Cursed Dungeon ~ダンウィッチの秘密~ 作:裃 左右
土地を治めていたアウグスト公達は、それらの使命や役目を捨て、領主としての権力や経済的繁栄を望んだ一族であるという設定になっています。
クラリスはディスマスの誘導によって、危機を脱した。
リーダーであるレイナルドに迷いが生じたのを察すると、迅速にクラリスの手を引いて、駆け出したのだ。
「おい、こっちだ。急げ」
「ありがとうございます。助かりました。貴方がいなかったら、私は、どうなっていたことか……」
「気にするなって。それより、クラリス嬢ちゃんは無事か? 怪我はないか?」
「はい。なんとか大丈夫です」
「そうかい、そいつぁ良かったぜ」
遅れて追いついたレイナルドが、ディスマスに声をかける。
「おしゃべりしている時間はなさそうだ、新手が来ている。 クラリス様を村に連れて行こう。 ケイオスが時間を稼いでくれている」
ディスマスは「はっ、怪物好きのアイツなら楽しんでるだろうな。 今のうちに逃げるぜ!」と笑い飛ばした。心配するそぶりは一切なかった。
聖騎士のレイナルドは、ケイオスなら勝手に戻ってくるだろうと割り切っていた。彼はいつものように「お前たちはいらない」と言うような言葉を冷たく言い放っていたが、実際今までもどんなに過酷な状況だろうが、不死身のように帰還したのがケイオスだった。
レイナルドにとって、ケイオスは自信家で傲慢な男だが、怪物との戦闘では頼りにしていた。
お互いに切り捨てても、心を痛めずに済むドライな関係だと考えていた。
逆に言えば、ディスマスとケイオス以外の冒険者は、今までの戦いでほとんど生き残れなかったともいえる。
レイナルドは率先して、人々を救うために戦い続けてきたが、そのたびに仲間を失っていた。
(ディスマスも、クラリス様も失ってたまるものか!)
レイナルドはパーティを率いて村へ駆け出す。
「あれは……! まずいな」とディスマスが真っ先に気付いた。
あなたたちの目の前に現れたのは、豚人間たち。数は五体。奴らは手に持った棍棒で、地面を叩きながら、じりじりと距離を詰めてくる。血走った眼で、クラリスとレイナルドを見つめていた。
ディスマスは、腰に下げたホルスターから、拳銃を取り出す。
「ディスマスさん。銃なんて使えたんですか!」クラリスは驚いた。
「ああ、これでも冒険者だからな。ナイフだけでやっていけるとは思ってないぜ」
「では、援護します。私の力を使ってください」
そういうと、クラリスは書物を持って、短く詠唱した。するとレイナルドやディスマスの武具に淡く青白い光が灯る。
「おう、クラリス嬢ちゃんよ。あんたが、俺たちに魔法で力をくれたこの武器にゃあ、奴らに対抗する不思議な力があるんだろ? ありがたく使わせてもらうぜ」
「えぇ、そうです。 この力なら敵を打ち払えるはずです」
「了解です、クラリス様。いくぞ、ディスマス!」とレイナルドが掛け声をかけた。
「任せてくれ、レイナルド。俺が道を切り開くぜ。援護してくれ」
「わかった。頼んだぞ、ディスマス」
ディスマスは、手近にいた豚人間の一匹に向かって発砲する。乾いた破裂音が響くと同時に、豚人間は崩れ落ちるように倒れた。
だが、残りの四匹は、こちらに突進してくる。
聖騎士レイナルドは長剣を構え、ディスマスもナイフを抜き、迎え撃つために走り出す。
「おっしゃ! こいや、豚野郎ども!」
豚人間たちは、ディスマスに狙いを定めて襲いかかってくる。
レイナルドは、長剣で豚人間たちを薙ぎ払うが、豚人間たちも負けじと反撃してきた。
豚人間たちが手に持った棍棒を振り下ろしてくるのを、盾で受け止めるが、衝撃で後ろに飛ばされてしまう。
「ぐっ……、なかなかやるな、こいつら!」
「大丈夫か、レイナルド?」
「問題ない、まだまだいけるさ。行くぞ、ディスマス!!」
ディスマスは豚人間たちの攻撃を掻い潜り、ナイフで豚人間たちを次々と切り刻んでいく。
「よし、いいぞ、ディスマス。そのまま押し切れ!」
「おうよ、レイナルド!」
だが、豚人間たちは、数の多さを生かして、一斉に飛びかかってきた。レイナルドとディスマスは、豚人間たちとの乱戦となる。
ディスマスは豚人間に馬乗りになり、喉笛にナイフを突き立てようとする。
しかし、他の豚人間が邪魔をする。レイナルドがそこに立ちはだかり、長剣を振った。
乱戦は続くが、やがて豚人間の数が減り、残りは一体となった。
その最後の豚人間に、レイナルドは長剣を振り下ろすが空振り。豚人間は隙をついて、一瞬にして距離をとったのだ。
盗賊としての経験を活かし、ディスマスはそこで俊敏な反応を見せた。ディスマスはその動きで豚人間をナイフで翻弄すると、ついには豚人間に銃口を向け、至近距離の弾丸で止めを刺す。豚人間は完全に絶命し、地面に倒れ込んだ。
「クラリス様、豚人間たちは排除しました。 ダンウィッチ村に急ぎましょう!」とレイナルドは声をかけた。
クラリスは静かにうなずくと、二人は村に向かって駆け出す。
「おい、待てよ、レイナルド!俺も行くぜ」とディスマスが追いかけた。
クラリス達は、やっとダンウィッチ村を発見した。
森を越えてきたクラリスは、村を見下ろす小高い丘に立ち、息を切らしながら村を見つめた。
村は柵で囲まれ、大きな門で固く閉ざされているようだった。
柵の中には、小さな木造の家々が立ち並んでおり、いくつか大きな建物もあった。それらは教会や工房など、村でも重要な役割を果たすものであるようだった
中央の広場には、馬車がいくつも立ち並んでおり、人々が市場を運営しているようだった。それにしては人が多いようにも感じたが。
村の先には、大きく切り立った崖があり、その上にカースドダンジョンと化したかつての領主の館が存在した。そこまでの道をふさぐように不気味な樹海や廃墟が立ち並んでいる。思い出の中のダンウィッチはこんなに荒廃していなかった。
「これが、私の村か...」クラリスは感傷的に呟いた。
レイナルドは手を引いて、道を下っていくよう促した。「クラリス様、行きましょう」クラリスは躊躇しつつも、ついていくことにした。
門には二人の武装した見張りが立っていた。彼らはクラリスたちの接近に気付き、慎重に監視していた。
レイナルドは、見張りたちに近づき、クラリス達がダンウィッチ村の領主であることを説明した。見張りたちは、クラリス達が本当にダンウィッチ家の末裔であるかを確かめるために、村長の許可を求めることを提案した。
クラリスは門の前で待つことになり、しばらく後、ゆっくりと門に取り付けられた小さな扉が開いた。中から老人が顔を出し、聖騎士であるレイナルドを見て驚いた様子だった。レイナルドたちの証言を聞いた後、老人はクラリスと話すことを決めた。
「私はダンウィッチの領主、クラリス・ダンウィッチです。今から入村したいのですが、何か問題でもありますか?」クラリスは敬礼しながら問いかけた。
老人は遠い記憶を思い出すように、目を細めた。
「ああ、クラリス様でしたか。 お母様も、お父様も亡くなられたと伺っていますが、お元気でしたか?」と老人がゆっくりと確かめるようにそう言った。
クラリスは驚いた表情を浮かべた。父は確かに病で死んだ。クラリスが看取ったのだった。しかし、母が亡くなったとは聞いたことがなかった。母はクラリスが幼かったある日、突然帰ってこなくなった。父は探そうとは決してしなかった。
「あの……はい、元気に過ごしていました。 あの、母にいったい何が? 母は死んだのですか?」クラリスは聞いた。
老人はため息をついて、見張り達に声をかけた。「間違いないよ、しっかりとあの方たちの面影がある」と。それを聞いて、見張り達は顔を見合わせた。
「中へ入ってください。 皆さんにお話しする機会を作ってあげますから」
村は小さく、馬車が通るための道以外は、細い道が土を踏み固められるようにして、家々をつないでいた。村人たちの家は、小さな木造の家で、軒先には作物が干されていた。
広場の様子は不釣り合いだった。武装しているならず者まがいの男たちが、市場にたむろしていた。明らかに村人ではなかった。
「あれは……?」とクラリスは首を傾げる。
村長である老人は、顔をしかめた。
「冒険者ですよ、犯罪者まがいの連中です。 罪から逃れるために来たもの。 落ちぶれた軍人や貴族。 みな、邪悪な迷宮に湧いて出た欲望を満たすための宝を求めてきたのです、一獲千金を求めてね。 愚かなことですが、彼らが来ることで村が潤っているのも事実です」
だが、治安が良いとは言い難いのは理解した。
村の外では異形の怪物がうようよしている。冒険者たちは秩序なく、迷宮と化した廃墟や樹海に赴いては、村に帰ってくることを繰り返している。
「そんなもの、呪いを村に運んでいるのとなんら変わりはないではないですか!」とクラリスは憤慨した。夢に見た故郷は、変わり果てていた。
ダンウィッチ家の紋章への敬意も、地に堕ちているようだった。地面に紋章が描かれた看板や旗が落ち、大勢に踏まれた跡があった。それはそうだ、今やこの地を呪いに落とした一族なのだから。
わずかに残った家臣をまとめ上げるのも、なかなか難しいかもしれないと、クラリスは顔を青ざめさせた。
「わ、わたしは何のために戻ってきたというのですか……」
クラリスがふらついた時、レイナルドがそれを支えた。
「クラリス様、お気を確かに。 すべてはここから始まるのです」
レイナルドは、この状況を予想していたようだった。動揺せず、世間知らずな雇い主であるクラリスを気持ちの面でも支えようとした。
村長である老人は、クラリスの姿に何か思うところがあるようだったが、結局何も言わずに「私めの家に来てください」とだけ言った。
クラリス達は、老人に導かれて家の中に入った。中には、幾人かの村人がいた。
彼らは、ダンウィッチ家のかつての使用人だった。
「彼女が、ダンウィッチの領主、クラリス・ダンウィッチだ。彼女は、生きていたんだよ」と老人が言った。
村人たちは驚いた表情を浮かべ、クラリスに向かって頭を下げた。
クラリスは、自分のことを覚えていてくれたことに胸を熱くした。
「ああ……皆さん、本当にありがとうございます。私は、ここにいます。どうか、顔を上げてください」とそう言って、彼女は感謝の意を表した。
「おお、領主様。ご無事で何よりです!」
僅かではあるが村人たちに歓迎された。彼らはかつてのダンウィッチを望んでいた。クラリスは、涙を流していた。
クラリスは、レイナルドとディスマスを村人に紹介した。二人は、村人達に感謝の言葉を述べた。そして、クラリスは彼らに事情を説明した。クラリスは、この村で領主として生活していくことを決意した。
クラリスは、レイナルドとディスマスに今後のことについて相談した。
「わたしは……ダンウィッチの領主としての役目を果たしたい。 力を貸してもらえませんか? でも、どうしたらいいかわからなくて」とクラリスが不安を吐露した。
レイナルドは、少し考えてから答えた。
「まずは、村の問題を解決しましょう。 ここには秩序が必要だと思います。 冒険者の管理もです。使える資金を整理することや、拠点をきちんと用意する必要もありますね」
そこまで話を聞いて、クラリスはいっそう悲壮感を強めた。することが多すぎて、自分がうまくできるビジョンが見えなかったからだ。
ディスマスはレイナルドを小突いた。「一気に色々と話を過ぎだ」と、この生真面目な聖騎士を怒鳴りつけたいくらいだったが、彼にしては上品な対応をとった。
「クラリス嬢ちゃん、まあ、難しく考えるなって。 どうせ、こいつが何とかしてくれるぜ。 俺への報酬は、あー……少し待ってやるからよ」と、報酬はいらないとは決して言わない辺りがディスマスらしいところだった。クラリスは、そんな二人のやり取りを見ていて、自然と笑顔になった。
二人とも、頼りになる。そう思った。
そんな時、焦った様子の若者が駆け込んできた。
「村長! 血まみれの男が! 怪しい男が門の前に!」
クラリス達は顔を見合わせた。「ケイオスだな」とディスマスは鼻を鳴らすと、レイナルドが指示を出す前に「わあってるよ、連れてくればいいんだろ。 アイツ、どこで仕事でしても血だの臓物だのを引っ被ってくるんだ。 馬鹿かっつの」と悪態をついた。
クラリスは思わず、レイナルドを見る。レイナルドは首を振って「ケイオスは怪物を狩ることに関しては、並ぶ者がいないほどですが、いかんせん常識がなくて」とどこか諦めたように言った。
そして、二人が外に出ると、ケイオスは駆け付けた看護師から応急手当を施されていた。ケイオスの傷は、かなり深かったが幸いにも致命傷ではなかったようだ。
しかし、その出血量を見ると、放っておけば死に至ることは間違いなかった。
「ケイオスさん、大丈夫ですか?」とクラリスは、恐る恐る声をかけた。
すると、「ああ……問題ない」とケイオス掠れた声で答えた。
その言葉とは裏腹に、顔面蒼白で今にも死にそうな状態に見える。
「ケイオス、お前、また派手にやったもんだな」とディスマスが呆れながら言う。
ケイオスは一瞬何か考えたかのように見えたが、結局何も言わなかった。
「クラリス嬢ちゃん、心配いらねえよ。 こいつ、本当に大丈夫なんだ。 手当さえ終われば、すぐ回復するぜ」
クラリスは思わず、「そんなはずないですよ」と口にした。
見れば確かに、ケイオスのコートの血はほとんどが怪物の返り血のようだったが、彼の傷がそれなりに深いのは確かだし、出血量も多いように見える。
聖騎士レイナルドも同意する。「信じられないのはわかりますが、クラリス様。 事実です。 多少の出血なら、ケイオスはすぐに回復します。 多少、人間かどうか疑わしいですが……」とそこまで話して、「ケイオス、一応、診療所に入れてもらえよ」と指示を出す。
ケイオスは「いらない」と答えたものの、素直に従った。包帯を巻かれた後は、ふらふらとしながらも自力で立ち上がり、自分の足でしっかりと歩いている。
クラリスは思わず「……本当だ、すごいですね。 もしかして、もうほとんど治ってるんですか?」と声を漏らした。誰もそれに答えなかった。ケイオスの身体には謎が多い。
「あの、ケイオスさん、どうしてあんなに傷を負っていたんですか?」とクラリスが尋ねると、「それは……。えっと、その、なんていうか」とレイナルドは説明に困った。
そういえば、クラリスは大喰いグールに囲まれたケイオスを見る前に脱出したのだった。
聖騎士レイナルドはあえて深く言わないことにした。異形の怪物達の詳細など、今は言うべきことではない。彼はクラリスが戦場に立つのを、そもそも良しとしていない。
「まあ、彼が時間稼ぎをしてくれた証拠ですよ。 あとで、感謝の言葉でも伝えておけばいいでしょう。 ケイオスがそれで喜ぶかはいまいちわかりませんが」とケイオスの心配が一切ないセリフを言った。
クラリスは困惑していたが、レイナルドの促しにより、領主としての仕事に戻ることになった。
現在の診療所の様子を確認するだけでも、療養棟では、何人もの患者たちが療養しているようだった。療養中の冒険者は精神に異常をきたしている者もおり、中には自傷行為を繰り返す者もいる。努力は実を結ばず、患者の数は増えるばかりのようであった。
クラリス達は療養所を出て、村の教会もまた人々の不安を落ち着かせるために尽力しているようだったが、それだけでは不十分だった。
逆に活発に動いているのは、鍛冶屋の工房、冒険者たちが集まる酒場、市場の行商人だった。経済が活発に動いているのは、せめてもの救いだった。安心して農作物などを育てることができない環境であるため、重要度がさらに跳ね上がった。
クラリスが村の視察をしている間に、村長たちは村にある『ダンウィッチ家の別宅』を整えた。
手入れはされていたため、多少の準備をすれば、すぐにでも拠点として扱うことができた。ダンウィッチ邸では、『カースドダンジョン』と混同する可能性があったため、暫定的に『クラリス邸』と呼ばれることになった(これにはクラリスが居心地悪そうにしていたが、レイナルドが合理的な判断を説いた)
クラリス・ダンウィッチの帰還は、比較的、住民たちには好意的に受け入れられた。反発がないわけではなかったが、秩序の復活は喜ばしいことだった。
年寄りほど、かつてのダンウィッチの復活を望んでいた。
聖騎士であるレイナルドの存在もまた、村人達からの信頼を得る権威として働いた。
逆に冒険者達(そう呼ぶのも憚られる者も多いが)との交渉は、レイナルドだけでなく、柔軟性があるディスマスが間に入ることで有利に働いた。
そこにケイオスが後ろに佇んでいるだけで、ならず者達は借りてきた猫のように大人しくなった。と言うのも、到着した1日目でケイオスは、大きな騒ぎを起こした。反抗的な連中を軒並み一人で再起不能にならない程度に叩き潰したのだった。
死亡者や再起不能者が出なかったのは、ケイオスが加減をしたのか、偶然そうなったのかは不明だった。回復の魔法を扱える術者が出動しないといけない程の大けがを、負った者が大半だったからだ。手加減をしたというには、疑わしいだけの怪我だった。
これにはレイナルドが激怒し、ケイオスはしばらく単独の行動を禁じられた。当の本人が気にしているようには、全く見えなかったというのが多くの者の認識ではあったが。
しかも、ケイオスの単独行動は結果的に禁じることは出来なかった。
ダンウィッチの村周辺では、怪物が徘徊している。村の外には農場があり、よく怪物が出没する範囲だった。レイナルドはこれに対して、ケイオスを当てざるを得なかった。冒険者たちは村の防衛を仕方なくすることはあっても、村の外にある施設や農場などの範囲までを、無料で守ることはまずなかったからだ。適正な報酬を都度規定することは、現状非常に困難だった。
ケイオスは命じられれば、嬉々として怪物狩りを行った。あるいは、命じられずとも度々血まみれになって村に現れた。『血塗れの怪物ハンター』は、ダンウィッチ村の恐怖の代名詞となった。ならず者の冒険者すら恐れる、新たなる生きた怪談の誕生である。
そしてクラリスは、そんな騒動に目を向けず(単に余裕がなかった)、ただ黙々と必要な判断をクラリス邸で行い、村のあちこちを視察して回っていた。時折、物憂げにため息をつくこともあった。
失踪したと思われていたクラリスの母は、ダンウィッチの周辺で消息不明になっていたらしい。とは言え前領主が邪悪な封印を解く前のことだ。当時、領主はこれを死亡したものと見なし、ろくな調査もなしに一族の墓ではなく、村の墓地にある墓石に名前が刻むことを指示していた。
この仕打ちに対して、父親はダンウィッチを離れることにしたのだろう。クラリスに詳細な説明をしようとしなかったのは、幼かった彼女には酷すぎたからなのかもしれない。
遺体のない空っぽの墓地に、クラリスは花を添えたが、何かの決着がついたような気持ちは持てなかった。
母の遺品が見つかるかもしれないと、村人に尋ねることもあったが、あまり良い収穫はなかった。可能性があるのは、当時から治安の悪かった村周辺のダンジョンだった。そこに潜れば心は乱れてしまうことは自分でも予想できた。
気が付けば、クラリスは村でじっとしていられる精神状況ではなくなり、常に働き続けている自分がいた。
「どうしたものかしら……?」
クラリスは、自宅に戻るとレイナルドとディスマスに相談を持ち掛けていた。すぐ傍にケイオスが窓の外を眺めながら佇んでいるが、全員がその存在を無視していた。
「あの、ダンジョンに潜りたいんだけど……」
「それはお止めください」
レイナルドはきっぱりと言い放った。
「どうして?! あそこなら母さんの手がかりがあるはずよ!」
「クラリス様、危険です。 言っては何ですが、母君が失踪されたのは、クラリス様が幼かった頃のお話です。 それにダンジョンに潜った冒険者たちがどうなっているかは、既にご覧になったでしょう。 いくらなんでも、このタイミングで行くのは自殺行為だ。ましてや、我々だけでは尚更でしょう。せめて、もっと仲間を集めてからにすべきかと」
「でも、せめて母さんの遺品を埋葬してあげたいわ。 それにこのままだと村の人たちが死んじゃう。 わたしはみんなを救うためにここに来たのに!」
ダンウィッチ村の掌握を始めてから、半月になる。レイナルドはクラリスの焦りに理解は示したが、許可はできなかった。
協力者は増えてはいるが、どっちつかずの人間や、内心では不満を持っている者も多い。ここで領主であるクラリスが村から離れるのは悪手だ。
そこにディスマスが手を挙げる。「なあ、俺から一ついいかい?」
「なんだ、ディスマス。 お前も私に意見に反対するのか?」とレイナルドは言った。
「ああ、いや。そうじゃねえんだが……。クラリス嬢ちゃんよ、あんたの母ちゃんの墓ってのはどこにあるんだ? もし良かったら案内してくれないか? 俺は、その墓参りに行きたいんだよ。中身が空っぽでもな」
「えっ……、それは……。分かったわ。案内する。付いてきて、ディスマスさん」
半月の日数は、クラリスとディスマスの心の距離も近づけていた。互いに気さくに話す時間も多くなった。
クラリスはケイオスを見る。「あなたも来る? ケイオス」
ケイオスは目線を向けると「ああ」と近づいてきた。おそらく一緒に来るということなのだろう。
聖騎士レイナルドはクラリスの気持ちを理解してか、反対はしなかった。
村の近くにある墓地に、クラリス達は向かった。
墓地の風景は、どこか陰鬱としている。荒れ果てていた。
墓石に刻まれた文字を読むと、死者の名前と没年月日が書かれている。
墓地の奥に進むと、一つの墓の前で立ち止まった。そこには十字架と、母親の名前が刻まれている。
クラリスはその前にしゃがみ込むと、両手を組んで祈る。
ディスマスも「柄じゃねえんだがな」と言いながら、クラリスを真似て祈りを捧げる。
ケイオスとレイナルドは黙ったままだ。二人とも、無言のまま目を閉じていた。
長い沈黙の時間が流れた後で、クラリスとディスマスは立ち上がった。
「母さんのことは、よく覚えていないの。優しかった印象はあるのだけど、お父さんのことばっかり覚えていて……。でも、おばあちゃんは『天使のように可愛くて優しかった』って言ってくれたわ。私にとっては、それだけで十分だった……はずなんだけど」
実際に空っぽの墓を見てしまうと、心の整理をしていたつもりが、そうではないことを思い知らされてしまった。クラリスは、胸が締め付けられるような気持ちになる。
「こんなところに来なければよかった。そうしたら、もう少しマシな気分でいられたかもしれないのに……」
クラリスの目から涙がこぼれた。それを拭おうとして、腕を上げる。
だが、その手は途中で止まってしまった。涙を拭わず、それ以上泣くこともしなかった。
「お母さん、ごめんなさい。もうわたしは、ダンウィッチのために頑張ると決めたの。だから、お母さんに頼らない。それに、これはわたしの問題でもあるから。わたしがやるべきことなんだと思うから。もし、それで死んだとしても、それは仕方がないと思ってる。だって、それがきっと運命だと思うから」と悲壮な覚悟を露わにした。
聖騎士レイナルドはあからさまに顔をしかめた。認めがたいものを見た、という内心が明らかな表情だった。
彼ら口を開こうとしたところを、ディスマスが止める。
ディスマスはこの生真面目な男が、時に感情のままに発言してしまうことを知っていた。それは多くの場合、ろくな結果をもたらさなかった。
「なあ、クラリス嬢ちゃん。 俺が、代わりにダンジョンに行ってくるぜ。 いくつかあるんだろ? 候補の場所が」
クラリスは、その言葉にハッと息を飲む。
「えっ……でも、ダンジョンは危険な場所よ。それに、報酬も用意できないし……」
すると、ディスマスはニヤリと笑った。
「金ならあるだろうがよ、ダンジョンによ。 邪悪な欲望にまみれた財宝という奴が。 代わりに財宝の浄化は、クラリス嬢ちゃんに頼むぜ?」
クラリスは、その提案に驚いた。だが、すぐに首を振って否定する。
「そんなのダメ! 悪いけど、浄化なんてわたしにできることじゃないと思う。 それに、ダンジョンの攻略だってわたしがやらなくちゃいけないことだとも思うから!」
すると、ディスマスが鼻で笑うように言った。
「おい、小娘。お前に何ができるっていうんだ? 冒険者になったばかりの、ひよこ同然のお前に」
「そうかもしれない。でも、わたしはやるの。絶対に、この村のために!」
クラリスは、きっぱりと言い切った。
それを見てディスマスは「じゃあよ、なおさら今はダンウィッチ村で領主するべきじゃねえの? みんなアンタを頼りにしてるんだろうがよ! 逃げるんじゃねえよ!」と、怒鳴る。
「違うの、逃げてるわけじゃないの。ただ、ダンジョンを攻略したら、きっとこの村にとって何かが変わるはずだから……だから」
クラリスの言葉に、ディスマスは呆れた様子で溜息をつく。「別にずっと領主だけしてろとは言ってねえだろ。 クラリス嬢ちゃんの力は、絶対必要になるぜ。 ダンジョンを何とかする時にはな。 今は俺に任せろって言ってんの。 今は役割分担する時期だろ」
クラリスは黙ったまま俯いている。
そして、しばらく考え込むと、ぽつりと言った。
「……分かった。あなたの言う通りかも。今は、わたしの力が必要だと思った時に、手を伸ばしてくれたら嬉しい。 でも、お願い。 その時が来たら助けて」
ディスマスは頷く。「ああ、ダンジョンを攻略するってなった時には、必ず、クラリス嬢ちゃんと一緒に戦うぜ。 領主様の命令ってやつだからしゃあねえよな」そう言って彼はクラリスに背を向けると、手をひらりと振って去って行く。
聖騎士レイナルドは密かに、ディスマスに感謝した。自分がクラリスの傍から離れるわけにはいかなかった。
憎まれ役になるかもしれない話を、あえて切り出してくれたことにも、気づいていた。
「クラリス様、我々の為すべきことをしましょう。 仲間を集めるのです」と聖騎士レイナルドは、クラリスに改めて進言した。
「わかったわ。 財宝の浄化……わたしに出来るかわからないけど、冒険者たちが財宝を集めてきている以上、するしかないものね。 明日、教会で試してみましょう。 それまでに色々と準備しておくわ。……ありがとう、ディスマスさん。本当に感謝しているの。これからもよろしくね……」とクラリスは、見えなくなった背中に向けて小さく呟いた。
そんな一同の姿を、何となく居心地悪そうに見守るケイオス。
「ケイオス、どうかした?」とクラリスが声をかけると、「なんでもない」とケイオスは答えたが、少し間を開けて「僕も行く」と続けた。
クラリスは、彼の言葉に一瞬驚いたが、すぐに嬉しげに微笑む。
「ええ、もちろん! 一緒に行きましょう!」
聖騎士レイナルドは眉間にシワを寄せながら、二人の様子を眺めていた。
意見や感想等ありましたら、ぜひコメントください。
励みになります。