推しの子と元刑事【本編完結】   作:足洗

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元気一杯有馬嬢

 

 

 

 屏風で仕切られた座敷の一角。四人、卓を囲んで座椅子に腰を落ち着けた。奥にアクア、その隣にルビーちゃん。アクアの正面には有馬かな嬢が陣取り、己は自然余った下座を有り難く拝領する。

 上座側の丸い障子窓、縁には花瓶で梅の枝が生けられていた。七分咲きの小振りな花弁が控えめでなかなかに愛らしい。

 

「な、なんか緊張するね。和食屋さんって」

「ルビーはこういうところ初めてだしな」

 

 今日の一席に所謂創作和食店を選んだのは己の趣味嗜好に準じた訳だが、なにもそれだけが理由ではない。

 

「いずれ本当の合格祝いは家族水入らずでやりゃいい。今回はまあ、その前祝いだ。あまり足を向けねぇようなところの方が珍しくて面白かろう、ってな」

「たしかに、ここは高校生のセンスじゃないわね。なんていうか中年の社会人みたいなチョイス」

「むっ、勝手について来といて無礼じゃないですかロリ先輩。どうする? 処す? 処しちゃう?」

「やめとけルビー。流れで同行したはいいもののまさか身内同士の食事会だとは思ってなくて気後れを隠す為に虚勢を張ってるんだ。あんまりちくちく言ったら可哀想だろ」

「具体的に分析すんじゃないわよ! えぇはいそうです空気読めてなかったですごめんなさいね!」

「いいじゃあねぇか。目出度(めでて)ぇ事は大勢で祝うに限るってな。一応懐石だが、そこまで肩肘張った店じゃあねぇ。肉も魚も旨ぇから好きに頼みな。デザートもたくさんあるぞ」

「やったね! なにがいいかなー」

 

 ルビーちゃんは早速品書きを開いて好物を探す。

 一方、有馬の嬢ちゃんはなにやら渋面だ。

 

「いや、自分の分くらい払うわよ。ついでみたいに奢られるのも癪だし。あ、言っておくけど別に遠慮とかじゃないから。一端の役者の矜持ってやつ」

「そうかい? 男に奢らせてやるのも女の甲斐性! なんてなぁ流石に古いのかねぇ」

「古い! ジェンダーレスの現代でそれは古すぎ。なんなら話題に上げるだけで炎上案件よ」

「というか、今この四人の中で一番稼いでるの有馬だしな」

「私の貯金額を聞いて驚き戦きなさい! いや言わないけどね!」

 

 アクアのヨイショに珍妙な構えを取って大見得を切る有馬嬢は、大概付き合いがいい。初対面から知れたことだがなかなかどうして気の良い娘さんだ。

 

「お前さん方、いい友達ができたな」

「えー」

「友……達……?」

「なんだその微妙なリアクション!? 私が友達じゃ不服かこらぁ!?」

 

 声を荒げながらもその語尾は寂しそうに萎む。器用な怒り方をする。

 三人組の打てば響くような会話を己は暫く笑いながら見物していた。

 

 

 

 

 

 化粧室から戻ってきた女性陣と合流し、店を後にする。

 都心の狭い空。透き通った冬晴れの中、星は見えないが月は煌々と明るい。

 

「うーん! 美味しかった! 特にあれ、魚のゼリーみたいなやつ!」

「ほう、煮凝りか? 存外に渋いなルビーちゃん」

「ふふーん。味の解る女と呼んでちょうだいな」

 

 夜道を四人、連れ立って歩く。

 宵の口となれば繁華街はこれからが本領。昼日中にも勝る人通りと活気、そして夜特有の猥雑さ。

 子供らをそろそろ家に帰さねば。

 

「……っていうかしれっと会計済まされちゃったし」

「油断したな、有馬」

「恐ろしく早いおあいそ。私でなきゃ見逃しちゃうね」

「いや化粧室行ったあんたも見逃してんでしょ」

「気にするこたぁあるめぇ。一食得したとでも思えばいい。あぁ気に入らねぇってんなら今度嬢ちゃんがなにか奢ってくれるかい。そうさな、中華なんてどうだい?」

「私、これでも芸能人なんで。デートの誘いとか困るんですけど」

「うぅわ自意識過剰。ナチュラルに二人きりって発想するとこが特に。おじさんのデートには当然私とアクアも付いて行くに決まってんでしょー」

「いちいち私に対する当たりきっついんですけどこの女!? ってか今のは冗談にしても他人のデートになんで兄妹で同伴!? どんな状況よ!?」

「おじさんの相手はまず私とアクアの審査を突破した人でないとダメだからでーす」

「まあ……ろくでもない女に騙されるよりは、俺達で吟味してやった方がいいかもな」

「この兄妹なんか重いんですけど!?」

「面倒見のいい奴らでな。時々こっちが胃もたれしちまうくれぇよ」

 

 有馬嬢の尤もな言い分に首を斜めにして頷く。

 生前と今生を合わせればいい加減独り身も長いので、今更女っ気の無さを嘆こうとも思わんのだが。アクアとルビーちゃんはこの粗忽者が余程に心配らしい。

 

「……ねぇ、今日会った時から気になってたんだけど、マシラとアクア達って一体どういう関係なわけ?」

「率直だな」

「この二、三時間くらい観察してたけど何故かまったく掴めないのよ。友達、っぽくはあるけどそれにしては妙に近過ぎる。なんか親戚か、家族……親子みたいよね」

「お、親子? な、なに言ってんのロリ先輩。そんな、親子とか……もう、変なこと言わないでよね~。えへへへへへへへへへ」

「この女はなんでこんなニヤついてんの。ちょっとキモイんですけど」

 

 両頬を手で覆いいやいやと身を捩るルビーちゃんを、有馬嬢は心底不気味そうに見やった。

 アクアは、無表情を貫いている。いや貫こうとして、今しがた口の端に微かな笑みを湛えた。

 少年と少女の感情を、さてどのように斟酌したものか。アクアとルビーちゃん────雨宮とさりなちゃんの。

 どうやら不愉快とは対極のそれであるらしいことがせめて幸いだ。

 

「ま、腐れ縁と可愛い妹分ってぇとこだな」

「ふーん。差し詰め血の繋がらないお兄ちゃんってこと」

「ぷっ、お兄ちゃんだとさ。マシラ」

「あー……まあそう見えるよね。おじさん、口調も外見もこんなだし」

「え? なによ」

「こいつ中二」

「うそぉッ!?」

 

 本日一番の声量で有馬嬢が仰天する。

 夜天を貫くその声は、一瞬街の静寂を掻き消すほどだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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