん増えることになる。
――――逃がさないっ!!――
ボクはサイクロンに跨がり変身、フルスロットルでコウモリ魔法少女を追った。
追跡劇はコウモリ魔法少女の拠点のすぐ近く、廃線になった線路で繰り広げられた。
ボクが線路上をサイクロンで駆けながらコウモリ魔法少女を追う最中、空高くからはカカカと嘲笑うコウモリ魔法少女の声が響いた。
「残念じゃったの、バッタ君! お主の跳躍力はざっと66メートル30、既に地表300メートルを飛ぶワシにはいくら追っても届かぬぞ! カカカッ……!」
……たしかに、コウモリ魔法少女の言うとおりだ。ボクのジャンプ力の限界は66メートル30、ボクがいくら思いきりジャンプしても、このように空を飛ばれてしまっては到底届かない。このまま地表から追い続けたところで、いずれは逃げきられてしまうだろう。
だけどコウモリ魔法少女は知らない、ボクには頼もしい『相棒』がいるのだということを。
「たのんだっ、サイクロン!」
任せろってんだぃべらぼうめっ、と答えてくれたつもりかどうかはわからないけれど、ボクの操作を受けて威勢よく排気音を轟かせたサイクロンは、マフラーのジェット噴射を大地に向けて思いきり飛び上がった。魔法少女といえば空飛ぶ箒、ボクの場合は空飛ぶサイクロン。サイクロンはボクを乗せたまま地表からぐんぐん距離を引き離し、空高くへと昇ってゆく。
そんなボクらを後ろ目に見ながら、コウモリ魔法少女が悲鳴を上げた。
「な、なんじゃとオオォォーッ!?」
すぐさま我に返り、ヒイヒイ息を切らしながら必死に翼をはためかせるコウモリ魔法少女。しかし、ルリ子さんに出し抜かれて翼を傷めてしまった今の状態では碌なスピードも出せないようだ。こんな調子じゃあ、到底逃げきれない。
……そろそろ頃合いだ。ボクはサイクロンから飛んだ。狙うは眼下を飛ぶ、コウモリ魔法少女。
繰り出したのはバッタ魔法少女の必殺キック。
ルリ子さんからの説明によれば、ボクが繰り出す必殺キックは瞬間的に数トン以上の破壊力を発揮するのだという。それだけの荷重が、小柄な少女の足の裏に凝縮されて、コウモリ魔法少女の背中に叩き込まれる。
「ぐぬぅぅ……!」
ボクの足の下でコウモリ魔法少女の全身の骨が砕け、翼が裂けて、内臓が潰れる。ボクとコウモリ魔法少女はそのまま操車場の砂利道へと墜落、その衝撃で操車場のすべてが揺れた。
……戦いが終わったあと、ボクは死に瀕したコウモリ魔法少女が譫言をつぶやいていることに気がついた。
「ミドリカワ……」
ルリ子さん、サイクロン、そして魔法少女システム。コウモリ魔法少女の敗因になったものは、いずれも緑川先生が産み出したものだ。かつてライバルだった緑川先生にありとあらゆる面において敗れたとも言える極悪非道のマッドサイエンティスト、コウモリ魔法少女。その死に間際の言葉は、緑川先生を呪う恨み言だろうか。
そんな風に身構えながら耳を傾けていたボクだったけれど、コウモリ魔法少女から最期に出てきたのは思わぬ言葉だった。
「なぜ誰もワシを理解しないのじゃあ……?」
涙と共に儚くこぼれた、弱々しい末期の一言。このときになって、ようやくボクは彼女の心を理解できた。
この人、ボクとおんなじだ。
同時に、先ほどまでのコウモリ魔法少女とのやりとりが頭をよぎる。『ワシの理想と芸術、そして美学は凡人にはわからぬか』なんてまさにコッテコテの、漫画に出てくるマッドサイエンティストみたいなお決まりの台詞。けれど今ならその真意がわかる。
こんなの、ただの強がりだ。
コウモリ魔法少女だって本当は、自分のことを周りのみんなに分かってもらいたかったはずだ。でなければ今際の際に、誰からも理解してもらえないことを嘆いたりはしない。自分の好きなもの、得意なもの、熱中しているもの、大切にしているもの。自分のことを誰にも理解してもらえない、それがどれだけ寂しいかはボクもコミュ障だからよくわかる。
緑川先生という圧倒的なライバルに対する劣等感で苦しんで、その差を受け容れられずに精一杯に強がって、それでも世の中と関わりたくて研究者を続けていた。たとえその果てで生まれたものが凶悪無比な洗脳殺人ウイルスだったとしても、それでもこの人は誰かと繋がりたかった。
今だってそうだ。
『どうやら、ワシが望んだ状況ではなくなったようじゃ……ここは戦略的転進とするかの……!』
戦略的転進。自慢のウイルスも魔法少女システムには効かなくて、緑川博士の娘であるルリ子さんには出し抜かれ、緑川博士の作品であるこのボクに猛追され、そんな絶望的な状況になったとしても、それでもコウモリ魔法少女は潔く諦めようとなんかしなかった。最期の最期まで悪足掻きをし続けたコウモリ魔法少女、その一生懸命な姿はただのおぞましい悪のマッドサイエンティストなんかじゃあなかった。
普通の人だ、ボクとおんなじ。
彼女は、いいや、彼は、ただ独りぼっちが寂しかっただけの、可哀想なお年寄りだったんだ。
そんなコウモリ魔法少女を、ボクは正義の名の下に足蹴にしてしまった。改造されたバッタ魔法少女の強烈な脚力が繰り出すキックの直撃。それを叩き込んだときのコウモリ魔法少女の体の感触、咄嗟に漏らした苦痛の呻き声が、ボクはどうしても忘れられない。
『ぐぬぅぅ……!』
全身を砕かれて、そのまま地面に叩きつけられて。きっと痛かったろう、苦しかったろう。ボクはコウモリ魔法少女の命をいともたやすく奪ってしまった。
そしてコウモリ魔法少女もSHOCKERの魔法少女である以上、その遺体は残らない。なにしろ殺人ウィルスをばらまこうとしたのだ、きっとこの世の誰ひとりその死を悼んであげたりなんかしないだろう。
……ごめんなさい、コウモリ魔法少女。
あなたのこと、もっと早くわかりたかった。
SHOCKERの特殊処理で淡く消えてく、コウモリ魔法少女。その亡骸の散り際を見下ろしながら、ボクは涙を堪えた。
……まただ、とわたしは思った。
操車場に向かった本郷を迎えに行ったとき、本郷はちょうど黙祷を終えたところだった。
本郷の足には、コウモリ魔法少女の背中を蹴り砕いたときに着いたのであろう、どす黒い返り血がべっとりこびり付いていた。今度の本郷はきっと、コウモリおじさんことコウモリ魔法少女のために祈っていたのだろう。まったく、あんなド外道のクズのことまでいちいち悼んでやらなくってもいいだろうに。
ま、嫌いじゃないけどね、そういうところ。わたしは本郷に訊ねた。
「大丈夫? 無理してない?」
わたしの問いに、本郷は顔を上げながらはっきり答えてくれた。
「大丈夫、無理してません。ボクはやっぱり人を守りたい、そんなボク自身の願いのために戦います。もう迷いません!」
「……そう。覚悟を決めたのね」
出撃前までとは打って変わって淀みない本郷の態度に、わたしは内心で安堵した。
いや、くれぐれも勘違いしないでもらいたいのだが、別に本郷の気持ちを慮ってのことでは決してない。基本的に他人を信用しないわたしだけれどSHOCKERが一人で戦うには手に余る相手である以上、本郷には最低限でも背中を預けられる程度にはなってもらわないと困る。そういう都合があるだけである。
……あ、そうそう、うっかり忘れるところだった。一瞬躊躇しそうになった自分自身を押しきりつつ、わたしはもうひとつ大事なことを告げた。
「……さっきは、わるかった」
「え、な、なにがですか?」
……ったく、意趣返しでわざとやってんのかしら。
怪訝そうな顔をした本郷に思わず毒づきそうになるけれど、すぐに思い直した。本郷みたいな正直者に、そんな厭味ったらしい悪意を込める狡賢さなんてあるわけがない。単に、極度のコミュ障だから上手く聞き取れなかっただけだろう。
わたしは改めて言った。
「貴女を足手纏い扱いしたこと。さっきのは我ながら不用意な発言だった、取り消すわ。足手纏いどころか、貴女にはまた助けられた。ごめんなさい」
そう言いながらわたしは本郷に頭を深々と下げた。非の打ち所がない完璧な謝罪の姿勢、事前に何度も脳内リハーサルしたとおりに出来た。うん、よかった、わたしが常に用意周到で。
そんなわたしに、本郷はいよいよ泡を喰った反応をして見せた。
「そ、そんな、顔を上げてください、ルリ子さんっ! ボクの方こそ言わなくちゃ、って思ってたんですっ」
「『言わなくちゃ』?」
いったい何のことかしら? 怪訝なわたしに、本郷は言った。
「さっきまでのボクはルリ子さんの言うとおりでした、自分の気持ちに嘘を吐いてました。そのことに気づかせてくれてありがとうございます、ルリ子さん。それに『一人で充分』という言葉、信じきれなくてごめんなさい」
そう言いながらペコペコ頭を下げる本郷。そんな本郷が可笑しくて、わたしは言った。
「……ふふっ、お互いに頭を下げ合ってんの。バカみたいだからやめましょ」
「は、はいっ!」
さて、そろそろ引き上げましょ。そう言って歩き出そうとした、その土壇場でのことだった。
「……あ、あの、ルリ子さんっ」
「なによ?」
振り返るわたしに、本郷はいつもどおりのヘタクソな愛想笑いを浮かべながらこんなことを言い出した。
「『ところがぎっちょん』って、なんですか?」
「……えっ?」
わたしの反応に本郷は一瞬ビクッと撥ねてから、ちらちら目線を逸らしていた。
……なによう。その如何にも『地雷踏んじゃったかもしんない』って感じの反応は?
「いや、あの、『ところがぎっちょん』なんて言い回し、ボクはこれまで聞いたこと無くって……」
……えっ、言わないの?
わたしが聞き返すと、本郷は恐る恐る頷いてこう答えた。
「……ええ。早くても平成、下手すると昭和の頃の表現じゃあないですかね……?」
「……っ!」
……沈黙は金、雄弁は銀。真のコミュ障とは何も喋れない人間ではない、余計なことばかり喋って相手を不愉快にする人間である。
それからきっかり一時間、わたしは本郷と口を利いてやらないことにした。
コウモリ編おわり~