謎の存在に抱かれ、鎮守府を移動する吹雪。
執務室のある本館から外に出ると、そこにも地獄が広がっていた。
爆発音、悲鳴、嘆き…。
「いやぁぁぁ!やめてぇぇ!」
「痛いッ!やだ、やだぁ!」
「死ぬな!目を開けてくれよ、姉貴!」
仲間たちの痛ましい姿と、絶望する様子が目に映る。
その中には、武器を持ち、艤装を持ち、攻撃する仲間の姿もあった。
「天龍さん、どうし、て…。」
「頼むッ!誰でもいいから、殺してでも俺を止めてくれッ!」
「お願い!止まってよ、陸奥さん!」
「止まれないの!もう私の意思では止められない!お願い、逃げてッ!」
「お願いだから、僕を止めて!誰も殺したくないよぉ…。」
「止まって、皐月ちゃん!いやぁぁぁ!」
仲間を襲うのは、首にチョーカーを着けている仲間。
制御ができておらず、暴れているようだった。
その様子を見ることしかできず、吹雪はそのままどこかに連れていかれる。
連れていかれたのは、鎮守府の端にある工廠だった。
工廠の前に着くと、謎の存在は消えた。
なぜ消えたのか分からない。
立つ気力もなく、工廠の前でへたり込む。
執務室での光景、少し遠くに見える惨状に涙を流す。
吹雪は自分を責めた。
自分が希望を持ったから、提督が変わってしまったのだと。
目の前の惨状を作り出したのは自分だと。
あの時負けた自分のせいだと。
考えれば考えるほど自己嫌悪に陥る。
涙も溢れ、泣き出した。
頭を抱え、塞ぎ込む。
「あ…ぅあ、あああああ!」
「誰!…って吹雪ちゃん!どうしたの、しっかりして!」
工廠の扉を開けたのは、ピンク色の髪をした艦娘、『明石』。
明石は、工作艦という特殊な艦種で、出撃よりも武器の開発や改修、艦娘の修理などを行っている。
工廠が仕事場のようなもので、今日も朝から工廠にいたのだが、吹雪の叫び声を聴いて扉を開けたようだ。
「しっかりして!何があったの!」
「私の、私のせいで皆が!司令官がッ!」
「吹雪ちゃん…『きゃあああ!』…ッ、此処も危険ね。誰か、吹雪ちゃんを運ぶの手伝って!」
明石が叫び、工廠の中から何人か出てくると、吹雪を抱えて工廠に入った。
しばらく扶桑たちが慰めた後、落ち着いた吹雪は話を聞いた。
どうやら此処に居る艦娘たちは、騒動を知った明石に匿われたそうだ。
しかし、此処がいつまでも安全とは限らない。
いずれ、此処も襲われてしまうだろう。
しばらく考えた明石は、工廠の端に移動し、ある装置を起動させる。
その装置の奥の壁が上がり、地下まで続く長い坂が見えた。
「妖精さんと極秘で作っていた地下シェルターです。ここなら、バレることは無い筈ですので、早く避難を。妖精さんたちは、今のうちに資材を運んでください。」
「明石さんは、どうするんですか?」
「私は、この入り口を塞ぐために残ります。この装置を破壊すれば、此処から入ることはできなくなるので。」
「それじゃあ明石さんが!」
「…死ぬでしょうね。でも、それで構いません。今、この現状で優先されるのは、吹雪さんの生存ですから。」
「明石さ…」ガンッ
『クソッ!体が言うことを聞かねえ!誰か止めてくれ!』
「もう来ましたか。妖精さんたちは、今持っている物を最後にシェルターに避難してください!吹雪ちゃん、貴方も急ぎなさい。今からあの入り口を閉鎖します。」
「…分かりました。必ず、生き延びてください。」
「約束はできないけど、出来るだけの事はするつもり。だから——」
「…ッ!」
「分かったら行きなさい!早くッ!」
吹雪はシェルターに向かって走った。
自分の無力さを恨み、歯を食いしばって涙を堪えて走った。
締まるシェルターの音と砲撃音、叫ぶ明石の声を耳にしたが、振り返ることなく全力で。
~現在~
「避難した後は、皆さんと妖精さんたちと一緒に、なんとかここで4ヵ月を過ごしました。これが、この鎮守府で起きたことです。」
「最初に工廠に避難してきた夕張さんの話では、朝からチョーカーが付いていたと、本人たちから聞いたそうです。そして、みんな一斉に暴れ出したと。」
「貴方たちは、何もされなかったの?」
「この子たちのお世話で朝から工廠にいましたので、夕張さんが来るまで気づきませんでしたよ。吹雪さんが来て、この子たちが工廠に運んで、落ち着かせてから先ほどの話を聞きましたし。」
「運がいいわね、その子たちも。」
浄花は、眠っている少女たちを見ながら微笑んだ。
それと同時に急がなければと思った。
今の話しを聞く限り、提督は「あれ」を持っている。
このままでは大本営だけでなく、この辺りにいる一般人にも被害が及ぶ可能性がある。
そう考えた浄花は、立ち上がって扉の前に向かった。
「浄花、もう行くの?」
「ええ。これ以上の被害を出さないように、急がないといけないから。」
「了解、それじゃあ…ん?」
白露も立ち上がろうとしたが、時雨が離そうとしなかった。
服を強く掴み、体重をかける。
楽しい場所から帰りたくない子供の様に、白露の体を抱きしめていた。
「こら、離せ。」
「白露…行っちゃうの?」
「ごめんな、時雨。お姉ちゃんは、これからやることがあるから、此処でいい子にしてな。」
「…だ。」
「何?」
「嫌だ!行かないでよ、白露ッ!ずっと此処に居てよ!もう、居なくならないで…。」
「………。」
「はぁ、やれやれね。私は外で待っているわ。待っても5分よ。」
「ああ、浄花さん。待ってください、少しお話しが…。」
浄花が部屋を出て行くと、それを追うように吹雪も部屋を飛び出していく。
部屋に残された者たちは、どうしようかと考えていた。
白露は行く気であるが、時雨がそうさせない。
泣きながら、何度も『行かないで』と繰り返す。
扶桑たちも、この状況に口を挟んでよいものかと悩んでいた。
すると次の瞬間、不思議なことが起こった。
時雨の体が少しずつ、白露から離れていく。
まるで時雨だけが、無重力になっているかのように身体が宙に浮いたのだ。
「はあ。こんなところで、力をあまり使いたくないんだけどな。」
「え…なんで?」
「時雨⁈なんで宙に⁈」
「深く考えなくていい、これは能力の一端だ。掴み上げただけでお前たちに害はない。」
宙に浮いた時雨は、誰かに後ろから羽交い絞めにされたように、体が固定された。
抵抗しようとするが、思うように体が動かない。
その姿を見ながら、立ち上がる白露。
その目は、獲物を狙う捕食者のように鋭く、どこか悲しげな顔をしていた。
ほんの数秒、時雨を見続けた後、扉に向かった。
扉に手を掛ける前に、背中を向けたまま、指を鳴らす。
すると、時雨は扶桑の傍にゆっくりと降りた。
体の自由も戻っている。
戸惑っている時雨をよそに、白露は口を開く。
「吹雪の話を聞く限り、お前たちの提督も能力者だ。もしかしたら、浄花よりも強いかもしれないし、負ける可能性もある。」
「なら…!」
「『此処に居よう』って言うなら黙ってろ!それは具体案を何一つ出さない、馬鹿共の綺麗事と一緒だ。わが身可愛さに反発も抵抗もせず、自分の妹すら守れず、文句ばかり垂れていた、あのクズ共と!」
声を荒げ、肩で息をする白露。
扉に掛けようとした手は、握り拳に変わり、扉を殴っていた。
扶桑と山城は、その光景を見ているだけで、特に何も言わなかった。
白露の過去は、自分たちが想像する以上の事だと思ったから。
時雨は、どのように声を掛けたらよいか分からず、名前を呼ぶ。
「白露…。」
「私は、浄花の盾だ。お前たち妹たちの姉だ。お前たちのため、浄花の命令なら何でもする。殺人だろうと、反逆だろうと、体を売ることもしよう。そのためなら悪にも染まるし、全てを敵に回す。それが私の決めた生き方だ。」
「もし…もしも、僕たちが立ち塞がったら……?」
「…あくまで、私の最優先は浄花、次にお前たちだ。浄花の命令なら敵対する。だが、殺しはしない。まあ、どうしようもないクズになっていたら、そうする可能性もある。それだけは頭に入れておけ。今は、此処で大人しくしてろ。」
最後にそう言って、部屋を出る。
扶桑と山城はその姿を見送り、時雨はその場に、涙を浮かべながらへたり込んだ。
~同時刻:浄花と吹雪~
吹雪は浄花を追って走る。
浄花は入渠施設の部屋、その前まで進むと立ち止まり、吹雪と対面する。
「…聞きたい事って何かしら?」
「先ほどの話を聞いて、浄花さんは『被害を出さないように、急がないといけない』と言いましたよね?どうしてそんなことが言えたんですか?」
「心当たりがあるの。貴方が見たという
「心当たり、ですか?」
「ええ、提督は貴方に対して『適性がある』と言った。つまり、髑髏は提督が出したもので、特定の者にしか見ることができない、ということが推測できる。」
それは、浄花が良く知っている力。
今までの人生で、何度も助けられたその力。
その特徴が一致していた。
それを確認するために、浄花は話を続ける。
「黒ローブの行動にも覚えがあった。その動きは、主を守るために守護者のようで、自分を生かす悪霊のよう。」
「悪霊……。」
そう言いながら、吹雪と距離を取って構える。
その構えは、ビスマルクと対峙した時、吹雪が煙幕を出す前の行動。
猫の手を作り、戦隊ヒーローの変身ポーズのように、自分の前でクロスさせる。
すると、浄花は緑色のオーラを纏い、その力の名を呼んだ。
「来い!『ミニ―アスケイプ・キャット』!!」
それと同時に、浄花の陰からあるものが出てきた。
黄色く光る鋭い目と白い牙を持つ、大きな緑色の猫。
その大きさは、シベリアンハスキーと同等のサイズだ。
それを見た吹雪は、驚きのあまり、少し後退りをして言葉を発した。
「大きな、猫?一体どこから…。」
「やっぱり、見えているのね。」
「え?」
「この力は、普通では見ることはできない。人間に限らず、動物にも、貴方たち艦娘にもね。見ることができるのは、同じ力を持つ者のみ。私も、貴方や提督と同じ力を持っている。」
「浄花さんは、この力と悪霊について、何か知っているのですね?」
吹雪も、祈るように手を合わせると、オーラを纏う。
ガラスのように薄い水色のオーラ、それと共に現れるのは、黒いローブ。
話しの中に出てきた、突然現れて吹雪を守った謎の存在だった。
「これは超能力の概念に像を与えたもの。そばに現れ立つというところから、その像を名付けて、『
「『幽波紋』に『幽波紋使い』…。それが今の私と黒いローブの正体?」
「そうよ。ちなみに、幽波紋使いは他にもいるわ。今のところ私が知っている限りで5人、可能性有りが2人と言ったところかしらね。」
「そんなに沢山……。」
「少ないけどね……、さて、話はまた後よ。白露がようやく来たわ。」
浄花が指をさし、吹雪はつられてその先を見る。
そこには睨んだ目でやってくる白露が見えた。
合流し、入ってきた場所へ向かう3人。
白露は吹雪を睨み続けていたが、なぜ睨まれているのか、吹雪は理解できていなかった。
そんな吹雪に気づいた浄花は、移動しながら説明する。
「吹雪、幽波紋を引っ込めなさい。そのまま外に出れば、提督に見つかってしまうわ。」
「あ、ごめんなさい。」
「白露も警戒を解きなさい。彼女は、幽波紋について何も知らないわ。さっきの時間で少し教えたくらいよ。」
「…分かった。」
白露は睨むのを止めた。
浄花の命令を最優先にする彼女らしい行動だった。
一方で、吹雪はリラックスしていた。
睨まれたことで、殺気を感じていたが、それが無くなったことで体の緊張が少し解けたからだ。
軽くリラックスできた状態で、3人は地上に出た。
吹雪がゆっくりと扉を開けて外に出て、周囲の確認をする。
人影は無いことが分かったため、浄花と白露も外に出る。
吹雪の先導で、建物に隠れながら本館へと移動する。
本館の中は、お化け屋敷のように不気味だった。
薄暗く、辺りに散らばる肉片と血痕に群がる無数の虫。
憲兵隊のような艦娘の死体が、床一面に広がっていた。
その光景に、浄花は静かに見つめ、白露は静かに怒り、吹雪は近くに倒れている、胸に穴が開いた艦娘を抱きしめながら涙を浮かべた。
「ひどいわね。」
「皆、ごめんね。私のせいで…。」
「…浄花、対象はどこにいるの。」
「考えられるのは2か所、執務室か自室。艦娘に指示を出す以上、特定の場所に来るように指示するでしょうから、そこかしらね。」
「司令官なら、恐らく執務室に居ます。あの人はあの一件から荷物を執務室にまとめていましたから。」
「そう。なら執務室に……吹雪、手を見せなさい。」
「え?は、はい。こうでいいですか?」
吹雪が手のひらを見せると、浄花は目を見開く。
顔をしかめ、何かに驚いていた。
「……どういうこと?」
「あ、あの、私の手に何か?」
「どうして、血が付いているの?」
「え?あ、あれ?」
吹雪の手に付いていたのは、抱きしめている艦娘の血。
しかし、それはありえない。
此処の艦娘たちは、4か月前に死んでしまっている。
吹雪の手にベッタリつくような血が、残っているはずがない。
不思議に思った浄花は、死体の首元を見る。
首には、例のチョーカーが着いていた
「チョーカーが着いている。どうして着いている子たちまで殺された?提督にとって、彼女たちは利用するだけの駒のはず。用済みになったから?」
「まさか、天龍さんたちのようにビスマルクさんが?」
「それだったらこんな死体にならないと思うけど?」
浄花たちはビスマルクについてよく知らない。
しかし、天龍たちを消し、白露を大破させるほどの火力があるのは、よく分かっている。
この死体のように、体に穴を開ける必要は無い。
吹雪との会話から提督がやったと考えられるが、その理由が掴めない。
殺すことによるメリットは何か。
それを考えていると、上の階から大きな物音がした。
バキッ!ドガッ、バタンッ!!
何かが壊れたような、大きな破壊音。
浄花は、2階に行く中央階段へ最短距離で向かい、白露も続くように、吹雪は遅れて追いかける。
音の大きさと建物の高さから、建物の3階の右側だろうと推測し、そこまで走る。
階段を登りきり、右の廊下を見ると、そこには砂煙が上がっていた。
波紋を練って警戒を続けていると、白露と吹雪も登りきる。
それと同時に煙が晴れると、そこには女性が血まみれで倒れていた。
「ビスマルクさん⁈」
「ったく、手間取らせやがって。」
「浄花、誰か出てくる!」
白露が叫び、さらに警戒する。
そこに現れたのは、白色の軍服を赤黒い血で染めた、やつれた顔をした若い男。
怒りを露わにしている顔は、引っ掻いた様な傷が無数にできており、まるでゾンビのようだった。
「司令、官…。」
「誰かと思えば吹雪じゃあないか。今までどこに行ってたんだ?お前が姿を眩ませたせいで、ビスマルクもこんな姿になっちまったよ。どう責任取るんだ?」
「何を、言って…。」
「お前が希望なんて持たせるから、全員が俺を倒せると思って攻撃してきやがった。チョーカーがあったのにも拘らず、だ。まあ、その結果がこいつと同じで、無様な姿だったがな。」
「そんな…。」
ニタニタと鳥肌が立つぐらい気味の悪い笑顔を見せる提督。
吹雪はその男から発せられる言葉を素直に受け取ってしまい、頭を抱えて伏せてしまう。
その様子を見て、さらに気味の悪い笑みを浮かべると、浄花達に近づいてきた。
「さて、大本営の命令でこんなところに来たようだが、残念だな。憲兵たちを見て帰らなかったのは感心するが、その結果、ここが君たちの墓場になるんだからな。」
「寝言は寝てから言いなさい。ここに立てる墓は、今まで貴方のせいで死んでいった者たちだけで十分よ。」
「そうか。なら、今此処でその夢を現実にしてやろうッ!『デスペアー・エクスタシー』!」
提督は黒いオーラを放ちながら、髑髏の化け物、幽波紋『デスペアー・E』を呼び出した。
その姿を見た吹雪は、その姿を見たことで、4か月前のことがフラッシュバックする。
涙を流しながら、顔を青くさせ、怯え始めた。
浄花は、吹雪の前に立って構えた。
「あ、ああ……。」
「ッ白露!無理やりでもいいから、吹雪を連れてここから離れなさい。」
「私も戦う!」
「吹雪を連れて離れなさい!貴方の能力じゃあ、こんな狭いところで満足に戦えないでしょ!」
「逃がすか!死ねぇい!」
提督のデスペアー・Eが、大きな爪で3人を襲う。
胸に光る顔は、提督と同じように、不気味な笑みを浮かべる。
「ミニ―アスケイプ・キャット!」
「何ッ―!貴様も適正者だとッー!」
しかし、その大きな爪は、浄花の幽波紋の猫パンチによって弾かれた。
不気味な笑みは驚愕へと変わり、それが怒りへと変わる。
今にも血管がキレそうな、ゆでだこのような赤色の肌へと。
「どいつもこいつも俺の邪魔ばかりしやがって!今すぐお前を殺して、吹雪と白露も殺してくれる!全員あの方への供物にしてやる!」
「あの方、ね。裏に誰がいるのか、洗いざらい話してもらうわよ!」
鎮守府の廊下という、2人横並びに立てば道が塞がってしまうほど狭い空間。
此処での戦いは、階段に近い浄花の方が動きやすく、有利なように見える。
しかし、幽波紋使い同士の戦いは、能力の相性もあるが、優劣はあまり無い。
何故なら幽波紋は、名前に『幽』とあるように、壁を幽霊のようにすり抜けることが可能であるからだ。
また、破壊力がある幽波紋であれば、破壊してしまえばそんなことは関係なくなる。
提督の幽波紋は、まさにその破壊力があるタイプのスタンドである。
その大きな爪で壁を壊しながら、浄花へ攻撃をする。
浄花は、幽波紋でその攻撃を弾きながら、飛んでくる壁の破片を躱す。
幸いにもここは本館の右寄りの中央に位置している。
浄花の後ろには、長い廊下が続いているため、浄花は躱しながら後方へ、背中を向けることなく逃げていく。
「この女!ちょこまかと逃げやがってッ!」
「動きが遅いのよ。椅子に座り過ぎて動きが鈍いんじゃあないの?」
「黙れぇ!」
提督を煽る浄花。
作戦のように思えるが、これは単なる彼女の私怨。
何度もこういう人間を見ているからこそ、愚痴の一つでも零しておかないとやっていられないという、彼女の本心である。
そんなことを知る由もなく、提督はさらに顔を真っ赤にし、浄花を攻撃する。
攻撃は相変わらずの大振りで、速度も速くなったわけではない。
だが、廊下の端という終わりは近づいていた。
「追い詰めたぞ、女ぁ!」
「…貴方の幽波紋について、いくつか分かったことがある。」
「あぁん?すたんど?」
「貴方の幽波紋は、完全な近距離型で射程距離もない。遠距離攻撃も無いと考えると、能力は自己強化か、発動条件が厳しい特殊能力の2つ。」
「何を言って…。」
「そして、吹雪から聞いた貴方の求める『絶望の感情』。以上の事を踏まえると、貴方の幽波紋能力は『他者の抱いた絶望という感情を力に変える』もの。それも、定期的に摂取しないといけない。」
「…ッ!」
提督は全身に汗をかく。
それは図星故、自分の能力を言い当てられてしまったからだ。
全て気づかれてしまった。
彼女の存在が大きな誤算だった。
彼自身、同じ力を持つ者を3人知っていた。
吹雪と、『あの艦娘』、そして『あのお方』
しかし、それ以外に同じ力を持つ者を知らなかった。
その結果が、この状況を作り出してしまった。
「チョーカーを着けた艦娘たちが、なぜ殺されたのか。最初にここを見た時に感じたどす黒いものを、今感じない理由は何なのか。能力がそうであるなら、この状況に説明がつくし、本来の力を発揮できていないということも分かる。絶望という感情がこの近くにない以上、貴方の能力は怖くない。このまま確保してもいいけど、それだと大本営で力を発揮してしまう。だから、此処で再起不能にする。」
「や、やれるものならやって見ろ!さっきから逃げてばかりのお前に、出来るとは思えないがな!」
「…はぁ。なら、今から全力で貴方をぶん殴る。此処の艦娘たち、死んでいった憲兵たちの分も込めて!ミニ―アスケイプ・キャット!」
浄花の呼ぶ声に反応した幽波紋は、浄花の体の中へと入っていった。
それを見て、戻ったと思った提督は、自分の幽波紋で攻撃をする。
鋭い爪を振り上げ、浄花に向かって振り下ろした。
「絶望しながら死んで行けぇ!女ッ!」
「スゥー、『
しかし、その爪は、浄花の手を覆うように現れた、金色の丸いスタッズを輝かせる『紫色の手甲』によって右手ごと粉々に砕け散った。
「ぐぎゃー!俺の、俺の腕がッ!」
幽波紋の特徴の一つとして、幽波紋は幽波紋同士で無いと攻撃ができないが、攻撃を受けると、幽波紋使い本人に同じダメージが入る。
つまり彼の右手は、肘から先の骨が、ガラスのようにバラバラに砕けている状態になっている。
その痛みは、計り知れないものだろう。
見た目だけでも、折れた枝のように垂れているのだから。
幽波紋使いと言っても、普通の人間である彼が、この痛みに耐えられるはずもなく、悶絶しながら地面を転がる。
幽波紋を出す精神力も、耐え難い痛みによって削られ、幽波紋は姿を保つことができずに消えてしまう。
そんな彼の下へ、浄花はゆっくりと近づく。
その目はとても冷酷で、養豚場の豚を見るように冷たい目をしていた。
「…その痛みは、吹雪を絶望へと落そうとした貴方の罪。」
「ヒィ―ッ!」
浄花の目を見て怖くなった提督は、全力でこの場から逃げようとしたが、浄花に首根っこを掴まれ、宙へと投げられる。
体は回転し、浄花の方を向く形になった。
「そしてこれはッ!今まで死んでいった者たちと貴方に贈る、絶望という名のレクイエムよッ!」
そう叫びながら、浄花は拳によるラッシュを叩きこむ。
「ボララララララララララーッ!」
「ぐべばっ!」
ラッシュによって、顔が直視できないほど歪んだ提督は、鮮血をまき散らしながら宙を舞う。
浄花は、ラッシュが終わると同時に、こう言うのだ。
「ボラーレ・ヴィ―ア!」
この言葉は、とある少年の決め台詞。
浄花にとって、思い入れのある言葉だ。
この言葉を口にすると、とても安心する自分がいる。
だが、すぐに後ろに下がり、戦闘態勢を取る。
彼女の波紋探知に反応があったのだ。
反応は2つ。
1つは目の前にいる提督のもの。
再起不能に追い込んでいるため、その反応は弱い。
問題は2つ目の反応。
それは提督よりも奥にあり、少しずつ近づいてくる。
吹雪でも、白露でもない、かなり弱った反応。
それはこの場にいる、もう1人の人物。
戦闘前に提督によって倒され、血まみれになっていた艦娘『ビスマルク』が、フラフラな状態で、壁に寄りかかりながら近づいてきていた。
「貴方、生きていたのね。」
「…。」
ビスマルクは何も言わない。
ただ、浄花の方へ向かって歩き続けるだけだ。
ふらつきながら、吐血して服を、綺麗な金色の髪を汚しながら。
浄花は何もせず、ビスマルクがやってくるのを待つ。
時間をかけて、浄花の下に向かうビスマルクは、最初の場所からおよそ20mの距離、現地点からおよそ15mを5分かけて歩き、浄花の目の前に立つ。
「…別館…D…2…B…右…下…裏…。」
「何かの暗号?そこに行けばいいのね?」
「…。」
「……そう、分かったわ。後の事は、任せなさい。」
浄花は、ビスマルクに自分の服を掛けると、執務室へと向かった。
ビスマルクは、浄花に対して向けた笑顔のまま、その場に立ち尽くしていた。
この戦いで建物に開いた穴から、隙間を通ってやってきた鳥たちが、その体を止まり木にしても、少しも動くことは無かった。
「…はい。提督は能力者でした。他人の絶望を力にするので、周りに誰もいないような独房が好ましいかと。」
浄花は執務室にある電話を使って、大本営に連絡をしていた。
相手はお義父さん、元帥だ。
軍人としての電話のため、敬語を使っている。
今はこの鎮守府の事、生き残りがいる事を伝え、今後の行動について話をしている。
「まだ全体を調べ切れていないので、憲兵隊を先行させてください。私は白露と生き残りの艦娘と合流、まだ見ていない場所の調査と、此処の艦娘であるビスマルクが残した暗号を解読します。…はい、失礼します。」
電話を切った浄花は執務室を後にして、提督を掴んで1階へと向かう。
1階には、壁に背を預けて手を組んでいる白露と、白露のスカートの裾を掴み、塞ぎ込んでいる吹雪がいた。
「あ、ごめん浄花。吹雪がずっと塞ぎ込んじゃって。」
「いいのよ。吹雪にとって辛いことが多かったから、今は心を休ませてあげないと。」
「これからどうするの?浄花が来たってことは、あいつは倒したんでしょ?」
「ええ。今からやるのは、まだ調べてない場所の探索。しばらくすれば憲兵隊が来るから、それまでは調査を続けるわ。行きたいところもあるから。」
「行きたいところ?」
「別館の方に何かあるかもしれないの。そこに行くついでに探索。後、皆に伝えないとね。」
「なら私は、皆を呼んでくるよ。吹雪の方が建物に詳しいだろうし、誰かが傍に居た方が良いでしょ?」
「そうね。吹雪、立てるかしら?」
「……」
吹雪は動かない、返事もしない。
ただ塞ぎ込んでいるだけだった。
白露はため息をつきながら、吹雪を俵のように肩に担ぐ。
「仕方ないから連れていくよ。扶桑といた方が元に戻るだろうし。」
「それじゃあ、そっちは任せるわね。私は別館に行く予定だけど、その前に工廠を覗いておくわ。設備と明石の事も気になるから。」
「分かった。気を付けてね、浄花。」
お互いの無事を祈り、白露は扶桑たちのところに向かった。
浄花はその姿を見送り、工廠の方へ急いで向かった。
【⇦ To Be Continued】
次回はしばらく先。
何回も書き直してるから
来月頭には出せたらいいな
本文の文字数はどれぐらいがいいか。
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約1万字(プロローグ~2話)
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約5000字(第3話)
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約3000字
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お前が決めるんだ……