「悠仁にもそろそろ、『縛り』を知ってもらおうかな」
「縛り?」
「そ。縛り」
白髪。目を隠すように付けている黒のバンダナ。襟の高い黒ずくめの服装。
奇抜な格好だが、それでも眉目秀麗である事が伺える目鼻立ち。
それに相対するは、学生服のうなじ付近から赤いフードをだぼんと垂らした、若さを感じる青年。
2人の名は、1人目が五条悟、2人目が虎杖悠仁と言う。
虎杖が顎に手を当てながら、五条に問いかけた。
「縛りって……縄で体を縛ったりするあの『縛り』?」
「感覚的には近いけど、僕が言ってるのは呪術の『
「へ~……」
大金が絡む会社と会社同士の契約とかで、破ったら超莫大な賠償金が発生するとか、そんな感じかと考える虎杖。
五条は言葉を続ける。
「でもこの縛り、実は1人だけでも結べるんだよね。自分ルールって奴。小学生の頃にやったことない? 白線の上以外を歩いたら死ぬって感じのさ」
「あ~、あるある! ……え、でも、その縛りって1人でする意味なくない? 破ったら大変な事になるルールが増えるだけでしょ?」
虎杖は疑問に思った事を口にした。
もし白線の上以外を歩いたら死ぬなんて縛りを結び、それが永遠に続いたら、生活が不便どころの話では済まない。それが憎い相手と共有する縛りではなく、自分1人だけのマゾプレイというなら尚更だ。
彼のそんな疑問に、五条は予見していたように飄々と答える。
「そうだね。だけど1人で自分が不利な縛りを結んだ時は、それを埋め合わせるような
「ふ~ん……」
「そこで! 悠仁君には、不用意に縛りを結びすぎて、今も生活に困ってるお馬鹿さんを実際に見てもらいたいと思いまーす!」
五条がそう言って振り返る。
2人は今まで話しながら薄暗い道を歩いており、たった今、両開きの大きな扉の前に到着した。
五条が何の遠慮もなく人をお馬鹿さんと呼んだのに対し、いつもの事だと思ったが、流石に失礼ではないかと微妙な顔をする虎杖。
「酷いなぁ五条先生……。というか、今の俺が会っていい人なの?」
「いーのいーの。七海の同期だから、僕の後輩だし」
「ナナミンの……」
虎杖の記憶には一級呪術師・七海の姿が色濃く残っている。彼は非常に頼れる呪術師であり、大人だった。
そんな彼の同期だと言うのなら、きっと頼れる人なのだろうと勝手に思案する。
「それじゃ、ご対面!」
「…………」
虎杖はなぜかゴクリと生唾を飲み込みながら、開かれていく両扉の先を見つめる。
そして、扉が開かれていた先に立っていたのは。
「あの~、それで次のお見合いの日程の詳細を……えっ、別の相手が見つかった!? ちょちょっと、待って―――」
悲痛な顔をしながらスマートフォンを耳に当てる、黒髪の男だった。
男が喋っていた内容を聞いて、大体の通話の内容を察する五条。クツクツと小ばかにしたような笑いを漏らしながら、彼に話しかける。
「何、またお見合い断られたの? これで何件目?」
「これで……5件目くらいですかね。今月は」
「トータルにするといくつ?」
「考えたくないッす」
身長は恐らく175センチくらいだろう。顔は並……人が見ても不快にも快にもならない、悪く言えば記憶に残りづらい顔。黒髪をさっぱりと短く纏めており、どことなく清潔感が漂う。
服装は五条と同じ、呪術高専に所属する呪術師がするような黒ずくめの格好だった。スーツのように首の中央からへそまで一直線に並んだボタンで服を閉める式で、高専の生徒とは少し作りが違うようだが。
虎杖の第一に思った率直な感想は、ナナミンほどの覇気はない。それだけだった。
「それで……こっちが、例の宿儺の?」
「そうそう、宿儺の器の虎杖悠仁君。今日は縛りを教えてあげようと思ってね。
「まぁ、それはそうですけど……」
冴木と呼ばれた男が虎杖の方にゆっくりと振り返る。
そのまま、先ほどの電話の件をまだ引きずっているのか、覇気のない声で言い放った。
「俺の名前は
「う……うっす! 虎杖悠仁って言います、よろしくお願いします!」
虎杖の元気のいい挨拶に、冴木は眩しそうに目を細めた。
「元気だなぁ……しかもカッコいいし、爽やかだし。実は結構モテるでしょ虎杖君?」
「いや……そんなには」
「うっそだぁ。多分気付いてないだけで、結構好かれてると思うよ」
やけに実感の籠った言葉を放つ冴木。なぜ初対面でこんな事を言われるのだろうと虎杖が首を傾げていると、五条が耐えきれないと言った風に笑い始めた。
「アッハッハッハ! 悠仁、この冴木って奴はモテなさすぎて女性関係の縛りを大量に結んでるんだ。それも面白いのばっかり……ぷくく」
「そうなんですか?」
「あー、そうだね。学生の頃の謎の勢いで結んだけど……本当に失敗だった……」
五条が大笑いし、冴木が後の人生を悲観する程後悔する縛り。それは一体どんな物なのだろうか。
虎杖が考える暇もなく、五条がネタ晴らしする。
「非呪術師の女性と会話しない縛りでしょ? 呪術師の女性の攻撃を避けない縛りでしょ? 昼間の呪力を制限する縛りでしょ? クリスマスとかハロウィンとかバレンタインデーとか、それ以外の日の呪力量を制限する縛りでしょ? 他に何かあったっけ?」
「ちょ、何で俺の縛り勝手に言うんですか!」
「面白いから」
悪魔のような表情でそう言い放つ五条。
縛りの内容を聞いて、唖然とした表情をする虎杖が問いかける。
「ふ、普段の生活とかどうしてるんすか?」
「基本高専以外では喋らないよ。ここなら全員、力量に差はあれど男性も女性も呪術師だからね」
「ちなみにさっきの電話は呪術師とのお見合いの電話。まー、術式が弱いからお見合いが通らないのも仕方ないよね。
冴木の術式は粘着性の糸を出したり、ただの頑丈な糸を出して相手を縛るだけ。雑魚いよね」
「だから何で言うんだァ―――ッ!!」
冴木が口を大きく広げてそう叫んだ。
自分の縛りと術式を全て開示され、弱点も何もかも曝け出された冴木はぷんぷんと怒りながら部屋の隅に行って電話を掛け始める。僅かに聞こえる内容から、新しいお見合いの電話である事が分かる。
部屋の隅に言った冴木に聞こえないように、虎杖が小声で五条に言う。
「その……縛りが怖いって言うのは分かったけど、大丈夫なの? ちょっと凄すぎて参考にならないって言うか」
「アレは特殊すぎるからね。でもさっきも言ったでしょ? 1人の縛りは、不利を埋めるような利が発生するって。
冴木は縛りのせいで強さにムラがありすぎるから二級呪術師だけどね。
色んな条件が完全に噛み合わさった時は、一級呪術師のトップを争えるほど強いよ」
真面目な顔で五条が言う。
一級呪術師のトップ。七海ですら届かない、特級呪術師のすぐ下の位置。
縛りとは、引き算と足し算。
極端に不利な縛りを課した時、それに対する利は比例するように大きくなる。
時期と時間と条件で強さに幅がありすぎる、術式も見た目もパッとしない、
それが冴木渉という男であった。
「……でも、非呪術師の女性と話せないって不便過ぎない? コンビニとか行けないじゃん」
「店の外から店員が男かどうかよく確かめてるよ」
……余りに不利すぎる縛りという物も、考えものであった。
きっと続かない