死神剣客物語(仮)   作:おーり

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お目汚し失礼


第0話

 それを思い返さない日はなかった。

 愛しい気持ち、などと単純な言葉では言い表せられないほどの、郷愁にも似た忘れ難き感情の渦中。

 忘れたくとも忘れられない、と言い換えることも可能であるのだが、彼にとっては戒めにも似たその感情を喪失させるなどとあってはならないことだ。

 故に、己を律するように。

 記憶を封じてしまわないように。

 日々の中に埋もれ乍らも、決して流されないように凛とした支柱を己の背骨に填め添えて。

 

 ――深く、想う。

 

 朽木白哉は妻の遺言を忠実に守ろうとした。

 病床に伏せて起き上がることも出来なくなり、酷く衰弱して死に向かい乍らも、それだけは決して譲ろうとしなかった彼女の最後の言葉だ。

 ――流魂街に置いてきた家族を守って欲しい。――

 今際の際に零れるように彼女から落とされた、悔恨にも似た感情の吐露。

 捨て置いてしまったことを苦痛と、悔やんでいたのだろう。

 その心中の膿こそが死病を加速させる切欠であったのかは定かではないが、生き延びる気力が尽きようとしていたのは見て明らかとなっていたのは目にも辛く映った。

 結局、彼女と彼女の家族とが邂逅することは出来ないままに、彼女は死出へと旅立ってしまった。

 

 後を頼む、と頼まれたのだから、白哉は当然家族を探し出した。

 名を朽木ルキア。

 苗字は我が家へ義妹として迎え入れた際につけたものである。

 流魂街はお世辞にも住みやすい環境などとは言えるものではないが、そんな世界に生き延びていながらも、ルキアは健やかにしていた。

 ルキアには霊力の芽生えがあったらしく、本来ならばそれほど食に困窮する必要性のない死者であるはずの生活環境は、日々の食料を必須とするものとなっていたらしい。

 流魂街で流通している食事など、生前の習慣に基づいた程度の、嗜好品程度のものばかりである。

 貨幣との交換を必要とするが、需要が少ない上、客層もまた相応に金銭を施せるだけの富裕層が多いがために、物価は酷く高騰する。

 貨幣の供給も微々たるもので、“買い物”を可能とする顧客は酷く限定される。

 そのうえ量も大したことがないので、高々一回や二回程度の買い物で満足する量を得られるはずがない。

 必然と、貨幣の交換を必要としない買い物、要するに強奪や窃盗によって食い扶持を繋ぐ日々が多かった、と耳にした。

 ――そんな世界でも、ルキアは健啖に生き延びていた。

 既に死者であるはずなのに生きてきたとは、皮肉にもほどがある状況表現であるが。

 

 そんなルキアを朽木家へ迎え入れて数週間ほどのこと。

 義妹は唐突に朽木邸から脱走を図った。

 

 

 

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「――何処にいる」

 

 

 朽木白哉は呆れたような口調で独り言ちる。

 歩むのは義妹の出身地でもある78番街『戌吊』。

 流魂街は80の地区に分けられており、番号が遠いほどに中央瀞霊廷からは距離があるため死神の目も届きにくく、その区画は荒んでゆく傾向にある。

 ルキアの出身地もまたその法則から分けられるはずもなく、瀞霊廷からは比べるべくもないほどの僻地。

 では何故今更其処へと義妹が戻ろうとしているのか?

 そこが理解できないからこそ、白哉は自らこの地へと赴いた。

 

 死者でしかなかった『人の魂』である彼らを、死神と足らしめているものは偏に『霊力』と呼ばれる力の源泉の総量である。

 魂にはそういった『存在するために必要な源』があり、その差異が『死神』という只の死者と一線を画す存在へと押し上げる片道切符となりえる。

 そして、その総量を推し量る為の目測が『霊圧』と呼ばれる波動となる。

 世界に依ってはアンペア、またはコンプレッサー等と変換可能なのかもしれないその基準は、死神が他の何某かを捜索することにも役に立つ。

 が、義妹の霊圧は正直低い。

 死神でもなければそれと対立する虚でもないので、捜索に霊圧探知が役立つかと言えば、微妙だとしか言えない。

 だがそれでも探さないよりはましか、と白夜は意を決して、視覚を閉ざし、己の探知領域を広げようとした。

 ――ところで、

 

 

「――あっ、アンタっ!」

 

 

 聞き覚えのある少年の声に、目を開けそちらへと振り返った。

 赤い髪の、やはり見た覚えのある少年が自らを指さす光景を目にし、眉を顰める。

 殊更階級だの家柄だのを言及するような要求こそ白哉自身には無いが、その行為は四大貴族へと向けるにはあまりにも不敬に値する。

 この先どういう『繋がり』が少年に通じるかは白哉の知ったことではないが、子供だからと言って気軽に許せるほど器のある貴族は実に少ない。

 彼の進退に不利になるような行為を咎めておくために、白哉は彼へと向き直し口を開こうとした。が、

 

 

「アンタ、ルキアを連れてった人だよなっ! たっ、助けてくれっ、ルキアが……っ!」

 

 

 またも少年に先に口を開かれてしまった。

 が、白哉が駆け出すには充分過ぎる理由を、彼は吐き出してくれていた。

 

 

 

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 少年、レンジという彼の言に、白哉は急ぎ足で路地を駆ける。

 曰く、戻ってきたルキアが食料を得るために手を貸してくれた。

 曰く、今回に限って店の親父が用意周到で他の大人たちも手を貸し仲間は捕えられてしまった。

 曰く、子供だけである仲間たちが連れて行かれた先でどんな目にあうか分かったものではない。

 そして、その中にはルキアもまた紛れてしまっていた。

 

 集団で移動する気配を探るのならば、死神にとっては朝飯前である。

 だが、それが間に合うのかどうかまでは白哉にも想定は出来ない。

 気配を追いかけ、

 入り組んだ路地を影も残さぬ速度で駆け、

 

 ――路地の奥、人の気配が集約する一角へと足を踏み入れた。

 そこには――、

 

 

 ――泣き喚く声、

 ――地面へと破り捨てられた着物の端、

 ――ところどころに転がる、死体のような肉の塊、

 そして――、

 

 

「――ル、キア……」

 

 

 目に映る光景に、白哉ですら思わず絶句する。

 その場にあったのは、その場を“支配していた”のは、

 

 ――泣き喚く肥え太った大の大人の胸座を掴み上げ、朽木邸から逃走した着物のままところどころに平然と返り血らしき赤黒い意匠を纏い、尚も拳を振りかざす義妹の姿であったのだから。

 

 尚、転がっている肉の塊は全てイイ大人の熟れの果てであり、どいつもこいつも襤褸雑巾のように、気絶したり身動きとれなくなったりと、軽い人事負傷に陥っていた。

 ちなみに少年の仲間らしき子供たちは、隅の方で蹲って震えていた。

 の、だが、それは身体の大きな大人たちに怯えていた、というよりは、どう見ても残虐ファイトで返り討ちにしたルキアに対する恐慌感情の発露なのではないか、と見て取れる。

 見て取れる、が白哉はそっちの方は見なかったことにし、先ずは義妹の事情から片づけることとした。

 決して、現実から逃避したわけではない。決して。

 

 

「――ルキア……、何をしている……」

 

「あ、兄様。いえ、ちょっと“財布”から生活費を絞り出そうとしていたところでして……」

 

「ごめんにゃひゃいごめんにゃひゃいぼうやめひぇくひゃじゃいぃぃぃ……!」

 

 

 肥えた男の命乞いが、泣き声に混じっているお蔭で非常に耳に障る。

 聞こえ難いその有様に、白哉ですら思わず憐憫の目を男へ向けていた。

 

 白哉の問いに、平然と答えた義妹であったが、

 その様はどう見繕ったところで『カツアゲ』としか判別付かなかった、という。

 

 

 




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