フランス遠征したマヴは、馬場に慣れるため牝馬限定戦で凱旋門賞の前哨戦ヴェルメイユ賞(G1)に出走。
いつもより前目の中団に位置し、華麗な差しきり勝ちを納めた。
これでG15勝目。
凱旋門賞の有力馬としてマヴが並んだが……
「ダンシングブレーヴの末脚いつ見てもやばい……」
「五連勝中のベーリングも脅威だぞ」
「ドイツから来たアカテナンゴは聞いて驚け12連勝だ」
「化け物しかいねえ……」
なんと登録した15頭中11頭がG1馬というオールスターズ。
世界一のレースの名は伊達ではない。
「新発田さん、大丈夫すかね」
「んー、確かに俺は騎手のなかじゃ海外馬場、特に厄介なロンシャンの経験は少ないけど、ヴェルメイユ賞であれだけの走りができたマヴを信じるよ」
懸念点は、ロンシャン自体がマヴと相性が悪いところ。
まず先行馬有利で追い込みを得意とするマヴはかなり辛い。
欧州芝独特の重さはパワーを必要とし、さらに怪我防止のため良馬場でも重馬場でも水を撒くらしい。
高速馬殺しの芝でいつもと同じタイムは……まあ無理だろう。
最近鳴りを潜めたとはいえ、元々気性がよろしくないマヴが大人しく先行をするわけがない……と思う。
つまり追い込みか差しの二択なわけで。
いつもの切れ味が出なさそうな馬場だから差ししかないわけで。
「なんだかなあ……」
『はぁ、なんなのあの馬たち……わたしのこと追いかけ回して……』
厩務員に連れられたマヴが帰ってきた。
どことなく、ぐったりしている。
「なにかあったんですか?」
「現地の馬たちと同じシャワー使ったら馬っ気出されたみたいで……マヴが怒ってたので慌てて引き離したんです」
「シリウスシンボリビビってましたね」
もうひとり、マヴを曳いていた厩務員も苦笑した。
『ふん、レディにしつれいよ!』
マヴは勢いよく鼻をならした。
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来てしまった凱旋門賞当日。
さすがのマヴも少し気後れしてるみたいだった。
「すごいな……まさかこれだけのレベルの馬が集まるなんて」
英国や地元フランス、ドイツ、日本、チリなどから強い馬が特に集まっている。
日本からはマヴとダービー馬シリウスシンボリが出走。
シリウスシンボリは前哨戦のフォワ賞は三着であった。
「やはり一番人気はダンシングブレーヴか……」
史上最強馬、欧州最強の末脚などと言われている馬。
騎手が下手なレースをしなければいつも問題なく勝てるとまで。
恐らくマヴは、勝つにはこの馬との末脚勝負に勝たなければならない。
……できるのか、史上最強と呼ばれる馬勝つなど。
『まさとさん、わたし絶対負けないわ!』
パドックで頭をぶんぶん振るマヴ。
馬体は今までで最上。慣れない海外遠征なのによく仕上げてきたな、と調教師の先生や厩務員たちに深く感謝した。
「がんばろうな」
落ち着かせるために撫でながらゲートの後ろで待機する。
『日本のレディ、やはり貴女も走るんだな』
『あんた……えっと……あっ、失礼なやつ!』
『この前は済まなかったな、つい……。』
『ふん、このレースわたしが勝つ。それでチャラにするのよ』
『……それはないなレディ。オレが負けるなんてないに決まってるだろう?』
『うっわ……皇帝だ、あの皇帝の匂いがするわこいつ!あんた嫌い!!』
『(ガーン)』
「その怒りよう……ダンシングブレーヴだったのか、馬っ気出したの」
『やだやだ、自信満々の面蹴りたくなっちゃうじゃない』
もう少し年を経るごとに気性は落ち着かなかったのか、引退後の種付けとか相手蹴りそうとか、新発田は色々思った。
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「凱旋門賞スタートしました。シリウスシンボリとマヴは好スタートです。やはり後方を選んだマヴと新発田政人。これは正解でしょうか?」
ヴェルメイユ賞で一度ロンシャン2400は経験してるとはいえ、他馬に比べたら圧倒的に足りない。
芝は重くパワーがいり、スピード型なマヴはどこまでスタミナと脚を残していけるのだろうか。
三馬身ほど前にはダンシングブレーヴ。
マヴは後方も後方だ。
マヴというより鞍上の我慢の問題だと考えた。
ロンシャンのコースのフォルスストレートでマヴを抑えるために、豪腕と呼ばれた新発田が懸命に引っ張る。
『まさとさん!』
「まだ、まだだ、マヴ……!」
下り坂が終わり、最終直線。
横一線の叩き合いで、シリウスシンボリはうまく前が壁になって抜けられない。
そして、マヴも
『あっ!ごめんなさい!』
『ちょっと、なにするのよ!』
他馬から馬体をぶつけられ、過剰に反応してしまい大外に持ち出した。
……これはまずい。
どうしよう、と考える。
届くのか?もう無理じゃないか?勝てるのか?
ぐるぐると新発田の脳内で回る。
ダンシングブレーヴも外に持ち出した。
あの馬だってピンチじゃないか。
「一頭大きな不利を受けたマヴ!マヴが大外!後方!シリウスシンボリはもうだめか!?マヴ、お願いだ来てくれ!」
「マヴ……っ!」
『大丈夫、最後にわたしは必ずやって来る。そうでしょ?』
それは風のようだった。
でも風と呼ぶには強烈すぎた。
「外からダンシングブレーヴ飛んできたがうわーっ!マヴも大外からマヴ、マヴ、マヴ!!届いて、重なって、並んで……!!!どっちだー!?」
一瞬の出来事だった。
マヴはダンシングブレーヴより後方外の位置から一気に加速し並んでもつれ合ってゴール。
新発田はただ阿呆みたいに腕を動かして押し込むことしかできなかった。
わかったのは、マヴは諦めずに追い続けたということだけ。
「これはダンシングブレーヴ……いや非常に際どい!際どい勝負となりました!」
呆然としたまま、待機する。
かなり際どい勝負で、判定待ちといったところだ。
「お疲れ様です。最後の脚、本当にすごかった!!夢を見ました……」
「やっぱりダンシングブレーヴが体勢有利か」
「はい。えっと、ダンシングブレーヴの調教師の方も誉めていました。」
「あのとき、ダンシングブレーヴも確かに絶対的に不利な位置だったけどマヴはそれ以上だった。そこからゴール板まであっという間に並んで競り合った。確かに、日本の女王の脚は、欧州最強を越えていたと」
「そうか……」
『ねえ、勝ったのわたし?それとも、まけたの?』
「今、結果が出されて……!あっ……」
「……負けたか」
ハナ差5センチで負けていた。
薄々勘づいていたけれど。
『ねえ、わたし負けちゃったの?わたし、あんなに頑張って……』
『オレが勝った……勝ったのか、そうか……』
『あんた、確かに強かったわね。わたしがあそこまで迫っても、差せなかった』
『末脚には自信があるからな。……本当に、一番自信があったんだよ。』
『?』
『貴女こそ、あれだけの不利を食らって、オレ以上の脚で迫った。とても悔しいよ。まさか末脚勝負で負けるなんてな。レースに勝って勝負に負けた心境だ。こんな思い、初めてだ』
『脚だけ勝っても意味ないの。わたしはこのレース、勝ちたかった。』
『そうだな。でもこれは覚えて帰ってくれ。日本のレディ、いやクイーン。貴女の脚は、世界に確かに届いていたよ。二着でも、必ず得るものはあった。』
『……いやね、勝者の特権だもの。その言い方』
最終直線ラスト100メートルのイメージは2012年秋華賞