瑠璃とお詫びデートした次の日。
日課になりつつある
「始めの頃はどうなるか思いましたが、だいぶ落ち着いて授業に参加できてきましたね」
と、運動着に着替えた
「まぁ、
無色は安堵して答える。今は無色モードで、彩禍の身体はまだ修復が終わっていない。
「そのようですね。でも、万が一のことを考慮すると心もとないですが」
黒衣は顔を歪め心配そうにする。
未来の彩禍が告げた滅亡するという未来が気になっているのだろう。一体、何かが起きるのかわからないが、それが滅亡因子と関係しているのは理解できた。
「そうですね。滅亡する前にプロポーズしないといけないですからね」
「……はぁ」
黒衣が吐息を漏らしたところで、アンヴィエットが歩いて来て、いつもの準備運動が始まった。今は無色モードなので、クラスメイトから注目されることはないが、それでも若干一名にとっては違うようで、準備運動の段階から背後から追走されていた。
「……瑠璃。悪いね、遅くて」
無色は振り返りながら呟く。彩禍の恩恵を受けている無色の身体でも、鍛錬された学生たちの身体能力を上回ることはない。
なので、準備運動でも自然と最後尾になってしまうのだが……。
瑠璃はそんな無色を思ってか、準備運動でも同じ速さで走り、身体の動きが悪い箇所を親切に指摘してくれる。
「ふん、別に。あんたが落ちこぼれなのはわかりきっていたことだし、辛かったから直ぐに〈庭園〉から出て行っていいのよ」
「出て行かないよ。好きな人がいるんだから」
「ぐぉえっげっほぐぇぉ……ッ。ハァアハァア」
瑠璃は何か器官に詰まったのか、呼吸を粗くする。
無色は心配そうに声をかけ、その肩に手をやる。
「大丈夫? 咽た?」
「ちちち、違うわよ。そう、これは肺を鍛えるトレーニングよ」
そう言うと、瑠璃は背中を震わせ、無色を置いて先に行ってしまった。いつものことなので、さほど気にならないが、あそこまで情緒不安定だと逆に心配になる。
無色は準備運動を終えると、練武場の中央に戻った。その頃には瑠璃は正常に戻っており、無色の隣は私だと言わんばかりに陣取っている。
全生徒の出席を確認した後、アンヴィエットは授業を始めた。授業はいつものボール状のターゲットを用いた第一顕現および第二顕現の構築。
今日も相変わらず、アンヴィエットは野生的な笑みを浮かべているが、今日は一段と鋭さと笑みに磨きがかかっていた。
それには理由があり、今回はできる者とできない者とで分けて行い、できない者に徹底的に教えて込む特訓だ。
無論、無色はできない者に分類されるので、瑠璃とは分かれてしまうのだが、なぜか瑠璃は一向に離れてようとしない。
「……瑠璃」
「ふん。離れる気はないから。うちのクラスで真面にできないのはそこの黒衣とあんただけだから私が直々に教えても何も問題ないわ」
瑠璃の発言は傲慢のように聞こえるがけして噓ではない。学生で〈騎士団〉に参加できるのは技術と功績を認められた者の証拠。今の無色に反論する隙すら与えない。
とはいえ、この授業はアンヴィエットの管理下である。
「……おい。何勝手に決めているんだ。そもそもお前S級魔術師でも感覚派だろ」
アンヴィエットは頬をかきながら普通に正論を返した。
痛い所を指摘され、瑠璃はぐっと唇を噛むが、前回とは違い、今日は簡単引き下がるつもりはないらしい。
「……でも、生徒同士で教え合うのは教育としてもいいことです」
「そうだな。教え合うことはいいことだ。でもなぁ、S級魔術師の教えは時に毒になるのは知っているか。特に感覚派で感じているやつほど、事故が多いし、最悪死亡だな。こんなにいったんだから、今日は大人しく自己錬でもしていろ」
「……」
瑠璃は押し黙った。
アンヴィエットは指摘することはあながち間違いではない。魔術の理解が深まったことで、誤作動することは少なくなったが、全くないと言えないのが現状だ。
前回よりもダメージが大きいようで、心なしか、瑠璃の瞳は潤んでいるような気がした。
「おい、黙って見てないで手を動かせ」
と、アンヴィエットが生徒に指示を飛ばして特訓を促す。誰もがいつもように授業の終わりを期待した矢先、奇妙な笑い声が響いた。
そして、視界に映った瞬間、その場の雰囲気が一気に凍り付く。
「……あらあら、授業中にお邪魔して御免あそばせ」
影から生え上がったのは赤と黒に彩られたドレスに身を包んだ一人の少女。
左右不均一に結われた黒髪に、華奢な肢体。色違いの双眸は一目で男を虜にする魔性の魅力を秘めていた。
アンヴィエットは冷や汗を垂らす。一体、何に怯えているのかわかないが、ただ迷い込んだだけの少女ではないことは無意識に理解できた。
「んで、あんたは何者だ?」
「ごきげんよう。異界の訪問者・
そういうと、狂三の足元から幾本生白い手が生え、影から這い出るかのように同じ顔を少女が次々と姿を現した。
生徒の影から、アンヴィエットの影から這い出る。その数はゆうに百を超える。
錬武場が生徒らの悲鳴で混沌とする。
「はァ⁉ 分身体だと。滅亡因子でもドッペルゲンガーが使う特性だが、この数は多すぎる。一体、なにしやがった」
「疑問に思うのは後です。生徒たちが自己防衛しながら避難を」
瑠璃は硬直状態抜け出すと、生徒に向けて一喝するように叫びを上げる。
「ちっ、わかってぁるっうの‼ B級は出来る限りC級以下の退避を援護、C級以下は二人一組になって中央エリアへ」
『は……はいっ!』
その指示に従って、生徒は応戦および退避を始める。無色もC級以下なので、退避せざるを得ないが、ここにいても邪魔になるだけだと思い、黒衣とともに中央エリアを目指す。
「今は我慢してください」
「……わかっているよ、でも」
「騎士不夜城ならこの程度大丈夫です。不味いのは持久戦に持ち込まれることです。今のうちに避難して戦略を立てるのは先決でしょう」
実際、黒衣の指摘は間違いではない。一体一体の狂三の強さはドラゴン一体と比較すると、それほど強くなく、さほど難しい相手ではない。アンヴィエットや瑠璃も、既に二十体以上撃破しているが、一向に減る気配がないことが問題だった。
そう、数の暴力。
前回のドラゴン軍団もそうだったが、数で圧倒されると魔術師は不利な状況になってしまう。
前回は彩禍の顕現で殲滅できたが、今はそんなこと言っていられない。
「あれって、過去に現れたことは?」
「あります。でも、分身体は今の三分の一だったかと」
「なら、能力とかってわかっています?」
「一言で申し上げますと、時間を関する能力でしょうか」
「時間?」
「自身の加速、相手の減速、停止です」
「……また厄介な能力ですね」
「ですが、彼女自身の身体能力は平凡で、近距離の攻撃を苦手にする傾向があります」
「……近距離が弱点ってことですか」
「そうとも言えません。単体ではその傾向があるだけで、その弱点を数で補っています」
その言葉を受けて、無色は苦々しい顔を作る。
「そんなの無敵に等しいじゃないですか‼」
「えぇ。ですから戦略を考えないといけないのです」
黒衣はそう首肯すると、錬武場に目をやった。無色も黒衣の意図を察して、錬武場に目をやると、戦況が全く変化していないことに気づいた。
「……もしかして、数が増えている?」
「はい。彼女は相手の時間を奪って、分身体を生成します。始めは少数でも、相手の時間を奪って戦況をひっくり返す可能性があります」
「……」
無色は押し黙り、この戦況の悪さに冷水を浴びたような感覚を覚えた。
倒さないといけないとわかっている。
そうしないと瑠璃も、無色も、黒衣も、死んでしまう。でも、方法がないのだ。
無色の身体では何も。彩禍の身体ならできたとしても、今は叶わない。
無色は自身の弱さを悔いるように拳を強く握った。その様子を察して、黒衣はどこか不服そうな様子で小さく息を吐いた。
「なんども言いますが、だから戦略です。学院を守ってきたのは、私一人ではありませんから。一人で背負わなくていいのです」
そういうと、黒衣は会議室がある方に目をやると、どうやってこき使ってやろう、と言わんばかりに妖艶な笑みを浮かべるのだった。
*
「……えぇと、黒衣。この状態で会議に参加する意味あるんですか⁉」
「はい。いつ力が使えるかわかりませんが、もしもの時の保険です。今回は一般学生という立場を使いますので大丈夫かと。こんな状況ですし、あの騎士不夜城なら不服そうにしますが納得するでしょう。それ以外の者には彩禍の意向と言えば何も言えません」
黒衣は無色の問いに答えると、無色の手を引いて注意を促した。
「伝達によると、管理部と〈騎士団〉の面々は半数揃っているそうです。時崎狂三への対応を考えるとこの人数が妥当かと。とはいえ、可逆討滅期間が迫っているので、いつまでこの均衡が続けられるかわかりませんが」
そして彩禍ではなく無色の状態で、扉をノックしたのち、会議室へ足を踏み入れた。瞬時に騎士団の痛ましい怪我を見て、血の気が引いていく。
瑠璃も怪我をしたのでは、と思った矢先、後方から何者かに抱き着かれ、背中に重みが伝わる。
「どこにいたのよ⁉」
瑠璃は掠れた声で呟くと、安堵するように一息ついた。
まるで泣いていたような様子だったが、聞くのは野暮かと思い、無色は瑠璃が落ち着くまで抱きしめられていた。その間、瑠璃は一向に抱きしめる力を弱めなく、無色の身体がバキバキと悲鳴を上げていたのは内緒だ。
「騎士不夜城」
黒衣に呼ばれたのち、瑠璃は抱きしめるのをやめ、周囲の状況を確認した。
「……失礼しました」
瑠璃はすぐに謝罪すると、恥ずかしそうに無色から視線を逸らす。だが、冷静さを取り戻すと「ハッ」と気づき、無色に向けて指を突きつける。
「な、なんでいるの?」
無色は頬を掻きながら答える。
「……会議の見学的な感じかな」
「何を言っているの……ふざけている?」
「や、そうじゃないけど……」
無色は困惑するように息を詰まらせ、縋るように黒衣に助けを求めた。黒衣は呆れ半分面白半分といった笑みを浮かべると、要望通りに口添えをする。
「今回の会議は人数が不足しています。そのため優良な意見が出にくいかと。なので、今回は特別な処置として、騎士不夜城の兄・無色さんに一般学生の視点から口にして欲しいと思い、足を運んでもらいました」
「……そう。でも、私は認めないから! 一言でも口にしたら、首が飛ぶと思いなさい」
そういうと、瑠璃は着席した。とはいえ、凄まじい威圧感と剣吞な色を帯びた視線は一向に止める気はなく、無色は瑠璃の不可視の圧力に圧倒された。
でも、クラスの時は違い、会議室に集まった面々は慣れているのか、何もないかのように自然体を保っている。
「大丈夫ですか」
「……はい」
「もう管理部と〈騎士団〉の面々に話は通していますので、騎士不夜城の兄として、堂々として頂ければ問題ないかと」
「なるほど……って」
無色は頷きかけたところで、一か所だけ疑問に思った。
「騎士不夜城の兄として堂々とはどういった意味なんですか」
「それは騎士不夜城が好む理想の兄、ということです」
「それ答えになっていないですよ。余計にわからなくなったんですけど」
「要するにいつも無色さんでいいということです」
「なら、そういってくださいよ」
と、管理部と〈騎士団〉の面々が着席したのを確認したのち、黒衣と無色は小声で話すのをやめ、今回の指揮を取るアンヴィエットに目をやった。
本来は彩禍も出席すべきなのだが、傷を癒すという名目上、不参加が許可されている。
そのため、会議の指揮を取るのは管理部と〈騎士団〉の面々の誰かになるのだが、今回は実戦経験が豊富なアンヴィエットが適任として選ばれたらしい。
「そんじゃ。臨時会議を始めます。まずはこちらを」
そう言って、アンヴィエットが手元の端末に触れる。すると、楕円形のテーブルの真ん中に、『ナイトメア』の等身と戦闘動画が投映された。
「今日を含めて『ナイトメア』の滅亡因子出現回数は二回。能力は時間操作と分身体作成と判明しており、前回は久遠崎の顕現で討伐完了。『ナイトメア』は所持している銃が異能のトリガーで、近接攻撃はないと判定。今後の対策として──」
そして、アンヴィエットの実戦経験と交えて、今後の対策が決められていく。
今回の滅亡因子『ナイトメア』の異能は黒衣から事前に聞いていた通りで、さほど進展されているとは言えなかった。無色以外の面々が意見を出して対策を捻っているが、『ナイトメア』を倒し得るには二手、三手足りないのが全員の見解だった。
「なかなかいい意見が出ませんね」
「まぁ、致し方無いことでしょう。とはいえ、可逆討滅期間が迫っているのでそんなこと言っている暇なんてないでしょうけれど、やはり、厄介なのは分身体作成の力かと」
「……あの今更ですけど、前回はどうやって倒したんですか」
「端的に言うと、地上への全体攻撃です。〈庭園〉の外は戻るので、学院の面々を結界で保護した後、『ナイトメア』の分身体作成速度が間に合わない速度で、遠距離から一方的に殲滅しました」
「……大胆ですね」
「実際にはその手段しか取れなかったと言った方が正しいかと。今まで、色んな強敵と倒して来ましたが、生存力に関しては『ナイトメア』に勝る者はいないでしょう」
黒衣は険しい表情を浮かべるも、相手の力を称賛している様子だ。
会議が始まって一時間ほど経った頃。
自分の対策が正しいと言わんばかりに会議室は様々な意見が飛び交っていたが、意見がまとまらないということで、一旦会議は終了することになった。
「次の会議って、いつ頃ですか?」
「そうですね。よくて三時間後でしょうか。ちょうど、警備の交代する時間帯なので、それまでにいい考えが出るといいんですが」
黒衣は渋った顔つきで言葉で続ける。
「とはいえ、学院に張った結界が持てばの話ですけど、このままだと想定よりも早いかもしれません」
黒衣はそう首肯したのち、無色の瞳を見つめる。
「えぇと、急にどうしたんですか。変なものでもついています?」
「いいえ。状況が状況なので、保険として無色にも頑張ってもらいたいかと」
「……でも、今は」
「はい。でも、力はなくても彩禍様になることができるかもしれません。そうすれば、会議での発言力が増しますし、自然と統率力が向上するので、いいこと尽くめかと」
「……まぁ」
無色は微かに眉根を寄せるも、話としては筋が通っているので渋々納得する。
「では、無色さんには欲情して貰う必要があるので、お風呂に向かいましょう」
「……なんで」
「それは刺激を与えるためです」
「部屋ではダメなの? というか欲情以外で変われないの⁉」
「前例がないので無理かと」
「まぁ……そうかもしれませんけど」
「では」
と、黒衣に促されるまま、無色は強引に手を引っ張られるのだった。