Cursed Dungeon ~ダンウィッチの秘密~ 作:裃 左右
彼は、ダーケストダンジョンの『忌まわしき者』枠であり、ブラッドボーンの狩人をイメージしています。登場人物の中では、数少ない驚異的な戦闘力を持つ人物です。
景色は陰気な土地だ、沼地や鬱蒼とした森が延々と続く。
ケイオス――即ち、僕は馬車に揺られ続けた。
道があまりよくないのか、がたごとと振動が激しい。ダンウィッチまではまだ暫しかかることが予想された。馬車の外では相変わらず雨が激しく降りしきっている。幌もすっかり濡れてしまっていて、そのせいで中はかなり蒸し暑かった。
僕はちらりと車内を見渡す、鎧を身にまとうレイナルド、隣に座りへらへらと笑うディスマス。この二人は顔見知りだった。時折、彼らの冒険に付き合うことがあった。怪物狩りを生業とする僕は、専門家としての役割が期待されることがあり、その時には声を掛けられた。人間関係な希薄な僕にとっては、二人は比較的気安い存在で、友人とまではいかない(友人がいないともいう)ものの、それに近いように感じていた。
問題はもう一人だ。レイナルドの隣に座る少女、クラリス。
彼女は先ほどからずっと黙り込んだままである。何か考え事をしているようで、時折視線を上げては窓の向こう側を見つめていた。彼女は若く、またどうみても戦いに向いている風貌ではない。修道女の恰好そのままなのだ。呪われた地に向かうのに、適した格好とは思えなかった。
この馬車に乗る前にも僕は「弱弱しいな(だから気を付けろ、もっと装備を見直せ)」と忠告したつもりだったが、聞き流されてしまった。修道服で旅をするなど、目立つし、悪漢に狙われやすくなるのではないかと心配になった。異形の怪物と戦うのにも、動きにくいだろうし向いているとは到底思えない。だけど、僕は口下手だった。
ディスマスとレイナルドは、親し気に言葉を交わしたりしているが、クラリスはずっと窓の外を見ている。この鬱々とした沼と森しかない景色を、だ。ダンウィッチ家の当主らしいが、呪われた地に行くなど、16歳の少女にさせる仕事ではあるまい。
話しかけるべきだろうか? いやでも、何を話せばいいだろう? そもそも彼女について知っていることはそう多くないのだ。年齢と修道院にいたことと、多少の魔術の心得があることくらいしか知らない。年頃の娘と話す話題など、僕は持っていなかった。
僕のできる話と言えば、最近だとゾンビの頭をたくさん潰した話とか、豚人間の巣を焼き払った話とか、田舎の教会の神父の正体が『インキュバス』だったとかそういう話だ。ちょっと女の子向きではない。
結局、僕は車内で黙り込んでいた。他人との会話に苦手意識を感じていた。
怪物狩りの話題以外に話せるものがない。自覚はある、僕にはコミュニケーション能力が欠如している。相手を誤解させたり、思い込みで話を進めてしまうことが多い。人の表情を読むのも得意ではなかった。怪物の表情を読む方がよほど楽だった。
窓の外を眺めるクラリスを見て、僕は考え込んだ。この娘はまったく笑顔を見せていないのだ(そもそも僕に笑顔を見せる女性はそう多くないが、あえて考えないことにした)
この暗く憂鬱な景色に嫌気が差す彼女に何か話題を提供したいと思ったが、何を話していいのかわからなかった。クラリスが何か(考え事や物思いかもしれない)に夢中になっているようだったので、話題を振るのも躊躇われた。
しかし、その時、突然、馬車が激しい衝撃を受けた。僕は一瞬で腰に付けたノコギリ鉈を引き抜いて、馬車から外に出た。比較的小ぶりなノコギリ鉈は扱いやすく、馬車の中でも戦闘準備がしやすい。いつも重宝していた。
わずかに遅れて、ディスマスやレイナルドも周囲を警戒する。
何かが襲ってきたのか、と思ったが、周りには何もなかった。
聖騎士のレイナルドが「異常は見えるか?」と僕達に声をかけた。ディスマスは肩をすくめて、「いや」と答えた。
僕も頷く。「気配はない。 匂いもだ」と端的に答えた。二人とも「まあ、お前が言うならそうなんだろうな」と納得するそぶりを見せた。そのまま背後で、二人は何か話しているようだったが、雨音で聞き取れなかった。ちらと、馬車の行者である老人を見たが、怯えている様子がなくそこに違和感があった。普通の人間なら、怯えていてもしかるべきだろうに。しかし、魔物の類ではないようだったので放置した。
僕は疑問に思いながらも、再度馬車に戻った。
すると、クラリスは恐怖に顔を歪めていた。僕は彼女に寄り添うつもりで、声をかけた。
「何か見たのか?(不安があるなら教えてほしい)」
クラリスは、僕に目を向けたが、なにも言わずに握り締めた手を解いた。
「……大丈夫です。何も見ていません」
クラリスの言葉にも、違和感を感じた。しかし、彼女が話したがらないので、僕はそれ以上追求することはなかった。
「そうか、ならばいい。 余計な心配するな(僕が守るから)」
彼女を慰めるように僕は言った。彼女が安心したかまではわからなかった。僕は再度外を見回した。怪物が襲ってきたわけではないにしても、常に警戒心を持っていた。全員が馬車に乗り込むと再度、業者は馬車を走らせた。
僕達はこれから、カースドダンジョンに向かうだろう。目的地には今日中につけるはずだ。僕も、そのことはわかっていた。
しかし、謎の不安は拭い去れないでいた。この地に来てからずっとそうだった。自分だけが感じている不安なのか、それとも全員が同じ気持ちを持っているのかわからない。
思わず、ため息をつく。そして、もう一度、窓の外を見た。そこには見慣れない風景が広がっていた。
ゆっくりと視線を動かし、自分の手を見る。手のひらは汗ばんでいて、じっとしている。何度か死線をくぐったが近い感覚に陥っている。戦いに挑む前から、現地に着く前からこれはなんだろう?
その時、馬車の行者が、突然、叫びだし白目をむいて、口から泡を吹きながら笑い出した。その様子は、とても尋常では無かった。
御者台から転げ落ちそうになりながらも、何とか踏みとどまると、行者である老人こちらを向いて叫んだ。彼は発狂していた。
「貴様らは悪魔だ! この馬車は悪魔の馬車だ!」
それは、今まで聞いたことも無いような恐ろしい声だった。
御者は、もう元の御者に戻らないだろうという事が分かった。
そして、何が起こったのかも……。怪物の狂気に心をやられたのだ。
馬車の中は騒然となった。
誰もが怯えていたのだ。次の瞬間に何が起きるか、全員が予想できた。
行者が正気を失ったことで、コントロールできなくなった馬車は、道端で激しく横転して止まってしまった。
馬たちは暴れて走り去り、馬車の中で僕は転がった。背中を強く打って息ができなくなった。だが、すぐに態勢を立て直し、馬車から這い出る。手こずっているディスマスの手を取り、脱出の手助けをした。
「ディスマス、歩けるか」
ディスマスは、荒い呼吸を繰り返し、苦しそうにしながらも立ち上がった。
「ああ、なんとかな……」
よかった。これで歩けないメンバーが出ると生還率が一気に下がるところだった。
馬車の外は、一面に草木が広がっていた。森の中の開けた場所であったようだ。
馬車の前方を見ると、そこには馬車を引く馬の死骸があった。蹄が潰れていて、血を流している。
リーダーである聖騎士のレイナルドが、クラリスと共に馬車を這い出た。彼に任せれば、少女の安全が守られるという安心感があった。レイナルドは、クラリスに言った。
「クラリス様、この先に村があるはずです。そこまで、私が護衛します」
クラリスは答えた。
「お願いするわ。でも、無理はしないで。それに、わたしは大丈夫よ。自分で身を護れるから」とクラリスはなんとか気丈に振舞っていた。
大したものだ、と僕は思った。どうやら持ち直したらしかった。
僕は自然とレイナルドとクラリスを守れる位置まで移動する。クラリスは僕を見て、微笑んだ。
「ありがとう、ケイオス。頼りにしているわ」
僕は気の利いたことが言えない自信があるので、黙って頷いた。レイナルドはクラリスを護衛しながら、僕達に指示を出し始める。ディスマスもその後に続き「お嬢ちゃん、勇気があるな」と声をかけた。
レイナルドは自分が動けないときには、ディスマスがクラリスを護衛し、逃げ出すように命じた。その判断は一任すると断言した。
レイナルドの命令は、良い判断だと僕も思った。ディスマスは危険を察知する能力が高い。だからこそ、今も生き残っている。
「はいはい、クラリス嬢ちゃんをお守りすればいいんだな。 わあってるよ、真面目にやるから心配するな」
ディスマスが悪態をつく。彼が手を抜かないことはレイナルドは理解しているので、それ以上何も言わなかった。
僕達はレイナルドをリーダーの指揮の元、ダンウィッチの村に向かった。
クラリスは、不安げに周囲を見回している。
森に囲まれた道なき道を進む。馬車が通ってきた道以外からは、獣の声が聞こえてくる。
先頭を歩くレイナルドが、剣を構えながら警告を発した。
レイナルドは前を見ながら、小声でクラリスに話しかける。
「クラリス様、気を付けてください。何かいます……。邪悪な気配を感じます。私から離れないようにして下さい。もし、離ればなれになると危険です。奴らは人間を餌にして生きていますから」
レイナルドの言葉を聞き、クラリスは緊張した面持ちで「ええ……」と小さく返事をした。
僕は周囲の音に耳を傾けた。風によって揺れ動く木々の音、鳥の羽ばたき、遠くの獣の鳴き声、そして前方の草むらがガサガサと音をたてているのに気付いた。僕は、異形狩りの大剣を背中からを抜きぬいた。
「来るぞ」と端的に言う。怪物の匂いがした。レイナルドは剣を構えた。
クラリスは、ディスマスの服を掴みながら震えていた。
レイナルドは、草むらに向かって叫んだ。
「何者だ!」
すると、草陰から人影が現れた。
それは全身をローブで隠した男だった。
男は顔を見せない。しかし、声からして中年男性であると分かる。
「我は魔術師、ダンウィッチ村の司祭である。ダンウィッチ村の秘密を守る者。この村に立ち入る者は、誰であろうと容赦しない。立ち去れ!さもなくば、呪いをかけるぞ!」
僕は「耳を貸すな、戯言だ。あれは既に人間ではない」と静かに言うと、魔術師ににじりよる。
魔術師からは悪臭がした、それは怪物特有の硫黄と鉄を混ぜたような匂いだ。
怪物の言葉に意味があるとは限らない、経験上、意味を理解しようとするべきではないというのが鉄則だった。
「待て、罠かもしれない。私に任せろ。お前は後ろから援護してくれ。いくぞ、覚悟しろ、化け物め!」
聖騎士レイナルドは、勇敢に長剣を構えて魔術師に飛びかかった。
レイナルドは、飛びかかってきた聖騎士に対し、素早く反応した。
「甘いわ!」
レイナルドは、長剣を振り下ろす。斬撃は空を切る。
聖騎士の一撃をかわした魔術師は、素早い動作で、懐から小さな筒を取り出した。
そして、その筒から炎を吹き出した。炎は、レイナルドの顔面を直撃する。
「ぐあぁっ!?」
「まずい、火を消せ!」
レイナルドは、慌てて兜を脱いで投げ捨てる。ディスマスがレイナルドに駆け寄り、フォローに入った。
僕はすかさず、異形狩りの大剣を横薙ぎに振るった。魔術師の胴体に深々と刃が入る。しかし、手ごたえが妙だ。魔術師はニヤリと笑みを浮かべている。
次の瞬間、魔術師は僕の腕を掴んだ。
「馬鹿め、引っかかりおって……喰らえ!」
魔術師の手のひらから、青白い光が放たれた。光を浴びた僕は、全身から力が抜けていくのを感じた。体が痺れ、動けない。
「ハァッハッハ! これが我が秘術『邪神の呪い』よ、お前たちは、この我の奴隷となるのだ」
「貴様、卑怯だぞ!」とレイナルドが叫ぶ。
「なんとでも言え、勝てばいいのさ。それに、我はお前たちを殺すつもりはないから安心しろ。我が欲しいのは、魂だけだ。その体には用がない」
「ふ、ふざけるな、誰が貴様に渡すか!」
「ならば、力づくで奪わせてもらおう。来い、我が忠実な下僕ども」
魔術師がそう言うと、どこからともなく黒い影が現れて、魔術師の周りに集まった。それは、まるで闇を固めたような不定形の塊だった。
そこに立ち上がったのがクラリスだった。彼女は怯えながらも、書物を構えた。
「静寂は静寂に、闇は闇に帰れ。 永久に安らぎのあらんことを!」と唱える。すると、その魔法陣が出現し、巨大な骨の腕が黒い影を握りつぶした。
「おお、馬鹿な。 しかし、あの力はダンウィッチ家の……」と魔術師が言った。その声は歓喜に打ち震えていた。
「わたしは、もう限界です。 どうか、早くあの怪物を倒してくださいませ」
クラリスがそう言い終わる前に、ディスマスとレイナルドが同時に動いた。ディスマスが、素早い動きで、魔術師に接近し翻弄する。そして、レイナルドがその隙に盾を構えながら突進し、魔術師を吹き飛ばした。
魔術師は壁に激突しふらついたが、それでも意識を失っていなかったようだ。奴は立ち上がると、再び呪文を唱え始めた。
レイナルドは、その隙にクラリスを連れて、魔術師から離れた。魔術師は呪文を唱える。
「我が血肉よ、我に力を。 汝、我が魂の伴侶にして、我が身となりて、共に歩まんことを」
彼の身体に血管が浮かび上がり、筋肉が膨張した。
「おお、力がみなぎるぞ。これなら勝てる。我は無敵だ。我こそが神の化身なのだ! ふはははははははは」
そこに僕は冷たい声で水を差す。「茶番は終わりだ」
呪いを自力で解いた僕は、魔術師の真後ろに立ち、異形狩りの散弾銃を突きつけ、引き金を放った。無数の血涙弾が魔術師の肉体に撃ち込まれる。
「ぐあああ。おのれ、貴様!」
血涙弾は、魔術師の魔力を阻害する。僕の血が練りこまれた特製の弾丸は、忌まわしき者共の天敵だった。魔術師は、よろめき、膝をつく。
そのまま、僕は異形狩りの大剣を振り下ろす。魔術師は、断末魔を上げ、地面に倒れ伏した。しかし、まだ息がある。念入りに何度も振り下ろし止めを刺すと、次の獲物を探した。でも、まだ怪物の気配が消えない。
僕は異形狩りの大剣を構えなおした。
周囲から次々に巨大な影が目の前に現れる。大喰い(グラトニー)と呼ばれる大型グールだ。
レイナルドが「逃げろ! ケイオス!」と叫ぶが、僕は左手を振った。先に行け、と言うジェスチャーだ。
この程度の危険なら、何とかできる自信が怪物狩りを専門とする僕にはあった。まだ、レイナルドはためらっている。
僕は「(心配は)いらないから、さっさと行け」といつもの癖で端的に口にする。
声が届いたかはわからないが、足音が遠ざかった。これで安心して戦える、誰かを庇って戦うのは苦手だった。
途端、巨大な影が爪を振るう。僕は反射的に怪物の懐めがけて飛び込んだ。
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