我ながら偉丈夫に育ったな。
スモークガラスのパーテーションに映った我が身の様を流し見て染々思う。浅黒い肌、それに反比例して光るような純白髪。この鷲鼻気味の高い鼻梁もどこか日本人離れしている。
都心の一等地に屹立した高層オフィスビルの一流企業
顧みるというなら、己のような男がこんな大層な場に居合わせていることこそ不可思議である。
ポケットから取り出した木っ端な電子機器を目の前の男に掲げて見せる。
「こいつは不知火嬢のストーカー犯……そっちで必死に息を殺してる坂本主任殿から押収、もとい借り受けたUSBメモリだ。課長さん、ご懸念通りこの中にはあんた手ずから編成した営業予算の“変更前の”データが入ってる。あんたが喉から手が出るほど取り返したがっていた────横領の動かぬ証拠だよ」
「なっ!? し、知らない。私はそんなもの……」
「そうかい。なら警察にはそう言うといい。そこな坂本くんはなかなか抜け目のない青年でな。ここに収まってるデータはコピーではなく、あんたのパソコンから直に抜き取った現物だそうだ。今時分のパソコンはデータが出入りした履歴が残るってぇ言うじゃねぇか。便利な時代になったもんだねぇ。サイバー犯罪の専門家達が果たしてそいつを見逃してくれるかどうか……試してみるかい?」
「っ……! っ……!」
「ざっと覗いてみたが、芸能事務所社長の遊興費ってなぁ随分羽振りがいいもんだなぁ。えぇ? いつまでもバブル時代を引き摺ってやがる。多少小金を出し入れしても誰も気付きゃしねぇし、社長の手前指摘もできねぇときた」
そろりと身長は190を超えた。そも、
以前着替えをルビーちゃんに覗かれた時。
『ぴっ、ぴえヨン2号!?』
などと顔を真っ赤にして意味不明なことを宣っていたが。つまるところあのヒヨコ面とどっこいの体つきにいつの間にやら成り果ててしまったのだ。
あまりぞっとしない。
その後頻りに奴の動画に出演させようと周囲が画策している状況も実によろしくない。
じろりと坂本某の蒼白な無表情を睨む。その眼鏡が曇っているのは顔の脂の所為か、それとも緊張と恐怖で呼吸を乱している為か。
「横領の証拠を脅迫材料に課長を強請り、不知火嬢のスケジュールから楽屋の部屋番、移動の経路に至るまで仕入れていた訳だ。こちらが幾ら対策を打ったところで、責任者が
「で、でも、マシラくんに今回の件を依頼したのって課長さんなんでしょ。横領? してた人がなんでわざわざ自分の首絞めるようなこと」
不知火フリル嬢は、動揺を一旦は飲み込んで純粋な疑問を呟く。そのほっそりとした顎に指を這わせ、美術彫刻のような所作で小首を傾げた。濡れ羽色の髪が頬に落ちる。
「警察に報せたくなかったというのがまず第一。とはいえ、事務所の看板役者の陳情を無下に扱う訳にはいかぬ。弁護士や警備会社等本職を頼った場合も事態露見のリスクが付き纏うとくりゃあ、モグリで信用も実力も確かではないが業界で少々名が売れちまった己を雇って茶ぁ濁すのが、一番穏当だった……くくっ、それが、どうやらご希望には添えなかったようだが」
「く、糞……」
「聞こえねぇな。悪態はもっと大きな声で言うもんだ」
「ぐっ……!」
不味い物を飲み込んだ様子で課長の面相が見る見る歪んでいく。苛立ちを膨れ上がらせるその様は、萎む坂本某くんとは実に対照的だ。
「坂本主任よぅ。ストーカー規制法が衆知となって随分と経つ。警察も、知識を付けた市民の手前、民事不介入に胡坐掻いてばかりもおれん。おまけに現行犯だ。言い逃れはできんぜ」
「ぼ、ぼ、僕は、ただ、ただっ! ふ、フリルちゃんのことが心配で、ち、力になりたかったんだ! デビュー時に比べると近頃は安定期に入って、仕事の量も横ばい、なんなら減少傾向にある彼女に……キミだって悩んでたじゃないか! もっと役者として活躍したい、バラ売りは嫌だ、不知火フリルに相応しい仕事がない、って」
「言ったのかい? この兄さんに」
「え? いえ、言ってないですけど、そんなこと。言うとしてもマネージャーに相談しますし」
「キミの瞳がそう僕に訴えかけてた!」
「来る仕事は拒まずが信条です」
「そいつぁ感心だな」
「へへっ、よせやい」
娘はまるで腕白小僧のように言って鼻を擦る。
「ぼ、僕にはわかるんだ! キミがデビューした時からキミを見続けてきた。見守ってきた僕には! 僕は誰よりも不知火フリルの魅力を知っている!」
「長らくご愛顧ありがとうございます。でも」
受け答えとして過不足ないが、多分に状況とズレたその応えはひどく珍奇だった。その外見の麗しさに似つかわしくない素っ頓狂な言動は今に始まったことではない。
不知火フリル。陽東高校二年。今生の己の、学年上の先輩に当たる娘。
此度の事案の当事者にして被害者たる少女は言った。
「私の使った衣装を持ち逃げしたり、私の使った楽屋のゴミ箱を漁ったり、私がトイレに行く時後ろから尾けて来たり、マンションの部屋の扉の前に張り紙したり、変なポエムの手紙を送り付けてきたり、好みじゃない香水をポストに入れたり、盗撮したり、そしてまた盗撮写真を手紙付きで送り付けてきたり……貴方の言う『見守る』は……うん、どう頑張っても、私の語彙力ではポジティブに表現できない。気持ち悪いです。吐き気がします。詰まった排水溝を覗き込んでるみたいな、掃除もろくにされてない公衆トイレの便器に顔を近付けさせられてるような、真夏に猛練習して履き潰した野球部員のスパイクを酸素吸入器みたいに顔に押し当てられたかの如く」
「ここぞとばかりに語彙力を発揮しとるが」
「とても迷惑です。懲役、頑張ってください」
「ふぎゅぅ」
逮捕と起訴をすっ飛ばして、坂本氏は収監を言い渡されたのだった。豚のゲップのような声で呻き、中肉中背の男が床に丸くなる。
そうしてしっかりと自身が被った嫌悪感を説明し終えてなお不知火嬢は落ち着いている。両瞳は綺羅綺羅と光輝を孕み、無感動な、無色透明な顔容は
そう見える。
泰然と、怯え一つないと、そう一心に見せている。
「……」
「糞、糞! こんな奴の所為で……ストーキングの手伝いの為に私は……!」
営業課長が低く吼える。床に蹲る坂本を今にも踏み付けそうな勢いだ。
それを見限るや、今度は縋るような目が己に向いた。
「な、なあ頼む。見逃してくれないか? 報酬は払う。そう、言い値で構わない。こんなくだらないことでキャリアを潰す訳にはいかないんだ。私にも任された地位と職責がある。そ、そりゃ横領は犯罪だが、君らには直接関わるようなことじゃないだろう?」
「ほう」
「…………」
「それに、
その続きを大人しく聞いていてやれるほど己という男は寛容ではなかった。
胸倉を掴み上げ、パーテーションのガラス面に課長某を叩き付ける。
「ぐへっ!? な、なにをするんだ……!?」
「くだらねぇだ? たかがだぁ? 小金を弄ぶだけならばいざ知らず、てめぇの悪行隠匿する為に娘っ子を売りやがった野郎が言うじゃねぇか、えぇおい! そこで蹲ってる若造! てめぇもだ! 何がキミの為だ。見守るだぁ?
「ひぃぃ……!」
パーテーションなどあろうがなかろうが、怒声はフロアを響き渡り、廊下を突き抜けたことだろう。
ガラスにへばり付く課長が震え上がる。この上まだ、己が体面を気遣う余裕があると見える。
傍らの不知火嬢を見やった。
己の剣幕を前に目を見開く娘へ、最後の選択を問う。
「この期に及んですまねぇとは思うが事は女優・不知火フリルの進退に関わる。こやつらをどうしたい? 生かすか殺すか、お前さんの存念を聞かせてくれ」
「……」
娘の逡巡はそう長くは掛からなかった。微かに息を吸い、固めた決心と共に告げる。
「課長さん。お世話になりました。差し入れのケーキとかマカロン、どれも美味しかったです」
「し、不知火さん、頼む、頼むぅ」
「でも、ごめんなさい。実は一番期待してたのは、萬珍楼の肉まんでした」
「はあ??」
頓狂な声を上げる課長へ、不知火嬢はその白い指を差し向けて。
「YOU ARE GUILTY」
「お沙汰が下った」
そして己は、パーテーションのスイッチを切り替える。スモークからクリアへ。電気式調光ガラスのブラインドが上がり、会議スペースが露わとなる。フロアに詰めた社員、来社した他の企業職員、清掃業者のおばちゃんまでもがこちらを見ていた。
ここは衆人環視の渦中。
「16時42分、営業課長加藤キヨタカ、業務上横領。営業主任坂本ユウキ、ストーカー規制法違反、迷惑防止条例違反、その他諸々。双方相応しき報いを覚悟せよ」
未成年であることと時刻も考慮され、俺と不知火嬢に対する事情聴取は後日に見送られた。
社用車かタクシーを手配するという事務所社員からの申し出を断った己に、どうしてか不知火嬢までも便乗してオフィスビルを共々後にする。
暮れた夜道を二人、ひた歩いた。
「警察ってやつぁなんせ話が長ぇからな。その上何度も何度も同じことを繰り返し確認しやがる。悪いが後日は覚悟しておいてくれぃ」
「うん、わかった」
娘子の返答は素直で、えらく神妙だった。
「後悔してるかい。事を表沙汰にしたこと」
「ない……って言ったら嘘になるかも。私は別に課長さんの犯罪については知らなかったし、関係もなかった。ただ、ストーカーをどうにかして欲しかっただけで」
「余計な真似しちまったな。存分に恨んでくれて構わんぜ」
「ふふ、うん。じゃあ遠慮なく。どうしてくれんだー」
少女の小さな拳が己の肩を小突いた。
「……私はね、いいんだよ。でも姉には申し訳ないなって、思う。あ、うちの姉ね、アイドルやってたの。マシラくんは……ふふ、知らないよね」
「すまんな。不勉強で」
家族を思い出しての笑みなのだろう。娘の笑顔は、この日の内で一等柔らかだった。
「あの人には本当に何の関係もないことだった。なのに、事務所があんなことになったら、あの人の活動にも影響してしまう……私が、耐えていれば……」
「そういう話なら、俺も黙っていてはやれねぇな」
「……」
不知火嬢はこちらを見上げた。もの問いたげな視線に向き合う。
それは、己にすれば白々しくさえあった。
「耐え難いゆえ、助けを求めたのだろう?」
「……」
「お前さんのように隠すのが上手ぇ子供は多い。それを、周りの大人がもっと早く気付いてやれればよかったが」
「この業界ではもう子供扱いしてもらえる年齢じゃない。回してもらえる仕事に見合うだけ、私には責任があるから」
「ほう、ならば業界人ではない己にゃ、知ったこっちゃねぇってぇ訳だ」
「……なんで、そこまで」
「許せぬからよ。我欲で人から
「……それだけ? 報酬とか、業界で名前を売りたいとか」
「ぷっ、かっはは! 報酬か。そういや依頼主がとっ捕まっちまったんだからすっかりタダ働きだなぁ。骨折りだった……が損はなかった。ま、此度はそれだけで良しとしておこうかい」
「────」
なにやら絶句して不知火は目を瞬く。
果たして己の態度をどう見たやら。強がりか、恰好つけか。多分に呆れられていることは確かだろう。
そして次の瞬間に、ふ、と。
娘は笑った。それは、あるいは初めて見る不知火フリルの、年齢相応の笑顔だった。
「変な人だね。マシラくんって」
「よく言われる。心外だがな」
「ふふふ……そういえば、言い忘れてた」
「ん?」
「ありがとう。助けてくれて……あの時、怒ってくれて。すごく……すごく嬉しかった」
俯き加減の横顔が、街のネオンに輝く。煌めく。猥雑な光に照らし出されながら、しかし。
ふと見れば大人びた怜悧な表情など消えて失せ、幼気な少女の面差しを取り戻している。
俺は、筋違いに安堵を覚えた。
子供が子供らしく在るという当たり前が、当たり前ではない世界。そういうものがここにはある。
そこから一歩、いや半歩でも抜け出て心休めることができたなら、甲斐はあった。
己が今もここに生き永らえる甲斐がある、せめてそう思える。
「じゃあ私から報酬をあげる。ご飯行こう」
「おいおいいいのかい? お前さん人気の役者だろう。週刊誌だかパパラッチだかが今もその辺に張り付いてるんじゃあねぇのか」
「いいよ、もう。お礼のが優先。それにどうせ明日にはもっと洒落にならないニュースで持ち切りになるし。男の人との食事デートとか吹き飛ぶような……あ、これもしかしてチャンスじゃない? 今夜だけは私この世で最も自由な女優じゃない? アンチェイン・フリルちゃんじゃない?」
「どうでもいいが程々にな」
「よし、じゃあまずは叙々苑行こ。制服で焼肉とか背徳的だよね」
「へいへい、仰せのままにアンチェイン」
「ふふ、あははっ」
娘は駆け出し、道の先で己を手招く。
己もまた不知火フリルの従者面で付き従う。
我々二人はこの刹那、誰よりも自由に夜の街へと繰り出した。
数日後、朝。
リビングにて。
『業界最大手の芸能事務所■■■プロダクションで先日、総額7250万円を着服したとして、業務上横領の疑いで同社営業課長の加藤キヨタカ容疑者が逮捕されました』
テレビのニュース番組は、同じ時刻に横ばいで同じ内容を流す義務でもあるのか。ザッピングしたチャンネルは何処も彼処もそればかり。
食卓に着き、合掌して箸を切り麩の味噌汁に浸ける。椀を持ってそっと啜ると、合わせ出汁の良い香りと優しい塩味が口の中に広がった。
「うむ、平和の味だねぇ」
「寝言言ってんじゃねぇよ、不良探偵」
対面に座った五反田泰志監督が即座にこちらの言動を論う。
まあ、半ばその応えを期待しての軽口だったが。
「お前、あの事務所から依頼が来た時なるべく穏便に済ませる的なこと言ってたろう。それが何をどうすりゃ横領事件の発覚に繋がるんだよ」
「そんなもんはその加藤某課長殿に言いな。俺ぁ依頼通りストーカー退治したまでだ。その煽りでバレちまうような狡っ辛い犯罪やらかしてる奴が悪ぃのよ」
「加減しろって言ってんだ馬鹿」
「こぉら! あんた達! 食事中にぴーちくぱーちく大声出すんじゃないの! 行儀悪い!」
「「へーい」」
台所からの怒声に詮方なく従い、我々は肩身を縮めて食事を再開した。
「……ったくお前来てからかれこれ何年だ。退屈しねぇよマジで」
「もっと有り難がってくれてもいいんだぜ。お父ちゃん」
「やめろ鳥肌が立つわ」
監督は割合本気で背筋を震わせた。
この手の冗句は十五年近く経った今でもこの男に覿面に効くので、なかなか重宝している。
「気を付けろよ。この業界、噂が広まるのは早い。良くも悪くもお前に目を付けて使いたがる酔狂な輩が寄って来るぞ」
「厄介だな」
「黒の組織がいないだけマシと思え。このリアルコ○ンくんめ。あぁそれと……そろそろ一番乗りが来る頃だ」
「あん?」
監督が言うが早いかインターホンが鳴る。しかし鳴らしておいて来訪者は居住者側の誰何など待たなかった。
開けっ放しの玄関扉を開き、ドタドタと慌ただしく廊下を駆け抜けて。
少年と少女は来た。
「藤咲てめぇどういうことだこの馬鹿!?」
「不知火フリルの事務所えらいことになってるんですけど!?」
リビングの戸を吹き飛ばす勢いで開け放ち、ブレザー姿の美青年と美少女が並び立つ。周章狼狽なその面相は生憎美しいとは言えないが。
金糸の髪。輝く綺羅星めいた瞳。母親譲りの端正な面差しの双子。
アクアとルビー。
雨宮とさりなちゃん。
今や(雨宮なぞは二度目の)高校二年生となったご両人が、ずかずかとこちらに詰め寄る。勝手知ったる五反田家、もとい五反田スタジオ。五反田母にしてもこの二人の訪問は日常茶飯事である。
しかし、今日に限ってのみ、その日常には変化があった。
まず泡を食ったのはルビーちゃん。
「うわぁあああ!? しっ、不知火フリルがいるぅ!?」
「ん、おふぁよう」
食卓に着いているのは己と監督だけに非ず。己の隣の席に着いて、もっきゅもっきゅと白米を頬張る娘が一人。
それは何を隠そう此度の騒動の渦中の彼女、不知火フリルその人である。
不知火嬢は飯を飲み込んでから、綺麗な所作で小首を傾げた。
「……フジサキって?」
「おぉう……」
「お兄ちゃんの馬鹿……!」
「マシラくんの苗字、五反田だよね」
それは実に当然の疑問である。
しかし格別、珍しいことでもない。世の中に数多転がるのっぴきならない事情の一つ。そう言えなくも、なくもなく。
「まあ、人間生きてりゃ清も濁もいろいろとあるものさ」
「言えないこと? それとも……言いたくないこと、だった?」
「説明の難しいことだな。別に知られたところでどうとも思わんが、まあまあそういうあれだ」
「……そっか。いつかは私にも教えてくれる?」
「そうだな。ならばその内、聞いてもらえるかい」
「うん……待ってる」
ふわりと不知火嬢は寂しげに笑った。
微かに胸を罪悪の針が刺す。
「……なに? えっ、なにこの空気。甘酸っぱい。甘酸っぱくない?」
「お前藤っ、マシラお前、マジか。そりゃ俺ら男子高校生(の体)な訳で、そういう浮いた話の一つ二つとは言ったけど、よりによってお前。そこはヤバいだろ。いろいろと」
「随分高嶺に手ぇ付けたな。覚悟しといた方がいいぞ。これはマジのアドバイスだ」
「揃いも揃って囃すな色惚け共」
「手、付けてくれないの……? 私ってそんなに魅力ないかな……?」
「声色は滅法色っぽいぜお嬢さん。ついでに表情もそれらしくしてくれると、おいちゃんぞっこん首っ丈間違いねぇんだがなぁ」
表情筋をぴくりともさせず声色だけで艶然と色気を醸し出せるのだから、この娘は演技の天才なのだろう。
悪用もいいところだが。
「嘘吐き」
「嘘じゃあねぇさ」
「ふーん、じゃあ……今度二人っきりの時に試してあげる」
「ほう、そいつぁ実に楽しみだねぇ」
「……意地悪」
「かっかっかっ」
「なんかもう完全にそうじゃん!! 学校で見る不知火さんじゃないもん!! 推しの解釈違いだもん!! でも可愛い好き!!」
「うるせぇ」
ルビーの咆哮にアクアが毒づいた。
混乱冷めやらぬ様子で、しかし騒ぎ疲れた双子も食卓に着いて、五反田母が剥いてくれたリンゴを頬張る。
ようやく穏やかな朝食と団欒を取り戻し掛けた五反田家に。
再びインターホンが鳴り響いた。
廊下をドタバタと駆け抜ける足音。
リビングの戸を勢い開けっ広げ、そこに現れたるは美少女一人。慇懃無礼に強かに、芸能界の荒波を幼い身空で乗り越え踏み越え今に至った苦労性子役上がり。
有馬かなは開口一番に叫んだ。
「不知火フリルの事務所えらいことになってんだけど!!?」
かの事件より十五年。
藤咲仁は今、五反田マシラと名を変え、ここに生きていた。