アメリカ、サンルイレイステークスにてシンボリルドルフが左前脚繋靭帯炎により直前回避。
そのまま引退に。
そのニュースが飛び込んできたのは、産経大阪杯を翌日に控えた土曜日夜のことだった。
なかなか寝ないマヴの鬣を撫でている厩務員に、調教師が知らせた。
「ああ、アメリカの馬場合わなかったのかなあ……日本自体が海外遠征に慣れてないから人災の面もありそうですけど」
「引退か……寂しくなるな」
『あいつ、引退するの?わたしと凱旋門賞走るって言ったのに……?』
「あっ、起きた……どうしたマヴ。気になるかお前も」
『あいつわたしと約束したのに。嘘つき、嘘つき……!』
寝藁を何度も前足で踏むマヴの機嫌を察した厩務員が馬房から出た。
こういうときのマヴはあまり関わらない方がいい。
経験則だ。
『本当にひどい……わたしだって勝ったなんて思ってないし、たぶん一生思えないのに……!』
その翌日の産経大阪杯は、サクラユタカオーに敗れ四着。
新発田も「なぜ負けたのかわからない、やる気をなくしたのかな」とコメントするしかなかった。
その日の夜、新発田はひとりマヴの馬房に向かった。
マヴは明らかにしょげていて、馬房の隅でじっとしてる。
「マヴ」
『……なに、まさとさん。今日のレース、怒りにきたの?』
「マヴ、もしかしてお前が今日やる気がなかったのは、シンボリルドルフが引退したからか?」
ぴくりとマヴの耳が動く。
きれいな瞳が、じっと新発田をみつめた。
『ライバルが、いなくなっちゃったわ』
「マヴ、今まではルドルフに勝つために走ってたのなら……今度は彼を越えるために走らないか?」
『……』
「はは、馬相手になに難しいこと言ってるんだろうな俺……でも俺はお前がただ我が儘なだけじゃないことを知ってるから。だから、お前にきっと伝わると思ってるよ」
新発田はそう言い、立ち去った。
マヴは夜空を見上げた。
少し欠けた月が確かに照らしていた。
『越える、か……』
『わたし、絶対負けない。
あいつの強さを証明し続けるためにも、あいつを越えるためにも。』
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「さあやはり前残りの展開、後ろの馬は届くのか!?先頭はメジロトーマス、いやパーシャンボーイだ!だが外から一気にマヴ!マヴが来たぞー!!!!」
直線コースに入ると大きな歓声が起こる。
昨年、シンボリルドルフに勝った宝塚記念。
その思い出深いレースで、連覇を狙ってマヴが走る。
「マヴ、ここだ!」
『えぇ、しってるわよ!』
一発鞭をふるうと一瞬でマヴが加速する。
その瞬発力とスピードは他馬が可哀想になるくらいだ。
「あっという間にマヴが先頭だ!これは独走になりそうだ!二着はパーシャンボーイで固そうだ!マヴ、マヴ、やはり勝ったぞマヴ!宝塚記念初の連覇達成!これで牝馬初のG14勝!」
ゴールしたあと、落ち着いてクールダウンすると、万雷の喝采を浴びた。
『グランプリレースを連覇なんて、あいつと同じことしてるのねわたし』
「すごい、すごいよマヴ……!もしかしたら、もしかしたら、あるかもしれない……!凱旋門賞制覇が!」
『つぎはあいつが出るはずだった凱旋門賞、か。いやな予感がするわね……』
よいこの皆、1986年凱旋門賞で検索だ!