──時は戻り
未来の彩禍がいた頃に舞台は戻る。
「ふむ。奇襲でも生き延びるとは『わたし』も人であり、そこらにいる生き物と同じだったということか。とはいえ、どうやって生き延びたのか、複数の可能性があって埒が明かないな。融合や魂の移行などが考えられるが……」
そう言って、彩禍もとい未来の彩禍は肩をすくめた。
世界の管理権を獲るために、今の時間軸の私「久遠崎彩禍」を殺さないといけない。
そうしなければ未来は救われない。
過去の私/彩禍を殺した後の手順は思いつく限り、考えていたが、ここまで自分が生き汚く生存するとは思いもしなかった。
これが神の気まぐれというものかもしれないが、未来の彩禍にとって悪い方向に転じているのは確かだ。
因果律を狂わせるために無駄な顕現の消費を控えたいところだし、考えなしに『わたし』と戦闘するのは不確定要素が多すぎる。
「……はぁ」
未来の彩禍は吐息を溢す。
奇襲が失敗したとなると、使える策が少なくなる。滅亡因子を一ヶ所に集結させ、襲撃させることは可能であるが、それでも殺し切れるとは言えない。
そんなこんなで、決め手がない状況であるが、ふと「未来の滅亡因子」が使っていた使い魔の召喚システムを思い出した。
「……確か、英霊の座から古今東西の英霊を召喚するとか」
どういった原理で、英霊の座というものに記録されるのか、わからないことだらけだが、優秀な使い魔を召喚できるのは魅力的な話だ。
本来は神秘を帯びた触媒というものが必要であるが、今は手持ちがないので膨大な魔力で代用する。なんでも触媒がなくても、自分に所縁がある者を召喚されるとか。
未来の彩禍は人気ないことを確認した後、召喚陣を地面に描き、召喚呪文を告げる。
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。我な名は久遠崎彩禍。 降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
「閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」
「────―Anfang(セット)」
「 ────────告げる」
「────告げる。 汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。 聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
「誓いを此処に。 我は常世総ての善と成る者、 我は常世総ての悪を敷く者」
「汝三大の言霊を纏う七天、 抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ──―」
未来の彩禍は言い終えると、召喚陣の中央に立つ人物に目をやった。
「……」
膨大な魔力を込めた分、強力な使い魔が召喚されるのは当然だが、想像していたよりも異なる人物が召喚されたので、未来の彩禍は小さく吐息した。
すると、未来の彩禍のことを察してか、召喚された使い魔は不気味な奇声を上げると、名を告げた。
「きひひひひ、召喚に応じて参上しましたわ。クラスはアーチャーということでいいしょうか? まぁ、アーチャーと呼ばれるのは慣れませんので、ナイトメアか時崎狂三のどちらかでお呼びくださいませ」
ナイトメア/狂三は赤と黒で基調された霊装を両手で揃え、深く頭を下げた。華奢な肢体で美しい少女であるが、その胸奥に宿る狂気が漏れ出ている。
「そうか、君が呼ばれるのか。ふ、面白い」
未来の彩禍は満足げに笑みを浮かべた。
理由は単純明快。そう、ナイトメアの声に聞き覚えがあったからだ。だが、それは本来なら有り得ない話だったが、今は素直に召喚という可能性の素晴らしさを実感した。
「君には『わたし』の情報収集と、必要な時に適した状況の提供をお願いしてもいいかい。決め手は私がどうにかするから、裏方に回って欲しい」
「えぇ、いいですわよ。わたくしたちを駆使すれば、夕暮れまでに必要な情報を提供できると思いますわ」
「あぁ、それとあと一つだけ頼みをお願いする。これはもしもの話だ。もし、わたしがやられたら、君は出来るうる限りで『わたし』の邪魔をしてくれ」
「はて。なぜ殺せと命令しませんの? そちらの方が簡潔ですわよ。それになぜ、邪魔と? まるで負けるかのような……?」
「いや、負けるつもりはないよ。それに『わたし』は私の手で殺すから意味がある。だから、君の力を利用しない。でもね、もしわたしが『わたし』に託していいと思ったら、君が『わたし』の練習相手になってくれ」
「了解しましたわ。とはいえ、遊べと申し上げても手加減ができませんわよ」
「あぁ。それでいい」
未来の彩禍はもう一人の『わたし』が新たな可能性を切り開いてくれることに微かに期待し、ふと笑みを浮かべた。
数日後。
はぐれサーヴァントもとい時崎狂三は、主である久遠崎彩禍の消滅を確認した後、最後の指示を行うために準備を始めた。
「ふっふふ、さて、どうやって遊びましょうかしら。彩禍さんから大量に霊力もとい魔力を供給して貰ったので、活動する分には何も支障はありませんけれど、時間の問題ですわね」
そう言って、狂三は呟くと、足元の影から分身体が現れる。
『わたくし、久我無色と烏丸黒衣の情報を集めてきましてよ』
「……やはり久我無色は久遠崎彩禍と同一と考えてよろしいかしら?」
『えぇ、間違いなく。彩禍さんを認めさせた人物ですわ』
「きひひひ、どの世界もいるんですのね。殿方のような方が……」
『わたくし、手抜きするようなことは許されませんわよ』
「わかっていますわ。そのくらい」
『きひひひ、どうだか』
狂三は不機嫌そうな顔を浮かべると、分身体を下がらせた。
使える弾丸は一の弾、二の弾、三の弾、四の弾、八の弾のみ。八の弾で過去の再現体を生み出すことができるとはいえ、時間と霊力に限りがある。今の狂三には他者の時間を奪っても、自らの糧にすることは叶わない。
この世界の部外者であるためか、それとも自身に何らかの異常が発生しているのか、わからないが、狂三は能力制限下で戦わなければならなかった。
だから、正面から堂々と戦う場合、一日が限界だろう。
「さて、そろそろ行きましょうかしら。わたくし」
『えぇ、戦争を始めましょう』
と、狂三は妖しく笑みを浮かべると、開戦を告げた。
*
そして、現在。
とある裏庭。
黒衣の魔の手から逃れた無色は人気がない場所で一息ついた。
「危なかった……やっぱり、混浴は駄目だよね」
とはいえ、つい数日前に黒衣と入浴しているので、今更感が感じなくもないが、男と女で感覚が違う。特に上半身に違いが謙虚よく出ているせいか、心の保ち方が変わる。
だが、黒衣の裸体を見たくないわけではない。無色も男だし、黒衣の身体がホムンクルスだと知っていても、性欲を抑えるのは少々骨が折れる。
でも、無色モードであるせいか、ついて妄想してしまう。
前回の入浴では色々なことがありすぎて理解するので精一杯だったが、生活に慣れてきたことで、ある程度余裕が生まれたからだろう。
背中に当たる豊富な胸の触感。
洗剤の泡から除く黒衣の乳房。
無色が自己嫌悪と性的な欲求に苛まれていると、突然、身体に熱くなるものを感じた。その感覚には覚えがある。入れ替わる瞬間だ。
無意識下で、なんとか平常心を取り戻さねば、と思うも、本能に逆らうのは無理に等しい。
瞬間、無色の身体が輝く。
数秒後、徐々に輝きが収まると、胸元に重たさを感じた。それどころか、あるべきものがなくなり、下半身に違和感がある。
「……変わった」
無色は動揺するも、周囲に誰も人がいなかったことに安堵した。変わる瞬間を誰かに見られてしまうと、それはそれで面倒なことになる。
とはいえ、彩禍の身体に変われたことは大変嬉しいことだ。
若干、彩禍の身体になってから痛みと疲労を感じるも、動く分には何も支障はない。でも、完全には癒えていないので、今の段階では顕現するのは難しそうである。
「……とりあえず、黒衣へ報告しにいくか」
無色は苦笑しつつも、やっとの思いで逃げ切った浴室に足を向けた。果たしてどんなことを聞かれるのだろうか、と思いながら、ふと周囲を見ると奇妙なシーンを見かけた。
「……狂三?」
そう、視界には狂三の姿があった。
心臓の鼓動が速くなる。
無色は自分の不用心さを呪った。
考えて見れば別におかしな話ではない。
現在は校舎全域に簡易の防御結界が張られているが、その結界が機能するのは校舎内にいる間だけであり、校舎外に出てしまえば全く機能しなかった。
だが、無暗やたらに逃げ出すのは得策ではない。無色の位置はちょうど狂三から死角になっているが、少しでも物音を立てればすぐに気づかれてしまう。
無色は物音を立てず、慎重に動き、傍の草むらに息をひそめた。
狂三の様子を窺えつつ、無色はできる範囲で盗み聞きする。
「にゃ~にゃ~。なるほど、公園で遊んでいたら迷子になってしまったのですわね」
突然、猫の鳴き声をし始めた狂三に対して驚きを感じなくもないが、無色はさきの戦闘で狂気さも思いしらされているため、油断はできなかった。
とはいえ、狂三の猫の鳴き真似は意外と上手かった。よく聞く見かける人間が猫に語りかけるときとは少し違い、猫らしさを前面に押し出した猫そのものに近かった。
「にゃ~にゃ~。にゃるほど」
猫の言語を理解しているか、狂三は子猫と数回会話した後、しばし沈黙した。
何か申し訳なさそうに表情を浮かべると、狂三は影から猫飯を取り出した。
その様子を一部始終見ていた無色は、時崎狂三という人物について少しだけ理解できた。無色と同様の変な嗜好を持つ人物なのか直感で気づいたが、大まかな方向性だけなら同族かもしれない。
そんな呑気なことを考えているうちに、狂三と子猫とでやり取りが済んだのか、狂三がなぜか子猫を抱いてモフモフしている。
「にゃ~にゃ~にゃ~。ここが気持ちいいですのね。では、ここはどうでしょう」
そんな様子を見て、無色がふと笑みを浮かべ吐息した。
現在進行形で、狂三と学院側とで戦闘が繰り広げられているが、こんな学院の隅で狂三の素を知ることになるとは思いもしなかった。
とはいえ、傍から見れば、無色が行っていることは褒められたものではない。
いくら滅亡因子と言えども、外見が少女であるため、遠方から見れば無色が行っていることは立派なストーカー行為だ。無色自身もそのくらいのマナーは心得ているが、身動きが一切取れなかった。
狂三がモフモフして早一時間が経過するも一向に止める気配がなかった。長時間変な姿勢で静止していたため、無色の手足は痺れていた。
無色は限界まで耐えたが、その瞬間は唐突に起きた。ダムが決壊するように草むらから顔を出した無色と狂三の視線は交差して一瞬の静寂が支配する。
「……」
「……」
「えぇと猫の鳴き真似、上手かったです」
沈黙を破るように無色が口にする。それと同時に狂三はどこからか顕現した古式銃で「バン」と発砲して無色の頬ぎりぎりを通過させた。
「……彩禍さんいや今は無色さんでしたわね」
狂三は無色の感想に返答せず、何も聞いていなかったような振舞いを見せる。というか、先ほどの発砲は『次に猫の話をしたら殺す』という意思表示のようだ。
無色はどう反応したらいいか悩み、苦し紛れに質問する。
「……どうして学院を襲っているんですか」
今まで未来の彩禍を除けば、滅亡因子で理性を持った者はいなかった。目の前にいる狂三も滅亡因子であるが、意志疎通はできるような気がする。
「そうですわ。ただ殺したいからと答えれば憤怒してくれるかもしれませんが、別に無色から憤怒される覚えもありませんので、正直に申し上げますと未来の彩禍からのお土産だと思ってくださればいいですわ」
「未来の彩禍……お土産?」
「その様子だと言っていることがわからないようですわ。とはいえ、お邪魔虫も来ましたので早々にお暇させて貰いますわ」
そういうと狂三は子猫を抱え、足下の影に吸い込まれるように姿を消した。
それと同時に背後から人が現れた。
「無色さん、大丈夫ですか」
黒衣は息を切らしながら、周囲を警戒する。
「まぁ」
「……今し方狂三と話していたように見えましたが何の話を。それとどうやって彩禍様の身体に変われたのか、詳しく聞いてもいいでしょうか」
黒衣の表情はいつもと変わりないが、発音に棘があった。
冷めた瞳で静かに見つめてくる。
「……えぇと」
無色は心臓の鼓動が速くなるのを感じつつ、狂三と遭遇した経緯を話始めた。
*
「無色さん、これは使えるかもしれません」
「何が」
「狂三の罠に。先ほどまで戦闘でしか排除できなかったですが、罠が使えるようになれば比較的に有意に立ち回れます」
「でも、今の話に罠に使えるような箇所あった?」
「狂三と猫の関係です」
「猫好きという箇所って別に普通だし、罠に利用できなくないか」
「そうでもないです。今まで誰も時崎狂三が猫好きなんて知りませんでしたから」
「でも、猫だよ」
「はい。猫を罠に使います」
「……やめない。ていか、さすがに動物を囮に使うのはどうかと思うけど」
「何か勘違いしているようですが、猫本体を使う訳ではないですよ。限りなく猫に模した物を使うだけであって」
「……ごめん。言っていることがわからない」
「えぇ、大丈夫ですよ。無色さんは今の身体で会議に出席して貰えば。いるだけで私の発言力も増しますし、皆の決断力が高まって一石二鳥です」
「……もしかして、もう一度会議出席しないといけないの?」
「はい」
「……参加しないダメですか?」
「言い方を変えてもダメです」
黒衣は無色の要望を無視したのち、告げた。
「では、戦争を始めるとしましょうか。無色さん」
「……」
黒衣の言葉に。
無色は沈黙し、一体どんな悪巧みを思考しているのか恐怖を抱くのだった。