かつて神を喰らう者だった彼は数奇な運命に見舞われていた。生きながら死を体験し、また幼い頃から生を紡ぐこととなった。
特別な力もなくなり、平和な世界でただの人間となった彼は、またも世界の宿命に立ち向かうこととなる。
腕に黒い枷はない。
背中に金色の翼もない。
凍てつく刃も。
機関銃も。
巨人の巫女もない。
あるのはかつての思い出と、危機に対する立ち回りだけ。力をなくしても彼は決して諦めなかった。
──生きていたいから。ただそれだけのために。
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ロンドンでの魔術王との対立後、立香くんからの視線にむず痒いものが増えた。何かに気付いたかのような、気付いているからこそ何も言えず、視線を送るしかない。そんな感じの──。
「ドクター」
「うん?ああ、立香くん」
「…無理しちゃ駄目ですよ」
「はは、なんの事かな?」
目を細めて僕を見る立香くんは別の誰かを見ていた。
懐かしむように、僕を引き止めるように。
「…知り合いの話なんですけど。彼、俺のこと、置いて行ったんです。後を頼むと言って。
一人で戦って、追い詰められて、それで…」
「…それで?」
「どうにもならないから俺、連れ戻しに行ったんです。彼を囲っていた女は、一度は諦めたくせにどうして連れ戻しに来たんだって言ってきて。
…正論ですよ、勿論。諦めたくせに、結局は諦めきれなかった。
…死んでるって思いたくなかった」
「!」
「彼は、戻ってきました。…まあその間に俺が死にかけたりしましたけど、戻ってきたんだ、彼」
「良かったじゃないか、死んだと思ってた友達が生きてたんだろう?」
「そう、そうだ。残された側だったのに…帰ってきて、今度は俺が…残して…」
「…立香くん?」
「…ねぇドクター。……ロマニ・アーキマン」
「僕の名前なんか呼んで…どうしたんだい?今日の立香くんは何だか変だよ」
「…自分が今、生きていることを、忘れないで」
「えっ」
彼は、気付いている。
「明日もレイシフトなんだよね?俺、もう寝るから。
それじゃ、ドクター。……おやすみなさい」
それでもなお、平然と言う。
「また明日」
──明日も会おうと、彼は言うのだ。
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「アレ?今、立香くん居なかった?
声がしてたと思ったんだけど」
「あ、ああ、今さっきマイルームに戻ったよ」
「そっか、ざんねーん。「ダヴィンチちゃん特製モーニングスッキリー薬」のモニターをお願いしたかったんだけどなー」
「何だって?…あー、勘弁してあげてね?」
「ちぇー、じゃあ2徹のロマニくんにあげよう」
「うーん、仕事も片付いたし心底要らないかな!」
「…後でシェイクスピアかアンデルセンにでも売りつけよう」
「…安全なんだろうね?」
「まあ、死にはしないだろう!なんせ試作品だからね!」
「貰わなくて良かった!」
そういえば、彼は死にかけたと言った。死にかけた後、友達が戻ってきて、立香くんは友達を置いて姿を消した。
残されて、残したと。
──それはいつ起きたのか?
彼が生きてきた17年の間に起きたとは思えない。大きな事故にあったとか事件に巻き込まれたとか、書類には書かれていなかった。
…もしかしたら、もしかしたらだ。立香くんは
僕と、同じように。
「じゃあ、立香くんは僕よりもずっと前から人間なんだよなぁ」
「ん?そりゃそうだろ、彼は今年で17歳だからね。それがどうしたんだ」
「……いや、レオナルドが気づいていないなら、別にいいよ」
「ふーん…?なんか含みのある言い方だなー?ま、いいさ。この天才ダヴィンチちゃんが気づけないんだ。…相当のことなんだろ、ロマニ。
…だ・け・ど!」
「うわっ!」
ビッ、と僕の鼻すれすれに、レオナルドは人差し指を向けた。
「…残される私たちにとって、君の語る願いや思い出はもはや呪いに近い。特に生者である、立香くんやマシュ、スタッフたちには雁字搦めの呪詛だ。
彼らには死ぬまで、…もしかしたら死んだ後も付いて回るかもしれない」
「僕の言葉が、呪い?」
「そうだぜ?言うなら鉄球の付いた足枷だ。君の願いを引き摺って引き摺って生きていかなければならないんだから」
「…そう、そっか。そっかぁ…それだったかぁ」
「何一人で納得してるんだ」
「最近、立香くんの視線がむず痒くて。…理由は分かった。
やっぱり、僕に生きろって言ってるんだ」
「…立香くんが、ねぇ。彼も何か隠してるっぽいな」
「無理に詮索しないであげてね」
「分かってる分かってる。じゃあ、私はこれで。ロマニも早く寝るんだぞー」
「ああ、じゃあね、レオナルド」
…まあ、何をどうこう考えても所詮は憶測に過ぎやしない。立香くんの口から自分のことだと聞いたわけでもないしね。
だけど、彼は願いを言えずにいる。「生きていたい」、そんな思いが滲み出ている。レオナルドを含め、僕たち数少ない大人はその願いを聞き入れたい。叶えなくてはならない。
人として、あるべき姿。
今日、立香くんは僕に呪いをかけた。
また明日、と。
明日も生きろと呪いをかけた。
「君が残してきた側なら、僕の気持ちも分かるくせに」
あーあ、不器用だなぁ、僕も、立香くんも。
全部、面と向かって言葉に出来たなら、こんな困ることないのに。
「忘れないよ。…決して」
これが僕の生き様だ。