Cursed Dungeon ~ダンウィッチの秘密~ 作:裃 左右
感想をくださったこともあり、執筆を続けてみることにしました。
今後の冒険について、展開を色々考えていますが、なかなか考えがまとまりません。
自由度が高いので、難しいですね。
ダンウィッチ村の中央広場で、聖騎士レイナルドは冒険者の一行を呼び止め、パーティに加わらないかと持ちかけた。
しかし、彼らは皆一様に首を横に振るばかりだった。
無理もない。レイナルドとクラリスの二人は、冒険者たちにとってみれば"招かれざる客人"なのだ。
しかも、このパーティーを率いているのは女性ときている。彼らが、その提案を受け入れるわけがなかった。
冒険者たちは、足早に立ち去っていく。
聖騎士レイナルドは、彼らを見送ると深くため息をつくしかなかった。
(正統派のやり方でうまくいけば早かったのだが、やはり、そう簡単には上手くいかぬか。 ディスマスがケイオスを連れて、脅して回った方がまだ上手くいきそうだな)
その様子を見ていたクラリスが申し訳なさそうな表情をする。
「あの人たちを説得出来なかった……。ごめんなさい、レイナルド。 力になれなくて。……レイナルドも、本当はわたしみたいな小娘じゃ頼りにならないと思っていてよね。でも、わたしはこれしかないの。おばあさまの形見である魔導書の力でなんとか出来ると思ったんだけど……」
そう言うと、少女クラリスは顔を伏せてしまう。その仕草はたおやかで可憐だった。彼女の祖母は、優秀な魔術師だったらしいが既に亡くなっている。その教えを受けたのは、わずか数年足らず。唯一の形見となったのが、彼女が手にしている一冊の本である。それは奇妙な魔法文字で書かれている分厚い革張りの古ぼけた書物。
彼女にとっては、祖母との大切な絆でもあった。
レイナルドは微笑んだ。「クラリス様、これは1つの手段にしかすぎません。 本命は、昼に行う『呪われた財宝の浄化』です。まずは、そっちに専念しましょう。 成功さえすれば、人々の見る目も変わってくることでしょう」
彼女は、レイナルドの笑顔を見てほっとしたのか、先ほどの落ち込みようから一転して、明るい笑みを浮かべた。
まるで、満開の花のような無垢な美しい顔だ。
「うん! わたし、がんばるわ!」
クラリスは元気よく答えた。
わずかな休息ののち、正午の鐘に合わせて、レイナルドと共にダンウィッチ村の教会に向かった。
ダンウィッチ村にある教会は小さいながらも立派であった。ステンドグラスに飾られた天窓から差し込む日の光が、内部を彩っている。
奥の壁には十字架があり、その下に神々しい神の像が鎮座していた。
司祭席の前にいると、どこか厳かな気持ちになるものだ。
クラリスが祭壇に立つ。彼女の服装は質素なものだが、身にまとう雰囲気が高潔さを感じさせていた。クラリスが聖典を朗読し始めると、朗々と響く澄み切った声音に誰もが聞き惚れている。クラリスに賛同するダンウィッチの村の人々は、みな目を瞑り両手を合わせて祈りを捧げていた。
聖女のように慕われているのは間違いない。かつてのダンウィッチを追い求める人々にとって、彼女はこの荒れ果てた地の希望だった。
レイナルドは、住民たちの様子を見ながら「この後の儀式がうまくいけばいいが」と祈った。失敗すれば、今後の計画に大きな支障があることは間違いなかった。可能ならば秘密裏に解呪を試してみたかったが、儀式には制約があり、現在のクラリスの技量では相応の準備が必要だった。
いわく、財宝に込められた怨念の強さを考えた時に、教会と言うアドバンテージは必須であり、財宝の量がわずかなものであったとしても、相応のリソースが求められるだろう。と言うことだった。
端的に、秘密にできる規模ではなく、何度も挑戦できるものではない、そういうことだ。
レイナルドはため息をつくしかなかった。なぜ、こんな幼気な少女に試練を課さねばならぬのか。
やがて、クラリスが祈祷の言葉を言い終えた。
それを合図に、財宝を積んだ荷車を引いていた男たちがぞろぞろ入ってきて、教会の中央に並べられていく。金貨銀貨が詰まった麻袋や金品は眩い輝きを放っていた。
同時に、幾人かの冒険者を連れて、ディスマスとケイオスが現れる。ディスマスは、レイナルドの姿を見ると片手を上げた。ケイオスは大剣と散弾銃を背負った完全武装の装いである。
欲望と怨念に呪われし、財宝を浄化するという触れ込みで、ディスマスはいくつかのパーティの代表者を伴ったのだ。
呪いの存在をダンウィッチに滞在する冒険者たちは誰も疑ってはいない、当然のことである。
正気を蝕むダンジョンに潜ることは危険極まりないことだが、その先に待つ宝は冒険者を誘惑するほど魅力的である。故に、冒険者たちは財宝の噂に引き寄せられる蛾のごとく、ダンジョンに挑もうとする。しかし、その財宝を得んとする戦いにおいて、正気を失った冒険者の末路は悲惨なものである。呪われし財宝に触れたり、怪物の狂気と邪悪さに飲み込まれて理性を失い、邪悪な行いに手を染める。邪悪に染まった冒険者、あるいは自身のかつての仲間に命を奪われた者も少なくない。冒険者の頭目たちは実際にそれを目撃し体験していた。
そのような末路を回避するためにも、ダンジョン攻略に挑む前に、財宝に纏わる穢れを払う必要があった。その役目を担えるかもしれないのが、クラリスと彼女に従う者たちなのだ。
クラリスが聖杯や聖水、薬草を用いて、邪悪な存在と化した宝物に纏わりつく怨念を打ち砕き、呪いから解放して浄めるという話は、まことしやかな噂となっていた。新しき領主であるクラリスには不思議な力があるとされ、冒険者の頭目たちは期待感が募っていた。彼らが生業を続けるための、僅かな希望がそこにあった。
実際のところ、その噂を流したのは、ディスマスである。クラリスに不思議な力がある、と言う話を少しずつ広め、それは人から人に伝わるにつれ、どんどん大きくなっていく。そうすれば、いずれ冒険者の中で、聖女クラリスに頼み込む者が現れるのではないか? そういう狙いがあった。邪悪な闇を打ち払ったのは、事実、ディスマスが目撃している。
実際、冒険者たちはクラリスに頼んだ。クラリスは解呪の自信が持てず、当初乗り気ではなかったが、結局のところダンジョンを攻略するには必要な過程だった。
ダンウィッチ村の住人に囲まれ、有力な冒険者の頭目の視線がクラリスに集まる。仲間であるレイナルド、ディスマス、ケイオスには見守ることしかできない。
クラリスは、呪われた財宝に向き合うと息をのんだ。彼女は左手を持つ聖典を、魔導書に持ち替えた。
それから目を閉じて深呼吸すると呪文を唱え始めた。教会に集まった一同の前で、クラリスは勇気をもって儀式を開始した。
「汝の無念は、この大地の邪悪の根源なり……」
手を振るうと、光と共に浄化の炎が踊る。呪いで変質した品が、聖なる火柱によって焼かれると黒い煙に包まれた。冒険者がどよめく。
黒い煙は立ち上り、クラリスに纏わりついていく。邪悪な欲望、怨念が形となって、彼女を襲う。怨嗟の声が教会に響き渡った。
黒い煙はそれぞれが人の形となっていく、邪悪な影法師にクラリスは取り囲まれような様子だった。人々は、恐怖のあまり震えだした。
クラリスの危機に、レイナルドとケイオスが武器に手をやろうとしたが、ディスマスは止めて首を振った。クラリスには、人々を納得させるだけの逸話が必要だった。ここで止めては、ダンウィッチの土地の呪いを解くなどと言う、より途方ない偉業が達成できるはずもなかった。あくまで、ディスマスは静観を支持した。
クラリスの顔も真っ青になっていたが、祈祷を捧げ続け、調合された薬草が入った香炉に火を灯す。わずかに黒い煙が揺らぎ、影法師たちが後ずさりする。
「聖水よ、我が願いに応え給え。 クラリス=ダンウィッチの名において願う。 静寂は静寂に、闇は闇に帰れ。 物質は器に過ぎず、汝の無念は刹那の揺らぎ。 この世は一時の夢に過ぎない」
クラリスは、詠唱しながら聖水を教会に置いてあった銀の器に注いでいく。
詠唱が終わると同時に、高炉の内より燃え盛る焔が舞い上がり、天高く伸び上がる。魔法陣が描かれた羊皮紙を胸元から取り出すとそれは焔と共に宙に浮かび、強き輝きを示した。
クラリスは右手を胸の前に突き出すと印をいくつか結び、最後に銀の器を掲げた。
「今こそ、悪しき現実(ユメ)から醒める時。 永久に安らぎのあらんことをっ! 全て幻に還れっ!」
強い祈りとともに、クラリスの持つ魔導書と銀の器から光が放たれ、やがて、共鳴するように魔法陣の書かれた羊皮紙が燻りながら灰になる。
猛る焔が、邪悪な影法師と黒い煙を一瞬にして焼き払い、その姿を霧散させた。金銀財宝に染み込んだ闇が薄れていき、最後には塵となって消え去る。銀の器に注がれた聖水がまるで祝福するように煌めいている。
村の人々と冒険者からは歓声が上がった。中には泣きだす者すらいた。
歓声が巻き起こる中、クラリスの体がふらつき倒れる。慌ててレイナルドに支えられるが、顔色は蒼白のまま、体も冷たい。
「クラリス様っ! しっかりして下さい。クラリス様」
クラリスは意識はあるようだが、目は閉じられている。息も絶え絶えになり、呼吸も苦しそうだ。
「レイ、ナルド……。 わたしは、だい、じょうぶ……」
レイナルドは、少女を抱きかかえながら首を繰り返し振った。失ってはならぬ人を、失いそうな恐怖に冷静さを失った。
レイナルドは「おいっ!誰か医者を呼べ!」とすぐに医術の心得がある者を探しに行くように指示する。
村人が医者を呼ぶために村に向かって駆け出しそうとしたが、それを止めるものがいた。
フードで顔を隠した冒険者が、前に出る。どうやら若い女であるようだった。
「クラリス様、私はドクターのクリスティーン。 ドクターで構わない」と名乗ると脈や体温を調べてから、手際よく診察をした。
フム、と小さくつぶやくと「……極度の疲労。 これは魔力の使いすぎによる衰弱だ。ひどく生命力を消耗する儀式だったようだな。 しばらくは休息が必要だろう、この方の体力だと1週間程度かな。
それくらいすれば、元通り元気に回復すると思う。 安心したまえ」と告げて、ドクターを名乗る女はレイナルドに向き直った。
女の顔は見えないが、どこか威圧感を感じる。
ドクターはクラリスを抱きかかえるレイナルドに名を尋ねた。「君の名前はなんという?」
「私はジョン=マクスウェル=レイナルド。クラリス様の騎士を務めている。……失礼だが本当に医者なのか? 診断はあっているのか!?」
「……簡単なことさ。 同じ状態を見たことがある。 教会の治癒師が似た状態になることはよくある。 だが、一度の儀式でこれとはな、魔力が枯渇寸前にまで消費しているのだろう。 普通なら昏倒し失神するほどだ。クラリス様はたいしたものだ、身体を動かせないようだが、意識は保たれている」とドクターは無機質な声で答える。
レイナルドは怪しみ戸惑いながらも、医師であるというのならば信じざるを得ない、と考えた。
そこにディスマスが捕捉した。「心配いらねえよ、ドクターはダンウィッチにいる冒険者連中のなかでも有名なヤツだから信用できるぜ。 それに俺も知ってんだ……頭はやばいが腕は確かだぜ」
レイナルドは、その物言いに嫌な予感がして顔をしかめたが、割り切ることにした。冒険者になった人間が、どこか逸脱しているのは既に知っている。
ドクターの指示に従って、クラリスを抱きかかえると一緒に教会を後にする。
村の人々は、クラリスの起こした奇跡に感謝しつつ彼女達を見送った。わずかな混乱と困惑があったが、すぐに解散となった。レイナルドに抱きかかえられたクラリスの目は閉じられ苦しそうに呼吸していた。
ディスマスはあえて教会に残ると、冒険者パーティの頭目たちに、解呪された財宝を返却し始めた。
ケイオスは抑止力として、あえてその場に残した。冒険者の頭目たちが邪な欲を出さないためにするには、目に見える力が必要だった。少なくとも、ディスマスはそう思っていた。
冒険者などを家業にする人間など、欲深き邪悪な呪いなどなくても、いつ、罪を犯すかわからない。
「わかってるとは思うけどよ、手数料はもらうぜ。 見てもらった通り、クラリス嬢ちゃんと言えど、そう簡単に出来る儀式じゃねえみたいだ。 あんたらの命を助けた上に、貴重な財宝まで返してくれる、俺は良い慈善家なんだからありがたく思ってくれや……」と、ディスマスはうさんくさい笑顔を浮かべながら言う。
冒険者の頭目たちは、顔を見合わせて苦笑していたが、レイナルドとクラリスの姿がすっかり見えなくなると、財宝の袋と金貨の詰まった革鞄を受け取ることにした。
彼らからしてみれば、聖騎士レイナルドやダンウィッチ家の新たな当主なぞ、関わりたくもないし、目の前で取引もしたくなかった。正義の味方や修道女出身の領主と関わりたい冒険者など少数派に過ぎた。
「これで財宝をどう扱おうが、問題ないんだな?」となかには念押しする様子もあったが、ディスマスは軽快な調子で「あんだけ派手な儀式しといて、問題あるわけないだろうが」と訳知り顔で都度質問に適当な返答した。彼らからしてみれば、ディスマスは気安く話しやすい相手だった。同じ価値観を共有できることほど、安心感できるものはない。
ケイオスがそこにいるという威圧感はあれど、『暴力』と言うわかりやすい指標は、歓迎することはなくても、理解を示すことが出来た。力あるものへの畏怖や敬意は、冒険者にとって普遍的なものである。さて、財宝を受け取り、すんなり帰るものもいれば、そうでない頭目もいた。
そうでない頭目。その一人は『猛る鋼団』の頭目である重戦士のガイウスだった。
筋骨隆々で歴戦の戦士のような風格がある。右目を眼帯で隠し、重厚な鎧で身を包んだ初老の大男であった。
彼は教会の椅子に腰かけ、レイナルドたちが出ていったドアの方を向いていた。
「ふぅーむ。なかなか、あのお姫様も隅に置けない。 クラリス・ダンウィッチ……世間知らずなただの小娘ではなさそうだ。お前も見ただろう、あの力を!」とガイウスは自分の顎髭をさすった後、ガイウスの後ろに控えていた部下である戦士風の大男が口を開いた。
「確かに。噂に聞いたより、ずっと強い女性に見えました。しかし、我々に何をさせたいのか、何を望んでいるかわからない以上、不用意に近づくのも考え物かと」
ガイウスは不機嫌そうな表情になり、部下の大男に向き直る。「ワシに意見するとは珍しいじゃないか。 まあ、お前の言うこともわかる、ダンウィッチの領主なんて怪しいことこの上ない。 しかし、ワシの考えはちと違うんだよ。彼女の力を借りれば、ワシらだけでやっていたよりも早く終わるんじゃないかと思ってる。だからよ、交渉の余地があるならそれを探るべきだ。まずはそれからだ。まぁ、どちらにせよ、彼女は領主なんだ。こっちの要望を伝えりゃいいさ。それが駄目でも、何か要求してきてくれさえすりゃ、また別の手を考えればいい。そう考えると悪い話じゃねぇ」
「なるほど、あれほどの力を持つ女が側にいるってだけでも男として気分が高揚しますからな」と部下の大男は言うと、その体格に似合わない下卑た笑い声をあげたが、そのあとすぐに後ろから頭を殴られ、黙らせられた。
ガイウスは鼻を鳴らした。「ふん、お前は相変わらず下品な奴だ。 いずれにせよ、財宝の呪いを解けるってのは、でかい。 ワシぁな、部下を呪いで失うなんてまっぴらごめんなんだ。 呪いを解かせて、少しいうことを聞くだけで、ダンジョンに潜れるとなりゃ、仕事がはかどるってもんよ」そう言うとガイウスは部下を伴い、一度、仲間たちの元に戻ることにした。彼は、ダンジョン攻略を行う、有力なパーティの頭目の代表格だった。
もう一人、様子を伺っていたのは、『金剛勇兵団』の頭目。リチャードである。
彼は屈強な戦士といった風体だが、顔をフードと仮面で隠し、全身鎧に身を包んでいるため、年齢、種族すら不明であった。
リチャードは教会でのクラリスが行った解呪の儀式の一部始終を見たのち、ディスマスが一人になったタイミングを見計らい、話しかけてきた。
彼の背後には眼光の鋭いケイオスがいたが、リチャードは恐れなかった。
ケイオスの恐ろしさは、ダンウィッチにおける新たなる怪談であったが、稀に恐れぬ勇者もいた。その一人はリチャードだったようだ。
「あの……失礼いたしました。私は『金剛勇兵団』の頭の者です。お見知りおきいただきたく」と、静かな声で恭しく挨拶をしたのちに続けた。
「先程の様子から見て、貴殿らとは敵対するべきではないと考えました。我々はどれも腕に覚えのあるものばかり。 ダンジョンの怪物相手でも恐れを知りませぬ。 しかし、我々の力だけではダンジョンを攻略することができません。 正直なところ、呪いや魔術などと言う不可思議な現象をどう相手するべきか見当もつきません。 そこで、もし宜しければ、貴方たちに助力を願いたいと思いまして。もちろん、見返りとして私どもの力を使って、ダンジョンに挑んでみるのはいかかでしょうか?」そう言うなり、彼は深々と頭を垂れた。
この申し出にディスマスはすぐに反応しなかった。彼は慎重な男であった。
ある程度は下調べをしているからこそ、ここに呼んだわけだが、そう簡単に信頼してよいはずもない。ディスマスの目論見通り、クラリスの解呪が無事に成功した以上、ダンウィッチでの影響力は格段に上がるだろう。下手を打つ必要は全くなかった。
「なあ、リチャードさんよ。 アンタの申し出ってのは、渡りに船ってやつだ。 だが、アンタは何のためにダンジョンに潜る? やはり金か?」
すると、リチャードは、顔を上げ、力強くうなずいて見せた。「えぇ、それもある。ありますとも。冒険者として生きる以上、金銭的な余裕を持つということが何よりも大切です。 私も部下を養わねばならぬ立場ゆえ。しかしながら、何よりも重要なのは、この地の謎を解き明かすこと。 そして、名誉ある戦いと部下を無意味に死なせないことです。貴殿らは、ダンウィッチを救い、呪いからこの地を解き放つことを目的としているのではありませんか? そして、秘密を解く何らかの手掛かりをもっているのでは?」と、問いかけてきた。
これに、ディスマスはニヤリと笑った。「ああ、そうだ。俺達は、ダンウィッチを救うためにやってきたんだ。そして、あんたらの言う通り、ダンウィッチには何か秘密があるに違いない。だから、それを暴きに来た」と、言った後に続けて「ところでさ、その前に、一つだけ教えてくれないか? なんで、俺たちがダンウィッチの秘密を知っていると思ったのか」と尋ねた。
これに対して「簡単なことです。 ダンウィッチ家の血に連なるクラリス嬢が、魔術を用いた。 呪いに対抗する手段を携えて、帰還した。 根拠としてはそれで十分でしょう」とリチャードは、非常に 自信ありげに答えた。
ディスマスは考える。このリチャードと言う男、どうにもただの冒険者ではない。庶民の出ではなさそうに思えるのだ。例えば、貴族かあるいは王族か……いや、違うか、これはもっと別の身分だ、と彼は思う。それは何なのかまでは分からないけれど。少なくとも、きちんと高等な教育を受けている人間だと断言できた。
迷った挙句、ディスマスはケイオスに目をやった。「おい、ケイオス、こいつ信用できるか?」と小声で尋ねる。ケイオスは壁に背を預けて、対話を見守り続けていた。ディスマスは判断に困った時、ケイオスの鼻と直感を頼りにしていた。
すると、ケイオスはしばし無言だったが、「ただの人間だ。 だが、病人だ」と端的に答えた。
「え? どういうことだ、そりゃあ。病気だってのか、こいつが」と、ディスマスは驚いて聞き返す。
「そうだ」とだけ言って、ケイオスは再び沈黙した。そのまま何も言わない。
リチャードは顔を仮面で隠していたが、「病人」と言われた瞬間に、かすかに動揺したのが分かった。「……ああ、その通りだ」と、声に力がない。
ディスマスは困って頭を掻いた。「まぁいいか」と呟いて、それ以上追及しないことにした。
言い当てられて、嘘をつけない辺り悪い人間ではなさそうだった。むしろ、ケイオスを使って、秘密を無理やり暴いてしまったことに、負い目を感じた。冒険者で素性を探り合うのは、ご法度だ。少なくとも、殺し合いに発展してもおかしくないマナー違反ではあった。ケイオスの鼻と直感が、探り合ううちの勘定に入れていいかどうかは微妙なところだが、ディスマスとて過去の犯罪歴を探られたくはなかった。
「あー、リチャードつったか。 わあったよ。 俺が、クラリス嬢ちゃんに顔繋ぎしてやる。 あとは嬢ちゃんと話しな、それでいいか?」
リチャードは、深く頭を下げて感謝を示した後、「すまない、恩に着る……」と言ったきり、黙り込んでしまった。
その様子は、まるで何かを恐れているようであった……。結局、それ以上、深い話は出来ず、リチャードは一端、仲間たちのもとに帰っていった。
(何だよ、こいつら)
ディスマスは、困惑するばかりである。
ケイオスの言うことを信じれば、リチャードは病人であることがかなり繊細な秘密であるように見えた。
しかし、怪物の手の者ではないことは保障されている。ケイオスの鼻をごまかすのは、ディスマスの知る限り、いかなる怪物でも不可能だからだ。
なら、ひとまず、協力者の候補に入れるのは間違いないはずだ。そもそも、今回連れてきた頭目たちは、ディスマスにとって後々友諠を結びたい人物たちばかりだった。有能ぞろいの冒険者の頭目ばかりだったはずだ。真実、渡りに船と思っているのは、本音だった。
ケイオスは低い声で告げる。リチャードを差しているのであろう、「彼は強い」とだけ捕捉した。ディスマスは、自分の目利きが間違っていなかったことに満足してうなずいた。
「そうか……。だったら、あいつがどんな奴なのか教えてくれないか?」
ケイオスは、無言のまま首を横に振った。
この有用性の高い凶暴な狂人が、非常に頑固であることを、ディスマスは知っていた。必要性のないことは語らないのだ。口を開かせるには、理由が必要だった。
「いや、いいんだ。 俺が知りたいのは、あの男が信用できるかどうかってことだ。 俺は、クラリス嬢ちゃんに妙な奴は会わせたくないし、できれば、信頼できる男と一緒に行動したいんだよ」
ケイオスは、腕を組んだまま黙り込んだ。どうしたものかと考えているのだろう、しばしの間、沈黙が続いたが、やがて、意を決したように、ゆっくりと口を開いた。
「……イカヅチ病だ。 問題ない」
ケイオスの言葉に、ディスマスは眉根を寄せて聞き返した。「……なんだ、そりゃ? 聞いたことねぇぞ。病気の名前か何かか?」
「皮膚が爛れる。 感染力は高くない」とケイオスは端的に説明する。つまり、リチャードの仮面は、顔が焼けただれた痕を隠すためにつけているのだ。
「あぁ。そうか、そういう事か……」と、ディスマスは納得する。それは、あまり吹聴したくない秘密だろう。訳アリの貴人が、冒険者に身を落とした理由としては十分だ。それを除けば、礼儀正しく、戦闘経験のある有能な冒険者の頭目だ。「ま、大丈夫ならそれで良い。 クラリス嬢ちゃんに会わせて問題ないか」と、あっさりと引き下がる。
「構わない」と、ケイオスは答えると完全に黙り込んだ。
ケイオスは口が重たい分、他人の秘密を軽々しく言うこともないだろう。
これから重用する冒険者が、その『イカヅチ病』とやらであることも、あまり広がるべき情報ではなかった。ケイオスがなぜ『イカヅチ病』などという知識を有していたのか、疑問ではあったが、それもまた追及するべきではないことを、ディスマスは知っていた。口と頭の軽い冒険者は死ぬ、それが常識と言うものだった。
ディスマスは必要経費として幾ばくかの金貨をちょろまかすと、「じゃ、今回の集金結果も踏まえて、レイナルドに報告に行くか。 アイツが一応、俺達のリーダーだしな」と教会を後にした。
今回の解呪代だけでも、それなりの収穫になった。解呪を望まない冒険者パーティも、かなりの数いるだろうが、そいつらは淘汰されていくだろう。あの呪われた存在を目撃したディスマスには確信があった。あんな忌々しい何かが取り憑いた財宝など、売り払うなり所持するなりしただけでも、精神が汚染されていくだろう。
ディスマスからしてみれば、見知らぬ冒険者など使い捨ての道具以下の存在だ。にやりと笑うと、そのまま歩き出す。
「せいぜい、俺を儲けさせてくれりゃいいんだよ。 どうせ、冒険者なんてクズばかりなんだからな」とディスマスは吐き捨てた。その様子には、己自身への嫌悪感と共に冒険者を侮蔑している感情がありありと浮かんでいた。
ケイオスは後に続き、教会を後にしようとする。しかし、彼は数秒立ち止まり、何もない空間を睨みつけた。
残された教会には静寂と、誰もいないはずなのに、何かの気配だけが残っていた。
感想やご意見をお待ちしております。
いただけたら、とても励みになります。
登場人物が少しずつ増えていますが、世界観が世界観なので、いつだれが消えるか保証できないところであります。なるべく、個性を生かした話を掛ければと思っています。