死神剣客物語(仮)   作:おーり

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一杯のカルピスを、原液のままに提供することこそ至高のクオリティ…!


第1話

 

 

 夕暮れ時、街の一角。

 人通りも少ない公園の傍にて、“不良”とレッテルを貼られて然るべき格好の男たちが騒ぎを起こす。

 世間的には“未成年”と揶揄される年代であっても、まかり間違っても“学生”や“少年”とは呼べないような外見の男たちだ。

 己でものを考えて責任をもって行動して然るべき立場の年代と、未だ子供と呼ばれて然るべき未成熟な人格との狭間。

 その外見だからこそ、親に教師に泣きつくことを恥だと、薄弱なりにも矜持を抱く彼らだからこそ、その行動を目に見る者たちには不愉快に映る。

 それは鳥瞰するまでもなく、その傍らに佇む“彼女”の目にも、非常に迷惑な光景である。

 

 

 職業:高校生――、

 

 

「――ひぃっぶう!?」

「ああっ!? て、てめぇタケちゃんにナニしやがえぶぅっ!」

「みっ、ミッチー!? おいちょっ、せめて喋らせひぐひゃっ!?」

 

 

 その中にいる一人。蛍光色の頭髪をした少年が、数の多い方へと殴り掛かっていた。

 時には容赦なく足蹴にし、男たちの顔面を力技で踏み潰す。

 問答無用で徹底的に、攻撃されている男らは抵抗する間もなく叩き伏せられた。

 

 

 髪の色:オレンジ――、

 

 

 程なくして、少年の暴虐は止む。

 しかし叩き伏せられた彼らからすれば、『何故攻撃されたのか』が理解できていない。

 弱弱しい文句の声が、潰れた喉から拉げた蛙のように呻いて漏れる。

 

 

「て、テメェ……、なんで、こんな、」

 

「――問い1ぃ、オマエラアレが見えますかぁー?」

 

 

 橙の髪色をした、微塵も負傷していない少年が、徐に道路の脇にある看板を指さした。

 そこには、『交通事故多発地域』と痛ましくも厳かに、簡素な看板が立てられている。

 

 

「か、看板、です……?」

「はい正解ぃ!」

「山ピー!?」

 

 

 答えた男の人中に橙の靴底が容赦なく突き刺さった。

 今度は呻き声も上がらない。

 

 

 特徴:喧嘩っ早い――、

 

 

「問い2ぃ、さてそこに落ちているのはなんでしょうかぁー?」

 

 

 次に指さしたのは、アスファルトの端に割れて転がっている空瓶と、潰れて散った数輪の花。

 男らの記憶に新しいそれを、彼らは恐る恐ると答える。

 

 

「お、俺らがスケボーやって、倒しちまった、花……?」

「はいまた正解ぃ!」

「豊重ぇー!」

 

 

 答えた彼の下顎が橙の膝で高らかに跳ねた。

 生き残っている男らは、暴力反対!と必死の抗議を橙へと視線のみで送る。

 視線のみでは意味は無く、無下に無視されるのみであるのだが。

 

 

「その花は誰が何のために活けていたのでしょうかぁーっ?」

「そ、そりゃあ、一週間前にここらで事故ったガキの親とかが、そのガキのために……?」

「おーおー、そこまでわかってるか。そんなら話ははえーや……」

 

 

 橙の握り拳が、答えた彼の眼前で止まり、どっと冷汗が湧き出るのを彼は実感した。

 しかし、その拳はすい、と横へと逸れて、その親指がとある方向を指さす。

 

 

「――じゃあそのご本人様にもきちんと謝らねーといけねーよなぁ!?」

 

『!!!!!??』

 

 

 指さされたその場所には、片方の眼球が脳と共に潰され諾々と流れる血流に拉げた眼窩が覆われた少女の姿が、あった。

 

 

 特技:霊の姿が見える――。

 

 

『――っご、ごめんなさぃぃいいいいいいいいい!!!!!?』

 

 

 悲鳴と謝罪を無い交じりに絶叫しながら、男たちは全力でその場を後にした。

 残されたのは、橙の少年と、どう見ても瀕死の少女のみである。

 一仕事終えた感覚で、少年は嘆息をつく。

 そんな彼に、瀕死の姿の少女、所謂“霊”は、特に怯える様子もなく近づいた。

 

 

「お、お兄ちゃん、ありがとう」

「――おう」

 

 

 子供に対して優しく微笑み、少年が短く応える。

 

 

「ところで、貴様成仏する気はないのか?」

 

「いや誰だよお前っ!?」

 

 

 唐突に。

 そんな二人に声をかけてきたのは、着物―死覇装―姿に刀を佩いた少女の“霊”であった。

 

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

 

 あまりにも唐突かつ、時系列とイベントを素っ飛ばしたような登場の仕方をした彼女、名を朽木ルキアといった彼女に、思わずありきたりなツッコミでファーストコンタクトをとってしまった少年。

 彼の名を、黒崎一護という。

 ルキアはそんな一護を一瞥し、「死神だ」と答える。

 胡乱な目が思わず向けられた。

 

 

「貴様無礼な奴だな」

「無礼でわるぅございましたねー。つーか死神? そんなやつ今まで見たこともねー。本物かぁ?」

「本物だ。死んだ魂魄の行き先を決める、尸魂界―ソウルソサエティ―、所謂『死後の世界』に准ずる存在だ。むしろ見た奴は漏れなく“あの世逝き”だと思うぞ」

「信じらんねー」

「信じろ」

 

 

 にべもないルキアの台詞に、文句を言う一護は自分の方が子供なのではないか、という錯覚を覚える。

 見た目はどうしたって彼女の方が幼く見えるのだが、言動が妙に悠然としているので経験は上なのだと肌が教えるのだろう。

 以前に通っていた剣道道場の師範に似た雰囲気を、彼は感じていた。

 

 

「……その、やっぱ霊たちは死後の世界に行ったほうが、いいのか?」

 

 

 信じているわけではない。

 だが、必要なことだ、と割り切って質問することとした。

 死んだ人間が行きつく先が、物事の流転の当然の流れなのだと、彼女の態度がそう言っているように感じたためだ。

 そんなルキアの返答は、たっぷりと一分ほど間を取って――、

 

 

「………………さぁ?」

「おい」

 

 

 ――小首を傾げられ、とてつもなく不安に駆られる返答を返された。

 なんだ、あの世って安全な場所じゃねーのか。そんな思いを視線に込めて、一護はルキアをジト目で見る。

 さっき以上に胡乱な目である。胡散臭いものを見るかのように。

 無理もなかった。

 

 

「実際どうなのだろう。私が生活していた地域は正直お世辞にも治安がいい場所ではなかったし、何処に流されるかわかったものではないし、なまじ霊力が発現すれば食うものにも困る生活を強いることとなるし」

「……なんか、相応の世界に行ったら安全ってわけでもないんだな。つーか現代日本以上に生き辛そうに聞こえたのは気のせいかコラ」

「所詮はプラスとマイナスの調律を取るための数を確保する作業だからなぁ、私たちの仕事なんて。ぶっちゃけるとマイナスに不備が興ればプラスである流魂街にも手を出す必要性が出てくるし。その調律のためなら例えば涅隊長なんかは嬉々として作業に移りそうな気がする」

「誰だよクロツチって。ていうかその“作業”とやらがかなり不穏だぞ!?」

 

 

 口を開くごとに胡散臭さが比率を上げる。

 一護の腰に張り付いた少女なんか、最早エマージェンシーを感じ過ぎていてルキアの方に近寄ろうともしていない。

 そんな少女に気づくと、ルキアはにっこりと笑顔を向けた。

 

 

「ところで、成仏する気は無いか? きっと生き辛い場所だが中空を茫洋と漂うよりはずっっっっと有意義な場所だぞ?」

「行かせるわけねーだろ」

 

 

 至極尤もなツッコミを入れて、一護は少女を背に隠す。

 当然の行動だった。

 

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

 

「血染めの少女に鎖付きとか、なんという変態行為……」

「俺が好きでやってるみたいに言うんじゃねぇ」

 

 

 少女の胸元から鎖が飛び出した。“それ”は、一護の身体に巻き付いて離れる様子が無い。

 今まで見えなかったのだが、少女曰くその鎖は元から己に絡まっていたものなのだという。

 一護に関わることで彼の目にも映るようになった“それ”を、ルキアは『因果の鎖』と呼んだ。

 

 

「なんか、因縁というか、執着というか、霊が現世に縛られる要因になるふわっとしたもの」

「説明が曖昧すぎる……っ!」

 

 

 死神の目にはしっかりと映るものなのだと云う。

 それはそうと彼女の曖昧模糊な説明の仕方に一護は危機感を覚えているのだが、どうか。

 

 さてそんな“因果”を背負ったまま、そろそろ彼は己の家へと帰らなくてはならない時刻である。

 しかし此処で問題が一つ。

 彼の家族は大概が霊を認識できないが、彼が憑かれやすく“視える”体質であるということは重々承知されてしまっている。しかも妹の片方は視えなくても、もう片方はがっちりと認識できる体質だったりする。

 背後に幼年の少女、傍らには年下っぽい着物姿―死覇装だが―の美少女―中身はかなり残念っぽいが―。

 ――謂れのない非難の視線を妹に向けられるのは、流石に彼も勘弁願いたかった。

 

 

「そ、そういえば、お前なんで刀なんか差してんだ? 見た目かなり物騒だぞ?」

 

 

 なんとかこいつらを引き離す方法はないものかと、せめてもの抵抗も兼ねて情報を出来るだけ引き出すべく会話を始める。

 彼女らの存在を認識できない他者から見れば、誰もいない処へ語り掛ける不審な高校生が出来上がるのだが、幸いにも今の所近くに人の姿は無かった。

 

 

「斬魄刀のことか? ……まあ、死神が活動する際には佩刀することを義務付けられているのもあるのだがな。一つはコレが魂葬、いわゆる死者を尸魂界へ送る儀式の媒体となっている為と、あとは当然戦闘用だな」

「戦闘ぅ? 何と戦うってんだよ、悪霊とかか?」

「む? 貴様ひょっとして遭遇したことないのか?」

 

 

 胡乱な声で返してしまった一護に、珍しいものを見た、といった口調のルキアの疑問が被さる。

 その返答に、一護は思わず立ち止まった。

 

 

「……? なんだよ、やばい奴でもいるのか?」

「ふむ。本当に知らんようだな、珍しい。そのくらいの霊圧を持っているなら、幼い頃から遭遇していても可笑しくないはずなのだが……」

 

 

 ルキアの言葉に疑念を抱きながらも、彼女の続ける説明に耳を傾けた。

 無意識に、傍らの少女の頭を撫で乍ら。

 

 

「霊の質にはプラスとマイナスがある。そのプラスを普通の状態とし、只の死者の霊と認識しろ。我々死神が率先して討伐するべきなのはそのマイナス状態の霊だ。これを、“虚―ホロウ―”と呼ぶ。一般的に悪霊と認識されているのはこいつらだ」

「へ、へえ。じゃあやっぱ悪霊退治で合ってるのか」

「いいや。どちらかと言えば殺し合いだ。そいつらは基本的に理性が無く、獣のように魂を食らう。しかも強力な外皮で己を覆っているので普通の武器では対処が難しいのだ」

 

 

 彼の心音が彼の中のみで大きく響く。

 己が知らない、というよりは、“知っている何か”についての情報が、期せずして手に入りそうな。そんな予感めいた感覚が、彼女の声音一つ一つに次第に大きくなってゆく。

 “その先”を聞きたいのか、聞きたくないのか。

 逡巡している間に、彼女は言葉を続けた。

 

 

「今言ったように、そいつらは魂を食らう。放っておけば死者の霊はもちろん、生きた人も襲われることがある。我々が死者の霊を尸魂界に魂葬するのは、そういった理由もあるのだ」

「……おい、今、生きた人も襲うって言ったか……?」

 

 

 知らず、声が固くなっていた。

 自分はそれを知っている、と、脳に刻み込まれた原記憶が頭痛の様にフラッシュバックする。

 雨、母、そして――、

 

 

「言った。特に“視える者”はそれだけで魂の質が常人よりも高い。狙われる対象になるのは至極当然だな」

 

 

 容赦の無いルキアの言葉が、他人事のように響いた。

 

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

 

 どうやって戻ってきたのか、覚えていなかった。

 自室のベッドへ倒れこみ、己のパーソナルスペースに塞ぎ込んで、重く嗚咽の様に息を吐き出す。

 少女は申し訳なさそうに傍らにいる。

 あのまま道路へ放置していればいつ襲われるか気が気でなかったので、見えるところに守りたい対象がいることは一護にとっては正直ありがたいことだった。

 

 

「では私はそこのベッドの下を希望する。見たところ他の霊の気配は“今の所”無いし、暇つぶしに読書も出来そうだ」

「なんでナチュラルに自室に来てんだよテメェはッッッ!!?」

 

 

 アンニュイになることすら許されないのか。

 霊を認識できる妹がいることを教えられた死神少女は、先回りして一護の自室へと侵入を果たしていた。

 ついでに、既に居座ることが前提として成立していること、そして年頃男子ならば隠し持っていても可笑しくない青年指定雑誌の存在を見破られている可能性に、少年は戦慄を覚える。

 そんな彼に、ルキアはちょっとはにかみ乍ら、

 

 

「……だって、押し入れは青い狸の専売特許だろう? 先客を退かしてまで居心地のいい空間を占拠しようだなんて、そんな厚顔無恥ではないぞ、私は?」

「恥じ入る部分が明らかに可笑しすぎるッ! あとうちの部屋に青狸はいねぇから! 先客っつったら霊以外に存在しねーから! つーかテメェのことだコラァァァァアアアア!!!」

「夜中に騒ぐな。煩いぞハゲ?」

「禿げてねーよッ!!」

 

 

 菫の様に柔らかな微笑みで吐き出されるドギツイ毒が、一護の精神をガリガリと削る。

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 

「――で。なんでまだテメェと顔を突き合わせなくちゃなんねーんだよ?」

 

 

 必要最低限のツッコミすら暖簾に腕押しであったことによんどころのない徒労感を覚えつつ、一護は勉強机の前にある椅子へと腰かける。

 そんな彼の質問に、ルキアはベッドの上にて、たった今取り出したばかりの青年指定モザイク彩色確定の一冊。水着の女の子がカラー写真で艶やかに挑発する肌色多めの谷間に目線を向けつつ、

 

 

「うむ。貴様の霊を認識できる資質からして、この町で真っ先に狙われるであろう対象なのは明らかなのでな。虚が襲ってくるのを見越して、こうして護衛についているわけだ」

「あーそーかい……ってスルーしそうになったけどテメェ何読んでんだ!?」

「正確に言うなら囮だな。虚にとって貴様のような魂は実に栄養価の高い高級食材みたいなものだからな」

「なんでより悪く言い直した!? つーか聞き流すな読むのを止めろッ!」

 

 

 ほほぉ、これは……! などと驚愕の表情になりつつ読書を止めない帯刀少女。

 傍らの少女は視たところ小学校高学年くらいなので、大体妹たちと同年齢程度なのだろう。彼女もまた同じように、ルキアの捲る雑誌にふわぁ……! 等と感嘆の声を上げて目線を逸らさなかった。恐らくは好奇心が勝る年齢なのだ。きっと。

 

 

「見るんじゃありません! 女子供には刺激が強すぎますからッ!」

「なあに、私は貴様が思う以上に年上だぞ?」

「納得できるか!」

「私という保護者が居るのだから彼女にも学習する権利がある」

「どういう理屈だ!?」

 

 

 おかしい、自分はこんなキャラでは無かった筈では。

 学校では必死でクール系キャラを維持しようと努めていた彼は、何故か某同級生並のお笑いキャラにシフトチェンジしていることに、ツッコミを入れながら苦悩していた。

 同時に、雑誌をなんとか取り上げて、数秒前まで維持していた筈のシリアスな空気が雲散霧消していることに頭を抱えた。

 グジグジと考えて苦悩することは碌な結果を生むものではない。剣道場の師範にそんなことをずっと以前の幼い頃に言われた気がするが、果たしてこの空気をぶち殺してくれた彼女に感謝の念を抱いていいものなのだろうか。

 一護自身、悩むような空気を払拭してくれたことは有り難いと思いたいが、その過程があまりにもとんでもはっぷんで。しかも意図してこうしてくれたのかどうかと問われれば“絶対違う”と己の中の誰かが言う。

 若干電波な返答に一瞬錆びれた貌を浮かべるも、唐突且つ連続のストレスの荷重に一護の胃のライフはとっくにゼロであったのも斯様としたのか、一護はルキアについて、思考することを一旦諦めることとした。

 

 そんな折であった。

 妹の一人が、半死半生の息も絶え絶えな状態で、自室の戸を開けたのは。

 

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

 

「どういうことだよッ!? お前は俺を囮として使うって言ってなかったか!?」

 

 

 自室のベッドへと逃れてきた妹の片割れを寝かせて、階段を駆け下り乍ら一護は叫ぶ。

 妹の夏凛は化け物みたいな霊に襲われた、とそう証言して眠りについた。

 実質気絶であるその有様を見て、自分を使うと言っていた彼女の、ルキアの探知が、よりにも依って自分の家に及んでいなかったことに怒っていた。

 それに対しては同じように階段を駆け下り乍ら、ルキアは冷静に判別する。

 

 

「恐らくだが、あの部屋は貴様の霊圧で覆われていたからな、虚とお互いに霊圧を探るには周囲と隔絶されてしまっていたのだろう。要するに貴様が悪い」

「マジかよ……!」

 

 

 見事なまでに責任転嫁しているのだが、そこにはツッコミを見せずに一護は呻く。

 そして後悔する少年に、ルキアは至極冷静なままに言葉を続けた。

 

 

「虚退治は私たち死神の仕事だ。邪魔をするなよ」

「――ッ!」

 

 

 戦う力が無いから端っこに寄ってろ、そう言外に言われていることに気づいて、一護は更に歯噛みする。

 そうこうしているうちに一階へと着いて、彼らが見たものは、

 

 倒れ伏す大人の男性、

 家の壁に道路側から大きく開けられた穴、

 其処から漏れるように覗き見えるのは、

 大仰な体格の、人を模した様な、“仮面”の怪物の姿、

 そして、

 

 ――その怪物の腕に躰を掴み上げられ気絶している妹、遊子の姿――、

 

 

「ッ! 悪ぃ借りるぞッ!」

 

 

 視えた瞬間、一護の脚は加速する。

 その手には、ルキアの腰に佩いてあった斬魄刀―袖白雪―の一太刀。

 彼女が静止する声は全く届かず、一護は大きく振り被って、怪物へと袈裟懸けに斬り付けた。

 

 

「――人の妹に何してやがる手前ェッ!!!」

 

 

 斬り付けた――瞬間、一護は何者かの声を、確かに、聴いた。

 

 

『――べっ、別に貴方なんかに使われてあげるつもり無いんですからねっ!』

 

「――はぇ?」

 

 

――パキィ

 

 

 気の抜けるような乾いた音が響き、

 斬魄刀は刀身の中ほどから、

 真っ二つに圧し折れる。

 

 

「………………う、嘘ぉ!?」

 

 

 折れた刀を呆然と見つめ、どうしようもない現状に呆然自失。

 その隙を狙わない獣―虚―ではない。

 遊子を掴んでいないもう片方の腕を振り翳し、彼奴は目の前の橙の頭髪の少年目掛けて、勢い良く叩き付けた。

 

 

「――全く。先走ってなんともまあ間抜けなことをしてくれるな」

 

 

 が、寸での処でルキアに襟首を捕まえられて、瞬く間に虚から離れる。

 死神の歩法“瞬歩”による効果だとは、この時の一護は未だ知らなかった。

 

 

「斬魄刀がどんな名刀でも、それを使うには相応の霊力を刀に込める必要が在る。流す霊力の波長に量、それは死神が長年の経験で培う技量であり、誰にでも扱えるわけではない。只刀を振るった程度で虚が斬れれば、木端で振るった方が幾分かマシだ」

「わ、悪い、お前の剣、折っちまった……」

 

 

 コンクリートの土の上に投げ落とされて、辛辣な言葉がルキアから放たれる。

 しかし、向かって行った勢いは何処へやら、一護は意気消沈した貌で己の行動を悔やむ。

 だが、無理もない。

 彼女の話では、斬魄刀が虚に唯一有効打を与えられる武器だ、と説明されているのだ。

 戦う力が備えられていなければ、そもそもが対処が出来ない。

 それも自分の所為で、と少年は後悔の念に押し潰される。

 

 ――が、

 

 

「ふん。要らん」

 

「………………………………ェ?」

 

 

 鼻で嗤って、折れた斬魄刀を一瞥すると、容赦なく一蹴する。

 このルキアさんは、その程度をハンデとも思いはしないらしい。

 

 

「そもそも、私が高が虚相手に、態々抜刀する必要があると思っているのか?」

「い、いや、知らんけど……」

「知らんというなら見ていろ。あの程度の中級虚、拳だけでぶちのめしてくれるわ」

 

 

 え、ええー……。と、ずんずん歩むルキアさんを止められやしない橙の少年。

 彼女は虚の数メートル手前まで近づくと、呼吸を整えた。

 

 

「往くぞ。――殺人衝動、解放ッッッ!!!」

 

 

 絶叫した瞬間、ルキアさんの貌付きが大きく変幻する!

 目は夜叉の様に見開かれ、口の端は愉悦しているかの如く吊り上がる!

 全身の筋肉の振動が、周囲の空気とも共振しているかの様に、ビリビリとした激震がその場の者たちを押し留めた!

 それは、圧倒的なまでの霊圧による殺意に殺気……!

 そして! 解き放たれているのは、見る者たちに残虐さすら錯覚させる破壊衝動……!

 “それ”を感じ得るのは、少年だけでは無いッ!

 

 

『――ゥ、ウォオオオオオオオオオオッッッ!!!』

 

 

 虚だ!

 虚は圧し付けられる獣の矜持を何とか奮起し、仰け反るように起き上がると、絶叫し乍ら突進してくるッ!

 だが! それで押し退けられるような彼女ではないと、一護は“確信”していたッ!

 何故か?

 見ていれば判る! 其れほどの存在感だったのであるッ!

 

 

――メシャアァァァ!!!

 

 

 次の瞬間には、虚の腕は掴み取られたままの遊子をそのままに、落花の如く無残に地に落ちていた……!

 遠目にも判る、妹の身は全然無事であると。

 しかし、それにほっとする以上に、今の一護は彼女の行動に戦慄を感じざるを得なかった……ッ!

 

 ルキアさんは、本当に“拳だけ”で虚の腕を捻じ切ったのだ……ッ!

 

 

「――相手を殺し尽そう、と込められた意志は霊圧を激流へと変貌させる。

 激流の様に氾濫とする霊圧を拳に集中し殴りつければ、瞬間的に高密度の摩擦が強い殺傷力を生じる。

 斬魄刀を振るうよりも、ずっと鋭い一撃が、今の私には可能だ」

 

 

 落花となった腕が塵の様に霧散する。

 解放され、地面へと緩やかに投げ出された遊子には傷一つない。

 

 しかし腕を斬られた虚は、それだけで逃げ出すような理性は持ち合わせていなかったッ!

 恐怖に駆られているはずなのに、今までの“弱者を狩れていた”という経験に基づきルキアさん目掛け、片腕のままに一目散に突貫を再開するッ!

 

 

「特攻式殺人術“震洋”。

 虚など、拳一つで捻じ切れる」

 

 

 何故か五・七・五の口調で片手を掲げ、掌を歪に広げた状態でルキアさんは静かに告げる。

 技の名を名乗ったその時には、突貫した虚は正面から両断されていた。

 それは、少年に見せつけているのだと、はっきりと確信が持てた行為なのであった。

 

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

 

『ギャハ! ギャハハハハハハハハハハアーーーッ!!! マジかよォ! フィッシュボーンの奴、斬魄刀使ってないのに殺られちまったぜぇーーーッ!?』

 

 

 突如、不快な声が周囲に響く。

 それは酷く侮蔑的で濁った声音で、自分たちの行為を嘲笑うくらい粘着質な悪意であった。

 

 

「な……ッ!?」

 

 

 声のした方を見上げて、一護は絶句する。

 先ほど倒したばかりの虚なんかよりも、ずっと巨体な虚が、ご近所様の屋根の上に居座っていたからだ。

 そして、それより何より、その隣には、一護にとって『見覚えのある』童女が佇んで、居る。

 

 

「ぬっ?」

 

「っ、ルキア……っ、さん!」

 

 

 絶句した次の瞬間には、ルキアの周りを数体ほどの虚の群れが彼女を逃がさないように取り囲んだ。

 身動きこそ取れなくなったが此れしきで危機とは片腹痛い、とでも云うかの如く、ルキアさんは口の端をにたりと歪めた。

 どっちが味方かわからなくなる光景の先駆けにも思えて、一護は思わずさん付けで呼んだ彼女の安否を一旦思考の隅へと押し遣る。

 

 それはともかく、屋根の上の二体は、その光景を眺めながら尚も言葉を交わしていた。

 自分たちの優位性を微塵も疑っていない様相である。

 

 

『五月蝿いぞシュリーカー、貴様は“敵討ち”に参加せんのか?』

『ハァ? 俺様が何でアーんな雑魚なんかのためにぃ? “遊びたい”んならお仲間同士でやってろよーぉ?』

『云われるまでも無い』

 

 

 余裕の表情で、にたりと笑みを浮かべ、童女が道路へと降り立つ。

 シュリーカー、と呼ばれた巨体は、何か別に用事でもあるのか、興味が無さそうにその場から跳ねる様に消えた。

 

 

『然て。

 儂の“仲間”を縊り殺すとは、随分と凶暴な死神じゃ。

 悲しいのう、悔しいのう。

 ――この悔しさを埋めるために、貴様らの生き血を啜らんと気が済まん』

 

 

 実に愉快そうに、老人のような濁った声音で嘲笑う童女の言い分は、どんな立場にあっても正しいとは思えないくらいに歪んでいた。

 一方的な宣言で揺ら揺らと近づく彼女は、ゆったりとした足取りで一護へと近づいてくる。

 

 一方の一護は、対峙したその童女に見覚えがあり過ぎた。

 ――雨の日の記憶、

 忘れることが出来ない、最悪の記憶が、少年の脳裏を先ほどから痛い程に締め付けていた。

 

 

「――……ま、待て……!」

『――ん?』

「お、お前は、あの時の奴なのか……? あの時の化け物に、後ろの奴に(・・・・・)……! 脅されているのか……!?」

 

 

 何……? とルキアが呟いた声はその場の誰にも届かなかった。

 代わりに、童女の方が愉快そうに目を見開く。

 

 

『……ほぉ? 儂の姿を見えて生きている奴が居るとは……。

 ――優秀だな? 御前?』

 

 

 瞬間、童女の背後から、先ほどの虚よりもずっと巨大な影が姿を現した。

 

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

 

 虚(ホロウ)――、それは極めて霊子濃度の濃い“悪霊”であり、その物理的影響力は死者である存在であるにも関わらず酷く強靭である。

 一般的に巨人も画やという巨体を有する者が多く在り、極端に小型のモノを除けば最小でも2mは優に超える。

 それらの膂力は当然の如く強靭であり、腕を振るうだけでも大人1人の内臓破裂を促せる程には怪力である。

 故に、死神という調律者(バランサー)が存在する。

 彼らは武器を持ち現世に赴き、過剰に命を奪う理性の無い化け物を退治することで、命の天秤の釣り合いを取っているのだ。

 その行動を疎ましく思う者もまた居るのだが、今の所は置いておこう。

 

 そんな虚らの中に、死神から50年逃げ続けているモノが居る。

 名を、グランドフィッシャー。

 “それ”は霊力のある魂を効率よく食らう為に、自身の姿を“視える”者を重点的に狙う。

 その方法は“疑似餌”である。

 自らの肉体の一部に、薄皮のような“外見”を貼り付け、視える者を誘う。

 視える、且つ、霊についての知識の薄い者は、“それ”に誘われるように近づいて、――バクリ。

 

 一見すれば事故に巻き込まれたような影響が表に顕れ、それは虚の仕業とは思われ難い。

 物質として強力な影響力のある虚は、わざわざそんなことをしなくとも命を奪える。

 が、その捕食法だからこその隠れ蓑が、死神からの追跡を逃れられる要因となっているのであろう。

 

 ――グランドフィッシャーは十年前、一護の母親の命を奪った張本人であったのだ。

 

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

 

 歯を剥き出しにしたように嗤っている風貌の、巨大な仮面を被った四足にも視える体毛で覆われた怪物。

 それが彼の真実の姿だ。

 その頭上からずるりと伸びている一本の管の先に“繋がって”いた童女は、酷く愉快そうにニタニタと嗤ったままに、枯れた花の蕾のように萎んで只の管へと変貌を遂げた。

 

 

『どちらも儂よ。此れを視た者を儂が食ったか? 小僧の縁者ともなれば、どれほど旨かったであろうに。残念じゃ、覚えておらんなぁ』

「……っ! て、めぇ!」

 

 

 怪物の挑発に、一護は歯を剥く、

 が、

 

 

「――がッ!?」

 

 

 その瞬間には怪物の腕が、彼を押し退ける様に弾き飛ばしていた。

 霊が視える“だけ”の非力な高校生では、その膂力に抗う術は一つとて無い。

 

 

『おお、脆い脆い。うっかりと踏み潰してしまいそうじゃ』

 

 

 そして、その怪物の腕には、この場の誰もが忘れかけていた“彼女”が握られて、居た。

 

 

『――あ、ぅく、っ……!』

 

「――っ!? て、めぇ! そいつを離せっ……!」

 

 

 “それ”を認識すると、一護は怒りも顕わに激昂する。

 “彼女”は、一護に憑いて来た、あの子供の霊だったのだ。

 

 

『嫌だね。こいつは前菜じゃ、戦う力もない奴は其処で見て居れ』

『……おにい、ぢゃ、だづ、げ――』

 

 

 嗤い乍ら、怪物は歯が剥き出しの仮面の“口”を大仰に開いた。

 その瞬間に一護が思っていたことは、その子の名前を知らない、呼ぶことも出来ないという、そんな、

 

 

「――あ」

 

 

 ぼり、と頭蓋が噛み砕かれ、伸ばす手が拉(ひしゃ)げて、

 ごり、ごり、と咀嚼されてゆく口から、投げ出された脚が、玩具の様に跳ねて、止まって、

 

 ぶちぶちと、摘んだ手足を、怪物が改めて喉中へと放り投げる。

 その時には、一護は全てを理解していた。

 

 また、助けられなかった、と。

 

 

「――あ、ああ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!」

 

 

 喉が涸れるほどの嗚咽が、起き上がれない少年の泣き声が、どうしようもなく震われる。

 そんな少年を眺めて、怪物は尚も愉悦の表情を仮面へと貼り付けていた。

 

 

『ヒヒヒ! 良い聲で啼くわ! 情でも湧いていたのか? 儂としてはあんな薄い霊なんぞでは腹の足しにもならん。御前というメインディッシュを戴く前に、今度はそこの小娘でも戴いておこうかのぉ!』

 

 

 そう言って指差したのは、未だに気絶している、妹(遊子)。

 

 ――起き上がれない場合ではない。

 ――泣いている場合ではない。

 

 それを認識すると、一護は歯を食い縛って立ち上がる。

 睨み付けて、立ち塞がる。

 例え力が届かなくとも、これ以上失うのは嫌だと。

 

 それは、少年の最後の意地だ。

 

 

「――やら、せるかよ……ッ!」

 

『――ひひゃははッ! 良いぞ! 良い貌だ! ――それを苦痛に歪ませられればと思えば、最早涎も止まらぬわッッッ!』

 

「死んでも、通さねぇ……ッッッ!」

 

 

 決死の覚悟で立ち塞がる一護目掛けて、

 口を大きく開いて嗤い、

 グランドフィッシャーはその巨体で飛び掛かって来た――!

 

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

 

「――あ……?」

 

 

 雨だ。

 

 仰向けになっているのか、己へと降りしきる雨に晒されながら、一護は目を覚ます。

 だが、背中に地面の感触は無い。

 

 奇妙な感覚に戸惑い乍らも、己の脚で立っている筈の其処が一体何処なのか、一護には一切見覚えのない場所である。

 

 

『――何故、死のうとする』

 

「――?」

 

 

 然うして、斯かる声に振り返る。

 其処に居たのは、黒い外套にて佇む、またも見覚えの無い壮年の男だ。

 掛けている黒い色眼鏡が胡散臭さを助長しているのだが、何故か一護には沿ういった感情は浮かばなかった。

 

 

「――おっさん、誰だ?」

 

『――知らぬと云うか。私だ、■■だ』

 

 

 ――誰だ?

 聴こえなかった一部に、内心で首を傾げる。

 その様子に一護の内心も測れたのか、男は嘆息を漏らす。

 

 

『――名は未だ届かぬか。まあ良い。

 しかし、今は別に在る。

 一護、何故、死のうとする?』

 

「死のうと……? いや、してねぇよ。何言ってんだよおっさん」

 

『理解していないか? “今”は、あの虚と対峙している時だ』

 

「――――――は?」

 

 

 言葉の意味を理解できずに、疑問符が漏れた。

 が、その瞬間に思い出す。

 

 そうだ。

 今はグランドフィッシャーと対峙している時だった筈だ。

 それが、何故、

 

 

「っ! なんで、此処は、」

 

『理解できたのなら、学べ。戦う術は此処にある』

 

 

 男もまた、急いでいるのだろう。

 一護の戸惑いも投げ出すように、その手を伸ばし、指を一護へと向ける。

 

 

「戦、う……? た、戦えるのか! でも、武器は! 虚には斬魄刀が無いと、」

 

『持っているだろう、其処に』

 

 

 云われて、思い出す。

 確かに、自分は“それ”を手放していなかったと。

 しかし、

 

 

「で、でも、これは、」

 

『使い方なら、聞いていた筈だ。

 何もが出来ないわけでは無い。

 ならば、戦え。

 相手は一人、こちらは一人と一刀。

 これほど楽な話はあるまい?』

 

 

 それは些か卑怯ではないのか。

 そんなツッコミ空しく、雨中の摩天楼は暗転する――。

 

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

 

『――ア?』

「……っ!」

 

 

 鈍い痛みで、グランドフィッシャーは現実へ帰ってきていた。

 少年をまたも押し退けて、倒れる小娘の魂を身体から剥ぎ取って、目の前でゆっくりと咀嚼する。

 そんな豪勢な晩餐の夢を見ていた。

 それくらい優勢な立場であったはずの彼が、何故か、痛みを覚えていたのである。

 

 

『――ア嗚呼アアアアア!!!!?? イデェェェッェエエエエ!!!!??? 何でだぁ! なんでイデェエエエ!? アアアアア!!!!?』

「――う、る、っせぇッ!」

 

 

 ずぶり、と少年が蹴っ飛ばした怪物に、またも痛みが走る。

 それは、少年の持つ大刀が抜けた為に響いた、血の抜ける傷の訴えであった。

 抜けて逝くのは血ではなく霊子という霊体を構成する元素がその容を取っているだけなのであるが、同時に力も抜けるのは当然の理屈で。

 そしてそれはまた、怪物が数十年振りに味わう屈辱の感覚でもあったのである。

 そして、

 

 

『はっ、あぎっ、きっ、貴様ぁ! ――っ!? なんだその恰好はぁ!? いつの間に、貴様、死神だったのかぁ!!?』

「そんなの知るか! こちとらなり立てで右も左もわかんねーんだよ!」

 

 

 怪物は少年の姿を見て、焦ったように取り乱し始める。

 それもその筈。

 少年の衣装は、いつの間にか死覇装へと装いを改められている。

 その肩には、死神の霊圧次第で大きさが決定するという筈の斬魄刀が、まるで斬馬刀も画やと云わんばかりの大きさにて担がれている。

 そしてその大刀の発する霊圧は、それですら納まっていない、と雄弁に語るほどに虚らの肌へと伝わるのだ。

 触れれば斬る、と。

 

 

『なんでだぁ!? なんで、御前、斬魄刀なんて、持っていなかったはずだろぉ!?』

 

「――持っていたさ。折れていたけどな」

 

 

 ――そう。

 一護が持っていたのは、折れた袖白雪の成れの果てだ。

 握り締めて離さなかった“それ”は、紛れもない“戦う意志”。

 そして、斬魄刀は霊圧を込めないと武器足り得ない。

 ルキアに確かにそう聞いていた一護は、己の“内なる声”に導かれるままに、折れた刀へと霊圧を込めたのである。

 

 

「――フン。他人の刀を勝手に改造しおって」

 

 

 そして、虚の群れも“食い散らかし”て来た暴虐大権現様が、悠然と一歩近づいた。

 

 

「悪ぃ」

「一言か。

 ……まあ、奴を千切ってから話を聞くか」

 

 

 ちらり、とグランドフィッシャーへと視線を向ける。

 ひぃっ!? と、仲間の惨殺死体が奥の方に視えた為か、唯一生き残っている彼は、最悪の展開が怒涛の如く押し寄せてきた!?と戦慄すら覚え始めていた。

 

 

『そ、其処を動くんじゃねぇえええ!!! 動けばコイツの命はねぇぞぉぉおお!!!』

 

 

 咄嗟に。

 最早キャラすら忘れて、命がけで倒れ伏している男を人質と取り、その鈍重そうな腕を彼へと向けた。

 未だ気絶中の黒崎一心、要するに一護の父親である。

 

 

「「わ、忘れてた……」」

 

 

 これといった影響が無かったお蔭なのだろう。

 そして同時に、遊子が狙われなくて本当に良かった、と内心ちょっと安堵する一護がそこに居たりするのだが、まあそこは置いておく。

 此処で彼が起きていたら、ホッとするなァァァーーー!!!と絶叫されても可笑しくない。

 

 

『き、ひひひ、そうじゃ、う、動くでないぞぉ……?』

 

「キャラ思い出すんじゃねーよ。もう今更だろそれ」

「なあ、ところであの人、何処かで見た記憶があるのだが……」

 

 

 平坦な声でツッコミを入れる一護に、誰かに似てるな、と首を傾げ始めるルキアさん。

 いつのまにやらシリアスが行方不明となっていた。

 人質とされた人物があまりにも予想外だったので、逆にどうしていいのかわからない為かも知れない。

 

 

『そ、そうして余裕そうにしているのも今の内じゃ……、流石に死神2人とは分が悪いからの、儂は逃げさせていただくぞ……? いいな、動くなよ? 動くでないぞ?』

 

 

 ちなみにこの時、グランドフィッシャーは未だに食事を諦めていなかった。

 逃げる序でに、動けない2人を尻目に、摘み食い程度のことはしてやろう。

 そんな皮算用をちらりと過らせていたのである。

 

 だが、

 

 

「――ああ、わかってる。動きやしねーよ」

 

 

 云い乍ら、一護は刀をゆっくりと振り上げる。

 

 両者の距離は十数メートル、その距離では、如何な大刀とはいえ届くはずがない。

 そう思っているからこそ、グランドフィッシャーは首を傾げた。

 

 瞬間、

 

 

「――月牙、天衝!」

 

 

――ゾン!

 

 

 と、黒い剣圧が、グランドフィッシャーの肩を引き裂いた。

 

 

『――ギャ、ギャアアアアアアアアアアア!!!!?』

 

「――距離を縮める必要なんて、ねーんだよ」

「外れているではないか」

 

 

 格好をつけた一護の科白に、ツッコミをし乍らルキアさんはゴキゴキと拳を鳴らす。

 

 

『ヒ、ヒィィィッッ!!!』

 

 

 咄嗟に、

 脇目も振らずに彼は駆け出した。

 

 霊子が滴る腹と肩の傷を庇うよりも速く、

 ルキアさんの瞬歩が届くことも考慮して、

 一も二も無く逃げることだけを優先し、持てる限りの全速力で、全精力で遁走した。

 

 が、

 

 

「 逃 が さ ん 」

 

 

 ――残念! ルキアさんからは逃げられなかった!

 

 

 途轍もなくイイ笑顔のルキアさんが、逃げ出したその先にて待ち構えており、拳打でもって撃墜される。

 超スピードとか瞬歩なんてレベルではない。

 い、一瞬何が起こったのかryという葛藤が彼の中に芽生えるくらいの瞬きの合間、オラオラオラオラ!と始まりますよ。

 そんな未来予想図がにこやかに待ち構えていた。

 

 

「神様にお祈りは済んだな?

 命乞いの準備?

 部屋の隅でガタガタ震える?

 そんなことは私が許さん。

 慈悲も容赦も手加減もない。

 只惨めに残酷に襤褸雑巾の様に惨たらしく、

 磨れて千切れて微塵と果てろ」

 

『ひ、い、ぎゃ、ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!???????』

 

 

 ――なんかもう、可哀想なくらいにヴォッコヴォコにされた。

 グランドフィッシャーの心が折れるまで、その惨劇に終わりは視えなかったと、某橙髪の少年は後に語る――。

 

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

 

 拷問も佳境に入った頃、死に欠けのグランドフィッシャーが『脳写(トランスクライブ)』という技を使いルキアへと変身した。

 これで攻撃できまい!などと意気込むルキアの姿をしたそいつに、尚も攻撃の手を緩めない暴虐大権現様。

 思わずもうやめたげてよぉ!と静止すべく羽交い絞めにしたのは一護の方で、その隙を突いて涙塗れのルキアの姿をしたグランドフィッシャーは全力逃走。

 これは、俺がお仕置きされるパターン……!? と戦慄に身を攀じる一護の顔を、何故かまじまじと眺めたルキアは、ポン、と手を打ったのであった。

 

 

「ああ、貴様誰かに似てると思ったら海燕副隊長か!

 ということはあそこの髭面は志波一心殿か。なんか見ないと思ったら現世で何をしてるんだ、あのひと?」

 

 

 と、微妙に爆弾発言的なことをぽつりと呟くルキアさんに、少年は訳も分からずに疑問符のみを浮かべるだけであったという。

 

 

 





 ――虚圏(ウェコムンド)。
 虚が逃げ帰る虚のみの群生する弱肉強食の世界で、石英のような物質と豊富な霊子のみが存在する、太陽の光の全く存在しない次元である。
 逃げ帰ってどっこい生きてたグランドフィッシャーもまた、この世界にて命辛々再起を決意しているのであった。


『お、己ぇ、おのれ、オノレェェエエエ!!! 許さんぞ死神ども! 必ずだ! 必ず復讐してやる! 何年かかっても! 必ず復活を遂げて食い殺してくれるわぁぁぁあああ!!!』


 それは宛ら、折れ曲がり折り目が付いた鉄板が、元の合金版の在り様の形へと還元するかの如くの復活。
 情けも容赦も無い凄惨を極めた拷問の果てに、死の寸前まで嬲り尽くされたことで完膚なきまでに潰えたかと思われた矜持であったが、小さく惨めに踏み潰された“それ”は、なんとか芽を失う程には届いていなかったらしい。
 だが、彼が言ったように、霊子の減少は酷いものであった。
 生き延びるために防御と防衛に全力を注いだ為、命は潰えなかったが、貪り尽された霊圧はかつての巨大虚(ヒュージ・ホロウ)クラスまでには到底至らない。
 “復活”には、何年の歳月が必要となるかは全く持って未知数なのであった。


 ――そして、そんな“弱者”を見逃すほど、虚圏は甘くは無かった。


『……ひっ! こ、この霊圧は……!
 ――グッ、ギャアアアアアアアアアア!?』


 弱々しく地を這っていたグランドフィッシャーを、ばくり、と大虚(メノスグランデ)が喰い尽くした。

 大虚(メノスグランデ)とは、例えるならば『千と千尋』のカオ●シみたいな形状の巨大な虚である。
 それらは数十メートルを優に超える規格外すぎる巨体で、数百の虚が食い合い吸収し合って生まれる一体の巨人。
 似た様な形状のモノばかりが数を犇めいて居り、理性の無い食い合いの果てに更なる昇格を自ら促す。
 大きさだけならば下手なビルをも凌駕するそれらは、それで未だに最下級(ギリアン)と呼ばれる個体であり、食い合いの進化の先に、ようやく中級(アジューカス)・最上級(ヴァストローデ)へと“進化”出来る。

 そして今。
 一体の中級大虚が誕生しようとしていた。

 グランドフィッシャーを食い潰し、
 他のギリアンと食い合いを犇めき合い、
 蠢く影の如きヘドロのような霊圧の奔流の果てに、

 ――“彼女”は、目を覚ました。


「………………」


 茫洋と宙を見上げる。
 自らを押し上げた果てに在った、広大な砂漠が眼前に広がる。
 日の光の射さぬ、茫漠たる月が静かに見下ろすその大地で、
 彼女は己の中に残っている、一つの言葉を口ずさんだ。


「………………いち、ご」


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