死神剣客物語(仮)   作:おーり

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次にアナタはこう呟く
早くね?


第2話

 

 ――例えるならば、水底。

 其処は、光の射さぬ深淵の檻に封じ込められているかの如くに静謐であるが、潮の流れなどは一切無いことから只の海中では無い。

 一見すれば海抜数千m等と勘違いしてしまいそうだが、むしろ湖の底と判別する方がよっぽど近い表現である。

 しかし水圧などは一切無く、呼吸も出来るが故に現実的とは言い難い。

 何より、遥か湖底の足の下には、

 

 ――水底に水没した空座町が、無人の町として音を発することなく存在していた。

 

 

「――わかるか、一護? 此処が今の私“達”の世界だ」

 

 

 黒い外套を纏った男が、橙の髪の少年と向き合って呟く。

 呼ばれた少年、一護は、申し訳無さそうに、だが、はっきりと前を向いた。

 

 

「希望に満ち、天を突くかのような摩天楼は形を潜め、平坦な街並みへと変化した。

 降り頻る雨は止んだが、代わりに街の総てが水没した。

 どれもこれも、一護、――御前が絶望し歩みを止めたからだッ!!!」

 

「仕方がねーだろうがッ!? ルキアさんのしごきの前に絶望すんなってのが無理があるわぁーーーッッッ!!!」

 

 

 絶望しきり、すっかり奴隷根性が染み込んだ少年は、涙目のままに絶叫した。

 心象世界来訪15回目のことである。

 

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

 

 あの夜、死神として目覚めた少年は、とりあえずルキアさんにしばかれた。

 ルキアさんにも予定があり、現世から尸魂界に向けて連絡を取る必要性があったのだが、斬魄刀が無い以上それが出来ない、という事実に突き当たってしまったのである。

 斬魄刀には、尸魂界と現世とを繋ぐ『穿界門』を開く機能が存在する。

 機能というよりは鍵に近いのだが、その鍵が手元に無ければ帰ることもままならない。

 何より、剥き出しの死神の霊圧が現世に存在するということは、実は他の霊にも影響が出るのだ。

 その場に“偶然”居合わせた『浦原喜助』が、死神の魂魄を守り同時に霊圧を抑える効果のある『義骸』を用意してくれたので、“死神が霊を威圧する”などという『悪影響』が発生するには至らなかったのだが、それにしたって解決の手段ではない。

 それならばいっそ、と開き直ったルキアさんは、一護を『一人前の死神』として教育し成長を促し、いずれ尸魂界が自分らを見つけてくれる時のための生に℮……もとい、土産としてお納めする腹積もりで調ky……もとい、修業を始めたのであった。

 

 そんなこんなで一日半。

 何の裏取引があったのか、黒崎一心との幾許かの交渉の後、ルキアは黒崎医院の居候として住まうことが決定されていた。

 イイ笑顔でサムズアップを決めたルキアさんには、内心嫌な汗を覚えた一護である。

 そして何故か学校に於いては、『転校生』としてスカートを翻し、ルキアさんは似非お嬢様キャラを炸裂させていた。

 開き直ったのは現状に於いても果敢の如しであったようで、学生生活というモノも楽しむ腹積もりであるらしい。

 己の生活圏が完全に袋小路に追い詰められている一護にとっては、嫌な汗どころの話では無かった。

 そして、現在。

 

 

「その姿勢はな、『刃禅』という。死神たちが己の斬魄刀との対話をするために生み出された、精神修行のひとつだ」

「知ってるよ。何回説明してんだよ」

「いや、改めて知る人のために、というやつだ」

 

 

 何の話だ。と、己の斬魄刀を膝の上に置き、座禅を組んだ一護は律儀に突っ込んだ。

 どうでもいいが刀の規模が妙に巨大な為、置き辛いし禅も組み辛かった。

 

 場所は一護の部屋で、昨夜から16回目の仕草だ。

 尚、只只連続でやるのも芸が無い、とのことなので、一回やるごとにルキアさんからのお仕置kもとい実戦訓練が大口を開けて待機している。

 お蔭で本日は授業中ですら空気椅子、という超絶物理修行の敢行メニュー。

 何処ぞの霊媒師の王様を目指す高校生を彷彿とさせるお品書きが涙を誘う。

 

 

 虚の襲撃によって吹っ飛ばされた黒崎医院の正面玄関に関する記憶を遊子と夏凛のみを対象に書き換えたその後、今後の予定を組んだルキアさんはとりあえず一護をしばき倒した。

 調kyもとい修業は最初が肝心であるため、斬魄刀を手にした一護の実力を見極める為である。恐らく。

 キャメルクラッチで一護の背骨を良い感じに鳴らしながら、ルキアさんは斬魄刀を所持するに能っての心構えを説いたのであった。

 

 曰く、斬魄刀には三つの形態があり、解号を唱えることで段階を引き上げ、その形状を変化し戦況にも影響を与え得る物である。

 曰く、最初に斬魄刀を承った初期の形を浅打、次に己の霊力を馴染ませ“名前”を知った段階を始解、最後に斬魄刀を屈服させ十全に扱えるようになった究極型を卍解と言い、三つ備えて死神は初めて『戦力』として二流である。

 曰く、刀掴んで三日もしたら卍解習得しなきゃお前死ね。

 始解もまだなのにぃ!?と一護が涙目で突っ込んだのは、言うまでもない。

 

 

「まだ発現できんのか、才能ないな、一護は」

「いや、対話はしてんだけどな? 技の名前とかも最初に教えてもらったんだし、仲はそう悪くないはずだ。悪くない筈なんだよ。……つーか、才能ないとか普通に言わんでくれ、凹む……」

「と言うより、先ずは霊圧を解放することから始めるほうがいいかもしれんな。いつまでたってもぎっちぎちの封印状態で、刀に霊力を込めるのすらそれじゃあまだ弱い。仮にも私の持っていた刀を譲り受けたのだから、もう少し扱えるようにはなってほしいものだ」

「……すんません」

「……まだしごきが足りないのか?」

「ほんとすんません勘弁してくださいッ!」

 

 

 曰く、危機に陥らせることで生命が生きようとする極限の状態を擬似的に再現している、というのがルキアさんの言い分であった。

 が、しゃらんらなサブミッション系肉体言語が与える痛みは死地より沸き立つ不死鳥を彷彿とさせることはあんまりなく、幾度となく締め落とされる一護は毎回バケツ水で目覚める記憶しか残っていなかったのがまた泣ける話で。

 ちなみに、ふんわりとしたオノマトペの割には効果線で際立つ技法が巧妙に光るマンガ表現の良く似合う光景であったのは言うまでも無いので割愛とさせていただく。何の話か?某肉体言語に他ならない。しゃらんら。

 

 

「刀剣解放に頼るのは精々二流の死神だ、本物の一流は刀の性能に頼ったりはしない。例えるなら雀部副隊長みたいな。あの人は卍解を一切使わずに戦えるからな。それが最後の手段、という意識すらない。本音を言ってしまえば、もっと教えるべきことはあるんだ。刀剣解放で一々手間取っている暇など無いくらいにはな」

「……参考までに聞くけど、ルキアさんはその卍解?を習得するのにどんくらいかかったんだよ?」

「最初に刀を手にした瞬間には覚えた」

「ぜ、全然参考にならねぇ……」

 

 

 あっけらかんと言い放たれた言葉に、絶句すら生ぬるい程に呆気に取られる少年。

 規格外すぎて、レベルどころか次元の違いを確信した。

 そう、二次元の存在が三次元上の存在を認識できないかのよう(略。

 

 

「まあ、それは私の袖白雪がドМのマゾ豚だっただけの話だ。

 そんなことより、せめて名前だけでも聞き出せ。本当なら剣術に頼ることすら烏滸がましいのにこんなところで躓きおって。武器を持たないと戦えないとか、惰弱にも程があるぞ」

「マゾ豚の斬魄刀って……気になる、すっげぇ気になる……」

 

 

 なんだか色んな人を敵に回すような発言をするルキアさんは兎も角、さらりと暴露されたルキアさんの持っていた本来の斬魄刀の素性に気が逸り集中力に欠く少年Ⅰ。

 本日16回目のお仕置きが、こっそりと確定していた。

 

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

 

「殺(シャ)ァッ!」

 

 

 ゴキリ、と。

 瞬歩で背後に回り込み、一瞬の内に頸椎を捻り折る。

 そうして力無く“撃墜”された虚の仮面を、一護は無言で叩き切った。

 

 

「……なぁ、俺が同行する意味、あるのか……?」

 

 

 流れ作業の如くの、斬り合いですら無い雑務処理に、少年の存在意義(レゾンデートル)が声を嗄らさんばかりに絶叫している。

 それは宛ら、水の都から連れ去られた後に処刑塔の最上階に向けて発せられる海賊の仲間の(ややトウの経ち過ぎている嫌いが若干垣間見えるが一応)少女の懇願の如く、涙と洟声とでの襤褸襤褸の魂の慟哭にも思えたのであるが今はどうでもいい。

 

 日も明けて翌日放課後、虚が出現した、との報告を受けて現場へ赴いた死神見習いの少年は、無手で塵殺出来る少女の一撃で事を終了させた現状に疑問の声をぶつけてみた。

 実際、己が態々憑いてくる必要性が隙間も真視得ないこの現状では、湧き出て当然の疑問だと云えよう。

 

 

「霊術院では見習いは下処理だ。殺し損ねた、または零れ落とした虚の止めを刺す役目が貴様らの仕事だ」

「俺、そこの学生じゃねーし」

「同じものだ戯け」

 

 

 霊術院、というものがどういうモノかは、ここ2日の『朽木三席のルキルキ死神講座~座学篇(強制)~』で教えられているから問題は無かった。

 曰く、死神となる人材を育成するための、尸魂界に存在する学修機関である。と。

 とりあえず、死神として容だけでも未熟を脱出させるために、と彼女から始められた授業であるが、死神の世界や歴史についてルキアさんの知っていることを割とあっけらかんと説明されてはいる。

 いるのだが、ネーミングに気が入り過ぎていて未だ全容まで頭に入ってきていないのが現状ではある。

 

 

「嘘か真か、斬魄刀には斬った虚の罪を洗い流す仕組みが備わっているらしい。お蔭で虚退治には必ず帯刀が義務付けられる。実際忌々しいことこの上ないのだがな」

「斬魄刀になんか恨みでもあんのかよ……。つうか、死神本人が疑惑持ってちゃ駄目じゃねーのか」

「所詮斬った張ったしか出来ないことを何を正当性を持たせているのかと声を大にして言いたいだけだが、」

「うんストップ。言いたいことは分かったからそれ以上言葉にするのは止めよう。なんかもう既に色々危ない」

 

 

 色々な方面へと飛び火しそうな発言がルキアさんから飛び出したが、寸での処で一護に止められる。

 きっとセーフである恐らくめいびー(棒。

 

 

「にしても、一々ついていくのはいいとして、その間俺の身体が無防備になるのはどうにか出来ないのか?」

 

 

 閑話を挟んで、近くの公園にて死に体同然となって放置されている己の身体に戻りつつ、少年は問う。

 死神としての魂の性質上、むき身の魂で活動する行為が問題である。という部分についてはルキアさんからは聞かされているのだが、それにしても移動の際に、現場まで赴いてから肉体から魂を剥離する、という余計なワンアクションは如何なものかと思うのである。

 実際の処、こうして剥離された後は地面へと放置されているのだから、そりゃあ文句の一つも言いたくなるのだろう。

 

 

「ふむ、そうだな。近いうちに義魂丸でも購入しておくか」

「? それって、どんなアイテムだ?」

「死神の現世活動には欠かせないものだ」

 

 

 先立って述べた通り、死神の魂魄は普通の魂魄に比べて霊圧が強い。

 “それ”が現世において堂々と活動していると、その霊圧がそこらの死者や時には生者にまでも影響を及ぼす場合があるのだ。

 また強力な霊圧は虚にとっても『栄養価の高い餌』に匹敵する目印なので、彼らを誘き寄せる撒き餌の代わりにもなる。

 その点を霊術院などでは、実は虚とのガチな殺し合いを推奨しているわけでは無いので、抑制させたりする術や道具の使用を教育しているわけである。

 そしてそれらを抑制するため道具の一つ。それこそが擬似的な肉体、『義骸』となる。

 

 死神が活動する主な部隊を『護廷十三隊』といい、それらを支持するのが貴族などで構成される『四十六室』という。

 件の四十六室曰く、現世活動をする死神には義骸の使用が義務付けられており、破棄や紛失すれば相応に罰が下される。

 それくらいには重要な道具であるために、死神が臨戦体制に入る時、紛失することを恐れて一々義骸の所在を注意する必要のないように、と義骸を別の意思で活動出来るように用意された擬似的な魂魄。

 それが義魂丸、またの名を『改造魂魄』なのである。

 

 

「それがあれば一護の身体を一々大地へと放置プレイしなくても済む」

「そうか、いい加減放置プレイもどうかと思っていたところだよ」

 

 

 くだを巻くように愚痴りつつよっこいしょー、と死後硬直が来ているのかギシギシと軋む身体を解き解す。

 大地に投げ出されていた一護が、むくりと無造作に起き上がった。

 一護、大地へ立つ……!

 

 

「――あれ? おーい! 黒崎くーん?」

 

 

 と、同時のタイミングで、公園入り口から響く少女の声に、2人が怪訝に振り向けば、

 胡桃色のロングヘアで、やたらと豊満な胸部装甲の美少女が其処に居た。

 

 

「井上じゃねーか」

「ああ、確かクラスメイトの」

 

 

 とてとてと小走りに近寄ってくる彼女を眺め乍ら、2人は呟く。

 視られていたか? という恐れは混じるが、とりあえずの処は、

 

 

「なにしてるのこんなところで?」

「べっつにー、ちょいと道案内をな」

「ごきげんようですわ井上さん」

「わ、朽木さん。ご、ごきげんよう」

 

 

 一先ず、偶然を装うこととした。

 『井上』はルキアさんの姿が目に入っていなかったのか、時代外れな挨拶をされ、慌てたように返事を返す。

 

 

「井上こそどーした?」

「私? 晩ご飯のお買いものー。今日タツキちゃんが泊まりに来るからさー」

「有沢が?」

 

 

 聞かれたくないことから話を遠ざけるように、質問を先走って投げ掛ける。

 そのことには幸いにも気付かれずに、『井上』は間延びした声音で一護との会話を楽しんでいるようであった。

 ちなみに、アリサワタツキというのは2人の共通の友人であり幼馴染でありクラスメイトだ。

 がさがさと、片手に提げたスーパーの袋を漁り、『井上』は戦利品を見せつける。

 

 

「腕によりをかけて作るんだよー。バターとー、あんことー、フランスパン!」

「えっ、その材料で晩飯なの?お前大丈夫?」

 

 

 何気に脳を心配するような一護の質問の意図には気づかなかったのか、『井上』はたははーとあっけらかんに笑う。

 その様に彼女の仕様を理解したのか、付き合わされる有沢竜貴に一護は思わず憐憫の情を内心で拝する。

 肉野菜魚が一切ない献立に、見知った幼馴染の少女の未だ見ぬ訃報を彷彿と想った。

 屍を拾うつもりは更々無いが。

 

 そんな折、

 

 

「――……?」

 

 

 何かに気づいた表情で、ルキアさんが眉を顰めた。

 2日しか付き合っていないが、彼女の気遣いの正確な差異というものに気づく程度には、彼もまた鍛えられている。

 が、今は駄目だ。と、未だ談笑中の井上から僅かだけ視線を外し、ルキアさんへと合図。

 思う処を拾えたか、ルキアさんが優雅に咳払いをする。

 

 

「井上さん、お時間は宜しいんですの?」

「えっ、あ、もう遅いね。ごめんねなんか話し込んじゃって」

「いえいえ。楽しそうでいいと思いますわよ? 今度ワタクシともお話してくださいね?」

 

 

 じゃーねー、と駆けて往く。遠ざかる『井上』に手を振り返し乍ら、ルキアさんは笑顔の儘に、

 

 

「――一護、あの娘、憑いて居るぞ?」

 

 

 呟くように、告げた。

 

 ――瞬間、

 

 

『――ッウォオオオオオ!』

 

 

 翻すように振るわれた一撃は死神化していない一護の身を翳め、圧倒的な膂力の差が少年の身体をゴム毬のように弾く。

 咄嗟に防いだ身体を追いかける様に、ルキアさんが彼から魂を抜き出した。

 

 

「っ痛ぇ! なんだいきなり!?」

「あの娘に憑いて居る奴、か」

 

 

 状況を理解できない一護に比べて、随分と冷静に状況を察するルキアさん。

 魂の剥がれた一護の身体を、米俵の様に肩へと担ぐ。つよい(確信)。

 

 ――しかし、

 

 彼女はラミア(半人半蛇)のような身体の虚を相手に、臨戦態勢にも入っていない。

 あまりにも余裕の態度に、一護の視線が訝しげに歪む。

 

 

「――おい?」

「少し早いが実地訓練と行こうか。下処理は不満のようだからなぁ?」

 

 

 あれっ、これ怒っていらっしゃる!? とさっきまでの会話を引き摺られていたのかと、やや彼女の態度に恐怖を覚える少年Ⅰ。

 その先の実戦が不安というわけでは無く、むしろその更に後の方に控えているであろう、本日の『夜のお品書き』と彩られた訓練メニュー改め『拷問』の品揃えに彼のSAN値が非情にピンチ(誤字では無い)。

 

 

「ひよこかどうかを見極めてやる。精々頑張れ」

「………………………………やぁってやるぜぇ」

 

 

 力の無い絶叫が、空しく響いた。

 涙声にも聞こえたかもしれない。

 

 

『――グル、ウゥウ、ウル、織姫ニ、近、ヅクナ……!』

 

「――あ?」

 

 

 一瞬忘れかけていた虚の言葉に、刀を構えたまま一護は疑問符を浮かべた。

 

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

 

「なぁーんでそこで、一緒に泊まらない? とかって誘えないのかなぁ、この娘はぁー?」

「んぅー、そ、そこまではちょっと飛び過ぎだと思うよぉ」

 

 

 ジョッキをテーブルに叩き付ける様に置いて、有沢竜貴は井上織姫を叱咤した。

 中身はジュースなのだが、雰囲気のみ女子会で充分に場は温まっていた。つまみはあんこバターのディッシュにフランスパンという、夕飯にしても重い気がするメニューだが、話のつまみならば過剰に供給過多なのが女子会なのである。

 おっさんの霊がオーバーソウルでもしているのか、半酔い状態のタツキが織姫の胸部装甲を無造作に鷲掴み、交互に上下に稼働させる。

 

 

「お泊りが飛んでちゃせめてご休憩とか誘えよぉー!? そこらの茂みに連れ出して母性の塊である“これ”で挟んで扱けばいっくらアイツでも飛びつくでしょーよ!?」

「な、なるほどー」

 

 

 なるほどー、じゃねーよ。と、草葉の陰の兄貴が頭を抱えた。

 

 時刻は過ぎて夜半過ぎ、本日の成果を語っていたところでのこの暴走だ。

 女子会怖い。と死に別れた兄が涙を浮かべる程度には、ぶっ壊れた女子らの宴のテンションはグレードアップしてゆくばかり。

 ちなみに余談だが、『夜会』と書いて『サバト』と読むのは常識である。

 

 

「つーか転校生と公園に居たってことはそれなりにやばいんじゃないの? それ放っておいてよく帰ってこれたねアンタ」

「う、うーん、やっぱり本人目の前にすると、ちょっと気後れしちゃうし……」

「乙女か!」

「女の子だよぉ」

 

 

 もじもじと恥ずかしそうに身を捩らせる織姫に、鋭いツッコミを浴びせたタツキははぁおぁぁぁぁぁ、と長い溜息を吐き出した。

 

 

「好きなら好きって言えばいいじゃん。すぱっと唐竹割ったような普段のあんたは何処に行ってるのよその時は」

「く、黒崎くんの前だと絶賛開店休業中みたいでして」

「もっと熱くなれよ! 出来る出来る! あんたならなんとか出来るって! ほんのちょっとでいいのよ! もうちょっと頑張ってみようよ!」

「う、うーん……」

「ほら! 妄想開始! 今目の前に一護がいまーす! 織姫さんの選択肢は何でしょうかー?」

「は、はさんでしごく?」

「はい正解!」

 

 

 駄目だこいつら。なんとかしないと。

 

 夜会のテンションがそうさせるのか。脊髄反射だけで目前の親友を煽て上げるタツキに、天然ボケが実装されている織姫のコンビでは第一にツッコミが足りない。

 常識も頻繁に供給不足のようだが、生贄と言う名のブレーキ役がせめて一人は欲しい。

 それらを目撃していた者は、今モーレツに渇望していた。ツッコミを。

 

 

「――ありゃ?」

 

 

 そんなハジケ祭りが、タツキ本人の声で一旦止まる。

 訝しげな声に見れば、彼女の持っているグラス(ジョッキ)には、飲み物が枯渇していた。

 

 

「飲んじった、もう無かったっけ?」

「あ、ごめんね。もうちょっと買って来るんだったね」

「ん、いーよいーよ。ちょっとひとっ走り行って買って来るわ」

 

 

 言うが早いか、玄関へと足を運びスニーカーを履いて上着を羽織る。

 そんなタツキの行動に、織姫は慌てたように、

 

 

「えっ、一人で行くの?」

「ん。序でに他にも買って来るわ。流石にあんことバターだけじゃ栄養偏るし」

「でも一人で夜にとか」

「へーきへーき、アタシもがっつり強いから!」

 

 

 そう言って力こぶを作って見せる、何気に全国レベルの腕前を持つ空手少女が其処に居た。

 確かに彼女の実力(レベル)ならば、暴漢が20~30人は必要なのかもしれない。

 そんな若干失礼なことを即座に連想した織姫に手を振り、タツキはアパートの部屋を飛び出した。

 

 ――其処に織姫を1人残して。

 

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

 

 夜の街を、屋根の上を、空の一角を、黒装束の2人が静かに駆ける。

 片方は髪の短い少女の姿で、もう片方は橙の髪色を隠そうともしない、若干焦った顔色の少年だ。

 当然の如く、死神の少女と死神代行(見習い)、黒崎一護と朽木ルキアの2人だ。

 ルキアは空中を、どのようにしてか足場の視えない場所を疾走する勢いで駆けて行くのだが、一護の方は屋根の上を跳ぶように伝って目的地を目指す。

 その走り方どうやってるんだよ、と愚痴るように尋ねた一護に返された答えは、「頑張れ」の一言だけであった。

 

 “それ”に異を唱えるわけでは無いが、一護は咳き込み呼吸を整えつつ毒づく。

 彼らが追いかけている目標、昼間に遭遇した虚についての言だった。

 

 

「――っ、くそッ! 何だったんだよアイツはッ!?」

「返り討ちにあって今まで気絶していて、逃げられた貴様の言う科白では無いな。愚痴る前に走れ、戯け」

 

 

 ぐうの音も出ない正論で論破された。

 確かに昼に遭遇してそのまま討伐できていれば、今この時間にこの街中を疾走する必要性も無くなってくる。

 つまりはルキアの今やっている謎走法を問う必要もなくなっていたわけで、無駄に一蹴されるという物悲しい結論をぶちまけられる必要性も無かったわけで――。

 其処まで考えて、言葉にならない滂沱の涙がつうっと、少年の頬を翳めて行ったのは見間違いではないのかもしれない。

 

 

「……それより、聞いておいていいか?」

「何だ」

「アイツは、俺の見覚えのあるやつだった。ひょっとして、今井上の家に向かっているのも、関係しているんじゃねえのか?」

 

 

 キリッと表情を締め直し、今からシリアスなシーンに入りますよー。と姿勢で宣言する一護に、ルキアはふむと一つだけ頷くと答えを返した。

 

 

「――虚との戦いに赴く前に、霊術院では生徒らに正面からの一刀両断・一撃必殺を心がける様に注意を促す。それは、まかり間違っても虚の仮面を剥ぎ取り、“仮面の中”を改めないようにという配慮の基、だ」

「?」

「死神見習いにとっては、やはり誰だって人とは対峙したくはないであろう、という配慮だ」

 

 

 その答えに、絶句する。

 

 

「――な、」

「まあ、人なのだ。虚は、元々な」

 

 

 普通の幽霊、即ち死んだ姿のまま漂ったり尸魂界へと導かれたりするモノを『整(プラス)』と彼らは呼ぶ。

 それに対して、恨みつらみや執着心で現世へといつまでも縛りつけられたり、人に仇為すようになってゆくモノが『負(マイナス)』と呼ばれる。

 だが後者は、生前で言う処の『悪人』レベルの存在であり、死神らの手にかかれば容易く魂葬され、然るべき処へと導かれることとなる。

 虚は、そのマイナスが“振り切れた”存在だ。

 根本的に理性を失い、生物的な本能と殺人衝動のみで生きた人や魂を貪る。

 死神がそれらを刈り取る最大の理由は調律者(バランサー)としての摂理に基づく行為などではなく、その存在理由故に数多く蔓延らせると自分たちが危うくなるからに他ならないわけである。

 

 

「人であった“それ”が最初に狙うのは肉親だ。そうでなくとも、取り憑いて居る対象が存在する以上、それを真っ先に狙うのが奴らの本能だ。だからこそ、井上の命が危ういと見て今こうして向かっている。

 理解したのならもう少し急げ。霊体であるはずの奴らが生きた者に干渉できるほどの影響力を持っていたとすれば、今日にでも彼女を襲うぞ、奴は」

 

「…………兄貴だった」

 

 

 本来霊体であるはずの死神や虚は、他の『普通の幽霊』のように生者への干渉が届くことは稀にしかない。

 それを可能とするのは互いの、若しくはどちらかの霊力の上昇具合が関係しているらしいが、それを払拭できる“稀”なケースが存在していることが危険を孕む。

 それは『縁』という加害者・被害者に連なる因果の問題。

 それがあるだけで、虚でなくとも、普通の幽霊でさえも生者への干渉を図ることが可能となるのだ。

 それが理性を失った怪物が出来るとなれば、どのような結果をもたらすのかは想像に容易い。

 

 そのことを教えられ、一護は歯を食い縛りつつ、喉の奥より声を嗄らす。

 

 

「あれは、前に見たことがある貌だ。井上の兄貴だった……」

「なるほどな。で、あればやはり危険か」

「……なぁ、ルキア。家族の中で、兄が下の奴より先に生まれてくる理由を判るか……?」

 

 

 一護の言葉に、疑問符を浮かべて足を止めるルキア。

 俯いたままだが、少年は屋根を跳び、彼女を追い抜いて先へと走った。

 進むスピードが、徐々にだが速くなってゆく。

 

 

「それは下の奴を守るためだ。家族を傷つけさせないために、兄貴は先に立って守らなくちゃいけねえ。

 ――妹を傷つけるとか、兄貴にさせて良いわけがねぇだろうが……! 絶対に止めるぞ!」

 

 

 叫び、背負う刀へと手を伸ばす。

 握る力が強くなっているのが、遠目にもルキアの目にも判りやすく映っていた。

 

 そうして、

 

 

「着いたッ! あそこが井上の住むアパート、」

 

 

 到着した瞬間、言いようのない感覚が一護へとじわり、染み込むように届く。

 それは奇しくも、目指したそのアパートの一角からはっきりと届いていた。

 それはまるで、火の無い煙が周囲に立ち込めるような、そんな圧迫感。

 

 

「なんだ、この霊圧は……?」

「れ、霊圧?」

 

 

 言葉の意味を知らぬ一護が、ルキアへと尋ね返す。

 

 

「霊的存在が“其処に居る”ということを探ることが出来る気配のようなものだ。死神はもちろん、虚もまたそれを探知して獲物を探る。だが、これは……」

 

 

 珍しく、ルキアは眉を訝しげに潜めていた。

 その様に僅かな付き合いながらも驚きを隠せない一護が問い質そうとした、その瞬間、

 

 

「ッ!? 今のなんだ!?」

 

 

 少年の耳に、物騒な物音が響いていた。

 しかし、

 

 

「? 何のことだ?」

「いや聴こえただろ!? 怪物の叫び声みたいな、」

 

 

――ォォォオオオン……!

 

 

「ほら!」

「ああ、虚だな。間違いないか」

 

 

 しかし、確かに聴こえたその声は、ルキアには最初届いていなかった。

 そのことに気づいているルキアだが、そこを態々指摘はしない。今はそれ以上に片づけなくてはならない問題があるので、細かいことは後回しだと判断していた。

 

 その間に、一護が聴こえたのであろう部屋を目指して駆けて、跳ぶ。

 開いていた窓から、肉体の有った時と変わらぬ感覚で少年は部屋へと侵入した。

 

 

「――井上ッ!」

 

 

 其処で一護が目にしたモノは――、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ホラお兄ちゃん、なんで今日は遅れたのかな。言ってみてよ」

 

『グォォォォ!? ヤメテオリヒメ! えじぷとノヘキガミタイニナルッ!?』

 

 

 謎の平面結界に前と後ろから文字通りに板挟まれて生死の狭間を絶賛彷徨い中の、視たことのある虚とクラスメイトの折檻風景であった。

 何処か、既視感(デジャヴ)を感じた。

 

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

 

 盾のような結界が、半人半蛇の虚を前と後ろからプレパラートに挟み込まれたミジンコのように板挟みとして身動きを不可能とさせている。

 虚の言動から鑑みても、それを実行しているのが“彼女”であることは間違いがない。

 だが――、

 

 

「………………」

「………………」

「………………」

 

 

 体感時間を無駄に長く感じる、痛々しい沈黙が部屋を支配している。

 非常に気まずい場面であることは、“彼女”にとってもそうなのであろう。

 アパートの一室に侵入してきた黒崎一護、そして朽木ルキアには何も言葉にすることが出来ずに、井上織姫は虚サンドをやっていた場面を目撃されて表情が固まっていた。

 その背景的な立場では、織姫の兄であると推測される井上昊の変わり果てた姿である、半人半蛇の虚が『ギブギブ!』と解放を訴えていたが、その陳情は誰にも届くことは無かった。

 

 

「……てへっ☆」

「……今更取り繕っても無理だと思うぞ?」

 

 

 沈黙を破って織姫が自分の頭をげんこつで軽く小突いて舌を出した、が当然の如く一護にそのぶりっ子は通用しない。

 現実を認識できる彼が、その背景で泡を吹いている虚を見逃すことは、無い。

 

 

「えぇっと、た、助けて黒崎くん!お兄ちゃんがご乱心!」

「だから無駄だっつうの……。つか、お前そいつを自分の兄貴だって判るんだな」

「は!しまった!」

「しまったって何だコラ」

 

 

 gdgdである。

 思わずネットスラングで表現してしまったが、現状これ以上に最適解な言葉が果たしてあるだろうか(現実逃避。

 

 

「……とりあえず、事情を聴いても構わないか?」

 

 

 2人の遣り取りに辟易でもしたのか、珍しく苦い表情のルキアが場を取り仕切ることとなったのは言うまでもない。

 

 

 

     ×     ×     ×     ×     ×

 

 

 

 井上織姫はイジメられっ子であった。

 家族は年の離れた兄が1人きりの、お世辞にも世間体の良いとは言い難い家庭環境。

 3年前兄である昊と死別してからは、元より別離していた両親の元へと戻るわけにもいかず、そもそも彼女自身両親の実家を知らないことも挙げられるが、彼女は叔母の伝手で得た拙い住居に取り残され、今のアパートで独り暮らしをすることとなる。

 其処を衝かれたわけでは無かろうが、中学では碌な出会いも無かったのも事実。

 小学生までは、竹を割ったような快活な性格のタツキが居たから、周囲の環境に左右されずに過ごせていたのであろう。

 しかし、彼女という防波堤がクラス替えという転機で居なくなったのを見測られ、些事にもならない理由で体の良いストレス発散の生け贄とされたのには、そう時間は必要とされなかった。

 そんな子供心にも理不尽であった周囲の生活環境に晒されて、幼かった織姫の精神は――、

 

 ――ブチ切れた。

 

 自身の摩り切れた精神性を維持するための苦肉の策。

 それが魂の形となって、彼女の異能を発現させた。

 「私は拒絶する」と、訴える魂の言霊。

 それは事象の拒絶。

 “盾”の形で自身のヘアピンから顕現したその異能は、三つの効果を発揮した。

 三つの支点から成る『三天結盾』は“外側の衝撃”の拒絶を。

 二つの支点から成る『双天帰盾』は“内側の変容”の拒絶を。

 一点から成る『孤天斬首』は“物質の結合”の拒絶を。

 併せて六つの点となる、その異能を『盾舜六花』と呼ぶこととなる。

 その異能は、虐められて傷を負った身体を生傷を負う前へと復元し、摩れて摩耗したささくれ立ちそうだった心を覆い“周囲の人間に優しい織姫”は失われることは無い。

 しかし、優しいことと甘いことは別なのである。

 

 やられたから、やり返す。

 自身の傷が癒えても、それは止めてはいけない。

 何故ならば、対話と対立というものは“舐められたらお終い”だからだ。

 他者との上下関係が、ヒエラルキーの差が、如実になっていては『今後の為』にも宜しくない。

 その関係性がそのまま『自分の大切なモノ』へと向けられる“被害”が存在するかもしれない。

 その可能性を、決して見失ってはいけない為に、それは必要なことなのだ。

 以上のことを踏まえた、幼い割には妙にセメントな思考性で判断した織姫は、適度に的確に、自分を虐めた者たちへと相応の報復を“返済”することとした。

 時には、異能を用いて。

 時には、タツキに教えてもらったテコンドーの技術を用いて。

 以上のそれらが、“佐多中の竜王”と陰で呼ばれていた、現状の織姫誕生秘話の実態だ。

 

 ちなみにその二つ名となった主な理由は、その美少女と呼んでも差支えの無い外見とは裏腹に、度胸と胆力が『豪の者』と一言で著すには振り切れ過ぎており、本名にも使われている“姫”の文字があまりにも不釣り合いだ、と当時の粛正対象者の精一杯の強がりでもあったりする。

 「おめぇーのどのへんが姫なんだよ!?」と表立って言えない彼女らの間では、未だに織姫に関する恐怖が根強く残っているとも聞くが、真相は定かではないとだけ(略。

 

 長くなったが、要するに織姫はそういった経緯が相俟って異能を得てしまった、世にも珍しい死神とはまた別種の『人間』である。

 そしてその『拒絶』は魂の力が顕現したものであるが故に、本来生者には認識できない虚にすら有効となる。

 そんな彼女が、自分を狙ってきた虚に対して、何もしない筈が無い。

 

 ………………まあ、その“襲ってきた虚”が実の兄の変わり果てた姿だった、としても、その、変わりは無かったのである(目逸らし。

 

 

「――で、お兄ちゃんを他の怪物みたいにキリキリしちゃうのはやっぱり忍びなくって、こうやって実力で屈服させて、暇を見ては黒崎くんを監視させてましたごめんなさい」

「マジかよ……全然気づかなかったぞ……」

 

 

 気になる点が多すぎて何処から突っ込めばいいのか、一護には判別の仕様が無かった。

 が、とりあえず自分を監視させていたということには深く突っ込まないことにしよう、と心に決める。

 何故なら深く追及してはならない!と己の本能が警報を必死で鳴らしている為だからである。

 

 

「とりあえずは、先ず彼を解放してやれ。いい加減流石の私でも可哀そうになって来た」

「(自覚あったんだな……)」

「あと一護は後で特訓追加だ。もう少し探知能力を引き上げさせるために、目隠し千本ノックをやるので覚悟するように」

「」

 

 

 保身の為に沈黙していた筈なのに、特訓という名の折檻が追加されて絶句する。

 すわ心を読まれたのか、と身構える以前の問題である。

 脳内に流れる「オ ワ タ」の三文字が、彼の絶望を助長していた。

 

 そんなことは微塵も関係なく、ルキアの話は本題へと推移してゆく。

 

 

「さて、あとは其処の虚だが、虚になってしまった以上は元に戻る術は無い。放置しておけば、いつ他の霊を襲い始めるか分かったものではないからな、残念だが此処で対峙しておく」

「ええー、何気に便利だったんだけど……」

「すまんな。だが虚になってからの罪は斬魄刀で斬られることで浄化できる。安心して見送ってやれ」

 

 

 ものの見事に会話が成立していない気がする。

 自身の仕事を果たそうとするルキアに対して、織姫はいなくなると不便程度の感性しかその虚には抱いていないご様子だ。

 実の兄の死後の姿をパシリ代わりに使うとは、とんでもない妹であるなぁ。と、一護は背後で何気に項垂れている昊に思わず同情していた。

 

 そういえば、昼間に対峙した時は織姫に近づくな、と呟いていた気がする。

 あれは一体何の意図があったのだろうか、と思いを馳せた瞬間、

 

 

「――ッ!?」

 

 

 ぞぶり、と自身の握っていた刀に鈍い感触が響いて、振り向いた其処には、

 己の背後に居た昊が、その手で斬月の切っ先を自分に刺していた光景が――、

 

 

「ッ、何やってんだテメェッ!?」

 

 

 ――自殺。

 それも、斬魄刀を利用した、酷く簡素な切腹のモーションが、

 アパートの一室で執り行われた。

 

 そうして死を選択した昊は貌を上げて、

 その場の誰より、何より、一護へと目を向けた。

 

 

『――織姫、ヲ、タノム』

 

 

 そうして消えてゆく、半人半蛇の虚の姿。

 その瞬間、全てが一護の中で合致した。

 

 

「おい待てテメェ手に負えないから丸投げか!? こんな全力ツッコミが常時必要そうなメンバーを遺して独りで逃げるんじゃねぇーーーッ!?」

 

 

 昼間の言葉は、同情と忠告。

 近づけばどうなるのかわかったものではない、ということを身をもって知っていた彼は、狙われている一護を無理にでも遠ざけようと、なけなしの理性で身を振っていたのだ。

 しかし、それも全て無駄な足掻きだった。

 小さく惨めに生きた魂は、死んでは花実を遺せる筈もない。

 今此処に、そんな運命に翻弄された一人の少年の先行きが決定したと、そう言っても過言ではない現実へと事象は昇華していたのであった。

 

 この出会いは、遭遇は、虚に対する特化戦力とでも呼べると同時に、第一級の危険人物とも言い表せる2人の女子がタッグを組む。

 そんな夢想も現実と変わり果てる。

 その序章に過ぎなかったのだと、それを知れる者は、今は一人も居なかった。

 

 





 夜の街。
 響く轟音に、周囲の者たちは口を開けて空を見上げる。
 それは明確な“死”の形。
 落下して来た鉄骨が、一度跳ねる様に周辺の建物を破砕して、一人の男性を目掛けるように墜落してゆく。
 声をかける間もない。
 逃れる間もない。
 無慈悲に、無情に、鉄の塊が矮小な命を奪い取ろうと、その赤錆の染みへと変えてやろうという意味も無く、物理法則のままに墜落する――。


「――巨人の、一撃(エル・ディレクト)!」


 ――が、そんなものは無意味であった。
 鉄骨に狙われた男が高々と右腕を振り上げて、拳を突き出すモーションを取れば、
 鉄骨を、それをぶつけようと画策した虚すらも、衝撃波で諸共に消し飛ばした。


「……相変わらず無茶苦茶な破壊力ねぇ」
「――リルカ」


 呆れたように呟いたゴシックロリータの恰好で現れた少女。
 彼女の名を、毒ヶ峰リルカと言う。
 それに冷静に応える男は、鸚哥の入った鳥籠を小脇へと抱える。


「で、この子がシバタくん? ふーん、可愛いじゃない」
「……鸚哥だからな」
「そういう話じゃないわよ。まあそれでも別にいいけど」
「そうなのか……」


 ごく自然に会話が始まるが、そもそも彼女がいつ男と合流したのかを周囲の者たちは認識できていなかった。
 あまりにも自然な溶け込み方に口を挟む暇も無く、2人が一息ついたところで、ようやく止まっていた思考が動き出すが、


「お、おいちょっとアンタ一体、」
「そうそう、ヤストラ。この町に居る“もう一人”についてだけど、暫くは放置でいいから」
「ム、何故だ」


 またもや口を挟む間も無く、女が、リルカが男と喋り出す。
 ヤストラと呼ばれた方も、自分の友人らの言葉よりも彼女の方を優先した。
 それは男女の差がどう、と云うよりは、純粋に疑問の方へと天秤が傾いていた所為なのだが。


「アンタ霊圧も探れないの? 死神が来てるんじゃないの。見つかる可能性を負ってまで下手に接触なんてできやしないわ」
「……俺は会ったことは無いが、それ程までに危険な奴らなのか……?」
「――ま、アンタは会ったとしても問題なんて無いでしょうけどね。基本的に朴念仁だし、平和主義だし、意気地なしだし、自分から首を突っ込んでいくようにも到底思えないし」
「……死神がか?」
「アンタが、よ」


 断定するリルカの言葉に、がっくりと項垂れる男。
 その隙に、彼女は男の腕の中から鳥籠をひょいと奪い取って行った。

 道すがら、他の誰にも届かない声音が鳥籠へと囁かれる。


「安心なさい、アンタは私がしっかりと守ってあげるんだから。虚からも、死神からも、ね」


 そうして鸚哥を持ち逃げされた男と、始終呆気に取られていた友人らは、彼女の姿がいつの間にか消失していることにもようやく気付いて、


「――……いねぇ。なんだあの娘、まじもんの幽霊だったんか……?」
「……今の、チャドの彼女かなんかなのか……?」


 青白い貌で恐る恐ると囁きあう。
 しかし、チャドと呼ばれた男はというと、違う、と首を振った。


「彼女は、――……面食いらしいからな」


 それは何処か物悲しい口調にも聴こえたという。

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