二回目の臨時会議。
黒衣が発した珍妙な作戦に皆、騒然としていた。
『『……は?』』
前回、彩禍が学園に通うことになった時と同等の反応だ。無理もない。無色も事前に作戦と聞かされていても、驚きを隠せられないからだ。
何しろ、狂三に猫を特攻させる。
それはあまりにも、正気の沙汰ではない。
「……少し聞いてもいいか」
先口を切ったのは十代前半ぐらいの女の子。
丈の長い白衣を羽織っているが、ほぼ下着同然のラフなスタイルは、会議室内でも妙に目立っている。
「はい。エルルカ様」
「はじめにどうして猫がナイトメアに効くのか、質問してもいいかの?」
黒衣は予め解答を用意していたかのように落ち着きを見せると、無色の方に視線を向けた。
「猫がナイトメアに効くとわかった経緯として、数時間前に彩禍様が本体に遭遇したことが関係しています」
「えっ⁉」
瑠璃は声を裏返らせ、居並んだ面々は表情を強ばらせた。
エルルカは彩禍の方に視線を向け、親友を労わるように注意する。
「彩禍、ぬしは気を緩めすぎじゃ」
「……気をつけるよ」
無色は曖昧に答え、黒衣に助けを求めた。
「ごほん。話を戻しますが、ナイトメアは彩禍様を嫌ってか、襲わずに逃走しました。そのため、戦闘は避けられましたが、その間、猫と戯れている場面を目撃したそうです」
「あぁ」
黒衣の発言に無色は頷く。
皆、狂三が猫好きなのはわかったが、それがどうやって罠に繋がるのか明瞭すぎて納得がいっていない様子である。
「猫本体を使うのは世界救う私たちに禁忌です。ですから、幻影術式を用いて爆弾を偽造し、ナイトメア自身が近づくように仕掛けます」
居並んだ面々は少数が納得したが、大多数が、狂三がそこまで猫に崇拝しているか疑問に思っている顔つきだ。
『なぁ、ほんとに猫でおびき寄せられるのか』
管理部の面々の一人がそう口にし、それに賛同するように多数が声を上げる。
実際、無色が目撃したのは一回きりなので、本当におびき寄せられるのか怪しい。狂三だって思考する生き物だし、ほんの気まぐれで助けた可能性だってある。
だから、一概におびき寄せられるとは断言できない。だが、黒衣と話した際に「考えがあります」と言っていたので、けして悪い方向にはいかないだろう。
「はい、その点については、こちらの資料動画を見ていただければ納得するかと」
言って、黒衣は手元の端末に触れる。
すると、楕円形のテーブルの真ん中に、サンプル1~サンプル3と書かれた資料画像と資料動画が投映された。
「この映像は私個人で作成した罠の様子です。サンプル1は子猫で、サンプル2は猫耳少女で、サンプル3は猫型ロボットです。その結果、サンプル1以外は強烈な拒否反応を起こして、起動する前に壊されましたが、サンプル1ではうまく起動して爆殺することに成功しました」
黒衣が表情を変えずに、淡々と計画を伝えていく。
無色は半信半疑で聞いていたが、皆、過程はどうあれ結果で納得した。
試作段階で、狂三はおびき寄せられた。
その上、爆殺に成功しているので、なおさら誰も反論できず、皆が呆然とする間に、黒衣の猫偽造爆殺計画の説明は終了した。
「────以上です。質問がなければ直ぐに実行したいのですか」
「ないですね。では、はじめに猫の動きを模倣する所から始めましょうか」
『『……』』
一同沈黙した。
そして、黒衣の指導の下、猫の動きを模倣する練習が行われた。
*
数時間後。
会議室。
学生たちが罠を使って撃退していく様子を。
モニターで見ながら、無色は呟く。
「えぇと、本当にこれでいいですか。怪我人がでないことには越したことないですが、学生たちの顔色が優れないんですけど⁉」
「それは致し方ないことです。怪我に減らせたことだけでも進展ですし、それ以上の進展を望むのは失敗する要因ですので。このくらいが丁度いいです」
「……はぁ」
「でも、ナイトメアは未来の彩禍のことを知っている様子なので、力を見せつけるべきだったと思うんですけど」
「それはそれ。命あってのことです。今の無色さんはリハビリ中の患者なんですから、無暗に力を使うのは避けるべきです」
「そうですけど」
現在、会議室にいるのは黒衣と無色だけなので、気を許して話している。
そして、呑気に話していると、無色は自分の影が動いたような錯覚に陥った。
「黒衣。今動いた?」
「何のことですか」
「影だよ。何かグニャグニャな動いた気がするんだけど」
「ふむ。それはもしかして……」
黒衣が呟くのと同時に、無色の影から肌白い腕が這い出た。
「まさか⁉」
無色も今の一瞬で正体が分かったらしく、その場からすぐに飛び引いた。
「ひくひく、女性に対してその態度はどうかと思いましてよ。無色さん」
案の定、無色の影に潜んでいたのは狂三だったらしく、泣き演技をしながら登場した。その表情は、誰の目から見ても泣いているようには見えなかった。
「……それは自業自得ですよ」
無色は流れるように返す。狂三は噓泣きにするのに飽きたのか、ニヤリと表情を浮かべて、無色の瞳を見入る。
「やはり、無色さんは良い目をしてらっしゃいますね」
こほんと黒衣が咳を一つ。
「……で、なんの用ですか。ナイトメア」
「まあまあ、そんな殺気を出さなくても、わたしくしたちにはもう戦う気力がありませんわよ」
黒衣はその言葉を受けて止めず、視線を尖らせた。
「……無害とおっしゃりたいのですか」
「そうですわ。といっても、まったく信用されていない様子ですが、とはいえ今の彩禍さんも十分面倒な方ですわね」
今の発言で、大雑把な事情を把握したのか、黒衣は気を張って答える。
「……察するに、あなたは未来の私の使い魔ということで合っているようですね」
「えぇ、その推測で正しいですわ。本来、使い魔は主人が消えると同時に消え去るものですが、特殊な召喚システムを用いたことで、ギリギリ生存を維持している感じですわね」
今の発言に疑問を思ったのか、黒衣は再度口にする。
「……特殊な召喚?」
「ふふっふ。気になる様子ですわね。なんでも、異界の者を呼び出す召喚らしいですわ。私自身も理解できていませんし、未来の彩禍も知らずに実行したらしいので詳細は存じ上げますが」
「……わかりました。とはいえ、他人事にしていい案件ではないですが」
黒衣は渋々といった様子で引き下がる。
無色は気になったことを口にした。
「……あの……目的って一体何ですか」
無色の言葉に、狂三はニヤリと笑みを溢すと首肯した。
「やられ役もとい練習相手でしてよ。未来の彩禍はやられるつもりはありませんでしたが、もしもの時の保険として私を召喚しました。そして、最後に『わたしがやられたら、君は出来るうる限り、わたしの邪魔をしてくれ』と伝言を残しました」
狂三はすらすらと口にする。
自分自身の言葉に心当たりがあるのか、黒衣は呆れた顔つきだ。
「……要するに気に食わなかったということでしょう」
「えぇえ」
黒衣の発言に狂三は同意する。無色も続けて感想を溢す。
「彩禍さん、らしいですね」
黒衣が一段不機嫌になった。察するに、理解できるが、納得できていない感じだ。
黒衣はわざとらしい咳払いをし、話を続けた。
「話は戻りますが、なぜ私たちの前に現れたのですか、ナイトメア。悪役なら、そのまま私たちと話さずに消える方が理に叶っている気がしますが……」
「そんなの決まっていますわ。ただの気まぐれでしてよ。始めは黒衣さんの考えたように素直に消えるつもりでしたが、ちょっと気になることが起きましたので。つい」
無色が首を傾げた。
「……気になること?」
「えぇ。生徒たちがいきなり猫の真似を始めたと思ったら、学院から大量の猫が放たれたではないですか」
冷やせをかきながら、無色は頬をポリポリとかく。
「……それってまさか」
「えぇ。一体誰が、猫を罠に利用するという頭が可笑しい発想を抱いたのか、気になったので、立ち寄らせてもらいましたわ」
狂三が疑わしそうに無色を見つめる。
無色も罠の提案した関係者と言われば、弁解のよちがない。だが、別に快く賛同したというわけでない。
成り行きでそうなってしまったわけで……と、言い訳を模索しながら、無色は言葉を濁して口にした。
「……違うんですよ。さすがにどうかと思いましたが」
「うふふ、無色さんに忠告しましたのに。話しただけではもの足りず、猫を用いて罠を考案してしまうなんて本当に困った方ですわね。そんな銃殺されたいなら、早めに言って頂けると良かったですわ」
瞬間、狂三は古式銃を顕現させる。口調からして、本気ではなそうであるが、何かされると思い、無色は共犯者の黒衣に視線を向けた。
「……猫の話をしましたが、猫を罠として利用したのはそこにいる黒衣ですよ」
狂三は妖艶な笑みを溢した。
「うっふふ、無色さん。今のはたんなる余興でしてよ。そんな慌てずにいいですわ」
黒衣は嫌そうな表情を浮かべ、狂三の言葉に付け足すように告げた。
「はい。今の狂三にできるのはせいぜい弾丸を一発撃つ程度。無色さんよりも弱いです。それと、私を人でなしのように見つめるのはいかがなもんかと」
「……」
無色は沈黙すると、黒衣から誤魔化すように視線を外した。
その様子を見て、狂三は知人を思い出したのか、ふと思いふける。
そして、ほんの気まぐれで無色を見つめた。
狂三の視線に気づいたのか、無色は戸惑う。だが、その視線は他の誰かと重ね合わせているような、温かい眼差しだった。
狂三の目を見て、無色は強い声音で言った。
「……俺は、彩禍さんにプロポーズします」
「うふふふ。いいですわね。世界を救うのではなく、プロポーズするのが目的とは」
すると、狂三は無色に近づいた。
無色は油断していたため、身動きできない。
一体何してくるのだろうと思った束の間、無色の頬に何かが当たった。
そして、狂三が一体何をしたのか聞こうと思い、黒衣に視線を向けた。が、無色の予想と反して、黒衣は腐った魚のような目をしていた。
「……あ」
そこで、無色は狂三にキスされたことに気づき、困惑した。
狂三が言った。
「無色さん。このキスは猫を計画に使ったことへの罰でしてよ。唇を奪うと、隣の方の機嫌が悪くなってしまうので、頬だけにしましたわ」
狂三は悪戯そうに笑みを浮かべる。
「うふふ、それではごきげんよ、無色さん。二人の幸せを遠くから見守っていますわ」
そして一拍の後、その身体が光の粒子へと消えていった。
「……えぇと」
無色は頬をポリポリかきながら、隣を見た。すると、黒衣は淡々と言った。
「一先ず、一件落着したと見ていいでしょう。ナイトメアのことですから、まだ生き残りがいるかもしれませんが、時間の問題かと」
「……それならいいんですが」
「それに、ナイトメアは一定数から増えていない。いわゆる、何か増えられない制約があったのではないか、と思われます」
「あ」
言われて、無色は気づいた。
初撃は、狂三の分身作成能力ゆえ、混乱した状況だった。なのに、それ以降は、比較的防衛戦を維持でき、負傷の数は時間ともに減っていった。
手加減されていたとは思えないが、万全の状態ではなかったのだろう。
「なんか、腑に落ちない、おちでしたね」
「ふむ」
そんなやりきれない無色を見てか、黒衣は小さく唸るように発した。
「無色さん。まだ後始末が残っていました」
「な、なんですか……?」
「先ほどナイトメアにキスされた頬の清掃と、彩禍様の修復状況の確認です」
「っ……⁉」
瞬時に悟った。
無色が逃げる準備をするも、黒衣の魔の手から逃げられなかった。腕を掴まれ、豊富な胸の柔らかさが直に伝わる。
「では、お風呂に行きましょう」
「いやちょっ──っ、あああああああああああああああああ⁉」
無色の退路はむなしく消え、黒衣に促されるままお風呂に向かった。
こうして、滅亡因子ナイトメアとの戦いは終わりを迎えるのだった。